過去ログ No.1800 〜 No.1900


[1802] Re: ところで
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月3日 19時34分
舞 さんへ

> > 上記のあらゆる物質の階層毎に「膜」があると考えております。地球が丸いのも、
> >星が丸いのも「膜」があるからであり、人間としての「形」があるのも進化の結果
> >として、この「形」の「膜」を造りあげたからだと考えております。
> >
> > *「形」があるということは「膜」があるからだと考えております。又、「膜」
> >が変形するから「形」が変るのだと考えております。
>
>
> 疑問1
>
> 生体の中には、液体や気体が多量に存在しています。例:水、酸素
> これらにも形があると認識しているのでしょうか?

*肯定します。

> これらにも膜があるのでしょうか?

*肯定します。

>
> 疑問2
>
> 引用1、2行目あたりから察するに、無生物(例えば泥とか鉄とか)
> を構成する原子、分子、その他にも膜が在るとの認識ですか?

*肯定します。

> あなたの説では、膜=記憶物質 だったのでは?

*肯定します。

> 疑問3

> 膜が変形してモノの形が変わるための力はどこから発生するのですか?

* 「膜」がある一定の「形」を記憶していて、その「形」に戻ろうとするから
その内部に力が生じるのだと推測しています。

* 水滴が丸くなるのも、その水滴に水滴としての「膜」があるからだと考えております。

> > この表現が間違いであるなら、わたくしの考えを否定されても仕方がないでしょうね。その時は皆様に謝ります。


[1804] Re: 細胞は生きている
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月3日 22時53分
あき さんへ

> > *、私は『ある物質(の膜)の性質はそれを構成する原子、分子レベルの「膜」の性質の「総体」としてある』と考えております。そして、『原子、分子レベルの「膜」の性質』はその「膜」の「空間的ひろがり」と「質量」とが関係していると考えています。ですから、上記のそれぞれの階層の「膜」はそれぞれの構成分子と関係し、且つ、それぞれの「膜」に生命体としての「情報」があるのだと考えております。

> 「膜」の性質を決める「空間的ひろがり」および「質量」とは具体的になんでしょうか?文字通りに解釈すると、体積と質量で性質が決まると言われているように思えますが、それでいいのでしょうか?

* 基本は上記(『ある物質(の膜)の性質はそれを構成する原子、分子レベルの「膜」の性質の「総体」としてある』)でいいです。

*『「膜」と温度』との関係と『その「膜」に加わる外からの力』との関係もあるとおもいます。

* この「膜」(記憶に関わる物質)に記憶がなされれば、「膜」の性質も変化するとおもいます。


> このような性質で「情報」をどうやって伴っているのでしょうか?

*「記憶に関わる物質がある」という事と「膜」とが関係しているという認識をしているという段階です。

* 記憶のしくみは一切わかりません。推測ですが、記憶することにより「膜」の「形」が変化しているのだと思います。

[1807] Re: 分類と系統
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月4日 18時33分
> 系統学と分類学をどうするかという問題でここは避けて通れません。ただ名前つけている
> だけならいいんですが...。

じゃ、名前つけてるだけにしてください(笑)

いや、真面目な話、種っていうのはとても実体とは思えないんで。
もし種が何らかの実体を反映したものなら、1つの種が2つの種にまさに分化しつつある状態なんて考えられないはずです(または、どちらの種にも属さない個体を認めることになるか)。

だからといって分類学が空虚な学問というわけではなく、他の全ての生物学にとって不可欠な基礎であると認識していますが、もしかして分類学者さんの仕事を貶めてますか、私?

[1808] 生命体であるかどうかの判断基準 
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月5日 01時30分
wadja さんへ

>*1)「姿」「形」で、これは「生命体か」「生命体でないのか」を目で見て判断します。
(人工物であるかそうでないかも含みます)
2)「生きているか」「死んでいるか」を目で見て判断します。
(物質と生命体との違いも含みます。)
3)自然環境の中で「独立して」いきているかどうかを目で見て判断します。
(意志を持ち行動しているかどうかを含みます。)

>*私は上記の条件を充たせば、「ある物」を見て「生命体」だと判断します。この時「自己複製」は関係ありませが、「自己複製」と「恒常性」とは「生命体である」ことの大切な条件にはなると思います。

>ここで、特徴的に繰り返されているのは「目で見て判断します」という部分。素人のwadjaから見ても、科学の議論としては無理があると感じます。「目で見る」とはいいながら、「判断」するのはあくまで竹内さんの主観ですから、その基準が客観的に示されない限りは、議論としての発展性がありません。皆さんが「具体的に」と繰り返し要求される理由です。

*[1806]で上記のように記されていますが、私は『我々、人類は未だ「生命体である個体と細胞」が「なしている」ことは何も分かっていないのです。又、「個体と細胞が生命体である」ことを知っているだけなのです』という認識ですから、「細胞と個体は生命体である」からの議論をするという事しかないと思っております。

そして、現在の生命科学おいては「物質より生命あるものが誕生した」という合意がなされておりますが、「物質と生命体との違い」についてはわかっていません。ですから、誰も「その基準」を客観的に示すことはできないのです。しかし、ある解釈体系(仮説)に基づき、経験的に「正しい」という事はできるということなのです。

>#話が、脇道にそれますが、「脳死判定」「植物人間」の例は、上記1)〜3)の判断の難しさの直接の例ではないような気がします
(個々の細胞が生きていることに対しては誰も疑問を持たないと思われます)。
なにを以って「人」の生死とするかの判断の難しさの例だと思います。

*上記にて「細胞が生きていることに対しては誰も疑問を持たないと思われます」と記されていますが、ここのところがちがいですね。
私は細胞が『自然環境の中で「独立して」いきている(意志を持ち行動しているかどうかを含みます)』と認識しております。
又、『なにを以って「人」の生死とするか』は「生命体の階層性」と関係するのですがこのことは次回に議論したいと思います。

>えー、生物学の素人ですので(いちおうサクッとインターネットで検索はしてみたのですが)、間違ってたら正して下さい。>all

>「細胞説=生物の最小基本単位は細胞である」でよろしいでしょうか?
だとすると、これは単に「全ての細胞の役割は異なるが、同じような細胞小器官から成り立っている点に着目すれば、
同様の構造機能を持っている」ことを述べているに過ぎないと思うのですが。
確かに個々の細胞を取り出して培養することは可能でしょう。しかし、それはあくまで特殊な条件下での話であり、それをもって「個々の細胞は独立した生命体である」と宣言しているとは思えないのですが。

*「それはあくまで特殊な条件下での話であり」と貴方は言われますが、私は、「特殊な条件下」であっても「細胞は独立して生きている」という判断をしなければならないと思います。

>また、核やミトコンドリア等の細胞小器官が培養できないことも根拠にしておられますが、将来的にも不可能だとされる理由がわかりません。ミトコンドリアなんて細胞とは別のサイクルで複製を繰り返しているので、素人目には条件さえ整えてやれば細胞外でも複製できそうな気もするんですが。

*原始の海で誕生した「生命」から現在の真核生物への進化を考えると「核やミトコンドリア等の細胞小器官(中心小体を除く)を生細胞外で培養する事は出来ない」ということだと思います。

>他の皆さんが既に指摘している通り、「認識している」「確信している」では、科学とは呼べない思われます。必ずしも自らデータを収集する必然性は無いにしても、「だれそれの実験のこれこれのデータ」なりに依拠して論理的な理由付けを行わない限りは、「私は神に出会った」と信仰をベースに主張される(科学で無い限り、それ自体を悪いことだとは思いませんが)のとなんら変わることなく、「科学ではなく信仰だ」との批判もあながち見当違いではないように思われます。
究極の「認知(識)論」の世界では、本当に「客観」が存在するかどうかは問題になるのでしょうが、議論の最初から自明のことのように主観的な主張を繰り返されているように感じられるので、皆苛立っていると思うのですが。如何でしょう?

*現在の生命科学における解釈体系と私の解釈体系がことなるだけのことです。「経験に基づく認識」と「論理」によってえた解釈体系も科学と呼べると思います。

[1809] Re: 生命体であるかどうかの判断基準 
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月5日 03時11分
> 「物質と生命体との違い」についてはわかっていません。ですから、誰も「その基準」を
> 客観的に示すことはできないのです。

したがって、物質と生命体は違わないという客観的解釈ができるのではないですか?


> しかし、ある解釈体系(仮説)に基づき、経験的に「正しい」という事はできるということ
> なのです。

貴方は「仮説」の意味を理解していないようですね。
仮説のほうが事実に基づいて真偽を判定される対象であって、仮説に基づいて事実の真偽を判定するいうのはまさに本末転倒ですね。


> *現在の生命科学における解釈体系と私の解釈体系がことなるだけのことです。

では、竹内さんは少なくとも竹内さん以外の人が竹内さんとは別の解釈体系を支持していることを非難することはできないのではないですか?
(もちろん、事実に関する言明、例えば、生命の起源、「エネルギーの第一、第二法則」、「膜」「記憶に関わる物質」などなどはその限りではありません。)

それでもあえて竹内さんが他人に自分の解釈体系を理解させようとするなら、他人にも理解できるよう具体的な議論をすべきではないですか?

いずれにしろ、

> 「経験に基づく認識」と「論理」によってえた解釈体系も科学と呼べると思います。

日々、自分自身で実験したり他の実験者と議論したり他の実験者の書いた論文(新聞記事などたかだか要約に過ぎない)を読んだりしている「現在の分子生物学者の多く」のほうが、竹内さんよりはるかに経験豊富であることは明らかですね。
彼らと比較して、竹内さんの認識とはいったいどの程度の量の経験に基づいているというのでしょうか。
竹内さんは彼らの認識を疑う前に自分の認識をまず疑ってみるべきなのでは?

[1810] で、
投稿者名: くまのぷうこでぷう〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月5日 13時38分
結局どうなりました?

[1811] Re: 細胞は生きている
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月5日 18時26分
あき さんへ

> *、私は『ある物質(の膜)の性質はそれを構成する原子、分子レベルの「膜」の性質の「総体」としてある』と考えております。そして、『原子、分子レベルの「膜」の性質』はその「膜」の「空間的ひろがり」と「質量」とが関係していると考えています。ですから、上記のそれぞれの階層の「膜」はそれぞれの構成分子と関係し、且つ、それぞれの「膜」に生命体としての「情報」があるのだと考えております。

> 抽象論ではなく具体例をあげて説明していただけませんか。
> 細胞階層だけでけっこうですので、細胞階層における自然現象を1つ具体例としてあげ、「膜」の仮説を導入することにより説明してください。
> いっていることをご理解していただけますか?

*『あらゆる物質の階層毎に「膜」があり、物質の属性は「膜」にある』というのは私の「仮説」と理解して下さい。この「膜」と「記憶に関わる物質」とは関係があると考えております。又、この物質(「膜」)は未発見です。ですから、具体例と言われても困ります。
*現在言えることは、「あらゆる情報がゲノムにあり、情報の流れはDNAから」という幼稚な生物学では駄目だということです。
*1コの受精卵から成体になる過程の「再現性」があるということを考えても分かるように、この「再現性」には「情報」がなければならないのです。そして、この情報をそれぞれの階層において、誰が”利用”しているのかということです。


> > *上記の3階層は「生命体」だと認識しております。ですから、「細胞」の恒常性はこれらの生命体によってなされているのだと考えております。(単なる蛋白質と機能ある蛋白粒とは分けて考えております。)
>
> 「単なる蛋白質」と「機能ある蛋白粒」とはどこが違うのでしょうか?
> それぞれに例をあげて、違いをご説明していただけますか。

*私は「単なる蛋白質」は単なる物質だと思っております。そして、「機能ある蛋白粒」は生命体だと思っております。何故なら、物質は物質であり、物質に合目的性はないからです。
(「膜」に生命体としての「情報」があるか、ないかの違いとしてもいいです。)

*私は「物質の相互作用」の結果として、上記の「再現性」があるなどとは考えません。

[1812] Re: 3.中心小体は生命体である。
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月5日 19時32分
あき さんへ

> 「進化」のことはひとまず保留していただけますか。まず「中心小体は生命体である」という仮説について考えたいと思います。
> 竹内さんの上記の論旨ですと、彼らの実験には「生細胞外で中心小体が複製する」という実験データがありませんから、このデータが得られない限りは(現在の段階では)、「中心小体は生命体である」という仮説は、補強するデータを持たない仮説になります。
> こう解釈してよろしいでしょうか?
>
> ご回答をいただけないのですが、ご回答がない場合上記を認めていただいたと解釈いたします。よろしいですね。

*私は下記により中心小体が「生命体」であると認識しました。
イ)中心小体の「形」をみて、これは「生命体」であると直感しました。
ロ)中心小体は「高電位空間」より現出し、成長する。
ハ)中心小体が染色体を引っ張っている。
ニ)人間の精子細胞のうち、卵細胞のなかで存在し続けるのは「中心小体と雄性
前核だけであり、他は存在しえない。
(父方の生命体としの情報は中心小体にある)
ホ)中心小体が「生細胞外」で複製するという実験がなされた。
ヘ)中心小体を始原生命体とし、「進化」と「生命体の多様性」を説明できた。

以上のようなことを認識し、仮説をたて考えております。

*繰り返しますが[1715]で
* 私が下記を主張し
a)科学新聞1999年7月9日(第2759号)の記事を読み、「生細胞外で中心小体が複製する」との実験、観察が既になされている事を知り、この実験は「中心小体は生命体である」ことの証拠になる実験だと、私が認識したと言っているのです。

* そして、貴方が下記を認めた。
b)「彼らの研究は細胞分裂の機構を調べるものであり、その一環として中心小体の複製過程をin vitroで解析しているだけです(上記の新聞の抜粋通りです)」

* a)とb)で私とあきさんとは「事実」の認識で一致しているのですから、後は、あきさんが私の認識(「中心小体は生命体である」ことの証拠になる実験である)を認めるのか、それとも認めないのかを主張すればいいだけのことです。

*ですから、彼らの実験目的及び実験データーは関係ありません。

[1813] Re: ところで
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年5月6日 01時00分
> > 生体の中には、液体や気体が多量に存在しています。例:水、酸素
> > これらにも形があると認識しているのでしょうか?
>
> *肯定します。

気体や液体は無形です。

>
> > これらにも膜があるのでしょうか?
>
> *肯定します。
>
> >
> > 疑問2
> >
> > 引用1、2行目あたりから察するに、無生物(例えば泥とか鉄とか)
> > を構成する原子、分子、その他にも膜が在るとの認識ですか?
>
> *肯定します。
>
> > あなたの説では、膜=記憶物質 だったのでは?
>
> *肯定します。
>

ということは、あらゆる物質に膜(=記憶物質)が在ると
いうことになってしまいます。


なお、竹内さんの説は、全て空想に基づいており、私には
無価値です。
また、空想でなくて捏造の部分は負の価値を持っています。

[1814] Re: ところで
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月6日 05時33分
> > > 生体の中には、液体や気体が多量に存在しています。例:水、酸素
> > > これらにも形があると認識しているのでしょうか?
> >
> > *肯定します。
>
> 気体や液体は無形です。
>
> >
> > > これらにも膜があるのでしょうか?
> >
> > *肯定します。
> >
> > >
> > > 疑問2
> > >
> > > 引用1、2行目あたりから察するに、無生物(例えば泥とか鉄とか)
> > > を構成する原子、分子、その他にも膜が在るとの認識ですか?
> >
> > *肯定します。
> >
> > > あなたの説では、膜=記憶物質 だったのでは?
> >
> > *肯定します。
> >
>
> ということは、あらゆる物質に膜(=記憶物質)が在ると
> いうことになってしまいます。

*ですから、私は『あらゆる物質の階層毎に「膜」があり、物質の属性は「膜」にある』という認識をしていると言っているではないですか。


> 疑問3

> 膜が変形してモノの形が変わるための力はどこから発生するのですか?

