遠藤雅守さんへ。 >「種としての存続を図る本能」が思想様式として顕示したものではないかと思っています. ううむ。ここまでいきますか。。。 JA50さん。 >ロ.人間の複製は、遺伝学的に見ても良くない結果を招く恐れがある。 これは大きな理由だと思いますよ。人間の欲望は際限ないですから。 簡単に反論できるような薄い理由ではないと感じます。 多くの人が頭も体力もある特定の遺伝子のみを珍重するようになるかも。。。 >教皇に科学の真偽に口出す権利はありません。 教皇のような社会的影響力の強い立場の人が科学の真偽に口を出すなら、 よほど勉強して慎重にお願いしたい。という表現で如何ですか?
初めて投稿します.非常に面白いHP,盛り上がる掲示板,すばらしいサイトですね. さて,本題ですが,ここ数日話題のクローン人間の可否について. 私は,宗教を持たない人間ですがクローン,というより生殖に(現在の)科学が介入するのに 反対です.理由は,まだ人類が遺伝子を完全に理解したとはいえず,よくわからないうちに 生殖を弄り回すと,最悪の場合「種の滅亡」という結論を招くおそれがあると考えられるか らです.たぶん,ほとんどの人が,人類滅亡を望んでいないでしょう? 同様に遺伝子組み替え作物の栽培も,生態系に重大な影響を与える可能性が完全に否定でき ない以上,行うべきではないと考えます. キリスト教をはじめ多くの宗教がクローンを否定するのは,それら宗教が生命の尊厳を第一 に掲げるからでしょう.私は,宗教が生命尊厳を掲げるのは,人類が生物として持っている 「種としての存続を図る本能」が思想様式として顕示したものではないかと思っています.
>ヘルメスさん >>クローン人間作成はなぜいけないのでしょうか? >いけない理由はありません。 いや、そう言ってしまわれると、私の方が困ってしまう、、、(^^) ご紹介のサイトをこれから覗いてみます。
クリスさん、レスありがとうございます。 http://www02.so-net.ne.jp/~catholic/Doc/cbcj/970503.htm ここに日本カトリック教会の見解が述べられていました。 欧米社会で挙げられている禁止理由は、、、 >イ.ヒトのクロ−ンは、人間本来の生殖の基本とは異なるので、自然の摂理 に反する。 >ロ.人間の複製は、遺伝学的に見ても良くない結果を招く恐れがある。 >ハ.クロ−ニングそのものが、人間の生命に干渉することになる。 >ニ.優秀な人間の複製を始めれば、それは優生学的な考えにつながる。 >ホ.病気の子どもを救うために骨髄提供者となる弟や妹をクロ−ニングで作 ることは、人間を単なる「臓器 >提供者」としか見ないことになる。 だそうですが、いまいち主張としては弱いと思います。 反論しようと思えば簡単に反論可能な、弱い根拠でしかない。 そして、カトリックとしての主張は例によって「神に属すること」です。 >このような絶対的価値と尊厳をもつ人間を創造するという業は、神に属するも のであり、絶対に人間の手にゆ >だねられてはなりません。 これでは、他の宗教団体(例えば例のカルト教団)が自らの教義でクローン人間を作ろうと することに反論できないことになる。http://www02.so-net.ne.jp/~catholic/Doc/cbcj/970503.htm
narcciさん。 そんなこと言ったら、理科室にある原子や分子の模型、DNAの模型、雑誌によく載ってる ビッグバンやインフレーション宇宙やブラックホールの想像図だって、みんな同じですよ。 あくまでも想像図ですからね、みんな。 想像で描いたものだから信仰、というのはちょっと乱暴な理屈じゃないでしょうか? ヘルメス☆さんへ。 >少なくとも、現時点では >1.クローニング(複製)された人に対する法律が無い。 >2.感情的に受け入れられないだろう >3.良くわからない技術だから >という理由しか思い当たりませんね。 >宗教関係以外では。 世界中で禁止しようって言ってるんですから、幾らなんでももう少し別の理由もあるでしょう。 社会的合意に至っていない。とか、 優生学みたいに利用されそうだ。とか、 倫理的問題。とか、 遺伝子プールの単一かが起こるのではないか。とか、 ただでさえ人口爆発が心配なのに、これ以上人を増やしてどうする。とか。。。 前玉 睦子さん。 >くどいようですが、私が言いたいのは「信仰の根拠は聖書」ということです。 これはよく理解しております。ただ、それは思考停止といわれる状態です。 >たとえそれが不充分に書き記されたものであったとしても、聖書によってしか、神の言葉を知ることはできません。 それは何の根拠もない妄想、、、かも知れませんよね?少なくとも証明は不能ですし。 >ですから、クリスさんが私の発言を「キリスト者は皆、天地創造が24×6時間で成されたと >信じている」という意味に採られたのならば、それは私の説明不足に起因するものです。 いえ、そうは取りませんでした。ご安心下さい。 私が言っているのは聖書(特に旧約聖書や創世記)はあくまで書物であり、一部に神話を含んでいる、 と考えるクリスチャンも大勢いますよ。ということです。
昨日の話題のレスは書きにくいものかがあります。
私が書いてる間に前玉さんが投稿されていたのですね。 前後してよみにくくなってしまいましたが御勘弁を。
このような科学的な推測は物理や化学でも行われています。たとえば原子の構造を考えて みてください。 最初「原子」というものは化学反応や気体の性質をうまく説明するのに 都合のよい仮説の域を出ませんでしたが、その後どうやら正電荷と負電荷からなっている物 らしいということが判明しました。当時の多くの科学者が支持したモデルは、「大きく広がった 正電荷の中に小さな負電荷(電子)が埋まっている」という「スイカ」モデルでした(正 電荷がスイカの身、電子は種)。その後ラザフォードの実験によりこれは否定され、原子核の まわりを電子が回るという「太陽系モデル」が信じられ、現在では量子力学の発展により 「電子雲モデル」というものができています。 進化論と物理や化学は別に異質ではないことがお分かりいただけましたか? 科学はすべて 新しいデータによって古い理論を修正しつつ進歩してゆくのです。 進化というより古生物学の問題ですが、最近は「恐竜は冷血ではなく温血であった」という 修正もなされつつあるようですね。 ん? 原人も古生物学の問題か・・・ 結局あの原人の図の「推測性」をもって進化論は 「信仰」であると言うことはできません。
皆さん、ご質問・ご忠告ありがとうございます。 くどいようですが、私が言いたいのは「信仰の根拠は聖書」ということです。 これは何も私の教会(プロテスタントの所謂リベラルな大手教団)に限らず、 少なくとも、プロテスタント系の教会に所属する方は皆さんそうでしょう。 かいつまんで言うと聖書の内容は「神様の言葉は必ずその通りになる」ということです。 そして私共にとっては、神の言葉を知る唯一の拠り所も聖書です。 たとえそれが不充分に書き記されたものであったとしても、聖書によってしか、 神の言葉を知ることはできません。 勿論、言葉の字面だけを追うならば、「創世記」に書かれたことが、 神による創造の御業の全てではないでしょう。 でも、人間の言葉では捉えきれないほどの豊かな業が、 聖書の上ではこの「6日間」の記述の中に言い表されているのです。 ですから、私共はこれをそのまま受け入れる(信ずる)他はないのです。 その上で、この「6日間」という言葉をどのように理解するかということについては、 様々な解釈が許されています。 遥かに長い時間として解釈する立場もあれば、時間の長さには置き換えない解釈もあります。 そして、6日間=24時間×6というのも沢山ある解釈の一つでしかありませんし、 私自身そういう立場はとっていません。 ですから、クリスさんが私の発言を「キリスト者は皆、天地創造が24×6時間で成されたと 信じている」という意味に採られたのならば、それは私の説明不足に起因するものです。 その解釈が6日間であれ60億年であれ、聖書には「6日間」と書かれているのです。 解釈によって聖書の記述を変えるわけにはいきません。 聖書を信ずるとは、そういうことです。 因みに、私共の教会で「逐語霊感説」が嫌われるのは、聖書の自由な解釈を認めない上、 聖書の言葉をただ字面どおりに読んだだけでは避けられない矛盾の辻褄を合わせるのに、 もともと聖書に書かれていないことを「実はこうだった」と断定的に述べているからです。 そして「実はこうだった」の最たるものが「創造科学」だと思うのですが。 (でも、これを言ってしまうと「創造学校」から締め出されるかもしれませんね。)
