進化論と創造論についての掲示板ログ385

2006年11月10日〜2006年11月19日
このファイルは、掲示板巡回ソフトのログファイルを元に再構成したものであり、投稿時の状態(フォントサイズ、文字の色、リンク等)をすべて反映しているわけではありません。いくつかの書名にアマゾンのアソシエイトのリンクを張らせてもらいました。
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ですね  投稿者:ゆん(♂) 投稿日: 2006年11月19日13時06分

> 進化論って名前だからややこしいんで、「じゃ退化論はないのか?」と,
>つい思っちゃいますが、「変化論」であれば「常に変わりつづけること」と
>して人間の解釈上退化であっても=進化というわけですか。

というわけでいいと思います。

「退化」という表現はあくまで人間の価値基準で言われる事なので、人間から見てどんな変化であろうがそれが生存率のアップに貢献している変化であれば学術的には「進化」とみなされます。たとえば、洞窟性の生物の目が退化するという一般的に見られる現象も、「目という高価な器官への投資が無くなったり感染症の危険が減る」という側面から光の一切差さない環境では生存率を上げる方向への変化になるとみなされており、「進化」に当たります。

というか、学術上の用語として「退化」という言葉を使う場面はあまり無いと思います。どちらかというと通俗用語に近いかと>「退化」


ああ、そうか  投稿者:無能な野次馬 投稿日: 2006年11月19日11時32分

進化論って名前だからややこしいんで、「じゃ退化論はないのか?」と,つい思っちゃいますが、「変化論」であれば「常に変わりつづけること」として人間の解釈上退化であっても=進化というわけですか。

ついでに余談ですが、ずっと前に虫の擬態の話がありましたが、「少しづつ葉脈に似た身体になっていく」という話は私も知っていましたが、どうしても「当然、最初は都合の悪い方にも少しづつ変化していったバカ者同じくらい居たはずで、仮に(可能性としては十分あると思いますが)、少しづつ背中の模様がマクドナルドのMマークになっていった奴なんかは滅びるまで「なんで俺こんなにやたら狙われるんだろう?」と悩んだかと思うと若干の哀れみと失笑を隠せませんが、そんな話有り得ますか?


ミクロは退化でもマクロは進化?  投稿者:無能な野次馬 投稿日: 2006年11月19日11時20分

ああ,もう回答頂いている。
ありがとうございます。

衣笠選手の場合,両親とかその上の世代を見てみないと分かりませんが、サメのように進化が止まっているのか?とも思いましたが、つまり,例えこの先人間の体毛が濃くなったり四足で歩くようになったとしても、それは一度人間という経過を取った以上,外見がいくら○○原人に似てたとしても進化であって学名も変わるということでいいんでしょうか。

>進化とは、生物集団の遺伝的性質が変化することですから。
なるほど。
とはいっても,今度はどれが生物集団の遺伝的性質かどうかを個々の事例を調べなければ分からないということもありませんか?
よく分かりませんが,素人には先の顎の縮小の話でも,日本人全体がやっぱり足が長くなって、顎が小さくなって、親知らずを抜くという悲惨な目にあうというのは『生物集団の遺伝的性質が変化』かと思ってました。

それにしても医学会の進歩は目覚しいのに、歯科だけは原則抜くか削るしかないのは何とかなりませんか?


適応と順応、進化と退化  投稿者:カクレクマノミ 投稿日: 2006年11月19日 1時46分

>『退化論?』

「退化」は、進化の一部です。進化の中で、器官の縮小や、構造の単純化が起こるようなものの事を言います。
例えば、寄生虫の中には消化器官を進化的に失ったものが多くいます。これは消化器官の退化ですが、寄生生活への適応進化でもあります。

>食べ物のせいで顎が小さくなって親知らずや永久歯の減少とかあるのは環境への適応だと思いますが、

遺伝的な変化が伴わない、環境要因による変化は適応(進化)ではなく、順応です。進化とは、生物集団の遺伝的性質が変化することですから。


盲目的な進化論者ですが  投稿者:無能な野次馬 投稿日: 2006年11月19日 1時11分

どうしようもないくらい昭和的顔の長島茂雄から顎すっきりの息子一茂が生まれたことを考えると「進化論は正しい」と思いますが、
同じ昭和のプロ野球でも衣笠(広島)を見た時には『退化論?』とか思います。

食べ物のせいで顎が小さくなって親知らずや永久歯の減少とかあるのは環境への適応だと思いますが、それは先の長島親子(別にどこでも同じだけど)のようにわずか2世代間でも発生するのは『進化論』的な扱いに入るのでしょうか?


数ヶ月前からここを見つけて以来,毎日愛読しています。
でも過去ログを全部見るのは非常につらいです。


本当にそうですね>ユッキーさん  投稿者:クハ72 投稿日: 2006年11月16日21時29分

進化論に矛盾があるのならさっさと指摘して欲しいものですよ。
「馬鹿馬鹿しい」なんて遠まわしな表現を使うくらいならね。


Re:そりゃそうだろうな  投稿者:ギャラリー@勉強中 投稿日: 2006年11月16日20時15分

「価値からフリー」という言い方は、ヴェーバーの眼目である「価値自由」のことです。これは、一定の価値観にまみれざるを得ない人の認識について意識化し(客観化し)、社会現象を自然科学的なモデルとして扱えるようにするための方法でしたよね。
この場合は、自然科学的な事実は「誰でも正確に認識できるもの」として前提されていますが、実はそうでもない。まずは、天動説と地動説、自然神学と進化論、いずれも文化・社会的な価値観に関わる対立だったわけですが、同時にいずれも(誤解を恐れずに言えば)「科学」と呼べるものでした。

さらに「単純なモデル展開」が可能かどうかについては、自然科学の理論依存性が対応するでしょう。
さまざまな社会科学が「形式化・抽象化したモデルで人の存在・歴史を解釈する」のと同じように、物理化学的世界でも、モデル(仮説=理論)を通して「観察事実」を人の側から再構成して理解してきたわけです。ニュートン→アインシュタインも、ピサの落体実験も、19世紀のフロギストン説→酸素説も(枚挙に暇なし)。
経済学理論の変遷も、shinok30さんに挙げていただいた進化の仕組みに対する解釈の過程も、この意味で同様に、それぞれの方法で世界観に関わっていると思います。

論理学に即して言えば、いずれも帰納的な方法で命題を立てるしかなく、「論理学的に証明できない」。だからこそ、
>論理体系を解釈したモデルが現実世界に応用できるだけ
>丸山昌男の論理がモデルと認識されなければ、それが事実かのように誤読される
ということになるのではないでしょうか。


(無題)  投稿者:ユッキー 投稿日: 2006年11月16日15時42分

ようさん、先に進まなさそうなので進化論の矛盾を指摘してください。

馬鹿馬鹿しい進化論など信仰してる人達に「遠まわし」しても無駄な気がします。


抜本的なモデル更新  投稿者:shinok30 投稿日: 2006年11月15日23時01分

>この「新古典派によるモデル更新」は、上記自然科学の場合に比べておそろしく短期間であり、
>しかも、以前の理論の復活ですらある。こうした事が自然科学にありえるのか。

自然選択説を中心としたダーウィニズム→「ダーウィニズム失墜」の時代
→ネオダーウィニズム(総合説)の形成
が正にそうではないですか?

