男児の死産の割合が増えているのはなぜか?

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女児死産に対する男児死産の割合は年々増えているが、死産率はむしろ減少している。死産性比の上昇は男児死産より女児死産がより多く減っていることに由来しており、環境ホルモンや電磁波の曝露などの環境要因の悪化が原因であると積極的に疑う理由は今のところない。

朝日新聞が、「妊娠初期の男児死産の比率、女児の10倍に」と題して、以下のような記事を伝えています1)

 死産の胎児のうち、男児の占める割合が、妊娠初期の12〜15週では女児の10倍を超え、妊娠全期間でも2倍以上に達していることが、日体大の正木健雄・名誉教授(体育学)ら4大学の研究グループの調査で分かった。死産に男児が多いのは従来、知られていたが、妊娠初期の極端な偏りが判明したのは初めて。2日、北海道旭川市で開かれる日本臨床環境医学会で発表される。
 研究グループは出産や死産の性比に影響を与える因子があるか調べるため、厚生労働省の人口動態統計で、中絶を含めた死産について解析した。
 男児の死産の割合は、72年ごろから上昇。同統計で、死産が妊娠12週以降4週ごとに記載されるようになった79年には、12〜15週で女児1に対し男児は3.51だったが、90年に6.72、02年には10.02に増えていた。

妊娠初期の男児死産の比率が増加していることについて、いろいろな仮説が考えられるでしょう。たとえば、「電磁波や化学物質が環境中に溢れてきており、こうした環境のリスクを男の子の胎児は女の子よりも受けやすいからだ」2)という仮説は十分に考えられます。正木名誉教授は「妊娠初期の胎児に異変が起きていると見なさざるを得ない。国は原因解明に努めるべきだ」と言っていますが、何らかの環境要因が妊娠初期の胎児に悪影響を及ぼし、弱い男児が死亡している可能性を考えているのでしょう。しかしながら、同時に記事はこうも伝えています。

死産の実数は79年の8万2311人から02年の3万6978人に減り続けている。これは出産全体の3%程度で、出生率の男女比の推移にはほとんど影響していない。

死産の実数は減っているのです。全体としての出生数も減っているので、厳密には死産率[=死産数/(出生数+死産数)×1000]で比較しなければなりませんが、死産率は1979年が47.7、2002年が31.1です。死産の実数のみならず、死産率も減っています。死産数には自然死産数と人工死産数(人工中絶)が含まれます。人工死産数は社会的な影響を強く受けると思われるので、「化学物質」等の環境が死産に与える影響を考慮するときには自然死産数のみを対象にすべきです。自然死産率は1979年が29.6、2002年が12.7です。死産に環境ホルモンや電磁波が悪い影響を与えているのと信じたいのであれば、ここ20年で環境は改善し、環境ホルモンや電磁波の曝露が少なくなったと考えなければならないようです。

環境の悪化では、死産率の減少は説明できません。もちろん、環境ホルモンや電磁波が男児死産の比率を上げているのと同時に、別の環境要因の改善が全体的な死産の減少をもたらしているという可能性はあります。しかし、そのような複数の要因を考慮しなくても、死産実数の減少と男児死産の比率の上昇を同時に説明できる仮説はあります。そもそも、もともと死産率に性差があるのはいったいどうしてでしょうか。その理由として、男児は平均して女児より弱く死産になりやすいことと、女児より男児のほうが死産のなりやすさ(体の丈夫さ)にばらつきがあることが考えられます。その理由のうち、どちらかが一方のみが正しいというものではなく、その両方が影響しえます。

女児と男児の体の丈夫さの平均とばらつきに差があるときに、死産に性差が生じることを図1で説明します。体の丈夫さには個体差があり、集団の中には丈夫な個体もあれば、弱い個体もあります。中心でもっとも高くなる曲線は、平均値近くの個体が最も多いことを表しています。男児は女児と比較して、ばらつきが大きく(曲線が平らになり左右に伸びる)、平均して体が丈夫でありません(曲線が左に寄る)。ある閾値以下、図での線より左の個体が死産になります。閾値を示す線と曲線で囲まれた部分の面積が、死産する確率です。男児の死産する確率が、女児の死産する確率より高いことがわかると思います。(図1では、男児の死産の確率7.1%、女児の死産する確率1.8%、死産性比[女児1に対する男児の割合]が3.90となっています)