narcciさん >本来、進化論が科学であるなら、系統樹のわきに、「北京原人の下顎の骨」とか、なんとかピテクス >の歯」とか、そうしたものをのせるべきです。 >そういう全く非科学的なことを教科書で信じさせている「進化論」は、物理や化学にくらべて、やはり >異質なものであり、一種の「信仰」である、と言いたいと思います。(1) 再現図は「信仰」ではありません。あれは今手に入る証拠に基づく「推測」です。骨格の存在から 原人の大体の体型を予想し、手がかりの得られない外見については、原生の生物との類推から 推測する。その結果毛が生えたあの原人像ができたわけです。もしも原人のミイラでも発見されて、 そのミイラには現代人と同じく毛がなかったら、あの図は即座に修正されます。このような推測は、 それがその後のデータによって正しく修正される限り、十分認められるべきものと考えます。 子供達が「推測」を「事実」と信じてしまっているならそれは確かに大問題です。しかし、 それは教育法の問題であって進化論が本質的に抱えている問題ではありません。 (1)narcci 投稿日:05月11日(木)11時57分10秒
う〜ん、またこういう人を惹きつけてやまない危険な話題を・・・(爆) はは、冗談です。 これはかなりシビアな話題ですね。 生き付く所まで生きましょう! >JA50さん、クリスさん、その他の方へ >クローン人間作成はなぜいけないのでしょうか? いけない理由はありません。 「クローン人間を作ることは神への冒涜だとか神の領域への侵害だとかいうような宗教的理由」 を持ち出すのならば、文字通り創造論を事実として証明しなければなりません。 その上で、「何故、神への冒涜なのか?」という事を明確にする必要があります。 ちなみに聖書を一通り読んでみたのですが、どこにも 「クローン技術やバイオ技術は神への冒涜であり、神の領域を侵害するので行っては行けない」 とは書いてありません。 (当たり前ですね・・・(^^;) まあこれは冗談として、生命を操作することが神への冒涜かどうかは正直わかりません。 正直、あらゆる倫理、論理的な側面から考えても答えは出ていません・・・ ですから、もし教皇が禁止と言うならば、その根拠を明らかにしなければなりません。 その上でクリスチャンではない科学者にまで、その権限が及ぶかどうかも考察する必要があるのでは、 と思いますが。 (他のクリスチャンを使って強制的に力尽くでやめさせる、ってのは無しね) 少なくとも、現時点では 1.クローニング(複製)された人に対する法律が無い。 2.感情的に受け入れられないだろう 3.良くわからない技術だから という理由しか思い当たりませんね。 宗教関係以外では。 今のところ行われていないだけで、クローンとは所詮同じDNAを持ったもう一人の人間を創り出すだけ の技術です。(部分的クローンはまた定義が違いますが) 技術で行われることを除けば、一卵性双生児と大して変わりません。 むしろ、バイオテクノロジーによる生命操作のほうがこの議題に合うかもしれません。 米プリンストン大学(Princeton University)のLee M. Silver教授がかなりシビアな論文を発表して います。 (また火に油を注ぐ行為・・・) 以下に関連サイトを紹介します。 【バイオテクノロジー全般】の関連情報 http://www.asahi.com/paper/special/biosympo/top.html http://www3.50megs.com/kura/zuisou/zui017.htm 【複製されるヒト】の関連情報 http://www.shoeisha.co.jp/ippansho/coming_soon/RemakingEden.html http://www.sam.hi-ho.ne.jp/live/yakugai/book/thoughs/human.htm http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/old/98_0628iii5.htm http://www.nhk.or.jp/forum/life/discuss2/j_case/jc-012.htm http://member.nifty.ne.jp/nose/etc/019.htm http://www.asahi-net.or.jp/~YB5Y-KNK/issatu3.htm Lee M. Silver教授の情報 http://www.molbio.princeton.edu/faculty/silver.html(英語です) でしょうか。
どえ〜! 一日置いただけで、大変な事になっている・・・ すみません、この元凶を創り出した張本人です。 >Syakuraさん >レスほしいです?(笑)本当に信仰講義になっちゃいそうなんですけど。 いえ、そもそもの立場が、というか前提が違うので答えは「決着しない」とわかっています。 科学側は(原則として)真理を追究するために議論、批判を繰り返して真理に近づくのです。 しかし、宗教側は(キリスト教に限らず)既に「真理」が確定していて、それに他者を押し込めよう とする立場なので、根本から話が噛み合わないのです。 以前に、こことは違う場所で議論してその認識を得ました。 要するに、 > 以前にも書きましたが、クリスチャンによる犯罪、キリスト教の名の元の集団殺人。は実際に >行われました。が、それを指してキリスト教が悪いというか、過ちの元になるという認識をしな >いでほしいです。確かに十字軍などによる凶行は行われました。がそれはキリスト教の力を借り >た政治的要因が大きいと認識されています。キリスト教に限らず現在の日本や世の中を見回して >みても宗教の力を借りての凶行が行われていますが、この罪を正すのならその宗教や信者ではな >く宗教が持つ力を利用しようとする者を正すべきだと考えます。いかがでしょうか? >共産圏(宗教による力が比較的小さい)だって犯罪や凶行は行われているでしょう 宗教による犯罪と人間による犯罪には根本的な違いがあります。 人間による犯罪は少なくとも人間同士で帰結します。 しかし、宗教による犯罪はたとえそれが宗教を利用しようとした者の犯罪であってもそこに「神」が 絡んできます。 例えば十字軍遠征にしても、「神」の為に行われたというのが基本原則でしょう。 そこに領土獲得や聖地回復による「名誉」や「利益」が求められていたとしても。 そして魔女狩りにしても、南北米大陸への進出と土着宗教、民族文化の根絶も同じ土台があるように 思えます。 そして、それが人間の責任に帰結しない以上、そこに反省は無く、同じ過ちを繰り返していると。 「真理」が既にあって、それを無批判(だけでは無いと信じたいです)に受け入れて、それに対する 変化を受け入れないのであれば、既に進歩する余地が無いでしょう。 現に、近代になるまではキリスト教は同じ事(宗教による大虐殺)の繰り返しをしています。 科学は理由に使われる事がありますが、動機にはなり得ません。 例えば、遺伝子解析によりAグループの人間の知能がBグループよりも優れている、という科学的な 結果が得られたとします。 考察の結果、それが事実だったとしても、それは差別ではありません。 ですが、それを差別や政治に利用する事は可能です。 しかし、その「動機」は科学的考察からは引き出せません。あるのは厳然たる事実だけだからです。 それに意味を見出し、かつ行動にする動機はその個人の思想からしか出てきません。 しかし、宗教は理由と動機を兼ね揃えています。 「神」が命じる以上、信仰者はそれに従おうとするでしょうし、同時にそれは「神がそう命じた」と いう理由になるのです。 と言うわけで >YASさん >妙な政治的な活動の根拠になったり(ルイセンコ事件など) >状況によっては、狂気(優生学など)を帯びることすらある。 のはそれを解釈している人間の「思想」の問題です。 >どちらも、寛容性を失ったときにとんでもない狂気を帯びるものではないの >ですか? 排他独善というのが基本的に宗教のスタンスだと認識しています。 少なくとも、キリスト教は聖書に ヨハネによる福音書 3.36 「御子を信じる人は永遠の命を得ているが、御子に従わない者は、命にあずかることがないばかりか、 神の怒りがその上にとどまる。」 と記されているので、この時点で他の宗教(思想も含む)との調和は聖書に書かれている「神」の言葉 から離反してしまいます。 まさに、ここからあの狂気が生み出されたと言っても過言ではないでしょう。 >少なくとも、科学的な議論なら合理性を宗教的な議論なら >寛容性をもって対応したいものですね。 そうですね、本当にそう希望します・・・ では!
>教皇に科学の真偽に口出す権利はありません。 すべての人間にその権利はあると思います。 それはともかく。。。 欧州各国がクローン合法化に消極的なのは、やはりカトリック的宗教観の影響もあるでしょう。 アメリカがより積極的なのは、 1)プロテスタント的(個人の解釈や権利を重視する)だから 2)憲法による宗教権力の制限 3)遺伝子技術をハイテク産業とみなしている などでは。。。 日本の場合は 1)欧米各国の圧力を無視できない 2)クローン人間の誕生による社会秩序の混乱(とくに人権関係の混乱)などを心配して。 というところでは?