また,自然選択万能的な見解に歯止めをかけた木村資生の「中立説」は,
「(総合説が主流になる前の)古典的集団遺伝学の再評価」とも言えるでしょう


そりゃそうだろうな  投稿者:もう 投稿日: 2006年11月15日11時45分

>「人」が「事実」をどう認識しうるかという角度から言えば、自然科学も社会科学も似たようなものだと思います。
そもそも
>この一筋縄ではいかない課題を追うのは、やはり人の理性に基づくロジックだろうと。
>『論理学』つまり論理体系と、『自然科学』つまり現実世界の事実には、直接的な対応関係がない。
ギャラリー@勉強中さんとオレの話には矛盾していない。
ただ、オレは
>丸山モデルにおけるデモクラシーの判断基準に「作為の契機」がある。
から自然科学も社会科学の認識方法が違うという話をしているだけで、
>「丸山モデル」が十全かどうかはここで論じる問題ではないし、私にはその力もありませんが、
というギャラリー@勉強中さんであるから、「丸山モデル」が不要というなら、採用しなければいいだけだ。
というより、
>「価値からフリー」に近づこうというのが客観化でしょ。
この意味するところは不明だが、ここでの客観化が形式化や抽象化と無縁ならば、
モデル的思考とは、無関係な概念であるということは言えよう。
したがって
>自然科学だって「単純なモデル拡張」なんて、できませんでしたよ。歴史的に。
>自然科学のように、単純なモデル拡張ではすまなくなる。
も、矛盾した話ではなくなる。
普通、論理学は共時的なものであるので、通時的な検証ならばその旨ことわる。
したがって、「歴史性を持つモデルの拡張」は、普通意味が不明である。
つまり、ギャラリー@勉強中さんはおそらく、「単純な」というのを「人」が苦労したかどうか、
という判定基準で否定しているので、オレの話と無関係であろう。
オレは、「単純なモデル拡張」の反対を「抜本的なモデル更新」としている。
(文章の流れでそう思われていると、オレは思っていたが)
であるから、自然科学において「歴史的に」「抜本的なモデル更新」を見れば、オレの話の憑依となろう。
以下その例
・ニュートン力学から一般相対性理論へ
・ピサの落体実験
・天道説と地動説
etc...
結局、この「抜本的なモデル更新」が起こるまでの期間は、「単純なモデル拡張」で事足りたわけだろう。
これは、経済学と比較すれば一目瞭然である。
その例
・古典派からケインズ革命へ
・さらに新古典派
この「新古典派によるモデル更新」は、上記自然科学の場合に比べておそろしく短期間であり、
しかも、以前の理論の復活ですらある。こうした事が自然科学にありえるのか。


敢えてここだけに反応w  投稿者:PDX. 投稿日: 2006年11月15日 7時24分

 ジドムって、モビルフォースガンガルのネタですかいw
 黒い三連星専用メカゴジラって感じの。


はつおんしにくい  投稿者:うに 投稿日: 2006年11月15日 7時23分

>アイシュタインもダーヴゥウィンも
>ヒンディゥー教も


科学も宗教も結局は詰まらない!  投稿者:井筒裕太専用超高機動型ジドム! 投稿日: 2006年11月15日 2時47分

やっぱし!科学の場合はエントロピーの法則もエネルギー保存の法則も相対性理論も進化論も自然科学もアイシュタインもダーヴゥウィンもホーキングも観察事実も実験事実も馬鹿で
唯物論もやっぱし!在り来たり降らないんですよ!宗教の場合も進化論も唯我論も二元論も
唯心論もキリスト教もイスラム教もユダヤ教もヒンディゥー教もジャイナ教も仏教も糞だ!
幸福の科学も創価学会もオウム真理教(アーレフ)もあんまり面白くないし!私は神は信じてないし!私は宗教も信仰も科学も実験も常識も理屈も否定します!やっぱし人類に必要な
存在は宇宙人や異星人にも負けない!非常識の途轍もない力が必要だと思います!決して!
道徳や論理や倫理や理性や真理や規則や法律や証拠では無い筈です!もし人々に獣の如き力
が得られるとしたら!神を信じないのなら!人は何もして好い事になり!欲望と本能のまま
に!獣のように!自分の欲望を満たすようになる!もしそうしたら!宇宙人や異星人の恐怖
にも決して挫けない力が得られるのかもしれない!現在は神仏は消え去って物理法則は通用
しなくなった!本当に人間に必要な技術は全宇宙も全次元も全秘境も恐れなく立ち向かって行く技術なのかも知れない!人間を本当の癒してくれるのは!SFやオカルトや擬似科学や
似非科学やファンタジーやメルヘン名のかも知れないのだよ!誰もが分かっているんです!


「一応」返信  投稿者:ギャラリー@勉強中 投稿日: 2006年11月14日20時30分

「人」が「事実」をどう認識しうるかという角度から言えば、自然科学も社会科学も似たようなものだと思います。
そこでひとつのポイントになる「価値からフリー」に近づこうというのが客観化でしょ。
自然科学だって「単純なモデル拡張」なんて、できませんでしたよ。歴史的に。


一応、返事をするが  投稿者:もう 投稿日: 2006年11月13日21時27分

二人まとめて返事をするが、
様々な疑問が浮かんできたので質問からしてみよう。

[ギャラリー@勉強中さん]
>「矛盾を含むのがあたりまえ」なのではなくて、作為の契機(動機)を知ることでその意味を解明し、「社会・文化を動かす複合的なプロセス」を客観化すること(ダイナミクスとして理解すること)が社会科学の目的じゃないですかね。
[ようさん]
>自然科学と社会科学を「矛盾のあるなし」で対比する事は意味が無いし、誤まっているように思う。
これは、社会的現象を自然科学的なモデルで解釈していいということか?
社会的現象に単純なモデル拡張が可能なのか?
単純には無理だというのが、前のオレの話なのだが。
また、特に「「社会・文化を動かす複合的なプロセス」を客観化すること」の客観化とは何を意味するのか?歴史的客観性なのか?
オレのモデル的思考と客観性の関係はどうだというのか?
それとも、
[ようさん]
>科学であるのかどうか「科学的」であるかどうかにかかっていて、科学的であるかどうかは「論理的」かどうかという意味である。
「論理的」ならば客観的なのか?
さらに、
>論理的という意味は、論理学にある論法に則っているかどうかである。
とは、何の「論理学」にある論法のことなのか?三段論法のことか?記号論理学か?
それとも
>今や「科学的思考」と民主的議論で進むべき方向を探そうと言う訳だ。論理とはそのための道具である。
とすれば「論理」とは対話術のことなのか?
乱暴に言えばオレは、公理系と推論規則をもとにする記号列だと思うが。
これは
[ギャラリー@勉強中さん]
>やはり人の理性に基づくロジックだろうと。
の「ロジック」も同様である。
特に「人の理性」とは何か?テューリングマシンのことか?そうではないのか?
[ギャラリー@勉強中さん]
>自然科学にもいろいろ難しい問題があって、まずは「事実」をどう認識し得るか。
これが、
>「仮説とその検証」というロジック(考え方の筋道)自体、基本的にどのような分野であれ変わらないものでしょう。
ではないのか?
この「仮説とその検証」が
>歴史的に社会・文化的な影響を色濃く受けてきましたから。
受けるのか?
オレは単純に、「再度実験をして同じ結果が得られることを意味する。」と言ったのだが。
同時に
[ようさん]
>自然科学の研究者が事前に「自然は無矛盾」だ、と考えているとしたらその根拠は何か。
の回答になっていると思うが違うのか?
自然科学の研究者は、「再度実験をして同じ結果が得られ」ないことを前提にしているのか?


谷庵さん  投稿者:ゆみちゅん 投稿日: 2006年11月12日20時58分

ハイ それです!肝臓悪いらしいわね。
ただ あらためて考えてみて あれから、茶ッポイ黒い泥みたいな便はないから、大丈夫だと思います。ストレスで胃に出血あったのかしら?もし 本当に皆さんが仰るような 本当に真っ黒な便が出たら 医者へ行くように気をつけます。ありがとうございました。http://health.goo.ne.jp/medical/chart/017.html
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=327158


えっと  投稿者:谷庵 投稿日: 2006年11月12日20時52分

>ただ肝臓のベータ何とかGRLとか何とかの数値が高いから気をつけるように お医者様に 笑われながら言われました。

γGTPかと。


( ´ー`)σ)Д`)ノ <・・・あー  投稿者:えめ 投稿日: 2006年11月12日19時01分

>× ボリスツヌ菌
>○ ボツリヌス菌

ミケさん訂正有難うございます。
謹んで訂正させていただきます。

ヘルモント(ヤン・バプティスタ・ファン・ヘルモント)は小麦と汚れたシャツからハツカネズミが発生する事を実験で確かめた人物でもあったのですね。
実験のテイストが似てるなと思って調べたらまーんま出てきました。

 駄記
 浣腸はね、やりすぎると腸を傷めるのよ、と何かの本で読んだ記憶があります。
何の本かは内緒。


ハイわかりました  投稿者:ゆみちゅん 投稿日: 2006年11月12日18時45分

お医者様でしたか。
気をつけます。黒い便が出た断食は3年くらい前の話です。タールっていうのは大袈裟かもしれませんが、断食後で 食事したら しばらくしてお腹がなって オナラと一緒に プップップッ 黒ッポイ便だったと記憶しています。定期検診もしているから大丈夫だと思います。ただ肝臓のベータ何とかGRLとか何とかの数値が高いから気をつけるように お医者様に 笑われながら言われました。お酒かな?って トホ 当たり…(^_^;)
でも これから気をつけます。どうも ありがとうございます。


誤解なきよう  投稿者:wadja 投稿日: 2006年11月12日18時33分

誰もゆみちゃんが断食した時の便の話を、嘘だなんて言ってませんよ。
世の中でまことしやかに言われる「何年も腸に滞留している便=宿便」は存在しないと言ってるだけです。

