外交の基本は相手国の嫌がることをすることだ

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宇宙論や量子論と違って、ゲームの理論で政治・社会を読み解くというのは納得できる部分があります。しかし、ここでも紫藤ムサシ先生はきわめてユニークな論理を展開しています。もちろん、その裏には、「ゲームの理論を持ち出して、都合のよい思想を押し付ける奴らに気を付けろ」というメッセージが込められているのです。たとえば、タカ派外交を推し進めたい思想を持った人が、ゲームの理論を持ち出したときに、私たちの正しい対応はどういうものでしょうか1)

 1) ”Aさん(A国)”が「ハト派・外交」を提示したとして、”Bさん(B国)”も「ハト派・外交」で応じた場合、「両方とも”2万円”もらえる」ものとします。ハト・ハト=A:2万円・B:2万円ですね。
 2) 次に、”Aさん(A国)”が「ハト派・外交」を提示したとき、”Bさん(B国)”が「タカ派・外交」で応じたとき、「A:0円・B:3万円」と規定いたします。ハト・タカ=A:0円・B:3万円ですね。
 3) 今度は、”Aさん(A国)”が「タカ派・外交」を提示したとき、”Bさん(B国)”も「タカ派・外交」で応じたとき、「両方とも”1万円”もらえる」ものとします。タカ・タカ=A:1万円・B:1万円ですね。
 4) 最後に、”Aさん(A国)”が「タカ派・外交」を提示したとき、”Bさん(B国)”が「ハト派・外交」で応じたとき、「A:3万円・B:0万円」と規定いたします。タカ・ハト=A:3万円・B:0万円ですね。
 そこで、お聞きします。”Aさん”である「あなた」はどう行動しますか?あなたが「一国の外務大臣」である場合、どういう「外交戦略」を取りますか?「タカ派・外交」ですか?「ハト派・外交」ですか!?
 多分、日本人である”あなた”は「”1)”の”ハト派・外交”が一番いい!2+2=4だから、どの組み合わせよりも”双方に最大の利益”をもたらすからだ!」とお答えになるでしょう!
 でも、それは「(ゲームの理論では)不正解!・外交官失格!」です!!!  正解は、3)の「タカ派外交」です!

言葉だけでは分かりにくいので表にしましょう。セルの中身はあなたの利得が書かれています(「あなたの利得」がすなわち「相手の損失」ではないことに注意)。

タカ派・ハト派外交ゲーム

相手
ハト派タカ派
あなたハト派かなり良い(2万円)非常に悪い(0万円)
タカ派非常に良い(3万円)かなり悪い(1万円)

先生はコメント欄で「この記事は”囚人のジレンマ・ゲーム”を解説した記事ではありません。この記事は”ゲームの理論”の中の”タカ派・ハト派理論”です」と知らない振りをしていますが、実は囚人のジレンマ・ゲームと同価のゲームです。表にするとこう。

囚人のジレンマ

相手
協力背信
あなた協力かなり良い(懲役1年)非常に悪い(懲役10年)
背信非常に良い(無罪)かなり悪い(懲役5年)

確かに、一回限りのタカ派・ハト派外交ゲーム(囚人のジレンマゲーム)では、タカ派外交を選択するべきです。先生は、知らない振りして

「相手があるということ・相手がどう出るか予想すること」が「ゲームの理論」の最大のポイント・肝心なところです!

などとおっしゃっていますが、実のところ、一回限りのタカ派・ハト派の外交ゲーム(囚人のジレンマゲーム)では、相手の出方を予想する必要はありません。相手の出方に関わらず、常にタカ派を選択するべきです。相手がハト派であれば、タカ派を選んで3万円を取ればいいし、相手がタカ派であっても(合理的な相手ならタカ派を選ぶだろう)、こちらはタカ派を選んで1万円を確保するべきです。では、やっぱりタカ派外交が基本なのでしょうか。tomorinさんが、コメント欄で

ハト派同士なら2万円とか、ハト派とタカ派なら0と3万円というルールは実際にありませんし、何か似たものを想像しようとしてもできません。ルールを勝手に変えることはフェアではありませんが、違った金額配分にすればハト派が正解となることもあるのではないかと考えてしまいます。

と質問しています。tomorinさんは、かなり正解に近いところまで来ています。たとえば、ある国が隣国と戦争を行うかどうか判断する必要に迫られたとしましょう。タカ派・ハト派の外交ゲームと異なるところは、両国ともに戦争を選んだ場合には、全面戦争の消耗戦になってしまい、非常に悪い結果しか得られないことにあります。表にするとこう。

平和外交/戦争ゲーム

相手
平和外交戦争
あなた平和外交かなり良い(2万円)かなり悪い(1万円)
戦争非常に良い(3万円)非常に悪い(0万円)