笑ってあげましょう>クリスさん 教皇に科学の真偽に口出す権利はありません。 実際に応用すべきかどうかには、人間社会の一員として権利があると思いますが、科学の真偽に 口出す権利はない。 そんなもの笑いの対象です。
原人についてはほぼそろった全身骨格が出ていると思いますが、、、 軟部組織については確かに推測によらねばなりませんから、本当に毛深かったどうかは分からない でしょうが、そのほかの直立していたかなどは骨を見れば分かります。 なお、サル、猿人、原人、旧人、新人という進化の梯子を書いた図は、確かにおかしいと思います。
いやいや。いやいやいやいや。 それは認識が甘いですって。 ローマ法王は全世界10億人といわれるカトリック教徒の破門権という大変な権力を持っています。 日本人には実感しズライでしょうが、この権力はすさまじいものなのです。 地動説を唱えたガリレオがつい最近まで破門を許されていなかったことから考えても、 ローマ法王が進化論を認めるかどうかは、世界的には大変な意味があるのです。
確かヨーロッパが一番厳しくて、アメリカはクローン人間を禁止している州の方が珍しいんじゃな かったですか。 日本も法律で禁止しようとしているようですが、その理由はどういうものなんでしょう?
narcciです。時間がないから、ひとことだけ問題を提起します。 進化論を説明する時、よく教科書に、系統樹と一緒に、原人たちの想像図が出てきますよね。 僕は、あれこそ、「進化論が科学でなく、一種の信仰である」ことを証明していると思うんですが。 だって、原人たちの根拠はといえば、下顎の骨とか、頭蓋骨の一部とか、とうてい全身の復元が できないような、ましてや、体中に毛が生えていたとか、まさに全く根拠のない「想像図」。 だれが、原人たちの生活の様子を再現できるというのですか。あんな、「非」科学的なものを教科書 に載せたら、いたいけな子どもたちは、「信じて」しまうじゃないですか。 本来、進化論が科学であるなら、系統樹のわきに、「北京原人の下顎の骨」とか、なんとかピテクス の歯」とか、そうしたものをのせるべきです。 そういう全く非科学的なことを教科書で信じさせている「進化論」は、物理や化学にくらべて、やはり 異質なものであり、一種の「信仰」である、と言いたいと思います。
>クローン人間作成はなぜいけないのでしょうか? そりゃ、アメリカが駄目だっていうから。じゃない?
ローマ教皇が進化論を認めたの認めないのという話はよく知りませんが、もし事実なら、それ は笑いの対象だと思います。 Syakuraさんが、その発言をおかしいと思ったのなら笑ったらいい。 ローマ教皇に進化論が正しいの正しくないの、認めるの認めないのと決める権利は少しもな いです。もし言ったとしたら私も大笑いします。 しかし、私の記憶では、ローマ教皇は、宗教が科学に口を出すのは間違いと言っているだけ のはずですが。
この掲示板の主旨と離れる可能性があるんですが、宗教を持ち出しての科学や技術への 口出しが時には無力なんだということの例として、あえて取り上げてみます。 ラエリアン・ムーブメントで思い出したのですが、先日NHKでクローン人間について 特集していたですよね。この中で、バックに円盤が飾ってある部屋でクローン技術者が クローン人間を作ろうとしていると語っていました。それも宗教的理由から。 我々人類は宇宙人によって遺伝子操作を用いられて作られた生物だから、自分たちがク ローン人間を作ることは宗教的義務だとかなんとか言っていたように記憶しています。 彼らは宗教的理由からクローン人間を作ろうとしているだというのです。 こういう者たちに対し、クローン人間を作ることは神への冒涜だとか神の領域への侵害 だとかいうような宗教的理由による非難は無意味です。 神という自分たちの宗教を持ち出して、他の宗教を非難しているだけですから。 彼らの行為を止めさせるには、宗教的理由ではない、客観的、合理的な根拠を示す必要 があります。 クローン人間作成はなぜいけないのでしょうか?
私は信仰を持たない人間ですが、特定の宗教を信じているひとは その信仰をどのように「客観的事実」や「他人の宗教」と矛盾せず心の中で落ち着かせているのか、 一度聞いてみたいと思っていました。 >しかし、信仰者の方は聖書はそういう人間が創作したものとは違うと認 >識されているわけですね。では、どうやって創作したものと「聖書」 >とを区別されたのでしょうか?(1) このDr.TMさんの質問に関連して、私も信仰者のかたにお聞きしたいことがあります。 他宗の主張とはどう折り合いをつけるのですか? たとえば、 「キリスト教徒は世界は神が6日で作ったと言っているが、実は世界は イザナギの命とイザナミの命が矛で海をかきまわして作ったのだ。」 と誰かに言われたらどう答えますか? (1)DrTM 投稿日:05月11日(木)02時52分15秒
星の光さん> >科学的創造論 星の光さんの言うように、「自称」科学的な創造論です。創造科学とほぼ同義であると私はみ なしています。それとは別に科学的な創造論としては、ダーウィン以前の創造論ですね。ダー ウィン以前に、生物の複雑性をもっともうまく説明できる仮説が創造論でした。例の人たちの ように、「地球の歴史は一万年以内」「世界規模の大洪水」というドグマにこだわってはいま せんでした。創造科学は、19世紀の創造論と比べても非科学的なのです。 紫@神道さん> >NATROMさん、ログ取れなかったら、私に連絡下さい。 ありがとうございます。平日は毎日掲示板をのぞけるのでログはとれています。土日で70件以 上書き込みがあったらやばいかも。もしあまりにも流れが早い時はログを取ってもらえれば あ りがたいです。
まず、はらやんさんへ。 >しかし,人間が道を誤ったので,善なる世界の予定が,悪なる世界として出発しました。 難しくて私には理解できないのかも知れませんが、「道を誤るような人間を造った」製造者責任というのはないのでしょうか? >病気や悪といったものは,中途半端な人間の創造性や万物を治める力の使い方のあやまりによって後天的に生じたものと思います。 そうすると人間以外の動植物に病気があるのはおかしくないですかね? そもそもイブを誘惑したヘビは悪ではないという事でしょうか? >そして,その悪なるものに,絶対性,永遠性を持った神様が関与してしまうと,それは,神様が認めた事になり,永遠に残ってしまう これはどう考えても屁理屈でしょう。その悪なるものを認めないで消去すればよいだけのことでは? Syakuraさんへ。 >前田さんが書かれた意見はそれほど少数派ではないですよ。なにを隠そう僕はプロテスタント の牧師の息子で。 「どちらかというと少数派」という表現を正しく理解されてますか? ファンダメンダリストどころかプロテスタント自体が世界的には「どちらかというと」少数派でしょう。 >そして、ローマ教皇の発言ですが、カトリックの方には起こられてしまうかもしれませんが、あんまり重要視しないでください。 >少なくともプロテスタントの人にとっては一クリスチャンの発言としか受け取っていません。 プロテスタントとカトリックの違いでしたら良く理解しております(おそらくプロテスタントしかご存知ないあなたより)のでご心配は無用です。 前玉さんの主張に対する反例を上げただけです。 >キリスト教はキリスト教以外を敵にする。の話ですが、少なくとも僕の信仰理解では、キリスト教の敵はサタンの働きだけです。 問題はキリスト教以外(それどころか自分の宗派以外)はサタンの手先であると主張、布教する自称クリスチャンが確かに存在することです。 紫@神さんへ。 >ところが魔女狩りのほうは、私利私欲が動機になっているとはとても思えず、全く神への信仰の下に行われたものと言えます。 そんなことはありません。財産の没収、商売敵や恋敵や政敵の抹殺、病的な性欲の充足など私利私欲が動機になったと考えられる例も多数紹介されています。
Syakuraさん、こんにちは。DrTMです。 信仰者であるSyakuraさんの投稿を非常に楽しく読ませて 頂いております。私は思いっきり無神論者なのですが、異 なる考え方を知るのは面白いし、大事なことですよね。 >この罪を正すのならその宗教や信者ではな >宗教が持つ力を利用しようとする者を正すべきだと考えます。いかがでしょうか? >共産圏(宗教による力が比較的小さい)だって犯罪や凶行は行われているでしょう これに関しましては無神論者による他の多く方の投稿でも科学(あるいは無神論 )も宗教も凶行を起こすことはあるという意見であったと思います。よってこの 点ではSyakuraさんと意見の一致がありましたね。 >クリスチャンが戦うべきは人に対してではなく、サタンに対してだ >けと僕は教えられました。 つまり、人が人を裁くことはできないということでしょうか? >実際の武器を持ち人を傷つけることは信仰面から >要っても罪です。 すると、この場合罪だと判断したのは何によるものでしょうか? >個人じゃなくて考え方や指針、ポリシーを道徳的、倫理的に成否を下すのははっきり >いって人には無理だと思います。 ここから私が勝手に推測したのですが、 Syakuraさんは指針、ポリシーを道徳的、倫理的に成否を下すことができるのは 聖書だけだとお考えでしょうか?あるいは聖書でも成否を下すことはできないと お考えですか? #今から唯物論的研究に従事しなければならないので(仕事なもので)レスが遅くなる #かもしれませんがお許しください。