ただ、黒いタールのような便が出たのであれば、深刻な出血の可能性があるから注意した方が良いと、JA50さんはお医者さんの立場から言ってるんだと思います。リンク先をご参照下さい。

http://www.med.hirosaki-u.ac.jp/~suga/sgcenter/series2/online2.10.pdf


まじめな話  投稿者:JA50 投稿日: 2006年11月12日17時58分

黒いタールみたいな便が出たのなら、それはやばいです。
ほっといたらあきまへん。

それと、宿便などというのは、ありまへん。
あなたみたいな健康ビジネスというか、不安や恐怖を煽って健康詐欺やっている人たちが作り上げた都市伝説です。

大腸を、本当にきれいさっぱりしたかったら、大腸の検査をする前の強力な下剤を飲んだらいいんですよ。
本当にきれいになりますよ。
近頃ではおいしい製品もできていて飲みやすいです。

でも、そもそもそんなのしても健康になるとかいうもんではない。

便秘の治療をしたいのなら、下剤飲んだらいいじゃないの。
漢方薬にもいいのがあるし、安い薬です。


いやだなあ  投稿者:ゆみちゅん 投稿日: 2006年11月12日17時30分

アノ黒いタールって表現は 誤解為れて仕方ないけんど…皆さん だいたい男性でしょ?女性の微妙な感覚わかってないんじゃないですか?男性は女性と比べて骨盤も小さいし だいたい便秘に悩まされたことなんて一回もないんでしょ
http://www.kaiben.com/

サア だったら一か八か 百聞は一見にしかず、一度 断食挑戦して 宿便?みたいな 赤水みたいなものが 出るか出ないか やって見て下さいよ!

何十年間 一回も72断食した事のない オジサマ方が 発挑戦 素敵素敵です♪イェ〜。
http://www.geocities.co.jp/Beautycare/2308/sub1-dannjiki.htm
気分直しに
http://contents.girlswalker.com/kouyou/


つっこみ  投稿者:JA50 投稿日: 2006年11月12日17時03分

黒いタールみたいな便って、それほっといたらあきまへんで。
すぐ病院(胃腸科)に行かないと。


反射的に。。。  投稿者:ミケ 投稿日: 2006年11月12日15時48分

いやあ、いろいろと面白いですねぇ。

ところで、、、
To えめ さん

× ボリスツヌ菌
○ ボツリヌス菌

と、科学系掲示板の公平さを強調してみる。


違うんじゃないでしょうか  投稿者:wadja 投稿日: 2006年11月12日15時00分

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%BF%E4%BE%BF

あたりを読みましょう。wadjaも今まで(いわゆる)経験者の談を信じて居たのですが、間違いのようです。


えー、だって  投稿者:ゆみちゅん 投稿日: 2006年11月12日14時32分

食事中ならごめんなさい

えー、だって黒いタールみたいな便が出て 本当に スッキリするよ。経験者は語る。
あれ 宿便だと思っていたのに 違うのけ?


今日まで知らなかった>宿便  投稿者:wadja 投稿日: 2006年11月12日10時53分

本当にあると思ってた。

断食については、特に興味も無いので調べたことは
無かったけど、水島新司の「あぶさん」のエピソー
ドに断食の話が出て以来、信じてましたw

世の中には星の数ほどダイエットだの健康法だのが
あるけれど、鵜呑みにするには危険が伴うもんだと
改めて認識しました。今はネットがあるんだから、
最低でも信頼できそうな専門家の意見を幾つか調べ
てからにしたほうが良さそうですね。

書店で平積みにしてある本一冊の知識や、一ヶ月程
度適当に実践した素人の意見を鵜呑みにするのは、
危険極まりありませんな!色付き文字


断食と言えば  投稿者:谷庵 投稿日: 2006年11月12日 9時58分

良く出てくるのが宿便ですね。
ゆみちゃんのリンク先の発言でも宿便に触れています。
でも、宿便というものは想像の産物です。
実際にはありません。

断食しても便が出るのは、分泌物と脱落上皮があるからです。
ずーーっと排泄されずに残っていた宿便があるからではありません。


おすすめ  投稿者:ゆみちゅん 投稿日: 2006年11月12日 8時59分

断食の話書いたから参照してね♪
http://6202.teacup.com/remnant/bbs (*^ω^*)


不食のこととか  投稿者:PDX. 投稿日: 2006年11月12日 7時59分

To えめさん

 2ちゃんねるでもそっち関連のスレとかあったりしますね。
 情報元がX51というところで「あ〜あ」という気分にさせられてしまいましたが。


自分の言動に責任はないの?  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2006年11月12日 1時08分

>俺の嘘とやらを早く証明しろ。

糖尿病が果実食で治ったとかいうチミの発言が本当なら、僕の質問に答えられるはず。
だが何度聞いても答えられにゃー。
永楽氏に診察を受けたことをほのめかしたけど、病院名すら答えられずに、あっというまに嘘がばればれ。

いいかい?
チミは自分の発言が本当であると証明する機会を何度与えられても、まったくそれを行なわないのだにゃ。
それを行なわない理由も述べられにゃー。
だからウソと断定。

また、以前からチミは、家を建てるのも畑を耕すのもエントロピーだの、聖書はアリストテレス論理学で書かれているだのと話にならにゃーウソを喚き散らし、結局訂正もできてにゃー。

チミはね、虚言癖のある最低のカスだよ。
すぐばれるウソを平気でつくような輩に、カス・ゲス・白痴・虚言癖などと本当のことをいったらそれが何なの?
ウソを指摘したら、反論できずに家族へ対する脅迫ととれるような言動をしておいて、何が「言葉の暴力」だい?


訂正  投稿者:えめ 投稿日: 2006年11月12日 1時05分

賞味期限じゃなくて消費期限でした。

消費期限を10日も過ぎた牡蠣を食う…
よいこもいい大人も真似しないでね


はい、みんななかよくねー  投稿者:えめ 投稿日: 2006年11月12日 1時01分

カロリーと言う概念がちょっと話題になっていたので図書館で前から目をつけていた「不食」なる本を借りて読みました。
どうせ物理法則を無視したゴタクを展開するならいっそここまでやってもらいたいものです。

 山田鷹夫なる実践思想家の方が「人間は食べなくても生きられるに違いない」と言う信念で生活しているそうです。
著書の中で彼は食そのものを否定します。
不幸の元凶、老いの元凶、食への盲執は人の進化を阻むのだそうです。
食を断てば体は精妙体へと進化し、人はランナーズハイにも似た高揚感に包まれるのだと。

彼が上げる不食の根拠の一つに植物は水と光だけで生きていられるがありますが、その論拠は1648年に行われたヘルモントの実験だそうです。実験内容と言うのが
柳の若木を200ポンド(約90kg)の土に植え、5年間の間日光と水だけで育てて成長した全ての重量を調べたら土は202ポンドで殆ど変わりはないが、柳は元の30倍に成長した。よって植物は水で出来ている。と言う結論に達した。

…なんかね、小話かなと…いや17世紀の実験じゃなくてそれをドン!と正面に持ち出す所が。
”お前マジ頭いいな”がタダシイ受け方なんでしょうかね、この場合。

他の論拠がクローン羊のドリーについての小説からだったり、千島学説からの引用だったり。
彼は強く信じる事、ポジティブに考える事の大切さを語ってくれます。

著書には様々な体験談が盛り込まれていますが、具体的なデータなどはそれをほのめかすものすら一切なし。ただ体験。ただ本人の記憶。読む人はひたすら彼の様々な体験を聞くだけの状態です。科学らしきものは導入部のみそれも17世紀の実験とか、彼は小ざかしい理屈など歯牙にもかけないのです。ひたすら体験在るのみ。さすが実践思想家ですね。

 例えば彼は腐食の進めという章で自らの消化器官の強靭さを書き連ねております。
腐って糸引いたマグロを食ったが上半身が真っ赤になっただけで納まった。賞味期限の切れた牡蠣を食い、結果普通の生牡蠣より美味かった。考えてみれば味噌も醤油も腐っているんだから、腐っているのが美味いのは当たり前だろう。では何故自分は腐ったものを食べても中毒しないのか。それは胃腸が食によって疲労していないからだ。
きっと不食に慣れた消化器官は一般のそれよりも強靭なのだ!精妙体へと進化した体には毒など効かないのだ。
※牡蠣は賞味期限が1週間過ぎていたけれど見た目も匂いも変化なかったそうで、(どうも滅菌水で数日飼ってから出荷した牡蠣っぽい)更に醤油漬けにして食ったら美味いって…マテ。それは腐食と違うんじゃあないか?あとどうせ中毒の実験するなら牡蠣には醤油じゃなくてボリスツヌ菌だろうと。