* 「膜」がある一定の「形」を記憶していて、その「形」に戻ろうとするから
その内部に力が生じるのだと推測しています。

* 水滴が丸くなるのも、その水滴に水滴としての「膜」があるからだと考えております。

* > この表現が間違いであるなら、わたくしの考えを否定されても仕方がないでしょうね。その時は皆様に謝ります。

*貴方は上記疑問3に返答されなかったですね。やはり、理解できなかったようですね。

[1815] Re: で、
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年5月6日 18時24分
> 結局どうなりました?

ずいぶん日を置いて前の印象も薄れてきたので、心をまっさらにして
(したつもりで)本日、例の文章をざっと読み直してみました。
# それでも前の印象完全にぬぐい去れるわけでも無いというところに留意は必要

で、第一印象(?)は、
「とつ氏にはまず仮想敵があって、これはそれをこきおろすのが目的の文章なんやなあ」
というところ。
罵倒して相手を踊らせるのが目的で啓蒙目的とかそういう感じやないなあ、と。

ですので、

>> 儂はあのページの最後の『流れなんてないんだ、がたがた文句を言ってくるな、
>> アホはどうせ理解できないんだから』という言葉に感動しました(引用をさけるために短
縮)。
> 結局のところ、結論の部分の読み取り方の差ですかね。
> 私はそういう風には読み取れませんでした。

の部分はつつしんで訂正させていただきます。
私にもそう読み取れました。

逆に、

> 彼は自己の一例から導き出した頼りない結論を一般現象まで拡大するという無理・無駄・
> 無茶を犯しています。(加えて言うと典型的な疑似科学的手法の一つです)

の部分は、やっぱりそういう意図は見えませんでした。
# 特定の仮想的をバカにするのが目的で、結論自体を流布するのが目的じゃなく、
# あえて拡大解釈してみせる必要も無い、という感じの印象。

あと見落としてたのですが、

> 局毎のデータについては、麻雀ではある得点・順位分布の状況によって、打ち方を変えるのが普
> 通であるから、「流れ」的現象以外の要因が多く入り込むことになる(例えば東1で満貫を放銃
> したら、逆転を狙うために攻撃的になるのが戦略上有効であり、また東1で満貫を和了したら、
> 少し守備的に打つのが戦略上有効である・・・「戦略」による結果の変化と「流れ」による結果
> の変化のいずれであるかが判別できない)。

みたいな記述があったので、金をかけた場合については試合毎の打ち方が変わって
くるのは、たぶんとつ氏は否定しないんじゃないでしょうか。金の動きはまさに
「得点・順位分布の状況」そのものなんで。ただ、とつ氏の用語法だとそれは「流れ」
じゃなくて「戦略」と呼びそうな気がしますが。

で、結論としては、
・私のとつ氏に必要以上に好意的な読み方はバイアスが入ってた
・でも、明確な悪意(擬似科学的な手法で読者を騙そう)は読み取れなかった
・そういう悪意を読み取るのは逆のバイアスからの誤読と違いますか?

という感じになりました。

[1816] Re: ところで
投稿者名: セピア色
投稿日時: 2001年5月6日 19時11分
横から失礼。

> * 「膜」がある一定の「形」を記憶していて、その「形」に戻ろうとするから
> その内部に力が生じるのだと推測しています。

意味不明なのだが、形状記憶合金みたなものなのか。


> * 水滴が丸くなるのも、その水滴に水滴としての「膜」があるからだと考えております。


全くもって馬鹿げている。地球が丸いのも膜があるからなのか。

> * > この表現が間違いであるなら、わたくしの考えを否定されても仕方がないでしょうね。その時は皆様に謝ります。
>

謝ってくれ。

[1817] Re: ところで
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年5月6日 22時21分
気体に膜(=記憶物質)が在る事を、実際の事象と対比させて
示してくれませんか?

竹内さんが「そう認識している」と言うだけでは、全く無価値
です。

> *ですから、私は『あらゆる物質の階層毎に「膜」があり、物質の属性は「膜」にある』という認識をしていると言っているではないですか

それでは、この世に存在するあらゆるもの(素粒子から
宇宙全体まで)が膜=記憶物質を有する生命体であると
いうことになってしまいます。
例えば、あなたが今見ているPCのモニターにも膜=記憶物質
があり、すなわち生命体なのでしょうか?

ちなみに、空気にも階層があるのでしょうか?
具体的に教えてください。


> * 水滴が丸くなるのも、その水滴に水滴としての「膜」があるからだと考えております。

水滴が蒸発して気体になっていくときは、膜はどう
なっちゃっているのでしょうか? 水分子は膜を貫通
するのですか?

まあ、人間 汗もかくことですし。


* > この表現が間違いであるなら、わたくしの考えを否定されても仕方がないでし>ょうね。その時は皆様に謝ります。

まず、高電位空間という捏造を訂正して、謝罪することから
始めてください。うそつきは誰にも相手にされないですよ。

[1818] Re: 3.中心小体は生命体である。
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月7日 03時29分
竹内さん

> *繰り返しますが[1715]で
> * 私が下記を主張し
> a)科学新聞1999年7月9日(第2759号)の記事を読み、「生細胞外で中心小体が複製する」との実験、観察が既になされている事を知り、この実験は「中心小体は生命体である」ことの証拠になる実験だと、私が認識したと言っているのです。
>
> * そして、貴方が下記を認めた。
> b)「彼らの研究は細胞分裂の機構を調べるものであり、その一環として中心小体の複製過程をin vitroで解析しているだけです(上記の新聞の抜粋通りです)」
>
> * a)とb)で私とあきさんとは「事実」の認識で一致しているのですから、後は、あきさんが私の認識(「中心小体は生命体である」ことの証拠になる実験である)を認めるのか、それとも認めないのかを主張すればいいだけのことです。
>
> *ですから、彼らの実験目的及び実験データーは関係ありません。


まず、a)とb)は同じことを言っておりません。竹内さんがそう解釈されたのなら、訂正いたします。

彼らのサイトから得られる文献を含むデータから、実験目的、実験データ、結果の解釈すべてにおいて、「生細胞外で中心小体が複製する」との事実は認められません。科学新聞の記事を読み「生細胞外で中心小体が複製する」と認識されたのなら、科学新聞の間違いか、竹内さんの科学新聞の誤読といえると思います。
ゆえに竹内さんの認識は認められません。

「中心小体は生命体である」という仮説は基本的には竹内さんの直感に由来するものです。(参照:イ)中心小体の「形」をみて、これは「生命体」であると直感しました。)例え、「生細胞外で中心小体が複製する」ことが観察されても、これはほかの方々が議論されているように「中心小体は生命体である」とイコールではありません。押さえる必要があるデータがたくさんあるからです。
ですから「中心小体は生命体である」は確証的ではない仮説としてとらえるだけでいいと考えますが、それがなぜいけないのでしょうか?
また竹内さんの生命論において、「中心小体は生命体である」ことはどれほど重要なのでしょうか?「膜」仮説の方が重要ではないでしょうか?

なお、竹内さんの論理の根拠は科学新聞の記事におかれていると考えますが、それでよろしいですか?竹内さんの認識がどうであろうと、記事は正しいことを言っておりません。これ以上この議論をするためには、原著を読んでいく必要が生じると考えますが、どういたしますか?

[1819] Re: 細胞は生きている
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月7日 03時58分
竹内さん

1804と両方に対してまとめて回答します。

> *『あらゆる物質の階層毎に「膜」があり、物質の属性は「膜」にある』というのは私の「仮説」と理解して下さい。この「膜」と「記憶に関わる物質」とは関係があると考えております。又、この物質(「膜」)は未発見です。ですから、具体例と言われても困ります。

竹内さんの「膜」は未だ検出されておらず、その性質も明らかにされてはいないということはわかりました。本来ならばこの膜が検出されてから議論するべきだと考えますが、学術的場でないこのサイトにおいては、確証のない仮説のままで議論することも可能だと考えますので、議論を続けたいと思います。

> *現在言えることは、「あらゆる情報がゲノムにあり、情報の流れはDNAから」という幼稚な生物学では駄目だということです。
> *1コの受精卵から成体になる過程の「再現性」があるということを考えても分かるように、この「再現性」には「情報」がなければならないのです。そして、この情報をそれぞれの階層において、誰が”利用”しているのかということです。

これは誰かがゲノムの情報を利用しているということですか?それは誰ですか?

これまでにも竹内さんには「幼稚な生物学」や、「「真の学者」はそのような事はしないです」など、現在の生物学や生物学研究者に対する侮蔑的ともとれる発言が散見されます。間違っていると言われるのは結構ですが、どこが違っているかを具体的に言う必要はあると思いますし、わざわざ挑発的な修辞句をつけることは、ネット上であっても許されないのではないでしょうか。深い意図を持ってのこととは考えておりませんが、気をつけていただきたいと思います。

> *私は「単なる蛋白質」は単なる物質だと思っております。そして、「機能ある蛋白粒」は生命体だと思っております。何故なら、物質は物質であり、物質に合目的性はないからです。
> (「膜」に生命体としての「情報」があるか、ないかの違いとしてもいいです。)

膜に生命体としての情報があるタンパク質は「機能ある蛋白粒」で、そうでないものは「単なる蛋白質」である、ということですか?
そうであれば具体例を教えてください。例えばインシュリンはどっちでしょうか?チトクロームはどっちでしょうか?

> *私は「物質の相互作用」の結果として、上記の「再現性」があるなどとは考えません。

これは意味がよくわかりません。別の言い方でご説明願えますか。

[1820] Re: 細胞は生きている
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月7日 07時45分
竹内さん

追加です。

tubulinは「機能ある蛋白粒」でしょうか?「単なる蛋白質」でしょうか?

[1822] Re: 分類と系統
投稿者名: 分類学者
投稿日時: 2001年5月7日 12時36分
> じゃ、名前つけてるだけにしてください(笑)

残念ながら名前つけるだけじゃ研究費もらえません。


> いや、真面目な話、種っていうのはとても実体とは思えないんで。

理由を伺いましょう。

> もし種が何らかの実体を反映したものなら、1つの種が2つの種にまさに分化しつつある状態なんて考えられないはずです(または、どちらの種にも属さない個体を認めることになるか)。

ほら、そうやって考えていくと避けて通れないところに入っていくんですよ。

>
> だからといって分類学が空虚な学問というわけではなく、他の全ての生物学にとって不可欠な基礎であると認識していますが、

私は別の考えをもっています。

もしかして分類学者さんの仕事を貶めてますか、私?

いえ、このくらいではヘコタレません。

[1823] 分類学における種概念とは?
投稿者名: 安賀須若人
投稿日時: 2001年5月7日 13時10分
分類学者さん、こんにちは

> > もし種が何らかの実体を反映したものなら、1つの種が2つの種にまさに分化しつつある状態なんて考えられないはずです(または、どちらの種にも属さない個体を認めることになるか)。
>
> ほら、そうやって考えていくと避けて通れないところに入っていくんですよ。

「種」概念をどのように取り扱うかという議論は生物学の哲学では結構メジャーなテーマですね。私自身勉強を始めたばかりなのですが、通常の類概念(集合、クラス)ではあり得ないので、進化生物学の理論の上では個体概念(個物)として扱われていると見なさなければならないという見解もあるようです。個体概念であれば存在論上は実体ということになります。ある意味で個体とクラスしか存在論的カテゴリーのない通常の形式論理学では扱いづらいのが「種」概念です。現存の生物についてだけなら集合概念として扱えるので、種分化しつつある局面など無視すれば、集合論的枠組みで十分なのではないかとも思うので、現存の生物にだけ分類を施してその系統関係だけ論じる系統学的発想の方が楽なようにも思っています。

※分類学者さんは何となくアンチ系統学っぽいお立場のような気もしますのでお気を悪くされたらご免なさい。

[1824] Re: 分類学における種概念とは?
投稿者名: 分類学者
投稿日時: 2001年5月7日 21時30分
バレたか

[1825] Re: で、
投稿者名: くまのぷうこでぷう〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月7日 22時42分
> で、結論としては、
> ・私のとつ氏に必要以上に好意的な読み方はバイアスが入ってた
> ・でも、明確な悪意(擬似科学的な手法で読者を騙そう)は読み取れなかった
> ・そういう悪意を読み取るのは逆のバイアスからの誤読と違いますか?
>
> という感じになりました。

そうですか。
儂は、罵倒を浴びせたい相手(不特定多数)に対する明確な悪意があるし、疑似科学的な方法で話を成立させようとする強力な意志を読みとりました。
儂自身はバイアスからではなくて、正当な読みだと思います。
儂個人的には自分の読解能力は水準の遙か上と思っております(←これはバイアスあり)。誤読とは思っておりません。

まあ、この掲示板の流れからは遙かに離れてしまっているし、『疑似科学的手法』というタームにも誰も食いつかなかったので、これはこれでおしまいかと思っております。
それでは

[1826] Re: 生命体であるかどうかの判断基準 
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月8日 21時43分
wadja と あき さん そして皆様へ


> *我々人間を含め地球上のあらゆる生命体が「生きている」という事はみとめられています。その理由は「目」で判断しているということです。(中略)

>* 私は上記の条件を充たせば、「ある物」を見て「生命体」だと判断します。この時「自己複製」は関係ありませが、「自己複製」と「恒常性」とは「生命体である」ことの大切な条件にはなると思います。

> 「目」で判断するとはどういうことですか?少なくても細胞は肉眼で見ることは困難です。抽象的な言い方ではなく明確にしてください。それとも文字通り肉眼で見ることですか?

* [1799]を読み理解して頂けないのは残念です。「生命」というものは「目」で見て判断するしかないのです。


> 次に目で見た後、どのような判断基準で「生命体か」「生命体でないのか」を見分けるのでしょうか。「姿」「形」でわかるのならその基準を教えてください。見て認識するだけでは他者には理解不能です。

*私の「生命体か」「生命体でないのか」の判断基準

a)動くか、動かないか。
b)ある作用に対して反応するか、しないか。
c)「姿」「形」が合目的性の結果であるか、そうでないか。

以上が判断基準です。そして、この a)、b)、c)と私の生物・物理学上の知識 と経験から「生命体の定義」をしました。

*私の「生命体の定義」

イ)「記憶に関わる物質」(生への意志)を所持し、有機物からなる。
ロ)恒常性を所持する。
ハ)自己複製をする。

以上が「生命体」の定義ですが、イ)(生への意志)を確認出来れば、私は「生命体である」と判断します。勿論、この判断基準は上記の「生命体か」「生命体でないのか」の判断基準(a)、b)、c))からなす総合判断です。

[1827] 中心小体の「位置」
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月8日 22時19分
あき さんへ

> 「自己複製」と「恒常性」が「生命体である」ことの大切な条件ならば、なぜ中心小体のみが生命体で、核やミトコンドリアが違うのかがわかりません。

*上記([1821]で記されている)の理解を貴方が出来ないのは、中心小体、核、ミトコンドリア等の細胞小器官などを「進化」との関係のなかでどのように「位置づけをする」のかを「正しく」認識(生物学上の)をしていないからだとおもいます。

[1828] Re: 中心小体の「位置」
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月8日 23時46分
> あき さんへ
>
> > 「自己複製」と「恒常性」が「生命体である」ことの大切な条件ならば、なぜ中心小体のみが生命体で、核やミトコンドリアが違うのかがわかりません。
>
> *上記([1821]で記されている)の理解を貴方が出来ないのは、中心小体、核、ミトコンドリア等の細胞小器官などを「進化」との関係のなかでどのように「位置づけをする」のかを「正しく」認識(生物学上の)をしていないからだとおもいます。

通説的な、あるいはこれまでの生物学的解釈では竹内さんの解釈と異なります。その意味で正しく認識されていないのは竹内さんの方でしょう。ですから、竹内さんの解釈の説明を求めています。説明をお願いします。念のため申しておきますが、これまでの説が間違っているからや、竹内さんの認識だけの説明ではなく、中心小体と核やミトコンドリアの生物学的特性もとに進化上における位置の違いをご説明ください。

