過去ログ No.1400 〜 No.1500


[1400] 「と」ですね
投稿者名: T8848
投稿日時: 2000年12月1日 01時33分
> 流れは速いし、用語を変な意味で使うし、論理の整合性はまるでない。
> そのくせ、最新の研究の話は強引に切り貼りするんだよね。
> まともに読むのは結構しんどい。

ずっと前、まだ4・500件くらいの頃にちょっと覗いてたけど、ここで話題になって見に行ってみたら、あまりの速さにほとんど読むのを諦めました。

> GEDROLF(2526番の発言)さんのように見るのが一番正しいようだ。

これこれ、違った視点で楽しむ、「と」との正しい関係です。
…って、あ、ちゃんと研究しなきゃだめなのか。社会科学として。

いや、でもそういう考察をきちんとしたら本の一冊も書けそうです。

[1401] パラダイムが違う
投稿者名: masayuki
投稿日時: 2000年12月1日 04時17分
はっきり言って進化論のことより、ああいう発想がなぜできるのか、それに興味があります。
発言の中身より、言葉遣いを気にする傾向があります。優しい物腰で話すと、尊重されるようです。
権威主義的な振る舞いに敏感です。
自分たちを多数派だと思っています。___本当に多数派なのだろうか。世の中の一般人というのはみんなああいう傾向があるのでしょうか。
彼らは少数派だと思っていたけれど、違ってたかなぁ

[1402] Re: どこへ行く!「みんなの進化論」
投稿者名: 遠藤
投稿日時: 2000年12月8日 00時21分
12/18日現在、彼らの怪(?)進撃が一休みのようです。最近は「専門家の人は素人が困ってんだから助けてよ」などという泣きが入る始末。良識派にはさっそく「今さらなに言ってんのよ」と突っ込まれていますし。

それにしてもJA50さんは偉いなあ。そうか、こういう議論の止め方もあるのか。暴走を止めるのではなく煽るとはね。いや、面白い。

誰か簡単に、今までの「みんなの進化論」で分かったことをまとめてくれないかなあ。正直言ってよく分かりませんし。

[1403] Re: どこへ行く!「みんなの進化論」
投稿者名: taroumaru_oo
投稿日時: 2000年12月8日 05時24分
> 誰か簡単に、今までの「みんなの進化論」で分かったことをまとめてくれないかなあ。正直言ってよく分かりませんし。

はっきり言って、何のための議論かが置き去りです。最近は引用のオンパレードで、しかも何のための引用かも良くわかりません。(笑)
しかし、少しづつ科学的な考え方や、生物に対する認識が深まっています。

私は「みんなの進化論」が幻想であると思っています。しかし、みんなで進化論を理解しようとすることは、ある程度可能と思っています。
さてさて、どうなることか。

[1404] Re: どこへ行く!「みんなの進化論」
投稿者名: hitou
投稿日時: 2000年12月15日 07時50分
> ドーキンスもグールドもダーウィンも木村もだめとなると、やはり今西か中原秀臣だろうか。ウイルス進化論を強力にぶちあげて主流の進化論をけなすと受けるかなあ。

  修復遺伝子の変異が種などの集団レベルで一斉に起こった場合を
  仮定すれば、このことは問題ではありません。   (msg3504)

今西進化論の「変わるべくして変わる」というやつですね。種社会重視という
のも「みんなの進化論」との親和性が高そう。

[1405] Re: どこへ行く!「みんなの進化論」
投稿者名: NATROM
投稿日時: 2000年12月15日 20時42分
>   修復遺伝子の変異が種などの集団レベルで一斉に起こった場合を
>   仮定すれば、このことは問題ではありません。   (msg3504)
>
> 今西進化論の「変わるべくして変わる」というやつですね。種社会重視という
> のも「みんなの進化論」との親和性が高そう。

ウイルス進化論も出てきましたね。(こっちは明らかにネタのようですが)
教科書から「事実」を集めても、それをつなぐ「論理的整合性」に問題が
ありそうですね。

「遺伝子が利己的であるのを仮定すれば問題ではありません」って言えば
よかったのかな?

