クハ72さん、分類学者さん、こんにちは
ガラパゴス・フィンチに関する私の仮想「創造科学者」解答についてです。あの書き込み中で参考に紹介したサイトは創造科学研究会のもので、私はそのサイトを参考にして解答を仮想的に作ったので、このような解答自体は、一部の創造科学者からのものとしてなら十分あり得るのではないかと思います。因みに創造科学研究会のページは既にツリー掲示板の方の過去ログ(2000年06月03日〜06月12日)でも紹介されています。
http://www.meken.med.kyushu-u.ac.jp/~tosakai/boardtree600-700.html
の中の[638]「創造科学研究会」のページ
(投稿者:ノースダウン,投稿日時:2000年6月6日18時25分)
確かにこの様な見解は、実質的に進化を認めたような感じがするものですが、「基本的な種類」(basic kind、私が先の投稿で「本質的な種」と書いたもの)の範囲内で進化ではなく変異(variation)としての種の分化を認めているのであって、進化を認めているわけではない(特にヒトは他の生物に由来しないことを強く主張する)のだそうです。この辺の彼らの思考は、にわかには理解しがたいのですが、エルドリッジの「進化論裁判」によればデュエイン・ギッシュも同様の主張をしているようです。「これでは進化を認めていることにならないのか?」というツッコミは既にさんざん為されているのですが、上記のような平行線をたどっているようです。もう少し内容に踏み込んで、このタイプの説明が科学的に受け容れられないことを説明した方がいいのですが、私がやると嫌がらせ丸出しのようになるので、分類学者さんが科学者(本物のPhDとは凄いですねっ!)として何故納得できないか解説される方が、第3者から見た場合に説得力があるのではないかと思いますのでお任せしてもよろしいでしょうか?因みに仮想「創造科学者」による対論は以前にツリー掲示板の方(過去ログ2000年05月13日〜05月15日、2000年05月15日〜05月18日)で、へちさんとクリスさんが繰り広げておられたので、前例があります(お二人ともお元気だといいんですが、、、)。
"蜉蝣でした>LucifeR さん" T8848 wrote:
> そういう意味のハンドルも使ってます。
あ、やっぱりhandleだったんですね。じゃあすみませんが
忘れてください。「号」というものは「著作物」likeに
「洒落」や「茶目気」入り放題の文化ですから
そんなものを校正することこそ野暮天というものでした。
> 野暮ですみませんが、弁慶薙刀ってなんですか。
はいはい、古い言葉なんで最近いわないのかな。ホントは
長刀って書きたいんだけど、「ちょーとー」と読まれて
終ってしまうことがあるので。で、これはおそらく出展は
古典落語じゃないかと思うんですが、
「弁慶がな、ギナタを振りかざして牛若丸に…」
「ギナタってなんだそりゃ?」
というギャグに由来する成句で「文節区切り位置を間違えて
意味が変ってしまう」誤読事故のことです。転写ミスで塩基
配列が抜けるとか挟まるとかのコドンずれ変異のことを
この語で説明されることがあります。この変異に専門用語の
名前は付いてないんでしょうかね?
で、薄翅蜻蛉とかウーパールーパーがハンドルになってる
場合は、生物系の学者か趣味人が「自虐ギャク」で使ってる
例があるので、「ハンドル?」の追加質問でこうお尋ね
しました。ウスバカゲロウの典型的弁慶長刀例は
「薄莫迦下郎」ですから(うーぱーるーぱーの場合は
当然学名がネタなんです)。
>自然選択の例としても教科書にあるように単純なものじゃない(自然選択かどうかも確実ではない)ので
単純なものじゃないというのは当然だと思うのですが、自然選択かどうかも確実ではないのですか?
安賀須若人さん
仮想の答えをどうも。でも、これで「進化はない」なんて言えないでしょう。創造科学者の答えは全然違うんでは?
ところで、「大」さんの批判は誰に向けられているの?
ほとんどの種が「究極」と言えるようにも思いますが。
間に合わせばかりという見方もあるけど。
そういう意味じゃない?
ならエイリアンとか。
ちゃんと校正しないといけませんね(^^ゞ
そういう意味のハンドルも使ってます。
野暮ですみませんが、弁慶薙刀ってなんですか。
え〜と、創造科学批判じゃなくて教科書の問題として。
工業暗化は進化そのものじゃなくて自然選択の例だと理解しており、進化の例と言うことはできない(そう言っちゃったら大間違い)と思っています。
で、自然選択の例としても教科書にあるように単純なものじゃない(自然選択かどうかも確実ではない)ので、そこのところを創造科学論者が「進化論の誤り」「科学者のうそつき」として宣伝に利用し、一般の人も少なくとも教科書的単純な図式ではないことから創造科学論者の言い分を認めてしまうんじゃないか。
これは創造科学の問題じゃなくて進化論の教育の問題でしょう。
つまり創造論者はある程度の「大進化」は認めているということですね。
安賀須若人さん紹介のサイトによればそれが突然変異によるのではなくて
創造主によって最初から組み込まれていたと。
ということは鎌状赤血球もきっとそうなのでしょう。
でもマラリア地帯全域に発現しないのはなぜ?
安賀須若人さん紹介のサイトに関して↓のページが参考になるかも。
あなたは創造論を否定するわけではないと歌って自分が公平な意見者であるとことを言わんとしていますが、実際には大いに偏ったそして限られた知識の中で踊っている傲慢な自己中心的意見者にすぎません。そのような偏った見方は避けてくださいね。
分類学者さん、こんにちは
> 地球規模の洪水があって、アララト山から、たとえば、ガラパゴス・フィンチが今の状態に各島に分布するようになった科学的(創造科学的と言ったほうがいいか)説明をしてくれ!