また、竹内さんはしばしば議論している相手に対して(わたしも含めてですが)、「理解を貴方が出来ないのは、「正しく」認識(生物学上の)をしていないからだとおもいます。」といったことを発言されますが、そういった発言はご遠慮願います。あまりいい印象を持たないという感情的な事情もありますが、それ以上にどこが問題で理解していないのかを明確にしていただかないと、同じことを何度も聞くことになるからです。何の説明もしていないと同じです。例えば、「この解釈が間違っていてこう考えるのが正しいのではないか」と具体的に示してください。
竹内さんの議論は抽象論が多いのでわかりづらく、具体例を入れていただけると理解しやすくなるのではないかと思います。

[1829] Re: 中心小体の「位置」
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月8日 23時49分
竹内さんへ

失礼しました。1828は竹内さんへの発言です。

[1830] Re: 生命体であるかどうかの判断基準 
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月8日 23時57分
竹内さん

> > 「目」で判断するとはどういうことですか?少なくても細胞は肉眼で見ることは困難です。抽象的な言い方ではなく明確にしてください。それとも文字通り肉眼で見ることですか?
>
> * [1799]を読み理解して頂けないのは残念です。「生命」というものは「目」で見て判断するしかないのです。

「肉眼で見ることですか?」はyes、noで答えられます。どちらですか?
肉眼以外の手段での認識ならばどういうものか教えてください。[1799]だけでは理解できません。

> *私の「生命体か」「生命体でないのか」の判断基準
>
> a)動くか、動かないか。
> b)ある作用に対して反応するか、しないか。
> c)「姿」「形」が合目的性の結果であるか、そうでないか。

(中略)

> *私の「生命体の定義」
>
> イ)「記憶に関わる物質」(生への意志)を所持し、有機物からなる。
> ロ)恒常性を所持する。
> ハ)自己複製をする。
>
> 以上が「生命体」の定義ですが、イ)(生への意志)を確認出来れば、私は「生命体である」と判断します。勿論、この判断基準は上記の「生命体か」「生命体でないのか」の判断基準(a)、b)、c))からなす総合判断です。

a)、b)、c)からイ)ロ)ハ)はどのような過程で導き出されたのでしょうか。
論理が飛びすぎて理解できません。結論(イロハ)までの過程を論理的に説明していただけますか。それから議論したいと思います。

[1819]、[1820]に対するご回答もよろしくお願いします。

[1831] (笑)を使わずに独りよがりな文章にしてみたんだけど。
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月9日 02時04分
> 彼は自己の一例から導き出した頼りない結論を一般現象まで拡大するという無理・無
> 駄・無茶を犯しています。(加えて言うと典型的な疑似科学的手法の一つです)

自己の一例から導き出した結論を一般現象まで拡大する、ってのがダメだったら、科学実験なんて原理的にダメですね。
そもそも実験っていうのは一般現象とは違うものだから。
実際、以前の実験によって支持されていた仮説が新たな実験によって覆ることはしばしば起こること。

「流れがない」という実験の結論を否定するには「流れはある」という実験結果によってするのが当然。
自分の印象だけを元にして、他人の実験を「無理・無駄・無茶」などと批判するほうがよっぽど「疑似科学的手法」。


> 試験管内で効き目を証明して、動物実験をして、人で二重盲検試験をして、それから
> やっと認可が下りる。

薬は間違ってたら生命に関わるから慎重にやってるだけです。といってもやっぱり薬害は起こってるけどさ。
自分の分野の「基本」や「常識」を無理やり他の分野に当てはめて批判するのは意味ない。
百歩譲って「in vivo」だったらいいの?
それだって生物の個体差を無視してるじゃないの。

重要なのは、自分の仮説がどういうものかということ、また、それを示すためにどんな実験をしたかを具体的に書いていること。
そのうえで、結論が「頼りない」かどうかを判断するのは読み手のほう。

でも、実験に不備があることと結論が間違ってることとは全然違うからね、念のため。


もちろん批判が自由にできることも科学として重要だが、とつ氏が自分のページに批判を載せる義務はないし、他の場所で批判する自由はあると思うから、ここでは論じない。

[1832] 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月9日 22時20分
あき さん と wadja  さんへ

*我々人間を含め地球上のあらゆる生命体が「生きている」という事はみとめられています。
その理由は「目」で判断しているということです。

1)「姿」「形」で、これは「生命体か」「生命体でないのか」を目で見て判断します。
(人工物であるかそうでないかも含みます)
2)「生きているか」「死んでいるか」を目で見て判断します。
(物質と生命体との違いも含みます。)
3)自然環境の中で「独立して」いきているかどうかを目で見て判断します。
(意志を持ち行動しているかどうかを含みます。)

*私は上記の条件を充たせば、「ある物」を見て「生命体」だと判断します。この時「自己複製」は関係ありませが、
「自己複製」と「恒常性」とは「生命体である」ことの大切な条件にはなると思います。

人類は未だ「生命体である個体と細胞」が「なしている」ことは何も分かっていないのです。
「個体と細胞が生命体である」ことを知っているだけなのです。

* 現在の生物学は多分上記を踏まえて「細胞説の確立」を宣言していると思います。
即ち、「細胞は生命体である」ということです。

>そのようなことをふまえて「細胞説」ができたわけではありません。
せめて辞書くらい読んだ上での発言をお願いします。
「細胞説」の定義も一般とは違っているようですから、修正するか、
ご自分の細胞説の定義を明確化してください。

「細胞説=細胞はすべての生物の構造および機能の単位であり、いわば生物体制の一次的要素である」(生物学辞典より)

a) 「細胞が基本的な構成単位である」と主張したルネ・J・H・デュトロシェ と ローレンツ・オーケンは
「生命の基本的な構成単位は、微細な細胞であって、細胞は、その中に生命をもった統合体を秘めている」と述べた。

b) シュライデンは「生体の基本的単位は細胞であり、これは独立の生命を営む微小生物である」を唱えた。

c) シュワンは、細胞によって構成されている動物を蜜蜂の巣と比較し、
「それぞれの巣は一種の超個体のようなものであって、その中の個々の細胞、つまり、個体としての蜜蜂は、それぞれ自己同一性と自律性をもった存在でありうる」と述べた。

*私は上記 a )、b)、c)に同意しています。そして、種という生命体、個体という生命体、細胞という生命体等は、それぞれ「独立した生命体」と考えております。
ですから、この認識(生命体の階層性)に基づき細胞説を理解しています。

[1833] Re: 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月9日 23時36分
横レス(ではないはずなんだけど)。

> c) シュワンは、細胞によって構成されている動物を蜜蜂の巣と比較し、
> 「それぞれの巣は一種の超個体のようなものであって、その中の個々の細胞、つまり、
> 個体としての蜜蜂は、それぞれ自己同一性と自律性をもった存在でありうる」と述べた。

上記の引用をみるかぎり、シュワンも「一種の超個体のようなもの」という表現をしていて、「生命体」とは言っていないではないですか?
つまりシュワンもミツバチの巣が一個の生命とは考えてないということです。
したがって竹内さんの

> 種という生命体、個体という生命体、細胞という生命体等は、それぞれ「独立した
> 生命体」と考えております。

という考えの根拠とはなりません。

[1834] 「みんなの進化論」の終焉
投稿者名: taroumaru
投稿日時: 2001年5月10日 02時15分
るいネットの陰謀だったとは
しかも、るい系全員が各トピから一斉撤退
地下に潜ってテロ活動でも起こすんじゃないのか
みたいな不気味な気分だ。

「みんなの進化論」は細菌あたりでうろうろしてたけど、お勉強会って感じで進展する様子は全くなし、ときどき、るいネットの名前がちらちらしてるなと思ったら…!!

[1835] Re: ところで
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月10日 20時57分
舞 さんへ

> 気体に膜(=記憶物質)が在る事を、実際の事象と対比させて
> 示してくれませんか?

*私は「ボイルの法則とシャルルの法則」が成り立つのは「膜」があるからであり、「膜」と熱との関係のなかで「膜」の「硬さ」、「柔らかさ」と「ひろがり」が変るからだと考えております。

> 竹内さんが「そう認識している」と言うだけでは、全く無価値
> です。

*ですから、「社会」に対して発表しました。


> *ですから、私は『あらゆる物質の階層毎に「膜」があり、物質の属性は「膜」にある』という認識をしていると言っているではないですか

> それでは、この世に存在するあらゆるもの(素粒子から
> 宇宙全体まで)が膜=記憶物質を有する生命体であると
> いうことになってしまいます。
> 例えば、あなたが今見ているPCのモニターにも膜=記憶物質
> があり、すなわち生命体なのでしょうか?

*私は「生命体」の定義をしております。[1826]に記。


> ちなみに、空気にも階層があるのでしょうか?
> 具体的に教えてください。

*台風、竜巻、雲(の形)等々の自然現象があるのも「膜」があるからだと考えております。


> * 水滴が丸くなるのも、その水滴に水滴としての「膜」があるからだと考えております。

> 水滴が蒸発して気体になっていくときは、膜はどう
> なっちゃっているのでしょうか? 水分子は膜を貫通
> するのですか?
> まあ、人間 汗もかくことですし。

*それぞれの階層は「独立しており、且つ、独立していない」ということです。

*「膜」と「熱」とは関係があるということです。


* > この表現が間違いであるなら、わたくしの考えを否定されても仕方がないでしょうね。その時は皆様に謝ります。

[1836] Re: 3.中心小体は生命体である。
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月10日 22時43分
あき さんへ

> 彼らのサイトから得られる文献を含むデータから、実験目的、実験データ、結果の解釈すべてにおいて、「生細胞外で中心小体が複製する」との事実は認められません。科学新聞の記事を読み「生細胞外で中心小体が複製する」と認識されたのなら、科学新聞の間違いか、竹内さんの科学新聞の誤読といえると思います。
> ゆえに竹内さんの認識は認められません。

*ですから、彼らの実験目的、実験データー(「生細胞外で中心小体が複製する」を除く)、結果の解釈は関係ありません。


> 「中心小体は生命体である」という仮説は基本的には竹内さんの直感に由来するものです。(参照:イ)中心小体の「形」をみて、これは「生命体」であると直感しました。)例え、「生細胞外で中心小体が複製する」ことが観察されても、これはほかの方々が議論されているように「中心小体は生命体である」とイコールではありません。押さえる必要があるデータがたくさんあるからです。

*私は「生細胞外で中心小体が複製する」という実験事実は「重要」と考えているのです。そして、「完全な実験」もなされるでしょう。


> ですから「中心小体は生命体である」は確証的ではない仮説としてとらえるだけでいいと考えますが、それがなぜいけないのでしょうか?
> また竹内さんの生命論において、「中心小体は生命体である」ことはどれほど重要なのでしょうか?「膜」仮説の方が重要ではないでしょうか?

*「中心小体は生命体である」という認識は重要です。

> なお、竹内さんの論理の根拠は科学新聞の記事におかれていると考えますが、それでよろしいですか?竹内さんの認識がどうであろうと、記事は正しいことを言っておりません。これ以上この議論をするためには、原著を読んでいく必要が生じると考えますが、どういたしますか?

*貴方の所持されている「解釈体系」とわたくしのとが違うだけのことです。「中心小体は生命体である」という私の主張を、貴方のいう「科学的」に否定すればいいではないですか?できますか?

[1837] Re: 3.中心小体は生命体である。
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月10日 22時56分
> あき さんへ
>
> > 彼らのサイトから得られる文献を含むデータから、実験目的、実験データ、結果の解釈すべてにおいて、「生細胞外で中心小体が複製する」との事実は認められません。科学新聞の記事を読み「生細胞外で中心小体が複製する」と認識されたのなら、科学新聞の間違いか、竹内さんの科学新聞の誤読といえると思います。
> > ゆえに竹内さんの認識は認められません。
>
> *ですから、彼らの実験目的、実験データー(「生細胞外で中心小体が複製する」を除く)、結果の解釈は関係ありません。

かんちがいされてます。
彼らのデータおよび解釈には「生細胞外で中心小体が複製する」ということは記載されていません。それが記載されているのは(わたしにはそう読めませんけど)新聞記事の方です。
それとも彼らの文献を読んだのでしょうか?(yes、noで答えられますね)。それで「生細胞外で中心小体が複製する」という記載を見つけたんでしょうか?(yes、noで答えられますね)。
さらに、もし新聞記事のみを、かれらのデータや解釈を抜きにして、根拠にしているのならyesとお答えください。ちがうのでしたらnoとお答えください。

以降のことに関しては上記の答えを得た後に回答いたします。

[1838] Re: 3.中心小体は生命体である。
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月10日 22時58分
竹内さんへ

失礼しました。1837は竹内さんへ質問です。

[1839] Re: (笑)を使わずに独りよがりな文章にしてみたんだけど。
投稿者名: くまのぷうこでぷう〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月11日 12時02分
> 自己の一例から導き出した結論を一般現象まで拡大する、ってのがダメだったら、科学実験なんて原理的にダメですね。

勿論だめではありませんよ。

『くまのぷうこでぷう〜 にはへそがない』→『クマにはへそがない』
こんなのがダメだからって、科学実験が原理的にダメになるとしたら大変大変

実験を組むときには、なるべく再現性のある普遍的な状況を作ろう(またはそう見せよう)と努力するもんです。努力を放棄しちゃいけません。だからたった一つの個体例から一般的原則を導き出してはいけないのです。

ホモサピエンス
身長230m前後、150キロの物体を両手にそれぞれつかんで投げるのを日常とする。主に15000人収容のアリーナに生息
と言う結論を、BigShowから引き出しちゃいかんでしょ?

まじめな例を挙げると、本屋の新書版のところに必ずおいてある
『XXXで見る見る癌が治った』の類は、普遍性のない1個体例から無理矢理普遍的な言説を導き出す好例となるでしょう(もっともあの類は完全な嘘の可能性もあるが)

とつさんですか?彼の場合は自分の実験方法を詳細に述べてあるのは認めますが、そこから得られた結論の飛躍が疑似科学的なのです(もっとも確かに疑似科学と科学の壁は薄いけどね)
彼の場合は、『彼の説に文句があるやつはバカだから理解できないだけだ。文句なんか言ってくるな』と言ってますから、逆に陰で文句を言う権利を我々は認められているわけです。

[1840] もう一つ追加すると
投稿者名: くまのぷうこでぷう〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月11日 12時07分
> 「流れがない」という実験の結論を否定するには「流れはある」という実験結果によってするのが当然。
> 自分の印象だけを元にして、他人の実験を「無理・無駄・無茶」などと批判するほうがよっぽど「疑似科学的手法」。

印象だけを元にはしてないつもりだけど、それはおいておいて、実験結果を否定するのに、実験結果をぶつける必要はありません。
しかし、それ以前に、そもそも儂は実験結果を否定しているわけではなくて、解釈を否定しているだけだから。

> 薬は間違ってたら生命に関わるから慎重にやってるだけです。といってもやっぱり薬害は起こってるけどさ。
> 自分の分野の「基本」や「常識」を無理やり他の分野に当てはめて批判するのは意味ない。
> 百歩譲って「in vivo」だったらいいの?
> それだって生物の個体差を無視してるじゃないの。

完全な勘違いです。

> 重要なのは、自分の仮説がどういうものかということ、また、それを示すためにどんな実験をしたかを具体的に書いていること。
> そのうえで、結論が「頼りない」かどうかを判断するのは読み手のほう。
>
> でも、実験に不備があることと結論が間違ってることとは全然違うからね、念のため。

実験に不備があれば、それから導き出される結論は大いに面目を失うでしょう。
しかしもう一度言いますが、実験結果が問題なのではなくて解釈が問題なのです。

と言うわけで、確かに独りよがりでぷう〜

[1841] Re: 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月11日 14時31分
竹内さん

細胞説についてはわかりました。

下記事項に関してもご回答をお願いします。
[1821]および[1828,1829]の内容をまとめましたのでこちらにレスをお願いします。

[1821]より抜粋
>> 我々、人類は未だ「生命体である個体と細胞」が「なしている」ことは何も分かっていないのです。

>これは同意できません。わかっていることもあるしわかっていないこともあると思います。

>>「個体と細胞が生命体である」ことを知っているだけなのです。そして、核、ミトコンドリア等の細胞の一部分だけの「培養」をする事はできていないのです。
>> 以上の理由により「中心小体が生細胞外で複製すること」が「中心小体が生命体であることの証拠(独立性と自己複製と恒常性とを含む)」となり、且つ、「生命の最小基本単位は細胞である」という現在の生物学の教科書に書かれている「根本」に関わってくることなのだと考えています。

