多種類化学物質過敏症は公認されたか?

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インターネット上で、1999年に多種類化学物質過敏症はアメリカ政府とアメリカ医学アカデミーから公認を受けたとか、1999年にアメリカ政府、アメリカ医学アカデミーが「多種化学物質過敏症に関する同意事項」を発表したという記述を散見しますが、これは正しくはありません。

この記述の根拠となる情報は、

Multiple Chemical Sensitivity: A 1999 Consensus(多種類化学物質過敏症:1999年の合意事項)
http://www.heldref.org/html/Consensus.html

です。この合意事項のどこにもアメリカ政府と医学アカデミーの公式なコメントであるという記載はありません。Liliane Barthaさんや、William Baumzweigerさんなどの個人名はありますが。これは「公認」なんてものではなく、単に臨床環境医の間での合意事項Consensusに過ぎないのではないでしょうか。いったいなぜアメリカ政府の合意事項なんて誤って伝わったのでしょうか?

確かにこの1999年の合意事項には、government studies in the United States(合衆国における政府の研究)the 1994 consensus of the American Lung Association, American Medical Association, U.S. Environmental Protection Agency, and the U.S. Consumer Product Safety Commission(アメリカ肺協会、アメリカ医師会、アメリカ環境保護局、そしてアメリカ消費者製品安全委員会の1994年の合意事項)という記述があります。しかし、これは引用に過ぎません。アメリカ政府の研究を引用したからといって、アメリカ政府による同意事項になるわけではありません。要するに、アメリカ政府やアメリカ医師会の研究を引用しているに過ぎないのに、政府と医学アカデミーから公認を受けた米国政府、医学アカデミーによるMCS同意事項と言っている人たちがいるのです。

1999年の同意事項はアメリカ合衆国政府によるものではないかもしれないが、アメリカ肺協会・アメリカ医師会などが、「化学物質過敏症患者の訴えを決して精神的なものとして見過ごすべきではない」としているではないか、と思われる方もおられるかもしれません。確かに1999年の同意事項では、アメリカ肺協会・アメリカ医師会らの1994年の報告書から

"complaints[of MCS] should not be dismissed as psychogenic,and a thorough workup is essential"([多種化学物質過敏症の]訴えは精神的なものとして見過ごされるべきでなく、完全な検査が必要である)

という言葉を引用しています。本当でしょうか?1999年の合意事項の論文には、文章を引用しているのにも関わらず、なぜか1994年のアメリカ肺協会・アメリカ医師会らの報告書がReferences(参考文献)に入っていません。その理由は以下の説明を読むと推測できるかもしれません。1999年の同意事項が引用しているアメリカ肺協会・アメリカ医師会らの1994年の報告書はネット上で読むことができます。

Indoor Air Pollution: An Introduction for Health Professionals
http://www.epa.gov/iaq/pubs/hpguide.html

で、引用の該当箇所がこちら。
http://www.epa.gov/iaq/pubs/hpguide.html#faq1

該当箇所を、引用してみましょう

The current consensus is that in cases of claimed or suspected MCS, complaints should not be dismissed as psychogenic, and a thorough workup is essential.(多種類化学物質過敏症だと主張されている、あるいは多種類化学物質過敏症だと疑われている症例においては、訴えを精神的なものとして見過ごされるべきでなく、完全な検査が必要であるというのが、現在のコンセンサスである)

claimed(〜と主張されている)とかsuspected(〜だと疑われている)という表現になっているのに注意してください。そもそも、上記の引用のすぐ上では、

The diagnostic label of multiple chemical sensitivity (MCS) -- also referred to as "chemical hypersensitivity" or "environmental illness" -- is being applied increasingly, although definition of the phenomenon is elusive and its pathogenesis as a distinct entity is not confirmed.(現象の定義がとらえどころがなく、はっきりした実態としての病因が確定されていないのにもかかわらず、「化学物質過敏症」または「環境病」とも言われる、多種化学物質過敏症(MCS)の診断的ラベルはますます適用されている。)

とあります。要するに、この報告書では、多種化学物質過敏症の定義はとらえどころがなく、多種化学物質過敏症のはっきりとした病因は確定していないとされているのです。「訴えを精神的なものとして見過ごされるべきでない」というのは、「化学物質過敏症」とされている患者の中には、アレルギーなどの身体的な問題をかかえている人も含まれることを言っているに過ぎず、アメリカ肺協会・アメリカ医師会らの報告書は臨床環境医学の主張するような多種化学物質過敏症の概念を支持しているわけではありません。だから、claimed(〜と主張されている)suspected(〜だと疑われている)という表現になっているのです。

1999年の同意事項では、「多種化学物質過敏症の定義はとらえどころがない」という部分は引用されていません。引用した文章に含まれている「多種類化学物質過敏症だと主張されている」「疑われている」という部分すら引用されていません。不完全な引用がなされているのです。


参考文献

Multiple Chemical Sensitivity: A 1999 Consensus http://www.heldref.org/html/Consensus.html
Indoor Air Pollution: An Introduction for Health Professionals http://www.epa.gov/iaq/pubs/hpguide.html
Stephen Barrett, M.D. An Analysis of the National Environmental Justice Advisory Council Enforcement Subcommittee's Resolution #21 on Multiple Chemical Sensitivity http://www.quackwatch.com/01QuackeryRelatedTopics/nejac.html

(注) もちろん、主流の医学会から公認されていないからと言って、臨床環境医学の主張が間違っているということにはならない。しかし、議論の余地のあるものであることは理解いただけると思う。臨床環境医学とは、好意的に見ても今後の研究が待たれる分野であり、私の見たところでは証拠不十分のために主流から相手にされていない病的科学である。

公認を巡る誤解が日本で広がっていることに関して、日本での臨床環境医学の第一人者である石川哲氏に責任の一端があるのかもしれない。日本語の医学雑誌であるアレルギーに化学物質過敏症についての総説を書いているが(化学物質過敏症、石川哲、アレルギー 50(4), p361-364, 2001)、1999年の合意事項を米国政府らによるものとしている記述がある。以下引用。

本症の定義・診断基準に相当するものが米国政府(EPA)及び米国医師会(AAA),米国政府消費者連盟(CPS)の合意事項(Consensus 1999)として発表された.

EPA(The Environmental Protection Agency)って、米国政府と訳していいのだろうか?それはともかく、上記したように、Consensus 1999は、EPA, AAA, CPSの合意事項ではない。Consensus 1999は、EPA, AAA, CPSによる1994年のbookletを(都合のよいところのみ)引用しているだけである。石川論文の文献にはA 1999 Consensusは挙がっているが、1994年のbooklet、Indoor Air Pollution: An Introduction for Health Professionalsは挙がっていない。しかし、1994年のbookletを読まずとも、A 1999 Consenseusを読めば、これが米国政府(EPA)及び米国医師会(AAA),米国政府消費者連盟(CPS)によるものではないことは明らかである。石川はA 1999 Consenseusを読んだのであろうか?

ダーウィンの進化論は学会で公式に否定された?という話と似ている。

他にも西村有史氏が、日本の臨床環境医の引用の仕方に問題があることを指摘している。


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2002/06/05
2002/08/09改訂