みなさん、こんにちは。DrTMです。 信仰の根拠として「聖書そのもの」と前田さんが答えていただきました。 ありがとうございます。聖書が根拠の場合、それを変更したりするのは 許されないというのは分かります。 そこで信者の方で「信仰の根拠=聖書」とされている方に質問です。 例えば昔の誰かさんが、そのときの歴史やすでに認知されている現象 に基づいて何らかの宗教的本を創作したとします。今までに多くの人が そのようなことを行ってきました。現在でも多くの本が出ていますよね。 しかし、信仰者の方は聖書はそういう人間が創作したものとは違うと認 識されているわけですね。では、どうやって創作したものと「聖書」 とを区別されたのでしょうか? 恐らく理由は信者の方でも(といっても聖書=根拠とする人に限られるかもし れません)いろいろあると思います。ぜひ、みなさんの考えを教えてください。
以前、笑う笑わないの話をしながら、下記でローマ法王のところの記載で笑ってますね。 言動がいっちしてません。すみません。 ならびに、気分を害されたカトリックの方,お詫びします。
などと、題名で書いてますが現状を招くのに一役買ってるSyakuraです。 それにしても今日(昨日か)は流れが速いですねぇ。 僕に対してのヘルメスさんのレスがはるか昔のレスに思えてしまうから凄い(汗) >ヘルメスさん レスほしいです?(笑)本当に信仰講義になっちゃいそうなんですけど。 今日は仕事で疲れてパワーないんで、短めに気になった点だけレスします。 まず、あの創世記に書いてあることと、新訳に書いてあることが違ってるって指摘ですが。 神学者の方に聞いときますね。神学的にはどんな理解なのか。 で、アルファ・オメガの話ですが、確かに日本語訳も色々ありますが、全部が全部忠実に訳され ているわけでもないようです。現在もなるべく忠実に訳すように再訳の作業は色々行われている ようです。で、どうしてもオリジナルに近い訳が知りたかったらギリシャ語・ヘブル語の聖書を 参照するのがいいでしょう。(ちなみに僕もまだみてません) 次に神様は人を人として作られたと僕は理解しています。(理由については再度質問してくださ い) こんなところでしょうか、お願いとしては1/2点づつご指摘いただけると。狭量な僕でもなんと かなるかも。 >クリスさんへ >確かに、聖書には天地の万物が6日間で創造されたと書いてあります。 >ですから、私共キリスト者は皆そう信じています。 >そんなことないんじゃないですかねえ。。。 >それはファンダメンダリスト(原理主義者)あるいは逐語解釈として扱われる態度であって、 >良いか悪いかは別にして、どちらかというと少数派だと思いますが。 前田さんが書かれた意見はそれほど少数派ではないですよ。なにを隠そう僕はプロテスタント の牧師の息子で。教派を超えた「牧師の子供が集うキャンプ」(全国大会もある)などにいったり してますが、僕の知る限りではかなり多くの教会でこういった信仰を持ってます。 もちろん、ご存知の通りそうじゃない人も多くいます。実際比べたわけじゃないですが、信仰者 の数だけ数えるなら消して小数ではありません。 ただ、論として指示しているってのは、少ないのかもしませんね。僕は知りませんが。基本的 にあまりそういうことを考えないので。 >進化論者の人(もしくわ無神論者の方) 以前にも書きましたが、クリスチャンによる犯罪、キリスト教の名の元の集団殺人。は実際に 行われました。が、それを指してキリスト教が悪いというか、過ちの元になるという認識をしな いでほしいです。確かに十字軍などによる凶行は行われました。がそれはキリスト教の力を借り た政治的要因が大きいと認識されています。キリスト教に限らず現在の日本や世の中を見回して みても宗教の力を借りての凶行が行われていますが、この罪を正すのならその宗教や信者ではな く宗教が持つ力を利用しようとする者を正すべきだと考えます。いかがでしょうか? 共産圏(宗教による力が比較的小さい)だって犯罪や凶行は行われているでしょう そして、ローマ教皇の発言ですが、カトリックの方には起こられてしまうかもしれませんが、あん まり重要視しないでください。少なくともプロテスタントの人にとっては一クリスチャンの発言としか受け取っていません。現に進化論を認める発表をしたときなんか、噴出してわらっちゃいまい したよ。 キリスト教はキリスト教以外を敵にする。の話ですが、少なくとも僕の信仰理解では、キリスト教 の敵はサタンの働きだけです。クリスチャンが戦うべきは人に対してではなく、サタンに対してだ けと僕は教えられました。だから、キリストの十字架以降、今のクリスチャンが持つ武器とは信仰 であり聖書言葉であり、祈りであり、賛美です。実際の武器を持ち人を傷つけることは信仰面から 要っても罪です。 で、クリスチャンが平和的で進化論者がそうじゃないとはいえないでしょう。その逆もそうです。 こういう、個人じゃなくて考え方や指針、ポリシーを道徳的、倫理的に成否を下すのははっきり いって人には無理だと思います。 最後に一つ聖書の言葉の紹介 第1コリント人への手紙 12:3 私は、あなたがたに次のことを教えておきます。神の御霊によって語る者はだれも、「イエスはのろわれよ。」と言わず、また、聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です。」と言うことはできません。 クリスチャンの方へ> レスの協力をおねがいします。(それぞれ信仰理解も多岐にわたるでしょうから) 結局長くなってしまった。すみません
題名とメールアドレス、書き忘れていました。
この掲示板、最近書きこみが多いですね。MSNの影響でしょうか? 書きこみがあまりに多いので、念の為に 05月08日(月)12時11分37秒 から 05月10日(水)23時46分33秒 のログを保存しておきました。この掲示板興味深い意見が多いので、 流れてしまうのが惜しくて・・・。 NATROMさん、ログ取れなかったら、私に連絡下さい。 さて、キリスト教の狂気の例として「十字軍」と「魔女狩り」が挙がっていま すが、「十字軍」と「魔女狩り」は、かなり性質が異なると思います。 「魔女狩り」の方は間違いなく狂気ですが、「十字軍」は蛮行ではあっても、 必ずしも、狂気ではないとも思っています。 十字軍は確かに宗教的な情熱のもに行われたものですが、政治的な動機(外征 による領土獲得)も無視できません。いわば、私利私欲の正当化に神の名が使 用されたという面があります。ところが魔女狩りのほうは、私利私欲が動機に なっているとはとても思えず、全く神への信仰の下に行われたものと言えます。 実際、この2つの事件は時代が異なっています。十字軍のほうは12〜13世 紀の出来事で、キリスト教とヨーロッパ土着宗教が融合していた時代といえま す。魔女狩りのほうは16世紀〜17世紀の出来事で、宗教改革や反宗教改革 (カトリック内部の信仰純化運動)によって、キリスト教から土着宗教が追放 されつつあった時代といえます。ある意味、魔女狩りは宗教改革運動の産物と 言えます。
こんばんは,一日分読むのに,一時間かかりました。 テーマがでかいすねー。みんなの意見を頭で整理しようとおもったけど,くらくらしてます。 病気についてですが,神様の理想の中には,無かったと思います。しかし,現実にはあります。 なぜかというと,人間は堕落したからです。堕落は何かというと,取って食べてはだめだ。と 言われたのに,とって食べてしまった事です。人間には食べずに成長する道と,食べて堕落する 道があったのです。これは人間が神様から言われたことで,ほかの万物はいわれませんでした。 ここに人間と万物の違いを見出せるのです。 人間は神様の子供,万物は人間が住むための環境である,と僕は聞きました。 しかし,みんな同じ神様が創造した物なのに,人間だけがずるい,となってしまうので, 人間だけは自分で正しい道を選んで成長しなさい。というようにしたのです。 神様がご自身そっくりに人間を創造されたの話しに戻ってしまいますが,神様は創造主であり 自分の作った世界の主人ですから,神様に治められるのであれば,万物もなとっくしますが, 一番最後にできた人間に治められるのでは,やってらんねーぜとなってしまいます。 そこで,神様は自分と同じように万物を作り出す創造性と,治める力を人間に与えようとして, 人間だけは自分の力で努力して善悪を見定めて成長するようにしたのです。 人間が人間の力で,神の創造の最後に創造された人間を成長させ完成させる事によって, 神様の創造の御業を最終的に完成させたのは,人間だよ。と言う事にしたかったのです。 (この場合,体は比較的かってに成長しますが,心の成長が重要です。) そうして,万物も気持ち良く治められるようになっていました。 しかし,人間が道を誤ったので,善なる世界の予定が,悪なる世界として出発しました。 病気や悪といったものは,中途半端な人間の創造性や万物を治める力の使い方のあやまりに よって後天的に生じたものと思います。そして,その悪なるものに,絶対性,永遠性を持った 神様が関与してしまうと,それは,神様が認めた事になり,永遠に残ってしまうので,神様は どんなに人間が苦しんでいても手を差し伸べる事ができずに,悲しんでいます。人間が作り出 しまった物なので,人間が解決しないといけないのです。そして,問題解決の責任者がメシヤ であり,イエス様だったと聞いています。