>現段階では、中心小体も核やミトコンドリアと同様に一部分だけの培養をすることはできません。
竹内さんの培養の定義を教えていただけますか。

[1828]より抜粋
>>>「自己複製」と「恒常性」が「生命体である」ことの大切な条件ならば、なぜ中心小体のみが生命体で、核やミトコンドリアが違うのかがわかりません。

>> *上記([1821]で記されている)の理解を貴方が出来ないのは、中心小体、核、ミトコンドリア等の細胞小器官などを「進化」との関係のなかでどのように「位置づけをする」のかを「正しく」認識(生物学上の)をしていないからだとおもいます。

>通説的な、あるいはこれまでの生物学的解釈では竹内さんの解釈と異なります。その意味で正しく認識されていないのは竹内さんの方でしょう。ですから、竹内さんの解釈の説明を求めています。説明をお願いします。念のため申しておきますが、これまでの説が間違っているからや、竹内さんの認識だけの説明ではなく、中心小体と核やミトコンドリアの生物学的特性もとに進化上における位置の違いをご説明ください。

>また、竹内さんはしばしば議論している相手に対して(わたしも含めてですが)、「理解を貴方が出来ないのは、「正しく」認識(生物学上の)をしていないからだとおもいます。」といったことを発言されますが、そういった発言はご遠慮願います。あまりいい印象を持たないという感情的な事情もありますが、それ以上にどこが問題で理解していないのかを明確にしていただかないと、同じことを何度も聞くことになるからです。何の説明もしていないと同じです。例えば、「この解釈が間違っていてこう考えるのが正しいのではないか」と具体的に示してください。
竹内さんの議論は抽象論が多いのでわかりづらく、具体例を入れていただけると理解しやすくなるのではないかと思います。

[1842] スレッドの統合
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月11日 14時42分
スレッドが分かれすぎてわかりにくくなりましたので、同一テーマに関してまとめました。[1808][1827]に関する内容は[1832]から始まるスレッドで議論しませんか。

竹内さんへ

お願い
・同じテーマでスレッドは分けないでください。
・引用符は一般的規則に従ってください。

ご回答待ちをしている記事:[1837,1838]、[1819,1820]
ご回答は各スレッドにお願いします。

[1843] 普遍性って何なのさ
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月11日 19時26分
> 実験を組むときには、なるべく再現性のある普遍的な状況を作ろう(またはそう見せ
> よう)と努力するもんです。努力を放棄しちゃいけません。

努力ねぇ・・・とつ氏の実験もかなりの努力の成果だと思いますが。
一体どこを見て「努力しましたね」「努力してないですね」ってのを判断するんですかね?
1個体ならダメ?なら2個体なら?3個体なら? ・・・
統計の世界だって有意基準を定める科学的根拠はなくて、単に皆の合意でこのくらいって決まってるだけじゃないですか。


> 『XXXで見る見る癌が治った』の類は、普遍性のない1個体例から無理矢理普遍的
> な言説を導き出す好例となるでしょう

我々がそういうのをみてアヤシイと思うのは、薬の効き方にはかなり個体差があることは多くの実験で確かめられていて、「普遍性のない」ものだということをすでに知ってるからです。
1個体例でも普遍性がある(正確には、個体差を無視してかまわない)と考えられるものはあります。
例えば、天文学者が新星を発見したとして、その時点では観測例は観測者1人による観測(繰り返し観測して確かめたにしろ)しかないのだけど、「新星を発見しました」って喜んで学界に報告したら疑似科学になっちゃうんですかね?

で、私は、麻雀における「流れ」には普遍性がない、と断定する根拠はとりあえずないと思っています。
だって普遍性がないことを示した実験結果を知らないから。


> > 薬は間違ってたら生命に関わるから慎重にやってるだけです。といってもやっぱり薬
> > 害は起こってるけどさ。
> > 自分の分野の「基本」や「常識」を無理やり他の分野に当てはめて批判するのは意味
> > ない。
> > 百歩譲って「in vivo」だったらいいの?
> > それだって生物の個体差を無視してるじゃないの。

> 完全な勘違いです。

漠然と引用して、理由も示さず言われてもね・・・
どの点がどのように勘違いなのか、示していただきたい。

先に言っとくと、私は、「in vivo」は1個体例、なんてくだらない勘違いはしてませんので。


> と言うわけで、確かに独りよがりでぷう〜

そりゃよかった。そう言っていただけてうれしいです。
お世辞じゃないよね?(心配性)

[1844] とりあえず、お答えしないでぷう〜
投稿者名: くまのぷうこでぷう〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月11日 20時31分
その前にまず、確認しましょう。
儂が、実験結果や方法にけちをつけたんじゃなくて、その解釈にけちをつけてるんだということは納得できましたか?

それから下の文章ツッコミどころ満載だけど、明日までなら訂正する時間をあげるでぷう〜


> > 実験を組むときには、なるべく再現性のある普遍的な状況を作ろう(またはそう見せ
> > よう)と努力するもんです。努力を放棄しちゃいけません。
>
> 努力ねぇ・・・とつ氏の実験もかなりの努力の成果だと思いますが。
> 一体どこを見て「努力しましたね」「努力してないですね」ってのを判断するんですかね?
> 1個体ならダメ?なら2個体なら?3個体なら? ・・・
> 統計の世界だって有意基準を定める科学的根拠はなくて、単に皆の合意でこのくらいって決まってるだけじゃないですか。
>
>
> > 『XXXで見る見る癌が治った』の類は、普遍性のない1個体例から無理矢理普遍的
> > な言説を導き出す好例となるでしょう
>
> 我々がそういうのをみてアヤシイと思うのは、薬の効き方にはかなり個体差があることは多くの実験で確かめられていて、「普遍性のない」ものだということをすでに知ってるからです。
> 1個体例でも普遍性がある(正確には、個体差を無視してかまわない)と考えられるものはあります。
> 例えば、天文学者が新星を発見したとして、その時点では観測例は観測者1人による観測(繰り返し観測して確かめたにしろ)しかないのだけど、「新星を発見しました」って喜んで学界に報告したら疑似科学になっちゃうんですかね?
>
> で、私は、麻雀における「流れ」には普遍性がない、と断定する根拠はとりあえずないと思っています。
> だって普遍性がないことを示した実験結果を知らないから。
>
>
> > > 薬は間違ってたら生命に関わるから慎重にやってるだけです。といってもやっぱり薬
> > > 害は起こってるけどさ。
> > > 自分の分野の「基本」や「常識」を無理やり他の分野に当てはめて批判するのは意味
> > > ない。
> > > 百歩譲って「in vivo」だったらいいの?
> > > それだって生物の個体差を無視してるじゃないの。
>
> > 完全な勘違いです。
>
> 漠然と引用して、理由も示さず言われてもね・・・
> どの点がどのように勘違いなのか、示していただきたい。
>
> 先に言っとくと、私は、「in vivo」は1個体例、なんてくだらない勘違いはしてませんので。
>
>
> > と言うわけで、確かに独りよがりでぷう〜
>
> そりゃよかった。そう言っていただけてうれしいです。
> お世辞じゃないよね?(心配性)

[1845] Re: とりあえず、お答えしないでぷう〜
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月11日 22時12分
> その前にまず、確認しましょう。
> 儂が、実験結果や方法にけちをつけたんじゃなくて、その解釈にけちをつけてるんだと
> いうことは納得できましたか?

実験結果や方法は認めるわけですね。
では、どのような解釈が正しい解釈なのか示して下さい。

あと、とつ氏の解釈を批判する一方で、「麻雀に流れがある」なんて結論をどういう根拠で出してるのか、ということに興味がありますね。
2重基準じゃないですか?


> それから下の文章ツッコミどころ満載だけど、明日までなら訂正する時間をあげるでぷう〜

お手間を取らせますが、ツッコミ入れていただいた後で訂正することにしたほうが省力的です。
少なくとも私にとってはね(おぉ独善的!!)

[1846] Re: とりあえず、お答えしないでぷう〜
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年5月12日 01時02分
> それから下の文章ツッコミどころ満載だけど、明日までなら訂正する時間をあげるでぷう〜

文末に「ぷう〜」をつけられるのって私の感覚だと
文末に「(笑)」をつけられるのと大差ありません。
受ける印象が。

お節介かも知れませんがいちおうそう感じる人間が
いるという事はお伝えした方がいいと思いましたので
それだけ。

[1847] ある種の職業の人に多いロジック、ってやつ。
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月12日 01時45分
ゆんさん:
> 文末に「ぷう〜」をつけられるのって私の感覚だと
> 文末に「(笑)」をつけられるのと大差ありません。
> 受ける印象が。

そういう感覚はわりと「普遍性」のあるもんだと思いますよ(笑)

ノリリンさん:
> (笑)を使っていると文章の質が落ちるので儂は絶対に使いません。

とか書いておいて、別の方法で文章の質を落としてるのは、笑える。
「つまり、そのたぐいの論理を使う人なんだな〜」ということが解っちゃいますね。

(まてよ、ノリリン氏とくま氏は別人格だからいいってことなのか?・・・それも笑えるけど)

[1848] ぷうこはAVギャルじゃなくて女優でぷう〜←AVギャルに多い論理でぷう〜
投稿者名: ノリリン@悪のオ〜ナ〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月12日 08時29分
残念
”でぷ〜”をつけるだけで成り立っているキャラだからしょうがない。
理論的な文章を書く時に使うキャラじゃなくて、某掲示板でお笑いをするときのキャラだ。大体漢字だってほとんど使わない。一行の以上はあまり書かないし
間違ってこのスレッドの最初で使ってしまったから、儂も困ってるんだ。

これをぷうこ調にすると

ざんねん でぷう〜
ぷうこは、いつでも でぷう〜 とつけてしまうでぷう〜
じゃないと ぷうこでぷう〜はぷうこでぷう〜でなくなってしまうでぷう〜
ぷうこは むつかしいことを言えないでぷう〜 本当は くまっている でぷう〜
キャラが みだれるでぷう〜
かんべんして ほしい でぷう〜 

こんどからは くまのぷうこでない でぷう〜

[1849] Re: とりあえず、お答えするでぷう
投稿者名: ノリリン@悪のオ〜ナ〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月12日 09時33分
なんかしらんが、よそに書いたからハンドルが戻ってる

> > > 実験を組むときには、なるべく再現性のある普遍的な状況を作ろう(またはそう見せ
> > > よう)と努力するもんです。努力を放棄しちゃいけません。
> >
> > 努力ねぇ・・・とつ氏の実験もかなりの努力の成果だと思いますが。
> > 一体どこを見て「努力しましたね」「努力してないですね」ってのを判断するんですかね?
> > 1個体ならダメ?なら2個体なら?3個体なら? ・・・
> > 統計の世界だって有意基準を定める科学的根拠はなくて、単に皆の合意でこのくらいって決まってるだけじゃないですか。

とつ氏は『とつ氏の東風荘のいつもやっているネット麻雀で相手を変えながらやった麻雀の結果では、前回の順位が次回の順位に影響を与えなかった。:個体例とつ』
これは実験というか集計としてなりたつだろうし、努力もしてるでしょう。

しかし、『流れが一般にない』というには、『誰にもどこでも誰とでも』をだれかが納得する形で示す必要があります。理想的には。
まあ、理想的にはという話で、実際にはむつかしいのですが・・・その批判をかわすために、普通はnの数を増やしたりします。(”誰にも”の部分を満たすため)

特定の条件で縛りをつけると、”どこでも”の部分が疑われるために、条件の縛りを緩めたりきつくしたりします。この場合でいうと、東風荘だけではなく、町の雀荘とか、名人戦とか最高位戦とか、マンションヤクザ麻雀とか家庭麻雀とかでも成り立つかどうかの検討ということになります。

”誰とでも”というのはまあ、筆の滑りにすぎませんが、普通の科学では複数のindependentなscientistから同様の報告があるということでしょうかね。まあ、それはとつ氏個人に期待するのは無理なので、別の意味で取ると
”誰と麻雀を打っても”ということになります。東風荘に特有な問題として、1回ごとに対戦相手がクリアーされて別の相手になるということがあります。
となれば、通常は4人のうちに1人しか前の半荘でトップを取った人はいませんが、東風荘では複数のトップ者がいる可能性があります。その数学的処理はどうしていたか、儂は覚えてません。

> > 1個体例でも普遍性がある(正確には、個体差を無視してかまわない)と考えられるものはあります。
> > 例えば、天文学者が新星を発見したとして、その時点では観測例は観測者1人による観測(繰り返し観測して確かめたにしろ)しかないのだけど、「新星を発見しました」って喜んで学界に報告したら疑似科学になっちゃうんですかね?

貴方は?本気で言ってますか?
儂がこれに答えるとしたら侮蔑的な言葉しか思いつきません。
せっかく疑似科学と科学に詳しいHPのはずですからだれかに聞いてみなさい。

> > で、私は、麻雀における「流れ」には普遍性がない、と断定する根拠はとりあえずないと思っています。
> > だって普遍性がないことを示した実験結果を知らないから。

『流れには普遍性がない』ってどういう意味ですか?
”『流れがない』(または『流れがある』という記述に普遍性がない”という意味で書いてますか?


> 薬は間違ってたら生命に関わるから慎重にやってるだけです。といってもやっぱり薬
> 害は起こってるけどさ。
> 自分の分野の「基本」や「常識」を無理やり他の分野に当てはめて批判するのは意味
> ない。

自分の分野の『基本』『常識』ではありません。可能であればそれを試みるのが科学の基本的態度です。(可能であればね)

> > > > 百歩譲って「in vivo」だったらいいの?
> > > > それだって生物の個体差を無視してるじゃないの。

意味がわかって書いてませんね。
だから
> > > 完全な勘違いです。
     ↑
もう一回使わせてもらいましょう

> > 漠然と引用して、理由も示さず言われてもね・・・
> > どの点がどのように勘違いなのか、示していただきたい。

いや、あんまり沢山なもんで

> と言うわけで、確かに独りよがりでぷう〜

ああ、また使えた、よかったあ

[1850] Re: 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月12日 20時26分
あき さんへ

> 細胞説についてはわかりました。

*「細胞は独立した生命体である」ということを認められたということですか?確認をさせて下さい。


>* 我々、人類は未だ「生命体である個体と細胞」が「なしている」ことは何も分かっていないのです。

>これは同意できません。わかっていることもあるしわかっていないこともあると思います。

*「わかっていることもある」という例を示していただけないですか。

[1851] Re: 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月12日 21時46分
あき さんへ

> *「個体と細胞が生命体である」ことを知っているだけなのです。そして、核、ミトコンドリア等の細胞の一部分だけの「培養」をする事はできていないのです。

> *以上の理由により「中心小体が生細胞外で複製すること」が「中心小体が生命体であることの証拠(独立性と自己複製と恒常性とを含む)」となり、且つ、「生命の最小基本単位は細胞である」という現在の生物学の教科書に書かれている「根本」に関わってくることなのだと考えています。

> 現段階では、中心小体も核やミトコンドリアと同様に一部分だけの培養をすることはできません。
> 竹内さんの培養の定義を教えていただけますか。

培養=微生物・植物・動物卵(または胚)あるいは動植物の組織の一部を外的条件(栄養条件を含む)を制御して人工的に生活・発育・増殖させる操作もしくは手法。

*生物学辞典に記されている上記の考えでいいです。

*私は『彼らが、「中心小体が生細胞外で複製する」を外的条件(栄養条件を含む)を制御して人工的に生活・発育・増殖させる操作もしくは手法に成功した』と考えております。

*中心小体の「培養」がなされたということは、「中心小体が独立した生命体である」証明がなされたということなのです。

[1852] Re: 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月12日 22時52分
竹内さん

> > 細胞説についてはわかりました。
>
> *「細胞は独立した生命体である」ということを認められたということですか?確認をさせて下さい。

まず、曖昧な言い方をしたようなのでお詫びします。
これについては保留しています。理由は、細胞説の定義は辞書的なもので特に異論はありません。しかし生命体の定義に関しては例えば[1830]のように議論をしている最中です。このため保留させていただきます。よろしいですか?

