臨床環境医の主張

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臨床環境医は、以下のような主張をします。(あなたも化学物質過敏症 石川哲・宮田幹夫著、農文協)

これが全部本当のことだったら、結構凄いことだと思います。世紀の大発見です。科学の世界では、常識からかけ離れた主張ほど、強い証拠が求められます。よほどしっかりした証拠がないことには、上記したような主張を行えません。そこで、これらの主張にどれくらいの証拠があるか調べてみましたが、はっきりした証拠は見つけることができませんでした。例えば、「量が多すぎても反応が起きない」という主張に関して、石川/宮田の著作には、実験結果と称するグラフがついてはいるのですが、生データもなければ、リファレンス(参考文献の提示)もありません。

どうもこれらの主張は、しっかりした証拠に支えられたものではなく、経験に基づいたもののようです。化学物質過敏症の治療の一つに、さまざまな「化学物質」の汚染のないクリーンルームに隔離するというものがあるのですが、クリーンルームに隔離されると、かえって症状が悪化したりすることもあるのだそうです。症状の誘発が化学物質の暴露と無関係におこるのであれば、そりゃ、症状が悪化することもあるだろうと私などは考えるのですが、”化学物質過敏症”の症状が化学物質の暴露と無関係であるはずがないと考える臨床環境医にとっては、クリーンルームに入ってからの症状悪化は「離脱症状」だ、というわけなのです。なんだか、「好転反応」という言葉に似ていると思ったのは、私だけでしょうか。

「総身体負荷量」という概念に対しても私は懐疑的です。「総身体負荷量」は、コップや樽に喩えられます。有害な「化学物質」という水が、人体という「コップ」にたまってゆき、それがあふれたところで症状が生じるというのです。人によって「コップ」の大きさが異なり、「化学物質過敏症」の人は「コップ」が通常の人より小さいのであふれやすいのだそうです。わかりやすいたとえ話としては良く出来ていますが、学術的な検討に耐えられるものではありません。

さまざまな化学物質への耐性が、「総身体負荷量」という枠に収まると考える合理的な理由はありません。身体に入った化学物質は、さまざまな代謝系を経て体外に排泄されます。異なる化学物質は、異なる経路をとるのであって、「身体負荷量」があるわけではありません。個人個人によって耐性が異なる化学物質はあるでしょう。例えば、AさんはXという化学物質を代謝する酵素の活性が弱く、BさんはYという化学物質を排泄する機構が弱いという風に。さて、AさんとBさんの「コップ」はどちらが大きいのでしょう?また、化学物質はお互いに相互作用します。薬物によってはお互いの作用や代謝を強めたり弱めたりするものが知られています。さまざまな「化学物質」や電磁波といった物理的な刺激までいっぱひとからげにして「総身体負荷量」とする見方は単純すぎます。

臨床環境医の行なう化学物質過敏症の治療の一つに誘発中和法があります。症状がぎりぎりで生じないという中和量の原因物質を皮下注射もしくは経口で与え続けることによって感作を脱出するという治療法なのだそうですが、症状が生じない量とは言え、原因物質を与え続けることで「コップがあふれたり」はしないのでしょうか?(ちなみに、二重盲検法による、誘発中和法は科学的有効性を欠くという研究がある)

同じく臨床環境医の治療に、メガビタミン療法といって大量のビタミンを投与するというものがありますが、ビタミンだって「化学物質」です。「さまざまな化学物質」に反応するのであれば、ビタミンに反応したりはしないのでしょうか。また、無農薬有機栽培された野菜は安全だとされているようですが、品種改良で弱毒化されているといえ野菜自身は防御のための毒(天然農薬)を持っています。微量ですが「コップ」にたまってあふれたりはしないのでしょうか?

「コップ」にたまるかどうかは、つまり化学物質が有害であるかどうかは、化学物質の生理学的な特性ではなく、イデオロギー(天然物は安全・人工物は危険)によって決まるように見えます。化学物質過敏症、柳沢幸雄・石川哲・宮田幹夫著、文春新書には、デパートや本屋で気分が悪くなり、排気ガス・新車の臭い・石油ストーブ・化粧品・食品添加物に反応し、石油ストーブが使えないため、スギやヒノキや桜の端材をブリキ製のストーブで燃やして暖をとる「多種類化学物質過敏症」の女性の話が出てきます。その女性が言うには「桜の木を燃やすと天然の甘い香りが部屋中に広がって、このうえない幸福感を味わえます。」だそうです。

確かに天然の香りはここちよいものです。しかし、同時にさまざまな「化学物質」も生じています。木材を燃やして生じたホルムアルデヒドやダイオキシンは、化学物質過敏症を誘発しないのでしょうか?こういった体験談や、ブラインドテストの結果を見るに、「化学物質過敏症」の症状が化学物質の暴露によって誘発されるという説には懐疑的にならざるをえません。


好転反応: 健康食品などをはじめた後に起こる異常な症状。体が良くなっている兆候で、一時的なものだととされているが、科学的な証拠はほとんどない。もしあなたがセールスマンで、健康食品を食べはじめた顧客の体の調子が良くなったら「健康食品が効いているのです」、調子が悪くなったら「好転反応です。体が良くなりはじめている証拠です」、と言っておこう。体の調子は何もしなくても良くなったり悪くなったりするものだ。「好転反応」も、どうせそのうち治まる。治まらなかったときは、次の顧客を探そう。


参考文献

石川哲・宮田幹夫著 あなたも化学物質過敏症 農文協
柳沢幸雄・石川哲・宮田幹夫著 化学物質過敏症 文春新書
Jewett DL, Fein G, Greenberg MH. A double-blind study of symptom provocation to determine food sensitivity New England Journal of Medicine 323:429-433, 1990

(注) 他にも臨床環境医による怪しげな主張として、「精神病の7割が脳アレルギーだ」「制限食で統合失調症(精神分裂病)が治る」「ホメオパシーが効果がある」「胸腺の経絡は性感帯と一致しておりSEXは化学物質過敏症の回復に非常に良い。胸腺様組織のネットワークをO―リングの造影法でみるとまるで性感帯のように張り巡らされており、女性で言うとクリトリスに集中する」などがある。ただし、必ずしも臨床環境医のすべてがこうした主張に同意しているわけではないようだ。


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2002/06/01
2003/1/16最終改訂