過去ログ No.1900 〜 No.2000


[1900] Re: 中心小体の「位置」
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月15日 23時15分
あき さんへ

> 「自己複製」と「恒常性」が「生命体である」ことの大切な条件ならば、なぜ中心小体のみが生命体で、核やミトコンドリアが違うのかがわかりません。

> *上記([1821]で記されている)の理解を貴方が出来ないのは、中心小体、核、ミトコンドリア等の細胞小器官などを「進化」との関係のなかでどのように「位置づけをする」のかを「正しく」認識(生物学上の)をしていないからだとおもいます。

> 通説的な、あるいはこれまでの生物学的解釈では竹内さんの解釈と異なります。その意味で正しく認識されていないのは竹内さんの方でしょう。ですから、竹内さんの解釈の説明を求めています。説明をお願いします。念のため申しておきますが、これまでの説が間違っているからや、竹内さんの認識だけの説明ではなく、中心小体と核やミトコンドリアの生物学的特性もとに進化上における位置の違いをご説明ください。

*生命の起源を説明しうる仮説として私は「蛋白粒→中心小体類→原始真核生物→真核生物→現在における生命体の多様性」を考えました。

*生命は「簡単から複雑へ」と進化してきたのです。

[1901] ムタを崇めよ!
投稿者名: ノリリン@悪のオ〜ナ〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月15日 23時59分
儂は別にとつ氏の書いていることは強く批判しようとは思いません。
自分のHPなんだし、別に害毒を流しているわけでもない。
ただ論証に無理があるのに、疑似科学やら創造論や等の掲示板であるここで、その点が見えてない人がこのスレッドに多いのはどうかな?と思う訳ですよ。
要するにとつ氏ではなくてこのスレッド批判ですな。

儂のHPのことですか?

>誰かが「プロレスラーは真剣に戦っていない。八百長だ」とプロレスを批判
>したのなら、その批判は的外れなのではないですか。

唯一客の満足(または興行)のために闘い、レスラーがその試合の勝ち負けを特に指向しないプロレスにとって、『八百長だ』という批判は的はずれこの上ないですが、そんなことをここで議論しても仕方がない。

もし儂のHPを読んだなら、わかってもらえると思いますが、儂のHPは
きちんと、ムタという本尊を飾って、儂は主祭と名乗ってます。
信徒の名簿まで公表してます(HNですが)
れっきとした宗教団体のHPのテキストにけちをつけても・・・・

と、とぼけてもいいのですが・・・・ともあれ、

疑似科学と科学は紙一重。
儂だって科学的な手続きにこだわって厳密に考えるときもあれば、いい加減にすますときもありますわいな。疑似科学的手法だろうが、循環論法だろうが、都合が良ければ使いますよ。
プロレスのHPだからね。

(と学会の本はあんまり好きじゃあないな)

[1902] それはいえるかも
投稿者名: ノリリン@悪のオ〜ナ〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月16日 00時05分
>所謂自慢話をしている風に読めるのではないかと思いました。

そうですな。それ”も”しているでしょう。『虚勢を張る』という言葉の方が儂にはすっきり来るが

[1903] 中立説について教えてください
投稿者名: ド素人
投稿日時: 2001年5月16日 00時25分
はじめまして。私、進化論の本を読むのが好きなだけのただの素人です。生物学とか進化論とか、専門的なことはよくわかっていません。
最近、「生物進化を考える」(木村資生著 岩波新書)を読みましたがよく分からない点について、もしよろしかったら私の理解を助けてもらえればと思います。

質問1
自然淘汰に対して中立な突然変異が遺伝的浮動によって集団に固定する、というのはなんとなくわかります。
でもこれは分子レベルの話ですね。自然淘汰に中立な突然変異がいくら起こっても表現型レベルの進化には
つながらないように思うのですが、中立説では表現型レベルの進化をどう捉えているのでしょうか。
254頁の「隔離」や257頁の「淘汰的制約からの解放」などのキーワードらしきことはでてくるのですが
どう体系化されているのかがよくわかりません。

質問2
第9章で優生について論じ、
「ナチス・ドイツの非科学的で非人道的な民族政策に悪用され」「現在では優生の問題はほとんどタブーのようにな」った。「しかし、生物進化の立場から」「これは避けて通れない問題である」(268頁)
と述べ、消極的優生と積極的優生について前向きな立場から書かれています。
しかし、私には消極的優生は障害者や遺伝病者に対する差別を、積極的優生は一部エリートの優遇を意味しているように思えてなりません。
結果的にナチス・ドイツとそう変わらないのではと思います。このあたりはどう解釈すればよいのでしょうか。

[1904] Re: あどけない話
投稿者名: wadja
投稿日時: 2001年5月16日 00時43分
で、あどけない話にいちゃもんをつける、無粋で猜疑心に満ちたwadjaになろうかなっと(笑)

>(1)奇跡ってなに?
>(2)神さまとアミノ酸とどっちがえらい?

これは進化と創造と、どちらが起こりやすいかを確率に模した話でしょうか?確率の話をするときりがないので手短に。

どちらが起きたと考えるほうが納得しやすいかではなく、どちらが起きたことを支持する証拠が沢山あるかを考えるのが科学だと思います。宝くじの本物の当たりくじを持っている人に対して、「その宝くじが当たる確率はほとんどゼロだから、その宝くじははずれに違いない。」、といるでしょうか?そのくじが当たりくじであることを示す新聞の当選番号表を見せられた途端に、確率論は無意味になります。

#これもやや擬似科学的な言明ですね。多少捻じ曲がったアナロジーであることは認めます。

>お母さん、サルになれないもん。

進化がランダムな突然変異と、自然選択に基づくのであれば、サルになっても良いですよね。お母さんの何万世代も後の子孫は、サルそっくりかもしれません。もちろんそうなる必然(自然選択)があっての話ですが。

#さるの惑星はフィクションでも、渋谷辺りに行くと...あながち冗談とも思えない。

>(3)もし進化できるものなら

一旦陸に上がった鯨が、海に戻ることは進化とは言えないのでしょうか?陸に残った鯨と海に戻った鯨と、どちらがその時に生き残りやすかったのか?進化論で問題になるのはそこだけのような。

別に海を希望したから海に行ったとは限りません。また、海に戻ったからと行って再びえらに戻る必然はありませんよね。

>(4)進化しても子育てできる?

世代間の進化による断絶は、すでに他の人も述べていますが、ある日牛が馬を生むわけではありませんので。ここのオーナーさんの好きな例えで言えばカモメの環状種が理解に役立つでしょう(地理的に隣接して分布する、あるカモメの亜種A、B、C間では、隣り合って分布するA-B、B-Cでは交雑できるのに、A-Cでは交雑できないようです)。

以下は...今日は眠いのでおやすみなさい.

[1905] Re: 中心小体の「位置」
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月16日 00時45分
竹内さんへ

> > 通説的な、あるいはこれまでの生物学的解釈では竹内さんの解釈と異なります。その意味で正しく認識されていないのは竹内さんの方でしょう。ですから、竹内さんの解釈の説明を求めています。説明をお願いします。念のため申しておきますが、これまでの説が間違っているからや、竹内さんの認識だけの説明ではなく、中心小体と核やミトコンドリアの生物学的特性もとに進化上における位置の違いをご説明ください。
>
> *生命の起源を説明しうる仮説として私は「蛋白粒→中心小体類→原始真核生物→真核生物→現在における生命体の多様性」を考えました。
>
> *生命は「簡単から複雑へ」と進化してきたのです。

竹内さんの上記の説明は何度も伺いました。それで理解できないので詳細を伺っています。私が聞いているのは「蛋白粒→中心小体類」の部分ですが、

「蛋白粒→中心小体類」のみが成立し、「蛋白粒→核」「蛋白粒→ミトコンドリア」などが成立しない理由です。これをそれぞれの生物学的特性をもとに説明してください。理由がないのでしたらそうおっしゃってください。

[1906] Re: ところで
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月16日 01時09分
舞 さんへ
>
> 問1 無生物であるPCのモニターにも、あなたの言う「モニ
>    ター階層の膜」があるのですね?

* 繰り返します、『あらゆる物質の階層毎に「膜」があり、物質の属性は「膜」にある』という認識をしていると言っているではないですか

*「ボイルの法則とシャルルの法則」が成り立つのは「膜」があるからであり、「膜」と熱との関係のなかで「膜」の「硬さ」、「柔らかさ」と「ひろがり」が変るからだと考えております。

* 「無生物である」という貴方の「判断基準」を返答していただけないでしょうか?

* 貴方は上記の法則がなぜ「成り立つ」のか考えたことはないのですか?

> 問2 その「PCの膜」はあなたの言う「記憶物質」と同義ですか?

*「ほぼ同じ物」と考えております。
>
> 問3 「鉄原子の膜」と「PCの膜」は同じ記憶を有しているのですか?

*「膜」は『「形」を記憶している』と考えております。星が「球」であるのも、水滴が「球」であるのも「同じ」理由だと考えております。


> 問4 水分子は「水滴階層の膜」を貫通するのですか?

*『それぞれの階層は「独立しており、且つ、独立していない」ということです』

*気体状態の「膜」と液体状態の「膜」とは「膜」の状態が異なり、且つ、性質が異なると考えております。

*「ある階層の膜」の内側から外側へある物質が移動する時は、その階層の「膜」が「破れている」とかんがえます。


> 問5 「膜」=「記憶物質」であるなら、「膜」は物質です。

*肯定します。

> 問6 「捏造」をして良いと思いますか?

*良い訳がないでしょう。
>

[1907] Re: 生命体であるかどうかの判断基準 
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月16日 01時21分
竹内さん

>> これだけ読むと、論理はなく直感で決めたと解釈できますが、それでよろしいですか?

>*「経験と直感」と返答しております。
又、私の「中心小体論」は「論理」もあります。
擬似科学者の作った「ルール」 及び、「判断基準」は無視しておりますが。

文章は確かに「経験と直感」と書いてありますが、経験の中身がないので直感のみと解釈いたしました。経験則があるのならばそれを示してください。
「中心小体論」の「論理」に関してはこれまでの通り、質問を続けさせていただきます。


> > これらのことからは、「生命」であることは竹内さんが「判断」して決める、と解釈で来ますが、それでよろしいですか?

> >
> > また上記2つをまとめると、「生命」であることは、竹内さんが直感で決めたイロハ)を判断基準として、竹内さんが「判断」して決めている、ということになりますが、それでいいですか?


> *貴方は「判断」を「誰が」しているのかを解っていないようですね。

最初に上記の発言の仕方は注意していただきたいと思います。
質問の答えとして「あなたは私のいうことを理解していないですね。」は礼を失していませんか?

> 「誰が見て、誰が判断しているのか」はまだ分かっていないのです。統合体としての「私」が「判断」しているということなのです。
>
> *「細胞は独立した生命体である」と「個体は細胞の集合体である」との生物学上の認識が大切なのです。
>
> *『竹内さんが「判断」して決める』のではないのです。「判断」は「合意の結果」としてなされるのでえす。「細胞説の確立」は「合意の結果」なのです。

本題に入ります。
あるものを見て生命体かどうかの「判断」を誰がしているのか聞いております。「「誰が見て、誰が判断しているのか」はまだ分かっていないのです。」とはどういう意味ですか?「統合体としての「私」が「判断」しているということなのです。」ということは竹内さんが判断しているということになると思います。
また、「「判断」は「合意の結果」としてなされるのでえす」であるならば、
生命体であるかどうかは竹内さん以外の多くの他者の同意が必要とお考えですね?
同意を求めるには一定の基準が必要ではありませんか?

[1864] には下記質問も残っております。あわせてご回答をお願いします。

ちなみに、「イ)(生への意志)を確認」はどうやって行うのでしょうか?これも竹内さんが目で見て判断するのでしょうか?

目で見えないもの(細胞や中心小体は目で見えません)はどうやって目で判断するのでしょうか?

> *私も「記憶のしくみ、仕掛け」を解っているわけではありません。しかし、「膜」=「記憶に関わる物質」、「記憶]を持つ性質があると考えております。

これは私の理解通りということですね?

> *恒常性=「生物体あるいは生物システムが不断の外的および内的の諸変化のなかにおかれながら、形態的状態・生理的状態を安定な範囲内保ち、個体としての生存を維持する性質」
>
> 上記の意味でいいのですが、私はこの「恒常性」があるのも「膜」の存在があるゆえであると考えております。

了解しました。これは生物学事典からの抜粋ですか?
「膜」はどのような機構で「恒常性」に関与しているのでしょうか?

最後に竹内さんのご回答をいただいていない記事は下記の通りです。
[1878]、[1819,1820]、[1837,1838]、[1852]、[1864]、[1905]

[1908] Re: 中立説について教えてください
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月16日 02時28分
> 自然淘汰に対して中立な突然変異が遺伝的浮動によって集団に固定する、というのはなんとなくわかります。
> でもこれは分子レベルの話ですね。自然淘汰に中立な突然変異がいくら起こっても表現型レベルの進化には
> つながらないように思うのですが、中立説では表現型レベルの進化をどう捉えているのでしょうか。


全ての突然変異が中立なわけではありません。
形質の元が遺伝子である以上、当然表現型レベルの変化を起こす突然変異も起こります。
ただ、表現型レベルの変化を引き起こす突然変異は一般には中立ではないと考えられていて、中立説の範囲では扱わないのです。
中立でない突然変異の進化は主にダーウィニズムに従うと考えられています。

「生物進化を考える」は中立説だけの本ではなく、ダーウィニズムについても解説してあるので、2つの説の関係はよく読まれたら判るのではないかと思います。
ただ、分子進化と表現型進化の関係は、いまのところ詳しくは判ってないのですが。


また、第9章の記述は、木村資生の個人的信念です。中立説本体とは関係ないので無視したらいいでしょう(笑)
東北大学の河田雅圭氏の書いた「はじめての進化論」がオンラインで読めるようになっていますが、
http://meme.biology.tohoku.ac.jp/INTROEVOL/
第7章に木村の優生学批判が書いてあります。
http://meme.biology.tohoku.ac.jp/INTROEVOL/Page27.html

[1909] 「病的」科学
投稿者名: 谷庵
投稿日時: 2001年5月16日 04時58分
疑似科学(宗教や政治がらみの確信犯は除く)の多くは誤解や論理展開の誤りによるものでしょう。
けれども、中には明らかに病的なものもあります。
誤解と言うより、そもそも根拠と結論の間に何の関連もないものや、
論理が支離滅裂な場合には、病気を疑った方がいいかも知れません。

以下のような症状に心当たりがありましたら、その人に必要なのは理詰めの議論ではなく、治療です。

妄想
 Jaspens の3標識
  1)強固な確信
  2)内容が非合理
  3)訂正が不可能

妄想知覚
 誤った意味付け(意味は啓示のように与えられる)
  例)誰かが咳をしたので自分がスパイにねらわれていることが分かる


躁状態(今日の診療CD-ROM Vol.10 (C)2000 IGAKU-SHOIN Tokyo)
【1】気分の高揚:
  爽快,快調で自信に満ち,幸福感,万能感がある.
  些細なことで感激し,立腹する.ときに易刺激性,攻撃的となる.
【2】思考の異常:
  話題が豊富で関連ある観念がとめどなく浮かんできて, 
  全体としての論理の飛躍があり,まとまらなくなる(観念奔逸).
  自己の過大評価が生じて自慢したり大げさに吹聴する.誇大妄想に発展することがある.
【3】意欲・行動の異常:
  表情は生気に満ち,活発に動きまわり,多弁で,疲労しない(行為心迫).
  訪問,電話,手紙などで一方的に他人に干渉する.高価な買い物をしたり,計画を次々に立て,計画倒れも多い.
【4】身体症状:
  快調感,健康感があるため身体症状を訴えることは少ない.食欲と性欲は亢進する.
  不眠となり睡眠時間は短縮するが疲労感がなく,睡眠障害は苦痛でない.