ヘルメスさんレスありがとうございました。 掲示板の内容を興味深くよまさせていただきました。 不快に思われたらごめんなさい。 意図としてはDrTMさんの意見(議論に参加)賛成です。 様は科学にしても、対象にできる事象や計測の手段によって限界をもち なおかつ、科学的証明により導きだされた原理や現象等を適応できる 領域は限定されるのに、意味論(倫理性など)と係わり合いがな いのに妙な政治的な活動の根拠になったり(ルイセンコ事件など) 状況によっては、狂気(優生学など)を帯びることすらある。 また、宗教も、たとえばキリスト教にしても西ヨーロッパのものは 多くの土俗的要素を吸収して今の形が成立しているし、指摘する人 によっては仏教的要素を含むという人くらいさまざまな要素を吸収 して成立しているのにもかかわらず、時として西ヨーロッパにおけ る魔女狩りや十字軍のような狂気を生み出してきたのまた事実 どちらも、寛容性を失ったときにとんでもない狂気を帯びるものではないの ですか? 少なくとも、科学的な議論なら合理性を宗教的な議論なら 寛容性をもって対応したいものですね。
こんばんわ,登場2回目です。 この板の早いペースにはついていけそうもありませんが, 時々登場させていただこうと思ってます。 #マイペース,マイペース! NATROMさんへ 本当にお久し振りでした。 例の御方は,意気揚揚と1年延長宣言しましたよ。「本当の世紀末 は今年だった!」とか言ってます(笑) ところで「創造学校」と「創造論科学的なんたら会議室」を読んできま したが,いやぁ,凄いですね。 科学と擬似科学の区別がつかない人間は幾人も見てきましたが,「神」 の名の元に「正義」と「道徳」を振りかざしているのが,他の擬似科学 の分野より始末が悪いというのが,この世界に馴染みが少なかった僕の 素直な感想です。「この世には科学的創造論もある」と前に聞いたこと がありましたが,本当にあるのでしょうか? #それとも「科学的と称する創造論」のことを「科学的創造論」と呼ぶ んですかね? まぁ,結構面白そうな世界なので,そのうち「創造学校」にも入学して みようと思います。←追放覚悟で(爆)
どもども。いろいろご配慮下さってありがとうございます。 実は一番最初のやりとりが、 「無神論者の医療従事者ばかりだったら、医療は成り立たない」という主旨の発言に、 「共産主義国では現実に無神論者だけの医療が成り立っている」という主旨のレスでした。 そうでしたよね?前玉さん。
クリスさん、こんにちは。DrTMです。 ちょっと補足です。冷静に反論、批判しているにもかかわらず相手が議論から 去る場合はもちろん問題ないです。議論に参加させることが最優先ではありま せん。 と偉そうなことを言いつつ「信仰なき教育は利口な悪魔をつくる」なんて 言われたら確かに頭に血が上ってしまいますね。 たぶんクリスさんへの指摘は自戒の意味が大きいです。
クリスさん、こんにちは。DrTMです。 >これは昔の創造学校掲示板でのことでした。 >こちらの掲示板では少し前になりますが、「信仰なき教育は利口な悪魔をつくる」という発言が>ありました。 この当たりフォローしていなかったです。すみません。m(__)m はぐらさかれると言うことは超科学、オカルト信者と議論するときには いつものことですよね。 >こういう公の場で無神論者を非難する以上、厳しい反論や批判もあることは覚悟していただきた >いのが正直な気持ちです。 クリスさんの気持ちはわかります。同様な気持ちを持つ方も多いでしょう。 でも大事なのは無視論者を非難する人達も議論に参加してもらうことではな いでしょうか?厳しい反論や批判はあくまでも感情的にならないようにしないと。 #多分クリスさんはその辺を十分認識されていて、思わず口がすべったのだと #思いますが・・・。
>こちらの掲示板では少し前になりますが、「信仰なき教育は利口な悪魔をつくる」という発言がありました。 こちらではなかったかも知れません。 創造学校の掲示板だったかも。。。
>#かなり前のログでそういう議論をされているのを私が見落としていたら、すみません。 これは昔の創造学校掲示板でのことでした。 こちらの掲示板では少し前になりますが、「信仰なき教育は利口な悪魔をつくる」という発言がありました。 >>いろいろ指摘・注意したのですが、少しはご納得・反省して下さっているのか、心配です。 >これは議論とはちょっと違う話のように思います。こういってしまうと議論じゃなくなってしまいます。 まあ、おっしゃることは分かりますが、今までさんざんはぐらかされておりますので。。。 ちょっとイラついてしまいましたか。。。 ただ、こういう公の場で無神論者を非難する以上、厳しい反論や批判もあることは覚悟していただきたいのが正直な気持ちです。
クリスさん、こんにちは。DrTMです。 >特に目に余るのが無神論者や共産主義者に対する無知に基づく偏見と差別的発言です。 「無知=知らないことがある」ということですから、一つ一つ具体的に指摘し それについてお互い議論すべきかと思います。他の方も議論に参加できますし ね。 #かなり前のログでそういう議論をされているのを私が見落としていたら、すみません。 >いろいろ指摘・注意したのですが、少しはご納得・反省して下さっているのか、心配です。 これは議論とはちょっと違う話のように思います。こういってしまうと議論じゃなくなって しまいます。
ノースダウンです。久しぶりの書き込みです。 ”異星人による人類の創造”という言葉で昔読んだSFを思い出しました。 フィリップ・ホセ・ファーマー著 階層宇宙シリーズ(早川文庫SF) 異星人による人類の創造がメインストーリーではありませんが、世界の背景として、 「人類や地球を含むこの宇宙は、上帝と呼ばれる超高度な科学技術を有する存在に創造された。 人類は、上帝の姿形を真似して創造された。」ことになっています。 ついでに言うと、「この宇宙は非常に狭く、壁で区切られている。(1辺が1光年ぐらいだった と思いますが、本が手元にないので、詳細不明です)その壁の向こうに星があるように見える のは、そう見えるように上帝が創造したからである。」ことにもなっています。 #なぜ、上帝がそのように創造したかも説明があって、「上帝の故郷の宇宙がそのように #なっていたのでそのまま創造した。なぜ上帝の故郷の宇宙がそうなっていたかというと、 #上帝よりも高度な科学技術を有する上上帝がそのように創造...。
>「聖書の読み方は自由であって良いが、その書き替えを企ててはいけない」 >ぐらいの意味にとってください。 これは分かりました。 >まあ、当たり前のことですが。 申し訳ないのですが、この辺が「独善的」と指摘される部分なのです。 「聖書の読み方は自由であって良いが、その書き替えを企ててはいけない」 というのは非キリスト教徒から見れば「当たり前」でも何でもありません。 極めて狭量な価値観にしか感じられないのです。 その価値観を「当たり前」と表現すること自体がすでに価値観の押しつけになる、ということをご理解下さい。
おっしゃることは理解できます。が、しかし。 >ですから、私共キリスト者は『皆』そう信じています。 どちらかと言うと、私がそんなことないんじゃないと思うのはこの「皆」の部分なのです。 ご自分の教会や周囲など狭い範囲の常識を「キリスト教世界の一般論」のように言うのは如何なものか? というのが正直な感想です。前玉 睦子さんは以前からそういう傾向がありますので。。。 特に目に余るのが無神論者や共産主義者に対する無知に基づく偏見と差別的発言です。 いろいろ指摘・注意したのですが、少しはご納得・反省して下さっているのか、心配です。
>前玉さんは狂信的なファンダメンタリストのように、 >「神が24X6時間で世界を全部つくった」ことが「客観的事実」であると「信じて」はいないようです。 >というわけで、「聖書を信じる」とは前玉さん的にはどういう意味なのか、説明していただけると >うれしいです。 確かにあなた様のおっしゃるとおりです。 是非いつか説明したいと思っているので、気長に待っていてくださいね。 今すぐって訳にはいかないので、どうかお許しを。
けんいちさん、こんにちは。 DrTMです。 >人間に似た姿をした宇宙人が今から25000年前に、遺伝子操作で生命を創造し >始めて最終的に人間を作ったということです。 >実際カナダの生物の教科書に一つの説として載っていて教えられているそうです。 話としては楽しいですね。カナダにはマスメディアを批判的に解釈する訓練をする 授業があるというニュースを聞いたことがあります。生物ではなく、その授業のテ キストに載っていたのかもしれません。つまりマスメディアではオカルトブームに よる視聴率稼ぎのためにいいかげんなことを伝える例として。もちろん、これは推 測です。 大事なのは常に批判的でいることです。
