>おそらく逆です。イメージしているものが。
げ、逆ですか、こりゃますます混乱してきた。
>JA50さんの頭の中では「中立」なものはs=0だけではない、ということですね。
そうです、私が中立と言っているのは「ほぼ中立」のことです。
sが厳密に0であるなどというのは数学モデル上でしかあり得ないと思うからです。
実際、実験にしろ自然界におけるにしろsを測定してもそこには必ず誤差を含んでいるんで
すから。
>まさにその文脈での「ほぼ中立の定義」だと言っているものこそ「遺伝的振舞いが中立であることの定義」です。
これが理解できない。
>新しく「s=0だけを中立とする」ものとして「突然変異の中立」を定義して下さい。
突然変異遺伝子が中立(ほぼ中立じゃなく、厳密な中立)であることの定義をしてみなさい
ということでしょうか?
それなら、へちさんの文そのものが定義になってますよね。
その淘汰係数sが0である突然変異遺伝子が中立と。
そうじゃなく「ほぼ中立」であることの定義ということでしょうか?
これも既にへちさんがしていたのではないですか?
その固定確率が1/(2N)で近似されるような突然変異遺伝子が「ほぼ中立」であること
だと。
私は、突然変異遺伝子の有利・中立・不利はそのsを測定して判定するのだろうと考えてい
ます。それも厳密な中立などというのは決定不可能ですから、ある範囲を持ったものとして
中立というのを定義するしかないだろうなぁと。
で、sとはいわば「遺伝的振舞い」ということじゃないかと思い、突然変異遺伝子の有利・
中立・不利は「遺伝的振舞い」で判定するのではないかとへちさんに尋ねたんですが、違う
とのことだった。また遺伝的振舞いはNe(あるいはN)とsの関数だとも言うことですから(
それもその関数は一つじゃなくいろいろ考えられるというんですからますます分からない)、
sを「遺伝的振舞い」だとするのが違うというのは明かです。
ほんと、どういうことなのだろう、、、
最後にすみませんが、以下のことを確かめさせてください。
>「ほぼ中立」の定義ですが、どうも「突然変異の有利・中立・不利」と「遺伝的振舞いにおける有利・中立・不利」の
>混同が見られるようです。
(投稿日: 7月24日(月)18時35分05秒)
これですが、混同しているとへちさんが言っているのは木村のことなんですよね?
へちさんは、著者である木村が「ほぼ中立」の定義について「突然変異の有利・中立・不利」
と「遺伝的振舞いにおける有利・中立・不利」を混同していると言っているんですよね?
>だから、何か悪い情報が脳にインプットされると
そう、これが「大切な知識」として学習され、「語り部」
やら「やり手婆あ?」やらが、次世代に語りついでいった
のでしょう。
人間は言葉や学習するための脳を持っているのです。
>(それもその実験に引っかかったのが取り巻きのアホ一人と来たんだから、ほんと笑ってし
>まう)
成り行きからすると、この「取り巻きのアホ」は私を指していますね。
このような表現はよろしくないですよ。あなたの品位を疑います。
この一文の撤回と謝罪をあなたに要求します。
JA50さん>
> それと「包括適応度は利他行動の存在を説明するだけのものではありませんよ。」以下のこ
> とくらいは私も知っております。
仮に知っていたとしても全く理解してないのは明らかですよ。理解していると言い張るつもりなら
包括適応度を使わずに膜翅目で社会性が多く見られる理由を説明してみなさいって。
大体「言わんばかりだ」という日本語の意味すらわからない人物に
素人呼ばわりされるのは非常に不愉快ですな。分かっててやってるんだろうけど。
Re:の記号も全く意味をなしてないし。
「自然選択は適応的でない形質を進化させることもある」
『適応的な形質のみが進化し得るという前提に立てば』この方は素人であると主張する人がいてもおかしくないでしょうね。
「中立説」という用語を使っているのも『その人にすれば』減点対象でしょう。
しかし不思議だなあ。中立説なんてクリスってヤツが勝手にでっち上げた造語だったはずなんだが。なんで都立大学の教員が知ってるんだろう。
新しくリンクに付け加わった
「進化をめぐるさまざまな誤解」
に行って来ました。
東京都立大学の布山喜章さんて日本進化学会の設立発起人の一人なんですね。
さすが専門家の解説ページは勉強になります、皆さんも是非一見の価値有りです。
NATROMさん、どうもありがとうございます。
>問題は、その「今まで適応的であった」という環境とはどういうものかということなんです。
過去に少子化(子0−1)が適応的だった仮説(順繰り子育て):
食物が極端に少なくなった環境下で、血縁関係の強い集団内では、全員が協力して集中的に一人づつ順番に子育てをした、という仮説です。選ばれた子はそうでない子よりも生存率が高く、しかも集団も少数ながら確実に子孫を残せる。条件として子を一人育てた母は第二子の出産を放棄して次の女性に譲る。これを順次行えば子が0の女性もいつかは権利が巡ってくる。つまり子0は希望、1は満足、2番目の子は保証なく絶望となる。このようなことが人類の歴史上、過去数十万年あるいはもっと長期にわたって「緊急避難的」に頻回に行われ、そして生き残った人たちが現在の我々の先祖だというわけです。だから、何か悪い情報が脳にインプットされると、女性は子を産み育てることを控える、これが少子(化)遺伝子だというわけです。
現在の日本の特殊合計出生率を引き下げる三大要因は@未婚(順番待)A一人っ子(十分な保証を受ける)B晩婚(やっと自分の番)となります。実際的ではないけれどもイメージとしてこれがJさんの言いたいところではないでしょうか(ちがったかな?)。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ところで、自然界では一部の動物で、若い個体が独立して育児をするには環境が厳し過ぎる場合,親元にとどまって自らの子育てを犠牲にして年少の弟妹の育児を手伝うこと(ワーカー)が知られています。この場合孫が生まれないので出生率は一時下がりますが、戦略としては成功しています。この他にも自然界には特殊な少子化?(不妊ワーカー)で成功しているものもいます。
以上は私の頭の体操です。あまりムキにならないで下さいネ。
>この下らない論争を誰が始めたのかよく思い出してみなさい。
この論争が何を指すかで変わってくるであろうが、一番大元の「少子化うんぬん」ならばJA50なる人物であることは間違いない。
JA50なる人物の日本語はちょっとおかしいということならクリス&舞さんであろうし、その他の細かい議論は、それぞれ複数の人物が関与しているであろう。
クリスがクレームしたのは、JA50氏と第三者とのやり取りに「どうみても不要な」クリスの名前が出てきたことにである。
議論そのものに対しては、必ずしも下らないとは考えていない。
>頓珍漢な横やりを入れてきたのはあなたでしょうが。
頓珍漢かどうかは別にして、こういう公開された掲示板で横レスが付くのは仕方がないことであり、むしろ喜ばしいことであるはずだが。
批判的意見はゴメンだというなら、始めから「皆さんの意見を伺いたい」などと殊勝なことは言わないこと。
「それも、ど素人が「聞いている」とだけしか言わず根拠も何も提示しないからちっとも前に進まない。また、他の質問も解説部分を読めば理解できることや、既にもう説明しただろうというのを二度三度と聞いてきたり、最初から意味不明な頓珍漢な質問だったりするからこちらとしてはレスするのもアホらしくなる。ですから、クリスさんが止めたければどうぞ勝手に止めてください。
ただし、最低限のけりはつけておきましょう。引用の件はどないなっているんでしょうか?
「上に紹介した進化論に書いてある」んでしょう、そうあなたは大見得を切ったんですよ、何を実験だのなんだのと言い訳をしているんですか、見苦しい。(それもその実験に引っかかったのが取り巻きのアホ一人と来たんだから、ほんと笑ってしまう)」
この掲示板のシステムが変わったことに気付いていないようだが、細かな改行は無用(引用にも不適)である。
こういう文章は相手の質問には誠実に答え、感情的かつ侮蔑的な表現は極力抑えるような人物が書いて始めて説得力がある。
基本的にそういう人はこういう文章は書かないものであるが。
相手を言い負かそうと、そればかりに夢中になって、自分がほとんど掲示板荒らしになっていることに気付いていない。
第三者がこの文章を読んで、どう感じるか、どう思うか、想像しないのであろうか。
>私は、他の方とは違い、自分の見解とは違っていても、素人の私の見解よりも専門家の見解の方を尊重します。
>ですから、あの3つのことを引用していただければ、私は自分の見解が間違っている可能性が強いと判断します。
これが誉められた態度であるかどうかは別にして「うそ」であることは、既に証明されている。
>クリスさんが、専門家を持ち出して自分の意見を押し付けている、などとは決して思いませんので、安心して引用して下さい。
別にそれ(専門家を持ち出して自分の意見を押し付けている)が悪いこととは思わないが、理由はそんなことが心配なのではなく、
1)まず単純に面倒くさい
2)ギブアンドテークを守らない相手なのでちょっと意地になっている
などであることくらい気付くのが当然であろう。
>あれは二重否定ではない!?
>「越さぬ程度でないと」ってのは二重否定じゃないのですか?
この方は、3つの間違いを犯してます。
1)二重否定表現を含む文章は、即、二重否定文と言える。と考えている間違い。
2)否定表現が二つ続いていれば、二重否定である。と考えている間違い。
3)「〜でないと」という表現は条件文を意味する慣用句であること。を知らないという間違い。
>いやぁ、驚きました。クリスさんのことだから、こういう強引なことも言い出すのじゃないのかと思っていたら、案の定だ。
>ほんと、臆面もなくよう言えるよ、まったく。
感情過多で無意味な修飾の形容詞が多い上に、全く議論に不要な文章である。
本人はこれがケンカだと思っているそうなので仕方ないのだろう。
>それと、二重否定というのを最初に言い出したのは誰かご存じですか?
よく覚えていないがクリスだと言いたいのであろうか?ならばそれは間違いである。
第三者であると言いたいのだろうか?ならばそれはその文章全体を読まなければ何も言えないであろう。
自分だと言いたいのであろうか?だったら全く不要な文である。
「例の木村の文章」が日本語の慣用表現からはずれたまずい文章であることは、私を含めて少なくとも3名が同意している。
>なお、このけりを付けずに引っ込むのなら、何時までもあなたのことは肴にさせてもらいます。
>私は売られた喧嘩は買うし、シツコイですからね。あなたのことは何時までも肴にさせてもらいます。
どうぞご自由に。私は議論とケンカの区別もつかない人を相手にしません。
ROMしている方々への忠告ですが、
1)このような表現は現在ストーカー行為と見なされますのでご注意を。
2)こういう行為は普段から理性的で節度ある言動に努め、周囲の敬意を集めている人物が行ってこそ効果があるのであり、
複数のメンバーから言動にクレームがついている人物にそんなことされても何のダメージにもなりません。
そもそも、周囲の敬意を集めている人物はこういうことは言わないもんですが。
3)ネット上の仮想人格であるクリスなるHNを肴にして何か意味があると思っているようなら愚かなことです。
紹介した書籍について確認のために紀伊国屋BookWEBで調べてみたら
「科学的世界像」は著者がティモシィ・セヴェリンとなっていましたが
著者はファン・フラーセンです(紀伊国屋さんしっかりして下さい!!)。
ですから、BookWEBではうまく発注できない恐れがあります。
>で、今手元でペラペラめくってるのがポアンカレ「科学と仮説」
>さぁ、100年を1年で駆け抜けるゼ。(なんも残らんかもしれんが)
ポアンカレとはお目が高い!