[1910] 私はと学会の本は好きだ
投稿者名: NATROM
投稿日時: 2001年5月16日 09時51分
>ただ論証に無理があるのに、疑似科学やら創造論や等の掲示板であるここで、その点が見えてない人がこのスレッドに多いのはどうかな?と思う訳ですよ。
>要するにとつ氏ではなくてこのスレッド批判ですな。

「オカルト否定の毒舌が面白いので紹介した」と言いましたし、1412を実際に読んでも「おもしろい話題提供」に過ぎないことはお分かりであろうと思います。論証に無理があるというノリリンさんの指摘は正しく、それはそれで価値があることだとは思います。しかし、私はreviewerの立場でとつ氏のページを紹介したのではなく、「こういった面白いページがある」として紹介したのです。


>唯一客の満足(または興行)のために闘い、レスラーがその試合の勝ち負けを特に指向しないプロレスに>とって、『八百長だ』という批判は的的はずれこの上ないですが、そんなことをここで議論しても仕方がない。

このスレッドでのとつ氏のページの評価の基準は「面白いか否か」であり、科学雑誌のような論証の厳密さを特に指向していません。その意味で、ノリリンさんの指摘は的はずれこの上ないと思うのです。ノリリンさんが「面白くない」と思ったのかもしれませんが、私にはきわめて面白かった。


>儂だって科学的な手続きにこだわって厳密に考えるときもあれば、いい加減にすますときもありますわいな。疑似科学的手法だろうが、循環論法だろうが、都合が良ければ使いますよ。

そりゃ私だって同じことです。「面白い」サイトを紹介したとき、そのサイトが厳密な論証を怠っていたからといって「さあて、NATROMさん、どうでしょう」と言われても、「そうですね」としか言い様がありません。この掲示板で私が紹介するサイトが、すべて「科学的に厳密な考証がなされている」わけではありません。ノリリンさんはおそらくは、「プロレスは八百長だ」と批判する馬鹿を相手にしたことがおありでしょうが、そのときと同じ気分を、いままさに私が感じていると言えば少しはおわかりになるかと思います。

[1911] ことばに注意
投稿者名: 分類学者
投稿日時: 2001年5月16日 10時39分
竹内さん

> 擬似科学者の作った「ルール」 及び、「判断基準」は無視しておりますが。

竹内さんのいう「疑似科学者」というのはこのHPで皆さんが使っている「疑似科学」ではなく、竹内さんが批判している現行の科学の事ですよね。だとすると、「疑似科学」ということばを
別定義でつかっているので誤解を招くと思います。違うことばにされたほうがいいでしょう。もっとも、竹内さんがいわゆる「疑似科学」も現行の科学も同じと考えられるならばそのままでよろしいですが...。

> > > *『「目」で判断する』という事で理解して頂きたいとおもいます。

竹内さんが目で中心小体を生命と判断されたということは、中心小体を御覧になったことがあるということですね。

[1912] と学会の本はね、最初は笑うためとか言っていたけど、笑わせるのは難しいから(以下略)
投稿者名: ノリリン@悪のオ〜ナ〜
投稿日時: 2001年5月16日 10時43分
>「さあて、NATROMさん、どうでしょう」と言われても、
>「そうですね」としか言い様がありません。

そりゃそうだ。

『そうですね』という返事がこない人がいるのがおもしろいのですよ。
意図を誤解していると思いますが、
儂にとってはこのスレッドのこのブランチで、あなたから『そうですね』と
いう返事をいただければ、充分です。よそのブランチで他の人に使えます
から。
とつさんのHPに関していえば確かにおもしろいですよ。無理無駄論理の飛躍なんて誰にでもあるもんです。いつもそれに備えて文章を読むのも難しいでしょうな。

>ノリリンさんはおそらくは、「プロレスは八百長だ」と批判する馬鹿を
>相手にしたことがおありでしょうが、そのときと同じ気分を、いままさ
>に私が感じていると言えば少しはおわかりになるかと思います。

分かりますよ。
要するに、遠回しに儂のことを馬鹿と言っているんでしょ?
それ以外に読みようのない文章ですから。
そういうとき儂はうきうきします。
しかしそれをここでやられちゃあかなわないでしょ?
関係ないし

[1913] Re: 「病的」科学
投稿者名: 安賀須若人
投稿日時: 2001年5月16日 11時12分
谷庵さん、はじめまして

仰りたいのは、「ト」じゃなくて「キ」、ですよね。
それはともかく
「病的」科学ではなく、病的科学という言葉は疑似科学批判では
http://inside.gunma-ct.ac.jp:8080/ice/~mame/doc/pseudo/patho.html
に出てくるような意味で使われることが多いようです。
括弧つきの名称は紛らわしいので、もっといい名称ありませんでしょうか?
たとえば妄想科学とかいかがでしょうか。

[1914] 木村の優生学について
投稿者名: EzoWolf
投稿日時: 2001年5月16日 12時21分
 木村の優生学についてあまり批判がないのは、学問的成果の部分と自分の思想を
はっきり区別できるように節度を守って書いているためもあると思います。

 私は同書で人はみな欠陥遺伝子(平均4個の致死遺伝子)を持っていることを
知って優生学は無意味と結論しました。

[1915] 麻雀に流れはありますよね?
投稿者名: 伊藤@PSU
投稿日時: 2001年5月16日 12時30分
はじめまして。伊藤@PSUと申します。
このスレッドは読んでなかったんですが、実は面白い(^^;)話題のようなので、ちょっと乱入してもかまいませんかね(^^)?
(元のスレッドが大きいので新規にしておきます)

『たつ』氏の「流れ」の定義ですが、

> 定義1:「流れ」とは、偶発的現象に現れる一種の「傾向」である。(後略)
> 定義2:「流れ」とは、人間の心理における一連の「傾向」である。(後略)

となっています。それで前者がないことは当然ですのでここでは無視します。しかし、後者は当然ありますよね?当然というのは、非常にひじょーに厳密に調べれば、人間の行動がその直前の状況に左右されていないはずはないという言う意味です。ですので、ここで検討すべきは、(本質的には)帰無仮説の棄却ではなく、偶然からの偏りの程度がどれくらい大きいか、つまり、我々に「なるほど、随分影響されているな」と思わせるほどのものかどうかということです。ただしこれは統計検定を行わなくてよいという意味ではなく、むしろ帰無仮説の棄却をもって影響されていると結論づけるのが、当面は妥当な方法でしょう。

さてさて。それでたつ氏の方法ですが、御自身の麻雀の結果のみを利用されています。今、明らかにしたいのは一般的な傾向であってたつ氏個人の傾向ではありませんから、これは無作為抽出とはいえず、統計処理に適しません。たくさん調べればそれでよいと勘違いされているのではないかな。それにくま氏が書いてるように、『in vitro』の問題もありますしね。

まあ、科学の『論文』(ご本人は論文と読んでるみたいですが…)としては却下ですね。

次に統計検定が行われていないようです。安定Rというのはよく分からないんですが…これって統計量で…はないんですよね(^^;)?

で、手元でカイ二乗検定なぞやってみたんですが(期待値がマズイので近似ですけど)、なんと、有意にはなりそうもありません。作業仮説は「有意差がある」だったんですが。そもそもこれだけ回数が多けりゃ、大概有意だろうとおもったんで、ちょっとびっくりです。ううん、面白い。

というわけで、現場に当てはめてみれば、学生が「ちょっと良い感じのデータがでました」とか持ってきて、「そりゃおまえ、データの取り方も処理の仕方も駄目だよ、でも予備的結果としては面白いからもうちょっとやってみな」ってとこでしょうか(^^)?

なお、非常に厳密には、ですが、こういう検定をもって「『流れ的現象』は一般には存在しない」と言うのも駄目で、正確には「『流れ的現象』は一般に存在するとはいえない」ですね。

まあ、こういうふうに数字を並べ立てて煙に巻く(反論もするなとわめく(^^;))のは擬似科学的と言えなくもないんですが、もうちょっと一般的に論理的な思考に対する訓練度の問題のような気もしますね。

(蛇足)
1011さんの以下の文章ですが…。

> 例えば、天文学者が新星を発見したとして、その時点では
> 観測例は観測者1人による観測(繰り返し観測して確かめ
> たにしろ)しかないのだけど、「新星を発見しました」っ
> て喜んで学界に報告したら疑似科学になっちゃうんですか
> ね?

問題設定(と理解)が違います。今は『観測者』は別に一人で構わないのです。統計処理をするためには『観測対象』の方が任意抽出であり、かつ十分な数必要だということです。

なんかいっぱい書いてしまった。決して暇ではないんですが…(^^;)。
もしも嘘を書いてたら指摘してください(^^)。

[1916] Re: 「病的」科学
投稿者名: ユリイカ
投稿日時: 2001年5月16日 12時48分

> 妄想> 妄想知覚> 躁状態……を紹介されてましたが、どれもこれも魅力的な症状ですね。一度専門医に診てもらって、私もできれば躁常態になれるよう、手をうってもらいたいと願うしだいであります。

ま、それよりなにより「意識存在」自体がすでに重度の「病気」だと思いますが。

[1917] Re: 中立説について教えてください
投稿者名: 伊藤@PSU
投稿日時: 2001年5月16日 13時17分
こんにちは(^^)。

> でもこれは分子レベルの話ですね。自然淘汰に中立な突然変異がい
> くら起こっても表現型レベルの進化にはつながらないように思うの
> ですが、中立説では表現型レベルの進化をどう捉えているのでしょ
> うか。

ここで、「中立な突然変異」として、具体的にどういうものを想定されているでしょうか?どうも、そもそも、「表現型」に影響しないものを考えておられるように見えるのですが。つまり、同義反復です。

結局のところ、「表現型」のうちどのくらいが中立で、正の選択を受けるものがどのくらいあるかが問題なのではありませんかね。
「どう体系化されているのか」と問われると…体系化されてないのではないかなあ(自信なし)。

…あんまり納得していただける回答になってないような気がしますが(^^;)。

> 消極的優生と積極的優生について前向きな立場から書かれています。

色々問題はあると思うのですが…。

一言で言えば、自然選択に対する有利・不利と人間が感じる損得(善悪)は違う、と認識することが重要だと思います。つまり、例えば「頭が良い」とか「足が速い」ことが有利である(子孫を多数残す)などということは保証されていませんし、逆に、選択に対して有利であることが人間的幸福であるとは限りません。進化論で相対適応度が低いという意味での「有害」というのは、我々が日常的に使う意味での「有害」とは異なります。

残す「べき」子孫があると考えた時点で、既に誤謬に陥っていると思います。そんなものは定義できないでしょう。まさに「自然」選択に任せる以外の妥当な方法があるとは私には思えません。

[1918] カイ二乗検定(Re: 麻雀に流れはありますよね?)
投稿者名: かくり
投稿日時: 2001年5月16日 13時27分

> で、手元でカイ二乗検定なぞやってみたんですが(期待値がマズイので近似ですけど)、なんと、有意にはなりそうもありません。作業仮説は「有意差がある」だったんですが。そもそもこれだけ回数が多けりゃ、大概有意だろうとおもったんで、ちょっとびっくりです。ううん、面白い。
>

初めまして.私もカイ二乗検定したんで報告します.

1とつ氏の全成績

試合数 3026試合
1位 795回 0.263
2位 827回 0.273
3位 715回 0.236
4位 689回 0.228

順位の横に確率を書きました.「前の局と次の局の順位に関係はない」と仮定した場合,1位の時の時局も4位の時の時局も順位は全試合から導かれる確率に近似する(その順位になる確率は母集団=全試合と等しい)とすると,

「トップを取った次の試合」での順位は以下の通り,を用いたカイニ乗検定の結果
  
試合数 794試合
        確率  期待値  結果  カイ二乗値1.078
1位 215回  0.263 208.60  215   P値0.5<p<0.8
2位 206回  0.273 217.00  206
3位 185回  0.236 187.61  185
4位 188回  0.228 180.79  188
平均 2.4357
安定R1907.4

「ラスを引いた次の試合」での順位は以下の通り,を用いたカイニ乗検定の結果

試合数 689試合
        確率  期待値  結果 カイ二乗値1.997
1位 179回  0.263  181.02 179  P値0.5<p<0.8
2位 179回  0.273  188.30 179
3位 178回  0.236  162.80 178
4位 153回  0.228  156.88 153
平均 2.4426
安定R1906.8
一応いわんとすることは成り立つようですね.
「前の順位に関わりなくある半チャン(あくまで東風荘という限定される場における「とつ氏」個人のという条件付きであるが)における順位は確率に左右される.その確率は自身の打った全試合から導かれるものである(決してランダムな1:1:1:1ではありません)」
「」で書いた中身については言ってもよさそうです(実験として見た場合).

[1919] Re: 中立説について教えてください
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月16日 17時26分
伊藤さんへ:

単なる確認で、他意はありませんが、

> まさに「自然」選択に任せる以外の妥当な方法があるとは私には思えません。

消極的な優生学者も同様の表現を使っていると思いますが、伊藤さんは「消極的な優生学」を支持されているということでしょうか?

[1920] Re: 麻雀に流れはありますよね?
投稿者名: 藤村村山(1011)
投稿日時: 2001年5月16日 19時52分
> 実は面白い(^^;)話題のようなので、ちょっと乱入してもかまいませんかね(^^)?

まともな議論だったら歓迎ですが、「乱入」って、ノリリン氏のようなプロレスごっこだけはやめて下さいね。
切にお願いします m(_ _)m 私もそれなりの礼儀は持ってますから。
あと、WWWページの筆者は「たつ」氏ではなく「とつ」氏であることを指摘させてください。
私はハンドル名とはいえいい加減な扱いは好きではありません。

さて本題。

> > 定義1:「流れ」とは、偶発的現象に現れる一種の「傾向」である。(後略)
> > 定義2:「流れ」とは、人間の心理における一連の「傾向」である。(後略)
>
> となっています。それで前者がないことは当然ですのでここでは無視します。
> しかし、後者は当然ありますよね?

そう思いますか?
「非常にひじょーに厳密に調べれば」この世の中で直前の状況に左右されない現象は何にもないと思いますが、いかがでしょうか?
したがって定義1における「傾向」も存在することになります。
おかしいでしょう?

> さてさて。それでたつ氏の方法ですが、御自身の麻雀の結果のみを利用されています。
> 今、明らかにしたいのは一般的な傾向であってたつ氏個人の傾向ではありませんから、
> これは無作為抽出とはいえず、統計処理に適しません。

何をもって「無作為」抽出と見なしていいかには議論の余地があると思います。
まあさすがにサンプル数1ってのは、それでいいの?って「常識的に」疑問を持ちはしますが、サンプル数1でも「サンプルの選び方を結果に依存させていない」とさえ見なせれば、無作為でないとはいえないのではないですか?(書いてることにあまり自信はないのですが)
もし「実験結果をみてサンプルを選んだ」っていうのなら、もちろん無作為じゃないけど。


> くま氏が書いてるように、『in vitro』の問題もありますしね。

ある実験結果に対して「それは特殊な状況の実験だから」とケチをつけようと思えば、いくらでもつけられます。
母集団全体を調べないかぎり、一般的な結論っていうのは存在しないのです。


> まあ、科学の『論文』(ご本人は論文と読んでるみたいですが…)としては却下ですね。

投稿論文ではないので、「却下」はありえません。
揚げ足のように受け取られるのは本意ではありませんので、私の以前の文章を繰り返すと、

> ノリリン氏の「科学」はすでに科学として確立している分野における「科学」。
>
> でも私は「科学」をそういう定義では捉えてないっていうこと。

ということです。
麻雀研究の学術雑誌がもしあれば、却下されたものはその分野において認められないってことでしょう。
だけど、そういうものが存在せず、他に先行実験もない状況から出発したとき、とつ氏のような試みを「疑似科学的」と言ってよいかどうか。
ある程度実験結果が蓄積した段階で、それらがとつ氏の得た結論と異なる場合であってもなおとつ氏の実験結果にこだわるならば、その時は「疑似科学」といえるでしょう。

> > 例えば、天文学者が新星を発見したとして、その時点では
> > 観測例は観測者1人による観測(繰り返し観測して確かめ
> > たにしろ)しかないのだけど、「新星を発見しました」っ
> > て喜んで学界に報告したら疑似科学になっちゃうんですか
> > ね?
>
> 問題設定(と理解)が違います。今は『観測者』は別に一人で構わないのです。統計
> 処理をするためには『観測対象』の方が任意抽出であり、かつ十分な数必要だという
> ことです。

ノリリン氏が「侮蔑的な言葉しか思いつきません」とか書いただけで具体的にはちっとも突っ込んでくれなかった部分ですが、侮蔑的な言葉なしに(笑) 突っ込んでいただいてありがとうございます。

プロレスごっこしないと議論できない人はかわいそうだねぇ>ノリリン氏

「観測対象」が任意抽出であっても、「観測結果」と「観測者」(&観測器具)の関係は「厳密には」独立ではありえません。
だって観測者がいなかったら観測結果も無いんだから。
ただ、通常は独立と見なしてもいいと思われてるだけのことです。

[1921] 合意って
投稿者名: wadja
投稿日時: 2001年5月16日 20時59分
> *貴方は「判断」を「誰が」しているのかを解っていないようですね。
> 「誰が見て、誰が判断しているのか」はまだ分かっていないのです。統合体としての「私」が「判断」しているということなのです。
>
> *「細胞は独立した生命体である」と「個体は細胞の集合体である」との生物学上の認識が大切なのです。
>
> *『竹内さんが「判断」して決める』のではないのです。「判断」は「合意の結果」としてなされるのでえす。「細胞説の確立」は「合意の結果」なのです。
>

ひょっとして「合意」という言葉を、「個々の独立した生命体である細胞全ての合意」といった意味で使ってますか?だとすれば、いきなり「統合体としての私」なんて言われても、普通の人には理解できないと思われますので、注意が必要かと思われます。

[1922] 続きです(と言うほどのことも無い)
投稿者名: wadja
投稿日時: 2001年5月16日 22時10分
(5)はなんの隠喩だろう?今西論に対する批判かな?それとも進化生物学の人々が良く使う、「Aを可能にする為にBという形質を獲得した」式の表現に対する皮肉かな?

