起源をめぐるいろいろな考え方

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我々の起源を説明する説にもさまざまなものがあります。分類することで、このページで批判の対象となっている創造論者がどのようなものか、はっきりさせておきましょう。

進化論
少数の単純な生物が長時間かけてさまざまな生物に変化したという説。科学的に正しいとされている。どのように進化が起きたかについては論争はある。

理神論
神が自然に生命が誕生し、進化するように宇宙を創造したという説。神の関与はビッグバンの瞬間だけで、あとは自然の法則にまかせるがまま。進化を否定しないし、地球の年齢には十分に古いと認める。

有神論的進化論
進化は確かに起こったが、物質的なメカニズムではなく、神が常に働いて現在の生物たちのように進化させた。進化を否定しないし、地球の年齢には十分に古いと認める。

創造論(古い地球論)
聖書の一日は単純に24時間ではなく、長い時間をかけて神は創造を完了させた。種はそれぞれ創造された。進化は否定するが、地球の年齢には十分に古いと認める。エホバの証人の創造説はこれに含まれる。

創造論(新しい地球論)
聖書の一日は24時間であり、6日間で神は地球を創造した。進化は否定する。地球の年齢は1万年以下であると信じている。アメリカ合衆国で進化論を公立学校からの教育から締めだそうとしているグループが支持している創造論である。

どの説を信じようと、それは批判の対象にはなりません。信仰の自由は尊重されるべきだからです。しかし、「進化論は科学的に間違っている」「創造論は科学的に正しい」という主張は批判の対象になります。ここでは、創造科学だけでなく、エホバの証人の主張も批判の対象になっています。両者は創造を信じていることは共通していますが、例えば地球の年齢については意見は一致していません。読者は創造論もさまざまであることを覚えておいてください。エホバの証人も批判の対象に加える理由は、「進化論は科学的にも間違い」という主張が含まれているからです。

厳密には、進化論批判が悪いと言っているわけではありません。進化論は科学的仮説なのだから批判・検証にさらされてしかるべきです。しかるべき根拠に基づいた批判はいいのですが、「進化について誤解したうえで的外れな批判をすること」「証拠に基づかない説を科学と主張すること」は困り者です。

それぞれの領分を侵さない限りは、宗教と科学は本来対立するものではありません。信仰批判ではないことを明記しておきます。繰り返しますが、信仰の自由は尊重されるべきです。信仰の対象としてふさわしいかどうかは、科学は決めることができません。しかし、創造論者の一部は「創造論は科学だ」と言っています。これは宗教が科学の領域を侵しています。


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2000/01/24
2004/08/8最終改訂