ここに答えを書き込んでくれる「創造科学」支持者はいないかもしれないので、私が仮想的な「創造科学」支持者の解答を作ってみましょう。
「創造科学」では神が創造した「本来の種」という概念があり、その範囲内での変化(小進化に相当する)やある程度の種分化は認めている。「本来の種」とは例えばクマであるとかイヌであるとか、日常的な(民俗的な)生物分類に対応するもので、聖書に記載されているノアの箱船はそのような各「本来の種」の一つがいを乗せたものである。ノアの洪水後、それぞれの地域に散らばっていく中で、クマからシロクマやらヒグマやらパンダが分化した。ノアの子孫が様々な人種に分かれたのも同様である。種分化は元々の祖先が持っていた多様な遺伝情報が子孫のそれぞれで異なる欠落の仕方をすることで生じたのではないかと考えられている。この種分化はノアの洪水の年代から、進化論者の考えているようなゆっくりしたスピードではなく、かなり急速に起きるが、「本来の種」の範囲で生じるので、クマはクマであり、人は人であり続ける(論者によっては科のレベル内という者もあり、科のレベルを少し超えた程度を考えている者もいる)。遺伝情報の欠落の仕方に地域差があるのは進化論者のいうところの適応に相当し、その地域で最も相応しい情報のみが残っていったと考えて良いかもしれない(この1文に関しては私の創作)。ガラパゴス・フィンチもスズメかその類の小鳥からガラパゴス諸島で種分化を遂げたものと考えられる。
参考サイト
http://www.page.sannet.ne.jp/aigj/csaj/newsletter/ka.html
私自身は「創造科学」支持者ではないので、用語などは正確ではないかもしれませんが、仮想的に作って見ましたが、「創造科学」支持者の方はお気に召しましたでしょうか?
クハ72さん
神様のなさることは人間にはわからない。
人間ごときの頭で判断するのは畏れ多い。(説明終わり)
こう説明すればそれでおわり。すべてそうすれば創造科学の出る幕なし。これで、NATROMさんも文句は言わない。
創造科学を続けたければ、創造科学的に説明してほしい(再度お願い)。
> 地球規模の洪水があって、アララト山から、たとえば、ガラパゴス・フィンチが今の状態に各島に分布するようになった科学的(創造科学的と言ったほうがいいか)説明をしてくれ!
神様のなさることは人間にはわからない。
人間ごときの頭で判断するのは畏れ多い。(説明終わり)
楽しく読ませてもらってます.
『他人の ケンカor不幸は 面白い』 また 全体に このHP自体 『議論のための議論』という気がしますが " はっきりいって 面白い " ですね。
昔 私は あるテレビで 外国の 生物学者?が 「人類は 偶然の産物 別に 進化の究極では ない」といったことに びっくりしました。 外国の宗教(といっても キリスト教全般だが)
"人が 一番えらく 他の動物は 下" 的発言 が 多いように想われましたから。
これからも " 激論!!" 頑張ってください
できれば 人は どこから来て 究極の進化した生物像は どうなるのでしょうね 教えて下さい " (^O^) 笑 "
頼むから教えてほしい。
地球規模の洪水があって、アララト山から、たとえば、ガラパゴス・フィンチが今の状態に各島に分布するようになった科学的(創造科学的と言ったほうがいいか)説明をしてくれ!これに納得したら、創造科学を見直そう。
"創造科学側のシャクガ" T8848 wrote:
> 薄羽陽炎としてもいやんなってきた。
これはどなたかのハンドルですか? 蟻地獄の成虫なら「薄翅蜻蛉」
だとおもうんですが。それとも弁慶薙刀なのかな?
T8848さん
シャクガがらみで反応してしまいましたが、あれを自然選択の典型例として扱うことは今や正しいこととは言えないでしょうね。
創造論者はそれを嘘とかピルトダウン人と同列に扱ってしまうけど、これは普通の人も騙されかねないなぁと思います。
工業暗化はとってもおもしろい研究なんだけどね。
私はできないと思っています。
ここで、もう一度進化とはなにか、ということを生物学者がどう考えているか言いますと、
遺伝子頻度の変化 です。もちろん、それを疑問視する人もいますがmain streamはそう考えております。そして、これで多様性も説明できるだろうと。
T8848さん
D.R.Less&E.R.Creed,ref,4このref4が何なのかだな。Answer in Genesisの日本語版HPというのもあって出版物を売ってるけど、創造科学の文献まで買う気にならないです(それくらいならもっとほしいもながたくさんある)。
幼児語変換と同類ですが、
電波ニュース
http://www02.so-net.ne.jp/~saitou/denpa.htm
ここを通すと適当な言葉を勝手に挿入してくれるんだけど、創造科学関係のページをここを通して読むと非常に皮肉が効いておもしろくなります。
ちょっとまじめに。
>やはり氏の場合は「科学でも否定されている内容が、まだ、教科書に出てくるのは問題だ」というように読み取れます。
>それについては尤もで、正しく教えるべきというのは、誰しも考えることだと思います。
シャクガがらみで反応してしまいましたが、あれを自然選択の典型例として扱うことは今や正しいこととは言えないでしょうね。
創造論者はそれを嘘とかピルトダウン人と同列に扱ってしまうけど、これは普通の人も騙されかねないなぁと思います。
工業暗化はとってもおもしろい研究なんだけどね。
教え方の問題かな。
贋作と言えば、中国の恐竜と鳥類の合成化石騒動について(いつもの調子で)どっかでなんか言ってたような気がしましたが、真っ当な見解が↓ここに簡単にまとめてあります。
http://homepage1.nifty.com/archaeo/dinobird/shiso_arpt.html
>T848さん、相当鼻息が荒かったね。
いや、お恥ずかしい。
まぁ、saniku氏とやり取りすればどうしても鼻息が荒くなります。それまでの二千件がありますし。なにより意見の相違よりも言葉が通じないんだから。(なんであっち側の人って意味の読み取れない、と言うより日本語になっていない言葉遣いをするんだろう)
で、どうです、シャクガ問題でsaniku氏の相手の続きをやってみませんか?