#空水両用?空を飛ぶ鳥で、水中でも飛ぶ様に泳ぐのが居ませんでしたっけ?名前忘れた。誰か教えてケロ。

[1923] ウミスズメ、ウミガラス
投稿者名: T8848
投稿日時: 2001年5月16日 22時36分
本題には全く関係ない事ですが…

> #空水両用?空を飛ぶ鳥で、水中でも飛ぶ様に泳ぐのが居ませんでしたっけ?名前忘れた。誰か教えてケロ。

ウミスズメ科の鳥がそうです。
有名なのはオロロン鳥(ウミガラス)かな。
オオウミガラス(元祖ペンギン)は大きすぎて飛べなかったけど。

[1924] Re: ことばに注意
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月16日 22時51分
分類学者 さんへ

> * 擬似科学者の作った「ルール」 及び、「判断基準」は無視しておりますが。

> 竹内さんのいう「疑似科学者」というのはこのHPで皆さんが使っている「疑似科学」ではなく、竹内さんが批判している現行の科学の事ですよね。だとすると、「疑似科学」ということばを
> 別定義でつかっているので誤解を招くと思います。違うことばにされたほうがいいでしょう。もっとも、竹内さんがいわゆる「疑似科学」も現行の科学も同じと考えられるならばそのままでよろしいですが...。

*おっしゃる通りです。以後「擬似科学」という言葉は、この掲示板で使わないことにします。

> *『「目」で判断する』という事で理解して頂きたいとおもいます。
>
> 竹内さんが目で中心小体を生命と判断されたということは、中心小体を御覧になったことがあるということですね。

*私は電子顕微鏡で観察したことがありません。

[1925] コウモリの子孫
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月16日 23時29分
> #空水両用?空を飛ぶ鳥で、水中でも飛ぶ様に泳ぐのが居ませんでしたっけ?名前忘れた。誰か教えてケロ。

どうでもいいレス。

昔、「アフターマン」という、500万年後(だったっけ?)の生物の図鑑があったけど、それには進化したコウモリの子孫が現在のペンギンのように泳ぐ姿が描かれてた。

もちろんフィクションですよ、念のため。

[1926] Re: 合意って
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月16日 23時34分
> > *貴方は「判断」を「誰が」しているのかを解っていないようですね。
> > 「誰が見て、誰が判断しているのか」はまだ分かっていないのです。統合体としての「私」が「判断」しているということなのです。
> >
> > *「細胞は独立した生命体である」と「個体は細胞の集合体である」との生物学上の認識が大切なのです。
> >
> > *『竹内さんが「判断」して決める』のではないのです。「判断」は「合意の結果」としてなされるのでえす。「細胞説の確立」は「合意の結果」なのです。
> >
>
> ひょっとして「合意」という言葉を、「個々の独立した生命体である細胞全ての合意」といった意味で使ってますか?だとすれば、いきなり「統合体としての私」なんて言われても、普通の人には理解できないと思われますので、注意が必要かと思われます。

*ごめんなさい。私の表現が悪かったようです。
上記の「合意」は「人々」の意味です。

「統合体としての私」について

*個体としての「恒常性」があり、「細胞」としての「恒常性」があるという生物学上の認識からも分かるように、それぞれの階層における「統合」がなされています。

*上記の認識に基づき、
『統合体としての「私」』=「独立した生命体」である細胞の集合体の中で「全権委任を受けた細胞(→中心小体)が個体を統合しているという意味で認識しております。且つ、「それぞれの階層は独立しているが、独立していない」ということだと考えております。

[1927] Re: あどけない話
投稿者名: セピア色
投稿日時: 2001年5月16日 23時41分
ひょっとしてあちらで何かか言ってませんか。誤解だったら素直に謝罪します。
Y何某が馬鹿話を言っているようだか。

わたしゃ発言禁止を食らっているので。でも読めるんだな。

[1928] 麻雀に流れはありますよね?で実験計画法の練習を!
投稿者名: かくり
投稿日時: 2001年5月16日 23時44分
横レスですいません.一時下火になっていたこの話題が再び活発になったので,とつ氏のホームページをじっくり読ませてもらいました.
で感想なんですが,「もったいないことしているなあ」ということなんですね.

伊藤@PSUさんのおっしゃるとおり,
>というわけで、現場に当てはめてみれば、学生が「ちょっと良い感じのデータがでました」とか持ってきて、「そりゃおまえ、データの取り方も処理の仕方も駄目だよ、でも予備的結果としては面白いからもうちょっとやってみな」ってとこでしょうか(^^)?

という感じなんです.

せっかく沢山データ集めて集計しているんですけど,それが「とつ氏」一人のものであるため,他者についても同じことが言えるかが分からないんです.というのは『「とつ氏」が独特の打ち方をするためにそういった結果が出たのであって,普通のうち方(の定義をする必要がありますが)の場合,前回の半チャンと次回のには何らかの関係がある』と主張された場合,それを打ち消すだけの根拠がないんですよね.
ですから理想としては競技者を無作為抽出して(雀荘も無作為抽出が理想ですがデータ取りが困難でしょうから,東風荘限定でもさしあたってはかまわないでしょう),2つ続きの半チャンの順位をサンプリングしていく.
無作為抽出の手法は色々ありますが,ここではどの手法をとってもかまわないでしょう.そうしてデータを集めた後,続きの順位データを先の半チャンの順位別に集めていきます.

1−1,1−2,1−3,1−4
2−1,2−2,2−3,2−4
3−1,3−2,3−3,3−4
4−1,4−2,4−3,4−4

サンプルが非常に多い場合,全ての順位の比率が等しくなることが予想されます.その場合上の16通りについて出現頻度は等しいことになり,「おのおののパターンの出現率は全て1/16である」という仮設をカイ二乗で検定すれば良いでしょう.しかしながら抽出したサンプルがいくら無作為によるものとはいえ有限ですから,そこにはムラが発生している可能性があります.
よって1回目の半チャンにおける1位,2位,3位,4位の出現頻度をまず求め,2回目の順位の出現率とあっているか確認することになると思われます.
例えば,1回目の順位出現頻度がそれぞれ1位から0.3,0.3,0.2,0.2だったとします.ちょっと強い人のデータが集まってしまったわけですね.そうしたら1回目が1位でかつ2回目も1位になる確率は0.3×0.3=0.09ですね.同様に1-2位は0.09,1-3位は0.06……と16通りの確率が出ます.
1−1,1−2,1−3,1−4  これに対して 0.09 0.09 0.06 0.06
2−1,2−2,2−3,2−4      0.09 0.09 0.06 0.06
3−1,3−2,3−3,3−4      0.06 0.06 0.04 0.04
4−1,4−2,4−3,4−4      0.06 0.06 0.04 0.04

と16組み合わせ全ての出現率が出ました.あとはこの比率どおりになっているかカイ二乗検定を行えば良いでしょう.p<0.05となってしまえば「前の順位と後の順位の間に関係がないということは出来ない」となりp<0.05であれば「前の順位と後の順位の間には関係がなさどうである」といってもよいかと思われます.

ここで東風荘における傾向が掴めたわけですから,余力があれば展開を広くしていってデータ取りをすればとなります.そこまで行くのはデータ取りの困難性からきびしいんですが.


「麻雀に流れはないよ」については,私的には実験計画法を立てる練習をするのに非常に良いネタかなあと思ったりしました.では失礼します.

[1929] 承前(1856 by舞 に対する竹内さんの解答)
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年5月17日 01時08分
>
> 問1 無生物であるPCのモニターにも、あなたの言う「モニ
>    ター階層の膜」があるのですね?

* 繰り返します、『あらゆる物質の階層毎に「膜」があり、物質の属性は「膜」にある』という認識をしていると言っているではないですか

*「ボイルの法則とシャルルの法則」が成り立つのは「膜」があるからであり、「膜」と熱との関係のなかで「膜」の「硬さ」、「柔らかさ」と「ひろがり」が変るからだと考えております。

* 「無生物である」という貴方の「判断基準」を返答していただけないでしょうか?

* 貴方は上記の法則がなぜ「成り立つ」のか考えたことはないのですか?

> 問2 その「PCの膜」はあなたの言う「記憶物質」と同義ですか?

*「ほぼ同じ物」と考えております。
>
> 問3 「鉄原子の膜」と「PCの膜」は同じ記憶を有しているのですか?

*「膜」は『「形」を記憶している』と考えております。星が「球」であるのも、水滴が「球」であるのも「同じ」理由だと考えております。


> 問4 水分子は「水滴階層の膜」を貫通するのですか?

*『それぞれの階層は「独立しており、且つ、独立していない」ということです』

*気体状態の「膜」と液体状態の「膜」とは「膜」の状態が異なり、且つ、性質が異なると考えております。

*「ある階層の膜」の内側から外側へある物質が移動する時は、その階層の「膜」が「破れている」とかんがえます。


> 問5 「膜」=「記憶物質」であるなら、「膜」は物質です。

*肯定します。

> 問6 「捏造」をして良いと思いますか?

*良い訳がないでしょう。

[1930] 上の修正
投稿者名: 藤村村山 (1011)
投稿日時: 2001年5月17日 01時34分
伊藤さんへ

ええと、私の前の記事はどうもやっぱりボロボロみたいで、ごめんなさい。
修正してみます(っていうか取り消してるだけか)。

まず、定義1、定義2に関しての話ですが、「おかしいでしょう?」と聞いておいて、考えてるうちに自分でも論理がよくわからなくなってきたので、取り消します。

あと、とつ氏だけのデータのカイ2乗検定をしても「とつ氏自身の傾向」しかいえないことは認めます。
ただ、「『in vitro』の問題」に関しては、実験には必然的につきまとうもの(なので、どこかで無視するしかない)ということでいいですか?

それ以降の部分はそのままということで。

お忙しいところすみませんが、乗りかかった舟ということで(^^;もし突っ込んでいただけたら幸いです。

[1931] こういう意味なのでしょうか?
投稿者名: ROM衆
投稿日時: 2001年5月17日 01時47分
・あらゆる物質の階層毎に「膜」があり、物質の属性は「膜」にある

・「〜膜」は〜「記憶物質」

・「膜」=「記憶物質」〜「膜」は物質

ということは

あらゆる「膜」の階層毎に「膜」があり、「膜」の属性は「膜」にある?

[1932] Re: 承前 いくつか確認
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年5月17日 01時59分
> * 繰り返します、『あらゆる物質の階層毎に「膜」があり、物質の属性は「膜」にある』という認識をしていると言っているではないですか


「物質の属性」という言葉の定義と、具体的な用例を教えてください。


> *「ボイルの法則とシャルルの法則」が成り立つのは「膜」があるからであり、「膜」と熱との関係のなかで「膜」の「硬さ」、「柔らかさ」と「ひろがり」が変るからだと考えております。



これは理解不能です。ボイルシャルルの法則がなぜ膜があると
成り立つのか具体的な説明をお願いします。

後半部分、熱量が増すと膜は柔らかくなるのですか?


> * 「無生物である」という貴方の「判断基準」を返答していただけないでしょうか?


私の生物の定義は、竹内さんの定義から「生命体の意志云々」を除外
したものと大体一緒です。従って、無生物の定義はその裏返しを考え
ていただけば良いでしょう。


> * 貴方は上記の法則がなぜ「成り立つ」のか考えたことはないのですか?


分子がエネルギーを持って自由運動をしているためであると考えています。

>
> > 問2 その「PCの膜」はあなたの言う「記憶物質」と同義ですか?
>
> *「ほぼ同じ物」と考えております。


では、それは何を「記憶」しているのですか? 



> > 問3 「鉄原子の膜」と「PCの膜」は同じ記憶を有しているのですか?
>
> *「膜」は『「形」を記憶している』と考えております。星が「球」であるのも、水滴が「球」であるのも「同じ」理由だと考えております。


形とは外形のことですか?

ところで、鉄原子の形はどのような形なのですか?


> > 問4 水分子は「水滴階層の膜」を貫通するのですか?
>
> *『それぞれの階層は「独立しており、且つ、独立していない」ということです』
>
> *気体状態の「膜」と液体状態の「膜」とは「膜」の状態が異なり、且つ、性質が異なると考えております。

液体の水の「膜」と、気体の水=水蒸気の「膜」の状態・性質の
違いとは、具体的にはどのようなものですか?
「膜」の色でも違うのですか?


> *「ある階層の膜」の内側から外側へある物質が移動する時は、その階層の「膜」が「破れている」とかんがえます。


それはおかしいです。水滴の表面のあらゆる部位から常に水分子
が離脱している(=蒸発のこと)はずです。


> > 問5 「膜」=「記憶物質」であるなら、「膜」は物質です。
>
> *肯定します。


いったいどのような物質なのですか?


> > 問6 「捏造」をして良いと思いますか?
>
> *良い訳がないでしょう。


では、「高電位空間」という捏造を訂正して謝罪してください。

[1933] 「膜」の「膜」
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月17日 02時05分
> あらゆる「膜」の階層毎に「膜」があり、「膜」の属性は「膜」にある?

[1780]で私も似たようなことを指摘したんですが、竹内さんには理解してもらえなかったもよう。

[1934] Re: 「膜」の「膜」
投稿者名: ROM衆
投稿日時: 2001年5月17日 02時45分
改めて読みました。

>『「物質」の属性は「膜」にある。「膜」という物質に「物質」の属性はある』

この発言からは当然に、
『「(「膜」という)物質」の属性(も)「膜」にある。「膜」という物質に「(「膜」という)物質」の属性はある』
が導かれると思うんですが……

少なくとも、『「膜」という物質』が、「あらゆる物質」に何故に含まれないのかしら?

[1935] Re: 中立説について教えてください
投稿者名: 伊藤@PSU
投稿日時: 2001年5月17日 13時48分
> 消極的な優生学者も同様の表現を使っていると思いますが、
> 伊藤さんは「消極的な優生学」を支持されているということ
> でしょうか?

消極的な優生学者というものを知らないのですが…積極的であれ消極的であれ、人為的にコントロールすれば「自然選択」ではなくなると思うんですけど?

何にしても、消極的優生として、染色体異常を検出して中絶できるようになったことをもって「明るいニュース」と呼ぶ木村資生の感覚には、私はついて行けませんね。
という立場です。

[1936] 消極的な優生学者
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月17日 18時45分
> 消極的な優生学者というものを知らないのですが…積極的であれ消極的であれ、人為的に
> コントロールすれば「自然選択」ではなくなると思うんですけど?

「消極的な優生学」支持者は潜在的には社会のあちこちにいると思います。
私がここで指してるのは、いわゆる「社会的ダーウィニズム」で、例えば社会保障制度などは「自然選択」に介入するものだから止めたほうがよいという考えの人々です。

> 何にしても、消極的優生として、染色体異常を検出して中絶できるようになったことをもっ
> て「明るいニュース」と呼ぶ木村資生の感覚には、私はついて行けませんね。

遺伝学の元は育種学だったと思うのですが、優生学者の発想は、要するに「人間も育種しよう」って発想ですからね。
家畜を品種改良をするのはもちろん人間のためですが、では人間を品種改良するのは誰のため?
・・・あな恐ろしや。

[1937] 因果関係と「傾向」について
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月17日 19時18分
> 定義1:「流れ」とは、偶発的現象に現れる一種の「傾向」である。(後略)
> 定義2:「流れ」とは、人間の心理における一連の「傾向」である。(後略)
>
> となっています。それで前者がないことは当然ですのでここでは無視します。
> しかし、後者は当然ありますよね?

いったん取り消しちゃった私の反論ですが、やっと理屈を思い出しました。

とくに「非常にひじょーに厳密に調べ」る必要もなく、因果関係という点からいったら、この世の中で直前の状況に左右されない現象は何にもありません(ただし素粒子レベルの確率的挙動の話は詳しくないので除外)。
しかし、直前の状況の影響といっても、それが常に一定の方向にはたらくとは限りません。
したがって、試行回数を増やしていくとき、そういう影響の効果の総和の絶対値が限りなく小さくなっていき、極限で0になるような場合には「傾向なし」と言うのではないでしょうか。
一方、もし試行回数を増やしても、そういう効果の総和が0に収束せず、有限のまま残るようだったら、そのときは有意水準に引っかかって「有意に傾向あり」と判定するのでは。

ゆえに、定義2の意味での「傾向」が有って当然とはいえないと思いますし、

> ここで検討すべきは、(本質的には)帰無仮説の棄却ではなく、偶然からの偏りの程
> 度がどれくらい大きいか、つまり、我々に「なるほど、随分影響されているな」と思
> わせるほどのものかどうかということです。

というのは統計の考え方として正しくないのではないか、やっぱり帰無仮説の棄却が本質的ではないのか、と思うのですが、いかがでしょうか。

[1938] Re: 因果関係と「傾向」について
投稿者名: かくり
投稿日時: 2001年5月17日 21時39分
こんばんわ.こっちにもレスをつけに来ました.

> というのは統計の考え方として正しくないのではないか、やっぱり帰無仮説の棄却が本質的ではないのか、と思うのですが、いかがでしょうか。

上記1011さんの発言に対して肯定否定をするわけではなく,本来とつ氏は何を調べたくて(緒言で言ったこと),実際何を調べたのか再考したいと思います.

再度あのホームページを読んだのですが,とつ氏は「3回連続振りこんだああ!」や,「おっしゃあ東1局から倍マンつもあがったああ!」といった事象から来る心理的に思ってしまう「だから流れが悪いと感じること」や「だから流れが来ていると感じること」については肯定していますね.心理的に感じてしまうことはありですと.それを肯定した上で,「そういった真理状態とは関係なく,麻雀の順位は決まるんだ」といった仮説にもっていこうとしたように私には思われます.
ここで彼は「前の半チャントップやったから次もイケイケやあ」とか「前回ラスやったからなあ,次もあかんのとちゃうやろか」といった心理状態とは無関係に(そういった心理状態になること自体を彼の定義上流れとして),次の半チャンの順位は決まるよ,ということを言おうとしたデータをとろうとしたみたいです.
ですからその論文の持っていき方からすると,帰無仮説「麻雀の順位はその前回打った半チャンのそれに左右される」というのを立て,それを棄却するのがよいだろうと思われます.そういった意味では1011さんの発言である冒頭に引用させていただいた個所について私は賛成します.

しかしながらとつ氏は自分が求めようとする結果に対して適切でないデータ集めをしたと私には見えます.長くなりましたので続きはまた後で書こうと思います.

[1939] Re: 中心小体の「位置」
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月17日 22時07分
あき さんへ

> *生命の起源を説明しうる仮説として私は「蛋白粒→中心小体類→原始真核生物→真核生物→現在における生命体の多様性」を考えました。

> *生命は「簡単から複雑へ」と進化してきたのです。

> 竹内さんの上記の説明は何度も伺いました。それで理解できないので詳細を伺っています。私が聞いているのは「蛋白粒→中心小体類」の部分ですが、

*私は「蛋白粒状態での生命体(始原生命体)」が、「進化」の結果として、その外側に『「第二次細胞膜」を所持した』と考えております。そして、この状態が「原始真核生物(原始真核細胞)」であると考えております。

*この「第二次細胞膜」を所持したのは、「蛋白粒状態での生命体」の集合の結果として「膜」が生じたからだと考えております。


> 「蛋白粒→中心小体類」のみが成立し、「蛋白粒→核」「蛋白粒→ミトコンドリア」などが成立しない理由です。これをそれぞれの生物学的特性をもとに説明してください。理由がないのでしたらそうおっしゃってください。

*現在の生物学上においては『「第二次細胞膜」を所持した』という認識がありません。「始原生命体の細胞膜が進化し、現在の細胞膜がある」と安易に考えているだけです。

*あきさんは「原始真核細胞」をどのような「状態」であったと考えておられますか? 又、「始原生命体」をどのような「状態」であったと考えておられますか?