この利得配分だと、「相手がどう出るか予想すること」が非常に重要になります。必ずしも戦争が良いとは限らず、全面戦争を避けるために、平和外交を選択することが正解になる場合もあります。実は、先生はこういう例まで予想して、ちゃあんとヒントをくれていたのです。「核による武装がかえって争いを回避させるという論には確かに一理あるのである」というジョン・メイナード・スミスの言葉を引用しています。メイナード・スミスは、竹内久美子と違って、ちゃんとした進化生物学者です。核武装が争いを回避させるのは、全面戦争のコストがきわめて高くつくことにあります。表にするとこう。

全面核戦争ゲーム

相手
平和外交戦争
あなた平和外交かなり良い(2万円)かなり悪い(1万円)
戦争非常に良い(3万円)非常に悪い(-1000万円)

利己的に利益を追求するプレーヤーが、1000万円のコストを支払う危険を犯して、たった1万円の差額を取るために戦争を選択するでしょうか。かような状況では、平和外交を選択する強いインセンティブが働きます。金額の設定を変えるのはルール違反だと思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、元のタカ派・ハト派の外交ゲームの金額設定のままでも、「国家の戦略」としては、「タカ派・外交」が”基本”なのだという結論が誤りであることに気付かせる重大なヒントを、先生は出しています1)

 「数回の対戦では”タカ派・戦略”が有利!」
 「数十回から数百回の対戦では”しっぺ返し戦略”(やられたら、やり返す戦略)が有利!」
 「2000回以上の対戦では”ハト派・戦略”が勝利する!」
 ということが「コンピューター・シュミレーション」で確かめられております!
cover
■つきあい方の科学―バクテリアから国際関係まで 反復囚人のジレンマのシミュレーションを行った科学者自身による本。

ああ、先生は、外交は一回(あるいは数回)限りの対戦ではないということを私たちに気付いて欲しかったのでしょう。隣国である中国・韓国とは、好む好まざるに関わらず、これからも長い期間付き合わなければなりません。これは、反復囚人のジレンマゲームに似ています。相手がタカ派行為をとるときに限り、こちらもタカ派行動をとるという戦略(しっぺ返し戦略)が有利になることが予測できます。シミュレーション(先生が、「シュミレーション」と書いているのは、もちろんわざとです)によれば、しっぺ返し戦略をはじめとして、反復囚人のジレンマゲームにおいて成功する戦略は、けっして自分からは背信しない、「気のいい(nice)」戦略なのです。相手が利己的に行動するとしても(というか利己的に行動するからこそ)、こうした戦略は成功するのです。

つけ加えれば、囚人のジレンマやタカ派・ハト派の外交ゲームと違って、実際の外交では相手と交渉することができるという点があげられます。お互いにハト派戦略を選択することで長く両者の利益が上がることを理解してもらうことによって、利己的な相手からもハト派戦略を引き出すことができます。そうした相互理解を阻害するような行為(「悪魔の中国大陸:食人鬼」などと、ブログで口汚く相手国の悪口を書くこと、など)が、結局、私たちの愛する美しい日本の利益を損なうということこそ、先生が真に言いたかったことです。

さらに先生は、ゲームの理論を使ってイデオロギーを押し付けてくる人たちは、外交が基本的にゼロサムゲームではないことを意図的に隠していることを教えてくれます。野球やサッカー、チェスや将棋など、一方のプレイヤーが勝利すれば、もう一方のプレイヤーが敗北するようなゲームは、ゼロサムゲームと呼ばれます。先生は知ってて言いませんが、ゲームの理論においては、ゼロサムゲームとノンゼロサムゲームの区別は重要です。外交その他、現実の社会においては、ゼロサムゲームよりもノンゼロサムゲームに対応するものが多いのです。タカ派・ハト派の外交ゲーム(囚人のジレンマゲーム)も、平和外交/戦争ゲームも、ノンゼロサムゲームです。先生は、私たちが自分たちの力でそのことに気付くよう、ヒントをくれているのです2)

 1) 外交の基本は ”相手国の嫌がること” をすること!
 野球でもバッターがストレートを待っていたら、相手投手はフォークボールかカーブでも投げて、打たせないようにするのがセオリーです。

賢明な読者であれば、外交と野球が異なることに気付くはずです。外交であれば、お互いが協力することで利益を得られることもあるでしょう。相手が利己的なプレーヤーであってもです。外交においては、ゼロサムゲーム的な状況におちいったその時点で失敗と言えます。なぜなら、その場合、相手国は「日本の嫌がることをすること」を基本としてくるでしょうから。利己的な相手国からも協力を引き出せるような状況を作り出すことこそ、外交の腕のみせどころです。ゼロサムゲームしか頭にない単純な馬鹿がゲームの理論を振りかざして外交や政治を語ることがいかに危険なのか、先生のおかげでよくわかります。