なんか「創造論の記事が間違いでないことがわかりました」なんて言ってるし。
私は今ちょっと気力がありません。当時は頑張ってnature読んだりしたんだけど。
薄羽陽炎としてもいやんなってきた。
>それにしてもこの件を扱った創造論側の論文ってどんなんだろう?誰か教えて。
saniku氏の書きこみ(yahoo、msg2672)から
>創造論の記事からで申し訳ないですが、ケトルウェル(1959)の実験では、ライトで集めたか雌のフェロモンを使って蛾を集めたのであって、どちらも夜間に飛び込んできたのだと言っています。鳥に食べられるところを撮影された蛾は、車のボンネットでまず暖められた後にケトルウェルが木の幹に止まらせたものと暴露しています。(Calgary Herald、March21、1999,p.D3.)汚染されていない森の木に蛾を接着した時、予想通り鳥は黒色型の蛾をたくさん食べたそうですが、、罠でとらえた蛾は予想に反して黒色型が白色型の4倍も多かったと言います。(D.R.Less&E.R.Creed,ref,4)
これじゃ参考にならないかな
>じゃあ、この話しの出所は...というと、このウシガエルのサンプルもとは王子様だった...だって。
おはなしだったのね。
いや、かの国ではその昔火星人襲来ニュースでパニックが起こったそうですから。
#せっかくHP紹介してもらっても英語はすぐに読めないのが悲しい
さっそくご紹介のHP見てきました(harlequinの方)。
創造科学の人たちって、信仰を一にしているから無条件に同胞の言うことを信じる傾向がありますね。もともと科学そのものに興味があるわけでもないから、その真偽を確かめ様ともしない。案外気がついていても、不信心だと思われるのが嫌で指摘できないのかも。(笑)
それにしても、タイプオーやら間違いの多い英語ですね、harelquin氏。推敲の途中でアップしてしまったみたい。内容はちゃんとしてるのに、惜しい!
分類学者さん、アドレス情報ありがとうございます。
ちょっと見てみましたが、どうやらデュエイン・ギッシュという人物は間抜けではなくて嘘つきのようですね。きっと無間地獄に落ちるでしょう(by仏教徒)。
皆さん、こんにちは
科学と非科学の境界設定について、非常に良い論説を見つけたので紹介します。
名古屋大学の伊勢田哲治さんの「科学哲学における線引き問題の現代的展開」というもので
http://www.info.human.nagoya-u.ac.jp/~iseda/works/demarcation2.pdf
です(PDFファイルです)。
私は伊勢田さんの意見に、些細な細部を除けば基本的に賛成です。
進化論裁判を絡めた内容なので皆さんにも興味深いと思います。
ヨハネ・パウロ・世(pope)のお話です。
http://www.newadvent.org/docs/jp02tc.htm
カトリックが進化を認めたというのがどういうことか知りたい方は読んでおきましょう(新聞記事や憶測はやめよう)
HPそのものはNo Answers in Genesis(創造科学のAnswers in Genesisにひっかけています)で
http://www.OntheNet.com.au/~stear です。
ウシガエルのはなしは、
http://home.mmcable.com/harlequin/evol/HovindLie.html とそこからのリンクを読んでください。
分類学者さん、こんにちは、
>アメリカのHPにこんな話しが出ています。「創造科学」の証拠の出典がいかに曖昧かという例です。
この話の載っているページのアドレスを教えて下さいませんか。
ゲノム解析花盛りのこのご時世に、こういう間違いが載ってるのは本当にお間抜けです。
GenBankやDDBJといったDNAデータベースにも簡単にアクセスできるというのに、、、
アメリカのHPにこんな話しが出ています。「創造科学」の証拠の出典がいかに曖昧かという例です。
アメリカにギッシュという有名な「創造科学者」がいます。彼はアルブミンというタンパク質が人間に一番近いのはウシガエルだとのたまわったそうです。で、いまでもこの話しを引用し、
化学的な近さは進化の証拠にはならない、とくりかえす「創造科学者」がいるそうです。もちろん、これは変だと思うのが普通ですが、偉い先生がいってるんだから...ということになるんでしょうか(ギッシュはたしか生化学が専門じゃなかったかな)。
実際は、チンパンジーが一番近くて、580のアミノ酸のうち6つ違い。ウシガエルとは違い過ぎて免疫学的なテストができないとのことです。
じゃあ、この話しの出所は...というと、このウシガエルのサンプルもとは王子様だった...だって。
このHP、掲示板に伺うようになってから、いろいろ考え直し、見直すことができました(継続中)。
「創造科学」ですらひとくくりにはできないくらいいろいろあるようですね。(もちろん「進化論」とひとくくりにするのも議論が抽象化して建設的なはなしができません。)
さて、宇佐神氏の本を暇暇に読みすすんでいますが、やはり氏の場合は「科学でも否定されている内容が、まだ、教科書に出てくるのは問題だ」というように読み取れます。願わくば御本人に登場していただき真偽を確かめたいですが...。
それについては尤もで、正しく教えるべきというのは、誰しも考えることだと思います。ただし、なぜ間違っているかという理由がリフキン(宇佐神氏はリフキンを科学者と思っているようですが、違うのでは?)やヒッチングの引用なので...。
また、そこから脈絡がなく「創造」が出てくるのはどうかと思います。
ウマの化石について等宇佐神氏が批判している内容についてもずいぶんいろいろなことがわかってきているので、ただ、教科書が間違ってる、だけでなくそこまで踏み込むべきではないでしょうか。(本を書くんですから)
グレイさんへ
私は『記憶」は遺伝すると思います。生命の進化は「情報」の持続と連続性に裏打ちされていると思いますが、この裏打ちには「記憶に関わる物質」が関係していると思います。そして、この『記憶に関わる物質」が階層性を持ち個体レベル、細胞レベル、機能蛋白レベル等の統合化と方向性に関与しているのだと考えています。
月に1度しか参加できないヨハネです。
進化論を語る上で、進化論を否定しているのは、教条的クリスチャンだけではないだろうか?
世界には多くの宗教が存在するが、仏教にしても、イスラム教にしても,ユダヤ教にしても、キリスト教ほどには進化論を攻撃していないのではないかと思う。仏教は別として、イスラムもユダヤもキリストも根本的に聖典としているのは、旧約聖書である。旧約は、古代メソポタミアの神話や
法律(ハムラビ法典=旧約の律法)歴史的伝承をまとめたものだろう。その当時は人間の関与できない自然現象は神の怒りであり、恵みとしてとらえられた。しかし、現代では自然現象を科学的に人間が捕らえる事が出来るが、それが全てではない。なぜなら、ビッグバン以前の世界がどのようになっていたかなんて科学的に証明できないから。神が関与したのは、この世を創り、生命を創造しただけではないのだろうか?余談だが、旧約の初めにはよく神々という言葉が出てくる。これは、古代メソポタミアの神話では神が一人でないことからではないだろうか。本来、宗教は自然崇拝から生まれたものであったはずです。宗教が自然の摂理を否定する事は、神を否定する事にならないかな?