> >これは同意できません。わかっていることもあるしわかっていないこともあると思います。
>
> *「わかっていることもある」という例を示していただけないですか。

生物学辞典をご覧ください。それがわかっていることの一部です。中心小体が細胞内にあることもわかっていることではありませんか?

[1853] Re: 生命体であるかどうかの判断基準 
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月12日 23時15分
竹内さん

[1830]に追加します。一緒にお答えください。

> *私の「生命体の定義」
>
> イ)「記憶に関わる物質」(生への意志)を所持し、有機物からなる。
> ロ)恒常性を所持する。
> ハ)自己複製をする。
>
> 以上が「生命体」の定義ですが、イ)(生への意志)を確認出来れば、私は「生命体である」と判断します。勿論、この判断基準は上記の「生命体か」「生命体でないのか」の判断基準(a)、b)、c))からなす総合判断です。

「記憶に関わる物質」と「膜」とはどのような関係ですか?「記憶に関わる物質」=「膜」、あるいは「「膜」には記憶を持つ性質がある」だと思っていましたが、違いますか?

竹内さんの「恒常性」の定義を教えてください。

[1854] Re: 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月12日 23時22分
竹内さんへ

> > 現段階では、中心小体も核やミトコンドリアと同様に一部分だけの培養をすることはできません。
> > 竹内さんの培養の定義を教えていただけますか。
>
> 培養=微生物・植物・動物卵(または胚)あるいは動植物の組織の一部を外的条件(栄養条件を含む)を制御して人工的に生活・発育・増殖させる操作もしくは手法。
>
> *生物学辞典に記されている上記の考えでいいです。

了解しました。

> *私は『彼らが、「中心小体が生細胞外で複製する」を外的条件(栄養条件を含む)を制御して人工的に生活・発育・増殖させる操作もしくは手法に成功した』と考えております。

竹内さんが上記のように考えられていても、事実は異なります。彼らは上記の実験をしておりません。これ以上は[1837]の繰り返しになりますのでまず[1837]にご回答をお願いします。

[1841]には下記の質問および要望をしております。これらに関してもご回答をお願いします。また、竹内さんの考える「中心小体の細胞内での役割および細胞内で行っていること」は何でしょうか?

[1841]より抜粋
>>>「自己複製」と「恒常性」が「生命体である」ことの大切な条件ならば、なぜ中心小体のみが生命体で、核やミトコンドリアが違うのかがわかりません。

>> *上記([1821]で記されている)の理解を貴方が出来ないのは、中心小体、核、ミトコンドリア等の細胞小器官などを「進化」との関係のなかでどのように「位置づけをする」のかを「正しく」認識(生物学上の)をしていないからだとおもいます。

>通説的な、あるいはこれまでの生物学的解釈では竹内さんの解釈と異なります。その意味で正しく認識されていないのは竹内さんの方でしょう。ですから、竹内さんの解釈の説明を求めています。説明をお願いします。念のため申しておきますが、これまでの説が間違っているからや、竹内さんの認識だけの説明ではなく、中心小体と核やミトコンドリアの生物学的特性もとに進化上における位置の違いをご説明ください。

>また、竹内さんはしばしば議論している相手に対して(わたしも含めてですが)、「理解を貴方が出来ないのは、「正しく」認識(生物学上の)をしていないからだとおもいます。」といったことを発言されますが、そういった発言はご遠慮願います。あまりいい印象を持たないという感情的な事情もありますが、それ以上にどこが問題で理解していないのかを明確にしていただかないと、同じことを何度も聞くことになるからです。何の説明もしていないと同じです。例えば、「この解釈が間違っていてこう考えるのが正しいのではないか」と具体的に示してください。
竹内さんの議論は抽象論が多いのでわかりづらく、具体例を入れていただけると理解しやすくなるのではないかと思います。

なお、[1852]を書いていて気がつきましたが、[1830]もご回答待ちでした(これには[1853]を追加しています)。従ってご回答をお待ちしているのは下記の通りに訂正いたします。これらへのご回答はそののま各記事にお願いいたします。特に[1830、1853]は生命体に関する議論ですのでよろしくお願いします。 

[1819,1820]、[1830、1853]、[1837,1838]

[1855] Re: 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月12日 23時36分
あき さんへ


> [1828]より抜粋
> 「自己複製」と「恒常性」が「生命体である」ことの大切な条件ならば、なぜ中心小体のみが生命体で、核やミトコンドリアが違うのかがわかりません。

> *上記([1821]で記されている)の理解を貴方が出来ないのは、中心小体、核、ミトコンドリア等の細胞小器官などを「進化」との関係のなかでどのように「位置づけをする」のかを「正しく」認識(生物学上の)をしていないからだとおもいます。

>通説的な、あるいはこれまでの生物学的解釈では竹内さんの解釈と異なります。その意味で正しく認識されていないのは竹内さんの方でしょう。

*「通説的な、あるいはこれまでの生物学的解釈」にかんしては、生物学辞典の「生
命の起原」等を参照して下さい。

*「正しく認識されていないのは」は現在の生物学者と生命科学に関わる人達(一部の学者は除く)のほうです。

*下記を認めていただけたら、上記「位置づけをする」に関する説明が出来ます。

a )「生命」は原始の海において誕生し、その誕生した始原生命体より「合目的的」に「進化」をしてきた。

b )「生命の連続性」(生命は絶えたことがない)がある。

c)「生命体の階層性」がある。(中心小体は生命体である)

d)「生物発生原則」がある。

e )「記憶に関わる物質」(生への意志)がある。


* 私は上記 a)、b)、c)、d),e)を認識しており、且つ、これら【a)、b)、c)、d)】が成り立つ為には「情報」の連続性がなければならないとかんがえております。(記憶のしくみにかんしてはわかりません)

*又、「情報」は「記憶に関わる物質」にあると考えております。原始の海にRNAワールドとかDNAワールドがあったなどという学者は「偽学者」だと考えます。

[1856] Re: ところで
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年5月13日 01時08分
あいかわらず、根拠を示さず、「私はこう思う」とおっしゃる
だけですね。無価値です。期待はずれです。とても残念です。


さて、あなたの抽象論は、さっぱりわからないので、あきさ
んに準じて、「はい」か「いいえ」でお答えいただけるよう
な質問にいたします。


問1 無生物であるPCのモニターにも、あなたの言う「モニ
   ター階層の膜」があるのですね?

問2 その「PCの膜」はあなたの言う「記憶物質」と同義ですか?

問3 「鉄原子の膜」と「PCの膜」は同じ記憶を有しているのですか?

問4 水分子は「水滴階層の膜」を貫通するのですか?

問5 「膜」=「記憶物質」であるなら、「膜」は物質です。

問6 「捏造」をして良いと思いますか?


全て、YESかNOかで答えていただけますよね。

[1857] Re: 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月13日 18時22分
竹内さん

> *「通説的な、あるいはこれまでの生物学的解釈」にかんしては、生物学辞典の「生命の起原」等を参照して下さい。

これはわかった上で話しています。

a)からe)までをすべて認めることはできませんが、仮に認めたとして、「中心小体、核、ミトコンドリア等の細胞小器官などを「進化」との関係のなかでどのように「位置づけをする」」か説明していただけますか。

なお、何度も言いますが、下記のような中傷的発言はお止めください。例えあなたの仮説が正しかったとしても、現段階では仮説にすぎません。また仮説が誤っていることは当然あり得ることで、それを持って「偽」扱いはすべきではないでしょう。
このようなことをいうのは3度目ですが、一度もお答えをいただいておりません。
竹内さんはどのようにお考えですか?

>「正しく認識されていないのは」は現在の生物学者と生命科学に関わる人達(一部の学者は除く)のほうです。
>又、「情報」は「記憶に関わる物質」にあると考えております。原始の海にRNAワールドとかDNAワールドがあったなどという学者は「偽学者」だと考えます。

[1858] Re: ところで
投稿者名: ROM衆
投稿日時: 2001年5月13日 19時01分
普段はただのROMの者です。
横ヤリをいれるようで申し訳ありません。
無知無学な為、どうしても、竹内様の論法が理解出来ません。

> *ですから、「社会」に対して発表しました。
単なる素人相手の読み物としてなら、
いっっっっっくらでも嘘・大袈裟・紛らわしいの類でも発表出来ますね、たしかに。
いわゆる「トンデモ本」っていうんですけどね。
「誰にでも」出来ます。
それこそ「偽学者」や、「正しい知識のない自称学者」にも。

過去ログにもありましたが、学会に発表するだけの根拠がないんでしょうか?

失礼いたしました。

[1859] Re: 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月13日 22時02分
あき さんへ

> なお、何度も言いますが、下記のような中傷的発言はお止めください。例えあなたの仮説が正しかったとしても、現段階では仮説にすぎません。また仮説が誤っていることは当然あり得ることで、それを持って「偽」扱いはすべきではないでしょう。
> このようなことをいうのは3度目ですが、一度もお答えをいただいておりません。
> 竹内さんはどのようにお考えですか?

>*「正しく認識されていないのは」は現在の生物学者と生命科学に関わる人達(一部の学者は除く)のほうです。

> *又、「情報」は「記憶に関わる物質」にあると考えております。原始の海にRNAワールドとかDNAワールドがあったなどという学者は「偽学者」だと考えます。


*「正しい」と認識したことは「言わなければならない」と考えております。

*生物学者の社会的責任は大きいです。
私は「知ってて(誤りを誤りだと)言わない」ことは「嘘をついている」ことだと思います。

*「DNAは遺伝子の本体である」というよな偽生物学者を認めることはできません

[1860] Re: 生命体であるかどうかの判断基準 
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月13日 23時21分
あき さんへ

> *私の「生命体か」「生命体でないのか」の判断基準

> a)動くか、動かないか。
> b)ある作用に対して反応するか、しないか。
> c)「姿」「形」が合目的性の結果であるか、そうでないか。

> *私の「生命体の定義」

> イ)「記憶に関わる物質」(生への意志)を所持し、有機物からなる。
> ロ)恒常性を所持する。
> ハ)自己複製をする。

> 以上が「生命体」の定義ですが、イ)(生への意志)を確認出来れば、私は「生命体である」と判断します。勿論、
この判断基準は上記の「生命体か」「生命体でないのか」の判断基準(a)、b)、c))からなす総合判断です。

a)、b)、c)からイ)ロ)ハ)はどのような過程で導き出されたのでしょうか。
論理が飛びすぎて理解できません。結論(イロハ)までの過程を論理的に説明していただけますか。それから議論したいと思います。


*上記の「結論(イロハ)までの過程を論理的に説明していただけますか」ということですが、これらは、私の経験と直感から得た
認識ですので「説明」は貴方の質問(私に対する反論)に答えるということでしたいと思います。


> 「目」で判断するとはどういうことですか?少なくても細胞は肉眼で見ることは困難です。
抽象的な言い方ではなく明確にしてください。それとも文字通り肉眼で見ることですか?

>* [1799]を読み理解して頂けないのは残念です。「生命」というものは「目」で見て判断するしかないのです。

>「肉眼で見ることですか?」はyes、noで答えられます。どちらですか?
肉眼以外の手段での認識ならばどういうものか教えてください。[1799]だけでは理解できません。

*『「目」で判断する』という事で理解して頂きたいとおもいます。
「判断」しているのは「私」なのです。「肉眼で見ることですか?」は関係ない質問だとおもいます。

「記憶に関わる物質」と「膜」とはどのような関係ですか?「記憶に関わる物質」=「膜」、あるいは「「膜」には記憶を持つ性質がある
」だと思っていましたが、違いますか?

*私も「記憶のしくみ、仕掛け」を解っているわけではありません。しかし、「膜」=「記憶に関わる物質」、「記憶]を持つ性質があると考えております。

竹内さんの「恒常性」の定義を教えてください

*恒常性=「生物体あるいは生物システムが不断の外的および内的の諸変化のなかにおかれながら、形態的状態・生理的状態を安定な範囲内保ち、個体としての生存を維持する性質」

上記の意味でいいのですが、私はこの「恒常性」があるのも「膜」の存在があるゆえであると考えております。

[1861] Re: 生命体であるかどうかの判断基準 
投稿者名: wadja
投稿日時: 2001年5月13日 23時43分
レス遅くなりました。この程度のペースでしかレスできませんが...お許しを。

>>「目で見る」とはいいながら、「判断」するのはあくまで竹内さんの主観ですから、その基準が客観的に示されない限りは、議論としての発展性がありません。皆さんが「具体的に」と繰り返し要求される理由です。

>*[1806]で上記のように記されていますが、私は『我々、人類は未だ「生命体である個体と細胞」が「なしている」ことは何も分かっていないのです。又、「個体と細胞が生命体である」ことを知っているだけなのです』という認識ですから...

あきさんの言うように、「全てが分かっているわけではない」が正しい表現だと思われます。それとも竹内さんは、「なしている」と言う言葉に、現代の我々に既知の仕組みを超えた、特殊な相互作用の意味を持たせているのでしょうか?

>又、「個体と細胞が生命体である」ことを知っているだけなのです』という認識ですから、「細胞と個体は生命体である」からの議論をするという事しかないと思っております。

とお書きですが、一方で、

>「物質と生命体との違い」についてはわかっていません。ですから、誰も「その基準」を客観的に示すことはできないのです。

ともありますよね。これでは、「細胞と個体は生命体である」という命題に、客観的な判断は下せないことになります。また上記は一見正しい言明にも見えますが、「違いについて客観的に示せないのは、違いが存在しないから」という対立する言明も存在しうるので、「ですから」には論理の飛躍を感じます。

>*上記にて「細胞が生きていることに対しては誰も疑問を持たないと思われます」と記されていますが、ここのところがちがいですね。
私は細胞が『自然環境の中で「独立して」いきている(意志を持ち行動しているかどうかを含みます)』と認識しております。

本題とは離れる脇道の部分ですから深くは掘り下げるつもりはありませんが、竹内さん独自の「脳死判定・植物人間の難しさ」に対する認識として、お聞きしておきます。

>*「それはあくまで特殊な条件下での話であり」と貴方は言われますが、私は、「特殊な条件下」であっても「細胞は独立して生きている」という判断をしなければならないと思います。

では「独立して生きている」の意味を、客観的に定義していただけると助かります。

>*原始の海で誕生した「生命」から現在の真核生物への進化を考えると「核やミトコンドリア等の細胞小器官(中心小体を除く)を生細胞外で培養する事は出来ない」ということだと思います。

真核生物への進化は、共生説などもあり、必ずしも統一されているとは思えない部分もありますが、竹内さんが「中心小体以外は細胞外では培養できない」とされる根拠となる、「真核生物への進化」を教えて頂けるでしょうか?

>*現在の生命科学における解釈体系と私の解釈体系がことなるだけのことです。「経験に基づく認識」と「論理」によってえた解釈体系も科学と呼べると思います。

生命科学のみならず、自然科学の解釈体系(解釈体系...って一般的な言葉なんでしょうか?意味は分かる気がしますが)を超えているのではないでしょうか。wadjaの感想に過ぎませんが、哲学(って人文科学ですよね?)に近いものを感じているのですが。

[1862] Re: 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月14日 00時23分
竹内さん

最初にお断りしておかなければいけないのは、内容を問わず中傷的発言そのものに対して意義を申しております。間違いを間違いというのは結構ですが、中傷的に言う必要はありません。こういう考えも間違いとお考えですか?