[1940] Re: あどけない話
投稿者名: セピア色
投稿日時: 2001年5月17日 22時08分
地球構成しているものに、火山岩、火成岩、堆積岩があるのは承知のとおりですね。

彼らは、先ず堆積岩に無意味な攻撃をします。どこのHPだったか腹のねじれる写真があったが。なぜか。ノアの洪水の結果だとよ。6000千年前は縄文時代でしょ。この時代は温暖で縄文海進といわれ、今の海面より数m海水位が高かいが、いろんな証拠がありますよ。あなたが何にも言わないから、ちょっとだけね。ハレルヤさん。。。。

[1941] Re: あどけない話
投稿者名: セピア色
投稿日時: 2001年5月17日 22時14分
> 地球構成しているものに、火山岩、火成岩、堆積岩があるのは承知。あなたが何
火成岩、変成岩、堆積岩

失礼しました。

[1942] Re: 承前 いくつか確認
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月17日 23時55分
> * 繰り返します、『あらゆる物質の階層毎に「膜」があり、物質の属性は「膜」にある』という認識をしていると言っているではないですか

> 「物質の属性」という言葉の定義と、具体的な用例を教えてください。

*「属性=ある物に属する性質」と理解しております。ですから、「物質の属性」とは、その物質にある固い、柔らかい、粘り等の性質と認識しており、これらの性質があるのは「膜」にある属性(形状弾性、体積弾性)の故と考えております。

> *「ボイルの法則とシャルルの法則」が成り立つのは「膜」があるからであり、「膜」と熱との関係のなかで「膜」の「硬さ」、「柔らかさ」と「ひろがり」が変るからだと考えております。

> これは理解不能です。ボイルシャルルの法則がなぜ膜があると
> 成り立つのか具体的な説明をお願いします。

*私は『あらゆる 「あらゆる物質の階層毎に「膜」がある」そして、この「膜」には形状弾性、体積弾性という性質がある』と考えているからです。

*「フックの法則」が成り立つのも「膜」があるからだと考えております。


> 後半部分、熱量が増すと膜は柔らかくなるのですか?

*「膜」と「熱」との関係があると考えております。


> * 「無生物である」という貴方の「判断基準」を返答していただけないでしょうか?

> 私の生物の定義は、竹内さんの定義から「生命体の意志云々」を除外
> したものと大体一緒です。従って、無生物の定義はその裏返しを考え
> ていただけば良いでしょう。

*貴方は、生命体の「合目的性」を否定されるのですか?


> * 貴方は上記の法則(ボイルの法則とシャルルの法則)がなぜ「成り立つ」のか考えたことはないのですか?

> 分子がエネルギーを持って自由運動をしているためであると考えています。

*貴方は「運動」がなぜなされるのかを考えたことがあるのですか?

*「自由運動」という言葉を使われていますが、この世の中は「原因があって結果がある」ということを貴方は分かっていないですね。

[1943] Re: 中心小体の「位置」
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月18日 00時00分
竹内さん

> *私は「蛋白粒状態での生命体(始原生命体)」が、「進化」の結果として、その外側に『「第二次細胞膜」を所持した』と考えております。そして、この状態が「原始真核生物(原始真核細胞)」であると考えております。

確認させてください「第二次細胞膜」とは通常いわれる二重脂質膜である細胞膜の原始的なものでしょうか?

「第二次」があるのならば当然「第一次」があると思いますが、「第一次」の膜はどこにあるのでしょうか?また何を覆っていますか(タンパク粒でしょうか)?
現在も「第一次細胞膜」は観察できますか?

> *この「第二次細胞膜」を所持したのは、「蛋白粒状態での生命体」の集合の結果として「膜」が生じたからだと考えております。

これに関しては回答を得た後コメントします。

> *現在の生物学上においては『「第二次細胞膜」を所持した』という認識がありません。「始原生命体の細胞膜が進化し、現在の細胞膜がある」と安易に考えているだけです。

これも同様です。第一次と第二次の違いが明確でないため、まずご回答ください。

> *あきさんは「原始真核細胞」をどのような「状態」であったと考えておられますか? 又、「始原生命体」をどのような「状態」であったと考えておられますか?

まず、「細胞の進化」に関しては生物学で提唱されている説に従っています。
私の認識が通説と異なる場合は、私の知識不足であると考えていただいて結構です。ちなみにミトコンドリアに関しては共生説を採っています。
「原始真核細胞」というものが仮定されているかどうかは知りませんが、現存している細胞とほとんど変わらない状態であると思います。もしかすると、小胞体やゴルジ体は未発達かもしれません。ミトコンドリアは逆に今は失ってしまった酵素群を保持していたかもしれません。
「始原生命体」とは「細胞の進化」上どの時点のものを竹内さんが指しているかわかりませんが、脂質二重膜に囲まれた環境下に核酸(初期はRNAのみだったかもしれません)、タンパク質、ATPなどの小分子が浮かんでいるようなものではないでしょうか。

[1944] Re: 中心小体の「位置」
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月18日 00時03分
竹内さんのご回答をいただいていない記事は下記の通りです。
[1878]、[1819,1820]、[1837,1838]、[1852]、[1864]、[1943](これは今書いたものです)

ご回答の予定を教えていただけるとありがたいのですが。
よろしくお願いします。

[1945] Re: 中立説について教えてください
投稿者名: ド素人
投稿日時: 2001年5月18日 00時14分
みなさん本当にありがとうございます。まとめてレスさせていただきます。よろしければもう少し素人の話にお付き合いください。

質問1について
皆さんの話を総合すれば、
 中立説は主に分子進化を取り扱っていて、表現型進化についてはダーウィニズムについて知る必要がある。
 分子進化と表現型進化の関係はよくわからず体系化もされていない、
ということですね。さて、

1011さん> ただ、表現型レベルの変化を引き起こす突然変異は一般には中立ではないと考えられていて、中
      > 立説の範囲では扱わないのです。

伊藤@PSUさん> ここで、「中立な突然変異」として、具体的にどういうものを想定されているでしょう
          > か?どうも、そもそも、「表現型」に影響しないものを考えておられるように見えるの
          > ですが。つまり、同義反復です。

伊藤@PSUさんへのレスですが、
「中立な突然変異」とは同義的塩基置換(p211)や偽遺伝子の進化(p230)なんかを指すと思っていました。
なぜ「同義反復」なのでしょうか。
「中立な突然変異」にも表現型に影響する場合があるというように読めますがそうなんですか?
1011さんのお話とは違うように読めるのですが、私の読み方が間違っていますか?

質問2について
みなさん否定的なお考えだったので安心しました。ただ、1011さんに教えていただいた河田雅圭氏のホームページでは

> 『生物進化を考える』の書評の多くは、木村優生論について批判していない。

とありますね。私には遺伝学の研究者のことは全く知らないので少し不気味なところです。
EzoWolfさんのおっしゃるように学問的成果と自分の思想を分けて節度を守って書いたからだと信じたいですが。

4個ぐらい欠陥遺伝子を持っているド素人でした。

[1946] まだしてなかったの?
投稿者名: クハ72 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月18日 01時17分
> > > 問6 「捏造」をして良いと思いますか?
> >
> > *良い訳がないでしょう。
>
>
> では、「高電位空間」という捏造を訂正して謝罪してください。

 僕は[1581]で自分の不手際を竹内さんに陳謝しました。塩川財務大臣じゃないですけどご自分の発言をお忘れになったとでも?

[1947] 書いた人のホンネ
投稿者名: ハレルヤ
投稿日時: 2001年5月18日 01時27分
1.証拠としてのくじらの化石は、でっち上げだという話は読んだことがあります。祖先としてあげられている化石の中には、進化論上、くじらと同時代とみなされるか、もしくは、より新しいとみなされる地層から出たものもあるようです。また他の化石に関しては、同一の本体のものとみなされるには、あまりにもかけ離れた場所から出たものもあるし、進化を証明するカギとなる肝心の部分の骨は、発見されていない。などという話だったと思います。(違ってないと思うけど、自信ない。)
 進化論者の方は、それでも、それを証拠とみなしておられるので、それ以上申し上げることができません。創造論者は、かつて、進化論者は馬の骨の化石を単に大きい順に並べて進化の証拠としたという過去の事例があると考えていますので、化石が出たと言っても、あまりびくともしていないようです。

2.「あどけない話」は、とりあえず「化石による中間型はまったく発見されていない」という見解に基づいた極端な断続平衡説をとっています。ご批判もおありでしょう。

3.病気云々も、どうかな、とは思いましたが、「適者生存」という原則に立てば、進化の第1歩は病気の克服にあるのではないかと考えますが。
 つまり、進化論の立場の人は、進化は、したくてしたんじゃなくて、「進化することを余儀なくされて、してしまった」と考えておられるのですね。人間になったのも、やむを得ず、人間になってしまった。と。なるほど。今はじめて分かった。しかし、それはどうでしょうか。放ったらかしにしておいたため、やむを得ず、より高度な存在に発展してきてしまったので今日があるなら、「放っときゃなんだって駄目になっていく、例のあの法則」はどうなるの?

4.陸にいたくじらと海にいたくじらと、どちらが生存しやすかったかということで言えば、んじゃどうして、その不適合な方は、絶滅しなきゃならんの? しかも、証拠を残さずにひっそりと…。少なくとも、進化する前まで、長い間、進化を支えるベく生存してきたじゃない。 そんなに不適合なら、どうして、進化するまで持ちこたえたの? なぜか、むちゃくちゃ、悲しい物語です。今度は進化論で悲劇の話を書きそうな気がしてきた。
 こんな話、別に、創造論を支持しているからではなく、素朴な疑問として、小学生でも持つのよ。なぜか、神を知るずっと以前から、進化論になじまなかったのでした。

5.カモメとカモメの交雑のことを言っておられたでしょうか。カモメとウミネコは交雑できるの? まだ、このHPすら全部読んでないんです。ごめん。

6.セピア色さん、せっかく誘ってくださったけど、たいした話がなくってごめんなさい。地球のこと、よく知っておられるのですね。また教えてください。ひょんな誤解から期待してもらったようですが、本当に申し訳ない。

7.創造論を支持しているとはいえ、あくまでも、進化論について、ようわからへんところを質問したいだけの話で、こちらまで来ましてん。それが、なんで創造論の代表選手みたいな言い方されないかんのか、皆目検討つけへん。(ま、途中で、こちらの専門の話になったからなぁ。あと、物理の授業の話もなぁ、あれは確かにミソやった。)せやけど、ここええとこですわ。むっちゃハマりました。大好き。ほんと、家事、子育て忘れるとこでした。

8.科学には証拠が必要。そうでした。証拠のあるなしは、進化論と創造論のあいだではおおよそ水掛け論で、それをどのように解釈するかの問題が大き過ぎるように思いました。「この世のすべては解釈だ(JとHの芸術論より)」

まだ他になんかありましたっけか。以上、おわります。

[1948] Re: 承前 いくつか確認
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年5月18日 01時42分
> > * 繰り返します、『あらゆる物質の階層毎に「膜」があり、物質の属性は「膜」にある』という認識をしていると言っているではないですか
>
> > 「物質の属性」という言葉の定義と、具体的な用例を教えてください。
>
> *「属性=ある物に属する性質」と理解しております。ですから、「物質の属性」とは、その物質にある固い、柔らかい、粘り等の性質と認識しており、これらの性質があるのは「膜」にある属性(形状弾性、体積弾性)の故と考えております。


ますますおかしいですよ。
なぜ、物質の属性(「その物質に属する」性質)がそれ自体じゃなくて
別の物質(竹内さんの言う「膜」)の属性に起因するのですか?


> > *「ボイルの法則とシャルルの法則」が成り立つのは「膜」があるからであり、「膜」と熱との関係のなかで「膜」の「硬さ」、「柔らかさ」と「ひろがり」が変るからだと考えております。
>
> > これは理解不能です。ボイルシャルルの法則がなぜ膜があると
> > 成り立つのか具体的な説明をお願いします。
>
> *私は『あらゆる 「あらゆる物質の階層毎に「膜」がある」そして、この「膜」には形状弾性、体積弾性という性質がある』と考えているからです。

あなたは「具体的な説明」という言葉の意味を理解する知的能力が
無いのですか? それとも「具体的に説明する」知的能力が無いの
ですか? 
もうずいぶん前から「具体的な説明」をお願いしているのに全く
してくれないですね。


> > 後半部分、熱量が増すと膜は柔らかくなるのですか?
>
> *「膜」と「熱」との関係があると考えております。

どんな関係があるのですか?


で、記憶物質である膜が記憶しているのは、形と固さと弾性の他には
何がありますか?
例えば、PCモニター階層の膜は何を記憶しているのですか?


水滴が丸くなるのは膜の記憶のためでしたよね?
では、コップに入っているお茶は、なぜコップの内壁に沿った
形になっているのですか? なぜ、コップの中で球体になって
いないのですか? 記憶はどうなっちゃったんですか?

そのお茶を飲んだとき、なぜその膜がのど(食道など)にから
まらないのですか?


水滴表面からの水分子の遊離(蒸発)の件はどうなりました?
それから液体と気体の膜の性質の違いを、具体的に説明して
下さい(あなたに「具体的に説明する」知的能力がもしあれば
の話です。知的能力が無いのならそうおっしゃって下さい。)。


それから、DNAの変異に起因する遺伝性疾患についての生命体
の意志についてはどう説明されますか(ツリー#1863です)?

[1949] そういや・・・
投稿者名: ヘルメス☆
投稿日時: 2001年5月18日 03時57分
竹内氏の理論(というかアイデア)って、むか〜し錬金術師とか魔法使いとかが考えていたエーテルが如何のこうの、四大元素が何のかんのという話に似ているような気がする。
で、具体的な箇条書きにされた仮説と定義、そしてそれを裏付ける客観的なデータが出てこないので、所詮は錬金術の現代版か、と思ってしまう。

おまけに中心小体の話も、客観性と信頼性を充分持ったデータが出てこない上に、「直感」と「判断」でぶちまけた話の一部なので科学的に議論するに足るものとは判断できませんねぇ。

挙句の果てに今の科学者の考えや理論が偽者だとまで言う始末だし・・・

[1950] Re: 書いた人のホンネ
投稿者名: 谷庵
投稿日時: 2001年5月18日 08時57分
創造論と進化論を対等の立場であるかのように考えているようですが、とんでもない間違いです。
信じたければ信じていても良いけど、創造論は想像論、もしくは与太話にすぎません。
一方、進化論は、現在分かっている範囲ではそれなりの根拠を持っています。
無知を根拠にしたり、自信の裏付けにしたりしてはいけません。

>こんな話、別に、創造論を支持しているからではなく、素朴な疑問として、小学生でも持つのよ。

小学生だから持つのです。

[1951] どうです、ぼろぼろでしょ?
投稿者名: くまのぷうこでぷう〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月18日 08時59分
とつさんの論文も科学的にぼろぼろであることを認めている人は多いのに、
何故みんなに『とつ氏の批判する、実験もせずに断定する人々の立場(これはくま氏の立場でもある)よりは、少なくとも一つの実験結果には基づいているとつ氏の立場のほうが、より科学的であるといえる( remark by 藤村村山)』と言わないんですか?

因みに読んでいるかどうか分かりませんが、元の麻雀スレッドで儂がin vitro in vivoのたとえの話に関してはwadjaさんに1499のあたりで説明しています。

wadja> in vivo, in vitro 辞書ひいただけなんで、おっしゃりたいことが分かった自信は無いのですが、麻雀の場合in vitro(プレーヤー以外の外的要因)が、統計や確率で説明できないほど偏ることがあるかどうかが問題のような気がします。問題は、麻雀で統計論や確率論が有意になるには、気の遠くなる程の試行が必要な点。<wadja

くまぷー>in vitroというのは、一般に『試験管内』、in vivoは『生体内』です。試験管の中では極力不測の要因を取り除いてbiologicalな実験が行えますが、in vivoでは様々な他の要因の複雑な組み合わせがあるため、in vitroの結果から予測される結果が出るとは限りません。
この場合儂は、金もかからず・人間関係が希薄な東風荘をin vitro、金がかかっていて、人間関係が濃密で、同じ人と何回も打つoffの麻雀をin vivoにたとえています。
ということ<でぷう〜

in vitroだから実験がダメなんて事はないですよ。in vivoだからOKと言うこともない。ただし常識として、in vitroの実験結果がin vivoに直接通用すると結論づけるのは間違いだと言うことです。加えて言えば、in vivoでマウスに通用したからと言ってヒトに通用すると結論するのは科学的には認められません。

[1952] Re: 「病的」科学
投稿者名: 谷庵
投稿日時: 2001年5月18日 09時00分
> 谷庵さん、はじめまして
>
> 仰りたいのは、「ト」じゃなくて「キ」、ですよね。
> それはともかく
> 「病的」科学ではなく、病的科学という言葉は疑似科学批判では
> http://inside.gunma-ct.ac.jp:8080/ice/~mame/doc/pseudo/patho.html
> に出てくるような意味で使われることが多いようです。
> 括弧つきの名称は紛らわしいので、もっといい名称ありませんでしょうか?
> たとえば妄想科学とかいかがでしょうか。

はじめまして。
今回の場合は、現在この掲示板で進行中の病的科学の提唱者は、本当の病人かも知れないよと言いたかったわけでして、
つまり、中には本気で腹を立てている人もいらっしゃるようですから、
「病人相手に腹を立てても、能力を批判しても仕方がないのでは」と言うメッセージだったのです。
さらに、もしご家族の方が見ていらしたら、是非専門医に診せて下さいというメッセージでもあったのです。

ただ、念のために言っておきますが、病人を嗤ったり蔑んだりするつもりは毛頭ありませんので誤解の無いようお願いいたします。
病人ではないのにあのような言説を繰り返しているとしたらその限りではありませんが。

[1953] 実験計画法の練習を!(統計の話ではなくデータ収集の計画)
投稿者名: ノリリン(まだクッキーが残ってた) (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月18日 09時14分
> 「麻雀に流れはないよ」については,私的には実験計画法を立てる練習をするのに非常に良いネタかなあと思ったりしました.では失礼します.