こんにちは。初めまして。この掲示板は面白いです。ちょっと書き込みさせて下さい。 >>確かに、聖書には天地の万物が6日間で創造されたと書いてあります。 >>ですから、私共キリスト者は皆そう信じています。 >そんなことないんじゃないですかねえ。。。(1) 科学的に「信じる」ということと、宗教的に「信じる」ということは意味が違うのではないかと 前玉さんの書き込み(2)の >天地の万物が6日間で創造されたというのも、聖書にそう書いてあるから信じているだけで、 >殊更に科学的・歴史的な時間の単位を、これに当てはめる必要はないと考えられています。 (中略) >聖書の解釈には柔軟さと厳格さが同時に要求されるのです。 あたりを読んでいると思われるのです。前玉さんは狂信的なファンダメンタリストのように、 「神が24X6時間で世界を全部つくった」ことが「客観的事実」であると「信じて」はいないようです。 クリスさんの「そんなことないんじゃない?」という意見はこの「信じる」という言葉の意味の 混乱からきているのではないかと思われるのです。 というわけで、「聖書を信じる」とは前玉さん的にはどういう意味なのか、説明していただけると うれしいです。 このへんを明確にすると科学と宗教を混乱するひとも少なくなるのではないでしょうか。 (1)クリス 投稿日:05月10日(水)17時07分53秒 (2)前玉 睦子 投稿日:05月10日(水)15時26分59秒
ラエリアン・ムーブメントですか。 このBBSもいろんな人が訪れるようになりましたね。
私は、過去のキリスト教の名の下にされた残虐行為に、現代のキリスト教徒が罪の意識を持つ必要はないと 考えます。自分たちにも罪があるんだ、などと考えるのは自虐趣味だと思う。 しかし、過去にそういうことがあったという事実は知っておくべきです。 ピーターさんが言われているように、「本当のクリスチャンがそんな事をするはずがない。彼らはクリスチ ャンを名乗っているが、本当のクリスチャンではない。」というような言い逃れをするとしたら、それこそ 罪だと私は考えます。 同じことがダーウィニストにも言える。 人種差別や断種にダーウィニズムがその根拠として利用された。科学的という権威づけに。 これは紛れもない事実です。 では、その歴史に私のような現代のダーウィニストは責任があるか? そんなのあるわけありません。 また、それとダーウィニズムの真偽とは関係ありません。 しかし,そういう歴史があったという事実は、知っておかないといけない。 また、なぜ利用されたのかということも。 私は、悪用されないようにする最大の力は、正確な知識だと考えます。 科学とはどういうことなのか、進化論とは何か、自然淘汰とか適応や進化とはどういう意味で、何を主張して いるものなのかというのを正確に理解していることが、科学を悪用されない力になると思うのです。 そういう意味でも、NATROMさんが、こういうサイトを運営していることは意義があると思います。 間違った進化論理解に対し(創造論者がやっているようなカリカチャも含め)、その都度きちんと、そうでは ないんですよと反論することが大切なことだと思います。
>お遊びなら許されて、本気だと冒涜になるのですか??? これは私の個人的見解です。説明不足で済みません。 「聖書の読み方は自由であって良いが、その書き替えを企ててはいけない」 ぐらいの意味にとってください。まあ、当たり前のことですが。
こんにちは、初めまして。 とても勉強になります。 さて、進化論でもなく聖書による創造論でもない起源説を知りました。 異星人による人類の創造説です。 人間に似た姿をした宇宙人が今から25000年前に、遺伝子操作で生命を創造し始めて最終的に人間を作ったということです。彼らの中の科学者の知的好奇心によって。 実際カナダの生物の教科書に一つの説として載っていて教えられているそうです。 このアイデアどう思います? ちなみにサイトのアドレスはhttp://www.rael.orgです。 これからもどんどん更新してくれる事を楽しみにしています。
どうもお久しぶりです。 >確かに、聖書には天地の万物が6日間で創造されたと書いてあります。 >ですから、私共キリスト者は皆そう信じています。 そんなことないんじゃないですかねえ。。。 それはファンダメンダリスト(原理主義者)あるいは逐語解釈として扱われる態度であって、 良いか悪いかは別にして、どちらかというと少数派だと思いますが。 >従って「教会」の名によって「進化論」を批判したり、逆にこれを容認したりすることは >明らかに「領域侵犯」であると思われます。 しかしながら最近ローマ法王は進化論容認論をバチカンの名において発表したはずですが。 >しかし、それはあくまで「お遊び」の領域の話で、もし本気でそんなことを考えるとしたら、 >それは聖書に対する冒涜に他ならないのです。 お遊びなら許されて、本気だと冒涜になるのですか??? それは極めて理解しづらい理論ですが、あなたの個人的見解でしょうか?協会の見解でしょうか?
>JA50さん >後藤さんはヘルメスさんの主張と同じことを言われているんだと思いますが。 自分はあの文脈から「牧師や聖職者が聖書から都合の良い部分を取り出して人を 殺す大義名分にしている」という意図を読み取ってしまったんです。 恐らくはキリスト教の歴史を勉強してきたからだとは思いますが・・・ 宗教の持つ本質的危険性はナチス・ドイツのそれと対して変わらないと思います。 むしろ、宗教により大義名分を得て錦のみ旗を振りかざすぶん、性質が悪い。 神から掲示を受けた、というのが本当に理由になり得るのか、という事です。 その掲示は本当に神からの掲示なのか、という疑問ですね。 実際に聞いたとして、それが脳内麻薬等の作用による(無意識的期待の働いた) 幻聴でない、と断言できますか? もし、その「神の声」から逃れられないのならば、それは人間性の否定にも繋がり そうな気がします。 こう言うと誤解を招くかもしれませんが、自分は神の奴隷ではないからです。 神による強制ではなく、自由意思を持った人間として人の善を信じたいのです。 宗教という枠にとらわれて神に全てを委ねれば、ほかの宗教を信じる人間や、神を 信じない人間は敵にしかなり得ません。 少なくとも「仲間」には成り得ない。 自分はそれが嫌で宗教を拒んだのです。 一つの宗教に縛られれば、その中にしか理想郷は存在しません。 むしろ、自分は人間の手でそれを成し遂げる必要があると思います。 それこそが「自由意思」の真意であると思いますから・・・
はじめまして。 前田さん >つまり、聖書の解釈には柔軟さと厳格さが同時に要求されるのです。 その通りだと思います。 この掲示板に参加される方はどちらかと言うと、「厳格さ」のみを主張されているように思えます。 もちろんいろんな解釈があっていいのですが、記述内容の矛盾について、つじつまを合わせるため に無理した解釈が多すぎないですか。 いろいろ指摘できるのですが、テーマから外れるので止めましょう。 人間の言葉で神様を誤りなく表現できるとしたら、そのような神は大した神ではないでしょう。私 は聖書の無謬性を主張したいがために、神の大きさに制限を加えようとは思いません。そうしなく ても、聖書の矛盾は明らかですが…。もちろん、聖書の価値を減ずるつもりもありませんが、あた かも聖書そのものを礼拝しているような盲目的な信仰には警鐘を鳴らします。 どうも、本来のテーマから外れた書き込みばっかりして申し訳ありません。本当は進化論のことを いろいろ聞きたいのです。次回からそうします。
私が思うに、ネガティブな意見は宗教そのものではなく、盲信についてであろうと思います。 過去の罪を問うならば、進化論者も例外にはなりえません。優生学や社会ダーウィニズムは、 いわばキリスト教の「魔女裁判」に相当するかもしれません。私はピーターさんのように潔く なれず、「本当の進化論者がそんなことをするはずがない」とか言ってしまいそうですが。 自らの正義を盲信することが批判の対象となっているのであって、宗教の本質はもっと別のと ころにあると思います。 私は科学を学ぶことで懐疑的な思考方法が身につき、盲信から逃れられる(少なくとも盲信に 落ち入る危険を減らす)ことができると「信じて」います。
何故、皆さんそんなにたくさんレスができるのですか。うらやましい限りです。 ところで、宗教(キリスト教を中心として)に対するネガティブな意見が目立ちますね。キリスト 信仰者の私としては耳が痛いです。そして、それらの批判を真摯に受け取りたく思います。 皆さんご指摘のように、キリスト教の歴史はある意味でとてつもなく汚れています。その汚れを 作った原因は紛れもなくその当時のクリスチャンです。こういうと、必ずクリスチャン側から反論 が来るのです。「本当のクリスチャンがそんな事をするはずがない。彼らはクリスチャンを名乗っ ているが、本当のクリスチャンではない。」と。 こういう言い方はもう止めましょう。私たちは罪を犯したのです。神の名の元に。聖書を盾にし、 他民族や異教社会の文明や平和を破壊したのです。私たちがその時代に生きていれば、私たちも間 違いなく彼らの只中にいて、神の名を振りかざしたなりふりかまわぬキリスト教戦略を試みていた でしょう。 「自分たちこそ選民であり、他は救われていない憐れむべき存在だ」などという思想にはうんざり です。自分たちこそ憐れむべき存在です。キリスト者として自己の過ちと罪に気づくところから 本当の対話は始まるのではないでしょうか。 現実をしっかり見つめる勇気を持ちましょう。 …別に誰へのレスでもありません。普段から思ってたことを書いただけです。