次に各論ですけども、

> *「正しい」と認識したことは「言わなければならない」と考えております。

その通りですね。

> *生物学者の社会的責任は大きいです。
> 私は「知ってて(誤りを誤りだと)言わない」ことは「嘘をついている」ことだと思います。

その通りだと思います。しかしながら誤りであることを知っていて、誤りだと言わない研究者はごく一部でしょう(残念ながら皆無とはいえません)。現在のところ、誤っていることに関して誤っていると、またわからないことに対してわからないと、一般的研究者は言うでしょう。個人的会話においても、また学会の席上でも、論文においても、研究に関してはそういう発言をいたします。ですから非難をするのでしたら具体的に個人、グループに対して、どこが嘘であるか理由添えてお願いします(これに対しても中傷的唱え方は原則的に認めることができません)。

ちなみに自分が知らないのでわからないのか、誰も知らないことなのかも区別することも重要です。竹内さんもこれを区別していただけますか。両者を混同されると議論が迷走します。

> *「DNAは遺伝子の本体である」というよな偽生物学者を認めることはできません。

まず確認します。「DNA」とは何ですか。次に「遺伝子」とは。さらに「本体である」ということはどういうことを指しているのでしょうか。竹内さんのご意見を聞かせてください。

[1863] Re: 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年5月14日 00時30分
> *「正しい」と認識したことは「言わなければならない」と考えております。
>
> *生物学者の社会的責任は大きいです。
> 私は「知ってて(誤りを誤りだと)言わない」ことは「嘘をついている」ことだと思います。

「高電位空間」などという捏造をいつまでも訂正しないで開き直っている
竹内さんにそれを言う資格も能力も無い、と認識します。

> *「DNAは遺伝子の本体である」というよな偽生物学者を認めることはできません

それでは、遺伝子の変異によって引き起こされる(現在1000種類ほど
判明している)遺伝性疾患については竹内説では、どう説明するのですか? 
あなたの言う「生命体の意志」とやらが、患者さんご本人をわざわざ病気
にして苦しめるのですか?

[1864] Re: 生命体であるかどうかの判断基準 
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月14日 00時58分
竹内さん

>>> *私の「生命体か」「生命体でないのか」の判断基準
(中略)
>>> 以上が「生命体」の定義ですが、イ)(生への意志)を確認出来れば、私は「生命体である」と判断します。勿論、この判断基準は上記の「生命体か」「生命体でないのか」の判断基準(a)、b)、c))からなす総合判断です。

>> a)、b)、c)からイ)ロ)ハ)はどのような過程で導き出されたのでしょうか。
論理が飛びすぎて理解できません。結論(イロハ)までの過程を論理的に説明していただけますか。それから議論したいと思います。

> *上記の「結論(イロハ)までの過程を論理的に説明していただけますか」ということですが、これらは、私の経験と直感から得た認識ですので「説明」は貴方の質問(私に対する反論)に答えるということでしたいと思います。

これだけ読むと、論理はなく直感で決めたと解釈できますが、それでよろしいですか?

>>>> 「目」で判断するとはどういうことですか?少なくても細胞は肉眼で見ることは困難です。抽象的な言い方ではなく明確にしてください。それとも文字通り肉眼で見ることですか?

>>>* [1799]を読み理解して頂けないのは残念です。「生命」というものは「目」で見て判断するしかないのです。

>>「肉眼で見ることですか?」はyes、noで答えられます。どちらですか?
肉眼以外の手段での認識ならばどういうものか教えてください。[1799]だけでは理解できません。

> *『「目」で判断する』という事で理解して頂きたいとおもいます。「判断」しているのは「私」なのです。「肉眼で見ることですか?」は関係ない質問だとおもいます。

これらのことからは、「生命」であることは竹内さんが「判断」して決める、と解釈で来ますが、それでよろしいですか?

また上記2つをまとめると、「生命」であることは、竹内さんが直感で決めたイロハ)を判断基準として、竹内さんが「判断」して決めている、ということになりますが、それでいいですか?

ちなみに、「イ)(生への意志)を確認」はどうやって行うのでしょうか?これも竹内さんが目で見て判断するのでしょうか?

目で見えないもの(細胞や中心小体は目で見えません)はどうやって目で判断するのでしょうか?

> *私も「記憶のしくみ、仕掛け」を解っているわけではありません。しかし、「膜」=「記憶に関わる物質」、「記憶]を持つ性質があると考えております。

これは私の理解通りということですね?

> *恒常性=「生物体あるいは生物システムが不断の外的および内的の諸変化のなかにおかれながら、形態的状態・生理的状態を安定な範囲内保ち、個体としての生存を維持する性質」
>
> 上記の意味でいいのですが、私はこの「恒常性」があるのも「膜」の存在があるゆえであると考えております。

了解しました。これは生物学事典からの抜粋ですか?
「膜」はどのような機構で「恒常性」に関与しているのでしょうか?

[1865] Re: 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月14日 01時00分
竹内さん

[1859]には下記内容に関するご回答がありませんでした。
一部だけ回答される場合は、回答しない理由あるいは回答延期などのコメントを書いていただけますか。議論をわかりやすくする上で重要だと思います。
さらに、ご回答もよろしくお願いします。

>> *「通説的な、あるいはこれまでの生物学的解釈」にかんしては、生物学辞典の「生命の起原」等を参照して下さい。

>これはわかった上で話しています。
>
>a)からe)までをすべて認めることはできませんが、仮に認めたとして、「中心小体、核、ミトコンドリア等の細胞小器官などを「進化」との関係のなかでどのように「位置づけをする」」か説明していただけますか。

なお、竹内さんからのご回答待ち発言は下記のものです。
[1819,1820]、[1830、1853]、[1837,1838]、[1852]、[1864]

[1866] 老婆心ながら
投稿者名: 分類学者
投稿日時: 2001年5月14日 09時02分
竹内さんへ

 この方の質問に「現在の学会は偽学者の集まりで、彼らが結束して私の論文を排除するので...」といった
主旨の返答をした時点で、

 竹内さんに「と」の烙印がくっきり押されることを覚悟して返答したほうがいいですよ。

[1867] やっぱり別人格だったのね
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月14日 17時22分
はあ。脱力。

> 理論的な文章を書く時に使うキャラじゃなくて、某掲示板でお笑いをするときのキャラだ。

じゃあ今までの文章は理論的(論理的?)じゃなかったってこと?
そういうことを意識的にやってたと。
そりゃ掲示板荒しって言わないか?


> 間違ってこのスレッドの最初で使ってしまったから、儂も困ってるんだ。

議論する相手はもっと困ってしまいました。


> こんどからは くまのぷうこでない でぷう〜

で、今まで書いたことをチャラにするとか、もしかしてそういうことか?

[1868] まだ押されてなかったの?
投稿者名: T8848
投稿日時: 2001年5月14日 20時08分
>  この方の質問に「現在の学会は偽学者の集まりで、彼らが結束して私の論文を排除するので...」といった
> 主旨の返答をした時点で、
>
>  竹内さんに「と」の烙印がくっきり押されることを覚悟して返答したほうがいいですよ。

もうとっくに押されてると思っていました。

[1869] Re: やっぱり別人格だったのね
投稿者名: ノリリン@悪のオ〜ナ〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月14日 20時18分
> はあ。脱力。
>
> > 理論的な文章を書く時に使うキャラじゃなくて、某掲示板でお笑いをするときのキャラだ。
>
> じゃあ今までの文章は理論的(論理的?)じゃなかったってこと?
> そういうことを意識的にやってたと。
> そりゃ掲示板荒しって言わないか?

君は読解力がないのか?
困ってたって書いただろうが・・・

まあいい。
子犬の相手をしても仕方がない。大元へ持っていく

[1870] 子犬の相手をしても仕方がない・・・
投稿者名: ノリリン@悪のオ〜ナ〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月14日 20時21分
> はあ。脱力。
>
> > 理論的な文章を書く時に使うキャラじゃなくて、某掲示板でお笑いをするときのキャラだ。
>
> じゃあ今までの文章は理論的(論理的?)じゃなかったってこと?
> そういうことを意識的にやってたと。
> そりゃ掲示板荒しって言わないか?

君は読解力がないのか?
困ってたって書いただろうが・・・

まあいい。君みたいなのの相手は何回もしたことがあるけど、今は遠慮しておくよ。
子犬の相手をしても仕方がない(かなりきれいに書いているな)。大元へ持っていく

[1871] 『普遍的な流れなんてないよ』
投稿者名: ノリリン@悪のオ〜ナ〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月14日 20時57分
> 私はたまには麻雀などを楽しむのですが、麻雀友達の中で、いわゆる「流れ」
> (略)
> 麻雀しない人にはなにが面白いのかわからないでしょう。トンデモ批判は、どこかのサイトのように見かけ上は紳士的にやるのもいいのですが、やはり毒舌のほうが読んでいて面白い。このサイト、最高です。以下引用。(略)
> どこかで聞いたことのあるような話と思うのは私だけではあるまい。

さあて、NATROMさん。
後ろの方で馬鹿げた人の混じってきたこのスレッドを読んでいるかどうかわかりませんが、

このとつさんの論証には、儂から
『個人に対する(n=1)実験(統計解析)である』
『特定の極端な状況に対する解析である』
という指摘と、『個体数が少なく、極端な特定状況の解析結果を麻雀の流れ一般に対する結論に無謀に飛躍させている』というreservationが付いています。

さあて、NATROMさん。
貴方は、流れという幾分オカルト的な物を否定する文章であることから、そのような痂皮に気がつかず一足飛びに飛びついてしまったんじゃないんですか?
どうでしょう?

(儂としては自分のHPに載せることに疑似科学的な言説があろうが論理の飛躍があろうが無理があろうが勝手だと思っておりますが、

[1872] さあて、NATROMさん
投稿者名: ノリリン@悪のオ〜ナ〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月14日 20時57分
> 私はたまには麻雀などを楽しむのですが、麻雀友達の中で、いわゆる「流れ」
> (略)
> 麻雀しない人にはなにが面白いのかわからないでしょう。トンデモ批判は、どこかのサイトのように見かけ上は紳士的にやるのもいいのですが、やはり毒舌のほうが読んでいて面白い。このサイト、最高です。以下引用。(略)
> どこかで聞いたことのあるような話と思うのは私だけではあるまい。

さあて、NATROMさん。
後ろの方で馬鹿げた人の混じってきたこのスレッドを読んでいるかどうかわかりませんが、

このとつさんの論証には、儂から
『個人に対する(n=1)実験(統計解析)である』
『特定の極端な状況に対する解析である』
という指摘と、『個体数が少なく、極端な特定状況の解析結果を麻雀の流れ一般に対する結論に無謀に飛躍させている』というreservationが付いています。

さあて、NATROMさん。
貴方は、流れという幾分オカルト的な物を否定する文章であることから、そのような痂皮に気がつかず一足飛びに飛びついてしまったんじゃないんですか?
どうでしょう?

(儂としては自分のHPに載せることに疑似科学的な言説があろうが論理の飛躍があろうが無理があろうが勝手だと思っておりますが、

[1873] それじゃ逆ギレでしょう
投稿者名: 通行人1号
投稿日時: 2001年5月14日 21時15分
傍観させてもらってたけど、みっともなくないですか?>ノリリンさん
先に「ぷ〜」とか言い出した方が間違ってんだから、
まずそれを詫びるのが筋ですぜ。
「キャラ」がどうのこうのとかオタク臭い弁解する前に。
それが出来ないようなら、「相手しても仕方ない」が誰を指すのか自明。

あとね。

>まあいい。君みたいなのの相手は何回もしたことがあるけど、今は遠慮しておくよ。
>子犬の相手をしても仕方がない(かなりきれいに書いているな)。

こういうベテランぶった発言って、傍からはどう見えるか知ってます?
特に最後の"(かなり…)"。かなりイタイですよ。

[1874] 逆切れ。
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月14日 21時32分
> 君は読解力がないのか?
> 困ってたって書いただろうが・・・

他人に指摘された後で、今さらそんなことを言ってもね。

なんでこっちが、ノリリンさんが「困ってた」ことに理解を示さないといけないの?
困ったと思った時点でさっさと謝ってハンドル切り替えりゃよかったじゃないの?

少なくとも「ドラゴンのお守り」の話なんか、私にゃ真面目な話をしてるようには思えなかったな。そういうのはノリリン氏なのかくまのぷうこでぷう〜氏なのか・・・でももういいや。


> まあいい。君みたいなのの相手は何回もしたことがあるけど、今は遠慮しておくよ。

そうですか。私も遠慮します。
今まで議論の途中で人格を切り替える人間の相手なんかしたことないもんね。
(というか、切り替えられないで混乱してるけど・・・「ぷう」とか絶対に言わないはずの「ノリリン」氏が「ぷう」とか言ってるし)

[1875] 1011のまとめ
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月14日 22時53分
ノリリン氏(くまのぷうこでぷう〜氏、以下くま氏と略)が逆切れして相手にしてもらえないので(笑)、勝手に1011の感想をまとめます。

・くま氏の主張のように、とつ氏の実験は限定された状況で行われたものである。
・しかし、全ての科学実験は限定された状況においてなされるものである以上、その結果がどの程度の普遍性をもつと考えてよいのかというアプリオリな基準は存在しない。
・ある実験結果の普遍性の解釈は、より普遍的な状況で行われた実験の結果によってのみ置換される。
・したがって、とつ氏の批判する、実験もせずに断定する人々の立場(これはくま氏の立場でもある)よりは、少なくとも一つの実験結果には基づいているとつ氏の立場のほうが、より科学的であるといえる。

そりゃもちろん、限定された状況よりは、普遍的な状況で実験したほうがいいに決まってます。
でも、はなから実験しようともしない立場よりははるかにまし。

なにごとも実験してみな、わかりまへんで。

[1876] Re: 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月14日 23時26分
あき さんへ

> *「DNAは遺伝子の本体である」というよな偽生物学者を認めることはできません。

まず確認します。「DNA」とは何ですか。次に「遺伝子」とは。さらに「本体である」ということはどういうことを指しているのでしょうか。竹内さんのご意見を聞かせてください。

DNA=「デオキシリボ核酸」のことです。

遺伝子=「形質を伝え、それを発現するもとになるもの」
[1616] Re: 日経サイエンス1993年8月号 を参照して下さい。

*私は上記のように理解しております。

*「本体である」ということを説明するようにとのことですが、この言葉は私の言葉ではありません。ですから、私には説明できません。
(岩波生物学辞典第4版にも「DNA=遺伝子の本体」と記されています。)

[1877] Re: 老婆心ながら
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月14日 23時52分
分類学者 さんへ

*有り難う御座います。

社会的なことは知らないものですから今後とも教えて下さい。
それから、私が「科学のルール」に反していたら指摘をお願いしたいと思います。
よろしくお願い致します。

[1878] Re: 独立した生命体(生命体の階層性)
投稿者名: あき
投稿日時: 2001年5月15日 00時38分
竹内さん

>> まず確認します。「DNA」とは何ですか。次に「遺伝子」とは。さらに「本体である」ということはどういうことを指しているのでしょうか。竹内さんのご意見を聞かせてください。
>
> DNA=「デオキシリボ核酸」のことです。

> 遺伝子=「形質を伝え、それを発現するもとになるもの」
> [1616] Re: 日経サイエンス1993年8月号 を参照して下さい。
>
> *私は上記のように理解しております。

これらはわかりました。

> *「本体である」ということを説明するようにとのことですが、この言葉は私の言葉ではありません。ですから、私には説明できません。
> (岩波生物学辞典第4版にも「DNA=遺伝子の本体」と記されています。)

説明できないということは、竹内さんは「本体である」の意味も分からずに「DNAは遺伝子の本体である」ということを非難しているわけですか?

