「化学物質過敏症」という言葉を、皆さんは一度くらいは耳にしたことがあると思います。私は、以前は「化学物質過敏症」という言葉は、ある特定の化学物質に特に耐性が低い(感受性が強い)ことを指すのであろうと考えていました。酒(アルコール)に弱い人がいるように、特定の化学物質に耐性が低い人がいることは不思議ではありません。実際、この意味で「化学物質過敏症」という言葉を使っている人もいます。
しかし、良く調べてみると「化学物質過敏症」という言葉は、単に耐性が低いことではなく、「特定の化学物質に接触し続けることによって過敏性を獲得し、以後は超微量の同系統の化学物質に対してさまざまな臨床症状を呈する状態」も指していることに気付きました。さらに「多種類化学物質過敏症(多発化学物質過敏症)」という概念もあって、そちらは「過敏性を獲得する原因となった化学物質以外の、他の多種類の化学物質や電磁波などの物理的な刺激に対しても何らかの症状が生じる状態」のことを言うそうです。一旦「多種類化学物質過敏症」に罹患してしまうと、タバコ・整髪料・化粧品・合成洗剤・食物添加物・水道の塩素・新しい新聞のインク、果てはパソコンの出す電磁波に暴露されても症状が誘発されるのだそうです。
もしこのような疾患が本当にあるのであれば、なんらかの対策が必要です。しかし、「多種類化学物質過敏症」という疾患は、医学界では公認されていません。例えば、AMA(American Medical Association:アメリカ医学協会)は、「多種類化学物質過敏症症候群のはっきりとしたメカニズムや原因を確立したきちんとした対照群をもちいた研究はない」と公的に述べています(AMA Council on Scientific Affairs. Clinical ecology. JAMA 268:3465-3467, 1992)。一方で、「主流でない」医学者たちは、「多種類化学物質過敏症」の危険性を主張し、独自の治療を行なっています。この医学者たちは、臨床環境医と呼ばれています。私はこのページを書くにあたって臨床環境医の書いた本を読みましたが、科学的に不正確な記述が散見され、あるいは十分な科学的根拠のない主張がなされていることもありました。現在では私は、「ホメオパシー」「マイナスイオン」「波動」といった概念と同じように、臨床環境医の言う「(多種類)化学物質過敏症」は科学的に十分な根拠のあるとは言えない概念だと考えています。