ポアンカレは数学者ですが、物理学者による科学論では
P.デュエム(小林道夫他訳)「物理理論の目的と構造」(勁草書房) が著名です。
(私は購入したものの未読です、タハハ、、、)
「自分の研究の過程で科学哲学的な問題に興味を抱く人もいるが、そんなことにはかかわらずに
科学者であり続けることも、全くの可能である」(by長谷川真理子)
などと言われる科学哲学ですから、何にも残らなくても無問題(モーマンタイ)ですよ。
でも、科学とは何かについて何らかの意見をまとめようと考えたらきっと参考になるはずです。
#余談ですが、日本科学哲学会ではこの秋のシンポジウムのパネラーに
長谷川真理子氏を呼んでいるので(パネラーには毒舌家の内井惣七さんも!)
科学哲学者のリベンジ(?)が見物!。暇があったら行くつもりです(^^)。
>これって、「Br−C>0」のことですか?
>これってわけが分からない記号なんですか?
おそらく多くの人はこの式だけ出されてもわけが分からないでしょう。
それぞれのパラメータは何を表していて、この式にどのような意味があるのか、その辺りが書かれていないと。
別に専門用語は持ち出すな言いませんが、難解な言葉,記号を使うときはちょっとした解説くらいはつけてほしいと思います。
どの程度までを難解とするかは個人の判断でしょうが、JA50さんの発言の内容は時々敷居が高すぎて、「これがわからない奴は議論する資格はない」ととられかねません。
もしそう思われたくないのであれば、ちょっと気をつけた方がいいと思います。
短くなるはずだったのに・・・。
私がすべきでないと考えているのは、以下のような態度です(過去ログは斜め読みなので、JA50さんが事実このような態度を取っているかどうかはわかりません)。
「自分が専門家の意見を引用し、相手がその論理的な問題点を指摘してきたときに、『あなたは素人であり、それゆえ、私の引用した専門家の意見のほうが正しい可能性が高い』という主張のみをもって再反論とすること」
です。
JA50さんが「Re:論理的な反論>無神論者さん」(8月21日(月)19時23分34秒) の冒頭で私の発言を引用なさった部分もほぼ同じ主旨です。
ですから、専門家による実験結果を主張の根拠とすることや、自分と同じ意見である専門家の論理を引用して主張すること自体は問題ではないと考えますし、私もそうします。
ただ、「彼は専門家であるがゆえに正しい(可能性が高い)」のみでは、相手が指摘した論理的な問題点に対して答えたことにはなりません。
その点に対して、その専門家の論理や実験結果を用いるなり、自分なりの考えを述べるなりして答えなければ議論にはなりませんし、答えることは可能なはずだ、と考えるのです。
専門家の意見が素人の意見より一般に正しいことが多い、ということ自体は、反対する人はいないはずです。
ただ、この場での議論は、自分が論理的に納得できる説を見つけるために行われているように思うので、「専門家の意見のほうが・・・」では主張として充分ではないと思います。
誤解しないでいただきたいのですが、決してJA50さんを非難する目的で長々と書きこんでいるわけではありません。
むしろ、JA50さんと周囲の考え方の違いがきちんと意識されないと、不毛な揚げ足の取り合いになってしまうのでは、と考え、その点を明確化しようとしているだけです。
私としては、以下のようなことを提案します。
「あなたの主張は専門家の意見と異なっており、誤っている可能性が高い。また、私自身論理的に納得できない。それは以下のような点である」
「あなたの指摘は私自身は論理的にもっともなように思えるが、専門家の意見と異なっている以上、どこかに見落としのある可能性が高い(そして、私はその点を考え直すためにさらに勉強するつもりである)」
というように、「誤っている可能性が高いかどうか」と「JA50さん自身が論理的に納得できるかどうか」を分けて述べてみてはどうでしょうか。
おそらく、周囲の方は、専門家うんぬんについては同意しつつ、論理的に納得し得るかどうかを問題にして議論しようとすると思います。
その点をはっきりさせれば、議論の食い違いのひとつは解消されるのではないでしょうか。
>(それもその実験に引っかかったのが取り巻きのアホ一人と来たんだから、ほんと笑ってし
>まう)
成り行きからすると、この「取り巻きのアホ」は私を指していますね。
このような表現はよろしくないですよ。あなたの品位を疑います。
この一文の撤回と謝罪をあなたに要求します。
今、紹介してくださった書籍をノートパッドにコピペしたとこです。
さっそく紀伊国屋BookWEBでも行ってみます。(ネットは便利だなぁ)
カント・ヴィトゲンシュタイン・フーコーは解説系抄本で押さえました
(押さえたなんていうのは不遜ですけど、フーコーはともかくカントは読めねぇッス)
で、今手元でペラペラめくってるのがポアンカレ「科学と仮説」
さぁ、100年を1年で駆け抜けるゼ。(なんも残らんかもしれんが)
>今まで適応的であった形質が環境の変化によって非適応的な形質になってしまった。
適応的な形質のみが進化し得るという前提に立てば(私は自然選択説はそういう説だと考え
ていますが、他の方は違うようです)、こういう説でやるしかない。
問題は、その「今まで適応的であった」という環境とはどういうものかということなんです。
で、ツリーの方ではニンジン説や快楽説、その他餌場説などなどが出ているわけです。
ただし、非適応的な形質でも進化し得るというのなら、非適応的だろうが関係ない、その形
質が非適応的だろうが進化してきたのだということで終わりです。
>これらのことは人権を含んだ政治的問題なので、生物学や人間行動学の立場からは発言しにくいというのではないので
>しょうか。
>こと人権に関しては、やたらとヒステリックになる連中がいるからなあ。
言われる通りだと思います。
「そうすべきだ」というのと「そうである」ということを混同してもらっては困るんだが、
このことをいくら説明しても倫理問題を自然選択説に持ち出す連中がいなくならない。
>ただ、「専門家の意見はこうであり、彼は専門家であるがゆえに素人のあなたよりも正しい可能性が高い」ということ
>自体は論理的な反論ではありませんので、それ*だけ*では相手は有効な反論だとは考えないと思いますし、それはや
>むを得ないと考えます。
いまいち無神論者さんの主張がつかめません。
論理的な反論でないということの意味は、反論の根拠たり得ないということなんでしょうか、
それとも論理学的な意味で、論理的な反論でないということなんでしょうか?
後者の意味なら、その通りですが(引用は論理の間違いを指摘するものじゃなく、事実の提
示ですから)、問題は前者の意味の場合です。
根拠たり得ないというのであれば、私たち素人が反論する場合、何を根拠としたらいいんで
しょう?
実際に実験や観察を我々がするわけには行きません。
創造論者がよく知りもしないでダーウィンの批判をする。
その時には、「種の起源」を引用したり、またグールドやドーキンスのような碩学の本を引
用することで反論することが多いです。私もよくやるし、NATROMさんはそれ以上です。
これは反論の根拠となり得ないということなのでしょうか?
また、進化論上の権威ある人の本を引用して創造論者に反論することは、「相手に自分の考
えを押し付けたこと」になってすべきではないと言われているのでしょうか?
どうもいまいち無神論者さんの主張が分かりかねます。
無神論者さんは、どういう場合に引用ということをされるのでしょうか?
自分の見解の根拠として専門家の本の引用をしたりすることもあると思うのですが、、、
なお引用範囲のことですが、、、
>そう考えると、説明が長文になる場合、とりあえず書名や論文名(もちろん出版社名などもですが)を示してそれを読
>んでもらい、その上で理解できなかった点に付いて質問してもらう、というのが妥当と思いますし、他人を介して教わ
>るよりも誤解が少ないのではないでしょうか(出典の明示はもう行われているようですが)。
言われるように説明が長文になる場合には、出典を明示し、どこそこの章に書かれていると
いうのですますしかないでしょう。特に、出典が何巻もあるような大きなものなら、第何巻
の何章かくらいは書くべきです。
ただし、クリスさんの場合は長文になどなりようはないはずです。
私は説明など求めてはいません。中立説成立以降は適応的な形質だけが進化しえるのじゃな
く、中立的なあるいは非適応的な形質でも進化しえると「自然選択説は変わった」のだとク
リスさんの言う専門書に書かれているという、それを引用さえしてくれたらいいと私は言っ
ています。なぜ「自然選択説は変わったのか」、その理由を尋ねているのではないのですか
ら。
全体へのレスはまた後ほどしますが、一つだけ。
>話は変わりますが、これまで一度ならず、突然訳の分からない記号や専門用語を引っぱり出してくるようなことは止め
>るように注意されているはずですが、今回も懲りずに使っているということは、聞く耳持たない、と解釈してよろしい
>のですか?
これって、「Br−C>0」のことですか?
これってわけが分からない記号なんですか?
それと専門用語は持ち出すなとはどういうことなんでしょう?
包括適応度というような専門用語を持ち出すなということですか?
持ち出すなというのであれば、そうしますが、どの程度までなら許されて、どこ以上がダメ
だというのを明示してくれないと、私はどうしようもないですが。
>まるで包括適応度が利他行動を説明するためだけのアドホックな修正といわんばかりですな。
私はそんなことは言っておりません。
勝手にそうだと決めつけないでほしいよ、まったく。
(そもそもアドホックな修正ということの意味を知っているんだろうか?)
それと「包括適応度は利他行動の存在を説明するだけのものではありませんよ。」以下のこ
とくらいは私も知っております。素人に不正確な解説をしていただかなくとも専門家が書い
たより正確な解説を読んでおりますし、へちさんも知っておられるでしょう。それを前提に
へちさんに私は質問しているのです。
ですから、わざわざ素人が、それも初歩的なことの解説をしていただく必要はありません。
>じゃ、私に絡んでくるのはもう止めなさいって。
>私の名前を使うのも。迷惑だから。
ほんと、臆面もなくよう言えるよ、まったく。
この下らない論争を誰が始めたのかよく思い出してみなさい。
頓珍漢な横やりを入れてきたのはあなたでしょうが。
それも、ど素人が「聞いている」とだけしか言わず根拠も何も提示しないからちっとも前に
進まない。また、他の質問も解説部分を読めば理解できることや、既にもう説明しただろう
というのを二度三度と聞いてきたり、最初から意味不明な頓珍漢な質問だったりするからこ
ちらとしてはレスするのもアホらしくなる。
ですから、クリスさんが止めたければどうぞ勝手に止めてください。
ただし、最低限のけりはつけておきましょう。
引用の件はどないなっているんでしょうか?