まぁ不食と銘打っていますが読んでると結構食べているんですね。尤も殆どが何かの付き合いで、それも数えられるくらいだそうですが。読んでるとけっこうなんやかんやと食っているんですよ。んで彼曰く、食い過ぎには浣腸だそうです。一人に一台浣腸器を!が彼のモットーで、自ら飲みすぎ食べ過ぎの後には必ず浣腸をします(ここで不食について尋ねないように)。
飲みすぎると次の日にはいつも肛門の付近が荒れるとか。彼は原因に食を上げますが、僕は正直浣腸のしすぎだと思うな。

コンビニで菓子を買い食いして反省したりしている所が何やら可愛い。肉欲を断とうとしていたガンジーが時々嫁ハンとイタシちゃってたっつーのを連想しましたが。食べない自分は別に特別な人間じゃない、君達と同じ弱い部分も在る人間なんだよぉと読者に対して決意の敷居を低くしています。

この本の良心的なところはここまで無条件に不食の素晴らしさを謳いながらもこれは冒険であり、実践するなら自分で責任を持てとはっきり言明している点ですね。やはり責任感のある発言はこうでなければ。

彼について(知りたくもないでしょうが)興味の在る方は以下を
http://www.chiebukuro-net.com/fusyoku/


人のアドバイスは理解してますか?>ようさん  投稿者:wadja 投稿日: 2006年11月12日 0時46分

頭に血を上らせる前にやるべきことがあるような気がしますけど。

>ナトロムにも「管理責任」を取ってもらう。

具体的にはどうするつもりなの?


すりかえ?  投稿者:moor 投稿日: 2006年11月12日 0時12分

ようさん、話をすりかえて逃げるつもりでしょうか?


M  投稿者:よう 投稿日: 2006年11月11日23時50分

俺の嘘とやらを早く証明しろ。

出来なければお前のは「言葉の暴力」だ。

自分を抑えることが出来ないようだな。夫婦共に。

ナトロムにも「管理責任」を取ってもらう。友情も在るだろうしな。

ああ、一線を越えちゃったね(笑)。


>wadjaさん  投稿者:うに 投稿日: 2006年11月11日23時43分

さんきゅです。
どうもウチの二人は血の気が多くてワクワクしちゃいましたよ。

きれいな嘘にはドキドキだけど、稚拙な嘘は唾棄唾棄でしてねえ…


特典には弱いのです  投稿者:tema 投稿日: 2006年11月11日23時38分

>(その時は誰か家に来て立ちあってね)
参ります。

>お立ち会いの方には酒なり茶なり御用意しますにゃ(わくわく
生麦酒酵母の酵素が特にヨイと聞いております(嘘)


いい加減にしなさい  投稿者:wadja 投稿日: 2006年11月11日23時28分

ようさんの日本語の下手さ加減は重々承知してるけど、

>証明してやるから、お前の住所を言え。・・・・お判りか?それとも突然お邪魔しても女房殿はお茶出してくれるか?

この文章は読み方によっては、「分かってるか、俺はお前の住所を知ってるぞ、突然押しかけてやる」って脅迫とも解釈できますね。早めに謝罪した方が良いのでは?


特典  投稿者:うに 投稿日: 2006年11月11日23時07分

>(その時は誰か家に来て立ちあってね)

お立ち会いの方には酒なり茶なり御用意しますにゃ(わくわく


夫婦で連投  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2006年11月11日23時03分

はい、永楽氏にどこの病院で診察を受けたかも即答できにゃーわけね。
ウソ決定!


>証明してやるから、お前の住所を言え。・・・・お判りか?それとも突然お邪魔しても女房殿はお茶出してくれるか?

掲示板上で証明しろよ>虚言癖
掲示板上でいえにゃー理由があるのなら、その理由と自分の住所氏名を書いて僕のメルアドに出せよにゃ。>虚言癖
(この投稿ではメルアド分かるようにしてあるにゃ。)
納得いく理由と住所氏名が明かされていれば、僕の方も住所氏名を明かしてもかまわにゃーぜ。
まあ、チミのような虚言癖のあるニンゲンの屑を自宅にあげるとなれば、こちらもそれ相応の用意をする必要もあるだろうけどにゃ。(その時は誰か家に来て立ちあってね)


ま、恵比寿のブルーズバーあたりで、マジック・サムでも聞きながらお話を受けたまわるのもオッケーにゃんがな。(住所がどうこうと、ここでいいだしたのはチミだぜ)


>いいか、「負けること」は男の恥ではない。男のプライドは「負け方・勝ち方」にあるのだ。男を磨けよ。

まったくソノトオリにゃんなあ>虚言癖
今回、チミは最初から「糖尿病が治った」とオオウソをついているにゃんなあ。
最初からウソぶっこくなんて、実は最初から負けを認めているようなものにゃんな。
チミの負け方は男の恥なんてもんじゃにゃーよな。女子供にすら唾を吐かれるような最低の負け。
論理で笑われ、知識もまるでナシ。しかもウソツキ。
反論できにゃーと「住所を教えろ」
こういう最低のカス行為について、ブルーズ聞きながら語りあおうか?


>”3つの下らない真実よりも、一つの綺麗な嘘を・・・”と言ったのは誰だった?

知らん。誤魔化すな。


嘘を嘘と見抜けない人は  投稿者:うに 投稿日: 2006年11月11日22時45分

>お前の住所を言え。

御足労願うのも何だし、必死な人が家に来られるのも嫌なので
恵比寿あたりのブルースカフェで待ちあわせましょうか、と
ウチの宿六も申しておりますにゃー。
みんなでにぎやかにやるのもよいですね。

>お判りか?それとも突然お邪魔しても女房殿はお茶出してくれるか?

んーと。お茶は加熱済みで酵素が壊れてるのでミカンでも御用意するべきかしら。


また言ってもいないことを批判してるし  投稿者:PDX. 投稿日: 2006年11月11日21時27分

To ようさん

 ジャーナリズム?
 そんなことを言った覚えはないが?
 それに、完全に中立で客観的なジャーナリズムなんてあるのだろうかね?

 私は、ただ自分が調べる気になったことを、参考になるかも知れないと思ったから報告しただけのこと。
 私の報告が偏っていても誰も困らないだろうし、疑うなら自分で調べて確認すればいい。少なくとも永楽氏の著書が書店にあれば、手にして読む事ができるのだし。

 私の普段の言動から、私の書き込みに対する信憑性は読み手の個々人が判断してくれればいいだけのこと。あなたが批判をするのは構わないが、それは何もあなただけではなく全ての参加者・読者さんに言えることなのだから今更宣言などする必要もないでしょう?


自分の投稿くらい覚えておけ  投稿者:AH1 投稿日: 2006年11月11日20時36分

>言ってない。よく読んでから文句を言え。

とりあえず
11/1 19時37分58秒
「その上で貴方ご自身が「検証」され明らかにされることでしょう」

11/3 19時44分17秒
「検証には勿論、最先端の機器や多数が必要です」

11/6 0時52分38秒
「とどのつまりは立論された説明原理が検証に耐え得るかどうかの問題ですから」

これだけ言っておきながら、
「最先端の機器その他を用いた多数の研究結果に反する事だらけではないのか?」
という質問に対して「そんなものは信用ならん」の一言ですませるかのような発言は不誠実が過ぎる、と言っている。
具体的な疑念に関してはmoorさんや温泉カワセミさん、shinok30さんが山ほど出している。
私も以前に問いかけた。
せめて、指を動かすエネルギーがどこから来ているかくらい答えたらどうだ?

>科学において「証拠」と言ったら、検証結果の事。だったら「カモシレナイ」などとは言わない。

あなたのヘタレ論理学は最初から無益なので興味ない。
11/6 0時52分38秒の投稿では「仮説は思いつきでもかまわない」と発言している。前に来た時はさんざん、「思いつきの仮説など認めない」とゴネていたのではないのかね?
いつの間に論理学をスリ換えたのですか?

