ダーウィンは「変化に最も対応できる生き物が生き残る」と言ったか?

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小泉首相が引用した「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」というのはダーウィンの言葉とされているが、実際にダーウィンがそう言ったとする証拠はない。ダーウィン自身の言葉ではなく、後の創作であろう。

小泉純一郎首相は、平成13年9月27日の第百五十三回国会における小泉内閣総理大臣所信表明演説において、ダーウィンの進化論について述べました。

いよいよ、改革は本番を迎えます。我が国は、黒船の到来から近代国家へ、戦後の荒廃から復興へと、見事に危機をチャンスに変えました。これは、変化を恐れず、果敢に国づくりに取り組んだ国民の努力の賜物であります。私は、変化を受け入れ、新しい時代に挑戦する勇気こそ、日本の発展の原動力であると確信しています。進化論を唱えたダーウィンは、「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」という考えを示したと言われています。強調は引用者による)

小泉首相はおそらく「生き残るために頑張って変化に対応しましょう」と言いたかったのでしょうが、ダーウィンを引き合いに出してしまうと、変化に対応できない人は生き残れないのだと受け取られかねないので少々マズイのではないかとも思います。仮に自然界で「変化に対応できる生き物しか生き残れない」としても、「変化に対応できない人はどうなってもよい」というわけではないことを認識しておくべきですね。

さて、私が引っかかったのは、本当にダーウィンが「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」と言ったかどうかです。

ライオンはシマウマより強い。もしダーウィンの進化論が正しければ、シマウマは絶滅しているはずだ。現実にはシマウマもライオンも共存している。だから、ダーウィンの進化論は間違っている。競争よりも共存のほうが大事なのだ。

などと主張するトンデモさんはたまにいますが、こういった弱肉強食的な進化観が間違いであることはわかりきっています。よって、「最も力の強いものや最も頭のいいものが必ずしも生き残るわけではない」というのは正しい。それならば「変化に対応できる生き物が生き残る」というのはどうでしょうか?一見正しいようにも思えますが、ダーウィンの自然淘汰の考え方では、変化に対応できる能力ではなく、子をたくさん残す能力こそが重要であるというのが、私の認識です。常に変化する環境下においては、変化に対応できる生物が確かに生き残るでしょう。それは変化に対応できる生物は、対応できない生物と比較してより多くの子を残すからに他なりません。ほとんど変化のない環境下では、変化に対応できなくても生き残る生物はいるでしょう。むしろ、変化に対応する能力という余計なコストをかけない分だけ有利なのではないでしょうか。要するに、小泉首相のいう「ダーウィンの考え」なるものは、単純な弱肉強食的な進化観よりはずいぶんマシだけれども、本当のダーウィンの考えとは異なっているように私には思えたのです。それで掲示板に、

小泉総理 投稿者:NATROM  投稿日: 9月28日(金)13時17分22秒
(中略) しかし、ダーウィンは「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」ってホントに言ったのでしょうか。環境が一定でないという特殊な条件でしか、変化に対応できる生き物が生き残ると言えないのではないか、と思ってしまいます。力が強いものでもなく頭がよいものでもなく変化に対応できるものでもなく、子をたくさんつくるものがこの世に生き残るのだ、ってのがダーウィンの考えにもっとも近いような気がしますが。

と投稿したのです。投稿しちゃった後で、「もしダーウィンがホントにそう言っていたらみっともないなあ」と思い、確認のため「種の起源」を読み直したのですが、該当する記述を発見できませんでした。しかし、ざっと読み直して発見できないからといって、該当する記述がないとは言えません。「種の起源」ではなく、別の著作に書いてあるかもしれませんしね。こんなときはインターネットという便利なものがあります。さっそく、ダーウィン 変化に対応で検索してみたところ、出るわ出るわ、100件以上引っかかったのです。なかには、はっきりと

生物学者「ダーウィン」は著書「種の起源」で”生き残ることのできる生物の種族は最も優れた生態能力を持った種族ではなく環境の変化に対応できる種族である”と述べています。(http://www.cyber-trd.com/bizprac/henkaku1.html:2003年1月10日現在、リンク切れ)

と述べているサイトもありました。

こいつはマズイ。このままでは、進化論と創造論というサイトをつくり、普段は「進化論を否定するなら『種の起源』ぐらいは読んでおいてもらいたいですね」などと偉そうなことを言っているくせに、種の起源に書いてある有名なダーウィンの記述を知らない間抜けな人物になってしまう。ここは一つ、誰かに突っ込まれる前に、該当箇所を示して「いや〜、ダーウィンはちゃんとXXページでそう書いていますねえ。やっぱり『種の起源』は奥深いなあ。」とごまかさないと