「上に紹介した進化論に書いてある」んでしょう、そうあなたは大見得を切ったんですよ、
何を実験だのなんだのと言い訳をしているんですか、見苦しい。
(それもその実験に引っかかったのが取り巻きのアホ一人と来たんだから、ほんと笑ってし
まう)
私は、他の方とは違い、自分の見解とは違っていても、素人の私の見解よりも専門家の見解
の方を尊重します。ですから、あの3つのことを引用していただければ、私は自分の見解が
間違っている可能性が強いと判断します。
クリスさんが、専門家を持ち出して自分の意見を押し付けている、などとは決して思いませ
んので、安心して引用して下さい。
なお、このけりを付けずに引っ込むのなら、何時までもあなたのことは肴にさせてもらいま
す。私は売られた喧嘩は買うし、シツコイですからね。あなたのことは何時までも肴にさせ
てもらいます。
>あれは「二重否定文ではない」ことを教えてあげたんですが、気づいてないようで。
>お粗末すぎて付き合い切れません。
あれは二重否定ではない!?
「越さぬ程度でないと」ってのは二重否定じゃないのですか?
いやぁ、驚きました。
クリスさんのことだから、こういう強引なことも言い出すのじゃないのかと思っていたら、
案の定だ。
それと、二重否定というのを最初に言い出したのは誰かご存じですか?
すべてに対して長々とコメントしても混乱を招くだけなので、要点を絞ります。
>前者は淘汰に対してのものでsで表されるというのですから、これはイメージできるんです
>ただし、s=0だけを中立としているのはなぜか分かりません、「ほぼ中立の定義」だと言っているのになぜ0だけなのか?
>「遺伝的振舞いにおける有利・中立・不利」というのはイメージもできない。
おそらく逆です。イメージしているものが。
JA50さんの頭の中では「中立」なものはs=0だけではない、ということですね。
まさにその文脈での「ほぼ中立の定義」だと言っているものこそ「遺伝的振舞いが中立であることの定義」です。
新しく「s=0だけを中立とする」ものとして「突然変異の中立」を定義して下さい。
>>質的には同じ集団です。
>
>質的には同じ集団?
>個体数が100の集団と10万の集団が、質的には同じ集団?
>どういう意味なんだろう、、、
10万の集団の中からランダムに100個体を選ぶと質的に同じ集団になります。
そういう意味です。
>>信頼性が心配でしたら、その試験を数多くやればいい。
>
>個体数が100の集団で試験を多くやればsの測定値の信頼性が上がると言うんですか?
>Nって、サンプル数じゃなく、研究対象になっている生物集団の個体数ですよね。
個体数が100の集団をいくつも作ればいい。そうすれば信頼性はあがります。
>>また、固定確率u=0.004ということは、N=100の集団が1000あったら、そのうちの4集団はこの不利な突然変異遺伝子が固定されている、ということです。
>
>N=100の集団が1000あったら?
>
> 集団遺伝学が対象にしている集団というのは、相互に交配しているつまり遺伝子のやりとりをしている集団ですよね(「生物進化を考える」には「有性繁殖によって結ばれた同種個体の集まり」とあります)。それもある突然変異遺伝子の固定確率の話をしているんですから、環境も同じとしておかないと、sを測定してもいったい何を測定しているのか分からないことになってしまう。
>そういうN=100の集団が1000あるというのはどういうことなんだろう、、、
環境が同じであるN=100の集団を1000作ればいい。
例えば、ショウジョウバエが100個体入っている飼育箱を1000個。
>>包括適応度と集団の個体数がわかれば、固定る確率が数字ででてきます。
>
>これは興味深いです。
>その固定する確率の式を是非教えて下さい。
期待させてしまって申し訳ありませんが、上の表現にはおそらく誤りがあります。撤回します。
>それと、へちさんは私の言っていることをはき違えています。
>私が言っているのは、(略)
わかりました。まあ、どちらにしてもナンセンスですが、なぜナンセンスかは上の方の問題がわかれば自然と理解できるはずなので、これ以上の言及はしません。
話は変わりますが、これまで一度ならず、突然訳の分からない記号や専門用語を引っぱり出してくるようなことは止めるように注意されているはずですが、今回も懲りずに使っているということは、聞く耳持たない、と解釈してよろしいのですか?
自分や相手さえわかればいい、ということではよろしくないんじゃないですか。
ここは大勢がROMしている掲示板ですからね。
BeZenさんこんにちは
>自分は「科学哲学」というジャンルがあることすら知らなかったような
>人種なんですが、科学哲学へのとっかかりとして(図書館ではなく)本屋で
>手に入れることができるような書物で、なにがあるか教えていただけないでしょうか?
>加えて、科学哲学入門の為には、デカルト〜カントあたりから、構造主義(ついでに
>ポストモダン)まで一通り押さえておかないとアカンのでしょうか?
>(だとすると絶望的に道はとほひ)
科学についての哲学という意味での科学哲学は広義の科学論の一部だと思いますが、
英米ではウィーン学団の論理実証主義の流れを汲むものが主流です。
この方向での代表的な入門的教科書は
内井惣七さんの「科学哲学入門」(世界思想社)でしょう。
大きな書店ではあるかと思いますが、地方の方だと取り寄せになるかもしれません。
非常に明晰に書かれており、著者の立場も明確な形で表現されていて
一部では「日本語の科学哲学教科書のデファクト・スタンダード」とまで呼ばれています。
内井さんは進化論にも詳しく、ダーウィンの進化論も素材として扱っていますのでお薦めです。
それから、クーンやファイヤアーベントなんかの
「新科学哲学」(論理実証主義に対する言い方で今では古くさい!!)系統であれば
H.I.ブラウン (野家啓一訳)「科学論序説−新パラダイムへのアプロ−チ」(培風館)
が、ちと古いですがバランスがとれていて良いのではないかと思います。
入門書・教科書より上のクラスで日本語で手に入るものですと
L.ロ−ダン (村上陽一郎他訳)「科学は合理的に進歩する」(サイエンス社)
B.C.ファン・フラーセン(丹治信春訳)「科学的世界像」(紀伊国屋書店)
あたりは比較的読みやすく、まあそれなりに近い過去の現状を反映していると思います。
古典哲学系統ですが
デカルトの「方法序説」やカントの「純粋理性批判」は確かに古典ですが、
それをいいだすとアリストテレスの「分析論後書」「形而上学」あたりまで
遡らないといけなくなるので
哲学史の参考書で押さえる程度で良いと思います。
構造主義系では私が評価に値すると考えているのはM.フーコーでしょうか、
ポスト・モダン系は科学の理解や引用の不正確さで
例の「サイエンス・ウォーズ」で叩かれていた通りなのでお薦めできません。
科学哲学の範疇に入らない科学論(科学史、科学社会学、科学の文化人類学etc.)もありますが、
古典を含めてそこまで手を伸ばすのは気が向いたらでいいんではないでしょうか。
ここの掲示板の過去ログの、「長谷川氏の勇み足」という記事を
読みました。
長谷川氏でも、あの恐竜を知っていたのか。
長谷川氏が言ってるのは、鳥と恐竜のミッシングリンク等では
断じてなく、ただ「空を飛ぶ能力を持っていたと思われる恐竜」
アーケオラプトルのことです。まぁ、拡大解釈(というかなんというか)
をした、新聞が悪いのかな。
結局、アーケオラプトルはドロマエオサウルス類のシッポと古代鳥の
身体を組み合わせたキメラ化石だったのです。残念。(これだから
中国の恐竜業界は信用できないんだよ。)
あと、始祖鳥ってば、翼竜とか小型肉食恐竜とは、しょっちゅう
誤認されてますよ。
↓過去ログhttp://www.meken.med.kyushu-u.ac.jp/~tosakai/board000412.html
安賀須若人さんに質問です。
自分は「科学哲学」というジャンルがあることすら知らなかったような
人種なんですが、科学哲学へのとっかかりとして(図書館ではなく)本屋で
手に入れることができるような書物で、なにがあるか教えていただけないでしょうか?
加えて、科学哲学入門の為には、デカルト〜カントあたりから、構造主義(ついでに
ポストモダン)まで一通り押さえておかないとアカンのでしょうか?
(だとすると絶望的に道はとほひ)
舞さん>
> すると、その8000万年の間の(ヒトとウマという異な
> る種への)進化は、いったいいかなる分子の進化が原動力と
> なっていたのだろうか?