統計はともかく、儂も去年の自分の成績を解析しようとしました。金もかかっているし、濃密な人間関係があって、100荘以上はやっているし、少なくとも6連続トップ1回と4連続トップ二回と4連続ラスが一回あるので、優位差でまくりだろうと思ったんですが、成績表がなくなってました。もっともあったところで、どう解析するかという問題があります。覚えているだけで数回は人間関係を破壊するのを防ぐためにここらでトップをとるのをやめようと思ったことがありますし、4連続ラスは翌日から肺炎で寝込む位体調が悪い夜でした。だからあまりにもデータが汚い。しかもn=1だし。

そこで考えたのですが、『モチベーションがある程度均一で、現実の麻雀で、しかも面子が強く、ある程度固定して、そこそこ人間関係があって、名誉と金がかかっている。n=1ではなく沢山とれる』というそこそこ理想的なデータがありました。
最高位戦です。ただ残念ながら20年ほど前に近代麻雀などまじめな麻雀雑誌は滅びて麻雀雑誌の漫画誌か残っていません。だれかまだもってませんか?

[1954] ご存じですか? 病的
投稿者名: ノリリン(まだクッキーが残ってた) (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月18日 11時03分
Pathologyってごぞんじですか?
ごくごく簡単に訳してしまえば 『病気の学問』です。正確ではありませんが、ここではこれ位の説明しかしません。

形容詞になるとpathologic(al)です。
これを研究や科学につけてみましょう。
pathologic study
pathologic science

なんとなく病気の研究や病気に関する科学のような気がするでしょ?
ところが外国に行って『私はpathologic studyをしている』とか、『私の専門はpathological scienceだ』とか言ってはいけません。

この場合『害のある研究・科学』という意味になってしまいます。

まあ、あんまり関係ありませんが・・・

[1955] Re: 書いた人のホンネ
投稿者名: PDX.
投稿日時: 2001年5月18日 12時57分
To ハレルヤさん


>1.証拠としてのくじらの化石は、でっち上げだという話は読んだことがあります。
>  祖先としてあげられている化石の中には、進化論上、くじらと同時代とみなさ
> れるか、もしくは、より新しいとみなされる地層から出たものもあるようです。
>  また他の化石に関しては、同一の本体のものとみなされるには、あまりにもか
> 離れた場所から出たものもあるし、進化を証明するカギとなる肝心の部分の骨は、
> 発見されていない。などという話だったと思います。
>(違ってないと思うけど、自信ない。)

 失礼ですが、それらの記述が書かれている本、およびその本の元の資料はいつごろ
書かれたものでしょうか?
 私が例にあげたグールドの著書では、近年の発見に基づく新しい資料云々という書
き方がされ、その中に、『かつてクジラの先祖化石の少なさは創造論者びとって格好
の攻撃対象であったが、これらの化石はそれに対する反論の根拠となりうる』という

 なお、クジラとその祖先が同時期に並存したとしても不思議はありません。
 進化というのは、ある種の全体が同じ方向に進化していくというよりも、その種の
集団の一部だけが特殊な環境で分化していくことによっておこる、という考えかたも
ありますので、この場合母集団は古い形質を維持しつつ、端のほうの少数の集団が急
速に変化していき、その間(急速と行っても数万年とかですが)両者は並存しつづけ
ます。

>2.「あどけない話」は、とりあえず「化石による中間型はまったく発見されてい
>ない」という見解に基づいた極端な断続平衡説をとっています。ご批判もおありで
>しょう。

 中間型、ということばは多分に恣意的なものですし、ある種AとBの間のABとい
うべき化石が見つかっても、創造論者は
「それは結構、それではAとAB、BとABの間の中間種を出してください」
というだけでは?

>3.病気云々も、どうかな、とは思いましたが、「適者生存」という原則に立てば、
>進化の第1歩は病気の克服にあるのではないかと考えますが。

 病原体の側も進化するということをお忘れなく。

 また、「完全に克服」はできなくとも、病気によって集団の8〜9割が死滅した
としても1割が生き残って子孫を10倍残せば集団は維持できる、という考え方も
あります。

> つまり、進化論の立場の人は、進化は、したくてしたんじゃなくて、「進化する
>ことを余儀なくされて、してしまった」と考えておられるのですね。人間になった
>のも、やむを得ず、人間になってしまった。と。なるほど。今はじめて分かった。

 すくなくとも、「なりたいと思ったように進化」できる機構がないのですから仕方
ないでしょう。とりあえず現状まだ見つかっていません。
 バクテリアや免疫系の細胞などで、特定部位のDNAを他の部位よりも高い割合で
複製のエラーを発生させて突然変異を意図的におこしているフシのある例もあります
が、これもランダムな変異の発生率を高めているだけで、思い通りの変異が起こせる
わけではありません。

> しかし、それはどうでしょうか。放ったらかしにしておいたため、やむを得ず、
>より高度な存在に発展してきてしまったので今日があるなら、「放っときゃなんだっ
>て駄目になっていく、例のあの法則」はどうなるの?

 エントロピーの法則のことを言っているのでしたら、あれは閉鎖系に対してのみ
適応されるということをお忘れなきよう。
 生物は外部から物質を取り込んでエネルギーにするという点で既に閉鎖系ではあり
ませんし、上記の進化に関する部分では、「淘汰圧」というフィードバックがかかり
続けることで、進化が促進され得ます。
 もし淘汰圧がなければ、生物はどんどん単純になっていくでしょう。

>4.陸にいたくじらと海にいたくじらと、どちらが生存しやすかったかということで
>言えば、んじゃどうして、その不適合な方は、絶滅しなきゃならんの? しかも、証拠
>を残さずにひっそりと…。少なくとも、進化する前まで、長い間、進化を支えるベく
>生存してきたじゃない。 そんなに不適合なら、どうして、進化するまで持ちこたえた
>の? なぜか、むちゃくちゃ、悲しい物語です。今度は進化論で悲劇の話を書きそうな
>気がしてきた。

 悲劇だからその理論を否定するのですか?
 生物の進化は多分に歴史に左右されるものですから、悲劇的だからって
否定しきれるものじゃないと思いますけどね。
 火山の噴火で埋まって滅びた街の遺跡を見て、そこで生きていた人々の
生活は無意味だったのか、これは悲劇ではないのか、と言って歴史書から
その事項を削除したりはしないでしょう。

 そもそも宗教にだって悲劇の話はたくさんあると思いますけど。

> こんな話、別に、創造論を支持しているからではなく、素朴な疑問として、小学生で
>も持つのよ。なぜか、神を知るずっと以前から、進化論になじまなかったのでした。

 そりゃ私だって小学生の頃から、生命の起源と宇宙の起源に興味もってましたよ。
 だから未だにそういう本を読んでいますし。
 幼い私を母は教会の日曜学校に連れて行ったりもしたけど、牧師さんは私の満足する
答えを返してくれなかったので、私は進化論のほうに信頼をおいています。

[1956] Re: 麻雀に流れはありますよね?で実験計画法の練習を!
投稿者名: 伊藤@PSU
投稿日時: 2001年5月18日 12時59分
二つまとめてこちらの方に書いておきますね。

> 初めまして.私もカイ二乗検定したんで報告します.

どうもわざわざありがとうございます&ご苦労様です。

> 順位の横に確率を書きました.「前の局と次の局の順位に関係はない」
> と仮定した場合,1位の時の時局も4位の時の時局も順位は全試合から
> 導かれる確率に近似する(その順位になる確率は母集団=全試合と等し
> い)とすると,

私が書いた「期待値がマズイ」というのはこれの事です。全体の平均を期待値にしたんですよね?この期待値計算には「トップ後」などのデータ自身が含まれてしまっています。

期待値としてのデータを取るなら、ここでは当日最初の半荘の順位を集めるのが妥当でしょうか。これとて「じゃあ前日の結果の影響はないのか」となると問題ありですが、無視できる誤差とみて良いのではありませんかね。

何にしても安易にカイ二乗はちいっとまずそうかもしれません。もう一つの掲示板で順位検定を提案されていましたが、いまは順位が4つしかありませんし、検出力という点ではどうなんでしょうね?
それで、今私が思い付く最善と思える方法は、「トップ後」と「トップ後」以外のデータに分けて2×4の表を作り、独立性のG検定をすることです。これでどうでしょうか?

     1位  2位  3位  4位  | 計
トップ後 215   206   185   188   | 794
その他  580   621   530   501   | 2232
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
計    795   827   715   689   | 総計 3026

計算法:まず各要素に対して f x ln (f) を計算します。f は各要素の値です。215 ln (215) とか。Gは、2×(内側の8つの値のf ln (f)の総和)+(総計のf ln (f))−(各行と列の計のf ln (f)の総和))です。Gは実はカイ二乗統計量に相当するので、ただ単にそのままカイ二乗の表で有意性を検討するだけです(^^)。詳細は Sokal & Rohlf の Biometry の17.4あたりに。

このデータでは G ~ 1.46 となりました。自由度は3です。予備的にカイ二乗法でやった時からほとんど明らかですが、トップ後の成績はそれ以外の時と比べて独立とは言えませんね。

> 「麻雀に流れはないよ」については,私的には実験計画法を立てる練習
> をするのに非常に良いネタかなあと思ったりしました.

そうですね。問題を、一般性を持たせて書き換えれば、ゲームの勝敗における人間心理の影響の程度の調査という事だと思います。テーマとしては古典的な感じですが(とつさんが書いてたバスケでの研究と根本的に一緒ですね)、大学の教材なんかにはいいかも。

[1957] 何に対して責任があるのか
投稿者名: 分類学者
投稿日時: 2001年5月18日 13時20分
創造科学支持の方々はその方面から情報を得るので非常に片寄ってしまいますね。しかも当の本人(創造科学者)も「と」からの引用だったりして。

牧師は魂の救いに対しては責任があるでしょうが、まちがった文献を適当に引用し解釈して間違いを指摘されても屁でもないわけです。こっちはそれでメシを喰っているわけで、責任がちがうんです。長谷川氏だって医者として認められていればいいわけで、進化の事で失言があった
としてもいたくもかゆくもないということです。

[1958] 1011さんにまとめてお答え
投稿者名: 伊藤@PSU
投稿日時: 2001年5月18日 13時59分
こちらもまとめてお答えをば。長いのでできるだけ簡明を期すようにします。ちっとぶっきらぼーですが。

> 「乱入」って、ノリリン氏のようなプロレスごっこだけはやめて下さいね。

まあ、私がどんな人かは読んで適当に判断して下さい。

> あと、WWWページの筆者は「たつ」氏ではなく「とつ」氏であることを指摘させてください。

……なんと(^^;)。すいません、気を付けます。って、またやりそうな予感が。

> いったん取り消しちゃった私の反論ですが、やっと理屈を思い出しました。

け、結局、どこが取り消されてどこが残ってるんでしょ(^^;)。良く分からないので、全部答えることにします。

> 定義1:「流れ」とは、偶発的現象に現れる一種の「傾向」である。(後略)

> 「非常にひじょーに厳密に調べれば」この世の中で直前の状況に左右されない
> 現象は何にもないと思いますが、いかがでしょうか?
> したがって定義1における「傾向」も存在することになります。

どうも「非常にひじょーに」と、警戒して強く書き過ぎたようで。そりゃ、実はヒトには三萬を極端に好んで盲パイする傾向があるから半荘毎にすり減って引きが影響を受けるかも…とかいくらでも考えられますけど、(1)勝敗のどちらかの方向性と一致して、かつ(2)目に見えるほどはっきりした可能性ってのは、ちょっと考えられませんねえ。

> サンプル数1でも「サンプルの選び方を結果に依存させていない」とさえ見な
> せれば、無作為でないとはいえないのではないですか?

一個取り出すのは、単に代表を取り出してるだけです。無作為抽出というのは、大きな母集団の全体の傾向を推定するために、比較的少数の集団を偏りなく取り出すことです。

> > くま氏が書いてるように、『in vitro』の問題もありますしね。

> ある実験結果に対して「それは特殊な状況の実験だから」とケチをつけようと
> 思えば、いくらでもつけられます。

とつ氏のは「ケチ」レベルの問題ではありません。
麻雀の結果は直前の半荘にはぜぇったい影響されるわけないという信念の持ち主が、ネット麻雀(なんですよね?)という無機的状況で出したデータと、あああオレはヘコみ出したら止まらないんだどーしよと思ってる人が実際ヘコみながら直に卓を囲んでる時のデータは、たぶん相当に違うと思います。
そういう違いを無視して「一般に」と語り出すと、騙り出したと思われます。科学者でも時々いますが。

> 母集団全体を調べないかぎり、一般的な結論っていうのは存在しないのです。

巨大な母集団全体を調査するのは不可能な場合が多々あるので、標本抽出によって一般的傾向を推定するのが常識的手法です。そうやって得た結論を、我々は一般的結論と呼んでおります。

> だけど、そういうものが存在せず、他に先行実験もない状況から出発したとき、
> とつ氏のような試みを「疑似科学的」と言ってよいかどうか。

私は一般的な科学実験の計画や統計処理のまずさを指摘しているのであって、研究分野の新旧は全く関係ありません。
かつ、かくりさんの所でも書いたように、とつさんのやってることは別に新しくありません。

> ノリリン氏が「侮蔑的な言葉しか思いつきません」とか書いただけで具体的に
> はちっとも突っ込んでくれなかった部分ですが、侮蔑的な言葉なしに(笑) 突っ
> 込んでいただいてありがとうございます。

関西人なんで(^^)。

> 「観測対象」が任意抽出であっても、「観測結果」と「観測者」(&観測器具)
> の関係は「厳密には」独立ではありえません。

丸っきり話がそれてます。元は、サンプルが1では統計調査としてまずいという話なんですけど。
何でここで観測者と対象の独立性の問題が出てくるのですか??

> 「『in vitro』の問題」に関しては、実験には必然的につきまとうもの(なの
> で、どこかで無視するしかない)ということでいいですか?

くまさん=ノリリンが自分で転載してますが、簡単いうと、in vitro は人工的に組み立てた系、in vivo はホンモノ(何がホンモノかといいだすときりがないけど…)ということです。

> しかし、直前の状況の影響といっても、それが常に一定の方向にはたらくとは
> 限りません。したがって、試行回数を増やしていくとき、そういう影響の効果
> の総和の絶対値が限りなく小さくなっていき、極限で0になるような場合には
> 「傾向なし」と言うのではないでしょうか。一方、もし試行回数を増やしても、
> そういう効果の総和が0に収束せず、有限のまま残るようだったら、そのとき
> は有意水準に引っかかって「有意に傾向あり」と判定するのでは。

色々と重要な問題を含んでいると思います。
数値が期待値からずれる場合、そのずれを打ち消すような別の要素が全く同じ確率で起これば、見かけ上は有意に見えない可能性はありますね。ただ、人間の心理的な影響というようなもので、そんなに都合良くゼロに打ち消される状況というのは、ちょっとありえないしょう。

> ゆえに、定義2の意味での「傾向」が有って当然とはいえないと思いますし、

ですので、ずれはあるはずだと考えるのが、実験の計画段階での想定としては妥当だと思います。

長くなりすぎたので、このあたりの問題は、また明日にでも稿を改めて書きます。

[1959] Re: 実験計画法の練習を!(いっそのこと…)
投稿者名: 伊藤@PSU
投稿日時: 2001年5月18日 14時06分
> そこで考えたのですが、『モチベーションがある程度均一で、
> 現実の麻雀で、しかも面子が強く、ある程度固定して、そこそ
> こ人間関係があって、名誉と金がかかっている。n=1ではな
> く沢山とれる』というそこそこ理想的なデータがありました。
> 最高位戦です。ただ残念ながら20年ほど前に近代麻雀などま
> じめな麻雀雑誌は滅びて麻雀雑誌の漫画誌か残っていません。
> だれかまだもってませんか?

麻雀でなくてもいいんじゃありませんかね?将棋とか。

問題設定としては本質的に同一ですから。

[1960] Re: 消極的な優生学者
投稿者名: 伊藤@PSU
投稿日時: 2001年5月18日 14時12分
> 私がここで指してるのは、いわゆる「社会的ダーウィニズム」で、例えば社会
> 保障制度などは「自然選択」に介入するものだから止めたほうがよいという考
> えの人々です。

社会ダーウィニズムのことは不案内なんですが、そういう極端な主張は…困りますね。人間が何もしないのが「自然」だという、典型的な勘違いでしょう。

誤解を受けないように気を付けることにします。御指摘ありがとうございました。

[1961] Re: 中立説について教えてください
投稿者名: 伊藤@PSU
投稿日時: 2001年5月18日 14時42分
> 「中立な突然変異」とは同義的塩基置換(p211)や偽遺伝子の進化(p230)なんか
> を指すと思っていました。なぜ「同義反復」なのでしょうか。

ここで、同義的塩基置換や偽遺伝子の進化というのは、表現型に変化をもたらさないと考えられているものです。表現型を変えないものを「中立」と定義しているのですから、これをひっくり返して「中立な突然変異がいくら起こっても表現型レベルの進化にはつながらない」というのは同義反復です(^^)。

> 「中立な突然変異」にも表現型に影響する場合があるというように読めますが
> そうなんですか?

そうです。

中立であるかどうかは表現型が変化するかどうかとは関係ありません。選択係数が0、もしくは0に近い場合(実際には定義式があるんですが)に中立とみなします。実際、表現型レベルでも中立と思われるものはあります。ですから結局、「「表現型」のうちどのくらいが中立で、正の選択を受けるものがどのくらいあるかが問題」だろうと思うのです。

> 1011さんのお話とは違うように読めるのですが、私の読み方が間違っていますか?