あまり、まとまらない意見でごめんなさい。次回の登場は来月3月です。皆様の健康をイエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。_
LucifeRさんT8848さん ありがとうございました。途中まで読んだけどつかれてやめました。T848さん、相当鼻息が荒かったね。
ちなみにこの問題を蒸し返したのは私の知人のDave Lambertという人で、その会に池田氏も参加していたんです。
それにしてもこの件を扱った創造論側の論文ってどんなんだろう?誰か教えて。
URLが違ってました。
当事者が答えねばなりませんね。
このページの発端となったところにあります。
yahoo掲示板の、教育−教育現場の問題−全般
「進化論をめぐる教育の問題」
http://messages1.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835217&tid=bfj2bdoc0a4r8a1beza47a4dea47a4ga4a6&sid=1835217&mid=1&type=date&first=1
ここのmsg2521からつながってるのが問題のオオシモフリエダシャク論争です。
msg2521「オオシモフリエダシャク」(saniku_aik)
−前略−黒ずんだ樹皮上に並んだ暗色型と淡色型のガの写真が出ています。よく見かける写真ですが、創造論の記事によるとこの写真は偽造されたもので、死んだガを木の幹に接着したもののようです。また、このガは昼間木の幹に止まって休んだりしないようです。(1998/11/5のネイチャー396号35p参照)
ここで質問です。教科書が述べる@小鳥に補食されやすくなって減少したというのは本当ですか。A突然変異で暗色型が登場したというのは本当ですか。煤煙が付いた葉を幼虫が食べると生理的に暗色になるという説を聞きましたが。2学期の授業に使うので、教科書が正しいのかどうか教えてください。
msg2636「工業暗化は生理的反応か?」(iwasikyo_kyoso)
「科学、68、670−671、1998」の読者からの手紙欄にオオシモフリエダジャクの工業暗化についての投書が載っています。
池田清彦の「さよならダーウィニズム」という本に「というのは、幼虫にすすで汚れた葉を食べさせると、その幼虫は成長して黒くなることが分かったからだ。黒いすすで汚れた葉を食べると黒化するというのは生理的な反応らしい」と書かれていることに、投書者(粕谷栄一、浅見崇比呂)は、池田に根拠とした文献を問い合わせるなどして、池田が間違ったことを書いているとしています。
−中略−
創造論者の如何に関わらず、自然淘汰を否定しようとする人はオオシモフリエダジャクの工業暗化をなんとか否定したいようです。それはそれでいいことですが、嘘をついてはいけないですね。sanikuさんが持ち出した創造論者がそうだとは言いませんが、、、
msg2649「オオシモフリエダシャク」(saniku_aik)
−前略−
@オオシモフリエダシャクが通常昼間木の幹に止まらないのであるなら、小鳥に食べられるのはいつどこでなのでしょうか。飛んでいるところを補食されるのなら、暗色形の利点はないように思います。淡色型から暗色型に移行した原因が、「小鳥に補食されやすくなったから」という教科書の説明は誤りで、自然選択の事例としては不適切にならないか疑問です。サージェントらの報告は1998/11/5のネイチャー396号35pのようです。
Aガの死体を木に貼りつけた不正な写真を証拠として掲げるのを問題ないというのであれば、科学者としての倫理観を疑います。百歩譲ってそれが視覚的効果を狙ったものだとして、教科書に載っているのを見た生徒はそれを真実だと誤解しませんか。真実でないことを明記すべきでしょう。創造論者は証拠をねつ造するという批判を聞いたことがありますが、進化論者の方こそ今でも教科書にピルトダウン人の例と同様な虚偽を堂々と載せているのではないでしょうか。
はじめはまともだったんですが、msg2649あたりから本領発揮です。
あとは「返信を見る」で辿っていってください。
"教えて下さい" 分類学者 wrote:
> 新参者なので今までどんなことが議論されていたか知らなくて...。ここは、過去ログがついてい
るので暇を見て読んでます(あちらは前の分が消えてしまって残念)。
> その中で、yahooの掲示板でオオシモフリエダシャクについてウンヌンということが書かれています
が、どういうことだったのか教えていただけませんか。
端的には「教科書に書いてあるウソを鵜呑みにしてるバカがいる」とかって
騒ぎだったと記憶します。倫敦で産業革命と暖炉の衰退により蛾の白黒個体数比が
変わって戻った、とかってのを「ガセネタ疑惑」とする話題だったような気が
するんですが、それ大霜降枝尺でいいんでしたっけ? それとも亜米利加シロヒトリ?
(字すら判らん)
で、事の真偽もこれまた全く判ってないんです、私。ゴメンナサイ。
"Re:ここで募ったらもっと集るかな?" 前玉 睦子 wrote:
> ワタシラの教会なまりでは
> 「御言葉によって絶えず改革されていない」と言いますがのー。
そらもづろんオラんどごでも使うけんど、共同体単位なら兎も角
ぼげなすな個人にむげでそっだらことゆーだか、ふづー?
人に向けてだとせいぜい「御言葉によって常に新しくされていない」
でねーげ?
LucifeR様
ワタシラの教会なまりでは
「御言葉によって絶えず改革されていない」と言いますがのー。
お久しぶりです。と言っても知らない人が圧倒的だと思うけど…。
カンザス州で今ごろになってやっと公教育で進化論の授業が復活するそうです。聖書の伝承と矛盾するという理由でキリスト原理主義者達の圧力で今までできなかったそうで…。(^^; いやはや、21世紀のアメリカからこんなニュースが流れてくるとは。スペースシャトルを打ち上げ、小惑星に探査機を着陸させる程の国なのに本当に不思議ですね。よくこんなことでヒトゲノム計画をリードできたんでしょうか…。
それと創造説を強く主張し進化論を否定するのを聞くのはアメリカのプロテスタントからだけのような気がするのはどうしてでしょうか? 同じキリスト教でガリレオを裁判にかけたカソリックや、同じ一神教のユダヤ教・イスラム教からはこうした主張は聞いたことがありません。ただ単に僕が知らないだけでしょうか?