基本的には発生ステージのシグナル伝達系の量的変異でしょう。
遺伝子そのものの量的変異と、遺伝子の発現量の変異とあるでしょうけど。
種分化の指標になる妊性については、染色体の構造も効いてくると思います。
種分化は適応的な変異が原因とは限らないので、自然選択だけで説明するのは難しいでしょう。
クリスさんの
>独学では見逃しやすい点をご指摘いただきありがとうございます。
(投稿日:8月20日(日)10時03分48秒)
という書き込みを見ての雑感です。
私も進化生物学に関しては基本的に独学です(授業を受けたり、単位をとったりはしてません)。
比較的詳しい科学哲学に関しても(この道に一生を捧げようかと血迷ったことはあるものの)
基本的には独学です。
独学だと陥りやすい勘違いがあったり、重要な見落としがあったりしがちですし、
そういう過ちに対していいタイミングで指摘を受けることがないので、
専門家の議論をフォローするに到るまではかなり時間と努力が掛かるとは思います。
独学の人にとって、こういう掲示板の良いところは、
知識の豊富な人からいろいろ教えてもらったり情報交換のできるところです。
専門分野で生計を立てているプロと素人とを同列視できないのは当然ですが、
独学であっても(=最初は素人でも)、勉強が進めば
専門家の議論に批判を加えたりすることは可能だと思います。
一例を挙げます。
進化生物学の哲学をやると逃せない一人にエリオット・ソーバーという哲学者がいますが
翻訳は多数ある著作中の「過去を再現する」(蒼樹書房)しかありません。
この翻訳は科学哲学者や翻訳家ではなく
農業環境技術研究所の三中信宏さんという系統学の専門家によってなされいます。
三中さんが科学哲学の単位やコースをとっておられたわけではないようですが、
非常に生物学の哲学(三中さんは「生物哲学」と訳されていますが)に詳しい方で
かつて科学哲学に人生を捧げようかと血迷ったことのある私にとっては、
生物学の哲学に関して心から尊敬できる方の一人です。
(というか、科学哲学会の外にこんな人がいるのなら太刀打ちできないなぁという感じです)
こういう匿名性の掲示板でも議論があり時には論争があるのは自然なことと思いますが
匿名性故に十分な責任をもった議論は難しいですから、
情報交換が主たる機能であって、お互いに論理を重んじた意見交換ができればよし、
と考えるべきではないでしょうか。
管理者のNATROMさんがどうお考えなのかはわかりませんが、
一意見として聞いていただければ幸いです。
また、思いつきました。
アシカやオットセイは、このまま何百万年か経ったら、
イルカみたいに完全な水生になりますかねぇ。
あいつらにとって、陸に上がるメリットは、特に無いと
思うのですが。
>多型について平衡説が成り立ちうる条件の一つは
>突然変異遺伝子についてヘテロ接合体がホモ接合型および野生型よりも適応度が高いという
>ヘテロ接合型有利(=超優性)が成立するときです。
なるほど。
>ところが、例の木村の式は「ホモで2s、ヘテロでsだけ、野生型より有利」という前提ですから
>このような超優性を除外して考えられたものです(=取扱範囲外)。
なるほど。結局例の式は「ホモで2s、ヘテロでsだけ、野生型より有利」という前提なしに何にでも使って良いものではない、ということですね。
独学では見逃しやすい点をご指摘いただきありがとうございます。
多型について平衡説が成り立ちうる条件の一つは
突然変異遺伝子についてヘテロ接合体がホモ接合型および野生型よりも適応度が高いという
ヘテロ接合型有利(=超優性)が成立するときです。
ところが、例の木村の式は「ホモで2s、ヘテロでsだけ、野生型より有利」という前提ですから
このような超優性を除外して考えられたものです(=取扱範囲外)。
#超優性以外に頻度依存性選択によって平衡多型が実現し得ると理論的には考えられているよう
です。頻度依存性選択と言う場合には、集団内の頻度に依存して遺伝子型の頻度が多くなると
適応度が下がる場合が考えられているようです(進化ゲーム理論の「タカ・ハト」ゲームも
これに入れて良いと思います。)
論争時代に中立説に反対していた議論のうち多型に関しては、
平衡説からの反対が多かったようですが、超優性がはっきり示された例の方が少なくて、
多型を過途現象と見なす中立説が勝利を収めていったようです。
(記憶が曖昧ですがショウジョウバエを使った大規模実験が行われたように思います)
それと、理想的なアミノ酸配列についてですが、
実は私は学生時代に木村の講演を一度だけ聴くチャンスがあったのですが、そのときに
(木村さんの肉声をきいたことがあるというのは結構な自慢です^^)
「生命発生の初期はともかく、現存している蛋白質は理想的なアミノ酸配列に極めて近い」と
考えているとかいっていた記憶があります(目撃者の証言はあてになりませんが、、)。
現在、正の淘汰が働いている(=非中立的な進化)事が知られている蛋白質の例(MHCとか)
平衡淘汰による多型(鎌形赤血球症とか)が観察されているものは、
感染症に対しての適応と考えられているものが圧倒的に多いので
現存の蛋白質は生化学的な機能としては、ほぼ完成しているものがほとんどというのは
そう間違った推測ではないように思います。
>今まで適応的であった形質が環境の変化によって非適応的な形質になってしまった。
>もし少子化現象が、何世代にもわたって、このまま進むのであれば、ひとが適応できない環境になっている事の現れではないのでしょうか。
新聞などによれば少子化は結婚観や人生観、価値観の変化による所が大きいということですが、
それも環境の一種である(あるいは環境の影響を受ける)といえるでしょうから、見方によってはそう考えることも可能でしょう。
ただ、そう言えるのは「今の環境が変化しなければ、少子化も止まらない」場合ですよね?
>すると、その8000万年の間の(ヒトとウマという異な
>る種への)進化は、いったいいかなる分子の進化が原動力と
>なっていたのだろうか?
これを考えると原始的な自然選択説(形質あるいは遺伝子は適応的なものしか残らない)では、
種の分化や多様性を「地域の分断」のみで説明しなければならなくなりますよね?
あるいは今西氏の「住み分け説」か。。。
今時そう考える人は殆どいないと思いますが、やっぱりそれは無理があるでしょうねえ。
>#理解してもらえるとは期待しないけど、ま、ROMの人もいるだろうし。
私もそれを考えるとなかなか引導を渡せなかったんですが。。。
これからもあの調子なんでしょうねえ。
せめて次の二つの質問にくらいは回答すべきだと思うんですが(自分で言い出したんだから)
1)今でも「文献的根拠のない素人の言うことには何の価値もない」と信じているのか?
であれば「少子化は自然選択説の反証になる」という文献的根拠は何か示せるのか?
2)「異性の好み」などは遺伝すると言えるのか、言えないのか?
>そう考えると、説明が長文になる場合、とりあえず書名や論文名(もちろん出版社名などもですが)を示してそれを読んで
>もらい、その上で理解できなかった点に付いて質問してもらう、というのが妥当と思いますし、他人を介して教わるよりも
>誤解が少ないのではないでしょうか(出典の明示はもう行われているようですが)。
ありがとうございます。誰がどう考えてもそれが順当だと思うんですが。
「人に本を読めとは信じられない」と罵倒?されてしまいました。
何で怒られるんだかさっぱりです。
>私が引用した意見は私も納得して引用しているんですから、とうぜん私が引用した意見の方が正しいと私は考えているはずです。
>ただ、それがどうして「相手に自分の考えを押し付けたことになる」のでしょう?
これは、「自分で論理的にも納得している専門家の意見を引用した場合」のことだと理解しました(論理的に納得していない専門家の意見も引用することはある、と述べていらっしゃいますので)。
私は、JA50さんが、議論において自分の意見のほうが正しいと考えていらっしゃること自体は考えの押し付けには当たらないと考えています。議論する者は、自分の意見が絶対的に正しいと考えているかどうかはともかく、相手の意見よりは正しいと考えているのが自然だからです。
私は、
>一方、自身の引用した意見に対して他者が問題点を指摘してきたときに「素人の判断より専門家の意見のほうが・・・」と答えるなら、
>それは「相手(自分ではなく)の判断より私の引用した専門家の意見のほうが正しい」としていることになりますから、
>相手に自分の考えを押し付けたことになるのは明らかだと思います。
と書いたように、「あなたの意見は素人の意見であるがゆえに、私の引用した専門家の意見より誤っている可能性が高い」と主張し、それを根拠に相手に考えを改めるよう求めるなら、それは考え(ここでは、議論している内容についての意見ではなく、「専門家の意見と素人(である自分)の意見がくいちがったら、専門家の意見を尊重する」という考えを指します)を押し付けたことになる、と考えるのです。
>クリスさんはじめ、私はこう考えている、専門家の本にもこう書いてあると引用しても、自
分の考えを改めない人はいる。
>私にそれ以上そういう人の考えを改める力もないし、するつもりもない。
という文章をそういう意味に解すべきかどうかわからないですし、JA50さんが、私は引用者の責任を果たしてきた、と仰る以上、何も言うことはないのかも知れませんが・・・。
ただ、「専門家の意見はこうであり、彼は専門家であるがゆえに素人のあなたよりも正しい可能性が高い」ということ自体は論理的な反論ではありませんので、それ*だけ*では相手は有効な反論だとは考えないと思いますし、それはやむを得ないと考えます。
その点の態度を統一するのは大変と思いますので、素人の意見が専門家の意見より確からしいという点はとりあえず置いて(全く専門家の意見に敬意を払わない人はいないと思いますが)、それが素人である自分や相手にとって論理的に納得し得るものかどうかに絞って議論をしてはどうでしょうか。JA50さんも、相手が専門家だからといって直ちに「納得」するわけではないとのことですから、それなら議論が成立するはずと考えます。
毎回長くてすみません。
制限次数を超えてしまいました。長いのはこれで(次で)最後にしたいと思っています。
言葉の使い方が不用意だった点がいくつかあったようです。
(以下の書きこみ内の引用部は、JA50さんによる書きこみ、「Re:引用者の責任の所在>無神論者さん」 8月19日(土)16時58分27秒 および、私の書きこみ「引用者の責任の所在」 8月19日(土)01時06分30秒 からのものです)
>私が「その意見に自身が論理的に納得できる」までは、もし引用することがあっても、
>こういうことを言っている専門家がいるという紹介に止めます、ということも。
わかりました。その後の文章と合わせて考えるに、つまり、専門家の意見に納得できない場合は、そちらのほうが正しい可能性が高いと考えつつも、それで納得することはせず、専門家の意見についてさらに調べ、論理的にも納得できるようにする、ということと思います。
世の中には(私も含め)、専門家の言うことを鵜呑みにする人が多いように感じますので、その点敬服します(ただ、納得した上での引用なのかそうでないのか、現実の議論の中ではわかりにくい場合が多いと思いますので、「私としては納得できないが、だれそれの意見は以下のようだ」「だれそれは以下のように述べており、私も賛成である」という一文を付してはいかがでしょうか)。
そう考えれば、相手が自分の意見と異なる専門家の意見を引用したときや、自分の引用した専門家の意見に相手が批判的だったときに、相手に詳しく説明を求めるのは当然かと思います。
「相手に再反論の責任を課すことができない」のくだりは誤解であったようです。
ただ、相手が引用した専門家の意見について質問する場合ですが、専門家の主張について論理的に納得できるものかどうか知るためには、相当量の文章を読まねばならない場合があると思います。その場合、前提となる論理、適用可能な条件などから始めて、結論まで納得がゆくまでの引用なり説明なりを求めると、掲示板上に相当量の文章を書かねばなりません。
ごく短いセンテンス(結論部分のみ、など)を文脈から切り離して引用することの危険性に付いては、このサイトにも実例が挙げられていますし。
そう考えると、説明が長文になる場合、とりあえず書名や論文名(もちろん出版社名などもですが)を示してそれを読んでもらい、その上で理解できなかった点に付いて質問してもらう、というのが妥当と思いますし、他人を介して教わるよりも誤解が少ないのではないでしょうか(出典の明示はもう行われているようですが)。
JA50さん>
> 私が言っているのは、そういう包括適応度などという修正を自然選択説に持ち込まなくても、
> 利他行動の進化を説明できるじゃないかということです。
> 自らの適応度(包括適応度じゃなくただの適応度です)を下げる形質(正確には適応度を1
> 以下にする形質と言うべきなんでしょう)だろうが進化し得ると自然選択説は変わったのな
> ら、利他行動のような形質だろうが自然選択で進化し得るとしても何もおかしくはない。
> そこにわざわざ血縁淘汰だの包括適応度だのを持ち込んで、利他行動でも包括適応度で見れ
> ば1以上になっているから進化しえたんだとする必要はないのでは、と言っているのです。
まるで包括適応度が利他行動を説明するためだけのアドホックな修正といわんばかりですな。
包括適応度は利他行動の存在を説明するだけのものではありませんよ。
そもそも利他行動が問題になったのはそれが存在したからではなく、
「たくさん」例があったからです。偶然にしては多すぎたから問題だった。
そして包括適応度はそれ以前の適応度に対し、
個体の行動と他個体の遺伝子の関係を取り入れた点でより精度の高いモデルであり、
各条件で「利他行動と利己行動のどちらが有利か」ということについても非常に良い予測ができた。
また、膜翅目に限って非常に社会性が多く見られることも説明できた。
だからこそ受け入れられたんです。
#どうせまた分からないって言うんでしょうけどね。
#理解してもらえるとは期待しないけど、ま、ROMの人もいるだろうし。
今まで適応的であった形質が環境の変化によって非適応的な形質になってしまった。
もし少子化現象が、何世代にもわたって、このまま進むのであれば、ひとが適応できない環境になっている事の現れではないのでしょうか。
この4〜5百年で人を取り巻く環境は人為的に大きく変わっています。社会的構造が大きく変わっていると言うことです。実はこれが人の本来の形質にはあわない。であるからして、非適応的な現象がおきている。
この環境はほとんど人為的なものなのでいずれ人為的に解決できるものと多くの人が楽観的に考えてすごしている。
木村資生さんも、今の人の生き方が有害な突然変異を淘汰しない方向に進んでいることに憂慮していたし、今の人の生き方=人の作る環境が、結局、人に悪影響を与えている事を、多くの環境問題を扱っている人たちから指摘されている。長谷川寿一さんも、人の愚かさについてちょっとだけふれている部分もある。
これらのことは人権を含んだ政治的問題なので、生物学や人間行動学の立場からは発言しにくいというのではないのでしょうか。
こと人権に関しては、やたらとヒステリックになる連中がいるからなあ。
ほとんどPeppermystさんの意見と同じ意見になるかなぁ。
やはり下の B)も成立していますかね。
例えば8000万年前に分岐したとされるヒトとウマの
ある機能分子をくらべた場合、違っているアミノ酸は多分
中立な変異であることが多いでしょう(ヒトの配列の一部
をウマ型に換えても機能はほぼ保たれるでしょう)。
すると、その8000万年の間の(ヒトとウマという異な
る種への)進化は、いったいいかなる分子の進化が原動力と
なっていたのだろうか?