答えに詰まるとすり替え・罵倒・遁走しかできず、それも手詰まりになると「なかったこと」、
具体的な内容は何一つ出せないくせに相手の提示した証拠は見えないフリ、
さらに追求されるとヘタレ論理学に逃げ込む。
そういう奴を、「プライドがない」って言うんだよ。


もうさんへ  投稿者:ギャラリー@勉強中 投稿日: 2006年11月11日20時20分

「矛盾を含むのがあたりまえ」なのではなくて、作為の契機(動機)を知ることでその意味を解明し、「社会・文化を動かす複合的なプロセス」を客観化すること(ダイナミクスとして理解すること)が社会科学の目的じゃないですかね。

自然科学にもいろいろ難しい問題があって、まずは「事実」をどう認識し得るか。歴史的に社会・文化的な影響を色濃く受けてきましたから。極端な言い方ですが、今でも、原子が実在するのかしないのか、それすら、論争の対象です。

この一筋縄ではいかない課題を追うのは、やはり人の理性に基づくロジックだろうと。言いたかったのはそれだけです。


ようさんの『立論』内容に関する疑問点・コメントなど  投稿者:温泉カワセミ 投稿日: 2006年11月11日20時19分

ようさん、ここ数日、仕事が忙しくて、返信が遅くなり申し訳ありません。余裕がないと、どうも険のある文章になってしまうので、書いては消す感じになっとったもんで。


>生活習慣病の予防には、バランスの良い食事、適度な運動、十分な睡眠、・・・。
>細かく言えば、きりがありません。これが今の共通理解でしょう。これには同意してください。先へ進めません。

>つまりはっきりと発病のメカニズムは解明されておらず、推測に過ぎない。
>因果関係を特定して論理的な治療法は行われていない、と言う事になる。

『予防』の話は『抽象的』にはそれで良いでしょう。ただし、この後のようさんの説明には『糖尿病』の話がメインなので、それだけに限定しませんか?

『糖尿病 ⊂ 生活習慣病』ですが、『糖尿病 = 生活習慣病』ではないので、一緒くたに論じては、どちらのことを論じているのかが曖昧になって、正確性が失われます。ですから『発病のメカニズム』も、どの病気のことかによって、話は変わってくるでしょう。

それに、1つ目の段落と2つ目の段落の文章の間は、『つまり』で繋げるほど、明確な論理の流れが不明です。かなり論理が飛躍しているように読めるので、まず、ココを補足して貰えませんか?でないと『論理的な治療法は行われていない』と言う結論には同意はしかねます。


>しかし、最近「酵素」の研究が進み、機能性の分類で言うと「食物酵素・消化酵素・代謝酵素」に分けられる。
>3つの働きは1種類の酵素が行うのか、それぞれ3種類の酵素があるのか定かではないが、酵素を種類別にすれば3000〜4000と推定される。

「食物酵素」というのは、食物内に含まれる、食物内成分の化学変化を引き起こす酵素という意味ですね。コレに加えて「消化酵素・代謝酵素」と言う程度の分類でしたら、別に『最近研究が進んだ』なんて話ではなく、それこそ何十年も前からの常識だと思います。ワタシが食物酵素に関して学習したのは、それこそ四半世紀も前の義務教育の中でしたからねぇ。それだって『食物酵素』なんて大雑把な言い方だけでなく、『アミラーゼ:デンプンの分解』『ペプシン:タンパク質の分解』『リパーゼ:脂肪の分解』程度のことは教えられましたから、最低でもこの程度は解明されてたわけですしね。

それと『酵素の研究』はようさんが仰ってるようなマイナーなものでも最近まで進んでいなかった訳でもなく、例えば下記のリンクをご覧になればお判りのように最低でも100年近くも前から、多くの研究によりたくさんの酵素とその働きが、従来の自然科学的手法により発見・同定されてきているのです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/EC%E7%95%AA%E5%8F%B7

少なくとも、

『どの果実にドレだけの量含まれる、どの酵素がどういう働きをするために、コレコレの効果が期待できる』

と言うような議論が必要になってきます。そうでなければ、専門家にとっては「食物酵素・消化酵素・代謝酵素」程度の分類では、今の酵素研究の水準から言えば、ナニも言っていないのと同じと取られるでしょう。だって、四半世紀前の義務教育レベルの情報すら含まれていないのですから。


それと『3つの働きは1種類の酵素が行うのか』以後の文章は、ナニを意図されているのか良く判りません。もしかして消化酵素が代謝酵素の仕事もすると言うようなお話しでしょうか?これは、ほぼ間違いなく有り得ないでしょう。

酵素の働きは基本的にはある限定された化学反応にのみ関わるもので、あれもこれもと複数の化学反応に関わるなんてことは、今までの酵素研究の話ではあまり聞いたことはありません。

また、そう言うことが可能な例があったと仮定しても、経口摂取した酵素が体内で代謝酵素として働くことは、まず不可能と考えられます。基本的に酵素はタンパク質から構成されており、健常な人間の場合は、消化管からそのままの形で、代謝酵素が機能している細胞内や血液中に吸収されることが出来ないからです。


>食物内の酵素の量は、動物性食品よりも植物性食品に多く含まれる。

これは、種類・濃度のいずれでしょう?それとも両方ですか?それはどんな種類のものですか?


>果実には人間が必要とする栄養素は全て含まれている。

この「必要とする栄養素」の「全て」を量的に検討すると、ドレだけになるのでしょう。種類だけあっても足りないとイケませんからねぇ。


>故に人間体内の酵素によって消化しなければならない。
>その事は代謝に携わっている酵素にも消化作業への動員がかかっている。

文章の前半はOK。でも、それが常態であり、異常なことだとは思っていませんが。

後半に関しては不同意。先ほども述べたように、1種の酵素が複数の化学反応に関わるとは思えません。少なくとも消化という作業において酵素が関わる化学反応と、体内における代謝で関わる化学反応は全く違うものです。たとえ動員を掛けられても何の役にも立たないでしょう。

また、これも先ほど言いましたが消化管内の酵素がアミノ酸まで分解されずに細胞内や血液内に入り込めないのと同じく、細胞内や血液内の代謝酵素が消化管内にはいることが出来るとは信じられません。よって、これは成り立たないでしょう。


>生活習慣病の症状は「排泄機能」の衰えと言われている。

コレはドナタがどんなところで仰っているのでしょう。ハッキリ言って、ワタシはこのような話は、ようさんのコメント以外で見たことも聞いたこともありません。少なくとも『糖尿病』と『排泄機能』の関係をもっと詳しく示してください。


>つまり代謝作業の遅れである。

『代謝作業』と『排泄機能』の関係が不明瞭です。ようさんが仰る排泄機能とは、具体的にはどのことを指していますか?


>以上の事から、人間の食性は、同じ哺乳類の人間に一番近いとされるチンパンジー、マウンテンゴリラ、オランウータンと同様に果実食・葉食にあるべきである。

先述の『ペプシン』と言う『酵素』に着目して、類人猿と人間の比較研究を行った例の結果が、下記のリンクに掲載されています。ワタシは専門ではないので、その内容の正否の判断は出来ませんが、少なくとも専門家の研究は、この程度のレベルなのでしょうから、コレに対する反論も、同じ水準のデータや理論を持って行わねば、議論にすらならないでしょうね。

http://anthro.zool.kyoto-u.ac.jp/evo_anth/symp9911/narita/narita.html

その中では『植物に含まれるフェノール性物質にはペプシンに対する活性阻害効果がある事が知られて』いるとされており、哺乳類において胃粘膜抽出液の『比活性量(総プロテアーゼ活性量/総可溶性タンパク量のことらしい)』と『食性』には相関があり、『植物食(単胃)>雑食、昆虫食>肉食、植物食(反芻胃)という傾向がある』が既知とされています。

この考え方からすると、人間の場合はオランウータンなどとは異なり雑食・昆虫食のエリアに入る模様です。この研究者は、人間は、かなり肉食に近い食事に適応していると主張しているようです。

ワタシも、その盲腸の短さなどから、人間があまり植物食は得意ではないだろうと推測はします。


これで、前回のようさんのワタシへのご回答への疑問点やコメントは、だいたい書いたかな。細かいことを言えば、もっとありますが、大枠ではこんなモンですね。


相変わらずの長文失礼。


PDX.  投稿者:よう 投稿日: 2006年11月11日19時50分

>別にあなた向けの書き込みではなく、掲示板の参加者や他の方向けの記述のつもりです。
 永楽氏の著書についての報告とかも含めてね。

ほほう、人様の為の書き込みとな。
それは言わば、このサイトの「ジャーナリズム」を買って出ようと言うのだな。志が高いな。感心した。俺はてっきり「俺を誹謗中傷するため」と誤解していたようだ。

そうであれば、もうちょっと論理学をやらないと責任問題が生じる。無責任な発言は単なる「扇動」に陥るからな。

俺も今後は「ジャーナリズム批判」をさせてもらうよ。でもお前に中立性・客観性があるのかね。

>M

お前、「症状」が進んでいるな。大丈夫か?
証明してやるから、お前の住所を言え。・・・・お判りか?それとも突然お邪魔しても女房殿はお茶出してくれるか?