新参者なので今までどんなことが議論されていたか知らなくて...。ここは、過去ログがついているので暇を見て読んでます(あちらは前の分が消えてしまって残念)。
その中で、yahooの掲示板でオオシモフリエダシャクについてウンヌンということが書かれていますが、どういうことだったのか教えていただけませんか。
"相似なんですね" T8848 wrote:
> なるほど。コダワリが捨てられないと似てくるんですねぇ。
> いろんなトンデモさんたちの主張の仕方が似ているのはコダワルための適応なんですな(トンデモの
収斂進化)。
こんどは長くなったんで意図的に分けたんですが、そーそー、そのとおり。だから行着く先は
大抵「巨大陰謀説」なんです。あろうことか、遠くの銀河の光など「神の陰謀」だそうですから。
"相似なんですね" T8848 wrote:
>
> >要は「信頼が足りない」ことによる不安を別物で埋めようとするから
>
> 「虚弱な信仰」と言うより「信頼が足りない」と言った方が相応しいようですね。
別々に思い出しちゃったので、無駄に別resになっちまってすみません。それね、
おっしゃる通りなんですよ。ただ北風太陽になぞらえるアイディアを思いついちゃったんで
その時のレトリックはソレに合わせてあるんですが、もっと突っ込めば、そこで外套が
必要なのは「彼らの奉じるイエス」なんです。
そうですね、教会方言まるだしで語っていいなら、
「結局自らを主とする宗教心に依然捕われており、”変えられて”いない」
てとこでしょうか。
後半は各々の教派にいろんな方言があって、「悔改めが足りない」
「御霊が注がれてない」「イエスを主としていない」「主イエスに出会って
いない」「新生(ボーンナゲイン)していない」「砕かれていない」等など。
ここで募ったらもっと集るかな? シンプルには「信仰心ばかり強く信仰は薄い」
のですが。
福音をアタマでだけ理解して(根本主義って基本的に20世紀になってから
近代神学のアンチテーゼとして現れた高度に知的な様式です)、キリストの強さを、
というか、彼の実存をホントのトコでは信じてないから、「自分が」でしゃばって
「庇っている」。これは偶像崇拝者の、たとえば「石仏(地蔵)の口に味噌を
塗る」なんて行動様式に符号します。彼等は「イエス」を「そこらじゅう神の
介入だらけの、創造された世界」の中でしか存在できない「迷信」や「ありがた
がり」の同類と思いこんでいてることをどこかで自覚してるので、自らをも欺く
必要があるんです。
そして観察を無視して自分勝手に世界を「設定」出来るのは「自分が教祖」
だからですよ。ね、知的にクリエイティブ(爆)でしょ?
不信のトーマス(トマス?)だったか、これは信仰に根拠を求めるようなことはするなということじゃないんですか?
「創造科学」であげる進化の証拠とその否定はあまりにも議論が幼稚ですが...。
ダーウィンを読まれた方は、後ろの方に生物の分布について長々と書かれていることを覚えているでしょう(いないかな?)。
ここが実は大変重要なのです。進化があったかどうか、ということとそのメカニズムとは別議論とすると、自然淘汰たメカニズムの
話しで、生物の分布は進化があったかどうかに関わります。
さて、創世記を字句通りとると、アララト山上のノアの箱舟から生物(動物かな)が分散していくことになるのですが...。生物のどういう種がどのように分布しているか
というパターンを見ると、この説にはかなり無理があるのではないかとおもいます。
長谷川さん、「創造科学」の皆さんどうでしょう、このチャレンジ受けますか?
"相似なんですね" T8848 wrote:
>相対的に自分らの方が敬虔であることにしておくことが必要なんでしょう。
大歓迎ですね。そんな称号、熨斗つけて差し上げますとも。ってゆーか、もともと、
ウチではその語はしばしば「○○」の婉曲表現として用いられてます。「神学
そのものを否定するほど〜な」とか。いや、実際「〜主義」っていったら正統主義より
むしろ神秘主義の類縁で、ソレ以外の何物でもないでしょ。つまり最初から彼らの為に
あるような形容なんですよ。
NIFTYから足を洗って久しいので、どんな議論だったんだろうと想像するしかなかった
のですが、なるほどと納得しました。
ですよね、NIFTYの会議室での書き込みスレッドで結論が出るわけないですし、「資料
説は仮説」だということなら、それはその通りですから。
まったく、都合のいい誤解とおかしな言い回しで、人を煙に巻くのが大好きなお方では
あります。
それにしても、「五書資料説」を否定するなら、もうすこしまともな理由つけて否定す
ればいいのに...
その部分はQ&Aができた頃には私も気づいてたんですが、他にも変なところがいっぱいありすぎてねぇ。
niftyのFBIBLE(聖書研究フォーラム)ではJ、P、E資料等が否定されたわけではないのですよ。
資料説はあくまで仮説であるというだけのことです。直接の写本はないし。
彼はそれを否定されたともとれるように書いてるだけです(変な言い回しが多い割にこういう書き方だけは巧妙だな)。
FBIBLEかFLORDか忘れましたが、かつて特別会議室を設けて創造科学を論じていたことがありました。
信仰論議は泥沼になるのでしていなかったと思いますが、議論では創造科学は圧倒的に不利でしたね。不利と言うか、KO宣告されなかっただけ(ギブアップもしてないけど)。
ところで。
H氏の板を覗いて見ましたが、彼らが非難する「リベラル」って誰のことなんでしょ。
進化論を認める者は復活や奇蹟はなかったかと言っているそうな。(そりゃそういう人もいるだろうけどさ)。
そもそも科学的には説明できないからこそ奇蹟と言うんだし、進化論は科学的な説明なんだし。
進化論を認めないとやっていけないほど信仰が弱い、ってどういう意味なんだろう? 信仰が弱い故に進化論を認めてしまうってことか?違うよなぁ。あの書き方だと、世間に迎合して進化論を認めなければ信仰が保てないほど弱い信仰、としか読めないんだが(彼らの言葉遣いは変なことが多いからな)。
神秘主義も独特の使い方をしているし(ところで科学的なのと神秘主義とどう結び付くんだろう。人間主義ならわかるのだが)。
根拠のない信仰ねぇ。彼らの必要としている根拠はどんなものなんだろう。
逐語霊感ではないって言うなら彼ら以外とどう違うんだろう。それとも一字一句字面通り信じていると主張することなのか。
LucifeRさん
>彼らもコダワリが捨てられない
>だけで、ソレ以外は高度に論理的なのかもしれません。
なるほど。コダワリが捨てられないと似てくるんですねぇ。
いろんなトンデモさんたちの主張の仕方が似ているのはコダワルための適応なんですな(トンデモの収斂進化)。
どっかでずれちゃったんだけどそれを修正せずに守ろうとして、でもやっぱりずれてるから更に周りを固めて、という悪循環の中で自己正当化に腐心している、ってところでしょうか。
もう一つの相似(創世記信者と終末信者)
>要は「信頼が足りない」ことによる不安を別物で埋めようとするから
「虚弱な信仰」と言うより「信頼が足りない」と言った方が相応しいようですね。
別物で埋めようとしている・・・。頑なにおかしな言葉遣いと論理を連ねているのは「こんなに信じてるんだ」という証でもあるんでしょう。相対的に自分らの方が敬虔であることにしておくことが必要なんでしょう。
文献の情報をありがとうございました。まずはお礼まで。
「五書資料説」は知りませんが、科学的年代測定法は信頼できる
という結論があそこの会議室で出されています。
彼も参加しているから知ってるはずなんですけどね。
だから、わたしはシロ〜トではありません!って言いたいために「創造科学」の皆さんはわざわざ名前の後ろにPhD(御存じない方のために説明すると
アメリカ等でもらえる博士の学位です)ってつけるんだよ。まあ、かなりまともな学位もあるけど、お金出すと買えるやつもあるんだよな。日本の
週刊誌にも広告が出てるでしょ。なんとかPacific大学とか...。これについては、HPで暴露しているので
http://www.talkorigins.org/faqs/credentials.htmlを御覧下さい。え、私のですか?もちろん本物です。
innvivogenさん
端的にいうと、キリスト教の信仰、特にプロテスタントの流れを汲む宗派は科学を”信仰の一部として”必要としているんじゃないか
と、こう思っているんです。で、しかも聖書と矛盾が”ある筈がない”。
どうでしょう?