多分、(ヒトとウマで)大幅に違う分子か、それともホモ
ローグが特定できないような、種特異的な分子なんでしょ
うかね。とすると、どちらかというと自然選択説の方が、
より説明しやすいかな。
>私もあなたのような方を相手にしているのは無駄なんです。
じゃ、私に絡んでくるのはもう止めなさいって。
私の名前を使うのも。迷惑だから。
>基本的な知識もないのに頓珍漢な口出しをしてくる。
百歩譲っても、それはお互い様でしょう。
>で、それはこうですよと説明することになるんだが、それも理解してくれないと来たら、
>労ばかりでちっとも前に進まない。
説明になってないし、質問を無視するからでしょ。
>あの肝心の箇所の引用をして下さい。
引用したら終わりになる?ウソをついてはいけませんねえ。
実験したら明らかだったじゃないですか。
>それとね、「正しい国語かどうか」って、二重否定の文を正反対に誤解しておきながら、そ
>れは元の文が悪いんだと著者の方に責任転嫁するようなお人に言われてもこたえませんです。
「二重否定の文」て例の木村の文ですよね?
あれは「二重否定文ではない」ことを教えてあげたんですが、気づいてないようで。
お粗末すぎて付き合い切れません。
舞さん>
> B)「現存している分子が、そのたんぱく自身にと
> って理想的なアミノ酸配列に極めて近い」
実際その通りだと思います。
しかしこれは、有利は変異と不利な変異の頻度には影響しますが、
中立な変異の頻度にはあまり関係ないでしょう。中立な変異が多いのは、
酵素活性が極めて限られた領域のアミノ酸配置で決まるということと
アミノ酸が変化しない変異(非転写領域の変異を含む)が多いことが大きいはずです。
> 現存の分子はすでに進化し尽くしている?!
少なくとも、現在の機能に限ってはほとんどがそうですね。
酵素活性などがこれまでに比べて大幅に良くなるという事はまずないでしょう。
人間の酵素だって、単細胞時代から受け継がれてきたものがほとんどですし。
ただし、今までなかった機能では有利な変異が多くなることも考えられます。
たとえば、抗生物質耐性・重金属耐性・放射線耐性など。
一時的に日本に戻っていたのですが、アメリカに逆戻りしてきました。
今どうなっているのか、約3週間もこちらの掲示板を読めなかったので、何がなんだかさっぱりです。
とりあえず、状況を把握してから参戦しますね!
日本で生物系の本やバイオ関係の書籍を購入してこようと考えたのですが、重量と価格の壁に阻まれて諦めました・・・
ではでは!
>引用部分の趣旨は、「JA50さん自身にも考えはあるが、権威者の意見がそれと対立するなら、(その意見に自身が論理
>的に納得できるか否かを問わず)権威者の意見のほうが自身の意見よりもより確からしいと認める」ということでしょ
>うか。
そのとおりです。
そして、私は自分の意見のどこが間違っていたのかを理解したいと思います。
それと、前にも書きましたがこれも理解しておいて下さい。
私が「その意見に自身が論理的に納得できる」までは、もし引用することがあっても、こう
いうことを言っている専門家がいるという紹介に止めます、ということも。
また、自分の見解の根拠として専門家の文献を引用する場合には、引用した者にはその反論
に答える義務があると思います。そして私は、そうしてきたつもりです。自分の主張の根拠
として引用しておきながら、それは引用であって自分のあずかり知らぬことだなどという言
い訳をしたことはないはずです(こういう恥知らずなことをしている人を時々見ます、言い
たいことがあったら著者に言えとか)。
>しかし、「お偉いですね」のくだりは、他人が専門家の主張に対してそれが間違っていると主張することにも批判的な
>ように思われますし、、、
他人というのが素人であれば、これもその通りです。
私は批判的です。この私の態度が「お偉いですね」という感想に結びついているんでしょう。
そして、間違っていると主張している根拠について、その人にいろいろ尋ねたいです。
その答えが頓珍漢なら、その人をトンデモさんの可能性の高い人と私はしますし、逆にその
答えがきちんとしたものなら、私はその人を専門家以上の素人というすごい人なんだろうと
尊敬します。
>前述のような考え方にのっとって行動するなら、他人が引用した専門家の意見に対して疑問を抱いたとしても、その引
>用された意見に対して(引用が不当であるという以外の)問題点の指摘を試みることはできません。「私の見解に反す
>ることをその専門書が述べているのなら、私の見解が間違っている可能性が高い」としなければならないからです。反
>論できないのですから、当然、再反論の責任を相手に課すこともできません(他者同士が議論しているとき、その態度
>について口を挟む場合は別です)。
これが理解できんのです。
私の見解が間違っている可能性が高いとするのはその通りですが、私としてはそれについて
いろいろ質問をしたい。そして、どういうことなのかを理解したいと思います。
しかし、無神論者さんのメッセージを読む前までは、私はクリスさんが引用してくれれば、
この件に関してはもうそれで終わりにしようと思っていました。たぶんクリスさんに引用内
容の説明を求めても無駄だろうと考えていましたから。
ただ、専門書に私の今までの知識とは違うことが載っているという事実は認めねばなりませ
ん。クリスさんが根拠にしている専門書も含め、他の文献にはどうあるのか、いろいろ調べ
て、どういうことなのか理解したいと思います(ただそういう文献が見あたらないんです、
無神論者さんはご存じでしょうか?)。
>一方、自身の引用した意見に対して他者が問題点を指摘してきたときに「素人の判断より専門家の意見のほう
>が・・・」と答えるなら、それは「相手(自分ではなく)の判断より私の引用した専門家の意見のほうが正しい」とし
>ていることになりますから、相手に自分の考えを押し付けたことになるのは明らかだと思います。
私が引用した意見は私も納得して引用しているんですから、とうぜん私が引用した意見の方
が正しいと私は考えているはずです。
ただ、それがどうして「相手に自分の考えを押し付けたことになる」のでしょう?
クリスさんはじめ、私はこう考えている、専門家の本にもこう書いてあると引用しても、自
分の考えを改めない人はいる。私にそれ以上そういう人の考えを改める力もないし、するつ
もりもない。
>いい加減しょうもない個人の中傷は止めたら?
こういう臆面もないことをどの面下げて言えるもんだと感心しますです。
>あなたがそういう所を反省し、改めない限りあなたと議論しても無駄であると判断せざるを得ない。
私もあなたのような方を相手にしているのは無駄なんです。
基本的な知識もないのに頓珍漢な口出しをしてくる。で、それはこうですよと説明すること
になるんだが、それも理解してくれないと来たら、労ばかりでちっとも前に進まない。
ただね、後始末だけはしましょうよ。
あの肝心の箇所の引用をして下さい。
それで、この下らない論争は終わりなんです、だいぶ前から、それも何度も言ってますが。
クリスさんの主張の根拠はこれこれの専門書に書いてあるとあなたは大見得を切ったんです
から、その後始末はしておきましょう。
クリスさんのことだから、もう忘れてしまっているかもしれませんので引用しておきます。
>投稿者:クリス 投稿日: 7月25日(火)12時37分41秒
>1、中立説が形質の進化についても成り立つと考えていること。
>2、中立説では非適応的な突然変異も固定されるとしていると考えていること。
>3、中立説成立以降は、自然選択説では非適応的な形質も広がり固定されることがあると変わったと考えてい
>ること。
>これは全て上に紹介した「進化論」に書いてあります。
それとね、「正しい国語かどうか」って、二重否定の文を正反対に誤解しておきながら、そ
れは元の文が悪いんだと著者の方に責任転嫁するようなお人に言われてもこたえませんです。
へちさんも最初は「単純な勘違い」と取り繕っていたようですが、これではほころびを繕え
ない。
で、「逆の意味でも意味が通じる文」とまで言わねばならないんだから、クリスさんの尻拭
いをするのも大変ですね。
>固定の概念には無限の時間が含まれる、ということは
いや、少なくともあの式の u について、「集団中に出現した1個の
突然変異遺伝子が「究極的に」集団中に固定する確率」と定義
されているわけで、一般的に固定といった場合もそうなのかしら、と。
その辺、私にはようわからんのです。
平衡多型を示す形質はたくさんあると思いますが(実は遺伝子的
にはほとんど全部かも)、そういうのは中立説でどのように扱われ
ているのかが私の疑問でした(それとも扱う範疇の外にあるのか?)。
一方、自然選択説では(s>0なら常に?)u=1ですから、これも平
衡多型はどう扱うのでしょうね。でも、一つの形質に「固定」する
途上、というのもいかにも無理がありますよね。
こちらの方もよく分からない。
>質的には同じ集団です。
質的には同じ集団?