”3つの下らない真実よりも、一つの綺麗な嘘を・・・”と言ったのは誰だった?


もうさん  投稿者:よう 投稿日: 2006年11月11日19時38分

こんにちは。初めまして。

自然科学と社会科学を「矛盾のあるなし」で対比する事は意味が無いし、誤まっているように思う。地球上の生物は死を迎えるために誕生する。このことの意味は勿論今の自然科学では説明出来ない。宗教学の範疇。

自然科学の研究者が事前に「自然は無矛盾」だ、と考えているとしたらその根拠は何か。それこそ、聖書に在るように「絶対的存在、万物の創造主」を前提としているとしか言いようがない。

>>論理のみが暴走してしまうでしょう? ある種の宗教のように。

かつては、呪術や占いに頼り闇雲に「伝統主義」を貫いてきたのだね、近代以前は。しかし、今や「科学的思考」と民主的議論で進むべき方向を探そうと言う訳だ。
論理とはそのための道具である。故に「論理の暴走」はありえない。論理は道具であって意志は持たない。

「論理の暴走」がかつての共産主義運動やコミンテルンの戦略などを指しているのであれば、それは論理が暴走したのではなく、「権力が暴走」したに過ぎない。

ここで何度も書いたことだが、ノイマンが何と言おうとも、科学であるのかどうか「科学的」であるかどうかにかかっていて、科学的であるかどうかは「論理的」かどうかという意味である。論理的という意味は、論理学にある論法に則っているかどうかである。

故に、自然を対象とすれば「科学」であるのではなく、社会、文化はもとより「オバケ」「オカルト」の類でも十分に「科学的姿勢」で臨むことは出来る。それが科学として成立するかどうかは、導き出された理論による。

今の経済学などは、進化生物学などよりも遥かに「科学的」である。


前にも言ったけど  投稿者:PDX. 投稿日: 2006年11月11日19時26分

>俺にそんなに興味があるか?

 別にあなた向けの書き込みではなく、掲示板の参加者や他の方向けの記述のつもりです。
 永楽氏の著書についての報告とかも含めてね。


恥知らずで下劣なウソツキよう  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2006年11月11日19時21分

>ま、余談程度の事。

えええ!
あれだけ大騒ぎして、俺は治ったんだもーん、と喚いていたのが、「余談」なの?
ウソがばれたらまず謝れよ>カス
すぐばれる低級なウソをついておいて、何が「鬼の首を取ったようにはしゃいで、みっともない」だと?
ウソが下手なのは知能が低い証明だぜ>白痴


>俺が永楽氏に診察を3年前に受けていた、と言ったらどうかね。(笑)

でも受けてにゃーんだろ?>ゲス
ウソの上塗りか?>虫けら
ウソでにゃーというのなら、3年前にどの病院で永楽の診察を受けたか即答してみろ。

糖尿病だったというのなら、そもそも僕の質問に答えられるだろ?
ウソだから答えられにゃーんだよな?>虚言癖


ほら、質問にこたえろ

1)チミが果実食をはじめたのは、永楽氏の「偏食のすすめ」を読んでからだよね? 他のナチュラルハイジーン関連の著作の話題はチミからは出てにゃーからそう判断しているんだけど。

2)果実食をはじめる前のチミの糖尿病はどういう病状だったの? 何年くらい糖尿病を患っていたのか、どの程度の重さだったのか、できれば病状をはかる代表的な数値を出して教えてくれにゃーかね?

3)果実食をはじめる前の食生活はどうだったの?

4)果実食をはじめて、どのくらいの期間でどういった効果が出たのかにゃ?
  また、「治った」というのはどういう根拠で誰が判断したの?


おっと、お仲間を一人忘れていた。  投稿者:よう 投稿日: 2006年11月11日19時05分

>PDX.

俺にそんなに興味があるか?俺は魅力的な男だからな。議論と言うのは、人格攻撃じゃない。
温泉カワセミさんにも言ったが、観察事実の信憑性とか俺の人格とかプライバシーとは関係なく、議論しましょうと提案してる。そこんところを判れや。

俺が治った治らないと関係なく、議論しようと言うのだよ。俺が治った、と言ったのは理論的に矛盾がなく、観察事実の信憑性について確証を得るすべもなければ、自分で検証してみれば良いだけの話で、ま、余談程度の事。

>M
それをなんだ?鬼の首を取ったようにはしゃいで、みっともない。女房殿の苦労を思うと胸が痛む。

あのさ、どうでもいい事だが、俺が永楽氏に診察を3年前に受けていた、と言ったらどうかね。(笑)


AH1  投稿者:よう 投稿日: 2006年11月11日18時56分

>言ってなかったっけ?

言ってない。よく読んでから文句を言え。

科学において「証拠」と言ったら、検証結果の事。だったら「カモシレナイ」などとは言わない。
「地球は46億年前に誕生したと考えられている」・・・・これについては「証拠」は何もない。理論もない。憶測と願望だな。

お前も、勉強中の学生も、ヨゴレのMと谷も武道やフェアプレーの精神を培うスポーツをやって来てないな。プライドがなさ過ぎる。
いいか、「負けること」は男の恥ではない。男のプライドは「負け方・勝ち方」にあるのだ。男を磨けよ。


ギャラリー@勉強中さんへ  投稿者:もう 投稿日: 2006年11月11日15時12分

レスがあったので、また礼儀として返事をするが、
実際、こうしたオレの考えがあなたに役立つかどうかまでは保証できない。
そのつもりで、以下を読んで頂きたい。

>自然科学も社会科学も近代哲学も思想も、「現実世界」をそれぞれの方法で説明するためにあるものです。
ここでの両者の相違点を以下の2つと考える。
1.自然科学の対象である自然は無矛盾だが、社会科学の対象である社会は矛盾を孕む。
2.再現可能性
[1.について]
>社会・文化そのものを動かす複合的なプロセスを追う
この場合、自然科学においてはその大前提として各プロセス同士が矛盾することはないので、
矛盾が発生した場合は、モデル設定がおかしいという判断が容易に下せる。
しかし、社会科学においては、各プロセス同士が矛盾することは「作為の契機」により、あって当然である。
その場合、
>「モデル」を介して段階的に理解を深めていく
ことは不可能か、不可能でなくても自然科学のように、単純なモデル拡張ではすまなくなる。
勿論、モデル設定がおかしい可能性もある。
これが
>「では何故、赤穂浪士が吉良邸に討ち入ったか?」(論理の方法より)
つまり、幕府における全体主義と封建主義の矛盾が露呈された結果なのである。
[2.について]
>「仮説とその検証」というロジック(考え方の筋道)自体、基本的にどのような分野であれ変わらないものでしょう。
は、「検証」における基本的な考え方が変わると考えられる。
なぜなら、
自然科学において、再現可能性は、再度実験をして同じ結果が得られることを意味する。
これは、自然科学において絶対的な前提である。
しかし、社会科学において、たとえば、宗教学的な仮説を証明するのに、
>論理のみが暴走してしまうでしょう? ある種の宗教のように。
を学者が検証と称して、再現するのは大変な問題、というより反社会的ですらある。
(予断だが、この制約から社会科学は科学ではないと考える人間もいたらしい。フォン・ノイマンあたりがそうだと聞いたことがある)

つまり、上記2ケースの場合において、
>「現実に沿った」解釈を提示しなければならない。
これは正しいとしても、
解釈の提示方法そのものは、見掛け上、全く正反対に見えると考えられる。


再度横レス失礼  投稿者:AH1 投稿日: 2006年11月11日14時58分

shinok30さん宛だってのはよくよくわかってるけど、その上で聞きますよ。

>反論にならない。「証拠」って言うのは単に「学者の言葉」でしかない。

あのさー、酵素について質問されたら「酵素の働きについては今後も研究が必要」って言ってなかったっけ?
今回は珍しく検証がどうこうとも言ってなかったっけ?
(念のために言っておくけどshinok30さんが挙げている「証拠」ってのは
「検証の結果、理論から予測された結果に合致する」
「そしてその検証された結果十分に確からしい仮説を取り入れてさらに理論が組み立てられている」
という意味において十分な証拠だぜ?)
ナチュラルハイジーンが学会でコンセンサスを得ているとも言ってなかった?

検証だの学会だの研究だの、自分で言い出しておいて否定するの?