 「利己的なプレイヤー同士が相手の戦略を想定し、自己の利益を最大にするための ”合理的な意思決定” とは何か?」
 を探る研究ということになります。
 簡単に言いますと
 「いかにして対戦相手に勝つかということの 数学的研究・ 証明 」
ここでも同様の間違いを、先生自ら示してくれています3)たとえば、反復囚人のジレンマゲームにおいて、「しっぺ返し戦略」は、けして直接の対戦相手に勝つことはありません。よくて引き分けです。しかしながら、対戦相手からうまく協力を引き出すがゆえに、総合的には有利になるのです。ゲームの理論は、「いかにして対戦相手に勝つかということの 数学的研究・ 証明」ではないことは、ちゃあんと先生は理解しています。その証拠に、アイスクリーム・ケーキの配分においては、「対戦相手からの勝利」にこだわっていないところをみせています4)
 夏の暑い日、留守番の兄・妹が”ご褒美”の「アイスクリーム・ケーキ」を分ける相談から、このゲームは始まります。
 注意する点は
1) 長い時間・交渉していると”アイスクリーム・ケーキ”がどんどん溶けてしまうこと。
2) たとえ”公正な分配”を求める場合でも「実力行使(腕力・武力)」を使ってはいけないこと。あくまで、”平和的な交渉”のみで問題を解決すること
 です。
 では、まず妹が兄に”(ケーキの)自分の欲しい分”を言い、「兄がそれを認める」か、「認めない」かの選択の場合を考えて見ましょう。
 妹の提案
1) ケーキを半分ずつ分けましょう。
2) ケーキを全部・自分のものにしたい!
 さあ、「ゲームの理論」では、どちらが”正解”でしょう?
 正解は「2)の”妹がケーキを全部・自分のもの”に出来る!」です。
 「エ〜ッ?ど〜して!ど〜して?そんな”エゴイズム”が通ってしまうの?!」とお怒りになられるお方も居られましょうが、「ゲームの理論」は倫理学・道徳論ではないのです。

最後通牒ゲームと言われているやつです。妹がとるべき選択について、しょっぱなから先生は間違えていますが、わざとです。兄が合理的な判断を行うと仮定するならば、妹がとるべき選択は、ケーキを全部自分のものにすることではなく、兄の取り分をほんの少しだけ残すことです。たとえば、妹の利益:99  兄の利益:1です。そうすれば、兄は拒否して1の利得を失うよりも、妹の提案を受け入れるでしょう。先生の回答のように、妹が全部とってしまうと、兄は拒否しようが受け入れようが同じなので、拒否されるかもしれません。先生はきっと、「拒否しても受け入れても同じだけど、妹のために提案を受け入れよう」と兄が考えるだろうという、”甘い期待”を抱く「日本の平和主義」を批判しておられるのでしょう。
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■囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論 半分はノイマンの伝記だが、ゲームの理論を学ぶのに信頼できる本だと思う。囚人のジレンマゲームだけでなく、その変形や、利得配分を変えたチキンゲーム(当ページの平和外交/戦争ゲーム)、シカ狩りゲーム(両者協調が「非常に良い」結果をもたらす)などを考察している。

さて、最後通牒ゲームを持ち出した先生の真の狙いは、ゲームの理論が「いかにして対戦相手に勝つかということの数学的研究・証明」などではないことを、私たちにはっきりと示すことです。兄にとってみれば、妹に勝つのは不可能ですが、引き分けに持ち込むのは簡単です。また、野球のように「対戦相手が嫌がること」を行うべきなのであれば、兄はいかなる提案も拒否するべきです。ノンゼロサムゲームである最後通牒ゲームを例に出すことによって、「外交の基本は ”相手国の嫌がること”をすること」などという主張がいかに愚かであるかよくわかりますね。さすが先生です。

最後通牒ゲームにはさらに面白い性質があります。実際に人がこのゲームを行うと、提案をする側も、提案を受ける側も、単純にゲームの理論が予測するような合理的な行動をとらないのです。詳しくは■ゲーム理論批判(後編:最後通牒ゲームでの事例) がまとまっているので参照してください。人がなぜ必ずしも合理的な行動をとらないのかについては、進化心理学的な説明が試みられておりたいそう興味深いのですが、そこまで書く時間はありませんので、ここまでにします。

まとめです。先生の真に言いたかったことは、ゲームの理論の都合のよいところだけをつまみ食いして、自分の信奉するイデオロギーにあった外交戦略がさもよいものであるかのようにみせかける、エセ科学・学問に注意しようということです。先生のおかげで、馬鹿右翼が「外交の基本はタカ派戦略、相手国の嫌がることをすることである」などと言いはじめても、

などと、科学的・論理的に反論できますね。


ご意見、ご感想のある方は掲示板へどうぞ。反対意見を「ストーカー」と決め付けて削除したりしませんのでご安心を。
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2005/11/17作成
2006/01/10最終改訂

引用元URLリスト
1) http://houkoku.air-nifty.com/busi/2005/05/post_4b0a.html
2) http://houkoku.air-nifty.com/busi/2005/10/post_742b.html
3) http://houkoku.air-nifty.com/busi/2005/10/post_a881.html
4) http://houkoku.air-nifty.com/busi/2005/05/post_a9b8.html