個体数が100の集団と10万の集団が、質的には同じ集団?
どういう意味なんだろう、、、
>信頼性が心配でしたら、その試験を数多くやればいい。
個体数が100の集団で試験を多くやればsの測定値の信頼性が上がると言うんですか?
Nって、サンプル数じゃなく、研究対象になっている生物集団の個体数ですよね。
>また、固定確率u=0.004ということは、N=100の集団が1000あったら、そのうちの4集団はこの不利な突然変異遺伝子が
>固定されている、ということです。
N=100の集団が1000あったら?
集団遺伝学が対象にしている集団というのは、相互に交配しているつまり遺伝子のやりとり
をしている集団ですよね(「生物進化を考える」には「有性繁殖によって結ばれた同種個体
の集まり」とあります)。それもある突然変異遺伝子の固定確率の話をしているんですから、
環境も同じとしておかないと、sを測定してもいったい何を測定しているのか分からないこ
とになってしまう。
そういうN=100の集団が1000あるというのはどういうことなんだろう、、、
>包括適応度と集団の個体数がわかれば、固定る確率が数字ででてきます。
これは興味深いです。
その固定する確率の式を是非教えて下さい。
私はハミルトンの原文は読んだことがありませんし、私が読んでいるのは専門家が書いた解
説書や教科書に過ぎません。そこには言い回しの違いはあれ、「Br−C>0」であっては
じめてそういう行動が進化し得ると書かれています。そうじゃなければ進化しないと。
固定する確率が数字で出てくるというのははじめて知りました。私が読んでないような本格
的な専門書にはあるのかもしれない。是非教えて下さい。
それと、へちさんは私の言っていることをはき違えています。
私が言っているのは、そういう包括適応度などという修正を自然選択説に持ち込まなくても、
利他行動の進化を説明できるじゃないかということです。
自らの適応度(包括適応度じゃなくただの適応度です)を下げる形質(正確には適応度を1
以下にする形質と言うべきなんでしょう)だろうが進化し得ると自然選択説は変わったのな
ら、利他行動のような形質だろうが自然選択で進化し得るとしても何もおかしくはない。
そこにわざわざ血縁淘汰だの包括適応度だのを持ち込んで、利他行動でも包括適応度で見れ
ば1以上になっているから進化しえたんだとする必要はないのでは、と言っているのです。
(遺伝子)と括弧にしたのは、最初はへちさんのメッセージにはなかったからです。
正確には突然変異遺伝子なんだろうと思います。
以下、本文。
まだ理解できない。
ただ、非常に面白い。
>「ほぼ中立」の定義ですが、どうも「突然変異の有利・中立・不利」と「遺伝的振舞いにおける有利・中立・不利」の
>混同が見られるようです。
(投稿日: 7月24日(月)18時35分05秒)
と書いていますので、木村は混同という間違いを犯しているとへちさんは主張していること
になりますよね。
これは非常に興味深いです。
木村のような専門家中の専門家が自分の研究分野について間違いを犯している、それも素人
にも指摘されるような初歩的な間違いを犯していることになるんですから。
どういう間違いなのか、ど素人の私としてもこれは是非知りたい。
前者は淘汰に対してのものでsで表されるというのですから、これはイメージできるんです
ただし、s=0だけを中立としているのはなぜか分かりません、「ほぼ中立の定義」だと言
っているのになぜ0だけなのか?
「遺伝的振舞いにおける有利・中立・不利」というのはイメージもできない。
>一方、「遺伝的振舞いにおける有利・中立・不利」は、遺伝子頻度の時間(世代)変化、集団中の固定確率等に見られる
>集団遺伝学上での遺伝子の振舞いの様式の違いを示しています。
(投稿日: 7月24日(月)18時35分05秒)
これが「遺伝的振舞いにおける有利・中立・不利」のそもそもの定義なんでしょうがイメー
ジできんのです。定義しようとする用語に「遺伝的振舞い」とあるのに、その定義の方にも
「遺伝子の振舞いの様式」と言っている。これじゃ同義反復になると思うんですが。
さらにNe(あるいはN)とsの関数だということですが、どういう関数か「いろいろ考えられ
る」という。定義としての関数が「いろいろ考えられる」とは、いったいどういうことなん
だろう、、
>もしイメージしにくければ、固定確率uが1/2Nに近いときが中立な遺伝的振る舞い、固定確率uが2sで表されるものが有
>利な遺伝的振る舞い、固定確率uがほぼ0で表されるものが不利な遺伝的振る舞いと考えて差し支えありません。
(投稿日: 8月11日(金)21時07分01秒)
ともあるんですが、これじゃP218−9における突然変異遺伝子の固定確率の方程式の結
論と同じじゃないでしょうか。
これでは遺伝的振舞いというのと突然変異の「有利・中立・不利」が結局は同じだと言って
いることになってしまいませんか。
それと下図ですが、遺伝的振舞いの中立はNesの−1より少し右、1より少し左の範囲に図で
はなっているのですが、これはどういう意味を持っているんでしょうか?
Nes : ー -1 |← 0 →| 1 +
突然変異 : 不利 →|←中立→|← 有利
遺伝的振舞い: 不利 →|← 中立 →|← 有利
議論の進みが早いので古い話になりますが、
固定の概念には無限の時間が含まれる、ということは
平衡多型は長い時間があれば結局一つの形質が固定する、その過程であるということでしょうか?
PS)JA50さんへ
>クリスさんがこういうことをやるのは分かりますが、へちさんも同類ということなのか
いい加減しょうもない個人の中傷は止めたら?
あなたの発言は内容の正否以前に、議論の態度や正しい国語かどうかというレベルで複数の人間に批判されています。
あなたがそういう所を反省し、改めない限りあなたと議論しても無駄であると判断せざるを得ない。
掲示板の趣旨と無関係なやりとりですが・・・(しかも長い)。
(引用ここから)
前にも書きましたが、私はその分野における研究者の権威を尊重します。
進化生物学については私は素人です。そういう素人の見解よりもその道に生涯を賭けている専門家の主張をより尊重します。
しかし、これは私がそうだということであって、素人だろうが専門家の主張を間違っていると主張するのはその人の勝手です。お偉いですねというだけのこと。
ですから、クリスさんが持ち出した専門書の権威を、素人である私は尊重します(何度も言いますが「私は」です、他の人にもそうであれなどと言ってはいません、専門家はこう述べているが自分はそれは間違いだと思いたければそうしておればいい)。
ですから、私の見解に反することをその専門書が述べているのなら、私の見解が間違っている可能性が高いとします。
ただし、「自分の判断で引用したなら、反論に答える責任は引用者にあるはずです」という引用者責任をクリスさんには負ってもらう。
(引用ここまで)
(「Re:権威と判断>無神論者5号さん」JA50さん記 8月18日(金)11時53分56秒)
「生涯をかけていれば権威があるのか」という質問が有意義かどうかはともかく(へちさんには申し訳ないですが、私には揚げ足取りのように思えます)。
まず、私が「反論に答える責任」と言ったのは、「あなたの引用した文献には論理的な誤りがある、と指摘されたとき、それに対して論理的に答える責任」のことであって、「問題になっている文章を引用する責任」ではない、とお考えください(とはいえ、出典を明示する責任もある程度ある気はしますが)。
引用部分の趣旨は、「JA50さん自身にも考えはあるが、権威者の意見がそれと対立するなら、(その意見に自身が論理的に納得できるか否かを問わず)権威者の意見のほうが自身の意見よりもより確からしいと認める」ということでしょうか。
JA50さんがその態度を貫かれ、なおかつ他人に押し付ける気がないのでしたら、私としては文句を言う筋合いではありません。
しかし、「お偉いですね」のくだりは、他人が専門家の主張に対してそれが間違っていると主張することにも批判的なように思われますし、たとえそうでなくとも、前述のような態度では、専門家の意見が正しいか否かに関する議論には参加し得ないのはご理解いただけると思います。
「私も、論理的にはあなたの指摘が正しいように感じるが、私は自分の判断よりも専門家の意見のほうが確からしいと信ずる」ということになるからです。
また、引用者の責任について、やや誤解があるように感じます。
前述のような考え方にのっとって行動するなら、他人が引用した専門家の意見に対して疑問を抱いたとしても、その引用された意見に対して(引用が不当であるという以外の)問題点の指摘を試みることはできません。「私の見解に反することをその専門書が述べているのなら、私の見解が間違っている可能性が高い」としなければならないからです。反論できないのですから、当然、再反論の責任を相手に課すこともできません(他者同士が議論しているとき、その態度について口を挟む場合は別です)。
一方、自身の引用した意見に対して他者が問題点を指摘してきたときに「素人の判断より専門家の意見のほうが・・・」と答えるなら、それは「相手(自分ではなく)の判断より私の引用した専門家の意見のほうが正しい」としていることになりますから、相手に自分の考えを押し付けたことになるのは明らかだと思います。
このあたりが、「権威の押し付け」と思われる原因になっているように感じます。
皆さん反応が早いですね。
ただ、お三方とも論拠は1にも2にも A)「有利な mutation の発生頻度は
低く、中立な mutation の頻度が圧倒的に高い」ということにあると
思いますが、これって B)「現存している分子が、そのたんぱく自身にと
って理想的なアミノ酸配列に極めて近い」とかいう仮定が成り立たないと成
立しないような気もしますが。
現存の分子はすでに進化し尽くしている?!
#私も A) は成立すると思っています。
>NATROMさん
リンクをはらせていただきました。
これからも、末永くヨロシクオネガイします。
舞さん>
蓄積するmutationの数は、固定確率と発生確率の積に比例するはずです。
分子レベルでは中立なmutationの発生率が非常に高いので、
蓄積する数も多くなります。
(そういう話じゃない?いまいち流れがつかめません。)
>木村の例の式によれば、S>0のときの方がS=0のときより固定確
>率は高くなるのですから、蓄積した mutation の数は、淘汰に有
>利なものの方が中立のものよりも多くなるはずですが、この辺は
>どのように考えられるでしょうか。
木村の中立説の「肝」とでも言うべき部分ですね!