最初は検証を持ち出しておいて、旗色が悪くなったらまた「俺様論理学」に引きこもり?
まあ、それならそれでいいけど、現実との接点を持った科学を扱うなら、現実から目をそらすなよな。


Re: D型ウェルシュ菌  投稿者:AH1 投稿日: 2006年11月11日14時42分

shinok30さん

すいません、聞く前に菌株くらいチェックしとくべきでした。

>ヒトの豚腹も
>豚肉を一気に食べることによって,腸管運動の停滞等が起きて,
>D型菌が異常増殖することによって起きるのではないでしょうか?

なるほど、リンクして頂いた羊の急性致死性の病気は示唆的ですね。
食事内容の急変や腸内細菌群の組成がウェルシュ菌の増殖に関わるということですね。
ありがとうございます。


ああッ! 書かれてしもたあ・・・  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2006年11月11日10時31分

>ようさんがこの本以外にナチュラルハイジーン関連の書物を読んでいないのだとしたら、一ヶ月以内で糖尿病が治ったなんて判断するのは早計もいいところで、せいぜい短期間のリンゴダイエットで減量ができたから表面的な諸症状が治まったように見えているだけという気がします。

そうなのだにゃ。
僕も出版年月日のことに気づいたので、ようくんにかまをかけて質問をしたのだけどにゃー。
PDX. にネタばれされてしまったあああああああああ(不覚

しかしまあ、かまをかけてみたら(いつものことだけど)華麗にスルー。都合の悪いことは徹底無視のようくん唯一の戦略が炸裂だあッ! 病状すらいえにゃーみたいね。
どうやら、糖尿病だったとかいうこと自体もウソなんでにゃーのかと思われますにゃ。

ウソを平気でつくってのは、論理以前にゃんな。
かまってやる価値もにゃー虫けらの類いだにゃ。


疑問点  投稿者:PDX. 投稿日: 2006年11月11日 9時01分

 ようさんが永樂和重氏の本を読んで、進化論との矛盾云々という書き込みをしたのが10月 9日(月)21時14分56秒の記事です。
 でもこの「新健康学『偏食』のすすめ」の奥付の日付って2006年10月なんですよね。(Amazonでもそう記載されていますhttp://www.amazon.co.jp/gp/product/4905706076)
 出版物の奥付の日付は、実際の発売日の翌月の同日を記載するのが通例?ですので、実際に書店に並んだのは2006年9月のどこかでしょう。
 つまり、ようさんが件の記事を掲示板に書くまでの間には最大一ヶ月の期間しかないわけです。
 また、発売日当日に購入したのでなければその期間はもっと短くなるでしょう。

 もし、ようさんがこの本以外にナチュラルハイジーン関連の書物を読んでいないのだとしたら、一ヶ月以内で糖尿病が治ったなんて判断するのは早計もいいところで、せいぜい短期間のリンゴダイエットで減量ができたから表面的な諸症状が治まったように見えているだけという気がします。
 しかも、その短い期間の間に焼き肉やら寿司やら食べているようですし。


良い人考 その2  投稿者:Kosuke 投稿日: 2006年11月11日 7時07分

2chなんかで「踊れや、見ててやるから」というようなレスが付く事がありますよね。

ようさんの場合、呆れながらも粘り強く付き合ってくれるあげる人と、横目でチラッと一瞥して、「あんな下手な踊りは観てられん!」とさっさと通り過ぎる人と、本当に「良い人」は、さてどちらでしょう?(笑)

さらには、「お前の踊りは、こういうところが決定的におかしいんだ。今の踊り方を続けていると、こんな変な事になるけどいいのか?」とまで言ってくれている人も居るんですけど、はたしてこの人は「悪い人」ですか?

ひょっとしてようさんの脳内には、「わ〜、ようさんって踊り上手いですね〜」とか言ってくれる人が、広いNETの世界のどこかには居てくれるかもしれない、というような妄想がありますか?

仮に、俺は他人の評価なんざ求めてはいない、と言うのなら、このようなことは書かない方が良いと思うんですけどね。↓
> 俺への冷笑・嘲笑を帯びた投稿は、俺にとっては軽蔑に値する。
> ま、Mよりは遥かに良い人、と言うのには同意するがな。


D型ウェルシュ菌  投稿者:shinok30 投稿日: 2006年11月11日 5時59分

>単に祭の時だけ豚肉を一気に食べるために、その時期だけ特異的に感染症が起こるという理解で良いのでしょうか。

>>ウエルシュ菌にはA型からE型までありますが,通常の食中毒を起こすウエルシュ菌はA型です。
>という部分から考えて、普段は肉食をしないせいで非病原性のウェルシュ菌が腸内に少なく、
>競争が起こらないために摂取されたA型ウェルシュ菌が繁殖しやすいといった理由も考えるべきなのでしょうか?

通常,ヒトの食中毒を起こすウエルシュ菌はA型ですが,
他の菌型でも毒素を産生する病原性のものもあります
(海外では「F型による食中毒もある」と書かれたサイトもありますが,
 そもそもF型という菌型を認めない(C型に含める)という立場もあるようです)
しかし,基本的にB・C・D・E型は家畜などの発症に関係します

>§4.ウェルシュ菌(Clostridium perfurigens)
>生体内毒素型食中毒:細菌が腸管内で増殖又は芽胞形成時に毒素を産生し、その毒素により発症する。
>毒素はA〜E型に分類、A型---人の食中毒に関与
>B・C・D・E型---家畜などの発症に関係、また芽胞形成時にはエンテロトキシンを産生する。
http://www.mac.or.jp/mfa_file/syousai.htm
>ウェルシュ菌の分類
>産生毒素によってA型、F型に分けられる。
>外国ではF型が報告されているが、わが国ではA型のみ発生している。

>・A、B、C、D、E、F型が存在するが、食中毒を起こすのはA型とF型であると
>いわれている。
http://homepage3.nifty.com/takakis2/saikin.htm
>この菌はグラム陽性の芽胞形成菌 で、その産生する毒素からA〜E型の5型に分けられている
>(かつてF型という菌型があったが、現在これはC型菌に入れられている)。
http://www.asama-chemical.co.jp/KIN/CP/CP.HTM

例えば,消化管内に常在するD型菌が,
綿羊の突然死を引き起こすことがあり,
発病のきっかけは飼料の変化や食べ過ぎ・運動不足による腸管運動の停滞による異常増殖です

>子羊の急性致死性の病気について
>1)病原菌と症状
>クロストリジウム属のウェルシュ菌
>消化管内にあるD型菌は通常、一定量より増えず害を生じません。
>しかし、飼料の変化や、食べ過ぎ、運動不足などによる腸管運動の
>停滞がきっかけとなり、菌が異常に増殖します。腸管内微生物の成育環境が変わり、
>腸管内部がウェルシュ菌の増殖に適した環境に変化するためと考えられます。
http://jlta.lin.go.jp/book/sheep/kiji/22_02.html

ヒトの豚腹も
豚肉を一気に食べることによって,腸管運動の停滞等が起きて,
D型菌が異常増殖することによって起きるのではないでしょうか?


ただのホラだからな  投稿者:谷庵 投稿日: 2006年11月11日 5時14分

人間はリンゴだけ食ってりゃいきていけるとよう は言う。
すべての栄養素がそろっているとよう は言う。
でも、成分表は決して出さない。
ホラだからだ。

リンゴだけ食ってりゃ糖尿病が治るとよう は言う。
俺が証拠だとよう は言う。
でも、いつからどれくらいの期間、リンゴ食を続けたのか、よう は言わない。
どのような糖尿病が、どのようになって治ったと判断したのか、よう は言わない。
ホラだからだ。

よう の正体は、
ホラ吹き男爵芋だったのだ。


ようさんへ  投稿者:moor 投稿日: 2006年11月11日 2時15分

>「反論」するなら「矛盾箇所」を示せ。或いは「ここからここが飛躍だ」とかさ。

一言で言えば、どこを「矛盾箇所」として指摘すればよいのかわかりません。
指摘できるような「箇所」がありません。
なぜなら、全編が矛盾や飛躍どころの話ではないからです。
論文で言えば、リジェクトしてもらえるだけありがたいというレベルです。
ようさんの例の書き込みが論文だとしたら、査読者にそのままゴミ箱へ捨てられても文句は言えません。

とりあえず、「拙速ですが」という書き込みをご覧下さい。


気分でウソをつく馬鹿へ  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2006年11月11日 2時03分

僕は ようくん の論理矛盾をきっちり示しているにゃんが。
糖尿病が治ったというのが本当ならば、以下の問いに答えられるはず。

そして僕は親切にゃんが。ウソツキをウソツキといってあげているから。

さあ、ウソツキようくん。下劣なようくん。
果てしなく頭が悪く、しかもウソをつくことを何とも思わにゃー劣等種のようくん。
ほーら、答えてごらん?