するどいね。
ただし、前にもでてきたけど、創造vs進化の問題は教育の問題で、そこに「科学」が必要ってことはあちらさんは思っているようですね。
かおりさん
NIFTYのFLORDで「モーセ五書資料説」が否定されたというのは初耳でしたが、
もしそれが本当だとしても「しろうとがわいわいがやがや書き込んだスレッド」が学問的
にどんな意味を持つのでしょうか。
「創造科学」の人って学者を甘く見ているっていうか、アホのように扱うんですよね。このHPでも書かれているけど。
"LucifeRさん、分類学者さん" innvivogen wrote:
> > 根拠を確信できない虚弱な信仰が「聖書的世界観」という外套を必要としている
> これだけでは無いのではないか?ということです。
>
> 端的にいうと、キリスト教の信仰、特にプロテスタントの流れを汲む宗派は科学を”信仰の一部とし
て”必要としているんじゃないかと、こう思っているんです。で、しかも聖書と矛盾が”ある筈がな
い”。
> どうでしょう?
あー、はいはい。そおゆう事をおっしゃりたかったんですね。前のresの
描いているものがまるで「我々」の事の様だったのもそれで合点が行きます。
そう見えて正解で、記述は適切だったんだ。
大筋ではそのお考え、いい線いってますよ。ただし、私の発言と用語の定義範囲が
一致してない(私が「聖書的世界観」という大きな言葉を「狭く」つかいすぎてる)
のと、「誰が なんの目的で どの程度切実に」と言うレベルで、私の言う「外套の
必要」と貴方のいう「科学の必要」の「必要」の重みも一致してません。これも
擦り合わせの必要があります。
それから、そのお考えは、プロテスタントやキリスト教に限らず、現代において
真摯に信仰を追求するすべての宗教にあてはまるはずです、違いますか?
とゆーわけで、この話つづけていいでしょ? 本質的に「マトモな宗教」の描写
として、すごくイイところを衝いてると思うんで、それとあれが何処が違うかという
点を考察するのも「浮動票対策」としてはかなり有意義です。
「現代進化論の展開」「科学」編集部編(岩波書店)1982 と「特集 ダーウィン没100年 進化論」科学朝日19824月は、出てきましたが、これは別の内容(シカゴのことは直接は
出てきません)でした。が、一読の価値はあるかと思います。当時の雰囲気が伝わってきます。
http://www.asahi.com/0215/news/international15003.html
レスありがとうございます。
>考え中」の混沌を吐き出されてしまったみたいですね。
まったくその通りです。おつき合い頂きありがとうございます。
気に掛かったのは、LucifeRさんの”創造科学の動機 (Re: マルチレス)”なんですね。
>「彼ら」は、おそらく
>
> 節度なく強い信仰が科学の領域を侵犯している
>
>のでも
>
> 貧弱な科学的素養が燃える信仰に負けている
>
>んでもないんですよ。
これには全く同意できるんですが、
> 根拠を確信できない虚弱な信仰が「聖書的世界観」という外套を必要としている
これだけでは無いのではないか?ということです。
端的にいうと、キリスト教の信仰、特にプロテスタントの流れを汲む宗派は科学を”信仰の一部として”必要としているんじゃないかと、こう思っているんです。で、しかも聖書と矛盾が”ある筈がない”。
どうでしょう?
FBIBLEの会議室で「五書資料説」が否定されたからという理由で、19世紀から
積み上げられたモーセ五書の編集史研究を否定できるなら、何でも否定できますね。
もちろん進化論も創造説も...
同感ですかおりさん。僕も引用してみましょう。
> もう一つは、洪水前の動物に肉食獣はいなかった(植物の栄養状態が高かったから)というものです。どちらの仮説も十分可能性があります。
ここまでトンデモだとは思いませんでした。
「FLORD」ではなく「FBIBLE」でした。失礼。
>旧約聖書をP、E、J、Dなどと区分けする分類する判断自体が任意であり、その事はニフテイの
>クリスチャンフォーラム(FBIBLE)においても認められています。ですから、聖書文献をその
>ように分類することが著者の違いや年代を決定する助けになるとは主張できません。
NIFTYのFLORDで「モーセ五書資料説」が否定されたというのは初耳でしたが、
もしそれが本当だとしても「しろうとがわいわいがやがや書き込んだスレッド」が学問的
にどんな意味を持つのでしょうか。
はっきり言って、「2chのスレでモーセ五書資料説は否定されました。だからモーセ五書
資料説は学問的にも意味がない」と言っているのと、どこがちがいますか。2chではこう
いう方は「キティちゃん」と呼ばれるそうです。
まったく、あきれてものも言えません、長谷川さん....