図1 図2
図1
図2

さて、ここで、胎児の環境が良くなって、これまでだったら死産となる胎児が死ななくなったとします。環境の改善は、閾値を示す線が左に移動することで表せます(図2)。閾値を示す線と曲線で囲まれた部分の面積(死産の確率)が減少することがわかると思います。さて、性比はどうなるでしょうか。

図3
図3

図3に、それぞれ、環境変化の前後の男児の死産の確率を青で、女児の死産の確率を赤で示しています。男児を表す曲線が左に伸びているために、閾値が左に移動する(環境が改善する)と、死産に占める男児の割合が多くなることがわかると思います。(図3では、環境変化以降の男児の死産の確率2.2%、女児の死産する確率0.2%、死産性比が9.97となっています)。女児と男児の体の丈夫さの平均とばらつきに差があるときには、環境が改善すれば、死産率は減少し、男児の死産の割合は増加するのです。妊娠初期の胎児に異変が起きていると見なす必要はありません。

ここでいう環境の改善は、おそらくは医学の進歩や栄養状態や公衆衛生の向上によるものであり、化学物質や電磁波の暴露が減ったとは限りません。死産率の減少だけをもって、化学物質や電磁波の胎児への影響を軽視してよいことにはなりません。しかしながら、死産率の減少を忘れ、死産性比のみに目を奪われて、何か異常なことが起こっていると見なさざるを得ないなどという結論に到るのは誤りです。テレビのリモコンか、カップラーメンの容器に使われている「ビスフェノールA」か、はたまたファーストフードなのかなどと原因を探る前に、落ち着いて統計のまやかしに騙されないようにしなくてはなりません。まさしく、「統計から何を見るかが重要」なのです3)

男児と女児の胎児の環境への感受性に平均値とばらつきが異なるという仮説は、死産性比の変化と死産率の減少を同時に説明できるというだけで、検証され証明されたわけではありません。しかし、さまざまな方法で検証しうる仮説だろうと思います。たとえば、この仮説は、他の国でも死産率が減少するに従って男児の死産の割合が増えるだろうという、検証可能な予測をします。ここでは統計のまやかしに騙されないための教訓の一つとしてこの仮説を提案し、検証は今後の課題としましょう。他にどのような可能性があるのか、いろいろ仮説を考えてみてください。


参考文献

1) asahi.com 2004年7月2日付け 妊娠初期の男児死産の比率、女児の10倍に
2) babycom ecology/妊娠と電磁波 http://babycom.net/eco/denjiha/5.html
3) 正木健雄さんが語る「どうなっている?子どものからだ」 http://www.min-iren.gr.jp/search/06press/genki/146/genki146_3.html
4) 市民のための環境学ガイドでも、死産は男児が多いことが取り上げられたことがある。http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/Week0306.htm#label06121, http://www.yasuienv.net/Goiken082003.htm#labeladvi
5) 多因子疾患の感受性が集団でみると正規分布を示し、閾値を越えたら発症するというモデル(multifactorial threshold model)に関しては Tom Strachan and Andre P.Read ヒトの分子遺伝学第二版 メディカル・サイエンス・インターナショナル 第19章
(補)

1979年と2002年の出生数、死産数、死産率(=死産数/(出生数+死産数))、自然死産数、自然死産率(=自然死産数/(出生数+死産数))、人工死産数を挙げておく。
出生数死産数死産率自然死産数自然死産率人工死産数
1979年(昭和54年)16425808231147.75108329.631228
2002年(平成14年)11538553697831.11516112.721817

数字の出展は、厚生労働省のサイトより
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suii01/soran2-2.html
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/03/toukei1.html
など。


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2004/07/03