[1879] 傍観者モード
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年5月15日 02時06分
自分の思ってる事は前の議論で出し終わってるので
私はとりあえず傍観者モードです。

1点気になったのですが、
ノリリン氏はとつ氏が「実際に何を証明したのか/してないのか」を
問題にしているのでは無く、とつ氏が擬似科学的な手法を以って
限定的な結論を一般論に拡大しようとした事、を問題にしています。

そして、その論はとつ氏の『流れが一般にない』という一文を起点に
構成されています。だからノリリン氏が言っている事は間違いだ、と
いうのを示すのにはまず、この文章にはそうした一般論への拡大と
いった意図は無い、という事を示さなければなりません。

1011氏はそこを突かないと多分議論が噛み合わない気がします。

と、こんな論理展開で合ってますでしょうか? > ノリリン氏
間違ってたら訂正お願いします。

[1880] Re: 傍観者モード
投稿者名: 1011
投稿日時: 2001年5月15日 03時01分
> そして、その論はとつ氏の『流れが一般にない』という一文を起点に
> 構成されています。

とつ氏の文章は、正確には「『流れ的現象』は一般には存在しない。」ですね。
「一般にない」というのと「一般に”は”ない」っていうのとは意味が違う。

それで、私はゆんさん[1466]は正しい解釈をしていると思ってます。


> 1011氏はそこを突かないと多分議論が噛み合わない気がします。

そうかもしれません。でも、それは私がここで議論したいことじゃない。
私が議論に参加した動機は、とつ氏がいみじくも

> データも出さず「東風と実戦は違う」とかそれ系かな?

と指摘したようなことを、まさにノリリン氏[1445] が主張してたからなのです。
(だから今さら、以前の人格はお笑い、って無責任を言われると私は困る)

でももう議論する気はないですよ。はあ。

[1881] Re: 傍観者モード
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年5月15日 06時53分
> > そして、その論はとつ氏の『流れが一般にない』という一文を起点に
> > 構成されています。
>
> とつ氏の文章は、正確には「『流れ的現象』は一般には存在しない。」ですね。
> 「一般にない」というのと「一般に”は”ない」っていうのとは意味が違う。
>
> それで、私はゆんさん[1466]は正しい解釈をしていると思ってます。

ああ、そうでした。
もともと自分の文章で指摘した点なのに間違えてちゃ世話ないですね。

引用は正確に。

[1882] Re: 傍観者モード
投稿者名: ノリリン@悪のオ〜ナ〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月15日 07時26分
『一般に』
かどうかは抜きにして

まあそんなところですね。
そこの議論をしたいのかと思ったら、彼は絡みたいだけだったみたいだけど。
それはもうちっと暇なときにしたい。

[1883] Re: 傍観者モード
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年5月15日 08時48分
> 『一般に』
> かどうかは抜きにして

すいません、確認です。
この文章はどこにかかるんでしょう?

私の元の文章の

> そして、その論はとつ氏の『流れが一般にない』という一文を起点に
> 構成されています。だからノリリン氏が言っている事は間違いだ、と
> いうのを示すのにはまず、この文章にはそうした一般論への拡大と
> いった意図は無い、という事を示さなければなりません。

『流れが一般にない』のフレーズは、私が間違ってノリリン氏の文章から
拾ってきたフレーズで、私が示したかったのは正しくは1011氏の指摘の通り、
『「流れ的現象」は一般には存在しない。』というとつ氏のフレーズです。
その文章をノリリン氏が特に問題にされているように見えたので、
確認をとろうと思ったんです。

ノリリン氏が特にこのフレーズを問題にしているという認識は合っている
でしょうか?

[1884] Re: 傍観者モード
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年5月15日 09時11分
自分の文章ながら訳がわからない。

質問をやり直します。

ノリリン氏はとつ氏の文章の中でも
『「流れ的現象」は一般には存在しない。』という下りを
特に問題視されているように見えましたが、その認識で
合っているでしょうか?

[1885] Re: 老婆心ながら
投稿者名: PDX.
投稿日時: 2001年5月15日 10時23分
To 竹内さん

 ちょっと脱線しますが、マーチン・ガードナーの「奇妙な論理」という著書を読んだ
ことはありますか?

http://www.meken.med.kyushu-u.ac.jp/~tosakai/review.html#07

 古い本(初版は 1952 年!)ですが、今なお通じる内容の本です。

 この本では、「地球は平らである」「地球の中は空洞になっていてもうひとつの世界が
ある」といった非正統的なことを主張していた人々についていろいろ書かれています。
 そういった人物に共通する言動パターンというものを、著者であるガードナーが指摘し
ているのですが、いろいろな意味で考えさせられる本です。

 もっとも、古いが故にあまり書店では見かけないんですよね(^_^;
 図書館においてあればいいのですが。

[1886] あどけない話
投稿者名: ハレルヤ
投稿日時: 2001年5月15日 13時12分
あどけない話    

(1)奇跡ってなに?

「お母さん。奇跡ってどんなもの?」「科学では説明できないことよ。」「科学って、なあに?」「科学? 科学ってね、…むずかしいなあ。科学はわからないけどね、奇跡ってのは、普通では起こらないことよ。」「じゃあ、すごーい地震とか?」「それはねえ、違うよ。それは災難。」「でも、普通は起こらないよ。」「そうかあ、じゃあ、普通では起こらないけど、起こってよかったなと思えるものかな。」「たとえば?」「たとえばね、5さいのよっちゃんが、勉強もしないのに、お父さんの読
んでる本が解かったりすると、奇跡かなあ。」「じゃあ、お父さんがその本を読んでわかったら奇跡?」「そんなの当たり前だから奇跡じゃないよ。奇跡ってのはね、やってる人にとって、できなくて当たり前のはずのことができると奇跡。」「ふうん。」「だからたとえば、よっちゃんが、これからあと、背がもう10センチ伸びても奇跡じゃないけど、お父さんの身長がもう10センチ伸びたら、奇跡。」「じゃあ、お父さんの体重が、10キロ増えたら?」「それは奇跡じゃない、災難というの。」


(2)神さまとアミノ酸とどっちがえらい?

「この世界が6日でできたら、奇跡?」「そうねえ、人間が6日で世界を造ったら、そりゃもう、すっごい奇跡ね。」「じゃ、神さまが造ったら?」「…神さまが造っても、人間にとっては奇跡だろうねぇ。」「でも、神さまはなんでもできるんでしょ?」「そうねぇ。とすると、神さまご自身にとってはできて当たり前だから、奇跡じゃないね。」「なんだ、奇跡じゃないの。」「そういうこと。」「じゃあ、進化論は? アミノ酸が時間を使って、いのちある生き物になったら、奇跡?」「うーん。
そりゃあ…、アミノ酸くんには、すごーい奇跡だよねぇ、多分。」「えー! そうな
の?」「うん。」「すごい、すごい!」「すごいよ。」「神さまアミノ酸くんに負け
てない?」「どうだかねぇ。」「じゃあ、サルが人間になったら?」「いや、それも、すごい奇跡だよね。だって、お母さん、サルになれないもん。」「じゃあ、陸にいたくじらが変身して、海に住んだら?」「そりゃあそりゃあ、やっぱり、立派な奇跡だ。」「そうなんだ!おかあさん、くじらくんもすごいね。」「そうね。」

(3)もし進化できるものなら

「だけど、どうして、くじらは海がよかったんだろう? 陸ってそんなに悪いところだったの? 海は寒いよ。 冷たいよ。」「敵だっていないわけじゃないよ。」「水圧かかるし。」「内臓に負担になるんだよ。」「おーい、くじらくーん、どうして海に行っちゃったのー? ねえ、おかあさん。ぼくだったらね、水陸両用がいい。ぼくが
進化できたらね、えとね、くじらみたいにいちいち空気を吸いに上がって来なくても
いいように、水に入るときだけエラができるの。それから、水に入るときだけ、ヒレ
と水かきがね、ビヨーンってできるのがいいな。スピードがビョンビョン出るの。そ
れから、寒いのはいや。だけど、ゴマフアザラシみたいに脂肪がたくさんつくといや
だから、水温に合わせて体温調節できるといいな。あとね、病気にならないように進
化したい。病院、大変だもん。」「そうねえ、みんな好きなように進化したのに、ど
うして病気があるのかしら。

(4)進化しても子育てできる?

でも、お母さん、よっちゃんが、水陸両用になったら、よっちゃんがお水の中に住んでるときは、寂しいな。」「そうだね。」「お母さん、ヒレや水かきで泳ぐ泳ぎ方も知らないし、よっちゃんにごはん作って上げられないし。よっちゃん、ごはん食べる時、水の中で、なに食べるの?」「そうね、サンマね。あとカジキね。」「だけど、サンマ、生でバクって食べるの?」「う…。」「どうするの?」「とって来て、お母さんに焼いてもらう。」「カジキは?」「魚屋さんでお刺身にしてもらわないと駄目。」「だけど、お母さん、そのほかにも今までよっちゃんに、いろいろ教えながら
育ててきたんだけど、ボタンのかけ方とか、紐の結び方とか。道路では飛び出しちゃ
駄目だとか、火のそばに行っちゃ駄目だとか。でも、よっちゃんがお水の中に行っちゃったら、おかあさん、よっちゃんが危なくても、守ってあげられないなあ。危な
いところとか、どうやったら上手になるかとか、そういうこと教えて上げられない。
大きくなってからならいいけど、まだまだ危なかしくて見てられないもん。よっちゃ
ん、サメに、すぐに食べられちゃうよ。」「…。でもね、みんな、そうやって、海で
なにかのえさになる子もいるんだ。」「そんなの困る。」「だって、たくさん生まれ
たらさ、ちょうどいいくらいしか生き残らないんだよ。」「でも、お母さん、そんな
にたくさん子供生まないもん。進化したおかげでお母さんが守ってあげられなくて、
お母さんの子供が絶滅したら、お母さん、泣いちゃう。そんな進化なら、しなくてい
いよ。」「…。心配ないよ。ぼく進化してないから。」

(5)進化するのも楽じゃない

「あら、わかんないよ。よっちゃんはいいけど。化石の中間型は発見されてないんだから。よっちゃんの子供は、もしかしたら、突然変異で、水陸両用になっちゃうんじゃない?」「そう? でもね、しほちゃんは、進化できるとしたら空を飛べる方がいいんだって。」「えー。それはまた大変ね。どうするの? いくらなんでも海と空と陸は欲張り過ぎじゃないかしら。」「ぼくもそう思う。」「くじらくんたちは、みんなみんな、海に行きたかったのかなあ。」「どうやって、意見をまとめたんだろう。ぼく、どっしても海がいい。しほちゃんに、どうやって賛成してもらおう。」「それはねぇ、お母さんにはわからない。くじらくんに聞いてみたら?」「でも、進化したって思っただけでできるのかなあ? どうやるんだろう。」「さあねぇ。それもくじらくんに聞かなきゃわかんない。よっちゃん、どうしても進化したいの?」「お母さん?」お母さん、よっちゃんが進化しなくてもいいから、お母さんと同じような人間でいてくれたほうがうれしいな。そして、お母さんがおばあさんになっても、お父さんと、みんなと陸で仲良くして。」「その方がうれしい?」「その方がうれしい。」

[1887] Re: あどけない話
投稿者名: PDX.
投稿日時: 2001年5月15日 15時10分
To ハレルヤさん

 元記事が長いのでかいつまんで。

「奇跡」云々についてはそもそも科学の領分ではないでしょうし。


 
>(3)もし進化できるものなら

>「だけど、どうして、くじらは海がよかったんだろう?

 グールドの『干し草の中の恐竜』で、このクジラの化石について触れられてい
ますが、「クジラの化石はなかなか見つからず、どのような段階を経て移行して
いったのかは長い間謎であったが、近年の研究で段階的な化石がいくつも発見さ
れ、この分野の研究はたいへん進歩した」と書かれています。

 化石からわかることは、クジラの祖先(と考えられる動物)は、ワニのような
姿をしている哺乳動物で、河口や浅い海に生活していたようです。
 水中生活に適応していくにつれて、四肢はひれに変化し、耳の構造も空気中の
音を聞くのではなく水の振動を感知するものに変わっていきます。(古い種だと
この耳の構造のため、深く潜ることができなかったと想像されます)

>「そうねえ、みんな好きなように進化したのに、どうして病気があるのかしら。

「好きなように進化した」わけではないから病気がある、というだけのことでは
ないでしょうか?
 少なくともダーウィン的な進化論では『好きなように進化した』というわけで
はないという前提なのですから。

 また、たとえ「好きなように進化した」のであっても、同じように病原体もま
た「好きなように」進化できるのであれば同じ事でしょうし。

 ですから、病気の存在は進化を否定しません。


>(4)進化しても子育てできる?

 まずこの部分の文章のおかしな点は、まるで一世代で進化がおこるものであるか
のように書かれている点です。
 クジラの例であれば、浅い海で生活していたクジラから深海にも適応したクジラ
までの間には数百万年〜数千万年の時間差があると考えられ、その間の世代数も相
当な数にのぼります。
 そういうことで、前提が違いすぎます。

 それに、親が子の面倒を見るのは動物の中のほんの一部分ではないかと思います
が。
(この場合「動物」と書いたのは脊椎動物も無脊椎動物も含めた話です)


>(5)進化するのも楽じゃない

>化石の中間型は発見されてないんだから。

 クジラの化石については、上記のように中間型と思われる段階的な化石がいくつ
も見つかっています。
 とりあえず先述の本をご一読されてはいかがでしょうか?
 あるいは、その中で参考文献とされているもとの研究にあたってみてもよいでしょ
う。

[1888] Re: あどけない話
投稿者名: PDX.
投稿日時: 2001年5月15日 15時13分
 自己フォローです。


 些細なことですが念のために。


> グールドの『干し草の中の恐竜』で、このクジラの化石について触れられてい
>ますが、「クジラの化石はなかなか見つからず、どのような段階を経て移行して
>いったのかは長い間謎であったが、近年の研究で段階的な化石がいくつも発見さ
>れ、この分野の研究はたいへん進歩した」と書かれています。

 上記引用部で「〜と書かれています」と書きましたが、今手元に本がない
ためかなり曖昧な記憶で書いています。
 ですから一字一句上記のとおり書かれているわけではありません。
 上記のような意図のことが書かれています、という程度に思ってください。

[1889] Re: 傍観者モード
投稿者名: ノリリン@悪のオ〜ナ〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年5月15日 17時58分
> 自分の文章ながら訳がわからない。
>
> 質問をやり直します。
>
> ノリリン氏はとつ氏の文章の中でも
> 『「流れ的現象」は一般には存在しない。』という下りを
> 特に問題視されているように見えましたが、その認識で
> 合っているでしょうか?