"Re: 外套が必要なのは" invivogen wrote:
> 彼等にとって聖書と創造によって作られた物とは共に”神によって与えられた物”として
>同等なのではないでしょうか? で、あるため両者に書かれていることが矛盾している
>”筈がない”。
それ、好意的にここに入り浸ってるキリスト教徒達になら当てはまると思います。
ええ、確かに矛盾は生じません。進路が交わりませんから、打ち合えないんです。
> 元々、近代科学は「自然を研究して、被造物に現れた神の栄光を明らかにすることは、『聖書』を学ぶ
とほとんど同等に意義深いことであった。」という、プロテスタンティズムをベースに始った様ですし、こ
の辺りの事を理解する必要があるのでは?
はい、もちろん理解してますし、その後継者達は「こっちがわ」にたむろしてますが?
「考え中」の混沌を吐き出されてしまったみたいですね。別にはぐらかしてるわけじゃない
ですから、話が全然かみ合ってないと思われましたら(そうでしょ?)もう少しなんか書いて
みてください。「神によって与えられたもの」を「神を証するもの」と深読みしていいなら、
もっと突っ込んだ話もできますよ。
分かりました、NATROMさん。
たとえ、学会で正式に否定されたとして、進化論が間違っていると言う説明になら無いので、どうでもいいと思うのですけどねぇ。
#もちろんそれについて事実と違うと主張することも含めて、何をしても構わない。
問題とすべくはどう言う理由で学会で正式に否定されたかを書かないで、進化論を間違っていると主張することと、「学会が否定している=間違った説」と信じてしまう読者でしょう。
#詐欺師と被害者がいたら、どっちが悪いかって論理になりますけどね。私はどっちも悪いと思う。
きっと、宇佐神氏は最新の科学雑誌など読みもしないのでしょう。
→宇佐神氏は最新の科学雑誌を読んでいないのでしょうか?
に変えようかとは思っています。最新の科学雑誌は読んでいるが、偏りのある解釈をしているという可能性を考慮してです。「理解できなかった」→「偏りのある解釈をした」も考慮しましたが、どちらも同じようなものに思えます。どうでしょうか。基本的な部分は変更する必要はないと考えています。理由は述べました。
しました。(>NATROMさん)
リロードする前に下のを投稿してしまったものですから(^^;)。他意はありません。
えーと、「批判は歓迎します」というNATROMさんの投稿の中で問われていること全てにお答えすることは差し控えますが、私の最初の投稿で問題にしたページの文章について一字一句たりとも変えるおつもりはないのでしょうか?
仰る通りです。(>分類学者さん、PDX.さん)
本を出すには責任が伴いますし、有意義な批判はどんどんなされるべきでしょう。ある分野のスペシャリストが他の分野まで通じているとは限らないというのもその通りです。下の私の書き込みは、「批判の仕方についてちょっと一言」というほどの意図です。
分類学者さん、「ラブコール」の件、一応試みてみますが、あまり期待されないで下さい。また「科学」の件、何か分かりましたらまたご教示下さい。
mickyさん、ようこそ!ご批判ありがとうございます。
>「きっと、宇佐神氏は最新の科学雑誌など読みもしないのでしょう。」
>などとあるのは、あまり感心できないなと思うのです。
私がそのような指摘を行ったのは、'Evolutional Theory Under Fire'という論文だけでなく、その他のダーウィニズムに基づく論文を読んでいないのではないかと思ったからです。宇佐神氏が最新の科学雑誌を読んでいたと仮定しましょう。1980年以降も、科学雑誌にはダーウィニズムに基づく論文は多数掲載されています。宇佐神氏はそれを読んで疑問に思わなかったのでしょうか?ダーウィニズムは学界で公式に否定され、教科書にしか残っていないはずなのに。無意識に偏りのある解釈をしてしまったのでしょうか?しかし、ダーウィニズムに基づく論文が掲載されているか否かという問題に解釈が入り込む余地があるとは考えにくいと思います。。最新の科学雑誌を読んでいるとすれば、いったいなぜ宇佐神氏はダーウィニズムが公式に否定されたと思い続けることができたのでしょうか?私にはそれが疑問なのです。
'Evolutional Theory Under Fire'に限ったとしても、宇佐神氏の記述には理解しがたいものがあります。お読みになることをお勧めしますが、この論文で批判の対象になっているのはダーウィニズムそのものではなく、「進化は常に一定の速度でゆっくりと進む」という進化観です(そのような進化観を持っていた主流派など実際には存在せず、「改革派」は架空のわら人形を批判していたに過ぎないという指摘もあることを付け加えておきましょう。)この論文において、「伝統派」を批判する「改革派」の一人であるグールドは、ダーウィニストを自認し、進化について優れたエッセイをたくさん書いています。彼の本を一冊でも読んだことのある人にとっては、シカゴ会議がダーウィニズムを否定するものではないことは明らかでしょう。宇佐神氏は「グールドをはじめとした改革派が、ダーウィンの進化論を主張する伝統派と対決した」と誤った解釈をしているようですが、グールドもまぎれもないダーウィニストなのです。
宇佐神氏は無意識に偏りのある解釈をしてしまっただけとの推測ですが、それはすなわち理解できなかったということではないでしょうか?改革派はダーウィニズムを否定していないのにもかかわらず、否定していると解釈してしまったわけです。能力には問題なく、信仰心ゆえなのかもしれませんが、明らかに誤った理解をしてしまっています。 同じ記述でも誰が読むかによって解釈が異なってくるのは事実ですが、例えば私のサイトを読んで、「NATROMは進化論は擬似科学で創造科学が正しい科学であると主張している」と誰かが解釈したとすれば、その人は誤った解釈をしたのみならず、明らかに理解できなかったことになります。文学などの分野ではまた違うのでしょうが、科学の世界では誤った解釈をする人は、理解できなかったとみなされます。
>感心できないというのは、それがパーソナル・アタックであるからという
>のもありますし、また、かなりの確率で間違っていると思われるからです。
宇佐神氏の人格を攻撃しているのではなく、なぜ宇佐神氏が「ダーウィンの進化論は公式に否定された」という間違った主張を行ったのか考察しているのです。ただ単に「XXの主張は間違っている」と指摘するだけではこのサイトの目的は果たせないと考えています。いったいどこが間違っているのか、なぜXXは間違ってしまったのかを考察することこそが重要なのです。mickyさんのご指摘は、この点でたいへん参考になりました。医学の分野でスペシャリストであり、誠実さという点では疑いようがないほど信頼のある人物ですら、「ダーウィンの進化論は公式に否定された」という明らかな間違いを犯してしまう理由として、無意識に偏りのある解釈をしてしまうことを教えてくださいました。
もし事実誤認があるのでしたら、いつでも掲示板で抗議が可能です。創造論に反対する意見を削除してしまう創造論サイトの掲示板と異なり、このサイトは常に批判に対して開かれています。
>では「理解できなかった」のかと言うとそれはまず考えられません。生物
>学プロパーではないにしても、医学の分野ではスペシャリストですし。
これはどうでしょう?