間違っていません。
ただ、1011さんの「表現型レベルの変化を引き起こす突然変異は一般には中立ではないと考えられていて」というのも、必ずしも間違いではありません。

ここでまず注意しないといけないのは、そういう変異の大部分は有害だろうということです。そういう意味では非中立な変異は山ほどあります。問題は、では残りは中立か、あるいは有利かということです。

例えば最近の研究では、ある寄生性細菌で、極めて多数の遺伝子が一度に失われる大崩壊が起こったことが分かりました。これは表現型に影響をおよぼさないはずはないと思います。しかし突然栄養豊富な条件への寄生生活へと生活の場を移したような場合、普通であれば有害なような変化でも丸っきりへっちゃらなのかもしれませんね。つまり、中立なんです。

こういった研究も、これからどんどん進んでいくと思います。

[1962] Re: 実験計画法の練習を!(いっそのこと…)
投稿者名: ノリリン(まだクッキーが残ってた) (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月18日 15時09分
> 麻雀でなくてもいいんじゃありませんかね?将棋とか。
> 問題設定としては本質的に同一ですから。

しょ、将棋ですか!?
将棋はすべて情報をオープンにしてやるゲーム、麻雀は情報を隠蔽してやるゲームで、偶然の要素もある。ゲームの専門家によると別の名前で呼ばれる部類のゲームだそうです。

将棋だとまじめな雑誌がいくつも生き残っているのでプロの勝敗を集めるのは簡単です。続けて勝つ確率と通常の勝率を比べればいいでしょう。
ただ、将棋の場合は『流れ』っていいますかね?一局の打ち筋には『流れがいい。悪い』とか言うこともありますが。一日に2局打つことはほとんどないですし。
麻雀に流れがあるかどうかからは離れてしまいます。

野球で言いますと、阪神はここ5年間で10連敗を3回はやってます。確か。
*勝率4割として10回続けて負ける率は0.000104858。
*1シーズンに10連敗を始めれるチャンスは1シーズン130試合として、120回。
*1シーズンに勝率4割のチームが10連敗できる可能性は、
120X0.000104858=0.012582912 
*約一年に1.2%の確率で起こることが、5年間で3回起こるとしたら、その有意差は・・・しまった。今ソフトが使えない環境です。しかし、絶対何かありますな。
p<0.001位ではないか?

とすれば『プロ野球の勝敗には流れがある』という結論になる?
勿論、それはブーだが。

[1963] Re: ちょっち修正
投稿者名: かくり
投稿日時: 2001年5月18日 15時51分
本筋への指摘ではありません.あしからず.


> 野球で言いますと、阪神はここ5年間で10連敗を3回はやってます。確か。
> *勝率4割として10回続けて負ける率は0.000104858。
> *1シーズンに10連敗を始めれるチャンスは1シーズン130試合として、120回。
> *1シーズンに勝率4割のチームが10連敗できる可能性は、
> 120X0.000104858=0.012582912 
> *約一年に1.2%の確率で起こることが、5年間で3回起こるとしたら、その有意差は・・・しまった。今ソフトが使えない環境です。しかし、絶対何かありますな。
> p<0.001位ではないか?
>
> とすれば『プロ野球の勝敗には流れがある』という結論になる?
> 勿論、それはブーだが。


あのですね.勝率4割のチームが10連敗する確率は0.4^10ではなくて,
0.6^10ですね.だから0.006047.
ノリリンさんの流れにしたがってその後計算すると,
0.006047×120=0.7256
0.7256×5=3.628から
5年に3回は普通に生じるでしょう.
くそ〜〜どうしてこんなに弱いんだよお〜

[1964] 伊藤さんご指摘ありがとう!
投稿者名: かくり
投稿日時: 2001年5月18日 16時48分
>
> > 順位の横に確率を書きました.「前の局と次の局の順位に関係はない」
> > と仮定した場合,1位の時の時局も4位の時の時局も順位は全試合から
> > 導かれる確率に近似する(その順位になる確率は母集団=全試合と等し
> > い)とすると,
>
> 私が書いた「期待値がマズイ」というのはこれの事です。全体の平均を期待値にしたんですよね?この期待値計算には「トップ後」などのデータ自身が含まれてしまっています。

うっかりしていました.母集団,標本集団両方に入っているデータがありますね.しまった.

> それで、今私が思い付く最善と思える方法は、「トップ後」と「トップ後」以外のデータに分けて2×4の表を作り、独立性のG検定をすることです。これでどうでしょうか?
>
>      1位  2位  3位  4位  | 計
> トップ後 215   206   185   188   | 794
> その他  580   621   530   501   | 2232
> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
> 計    795   827   715   689   | 総計 3026
>
> 計算法:まず各要素に対して f x ln (f) を計算します。f は各要素の値です。215 ln (215) とか。Gは、2×(内側の8つの値のf ln (f)の総和)+(総計のf ln (f))−(各行と列の計のf ln (f)の総和))です。Gは実はカイ二乗統計量に相当するので、ただ単にそのままカイ二乗の表で有意性を検討するだけです(^^)。詳細は Sokal & Rohlf の Biometry の17.4あたりに。
>
> このデータでは G ~ 1.46 となりました。自由度は3です。予備的にカイ二乗法でやった時からほとんど明らかですが、トップ後の成績はそれ以外の時と比べて独立とは言えませんね。

独立性のG検定自体はわかりませんでした.しかしながらm×nの偶然表の検定の方法を見つけましたのでそれでやってみました.
ちなみに参考文献は,『実務家のための新統計学 石川栄助著』です.
               次の半チャン
前の半チャン       1位  2位   3位    4位  合計
1位             215   206   185   188  794
その他           580   621   530   501 2232
合計      795  827   715   689 3026
次の半チャン理論比 0.263 0.273  0.236   0.228

理論比=次の半チャンの順位合計値/全部の合計値
例次の半チャン1位の理論値=795/3026

理論比から導かれる期待値
次の半チャン
前の半チャン 1位   2位    3位   4位 合計
1位    208.82   216.76  187.38 181.03 793.99
その他   587.02   609.34  526.75 508.92 232.01
合計    795.84   826.17   14.136 89.93 3026

χ二乗値=前の半チャン1位の時のχ二乗値+前の半チャンが他の順位の時のχ二乗値
       1位 2位 3位 4位 合計
χ二乗値 前1位 0.183 0.534 0.03 0.268 1.015
χ二乗値 前他 0.084 0.223 0.02 0.123 0.45

合計のχ二乗値 1.465

用語的に言い表しが正しいか不明ですが,要するにそれぞれの理論値を求め,
各セルで(期待値−観測値)^2/期待値を出して合計したものです.

1.46=1.465(小数点の丸めの位の差でしょう)といってよいでしょうから,同一の結果を出せていると思います.

最後にどうしても表がまっすぐならない.エクセルから持ってきたんですが.これが限界です.見にくくてごめんなさい.

[1965] Re: 書いた人のホンネ
投稿者名: 安賀須若人
投稿日時: 2001年5月18日 17時53分
ハレルヤさん、こんにちは

> 1.証拠としてのくじらの化石は、でっち上げだという話は読んだことがあります。(以下略)

「何々がでっち上げだという話は読んだことがあります」というだけでは、元の文献が信頼できなければそれでお仕舞いです。「日本人の祖先はユダヤの失われた十部族の一つだという話は読んだことがあります」というのと大差ないですよ。例えば日本人の起源についてであれば、日ユ同祖説と騎馬民族起源説(この説自体は学界では否定的のようですが)がどちらがもっともらしいかは、それぞれの論拠を丹念に検討しなければ何ともいえないのではないですか。進化論をよくご存じでないのならば、まず進化論のまともな本をぜひ読んで下さい。例えばNATROMさんが紹介されている河田雅圭の「はじめての進化論」ならWEB公開もされているのでいかがですか?
因みにWEB版「はじめての進化論」のアドレスは
http://meme.biology.tohoku.ac.jp/INTROEVOL/index.html
です。

> 2.「あどけない話」は、とりあえず「化石による中間型はまったく発見されていない」という見解に基づいた極端な断続平衡説をとっています。ご批判もおありでしょう。

まずグールドらの断続平衡説自体は、グールド自身も言ってますが進化学説の主流とはいい難いですね。それに断続平衡説についてきちんと調べられましたか?一世代で別種が形成されるなどという学説ではありませんよ。

> 3.病気云々も、どうかな、とは思いましたが、「適者生存」という原則に立てば、進化の第1歩は病気の克服にあるのではないかと考えますが。
>  つまり、進化論の立場の人は、進化は、したくてしたんじゃなくて、「進化することを余儀なくされて、してしまった」と考えておられるのですね。人間になったのも、やむを得ず、人間になってしまった。と。なるほど。今はじめて分かった。しかし、それはどうでしょうか。放ったらかしにしておいたため、やむを得ず、より高度な存在に発展してきてしまったので今日があるなら、「放っときゃなんだって駄目になっていく、例のあの法則」はどうなるの?

まず他の方も指摘されていますが、細菌による病気であれば細菌の方も進化します。病原菌との生き残りゲームの中で、免疫などの防衛メカニズムが高度化したと考えられますから、病気を克服する方向に進化していないわけではないのですが、病原菌の方も負けずに進化してきているのです。
それから、ちょっと前に流行した「自己組織化」の話はお聞きになったことあります?ある種の条件下では「放っといても秩序が形成される」という話です。他の方の指摘にもありますが「放っときゃなんだって駄目になっていく」という理解自体が熱力学の誤解です。

> 4.陸にいたくじらと海にいたくじらと、どちらが生存しやすかったかということで言えば、んじゃどうして、その不適合な方は、絶滅しなきゃならんの? しかも、証拠を残さずにひっそりと…。少なくとも、進化する前まで、長い間、進化を支えるベく生存してきたじゃない。 そんなに不適合なら、どうして、進化するまで持ちこたえたの? なぜか、むちゃくちゃ、悲しい物語です。今度は進化論で悲劇の話を書きそうな気がしてきた。
>  こんな話、別に、創造論を支持しているからではなく、素朴な疑問として、小学生でも持つのよ。なぜか、神を知るずっと以前から、進化論になじまなかったのでした。

海にいたクジラの祖先もそのままの形では現存していませんから、陸にいたクジラの祖先と同じ運命ですね。海に入ったクジラの祖先と別れて陸に残った祖先はそれぞれ別に変化していったわけです。ラッコとカワウソは比較的似ているから共通祖先がいたのかなぁと考えることはそう難しくないですよね。クジラの祖先が陸にいるものと海にいるものに別れてすぐの時代は、ラッコとカワウソとの間程度の差であったのかもしれないけれど、世代を重ね時間が経つにつれて似ても似つかないカバとクジラになったのかもしれないのです(クジラとカバの関係は最近の分子系統学的解析から言われている学説です)。

> 5.カモメとカモメの交雑のことを言っておられたでしょうか。カモメとウミネコは交雑できるの? まだ、このHPすら全部読んでないんです。ごめん。

他の方へのご返答なので横槍になるのですが、何でもそうですが質問する前に自分なりによく調べないと良い質問はできませんよ。どこから調べたら良いかわからないということでしたら繰り返しになりますが河田の「はじめての進化論」から読んでみてはいかがですか?それに焦点がわかりにくくなりがちな仮想対話を書き込むよりは、ストレートに質問された方が明確な回答が期待できると思いますよ。

話は変わりますが世界各地の民族宗教の中には、特定の動物とその民族が祖先を共通にするという神話を持つものも少なからず存在します(トーテムに祖先の動物が飾られていることがあるのはご存知ですよね)。古事記等の日本神話にもそのような要素があります。有名なところでは神武天皇の父方の祖母(母の姉でもある)である豊玉姫が出産時に本来のわに(=サメ)の姿に戻ってしまう話があります。無宗教でなくては進化学説を受け入れ難いとは限りません。一部のクリスチャンの方は進化論を受け入れたら道徳が成り立たないと仰いますが、他の宗教の信者(因みに私は仏教徒ですが)から見たらちょっと共感し難い主張です。

[1966] Re: ちょっち修正
投稿者名: ノリリン@悪のオ〜ナ〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月18日 18時32分

> あのですね.勝率4割のチームが10連敗する確率は0.4^10ではなくて,
> 0.6^10ですね.だから0.006047.

そうそう。

阪神の弱さも科学的に証明されましたね

[1967] Re: 書いた人のホンネ
投稿者名: クハ72 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月18日 19時40分
> 創造論者は、かつて、進化論者は馬の骨の化石を単に大きい順に並べて進化の証拠としたという過去の事例があると考えていますので、

 これの出典はジェレミー・リフキン『エントロピーの法則(II)』だと思いますが、グールドは『嵐の中のハリネズミ』で以下のように言っています。

「リフキンは、科学はウマの系統樹について何も解明していないにもかかわらず、大衆をあざむいてきたと述べ、これこそウマをめぐる大陰謀だと呼んでいる。アメリカの自然史博物館で一九〇五年に、ウマの化石が系統の順ではなく、大きさの順に展示されたのがいい証拠だというのだ。ジェレミー、君の言うとおり、あれはひどい展示だった。しかし、われわれが解明していることを知りたければ、ジョージ・ゲイロード・シンプソンの著書『馬の進化』(クハ72註:『馬と進化』の誤植)を読めばいい」

 進化論者は間違いを素直に認めるんです。

> 「適者生存」という原則に立てば、進化の第1歩は病気の克服にあるのではないかと考えますが。

 そうとは限りません。足の速いシマウマほど生存する可能性は高いです。足の速いライオンほどより多くの餌にありつけます。

> 証拠のあるなしは、進化論と創造論のあいだではおおよそ水掛け論で、それをどのように解釈するかの問題が大き過ぎるように思いました。

 痕跡器官をどのように解釈するか是非知りたいですが、創造論者は進化論者の解釈を正しく把握するところから始めるべきでしょう。進化論者が言ってもいないことを否定する時がありますから。

[1968] Re: 何に対して責任があるのか
投稿者名: クハ72 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月18日 19時41分
> 牧師は魂の救いに対しては責任があるでしょうが、まちがった文献を適当に引用し解釈して間違いを指摘されても屁でもないわけです。

 とはいえ牧師の中には創造論で伝道する人も少なからずいるわけで、そうやって信仰を持った信徒にとっては屁どころか毒ガスにも匹敵するわけで(笑)。
 実際ある教会はわざわざツアー組んでグレンローズ行ってカール・ボウやドン・パットンが経営する博物館やパラクシー川の「ヒトの足跡」を見学し、そこで礼拝までしちゃってるんですから。そこの教会員に対し「あれは米国の創造論者でさえ間違いだと認めてるんですよ」と教えるのは酷でしょう(でも件の教会のサイトにはグレン・クバンによる反論サイトへのリンクがあったりして必ずしもそうとは言えないのかも)。

[1969] 阪神ファンが認めてしまうのは
投稿者名: かくり
投稿日時: 2001年5月18日 20時33分
>
> > あのですね.勝率4割のチームが10連敗する確率は0.4^10ではなくて,
> > 0.6^10ですね.だから0.006047.
>
> そうそう。
>
> 阪神の弱さも科学的に証明されましたね

『阪神ファン自体が「弱い」ことを認めてしまうのはまずいと思うので,このデータ解析はなかったことにしましょう.うん.』

ってこれでは自分の意にそわない結果については無視してしまう悪い例ですね(↑).本当はこんなことしてはいけません,うんうん.

[1970] Re: あどけない話
投稿者名: セピア色
投稿日時: 2001年5月18日 21時55分
あちらでY何某がまたまた 何か言っている。あいつ何者なのかな。

なんせ、あちらでは発言停止の身、どうしょうもないのね。やんわり誰かさん聞いてみて。

HとY何某、ここで発言してみませんか。見てるのでしよう。


おお神よ 許されるなら あちらで議論したい。

[1971] Re: そういや・・・
投稿者名: セピア色
投稿日時: 2001年5月18日 22時20分
> 竹内氏の理論(というかアイデア)って、むか〜し錬金術師とか魔法使いとかが考えていたエーテルが如何のこうの、四大元素が何のかんのという話に似ているような気がする。
> で、具体的な箇条書きにされた仮説と定義、そしてそれを裏付ける客観的なデータが出てこないので、所詮は錬金術の現代版か、と思ってしまう。


揚げ足とりではないのですが錬金術は科学だと思います。
中心小体生命論とはちょと違いますが。
ニートンも確信的な錬金術師だったのだけど、ポパー流の反証可能性があったとおもいます。かれらは必死で実験をし、ことごとく失敗をしました。成功したといった妄想を認められたものはいません。錬金術から化学へと、それこそ科学へと昇華していったと認識しています。
元素が変化するには膨大なエネルギーが必要だけど、現代では証明されていますよね。

[1972] 2世2題
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月18日 22時43分
> とつさんの論文も科学的にぼろぼろであることを認めている人は多いのに、
> 何故みんなに『とつ氏の批判する、実験もせずに断定する人々の立場(これはくま氏
> の立場でもある)よりは、少なくとも一つの実験結果には基づいているとつ氏の立場
> のほうが、より科学的であるといえる( remark by 藤村村山)』と言わないんですか?

誤解があります。私はとつ氏の論文が通常の基準からみて科学的だとは言っていませんね。
比較の対象の問題です。
したがって私が反論する必要はとくにありません。

クルーズは現在、阪神の首位打者、つまり阪神の他の選手よりは高打率ですが、果たしてバース2世と呼ばれるにふさわしい高打率だと思いますか?


> in vitroだから実験がダメなんて事はないですよ。in vivoだからOKと言うこともな
> い。ただし常識として、in vitroの実験結果がin vivoに直接通用すると結論づける
> のは間違いだと言うことです。加えて言えば、in vivoでマウスに通用したからと言っ
> てヒトに通用すると結論するのは科学的には認められません。

ノリリンさんにとっては自明な理屈を飛ばして説明されているのかも知れませんが、上の説明のままでは論理に飛躍があります。
東風荘をin vivo、offの麻雀をin vitroに例え、in vivoとin vitroの違いを指摘しただけでは、東風荘とoff麻雀の違いについて何も言ったことにはなりません。
東風荘での実験結果とoff麻雀の実験結果がなぜ違うといえるのかについて、もっと詳しい説明をください。

井川投手は新・江夏2世、つまり江夏に例えられたりする。
江夏投手は「優勝請負人」だった。
そこから直ちに、「井川は『優勝請負人』である」と認めていいですか?