1)チミが果実食をはじめたのは、永楽氏の「偏食のすすめ」を読んでからだよね? 他のナチュラルハイジーン関連の著作の話題はチミからは出てにゃーからそう判断しているんだけど。

2)果実食をはじめる前のチミの糖尿病はどういう病状だったの? 何年くらい糖尿病を患っていたのか、どの程度の重さだったのか、できれば病状をはかる代表的な数値を出して教えてくれにゃーかね?

3)果実食をはじめる前の食生活はどうだったの?

4)果実食をはじめて、どのくらいの期間でどういった効果が出たのかにゃ?
  また、「治った」というのはどういう根拠で誰が判断したの?


moorクン  投稿者:よう 投稿日: 2006年11月11日 1時33分

「反論」するなら「矛盾箇所」を示せ。或いは「ここからここが飛躍だ」とかさ。

気分でものを言うな。

ついでに一言。

「丸山モデル」のモデルとは、「抽象化合理化された理論の事」だ。よ〜く読み込むように。言葉の使い方が変だよ、お二人とも。


論理?  投稿者:moor 投稿日: 2006年11月10日23時52分

ようさんwrote:
>論理、だよ。

あのような、論理のかけらもない「【推論】」なるものを見せられた後では、
その言葉もむなしく響きますね。


言ってるそばから  投稿者:wadja 投稿日: 2006年11月10日22時37分

自分でタイトル間違えてりゃ世話無いな…
○正しくしてくれる人
×正してくれる人


良い人とは、自分の間違いを正しくしてくれる人  投稿者:wadja 投稿日: 2006年11月10日22時34分

ようさんへ

>自分にとって利益的な他人に対しては「良い人」として振舞える、と言う事だな。

ようさんは時々他の人の発言について、「言葉がおかしい」と批判することがありますよね(直近の温泉カワセミさんに対する、自分が間違えた上での失礼な発言とか)。しかし「自分にとって利益的」なんて日本語を、推敲もせずに使う人は、そういったことをしてはいけません。見ててあまりに滑稽です。

>進化論との矛盾に関して本格的議論はこれからだ。

遅すぎると思いますよ。より重要なテーマを、後回しにしてどうするんですか?本当に議論のやりかたを理解していない人ですね。この掲示板の大半の人には、ようさんは反論ができないで逃げ回っているとしか見えないと思います。

>どなたかが、便の臭いがなくなると言うような事を言っていたが、オナラも出なくなるぞ。

便の臭いの原因を考えればごく当たり前の話ですが、ようさんにとっては大発見なのですか?オナラ自体、食べる量が減れば減少する可能性が高い。その理由が知りたければ、

http://www2.health.ne.jp/library/5000/w5000489.html

でもご覧下さい。

>頑迷なwadjaはやらないだろうがね。

ようさんは憶えていないでしょうが、wadjaはナチュラル・ハイジーンへの評価は保留しています。その上でようさんから貰ったアドバイスに対しては、「今のところバランス良い食事と適度な運動で健康には不自由していません」と、試みない理由を説明しました。さて、どっちが世の中では「頑迷」と呼ばれるか理解できますか?


良い人  投稿者:Kosuke 投稿日: 2006年11月10日21時55分

自分にとって良い人ってどんな人だ?とか、考えだすと結構悩むよね。

基本的にここの皆さんは、ようさんに対してこれでもかってくらい親切で優しいと思うけど。


もうさんへ  投稿者:ギャラリー@勉強中 投稿日: 2006年11月10日19時44分

これは大変失礼しました。私の思い込みです。お詫び申し上げます。

ただ、せっかく投稿頂いて、私なりの感想を述べることも意味のないことではないと思うので、ちょっと書いてみます。

私は、世界理解のツールとしてのロジックについて言っています。
人の社会・文化を扱う科学・思想も、「丸山モデル」であれ何であれ、社会・文化そのものを動かす複合的なプロセスを追う仮説(モデル)だと捉えています。
この点で、「丸山モデル」が十全かどうかはここで論じる問題ではないし、私にはその力もありませんが、「仮説とその検証」というロジック(考え方の筋道)自体、基本的にどのような分野であれ変わらないものでしょう。

>『論理学』つまり論理体系と、『自然科学』つまり現実世界の事実には、直接的な対応関係がない。

この表現自体はある意味その通りですが、自然科学も社会科学も近代哲学も思想も、「現実世界」をそれぞれの方法で説明するためにあるものです。
物理化学的世界を説明する自然科学と、価値判断を含む社会・歴史モデルはアプローチの仕方は異なりますが、いずれも厳密な方法論を持ち、「現実に沿った」解釈を提示しなければならない。そうでなければ、論理のみが暴走してしまうでしょう? ある種の宗教のように。


shinok30さん  投稿者:よう 投稿日: 2006年11月10日18時39分

心の不安定→不眠 故に 心の安定→睡魔・・・とは「短絡」。

反論にならない。「証拠」って言うのは単に「学者の言葉」でしかない。
論理、だよ。


wadja  投稿者:よう 投稿日: 2006年11月10日18時36分

良い人ねぇ。(笑)
自分にとって利益的な他人に対しては「良い人」として振舞える、と言う事だな。
俺への冷笑・嘲笑を帯びた投稿は、俺にとっては軽蔑に値する。ま、Mよりは遥かに良い人、と言うのには同意するがな。

進化論との矛盾に関して本格的議論はこれからだ。まず新栄養学を遡上に上げて認めてもらわないとな。しかし、論理が通じない連中との議論は骨が折れる。

「体調不良」のレベルが違う。絶好調ではない、と言う状態の事だ。
果実好きは結構なことだ。食後のデザートで食べる事が多いのか?
果実と他の加熱食品などと胃の中で一緒になると、果実の糖質の吸収が遅い分、食物の腐敗を促進させる時間が増える。つまりガスの発生量が増える。

どなたかが、便の臭いがなくなると言うような事を言っていたが、オナラも出なくなるぞ。
頑迷なwadjaはやらないだろうがね。


勘違い  投稿者:もう 投稿日: 2006年11月10日15時54分

一応、オレにレスらしきものがあったので礼儀として返事をする。

>よう=もうさんへ
オレは「よう」という人物ではない。両者の発言を見て、何故そう判断されるのか不明だし、そのことに興味もない。
事実だけを言う。
「丸山モデル」で、この掲示板がひっかかった。
見てみると、「丸山モデル」、「小室直樹」、「論理の方法」について、
何やら熱を帯びた議論があった。
それで、「丸山モデル」を(ユークリッドみたいに)より徹底的な形式化をしてくれる人がいたらいいなあ、
とダメモトでしただけの投稿であるが、
どうやら、完全にオレは勘違いしたようだな。

あと一言、モデル的思考について書く。
>自然科学が扱う物理科学的世界も、人が紡いだ文化も、認識するのは人。
この発言が正しいと仮定する。しかし、丸山モデルにおけるデモクラシーの判断基準に「作為の契機」がある。
よって、「自然科学が扱う物理科学的世界」と「人が紡いだ文化」は、認識する仕方が異なる、というのが、「丸山モデル」である。
したがって、
>どんなに『論理学』的に武装しようと、客観的事実と反しているものを採用しないのが自然科学です
つまり、
>論理体系を解釈したモデルが現実世界に応用できる
だけであるから、「丸山モデル」の理解という事実に対して、
「自然科学が扱う物理科学的世界も、人が紡いだ文化も、認識するのは人。」というモデルを採用するのは、正しくても意味がない。
これが、
>『論理学』つまり論理体系と、『自然科学』つまり現実世界の事実には、直接的な対応関係がない。
ということである。
同様に、
>どちらも複雑で、直感的には理解しにくいので、「モデル」を介して段階的に理解を深めていくわけです。
も、この発言が正しいと仮定しても、「では何故、赤穂浪士が吉良邸に討ち入ったか?」(論理の方法より)
という問題の解答を与えるモデルにならない(詳細は割愛)ので、不採用。
モデル的思考とは、こうしたものであるから、
>丸山真男の論理がモデルと認識されなければ、それが事実かのように誤読されるのだと、小室センセーの『論理の方法』に書かれているのである。


ご意見、ご要望がございましたら、掲示板か、 e-mail:natrom@yahoo.co.jpへどうぞ。


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