ある分野のスペシャリストだからといって、他の分野にまで通じて
いるかというと必ずしもそうではありません。
たとえば、ある分野のスペシャリストが、他の分野のトンデモ本を
書いている例は実に沢山あります。
(工学博士が、宇宙論とかに手を染めるとトンデモに陥る傾向が高い
ような…(^_^; 「と学会」の山本弘氏などは「工学博士『ひでお』の
法則」なんてのを提唱してますし(笑))
もちろん、全ての例がそれにあてはまるわけではないので、非専門
分野で高い業績をあげる人もいますし、固定観念にとらわれないから
こそ意外な発見をする人もいます。
でも、それらはあくまで稀有な例であるからこそ有名になるわけで、
たいていの場合、非専門家が専門家にその分野で批判をしている時は
的外れというケースの方が多いというのが実情です。
そういえば、この学会について岩波の「科学」で扱ったような記憶があります。あとでチェックしてみます。
mickeyさん
「崩壊する進化論」に出てくる文献は、どう見ても進化の主流を行くようなものではなく、批判の対象になるようなものが含まれているわけで、それを参考に本を書かれるというのは問題ではないかと思います。それもこれも日本の「創造科学」が単なる受け売りだからで、まずそこ
から脱却しないといけないと思います。
また、個人というより出版物の著者としての責任を追求していると思います。本を出すにはその内容に責任を持つべきと思います。
医者は技術者であり科学者ではないというのが私の考え、もちろん科学者である医者はいると思いますが、すべての医者が科学者ではないでしょう。まして、生物の多様性のような問題には同じ生物学者でも分野が違えばなかなか手が出ない(文献を読んでもよくわからない)というのが
現状で、それをさもわかったように書くのは問題があると思います(これは宇佐神氏のことではなく、他の「創造科学」の方ですが)。
私、以前この掲示板で宇佐神氏に登場願いたいとラブコールしたんですが、お知り合いの方ならぜひその旨お伝え下さい。
こんにちは。
ちらっと覗かせて頂きましたが、なかなか面白そうなHPですね。
ただちょっと気になる点を見つけましたので、指摘させて頂きます。
というのは、この(↓)ページの宇佐神氏に対する批判、
http://www.meken.med.kyushu-u.ac.jp/~tosakai/chicago.html
「きっと、宇佐神氏は最新の科学雑誌など読みもしないのでしょう。」
などとあるのは、あまり感心できないなと思うのです。
感心できないというのは、それがパーソナル・アタックであるからという
のもありますし、また、かなりの確率で間違っていると思われるからです。
なぜこんなことを書くかといいますと、私の父は宇佐神氏と東北大医学部の
同級生だったというだけでなく、かなり親しい間柄で、まあ良く知っている
からです。宇佐神氏が'SCIENCE'の問題の文献を読んでいるのを実際に見た
わけではありません。が、少なくとも私の父は数十年前から'SCIENCE'を定
期購読し、子どもたちにも度々解説してくれていましたし、進化論について
の見解も宇佐神氏と似通っているようですから、宇佐神氏が'SCIENCE'を
読んでいない可能性は極めて低いと思います。
ですから、宇佐神氏は「一次文献の存在を知っていた」どころか、出版年
から見てもリアルタイムで読んでいると考えた方が自然です。
では「理解できなかった」のかと言うとそれはまず考えられません。生物
学プロパーではないにしても、医学の分野ではスペシャリストですし。
それなら「主張にそぐわないので故意に隠した」のかというと、それは
もっとあり得ないと思います。誠実さという点では疑いようがないほど
信頼のある人物ですから。
私自身は問題の文献を読んでいないので、ここからはあくまで推測なの
ですが、同じ記述でも誰が読むかによって解釈が異なってくるというこ
とは良くあることなので、このケースもそれなのではないかということ
です。NATROMさんの主張通り、宇佐神氏が間違っているのかもしれませ
ん。でも、もしそうだとしても、それは宇佐神氏の能力に問題があるか
らでもなく、誠実さに問題があるからでもないだろうと思います。誰で
も多かれ少なかれ無意識に偏りのある解釈をしているものです。
ちなみに'Evolutional Theory Under Fire'というタイトルからして、
「進化論自体全く揺るがない!」という論調ではなさそうですが...。
まあ、ここでドンパチを始める気はありませんので、誤解なきよう。
宇佐神氏に対するパーソナル・アタックも、単に熱くなりすぎて筆が
滑ったということなのかもしれません。ただ、読んでいてあまり気持
ちが良くないなあ、と思ったのと、老婆心から指摘させて頂きました。
invivogenさん
元々、近代科学は「自然を研究して、被造物に現れた神の栄光を明らかにすることは、『聖書』を学ぶとほとん
ど同等に意義深いことであった。」という、プロテスタンティズムをベースに始った様ですし、この辺りの事を理
解する必要があるのでは?
オーストラリアのanswer in genesis(日本語版もある)というHPにはcreationistとしてニュートンはじめ蒼々たるメンバーが名を列ねています。
しかし彼らは、genesisの字句通りとは考えていなかったのではないでしょうか。
このHPでは、そのような創造(論)については何も言っていないとおもいます。あくまでも疑似科学としての「創造科学」に対して意義申し立てしているだけです。
「創造科学」が自然科学でないという宣言をすれば、また自然科学に関する業績をむやみに中傷したり引用しなければ何も言うことはないと思っています。
もちろん、アメリカなどでは創造そのものに対して攻撃がかかっていますが...。
ご意見、ご要望がございましたら、掲示板か、e-mail:natrom@yahoo.co.jpへどうぞ。