[1973] Re: 生命体であるかどうかの判断基準 
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月19日 00時01分
wadja さんへ

> >>「目で見る」とはいいながら、「判断」するのはあくまで竹内さんの主観ですから、その基準が客観的に示されない限りは、議論としての発展性がありません。皆さんが「具体的に」と繰り返し要求される理由です。

*私は「主観・客観」という言葉に「科学的」意味をあまり感じません。何故なら、ニュートンの「万有引力」、即ち、「あらゆる物と物は引き合っている」を「客観的に正しい」と多くの人々が認めているからです。

*私は「判断」の正誤が重要だと思っております。


> >*[1806]で上記のように記されていますが、私は『我々、人類は未だ「生命体である個体と細胞」が「なしている」ことは何も分かっていないのです。又、「個体と細胞が生命体である」ことを知っているだけなのです』という認識ですから...

> あきさんの言うように、「全てが分かっているわけではない」が正しい表現だと思われます。それとも竹内さんは、「なしている」と言う言葉に、現代の我々に既知の仕組みを超えた、特殊な相互作用の意味を持たせているのでしょうか?

*私は『記憶に関わる「物質」』に既知の仕組みを超えた「機能」と「性質」があると考えております。


> a )「個体と細胞が生命体である」ことを知っているだけなのです』という認識ですから、「細胞と個体は生命体である」からの議論をするという事しかないと思っております。

> とお書きですが、一方で、

> b )「物質と生命体との違い」についてはわかっていません。ですから、誰も「その基準」を客観的に示すことはできないのです。
>
> ともありますよね。これでは、「細胞と個体は生命体である」という命題に、客観的な判断は下せないことになります。また上記は一見正しい言明にも見えますが、「違いについて客観的に示せないのは、違いが存在しないから」という対立する言明も存在しうるので、「ですから」には論理の飛躍を感じます。

* 上記 a ) は 「細胞説の確立」と理解して下さい。
b ) は 「現在の生命科学が」という意味です。

*、「細胞と個体は生命体である」と「物質と生命体との違い」とをわけて考えて頂きたいと思います。

*「ですから」の「意味」は「生物学として」ということです。(細胞は生命の最小基本単位)


> >*「それはあくまで特殊な条件下での話であり」と貴方は言われますが、私は、「特殊な条件下」であっても「細胞は独立して生きている」という判断をしなければならないと思います。

> では「独立して生きている」の意味を、客観的に定義していただけると助かります。

*お断りします。貴方自身で考え、判断してください。


> >*原始の海で誕生した「生命」から現在の真核生物への進化を考えると「核やミトコンドリア等の細胞小器官(中心小体を除く)を生細胞外で培養する事は出来ない」ということだと思います。
>
> 真核生物への進化は、共生説などもあり、必ずしも統一されているとは思えない部分もありますが、竹内さんが「中心小体以外は細胞外では培養できない」とされる根拠となる、「真核生物への進化」を教えて頂けるでしょうか?

*上記の件に関してはあきさんにお答えしたいと思っております。

[1974] そんなに聞きたいなら言ってもいいけどさ、
投稿者名: ハレルヤ
投稿日時: 2001年5月19日 00時14分
エー、引用しました本文はですね、ニュージーランドのね、

って、そう簡単に教えてちゃたまらない。わたしは、議論の相手になるためにここに来たんじゃないんです。が、話が好きで、はまってしまっただけ。そのあたり誤解されている。今日はあっちの掲示板へ行きましょう。
 悪いけど、他にもしないといけないことがあり、そちらの本が溜まる一方なんですね。明日は子供の運動会だしね。
 私は、先日も申し上げたように、論者ではなく、論支持者ですから、おっしゃっておいでのことについて、創造論の方々はこう言ってるんじゃないかと思うところは、代弁してもいいです。が、私としては、息子が進化論は本気じゃないと言ってくれたことで、当初の問題をクリアしましたので、個人的には、そこまで情熱を傾けることができないという、母親の心理もあるわけで。ごめんなさい。さあ、行こう。

[1975] 「ト」といっても、
投稿者名: ROM衆
投稿日時: 2001年5月19日 00時28分
信奉者のような方はたまに見えますが、
あそこまで素敵な提唱者が、こちらに見えるのは珍しいのでは?
とても貴重な場面に遭遇している気分であります。

しかしあれほど見事だと、或いは本当にご本人かしら?という疑念も・・
いや、これは蛇足です、決して誹謗中傷を目的としているわけではありません。

[1976] 話はそれますが
投稿者名: クハ72 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月19日 00時54分
> けれども、中には明らかに病的なものもあります。

創造論者にとっては進化論者が病的に見えるようで。

http://www.dr-luke.org/Treatises/evolution.html

[1977] あかん
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月19日 01時18分
> > 阪神の弱さも科学的に証明されましたね
>
> 『阪神ファン自体が「弱い」ことを認めてしまうのはまずいと思うので,このデータ解析は
> なかったことにしましょう.うん.』

なんちゅことを
帰無仮説「阪神は弱くない(勝率5割以上)」を棄却してから言わんかい
統計的に正しくなくても「阪神が弱い」という結果なら簡単にOKを出してしまう阪神ファンの性

がしかし検定するだけムダか

[1978] Re: サンクスです
投稿者名: wadja
投稿日時: 2001年5月19日 01時20分
T8848さんサンクスです。昔水族館で実物を見たような気がする。

> 昔、「アフターマン」という、500万年後(だったっけ?)の生物の図鑑があったけ
>ど、それには進化したコウモリの子孫が現在のペンギンのように泳ぐ姿が描かれて
>た。

一度見てみたいな、その本。こうもりのエコロケーションは水の中ではうまく働くんだろうか?>1011さん

[1979] Re: 中立説について教えてください
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年5月19日 01時51分
> > 「中立な突然変異」とは同義的塩基置換(p211)や偽遺伝子の進化(p230)なんか
> > を指すと思っていました。なぜ「同義反復」なのでしょうか。
>
> ここで、同義的塩基置換や偽遺伝子の進化というのは、表現型に変化をもたらさないと考えられているものです。表現型を変えないものを「中立」と定義しているのですから、これをひっくり返して「中立な突然変異がいくら起こっても表現型レベルの進化にはつながらない」というのは同義反復です(^^)。

こんばんは。

「表現型を変えないものを中立と定義している」というのは間違いだと
思いますが。

木村の著書を見ると「淘汰に対して中立」と言明しています。

> 中立であるかどうかは表現型が変化するかどうかとは関係ありません。選択係数が0、もしくは0に近い場合(実際には定義式があるんですが)に中立とみなします。実際、表現型レベルでも中立と思われるものはあります。ですから結局、「「表現型」のうちどのくらいが中立で、正の選択を受けるものがどのくらいあるかが問題」だろうと思うのです。

こちらが木村の定義でしょう?
上の段と、こちらの段とで「中立」の定義が違ってしまってますよ。
これでは素人さんは混乱してしまうのではないでしょうか。

...............

横レス失礼しました。

[1980] Re: そういや・・・
投稿者名: ヘルメス☆
投稿日時: 2001年5月19日 04時29分
> セピア色さんへ

> 揚げ足とりではないのですが錬金術は科学だと思います。
> 中心小体生命論とはちょと違いますが。
> ニートンも確信的な錬金術師だったのだけど、ポパー流の反証可能性があったとおもいます。かれらは必死で実験をし、ことごとく失敗をしました。成功したといった妄想を認められたものはいません。錬金術から化学へと、それこそ科学へと昇華していったと認識しています。

 はは、私が言いたかったのはニュートンのような正統派(?)なのではなく、魔法や神秘学にハマって本気で金を合成しようとしていたような輩の事ですよ。
 私自身は錬金術は科学の基礎となり、それから科学が発達した、と考えています。
 ですが竹内氏のやり方はどうも自分にはインチキ科学のように見えてしまう。
 なぜなら具体例が出てこない、客観性と信頼性に裏付けられたデータも無い、科学新聞と言う又聞きの話で自分の考えが正しいと判断(認識、判断?)し、その原著も見ないで正しいと言い張る。
 おまけに今までの科学的な手法で積み重ねられてきた理論、知識体系を「その手法が間違っているからそれも誤り」などと言い、しかも「正しい方法」が「目で見て、自分の直感と判断する」では・・・

> 元素が変化するには膨大なエネルギーが必要だけど、現代では証明されていますよね。

それは私も知っています。
最もわかりやすい例としては核反応が挙げられますね。
ウラニウムから核反応を経てプルトニウムに、また水素から核融合反応を経てヘリウムへ、という元素変換は既に存在していますし。

[1981] 面目ない
投稿者名: 伊藤@PSU
投稿日時: 2001年5月19日 07時00分
> 「表現型を変えないものを中立と定義している」というのは間違いだと
> 思いますが。

これは元々の話の流れでは、『「ド素人」さんが想定している中立』のことです。
わかりにくかったですね。すいません。

[1982] Re: 実験計画法の練習を!(駄目か…)
投稿者名: 伊藤@PSU
投稿日時: 2001年5月19日 07時10分
> 将棋はすべて情報をオープンにしてやるゲーム、麻雀は情報を隠蔽
> してやるゲームで、偶然の要素もある。ゲームの専門家によると別
> の名前で呼ばれる部類のゲームだそうです。

おお。そうなんですか。知らなかった。

ゲームにおける人間心理の影響、って点ではおんなじだからいいかなぁと思ったんですが、たしかに麻雀のゲーム性に流れの原因を感じてる人は説得できませんねー。

> 将棋だとまじめな雑誌がいくつも生き残っているのでプロの勝敗を
> 集めるのは簡単です。

そうそう。これなんですよ。将棋や囲碁ならデータ収集が簡単かなと。

麻雀に似ててデータ入手が簡単…ううん、思い付かない。

[1983] Re: こちらこそどーも(^^)
投稿者名: 伊藤@PSU
投稿日時: 2001年5月19日 07時19分
まずは訂正から。

Gは、2×((内側の8つの値のf ln (f)の総和)+(総計のf ln (f))−(各行と列の計のf ln (f)の総和))です。

……ほとんど間違い探しゲーム。

> しかしながらm×nの偶然表の検定の方法を見つけましたのでそれで
> やってみました.

これって、要するに全体の平均を期待値として、データを二つに分けてカイ二乗で独立性を見てるんですよね?Gと見てるものは本質的には同じじゃないかなあ。

> 1.46=1.465(小数点の丸めの位の差でしょう)といってよいでしょ
> うから,同一の結果を出せていると思います.

もう少し桁を増やすと、私の方はG = 1.4647です。見てるものが同じなので、答えあわせの結果も同じ。美しい…(^^)。

[1984] 何かずるい
投稿者名: GOA
投稿日時: 2001年5月19日 08時20分
>クハ72さん

ご案内のページを読んで気になったのですが、

私たちももし「創造論」的観点に立つ論文を書いたとしても、まず内容査読に入る以前に、無条件にレフェリーによってはじかれてしまうであろう。これに対してアメリカでは「創造論」的観点に立つ科学者が数多く出ており、Web上でも様々なHPもある。

の部分。これだと、ちょっと読んだだけではアメリカでは創造論に立つ論文もレフェリーにはじかれることなく認められているように誤解する人がでるでしょうね。
科学の論文と「なんでもあり」のHPを同列に扱うのは、「こうした」人達がよく使う手口ですが、もう少しフェアにやれないものなのでしょうか?

私には「唐沢博士は進化論に基づく研究でもっとも成果をあげている国はアメリカである」という事実に向き合っていないように見えます。

[1985] Re: 承前 いくつか確認
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月19日 08時57分
舞 さんへ

> * 繰り返します、『あらゆる物質の階層毎に「膜」があり、物質の属性は「膜」にある』という認識をしていると言っているではないですか

> 「物質の属性」という言葉の定義と、具体的な用例を教えてください。

> *「属性=ある物に属する性質」と理解しております。ですから、「物質の属性」とは、その物質にある固い、柔らかい、粘り等の性質と認識しており、これらの性質があるのは「膜」にある属性(形状弾性、体積弾性)の故と考えております。

> ますますおかしいですよ。
> なぜ、物質の属性(「その物質に属する」性質)がそれ自体じゃなくて
> 別の物質(竹内さんの言う「膜」)の属性に起因するのですか?

*貴方は「形状弾性、体積弾性」がなぜあるのかを考えたことがないようですね。

> *「ボイルの法則とシャルルの法則」が成り立つのは「膜」があるからであり、「膜」と熱との関係のなかで「膜」の「硬さ」、「柔らかさ」と「ひろがり」が変るからだと考えております。

> これは理解不能です。ボイルシャルルの法則がなぜ膜があると
> 成り立つのか具体的な説明をお願いします。

> *私は『あらゆる 「あらゆる物質の階層毎に「膜」がある」そして、この「膜」には形状弾性、体積弾性という性質がある』と考えているからです。

> あなたは「具体的な説明」という言葉の意味を理解する知的能力が
> 無いのですか? それとも「具体的に説明する」知的能力が無いの
> ですか? 
> もうずいぶん前から「具体的な説明」をお願いしているのに全く
> してくれないですね。

*形状弾性、体積弾性、という言葉で理解してください。それと、私は「あらゆる物と物は引き合っている」とは考えておりません。


> 後半部分、熱量が増すと膜は柔らかくなるのですか?

> *「膜」と「熱」との関係があると考えております。

> どんな関係があるのですか?

*貴方がご存知の「物質と熱との関係」と同じです。


[1986] 反論するときには、まずよく考えてから。反感を先に立てて、ものを考えられなくなってはいけません
投稿者名: ノリリン@悪のオ〜ナ〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月19日 09時32分
> クルーズは現在、阪神の首位打者、つまり阪神の他の選手よりは高打率ですが、
>果たしてバース2世と呼ばれるにふさわしい高打率だと思いますか?

なんのアナロジーにもなってませんね。また後から読んで自分でも訳がわからないんじゃないですか?
『クルーズが打っても、バースが打っても、バースの息子が打っても、克則が打ってもソロホームランは1点だ』と答えておきましょう。
禅問答としてはこれで完璧だけど、これで通じるとは思えないから言っておきましょう。

村山>誤解があります。私はとつ氏の論文が通常の基準からみて科学的だとは
藤村>言っていませんね。比較の対象の問題です。

いいですか。『とつ氏の批判する、実験もせずに断定する人々の立場(これはくま氏
の立場でもある)よりは、少なくとも一つの実験結果には基づいているとつ氏の立場のほうが、より科学的であるといえる( remark by 藤村村山)』

これは実験せずに批判する立場の人に対する批判ですね。相手が誰であるかを区別するとしたら、『批判内容が不適切であるかどうか』で区別すべきですな。儂のとつ氏の科学的手法&解釈への批判の内容が間違っているというクレームは一つもいただいておりません、貴方以外からは。
『実験せずに批判する』という事自身を批判するのなら、とつ氏の科学的手法に関する評価はここではがたがたですから、みんなに向けるべきでしょう。
どこにも比較が入る筋合いはありません。入るとすれば、貴方の反感が入っているくらいです。

というわけで、貴方が反論する必要はありません。
訳のわからないことを言う前に、撤回すればいいだけです。

次、

> ノリリンさんにとっては自明な理屈を飛ばして説明されているのかも知れませんが、上の説明のままでは論理に飛躍があります。

自分にとって自明であっても、他人にとってどこまで自明かはたしかにわかりにくい。
しかし、共通の認識を伊藤さんも持っているようです。それでもって、貴方に説明もしてました。読んでないですか?あれで充分だと思います。儂もしているし。
『知識が足りないから解らないのでは?』と思ったときには、聞き方があるはずです。これは科学の常識ではなく、世間の常識です。
大体、in vitro in vivoについて知っているから、問題にしていたんではないですか?知らずに問題にしていたんですか?(儂は貴方が知らずに問題にしていたことは知っていたが)

> 井川投手は新・江夏2世、つまり江夏に例えられたりする。
> 江夏投手は「優勝請負人」だった。
> そこから直ちに、「井川は『優勝請負人』である」と認めていいですか?

これもなんのアナロジーにもなってないけど、答えましょう。

江夏は阪神では一度も優勝してません。

[1987] Re: 中心小体の「位置」
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月19日 09時44分
あき さんへ

> *私は「蛋白粒状態での生命体(始原生命体)」が、「進化」の結果として、その外側に『「第二次細胞膜」を所持した』と考えております。そして、この状態が「原始真核生物(原始真核細胞)」であると考えております。

> 確認させてください「第二次細胞膜」とは通常いわれる二重脂質膜である細胞膜の原始的なものでしょうか?

*そのようなもの(簡単な脂質二分子層)であっただろうと考えております。


> 「第二次」があるのならば当然「第一次」があると思いますが、「第一次」の膜はどこにあるのでしょうか?また何を覆っていますか(タンパク粒でしょうか)?
> 現在も「第一次細胞膜」は観察できますか?

*「第二次細胞膜」は「原始真核生物(原始真核細胞)」の細胞膜のことですから、
「第一次細胞膜」は「中心小体類の細胞膜」ということになると考えております。

[1988] Re: 中心小体の「位置」
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月19日 10時23分
竹内さん

> *そのようなもの(簡単な脂質二分子層)であっただろうと考えております。

わかりました。

> > 「第二次」があるのならば当然「第一次」があると思いますが、「第一次」の膜はどこにあるのでしょうか?また何を覆っていますか(タンパク粒でしょうか)?
> > 現在も「第一次細胞膜」は観察できますか?
>
> *「第二次細胞膜」は「原始真核生物(原始真核細胞)」の細胞膜のことですから、「第一次細胞膜」は「中心小体類の細胞膜」ということになると考えております。

ミトコンドリアや小胞体には脂質二重層からなる膜構造が存在しますが、中心小体には脂質二重層からなる膜構造は見いだされていません。これはどのように解釈されるのでしょうか?