あってると思いますよ。
というかそこが問題だと思いますね。

”『一般に』は別として”という保留を入れたのは
貴方と1011とのあいだで、行われた”一般には”と”一般に”関する話が理解不能だったからです。
『「流れ的現象」は一般には存在しない。』:確かに、途中でそう宣言してますよ、とつさんは。彼は特定のケース。(自分事例数1)、(特定の場:東風荘)において証明したわけですから、彼が『一般には存在しない=私が東風荘でやった場合には流れは存在しない』で論を終わっていればOKです。儂だって『OK。君には存在しない。(へたくそめ)』で終わってます。
しかし、その後の彼の文章の続きに、沢山の罵倒と敷延があったと思いますが。
引用はしたくないけどしますと

”やかましわヽ( ´*`)*
お前、直前まで「牌の勢い」の意味で「流れ」言うとったやろが(笑)。
オカルトの意味での「流れ」を信じていたが、それを批判され、困ったからといって定義をすりかえてごまかすな(笑)。

しかし残念ながら、それさえムダなことだ。
「心理的な影響」も、相手が充分に強ければ、数字に表れる程度には存在しないことが今回示されてしまった。
とつ程度になると、オカルトに振り回されて打ち方を変えたりしないわけだ。
だから彼らの「読んで」いる「流れ」は、ただの子供だましのオカルトか、または精神的に弱い打ち手にしか通用しない。
バカが、定義さえ明確にしないまま、「流れ」を得意げに語る。
それは、同じバカには受け容れられるだろう。それと似ている。

「流れ」にまつわる全ての頭悪い発言では、とつをだますことはできない。
「流れ」にまつわる全ての「読み」は、とつに対して通用しない。

麻雀の技術を高めるためには、「流れ」などのオカルト信仰をまず第一に捨て去らねばならない。
バカ同士でのみ通用するバカな思考など捨て去ると良い。”
 
ほらこの引用文の中で、特定のとつ氏&東風荘であったものが、麻雀一般全てのうち手に広げられているとは読めませんか?
この中にいくつもありますが”「心理的な影響」も、相手が充分に強ければ、数字に表れる程度には存在しないことが今回示されてしまった。”
これは明らかに彼が特定の結果を一般事象に拡大してしまったことを示した文章です。

かれは『「流れ的現象」は一般に存在しない。』と書いているのです。
とつ氏は確かに途中で、『「流れ的現象」は一般には存在しない。』と書いてますよ。結果からはそこまでしか言えないんだから。でもそれは彼の言いたいことでない。その後に書いてあることが彼の言いたいこと。かれは『「流れ的現象」は一般に存在しない。』と書いているのです。refrain

[1890] Re: 傍観者モード
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年5月15日 18時19分
> > ノリリン氏はとつ氏の文章の中でも
> > 『「流れ的現象」は一般には存在しない。』という下りを
> > 特に問題視されているように見えましたが、その認識で
> > 合っているでしょうか?
>
> あってると思いますよ。
> というかそこが問題だと思いますね。

OKです。

解釈の分かれる起点がわかっていれば、後はどちらの判断が妥当かと
言うのは掲示板を読む人が決めてくれればいいです。自分の論点は
前の議論で出し尽くしていて、特にこちらから新しく提出できる物も
無いので。

ちなみにノリリン氏が引用された部分は素直に解釈すれば
「俺は強いんだからお前らの言うツキなんかには左右されねーんだよ」
と、汎化と言うよりむしろ特定のケースに依拠した話、所謂自慢話を
している風に読めるのではないかと思いました。

[1891] (1)のこと。
投稿者名: t_rpXXX
投稿日時: 2001年5月15日 18時33分
>「お母さん。奇跡ってどんなもの?」「科学では説明できないことよ。」

>「科学? 科学ってね、…むずかしいなあ。科学はわからないけどね、奇跡ってのは、普通では起こらないことよ。」

そうすると、奇跡は時代を追うごとに減っていくわけだ。大昔の人に、ライターで火をつけるのを見せたら「おお奇跡だ!」っていうんだろうな。(でも、中世ヨーロッパに行ったら、キリスト教の人に「魔女だ!」とか言われて殺されるんだろうな・・・)

>じゃあ、すごーい地震とか?」「それはねえ、違うよ。それは災難。」

でも、学校に行きたくない日があって、その日に局地地震で学校が崩れたりしたら、奇跡かも・・・(笑)

[1892] Re: あどけない話
投稿者名: とーりすがり
投稿日時: 2001年5月15日 18時36分
(6)奇跡だって楽じゃない
「うん、わかった、よっちゃん進化しないよ。
 でも、もし神様がよっちゃんを水陸両用にしちゃったら、
 それは奇跡なの?それとも災難なの?」

[1893] Re: さあて、NATROMさん
投稿者名: NATROM
投稿日時: 2001年5月15日 18時44分
>さあて、NATROMさん。
>貴方は、流れという幾分オカルト的な物を否定する文章であることから、そのような痂皮に気がつかず一足飛びに飛びついてしまったんじゃないんですか?
>どうでしょう?

そうです。「『流れ的現象』は一般には存在しない」というとつ氏の言葉が、「『流れ的現象』は、ありとあらゆる半荘において存在しない」ことを意味していたとすれば、とつ氏の得た結果からはそんなことは証明されません。この点においてノリリンさんの指摘はまったく正しい。ゆんさんがいみじくも指摘していますが、『「流れ」が存在しないことの証明』という見出しは誇大広告気味(1466)ですね。

言い訳をするならば、「流れが存在しないことが証明されたぞ。万歳!」という記事として紹介したのではなく、オカルト否定の毒舌が面白いので紹介したのです。とつ氏は同じデータを用いて、より慎重に「東風荘の上級者同士の対戦において、トップの次にトップが出やすいというタイプの『流れ的現象』が存在するという仮説は、今回反証に失敗した」と主張することもできましたが、それでは面白くない。オカルト批判にも大きく二つの手法があって、一つはあくまで論理的に批判する、もう一つは笑いとばす「と学会」的手法です。成功しているかどうかは自分ではわかりませんが、創造科学批判に関して、私は前者の方法を採用しています。この掲示板では「あき」さんが、忍耐強く前者の方法を使って成功しています。ただこのやり方は、かなりの忍耐を必要とします。見ている方も面白くありません。対して、「と学会」的手法はきわめて笑えます。とつ氏のページを紹介したのは、「こういう面白いやり方もありですね」という意図によるものであって、別にとつ氏が厳密に論理的に流れの不在を証明した”科学的”な文章などとは思っていません。

「人間同士で痛いくらいの金をかけてやれば流れは生じる」という指摘はしごくもっともですが、私には的外れなように思います。なぜなら、そのような状況で、ノリリンさんがおっしゃるような意味で流れが生じるのは、とつ氏も別に否定しないであろうからです。とつ氏が誇大広告気味の見出しで笑ったものは、別のもの(例えば、「今は流れが悪いから、あえて悪い待ちでリーチをかけたほうがツモりやすい」など)です。世の中には、東風荘のようなin vitroな状況でも、トップをとった次の半荘ではツモが良くなってトップを取り易いと信じて疑わない人もいるのです。

「と学会」的手法はよくない、という立場もアリであろうとは思います。しかし私はそういう立場はとりません。「これは『と学会』的手法だ」と理解していさえすればいいんじゃないんですか。ノリリンさんのページはそれなりに面白いし、擬似科学的だとは思いませんが、あまりにも厳密な立場に立ってしまうと、ノリリンさんによる科学哲学の解説も、「擬似科学的手法を使っている」と言えなくもありません。(いくつか気になっている点がありますが、例えば、「『適者生存』というのも反証可能性に引っかかる」という主張。この主張の真偽に関しては過去に多くの議論があり、文献一つ引用することもなくさらりと断定してしまうところは、擬似科学的な論法です)。誰かが「プロレスラーは真剣に戦っていない。八百長だ」とプロレスを批判したのなら、その批判は的外れなのではないですか。ノリリンさんによるとつ氏のページ批判も、それに似たようなところがあるように思います。

[1894] Re: あどけない話
投稿者名: 安賀須若人
投稿日時: 2001年5月15日 18時49分
ハレルヤさん、初めまして

出来の悪いパロディですが、よっちゃんと進化論支持者のお父さんの会話を作ってみました。
(1)〜(3)は難しかったので省略です。

(4)進化しても子育てできる?

「でも、お父さん、よっちゃんが、水陸両用になったら、よっちゃんがお水の中に住んでるときは、寂しいな。」
「そうだね。」
「お父さん、ヒレや水かきで泳ぐ泳ぎ方も知らないし、、、ところで、よっちゃんにごはん食べるときは陸に上がってくるの?それともごはんは水の中で食べるの?」
「そうね、ご飯の時は陸にあがることにする。」
「卵生むときだけ陸に上がるウミガメさんみたいだね。海の中でサンマとか生でバクって食べないの?」
「う〜ん。」
「どうするの?」
「とって来て、お母さんに焼いてもらう。」
「マグロとかカジキとかは?」
「魚屋さんでお刺身にしてもらう。」
「お父さん、そのほかにも今までよっちゃんに、いろいろ教えながら育ててきたんだけど、ボタンのかけ方とか、紐の結び方とか。道路では飛び出しちゃ駄目だとか、火のそばに行っちゃ駄目だとか。でも、よっちゃんがお水の中に行っちゃったら、お父さん、よっちゃんが危なくても、守ってあげられないなあ。危ないところとか、どうやったら上手になるかとか、そういうこと教えて上げられない。大きくなってからならいいけど、まだまだ危なかしくて見てられないもん。よっちゃん、サメに、すぐに食べられちゃうよ。」
「…。でもね、サメさんも、えさがないと困っちゃうよ。」
「でもよっちゃんがサメのえさにならなくてもいいだろう。」
「だったら、サメさんのいないところ捜すよ。」
「進化したおかげでお父さんが守ってあげられなくて、よっちゃんが死んじゃったら、お父さん、泣いちゃう。そんな進化なら、しなくていいよ。」
「…。心配ないよ。ぼくまだ進化してないから。」

(5)進化するのも楽じゃない

「よっちゃんはまだでも、よっちゃんの子供のそのまた子供のまた子供は、もしかしたら、突然変異で段々と、水陸両用になっちゃうかもね」
「そうなの? でもね、しほちゃんは、進化できるとしたら空を飛べる方がいいんだって。」
「えー。それはまた大変だね。どうするの?いくらなんでも海と空と陸は欲張り過ぎじゃないかなぁ。」
「ぼくもそう思う。」
「くじらくんたちは、みんなみんな、海に行きたかったのかなあ。」
「どうやって、意見をまとめたんだろう。ぼく、どっしても海がいい。しほちゃんに、どうやって賛成してもらおう。」
「それは、難しいかもねぇ。しほちゃんとはバイバイすることになっちゃうかも。他のお友達で海がいいって子いないの?」
「進化したって思っただけでできるのかなあ?どうやるんだろう。」
「さあねぇ。思っただけじゃできないんじゃない。よっちゃん、どうしても進化したいの?」
「お父さん?」
「お父さん、よっちゃんが進化して水陸両用になっても、お父さんと仲良くしてくれたほうがうれしいな。そして、お父さんがお爺さんになっても、お母さんと、みんなと仲良くしてよ。」
「その方がうれしい?」
「その方がうれしい。」

[1895] Re: 老婆心ながら
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月15日 21時48分
PDX. さんへ

>マーチン・ガードナーの「奇妙な論理」という著書を読んだことはありますか?

*読んでません。

かのアメリカ人たちを私たちは笑えません。現代の日本も似たり寄ったりです。ガードナーのこの本は、奇妙な論理を主張する奇人たちを笑うのが目的ではなく、トンデモを見抜く目を養うのが目的です。しかし、非合理に対して免疫をもたないことはしばしば危険を伴います。

*貴方はこの本を読まれて「目を養われた」のでしょうね。養われた貴方の目で「私の記事」を見てどうですか?私は「トンデモ」ですか?

もしもドイツ国民がよい科学とわるい科学を区別する訓練をもっとよくうけていたなら、ナチスの人類学者の気狂いじみた人種理論にあんなにやすやすとのみこまれることはなかったのではなかろうか?(P16)

*「個即類、類即個」です。

好むと好まざるとにかかわらず、私たちは科学の恩恵を受けて社会を営んでいます。もっと科学と擬似科学について知るべきではないでしょうか。疑似科学について気軽に知ることのできる本です。

*疑似科学は疑似科学です。疑似科学を知る必要はありません。自然を「見る」ことの方が重要です。

[1896] Re: 老婆心ながら
投稿者名: PDX.
投稿日時: 2001年5月15日 21時59分
To 竹内さん

> *貴方はこの本を読まれて「目を養われた」のでしょうね。養われた貴方の
>目で「私の記事」を見てどうですか?私は「トンデモ」ですか?

 残念ながらあなたのこれまでの言動は、ガードナーの定義する「奇人」
のものと似てきたように感じます。
 最初のうちはあまりそう感じなかったのですが、だんだん語調が変化し
てきたように感じ、残念に思っています。

[1897] Re: 生命体であるかどうかの判断基準 
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月15日 22時43分
あき さんへ

> *私の「生命体か」「生命体でないのか」の判断基準
> (中略)
> 以上が「生命体」の定義ですが、イ)(生への意志)を確認出来れば、私は「生命体である」と判断します。勿論、この判断基準は上記の「生命体か」「生命体でないのか」の判断基準(a)、b)、c))からなす総合判断です。
>
> >> a)、b)、c)からイ)ロ)ハ)はどのような過程で導き出されたのでしょうか。
> 論理が飛びすぎて理解できません。結論(イロハ)までの過程を論理的に説明していただけますか。それから議論したいと思います。
>
> > *上記の「結論(イロハ)までの過程を論理的に説明していただけますか」ということですが、これらは、私の経験と直感から得た認識ですので「説明」は貴方の質問(私に対する反論)に答えるということでしたいと思います。
>
> これだけ読むと、論理はなく直感で決めたと解釈できますが、それでよろしいですか?

*「経験と直感」と返答しております。
又、私の「中心小体論」は「論理」もあります。
擬似科学者の作った「ルール」 及び、「判断基準」は無視しておりますが。


> >>>> 「目」で判断するとはどういうことですか?少なくても細胞は肉眼で見ることは困難です。抽象的な言い方ではなく明確にしてください。それとも文字通り肉眼で見ることですか?
>
> >>>* [1799]を読み理解して頂けないのは残念です。「生命」というものは「目」で見て判断するしかないのです。
>
> >>「肉眼で見ることですか?」はyes、noで答えられます。どちらですか?
> 肉眼以外の手段での認識ならばどういうものか教えてください。[1799]だけでは理解できません。
>
> > *『「目」で判断する』という事で理解して頂きたいとおもいます。「判断」しているのは「私」なのです。「肉眼で見ることですか?」は関係ない質問だとおもいます。
>
> これらのことからは、「生命」であることは竹内さんが「判断」して決める、と解釈で来ますが、それでよろしいですか?

> また上記2つをまとめると、「生命」であることは、竹内さんが直感で決めたイロハ)を判断基準として、竹内さんが「判断」して決めている、ということになりますが、それでいいですか?

*貴方は「判断」を「誰が」しているのかを解っていないようですね。
「誰が見て、誰が判断しているのか」はまだ分かっていないのです。統合体としての「私」が「判断」しているということなのです。

*「細胞は独立した生命体である」と「個体は細胞の集合体である」との生物学上の認識が大切なのです。

*『竹内さんが「判断」して決める』のではないのです。「判断」は「合意の結果」としてなされるのでえす。「細胞説の確立」は「合意の結果」なのです。


[1898] Re: 老婆心ながら
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月15日 22時50分
PDX. さんへ

> > *貴方はこの本を読まれて「目を養われた」のでしょうね。養われた貴方の
> >目で「私の記事」を見てどうですか?私は「トンデモ」ですか?
>
>  残念ながらあなたのこれまでの言動は、ガードナーの定義する「奇人」
> のものと似てきたように感じます。
>  最初のうちはあまりそう感じなかったのですが、だんだん語調が変化し
> てきたように感じ、残念に思っています。

*そうですか、少し反省してみます。これでも押さえてるのですよ。

[1899] Re: あどけない話
投稿者名: セピア色
投稿日時: 2001年5月15日 22時53分
かな〜し〜い〜な

物語で切り返すとは、あなたの返答の仕方はこんなもんかと、ちょっとは思っていたけど、御託は良いんだよ。何で宇宙の年齢が1万年以下かの根拠をいいなさい、と言っている。
根拠無しか。何が怖い。言いなさい。

[1900] Re: 中心小体の「位置」
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年5月15日 23時15分
あき さんへ

> 「自己複製」と「恒常性」が「生命体である」ことの大切な条件ならば、なぜ中心小体のみが生命体で、核やミトコンドリアが違うのかがわかりません。

> *上記([1821]で記されている)の理解を貴方が出来ないのは、中心小体、核、ミトコンドリア等の細胞小器官などを「進化」との関係のなかでどのように「位置づけをする」のかを「正しく」認識(生物学上の)をしていないからだとおもいます。

> 通説的な、あるいはこれまでの生物学的解釈では竹内さんの解釈と異なります。その意味で正しく認識されていないのは竹内さんの方でしょう。ですから、竹内さんの解釈の説明を求めています。説明をお願いします。念のため申しておきますが、これまでの説が間違っているからや、竹内さんの認識だけの説明ではなく、中心小体と核やミトコンドリアの生物学的特性もとに進化上における位置の違いをご説明ください。

*生命の起源を説明しうる仮説として私は「蛋白粒→中心小体類→原始真核生物→真核生物→現在における生命体の多様性」を考えました。

*生命は「簡単から複雑へ」と進化してきたのです。

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