(←って一体どなたにレスしてるんでしょう?私は) 聖書に書いてあるからこそ、まだ見ていないことでも信ずることが出来るのです。 但し、聖書はあくまで神の言葉を人間の言葉で書き記したもので、 決して神の言葉「そのもの」ではない、というのが私の教会の立場です。 (これは既に某掲示板や某メーリングリストで何度も書いたことなので「またか」と思われた方、 どうかお許しを) つまり神の御業の豊かさ・完全さに比べれば、聖書の言葉は遥かに貧弱で不完全なものです。 それでも、正に神御自身がそのように聖書が書かれたことをお許しになっているからこそ、 聖書は私共にとって「全き神の言葉」たりえているのです。 確かに、聖書には天地の万物が6日間で創造されたと書いてあります。 ですから、私共キリスト者は皆そう信じています。 でも、それが具体的にどんな過程で成されたかについて、聖書には殆ど書かれていません。 ただ「神様のおっしゃったことが、その通りになった」という結果しか書かれていないのです。 きっと、筆者(伝統的にはモーセということになっています)の言葉では書き尽くせない程の、 驚くべき御業があったに違いないのです。 ですから、この間に「現代の科学の言葉に換算すれば」何十億年という時間が必要だったと 考えることも可能ですし、一方、神様なら6日間で出来て当然だと考えることも可能です。 その点では「こてこての逐語霊感説」を採る方々の間でも、天地創造の一日をどう捉えるか について、いくつかの解釈があるようです。 以下に、いのちのことば社から刊行されている「聖書・新改訳」の脚注を引用します。 >神の創造のみわざの諸段階を示す「日」とは何を意味するか。 >(一)二十四時間の普通の日と考える。 >しかし、天地創造が六日間でなされたと考えるのには難点が多いため、 >(二)神が著者モーセに啓示を与えた日と考える。 >あるいは >(三)地質学的時代を指すと考える。 >(四)また「日」を象徴的にとり、モーセが七日目の安息日を聖とするために六という数字の >枠の中に創造のわざを入れた神学的叙述であると考える。 因みに私共の教会では、創世記の第1章から第11章は、第12章以降の歴史の発端となる 「神と人との関わり」について記述したもので、第12章以前に起こった出来事を 時系列的に述べたものではないという立場を採っています。 天地の万物が6日間で創造されたというのも、聖書にそう書いてあるから信じているだけで、 殊更に科学的・歴史的な時間の単位を、これに当てはめる必要はないと考えられています。 まして、創世記の第1章からの聖書の登場人物の寿命の総和が人類の歴史の長さだとは、 思いもよらないことです。 このように、私共が神を知る上で、聖書の解釈にはある程度の幅(立場の違い)が 許されています。 しかし、特定の解釈を主張するために、もともと聖書に書いてないことを勝手に付け加えたり、 聖書のごく一部の記述だけを強調することは、絶対に許されません。 つまり、聖書の解釈には柔軟さと厳格さが同時に要求されるのです。 その点、いかなる解釈の立場を取るにせよ、聖書のみを根拠にして「進化論」を肯定したり 否定したりすることは出来ません。 肯定するにも否定するにも、その根拠となるようなことは聖書には書かれていないのです。 従って「教会」の名によって「進化論」を批判したり、逆にこれを容認したりすることは 明らかに「領域侵犯」であると思われます。 私共の教会にそのような権能はありません。 根拠もなく「進化論」を批判してきた過去は悔い改めなければなりませんが、だからといって、 「進化論は正しい」と公言したり、聖書の解釈に積極的に「進化論」を取り入れたりするのは 勇み足というものです。 余談になりますが、もしモーセが現代に生まれていたら、創世記はどんな記述になっただろうかと 考えてみるのも面白いかもしれません。 しかし、それはあくまで「お遊び」の領域の話で、もし本気でそんなことを考えるとしたら、 それは聖書に対する冒涜に他ならないのです。 以上、最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございました。
>神様は、人間をちょっと >手直ししてチンパンジーをお作りになったに違いない、なんて反論されるのが >オチのような気がします。 まぁ、言われるとおりだと思います。 つまり、人間が、チンパンジーとヒトとが祖先を共有していると思い違えるように、神様がチンパンジー をこの世にお作りになったのだ、、、(^^) >ヘルメスさん 後藤さんはヘルメスさんの主張と同じことを言われているんだと思いますが。 「人は、宗教的信念によって行うときほど喜び勇んで、徹底的に悪を行うことはない」(パンセ)
JA50さん、 > なお、チンパンジーとヒトとが、非常に近い関係にある(つまり共通祖先は他の生物に > 比べて一番近いところにいる)ということの証拠として最大のものは、そのゲノムの違 > いの少なさでしょう。行動を含めた形質が他のどんな動物よりもよく似ているというこ > とも証拠ではありますが、ゲノムの違いの少なさに勝るものはないと思います。 ちょっと説得力が弱いんじゃないでしょうか。 そもそも、創造論者は共通祖先なんて認めていませんから、近い関係といって も意味を持ちません。 姿形が似ていれば、ゲノムが似ているのは当たり前。神様は、人間をちょっと 手直ししてチンパンジーをお作りになったに違いない、なんて反論されるのが オチのような気がします。(あっ、結局共通祖先になってしまった。(笑))
>魔王さん いや〜、魔王さんからお声がかかってしまいましたか(^_^) >大暴走のレス、いつも楽しく拝見しております。(笑) >余りの展開の早さに、魔王は驚くばかりで御座います。(爆) >余り無理をしないで、今後もお話聞かせて下さい。 ははは〜、めちゃめちゃ暴走してます。 このところのレスの流れの異常さは、ヘルメス☆の仕業です。ごめんなさい・・・ 色々な話題でこれからも(暴走しない程度に)頑張ります! >で、、幽霊を見ましたって? >ヘルメスさんの意識は、ハッキリしていたのですか? >実像として見えたと言うことですか? >此の掲示板とは話題がそれますが、簡単に教えて欲しく思います。 >魔王は幽霊会いたいのですが、会ったことが御座いません。 そうですね、あの時は仕事中でした。 システムエンジニアだったので、ひたすらパソコンにプログラムを打ちこんでいました。 徹夜作業をしていて、かなり疲れていましたね。 それで、コーヒーを飲んで頭をすっきりさせようと思って喫煙室の近くにあった自販機でコーヒーを 買いました。 そして、帰ってきて再び作業に取り掛かったのですが、弾みでフロッピーを落としてしまったのです。 それを拾おうとして、横を向いたときに、男の人が立っていたんです。 ちょうど、1m程度の距離でした。 その時は先輩と二人で作業をしていたので、誰も居るはずが無かったのですね。 しかも、見たことの無い人なのに、同じ作業着を着ているのです。 そして、その人が落としたフロッピーを拾ってくれたのですが、受け取って机の上に置き、もう一度 振り返ってみるとその人はもういませんでした。 受け取ったフロッピーを置いて、向き直るまでほんの1秒足らずの時間だったのに、もう居なかった のです。 僕が作業をしていた机からドアまでは5、6メートルあったので、その時間では出て行けませんし、 第一、ドアを開かなければ出れないのです。 げ、などと思って慌てて周りを探してみたのですが、ついに彼を発見できませんでした。 後日、同じフロアで働いていた人から仕事中に亡くなられた友人の方の写真を見せてもらったのです が、その写真の人は、あのフロッピーを拾ってくれた人だったのです。 その写真を見るまでは、その人のこと等は全く知りませんでしたし。 少なくとも歩き回って、コーヒーを飲んだりした直後なので意識はハッキリしていました。 (と、自分では思っています) 落ちたフロッピーを手渡されたので、少なくとも夢ではないらしいです。 その落っことしたときに膝をぶつけて、暫くあざが残ってました。 でも、先輩は見ていないと言っていました。 ??? 今でも訳がわかりません。 幽霊かな、という気がしますが「客観的な証拠」が残っていないので科学的に説明も証明も不可能 な訳です。 >後藤寿庵さん >当然現在のクリスチャンは魔女狩りや異教徒、異端の虐殺は聖書に反する行為であり、 >神の裁きを免れないと思うでしょうが、当時の虐殺実行者達もクリスチャンであり、 >現在のクリスチャンの観点から見れば間違っていたとしても、彼等はその行為が神の意思に >反するとはこれっぽっちも思っていなかったのです。 