「中心小体類」は「蛋白粒状態での生命体(始原生命体)」の一つと考えていいですか?
また、ミトコンドリア、核、小胞体、リボソーム、葉緑体および分泌小胞なども「蛋白粒状態での生命体(始原生命体)」の一種でしょうか?それぞれに個別にお答えください。

なお、竹内さんのご回答をいただいていない記事は、本記事以外に下記の通りです。
[1878]、[1819,1820]、[1837,1838]、[1852]、[1864]

ご回答のご予定を教えていただけるとありがたいのですが。
よろしくお願いします。

[1989] よーし
投稿者名: ノリリン@悪のオ〜ナ〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月19日 12時55分
この阪神シークエンスそこそこ笑える。

ネタには困らないけどかななか書く気になれない掲示板
『阪神タイガース負け負け日記』に転載してもいいですか?

異論がなければしちゃいますよ
http://hyper2.amuser-net.ne.jp/~auto/b28/usr/supreme/brd1/bbs.cgi

[1990] Re: 面目ない
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年5月19日 13時12分
> > 「表現型を変えないものを中立と定義している」というのは間違いだと
> > 思いますが。
>
> これは元々の話の流れでは、『「ド素人」さんが想定している中立』のことです。
> わかりにくかったですね。すいません。

あ、そうですね。私の方こそ失礼しました。

[1991] 麻雀に流れなんてないよ、再び
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月19日 19時25分
「とつ論文」の話題で、残念ながら、今までのところどうも話が通じていないようです。
伊藤さんやノリリンさんその他の人のせいだけではなく、私も今までは自分が言いたいことが自分でもよくわかっていなかった。
よく考えてみて、やっとわかった。

一言でいって、とつ氏のバックグラウンドは数学の「ゲーム理論」なのです。
彼の文中に、はっきり「数学」って書いてあるじゃないですか(3回も出てきます)。

「数式の中に真実がある」と考え方をとる立場にあっては、in vitroのほうがより物事の本質に近いものであって、間違っても「in vivo はホンモノ」なんてことはない。
ゲーム理論の意味でのゲームに人間の心理は関係ありません。
実際、とつ氏の文章によれば:

> 上がれないからと言って打ち方を変えるとする。
> もしもその「変えた後の打ち方」の方が上がれるなら、最初からその打ち方だけを続けている方が強い。
> もしもその「変えた後の打ち方」は上がりにくいなら、そんな打ち方に変えるべきではない。

これがゲーム理論に関する記述でなかったら何だというのでしょうか。
また

> どんなにリーチに失敗しても、どんなに運悪く振り込んでも、不調でも、打ち方が変わらない。

これこそがとつ氏の考える「麻雀」です。

> あああオレはヘコみ出したら止まらないんだどーしよと思ってる人が実際ヘコみなが
> ら直に卓を囲んでる

これはただの「へぼ麻雀」。「へぼ将棋」が「将棋」でないのと同じことです。
とつ氏は冒頭で将棋と比較した「麻雀界の知的レベルの低さ」を嘆いていることに注意。

他にもいちいち例証しだせばきりがありませんので、一度だまされたと思って私の指摘に従ってとつ氏の文章を読み直し、よく再考してみて下さい、皆さん。
その上で議論しましょう。

「とつ論文」のページ:
http://www.interq.or.jp/snake/totugeki/SLtotu11.htm


もちろんとつ氏の実験は多少問題なしとはしませんが、皆さんが考えているよりははるかに科学的にまともな実験だと思います。
もし数学の素養のある人がここの掲示板を読んでいたら、おそらく「なんて『科学的に』的外れなことを言ってんだろこの人達(私も含めて)」と思ってるに違いありません。
私が最初に「麻雀に流れなんてないよ」ツリーに書いたように、

1011[1831]
> 自分の分野の「基本」や「常識」を無理やり他の分野に当てはめて批判するのは意味ない。

のです。
そんなことで、科学の通俗書を読んでも理解できずに的外れな議論をしにくる素人をなんで嗤えましょうか。

自戒を込めて。


追伸:この記事に関する意見や質問はなるべくこのツリーにお願いしますが、私的に言いたいことがあればメール下さい。
   いただいたメールは原則非公開ですが、私が必要と考えた場合は公開することもあります。

[1992] 引用ミス
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月19日 20時12分
本筋には全く関係のないことですが、

> あああオレはヘコみ出したら止まらないんだどーしよと思ってる人が実際ヘコみなが
> ら直に卓を囲んでる

これは伊藤さん[1958](「麻雀に流れはありますよね?」ツリー)からの引用です。
「とつ論文」にも同様の記述がありますのでそちらを引用すべきでしたが、間違えてしまいました。

[1993] 中心小体類の進化
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月19日 20時42分
あき さんへ

> 「中心小体類」は「蛋白粒状態での生命体(始原生命体)」の一つと考えていいですか?

*現在における「一対の中心小体」は進化の結果だと考えております。
ですから、「蛋白粒状態での生命体(始原生命体)」から「現在における中心小体類」へは、それぞれの過程があったであろうと考えております。

a ) 「蛋白粒状態での生命体」 → 単球状 中心小体
b ) 「蛋白粒状態での生命体」の集合体 → 板状 中心小体
c ) 「蛋白粒状態での生命体」の集合体 → リング状 中心小体
d ) 「蛋白粒状態での生命体」の集合体 → 球状 中心小体
e ) 「蛋白粒状態での生命体」の集合体 → 中心小体状 中心小体

*上記のような進化を考えておりますので、「蛋白粒状態での生命体(始原生命体)」は「中心小体の祖先」と考えております。


> ミトコンドリアや小胞体には脂質二重層からなる膜構造が存在しますが、中心小体には脂質二重層からなる膜構造は見いだされていません。これはどのように解釈されるのでしょうか?

* a),b),c),d).e)のそれぞれの進化段階で、中心小体類が「第二次細胞膜を所持した」と考えますので、「脂質二重層からなる膜構造」は二次的な膜(a〜eの中心小体類が脂質二重層を利用した)と考えております。


> また、ミトコンドリア、核、小胞体、リボソーム、葉緑体および分泌小胞なども「蛋白粒状態での生命体(始原生命体)」の一種でしょうか?それぞれに個別にお答えください。

*ミトコンドリア、核、小胞体、リボソーム、葉緑体および分泌小胞等は「細胞」と呼ばれる「生命体」の恒常性、自己複製に関わる単なる細胞内小器官等と考えております。ですから、これらを「蛋白粒状態での生命体(始原生命体)の一種」とは考えておりません。

[1994] Re: 中心小体の「位置」
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月19日 20時51分
あき さんへ

[1933] へ 返答しておきました。

*[1878],[1852].[1837].[1819].[1820]はしばらく保留させて下さい。いずれ議論しなければならなくなると思います。。

[1995] Re: よーし
投稿者名: かくり
投稿日時: 2001年5月19日 21時01分
> この阪神シークエンスそこそこ笑える。
>
> ネタには困らないけどかななか書く気になれない掲示板
> 『阪神タイガース負け負け日記』に転載してもいいですか?
>
> 異論がなければしちゃいますよ
> http://hyper2.amuser-net.ne.jp/~auto/b28/usr/supreme/brd1/bbs.cgi


私の書いた分についてなら一向に構いませんが・・・・・・
誰 の を 転 載 し よ う と し て る の か な?
ちと教えてくり.

[1996] Re: こちらこそどーも(^^);参考文献の違いだけだと思います.
投稿者名: かくり
投稿日時: 2001年5月19日 21時05分

> これって、要するに全体の平均を期待値として、データを二つに分けてカイ二乗で独立性を見てるんですよね?Gと見てるものは本質的には同じじゃないかなあ。
>

統計も本によって微妙に書いてあること異なりますから(特に記号なんかは本毎に好きなの使っているし).たぶんやっていることは同じだと思います.

一連のやり取りみて「なんで自由度は5じゃなくて,3なんですか?」とか聞いてくる人がいると嬉しいんだが(統計に興味を示してくれるということで).

でも質問来たら伊藤さんに振っちゃいます!!

[1997] あのですね
投稿者名: かくり
投稿日時: 2001年5月19日 21時27分
あのですね

「とつ氏」が主張したい仮説があったのですよね.

その主張を立証するためのデータ取りを行って,解析して「確かといっても良いらしい」となったので,考察するわけですよね?

だから
<1>「主張したい内容に沿ってデータ集めしたのか?」
<2>「データの解析方法は適切か?」
<3>「その結果を一般化してもよいものなのか?」
を考えることは重要です.私は3つしか挙げていないけど,こういうことにはるかにくわしそうな伊藤さんならもっと挙げてくるかもしれない.


それで<1>ですが,
「彼が前の順位が何位であろうと関係無く同じフォームでうてば,次の半チャンの順位は前の順位に左右されない」という仮設を掲げているのなら,「とつ氏」のデータを使用してもよいかもしれない(n=1という問題は残っていますが).
しかしながら,
「前の半チャンによって心理状態が変わろうと(=流れを意識しようと),そんなのと関係なしに次の半チャンの順位は決まるんだよ」という仮設を挙げているのであれば,そもそも「とつ氏」のデータを使用すること自体が不適切.
さてどっちの仮説でしょう.それとも私の読み方が間違っていて,また別の仮説かな?

<2>ですが,平均値の比較を彼はしていますが(単に平均値を求めて見比べているだけ),それで良いのでしょうか?
半チャン100回やって,1位50回4位50回の平均順位と2位50回3位50回の場合と平均値は同じですね.これ同じ結果かなあ?
まあ解析手法は様々ありますが,伊藤さんの立てたツリーで私と伊藤さんでやりとりしていますから一回覗いて下さい.伊藤さんの方が詳しいのでそっちのが参考になりますが.

<3>については伊藤さん,ノリリンさんが既におっしゃってられるので割愛.

「とつ氏」のあのページは言わんとすることは判るし,面白いのも事実です.
しかしながら論文としてみたら(というより簡単な報告書としてみても)穴だらけです.
よって1番目:「こんな論文書いたらあかんよ」という反面教師になるでしょう.
2番目:また一応緒言,実験,考察すべて載っているので論文を検証する(読んでいる人が)練習になるでしょう.
3番目:データも載せてくれるので解析の練習もそれをもちいて出来るでしょう.

こういった色々な意味から「このホームページは面白いし,しゃぶりつくさなもったいない」と私は思います.

[1998] これまで竹内さんが答えられない事項
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年5月19日 21時28分
竹内さんはオームのように結論をただ教条的に繰り返すだけです。
それでは「具体的な説明」にならないのですよ。もともと竹内さんの
書きこみは全く根拠の無い単なる空想を述べているだけなので、
「現実の事象と対応させた具体的な説明」が無ければ全く理解すら
できないのです。この辺を再考願います。


これまでに返答の無い部分を再掲(若干補足あり)します。
返答できないのならそうおっしゃって下さい。竹内膜説の崩壊とみなします。

> > 問2 その「PCの膜」はあなたの言う「記憶物質」と同義ですか?
> *「ほぼ同じ物」と考えております。
> > 問3 「鉄原子の膜」と「PCの膜」は同じ記憶を有しているのですか?
>
> *「膜」は『「形」を記憶している』と考えております。星が「球」であるのも、水滴が「球」であるのも「同じ」理由だと考えております。


形とは外形のことですか?

ところで、鉄原子の形はどのような形なのですか?

では、「PCの膜」は何を「記憶」しているのですか? 

「形」「固さ」「弾性」以外に膜は何を記憶しているのですか?


> > 問4 水分子は「水滴階層の膜」を貫通するのですか?
> *『それぞれの階層は「独立しており、且つ、独立していない」ということです』
> *気体状態の「膜」と液体状態の「膜」とは「膜」の状態が異なり、且つ、性質が異なると考えております。

液体の水の「膜」と、気体の水=水蒸気の「膜」の状態・性質の
違いとは、具体的にはどのようなものですか?


> *「ある階層の膜」の内側から外側へある物質が移動する時は、その階層の「膜」が「破れている」とかんがえます。

それはおかしいです。水滴の表面のあらゆる部位から常に水分子
が離脱している(=蒸発のこと)はずです。

膜の表面には無数の穴が開いているのですか?  ←これはあらゆる「液体の膜」に該当します。


> > 問5 「膜」=「記憶物質」であるなら、「膜」は物質です。
> *肯定します。


「膜=記憶物質」とは、いったいどのような物質なのですか? 


水滴が丸くなるのは膜の記憶のためでしたよね?
では、コップに入っているお茶は、なぜコップの内壁に沿った
形になっているのですか? なぜ、コップの中で球体になって
いないのですか? 記憶はどうなっちゃったんですか?

そのお茶を飲んだとき、なぜその膜がのど(食道など)にから
まらないのですか?


#1863 より再掲

それでは、遺伝子の変異によって引き起こされる(現在1000種類ほど
判明している)遺伝性疾患については竹内説では、どう説明するのですか? 
あなたの言う「生命体の意志」とやらが、患者さんご本人をわざわざ病気
にして苦しめるのですか?

[1999] Re: 承前、、、新規確認
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年5月19日 21時53分
竹内膜説に対して、新規の確認です。

1.竹内さんの言う「体積弾性」「形状弾性」の定義を、念のためここに
書いてください。それから質問します。

2.すでに舞以外に3人以上が質問しています。私もおかしいと思って
いることです。

「あらゆる物質に膜がある」
「膜は(記憶)物質である」
のなら、
「膜=あらゆる物質の一つ」にも「膜」があるということになります。

「膜には膜があり」その膜には「さらに膜があり」・・・・・・・という風に無限
連鎖になってしまいます。これは明らかにおかしいです。


3.水分子だけでなく、その中にある水素原子や酸素原子も膜をかぶって
いるとすると、水分子のどの部分も膜が2枚かぶっていることになる。
これは不合理ではないですか?

4.水分子の膜はいったい何を記憶しているのですか? 水分子に体積弾
性があるなどと言うのなら、明らかにおかしいですよ。

5.物質の属性が、なぜその物質自体ではなく、「膜という別の物質」に決め
られているのですか? 
その物質自体は何の性質も有さないのですか?

もっと言えば、中身からっぽの膜だけあれば良いということになります。
明らかにおかしいですよね。

6.水分子が何個以上集まると、水滴階層を形成するのですか?
つまり、水滴階層の膜は、水分子が何個以上在るときに形成されるのです
か?

7.膜と熱の関係。

水滴を熱い鉄板の上に垂らすと、ジュ〜〜;と蒸発します。つまり水滴は存在
しなくなります。これは、水滴階層の膜(水滴の形についての記憶も)が熱
エネルギーによって消滅すると考えるのですか?

8.溶質と溶媒について

コーヒーに角砂糖を溶かしたとします。
角砂糖階層の膜・及び角砂糖の「形」の記憶は水(コーヒー)に溶けて消滅した
のですか?
物質の属性を決めるとても重要な「膜」が水に溶けて無くなってしまう、というの
は明らかにおかしいですよ。

[2000] やや冗長ですが>竹内さんへ
投稿者名: wadja
投稿日時: 2001年5月19日 22時42分
> *私は「主観・客観」という言葉に「科学的」意味をあまり感じません。何故な
>ら、ニュートンの「万有引力」、即ち、「あらゆる物と物は引き合っている」を「客
>観的に正しい」と多くの人々が認めているからです。

> *私は「判断」の正誤が重要だと思っております。

判断の正誤が重要だということには同意いたします。ニュートンの例は、[1985] で

>私は「あらゆる物と物は引き合っている」とは考えておりません。

とあるので、「所詮科学の『客観性』といっても、判断を誤ることがある」の意味でしょうか?万有引力の法則に対する竹内さんの批判にも興味はありますが、テーマから外れるので質問を控えておきます。

しかしwadjaは、客観性を無視して自説を論じたところで、科学とは言えないと考えます。竹内さんは科学で無くとも良いとされるのでしょうか?正誤の判断すなわち真理の探求のみを目的とし、その過程において客観性を無視するのであれば、それは信仰と区別がつかないと思われますが如何でしょう?

> *私は『記憶に関わる「物質」』に既知の仕組みを超えた「機能」と「性質」があると考えております。

他の皆さんも疑問に思っておられる点ですが、竹内さんの言われる『記憶に関わる「物質」』は、我々が既知の物質とは似ても似つかないものなのでしょうか?通常我々が思い浮かべるのは、分子からなる物質ですが、そういったものとは全然別物なのでしょうか?その『記憶にかかわる「物質」』の存在を想定していない現在の物理的法則は、捉え方が間違っていると主張されているのでしょうか?

> * 上記 a ) は 「細胞説の確立」と理解して下さい。
> b ) は 「現在の生命科学が」という意味です。

了解しました。やや、文脈を読み違えていたと思います。申し訳ありません。

質問の主旨は変わりますが、細胞説は、生物の条件は1(膜などの)外界との境界をもつ2代謝を行っている3自己複製を行う、と定義した上で、細胞がこれら3条件を満たす最小単位であることをもって、「細胞は生物の基本最小単位である」としています。細胞説は、「細胞は独立した生命体である」とは言ってない様に思いますが、私の誤解でしょうか?

> > では「独立して生きている」の意味を、客観的に定義していただけると助かります。
>
> *お断りします。貴方自身で考え、判断してください。

wadja自身は、「個体から切り離されると、その個体の内部もしくは人為的に調整された特殊条件下でしか恒常性を保てない個々の細胞は、独立した生命体では無い」と考えます。竹内さんのお説では、「意志」なども生命体の条件に挙げておられますので、「独立して生きている」ことの、定義を確かめたかったのですが残念です。以前書かれた「独立しているが独立していない」とは、「各階層で独立している生命体は、その上の階層では統合されており独立していない」といったような意味なのでしょうか?理屈としては分かるのですが、現実のものとしては捉えられないんですよね....

>*上記の件に関してはあきさんにお答えしたいと思っております

[1993] のあきさんへの回答は読みました。よく理解できたとは思えないのですが、竹内さんの「ミトコンドリアや核が、細胞外で複製できない理由」は、「中心小体という生命体の道具に過ぎない細胞小器官が、意志をもつ中心小体の存在しないところで複製するはずが無い」といったようなことでしょうか?

質問だらけで申し訳ありません。

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