手許に本がないので(<=オイまたかよ!by myself)、記憶を頼りに書きますので
記号の使い方なんかは、たぶん木村の本とは一致しないと思いますのでご容赦をお願いします。
ある特定の変異Mがsだけ有利でその固定確率がuとすると
(uはsの関数ですから以後u(s)で表します)
ある期間内において変異Mが蓄積する確率は
Mという突然変異が生じる確率f(M)とu(s)の積になります。
Mとそれ以外の有利さがsの突然変異(M’,M”等々)を合わせたものをSとすると
有利さがsであるような突然変異が生じる確率f(S)はそれらの総和
f(S)=f(M)+f(M’)f(M”)+・・・・
になります。
#分子レベルで考えると突然変異は抽象的なものではなく特定の遺伝子産物(=蛋白質)の
アミノ酸置換という具体的に考えれることの可能なものです。
Sに含まれる突然変異の有利さは全てsという同じ値ですので
fをsの関数と見なすことができます。
sの関数f(s)すなわちsであるような突然変異が生じる確率について
1)s>0のときf(s)≒0
2)s<0のときf(s)=k (ただし、0<k<1)
3)s=0のときf(s)=1−k
と中立説では主張します。
ここでkは有害な突然変異が生じる確率で、問題となっている遺伝子によって異なり
生命活動に極めて重要な遺伝子では1に近く、重要さの低い遺伝子では0に近づきます。
(蛋白質として発現しない偽遺伝子ならk=0です)
fは個体単位で考えられた確率ですから
単位時間内に大きさNの集団内でs=0の突然変異が生じる頻度はN×f(0)となります。
(正確に言うとN個体の中の任意の1個体がs=0の突然変異を起こす確率です)
木村の式からs=0(中立)のときu=1/Nですから
大きさNの集団で単位時間内にs=0の突然変異が固定する頻度は
u×N×f(0)=f(0)=1−k
です。
一方s<0であればu=0ですから有害な突然変異が固定する頻度は
0×k=0 (正確にはsについて−∽<s<0の区間の積分をとる)
s>0であればf(s)=0ですから
u×0=0 (正確にはsについて0<s<∽の区間の積分をとる)
となりますから、
突然変異の蓄積速度は集団のf(0)=1−kで一定になります(=分子時計の一定性)
また、kは生命現象にとってのその遺伝子の重要性に依存し、
分子進化の速度は生命現象にとっての重要さと負の相関が予測されます。
実際、突然変異の蓄積数(=分子進化速度)は
生命現象にとって不可欠と考えられる遺伝子発現に関わる蛋白質で小さくて
細胞外への分泌酵素のような生化学的重要性の低い蛋白質で大きくなっており
そして偽遺伝子で最大になるので
s>0のときf(s)≒0とする中立説の主張は概ね正しいと考えられるわけです。
従って、蓄積した突然変異のほとんどは中立であると結論できるわけです。
>ツッコミ始めるとキリがないですよ。
確かにキリがありません。入れられるところにすべてツッコミ入れていくと、
オリジナルの長谷川氏のページの数倍の量になるでしょう。
>別に止めはしませんが。
自分がツッコムのは少々疲れましたが、人がツッコムのを見るのは楽しいから
どんどんやってください。>とらいせら中村さん
>下の、長谷川氏のページの最後の方の文章を読んで下さい。
>
>「大陸の移動速度は推定時速80キロメートルです」と書いてありますが、
>そんな速度で大陸が動いたら、慣性の法則がはたらいて、大陸の上にある
>すべての物が、時速80キロで後へすっ飛ばされると思うんですが、
>長谷川氏は、そこんとこ考えなかったんかいな。
>
>だいたい時速80キロなんていう推定値はどっから出てきたんだろ。
ツッコミ始めるとキリがないですよ。
別に止めはしませんが。
進化速度の計算などでは、有利な突然変異は数が少ないので、無視!しちゃってます。
別の見方をすれば、有利な突然変異をしたものは基本的に別モノとして取り扱っています。
これで答になっているかしら?
>木村の例の式によれば、S>0のときの方がS=0のときより固定確
>率は高くなるのですから、蓄積した mutation の数は、淘汰に有
>利なものの方が中立のものよりも多くなるはずですが、この辺は
>どのように考えられるでしょうか。
突然変異の大部分は有害なものと考えられるので、S>0のときの方がS=0のときより固定確率が高くなるからといって、単純に 淘汰に有利なものの方が中立のものよりも多くなるとは言えないでしょう。つまり、S<=0の場合の方が圧倒的に多いので、固定した突然変異は有利なものの方が多い、とは言えないということです。
とは言うものの、やはり長期的に見れば有利な突然変異遺伝子の方が多くなるでしょうね。
そう、それこそ自然淘汰そのものです。
>>では、自分で間違っていると思える本を引用したり、人に勧めたりするわけですか。
>>そんなものはなんの説得力もありません。
>>自分の判断よりも権威を優先するわけですね。
>>JA50さんがそう考えるのは構いませんが、その権威を押しつけるのは止めて下さい。
>(へちさんの投稿日: 8月11日(金)21時27分52秒のメッセージ)
>
>これはへちさんの勝手な決めつけに過ぎない。
>
>「自分で間違っていると思える本を引用したり、人に勧めるわけですか」と一応疑問形
>式をとっているが(また誰がというのを書いていないのも後の言い訳に使えるでしょう
>し)、私がそうだと決めつけて「そんなものはなんの説得力もありません」と非難して
>いる。にもかかわらず、私がそういうことをしたことがあるのかとの問いには言を左右
>し自分の発言の責任をとらない。
あのですね。
「自分(JA50さん)は正しいと思ったことしか言っていない、と言うわけですね。分かりました。」は、「JA50さんは間違っていると思える本を引用したり、人に勧めたりはしていないと言うわけですね。分かりました。」と同義だと思うんですけど。
だいたい、自分が間違っていると思っても正しいとして扱うかどうかなんて、本人の心の中の問題なので、第三者がわかるわけがないでしょう。その点、私も本人に確認せずに批判したのは少々早まったような気がしますが、その後、
> Re:権威とは>へちさん 投稿者:JA50 投稿日: 8月12日(土)10時57分16秒
>ただし、権威ある本でも、自分が正しいと思わなければ、こういうことを書いてある本
>もあると紹介するに止めます。
を受けて、
>Re:権威とは 投稿者:へち 投稿日: 8月14日(月)12時11分11秒
>自分は正しいと思ったことしか言っていない、と言うわけですね。分かりました。
>少々つっこみ所を誤ったようです。
と訂正し、これで終わったかと思ったのですが、どうやらJA50さんは納得がいかないご様子。
はてさて、私はJA50さんが何をお望みなのか、皆目見当が付きません。
もしどなたか通訳して下さる方がいましたら、よろしくお願いします。
>さらに「自分の判断よりも権威を優先するわけですね」というのを持ち出して「その権
>威を押しつけるのは止めて下さい」と他者をミスリードするレトリックを使っている。
>「押しつける」という、誰もがそれはおかしいと感じる言葉を使って、いかにも私がそ
>うやっていると読む者に思わせるというレトリックを使っている。
>その他も同様。
これも同様。
で、ここからは質問なんですが、
>前にも書きましたが、私はその分野における研究者の権威を尊重します。
>進化生物学については私は素人です。そういう素人の見解よりもその道に生涯を賭けて
>いる専門家の主張をより尊重します。
その道に生涯を賭けている専門家の主張=正しい、という保証はあるのですか?
トンデモさんの中にはその道に生涯を賭けている専門家は珍しくないと私は認識していますが。
>しかし、これは私がそうだということであって、素人だろうが専門家の主張を間違って
>いると主張するのはその人の勝手です。お偉いですねというだけのこと。
>ですから、クリスさんが持ち出した専門書の権威を、素人である私は尊重します(何度
>も言いますが「私は」です、他の人にもそうであれなどと言ってはいません、専門家は
>こう述べているが自分はそれは間違いだと思いたければそうしておればいい)。
ということは、いくらその素人が正しいと思える主張をしても、専門家の主張と食い違っていれば、素人の主張は退ける、ということですか?
それと、
>もしかして誤解されているのじゃないかと思いますので、ちょっと。
>私は権威と判断ということについて、無神論者さんの言っていることとほとんど同意見
>です。どうもそうじゃないと判断されているのじゃないかと、、、
については心配ご無用でしょう。
私が見る限り、誤解はありません。
少なくとも、JA50さんを「自分で間違っていると思える本を引用したり、人に勧め」たり、「その権威を押しつけ」たりする人だと思っている人はいないようです。
木村の例の式によれば、S>0のときの方がS=0のときより固定確
率は高くなるのですから、蓄積した mutation の数は、淘汰に有
利なものの方が中立のものよりも多くなるはずですが、この辺は
どのように考えられるでしょうか。
下の、長谷川氏のページの最後の方の文章を読んで下さい。
「大陸の移動速度は推定時速80キロメートルです」と書いてありますが、
そんな速度で大陸が動いたら、慣性の法則がはたらいて、大陸の上にある
すべての物が、時速80キロで後へすっ飛ばされると思うんですが、
長谷川氏は、そこんとこ考えなかったんかいな。
だいたい時速80キロなんていう推定値はどっから出てきたんだろ。
>NATROMさん
>はい、よろこんで。
だそうなので、はらせて頂きます。
飛鳥昭雄批判につきましては、「飛鳥 昭雄 研究室」が有名で、それによりますと、飛鳥昭雄は「恐竜は哺乳類」と唱えていて、モルモン教徒だそうです。
他にも彼は水星に氷がある(事実)ことから、「太陽は熱くない」と述べております。
>それと、飛鳥昭雄は創造論者らしいですね。
飛鳥昭雄って、確かエホバの信者じゃなかったですか。
もしかして誤解されているのじゃないかと思いますので、ちょっと。
私は権威と判断ということについて、無神論者さんの言っていることとほとんど同意見
です。どうもそうじゃないと判断されているのじゃないかと、、、
>では、自分で間違っていると思える本を引用したり、人に勧めたりするわけですか。
>そんなものはなんの説得力もありません。
>自分の判断よりも権威を優先するわけですね。
>JA50さんがそう考えるのは構いませんが、その権威を押しつけるのは止めて下さい。
(へちさんの投稿日: 8月11日(金)21時27分52秒のメッセージ)
これはへちさんの勝手な決めつけに過ぎない。
「自分で間違っていると思える本を引用したり、人に勧めるわけですか」と一応疑問形
式をとっているが(また誰がというのを書いていないのも後の言い訳に使えるでしょう
し)、私がそうだと決めつけて「そんなものはなんの説得力もありません」と非難して
いる。にもかかわらず、私がそういうことをしたことがあるのかとの問いには言を左右
し自分の発言の責任をとらない。
さらに「自分の判断よりも権威を優先するわけですね」というのを持ち出して「その権
威を押しつけるのは止めて下さい」と他者をミスリードするレトリックを使っている。
「押しつける」という、誰もがそれはおかしいと感じる言葉を使って、いかにも私がそ
うやっていると読む者に思わせるというレトリックを使っている。
その他も同様。
前にも書きましたが、私はその分野における研究者の権威を尊重します。
進化生物学については私は素人です。そういう素人の見解よりもその道に生涯を賭けて
いる専門家の主張をより尊重します。
しかし、これは私がそうだということであって、素人だろうが専門家の主張を間違って
いると主張するのはその人の勝手です。お偉いですねというだけのこと。
ですから、クリスさんが持ち出した専門書の権威を、素人である私は尊重します(何度
も言いますが「私は」です、他の人にもそうであれなどと言ってはいません、専門家は
こう述べているが自分はそれは間違いだと思いたければそうしておればいい)。
ですから、私の見解に反することをその専門書が述べているのなら、私の見解が間違っ
ている可能性が高いとします。
ただし、「自分の判断で引用したなら、反論に答える責任は引用者にあるはずです」と
いう引用者責任をクリスさんには負ってもらう。
>ですから、上記の中原の文を、表現型を変化させる突然変異遺伝子の中には有害で淘汰
>により消えていくものばかりじゃなくほとんど中立な弱有害突然変異遺伝子もあり、そ
>れらが偶然的浮動で集団中に蓄積し、それらが環境の変化によっては自然淘汰に対して
>有利となり云々、と読み取れば筋は通ります。
>
> ただし、上記の木村の仮説は、あくまでも推測です。こういうことも考えられるという
> ものです。
たしかに、こういった仮説は考えられるし、中立説による分子進化と自然淘汰による表現型進化の橋渡しといった位置づけで考えるのであれば、木村がそういったとしてもそう不思議なことではないのですが、この仮説を「いくら中立的な突然変異が起きても、進化にはつながらないのではないか。」というありもしない中立説批判に対する反論として位置づけてしまっているあたりがおかしいと思うのですよ。
NATROMさんの、
>どうも、中原氏はダーウィン進化論がお嫌いなようで、どんな説もダーウィン進化論に
>反対する説であるかのように誤解する傾向があるようです。
という発言からすると、中原氏は中立説を反ダーウィン進化論として位置づけたいがために、最初の木村の仮説をダーウィン進化論を否定するものとして書いているのではないか、と推測しているのですが。
とらいせら中村さん>
>あと、このページに僕のところからリンクはっていいですか?