そこで、該当箇所がいったいどこか調べようとしました。上記サイトでは「種の起源」のどこから引用したか明示していませんが、なに、100件以上のサイトがあるんだから、明示してあるサイトもあるでしょう。ところが、探せども探せども、その情報は見つかりません。なぜだ?そのうち、オープン・ソリューション推進協議会の理事長の挨拶というサイトにいきあたりました。

かつて、IBMのガースナー氏がダーウィンの『種の起源』の一節として引用した言葉があります。「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」と。出典に関して原著を詳細に調べた方がおり、 ネットワーク上で大激論が起こりました。そして、結論が出ました。『種の起源』にはこの言葉はなかったそうです。しかしその来歴はともかくとして、現在を実に見事に言い当てた警鐘に満ちた言葉であるため、警句として大切に使っていこうということになりました。(2003年1月10日、リンク先の内容が変更されています)

「『種の起源』にはこの言葉はなかったそうです!」本当かよ。いや、ありそうな話ではあります。IBMのガースナー氏だか、あるいはそれ以前の誰かがつくった言葉が、ダーウィンからの引用として一人歩きしてしまっているでしょう。ただし、この話も鵜呑みにするわけにはいきません。「ネットワーク上で大激論が起こった」のであれば、その記録が残っているかも。さっそく調べてみました。

"It is not the strongest of the species that survive"という言葉は400件以上引っかかりました。10件ほど調べてみましたが、「種の起源」「ダーウィン」の引用とは書いてあっても、具体的に「何ページから」という情報は皆無でした。出典に関する激論についての記述も見つけることができませんでした。ネットワーク上で大激論は、インターネット以前のパソコン通信時代のものか、あるいは激論自体の存在が虚偽だったのでしょうか。

掲示板らしきところで、"Shiro"なる人物がこの問題に対して疑問を投げかけています。

Hello. I have one general question regarding the famous Darwin's quote, "It is not the strongest of the species that survive, nor the most intelligent, but the one most responsive to change. " I've read some of his major works, though, I couldn't find the sentence above in any of his books. Is it a really his word written in a book or paper of him? Please let me know the source of the quote if you have an idea. Regards, Shiro (http://www.paleontology.arsmatrix.dk/forum/viewentry.aspより引用:2003年1月10日現在、リンク切れ)

(後半部分の訳)「ダーウィンの主要な本のいくつかは読んだけれども、ダーウィンのどの本にもこの文章は発見できませんでした。本当に本か論文に書かれたダーウィンの言葉なのでしょうか?引用元について何かご存知でしたら教えてください」

そうだよShiro!私も知りたい!でもReplies(レス)はありませんでした。残念。

結局、「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」という言葉が本当にダーウィンのものであるかどうかはわからずじまいでした。しかし、

という理由から、この言葉はダーウィン自身のものではなく、後の創作であり、警句としてよくできていたために、主にビジネス関係者の間で生き残ってきたものと私は思います。ミーム学のよい研究対象になるのではないでしょうか。

今後のために

といった情報をお持ちの方は、掲示板か、e-mail:natrom@yahoo.co.jpまで知らせていただければ幸いです。


(注)所信表明演説では、

進化論を唱えたダーウィンは、「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」という考えを示したと言われています。

とあり、「ダーウィンはこう言った」とは書かれていません。実際にダーウィンの言葉であるか後の創作であるかに関わらず、「ダーウィンは〜という考えを示したと言われている」こと自体は事実ですので、所信表明演説は間違っていないことになりますね。誰かの言葉を引用するときには原典にあたるのが基本ですが、それが面倒なときには「〜と言われている」と書いたほうが無難ですね。


2001年12月6日追記

Acanthopanaxさんから以下の情報を提供していただきました(一部タグを引用者によって改変)。Acanthopanaxさん、ありがとうございました。やっぱりというか、かの言葉は後の創作であるという可能性が非常に高そうです。

Re: ダーウィンは「(略)」ってホントに言ったのか 投稿者:Acanthopanax  投稿日: 9月29日(土)14時50分02秒

Project Gutenbergから,「種の起原」(初版および第6版)をとってきて検索してみましたが,"It is not the strongest of the species that survive"というフレーズは発見できませんでした。少なくとも「種の起原」にはなさそうです。


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2001/09/28
2005/8/30最終改訂