そこが問題なのですよ。 実際にヒットラーはホロコーストを引き起こしました。スターリンも毛沢東も大粛清を行いました。 しかし、そこには必ず「責任」が発生します。 ですが、もしそれが「神」による命令だったら、責任は誰に有りますか? 神の意志ならば人を殺しても良いのですか? 民族を滅ぼして、その文化を破壊し、歴史を抹殺しても、それは「神」の為で全く罪ではない。 なぜならば「神」こそが「罪」を判断し、「善悪」を決めるから。 すばらしい理論だと思います。 人を殺すのがここまで正当化され得るのならば、そりゃ色んな国家が取り入れ様としますよね。 大航海時代にどれほど多くの民族と文化、歴史が消えていったのでしょうか。 アメリカ合衆国は? 中南米の民族達は? アジアの植民地だった地域では? 最初に世界侵略を始めたのはキリスト教なのですよ。 >神を信じ、聖書を信じたとしても、聖書からなにがしかの言葉を引いて異端を殺してもよい根拠を >取り出したり、地上におけるキリストの体たる教会が公認した事は、聖なる義務となったでしょう。 そうです。これこそが今の「アメリカ合衆国」の国策の一つです。 ちなみに、アメリカ合衆国という「キリスト教国」が「テロリスト国家」と定めている国を見てみる とわかると思いますが、殆ど全てが「非キリスト教国」です。 つまり、キリスト教にしてみれば自分達以外の存在は全て敵なんですね。 だから「異教徒」に冷酷になれる。 なぜならば「神」が「邪悪」と認めて「滅ぼせ」と命令されたから。 横道に吹っ飛んでますね・・・
ロバート・トリバースだったと記憶してますが、人間社会におけるモラルというのも進化的 基盤があるのじゃないかと述べてます。 エソロジーというか進化社会学、進化人類学とでもいうようなものが今、面白い。
死後の裁きを信じない人は、不道徳になるという主張の人は、おのれがそうだから他人もそう だろうと思っているのかもしれませんね。 私は、裁きを受けるという脅しなどなくとも道徳的である人もいる、と思っています。 いや、逆に、神がいて死後の裁きを受けるという脅しがないと道徳的に生きれないという人こ そ少数派ではないかと。 人というのはそれほど堕落した存在ではないという期待を込めて。
>つまり、私が言いたいのは、こういうことです。「人間は、猿から進化したのですか(猿と共通 >の祖先をもっているのですか)」という質問に対し、「わかりません。見たわけではありませんし、 >実験したわけでもありませんから」と答えるべきなのです。 地球が太陽の回りを回っているのも、誰も見たものはいません。 また、太陽系を人類は作れませんから、実際に地球が太陽の回りを回るのかどうか再現 実験することもできない。 で、「分かりません。見たわけではありませんし、実験したわけでもありませんから」 と答えるべきなんでしょうか? narcciさんの主張は、科学とは何かということについての根本的な誤解から生じてい ると思います。 科学は再現実験できないといけない、などということはありません。 歴史を扱う科学は再現実験できないのです。 また、誰もみたことがなくとも客観的でありえます、つまり科学の対象たり得るんで す。 電子を誰もみたことはないし、クォークやニュートリノを実際に見た人は誰もいない。 また、それらの波を実際に誰も見たことはない(それをいろいろな処理して見せること は可能ですが、実際に己の目で見た人は誰もいません)。しかし、量子論は科学ですし、 実際に我々もその応用産物のお世話になってさえいます。 では科学とは何かのか。 科学であるということの必要十分条件は、それが反証可能かだとするポパーの主張に私 は賛成です。 この地球上の生物は、少数の共通祖先を持ち、そこから連綿と変化しながら続いてきた ものだという進化論は、反証可能です。例えば、共通の祖先を持っているなら、何か共 通した、それも根本的な仕組みの中にそれを持っているはずだということが、そこから 演繹されます。この例としてアミノ酸コードを挙げますが、これなど、小は大腸菌から 大はクジラまで、地球上の生物は全て共通祖先を持つということの強力な補強証拠です し、もしそのコードが細菌類と哺乳類で違っておれば、両者は共通祖先を持たないとい うことの根拠になります。このように、進化論という普遍命題から演繹によって導かれ る無数の単称命題を否定できれば元の進化論という普遍命題自体を否定できるのです。 科学はこのように必ず自分自身を否定する方法を明示しています。ですから、進化論が 間違っていると主張したいのであれば、この方法に従い、進化論という普遍命題から何 らかの単称命題を導き、それを観察や実験で否定すればいいのです。 進化論のカリカチュアを否定しても、それは物笑いの種にしかなりません。 なお、チンパンジーとヒトとが、非常に近い関係にある(つまり共通祖先は他の生物に 比べて一番近いところにいる)ということの証拠として最大のものは、そのゲノムの違 いの少なさでしょう。行動を含めた形質が他のどんな動物よりもよく似ているというこ とも証拠ではありますが、ゲノムの違いの少なさに勝るものはないと思います。
私見ですが、科学者と宗教者との最大の違いは、科学者は、仮説を現実と照らし合わせ、検証するという作業を行う所だと 思います。だからこそ、無限の宇宙を科学し尽くすには無限の時間がかかり、実際上いつも不完全なものではありますが、 一方で宗教者は、科学の不完全さを揶揄はしても、それを否定する観察結果を提示することは決してないですよね。 科学という考え方は、煎じ詰めたところ「現実を見つめる」ということであり、宗教は、「目を閉じて妄想にふける」ことだ といっては言い過ぎでしょうか? それと、神がなければ愛はない、というような言い方をする人に、本当の愛はあるんだろうか? 神が有ろうと無かろうと、自然にわき起こる感情を彼らは持たないんだろうか?あ、横道に...。
死んでも神様の裁きを受けないとなると、できるだけ利己的に享楽的に生きた方が、理性的で論理にかなっていると いえるでしょう。」という発想自体が私には納得できません。「出きるだけトータルに幸せに生きた方が 理性的 で有るはずで、隣の人のお金を盗んで大喧嘩になるより自分でこつこつ稼いで、お隣と談笑を楽しむ方がトータル的 には幸せになれるはずだし、そこが分かるのが理性でしょう?利己的に享楽的に生きるのは理性の少ない人だと思い ます。 無神論者は神の介在なしに隣人のことを考えられるから、宗教者よりも純粋にやさしくなれると思いますよ。
「死んでも神様の裁きを受けないとなると、できるだけ利己的に享楽的に生きた方が、理性的で論理にかなっているといえるでしょう。」という発想自体が私には納得できません。「出きるだけトータルに幸せに生きた方が 理性的 で有るはずで、隣の人のお金を盗んで大喧嘩になるより自分でこつこつ稼いで、お隣と談笑を楽しむ方がトータル的には幸せになれるはずだし、そこが分かるのが理性でしょう?利己的に享楽的に生きるのは理性の少ない人だと思います。 無神論者は神の介在なしに隣人のことを考えられるから、宗教者よりも純粋にやさしくなれると思いますよ。
当然現在のクリスチャンは魔女狩りや異教徒、異端の虐殺は聖書に反する行為であり、 神の裁きを免れないと思うでしょうが、当時の虐殺実行者達もクリスチャンであり、 現在のクリスチャンの観点から見れば間違っていたとしても、彼等はその行為が神の意思に 反するとはこれっぽっちも思っていなかったのです。神を信じ、聖書を信じたとしても、 聖書からなにがしかの言葉を引いて異端を殺してもよい根拠を取り出したり、地上におけるキリストの体たる教会 が公認した事は、聖なる義務となったでしょう。また、極端な観念に取り付かれた 場合、例え殺人行為により自分が地獄に落ちる事になっても、異教徒が聖地を支配している。 異端がはびこっている、という状態を解消する事は神の意思にかなうという境地に 至ってしまう事も考えられます。
唯物論者であることそのものによる残酷さなんて、せいぜい頑張ってもたかがしれて います。彼等は欲望のために奪い、殺すだけです。欲望で行われる暴力は、基本的に コストが引き合わなくなった時点で止まります。真に人間が残酷になるのは、絶対の 正義を持っている時です。キリスト教による十字軍、共産主義の粛清、ナチスのホロ コーストはどれも、絶対的正義を実現せねばならないと言う観念が人間をいかに残酷 にするかの見本です。この場合、自らの欲望も財産も、命さえ目的のために平気で投 げ出す事になります。 これは神を信じるかどうかとはまた別の問題だと思います。
大暴走のレス、いつも楽しく拝見しております。(笑) 余りの展開の早さに、魔王は驚くばかりで御座います。(爆) 余り無理をしないで、今後もお話聞かせて下さい。 で、、幽霊を見ましたって? ヘルメスさんの意識は、ハッキリしていたのですか? 実像として見えたと言うことですか? 此の掲示板とは話題がそれますが、簡単に教えて欲しく思います。 魔王は幽霊会いたいのですが、会ったことが御座いません。
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