はい、よろこんで。
権威と判断については無神論者5号さんが至極ごもっともな発言をされているので、
あまり長くは書かないつもりですが・・・
>>一応まともな答を書いたつもりだったのですが、もしそれが不満なら、
>>もう一度質問を書いてくれませんか?
>
>いえ、まともに答えたというのならそれで結構です。
>そういうお方としておつきあいさせていただきます。
だいぶ奥歯にものが詰まったような言い方をしているようですが、言いたいことがあるならはっきり言って下さい。そうでなければこのようなことは書かないで頂きたい。
>そうそう、へちさんは自分の基準としてこう言われていますね。
>>客観的にみて合理性があるか、論理的に誤りがないか、と言う単純なものです。
>
>ここの「合理性があるか、論理的に誤りがないか」というのは誰が判断するんですか?
>
>へちさんの基準だからへちさんが判断するのだと推測しますが、
その通りですが、、、
>それだと全部の権威がへちさんにあることになりますね。
>つまり「自分の判断=権威としているような気がします」と。
なぜこうなるのですか?
自分の判断と権威は別物としています。
たとえ権威であっても、それが間違っていると私が判断すれば、私はそのような主張をします。権威の方が間違っている、と。
ただし、私の判断が間違っている可能性も当然考慮しています。
だから、私の発言に対しての反論は真摯に受け止めるし、議論の末、私の方が間違っていることがわかれば、私の発言を撤回する用意があります。
>そういえば、へちさんは、木村の文をさして、悪いとかなんとか言われていたなぁ。
逆の意味でも意味が通じる文がどうして悪くない、と言えるのですか。
>まぁ、クリスさんの失敗を取り繕うにはこの手しかないでしょうから、しかたないとは
>思っていたのですが、これも「自分の判断=権威」としているお方なら、しかたないと
>いうより至極当然な態度と言うべきかもしれないですね。
なぜ私がクリスさんの失敗を取り繕う必要があるのですか。
多くの皆様から「分子進化の中立説」について、懇切丁寧な解説をしていただき感謝します。私は自分の理解不足に対してはさほど恥ずかしいとは思っていません。それよりも誤解したまま放置せず、皆さんに教えていただいたことを嬉しく思っています。またひとつ知識が増えて、これからの論争を楽しく読ませていただけます。また疑問な点があったら質問させていただきます。
これからもよろしくお願いします。
ふと、思ったんですが、パンダの親指と同じコトが、
鳥、コウモリ、翼竜の翼についても言えますね。
鳥は腕に生えた羽毛、コウモリは4本、翼竜は1本の指
で支えた皮膜で飛びます。どれが良いってワケでもないし。
持ってる物で間に合わせたって感じです。
もともと鳥の羽毛は恒温の小型恐竜が体温を維持する為に
発達させた物でしょうし。コウモリや翼竜は皮をビロ〜〜ンとのばせば
それで良さそうだし。
あとは魚とイルカ(もしくはクジラ)の尾鰭とか。魚は体に対して縦向き、イルカは
横向きについてます。
創造論者は、どう説明するんだろ。「神様は気まぐれなのだ」とでも?
それと、飛鳥昭雄は創造論者らしいですね。恐竜を哺乳類だと言ったので、
恐竜好きの敵。(だと思う)
あと、このページに僕のところからリンクはっていいですか?
読み返すと、まとまりがないので結論が見えにくかったです・・・。
つまり、誰の主張に賛同するか、どの文献を引用するかは自分で判断し、他人からの批判に対しては、自分の責任で、なぜそれが正しいと思うのか答えるのが、望ましい議論の態度だと思うのです。
(これって特殊な意見ですか?)
掲示板の目的(一番上に書いてある)と関係ない書きこみですみませんが・・・。
自分が正しくないと思ったものは肯定的には引用しない、というのはまあ当然ではないでしょうか。
賛同できないものを肯定的に引用できるわけがないですから。
ただ、他人がそれを肯定的に引用したときには、どこがおかしいと思うのか論理的に説明できなければならないでしょう。
相手がその論理に誤りがあると思えば、そこから有益な議論になるでしょうし。
権威者の主張について、正しいかどうか(信ずるに足りるかどうか)自分で判断しようとすること自体は、何もおかしいことではないと思います。
自分が誤っているかもしれない可能性を忘れなければ(=反論に耳を傾けるなら)ですが。
「権威者の意見は常に正しい」というのは、健全な科学の最先端では常に議論がある(=意見の対立がある)ということを考えるとナンセンスだと思います。
もちろん、素人が権威者の意見に疑義を呈するのには慎重でなければならないでしょうが、問題点を指摘すること自体すべきでない、というのは誤りだと思います。
その指摘が素人ゆえの誤解によるものだとすれば、他の人から指摘があるでしょうし(それはこの掲示板の存在意義のひとつだと思います)。
自力で全部勉強してから物を言えというのは無理ですし、それではなんのためにこういう意見交換の場があるのかわかりません。
「疑問を感じるのはお前が勉強不足だからだ」というのは、怪しい宗教団体の決まり文句です。
そもそも、自分で間違っていると思うものに賛同できるわけがありません(道義反復?)。
何に賛同するかについて、自分の判断力をあてにするのは当然でしょう(他にあてにすべきものがあるでしょうか?)
擬似科学の人の問題点は、自分の判断力をあてにした後、他人の説明に耳を貸さないうえ、もっと詳しく調べてみようという態度がない(判断材料を増やそうとしない)ことで、自分で判断することそのものではないと思います。
(へちさんが、「自分の判断=権威」としているなら、それはトンデモでしょうが、権威者の主張が正しいかどうか自分で判断しようとすること自体は正常な人間のやりかたでしょう)
誰かの主張を絶対視して、自分の判断力より優れたものだと信じて疑わないなら、それは狂信だと思います。
相手が批判してきたときには引用元の権威を主張して反論を封じようとし、自分が引用する文献・主張を選ぶに当たっては自身の判断を当てにするなら、それは不誠実な態度だと思います。
自分の判断で引用したなら、反論に答える責任は引用者にあるはずです。
まとまりのない文で申し訳ないですが、しばらく前から感じていましたので。
私も他の方と同じで中原さんの本は、トンデモ本の類とみなしておいた方がいいと思い
ます。
ただし、素人103さんの引用された部分については、私はほぼ正しいと考えます。
ところどころ用語や言い回しが不適切じゃないかと思われる部分がありますが(こうい
うことをやっているからトンデモと言われる)、言っている主旨は正しいと思う。
例えば、「この間に、中立的な変異の中で自然淘汰に対して有利になるものが登場し、
淘汰が働いたときに生き残るというわけだ。」ですが、「分子進化の中立説」の中で木
村が書いていることに対応させて読みとれば間違ったことを書いているとは言えない。
中立的な突然変異が「自然淘汰によって」とか「自然淘汰に対して」などと言うのは矛
盾しています。しかし、、、
「一般に、種内に漂っており環境の変化によって有利となった弱有害突然変異遺伝子が
適応的進化の素材となる。微弱有害な突然変異遺伝子の極限として中立突然変異遺伝子
はそれらの中に含まれるかもしれない」(同書P343)とあります。
ですから、上記の中原の文を、表現型を変化させる突然変異遺伝子の中には有害で淘汰
により消えていくものばかりじゃなくほとんど中立な弱有害突然変異遺伝子もあり、そ
れらが偶然的浮動で集団中に蓄積し、それらが環境の変化によっては自然淘汰に対して
有利となり云々、と読み取れば筋は通ります。
ただし、上記の木村の仮説は、あくまでも推測です。こういうことも考えられるという
ものです。
それと肝心なことは、素人さんが引用されたところは中立説の解説というより、中立説
による分子進化と自然淘汰による表現型進化を橋渡しをしようとした、そういう木村の
仮説の解説じゃないでしょうか。
中立説の定義について木村が「分子進化の中立説」で述べている部分がありますので、
参考にして下さい。「はじめに」のところです。ただし、これについて解説し出すと収
集がつかなくなりますので、解説はご勘弁を。
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読者は「中立説」という語は、「分子レベルにおける進化的変化と多型は、主に、自然
淘汰に関して、ほとんど中立でその行動と運命が主として突然変異と偶然的浮動によっ
て決定されるような突然変異遺伝子によるものであるとする説」の省略であることを理
解しておいていただきたい。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
それとこれですが、「しかし、中立的な突然変異が、どのようにして形質の変化を起こ
すような遺伝子の変化に結びつくのかという点については、説明されていない。この点
が大きな課題である。」、これはどう取り繕いも出来ないトンデモだと思います。
何を頓珍漢なことを言っているのかと。
ご意見、ご要望がございましたら、掲示板か、e-mail:natrom@yahoo.co.jpへどうぞ。