[1406] Re: どこへ行く!「みんなの進化論」
投稿者名: taroumaru_oo
投稿日時: 2000年12月18日 20時16分
 相変わらずトンデモな仮説が飛び交う板ですが、参加者が直接本を読んで知識を深めたせいか、徐々にですが普通に議論できる雰囲気になってきました。ただし、主流がどうも今西の信奉者のようです。私は今西を呼んでいないので、どうしたらいいものか。教養を深めるために今西を買うかどうか悩んでいます。
 どんな動機であれ、素人が生物進化にまじめに取り組んでいるのは面白い現象です。色々やっているうちに、普通の進化論になっていくのは論理整合性から考えても自明ですから、みんなの進化論は以外と平凡な結論に行き着くのかと思えます。まだまだ先は長そうですけど。

[1407] Re: どこへ行く!「みんなの進化論」
投稿者名: EzoWolf
投稿日時: 2000年12月20日 17時14分
あまり楽観はしない方がよいでしょう。悪罵専門の方々も健在なようですし。

しかし淘汰も遺伝的浮動も拒否して進化を論ずる姿は痛々しいものがあるな。

[1408] Re: どこへ行く!「みんなの進化論」
投稿者名: taroumaru_oo
投稿日時: 2000年12月20日 19時35分
> あまり楽観はしない方がよいでしょう。悪罵専門の方々も健在なようですし。

悪罵専門の対処はそうは難しくありません。

> しかし淘汰も遺伝的浮動も拒否して進化を論ずる姿は痛々しいものがあるな。

いつのまにか浸透していますよ。だいたい、淘汰と遺伝的浮動を拒否したら、参考にできる文献はほとんどなくなるわけですから。皆、中立説を使っています。利己的遺伝子説と見まがう解釈がでてきますし。(本人は気づいてないだろうけど。)

[1409] Re: どこへ行く!「みんなの進化論」
投稿者名: taroumaru_oo
投稿日時: 2000年12月20日 19時39分
EzoWolfさんもそろそろ復帰したらどうですか。
皆、裏付けのある専門知識に飢えてますよ。

[1410] Re: どこへ行く!「みんなの進化論」
投稿者名: hitou
投稿日時: 2000年12月26日 20時31分
  定義ができて、確かめたら終わりとなる「それ」とは一体何を指すのでしょうか。
  定義されてそれで調べておしまいとは、なんと浅はかな面白くも何ともない学問
  (学問と呼べない)ですなあ。
                                (msg:3906)

そうそう。ちゃんと論文にして,公表しないとね。

# で,「みんなの進化論」はいつ完成するんだろう。

[1411] Re: どこへ行く!「みんなの進化論」
投稿者名: hitou
投稿日時: 2000年12月26日 20時49分
  私は、適応度ほど胡散臭いものはないと思っていますがね。
  あなたが無視する外圧よりもね。
                      (msg:3907)

JA50さんは,無視しているのではなく定義を尋ねているのだ
と思う。

# 「適応度」は定義はハッキリしていて一応測定可能(実際に
# 測定するのは困難なことも多い)なのだが。

[1412] 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: NATROM
投稿日時: 2000年12月27日 02時46分
私はたまには麻雀などを楽しむのですが、麻雀友達の中で、いわゆる「流れ」があると信じている人は結構多い。「流れ」が自分にあるときには、不利な待ちでもツモれるし、危険な牌でも通りやすいそうです。はっきり言って「流れ」なんてあるわけなく、オカルトに過ぎません。しかし、麻雀を経験した人にはわかってもらえると思いますが、「流れ」があると感じることはしばしばあります。一見関係のなさそうな事象にもなにかしら因果関係を見い出す傾向を、ヒトは持っているようです。きっと、そんな傾向を持たないライバルよりも、(たまに迷信に陥ることがあるににせよ)因果関係を感じる個体のほうが有利だったのでしょう。

進化心理学の話をしたかった訳ではなく、ネットをさまよっていたら面白いサイトを見つけたので紹介したかったのです。

「流れ」が存在しないことの証明
http://www.interq.or.jp/snake/totugeki/SLtotu11.htm

麻雀しない人にはなにが面白いのかわからないでしょう。トンデモ批判は、どこかのサイトのように見かけ上は紳士的にやるのもいいのですが、やはり毒舌のほうが読んでいて面白い。このサイト、最高です。以下引用。

>答えが明確に表れるものについては、彼らは口を閉ざさざるを得ない。
>試みに、数学の問題とか、法律の知識について彼らに聞いてみるといい。彼らは黙するだろう。
>しかし、ひとたび答えが曖昧なものになると、彼らは突然はしゃぎはじめる。
>彼らの時代なのだ(笑)。劣等生が劣等であることがわかりにくいということ。
>「論理性」「理論」が存在しない領域では、彼らは得意の「創造性」「直感」を以て雄弁に語る。

>彼らは何事もまともに「理解」などしておらず、彼らの発言は常に「語ることが気持ちいい」だけの出任せであることは充分にわかった。
>「流れからして、ここはこっちを・・・」
>曖昧にしか理解していないことを、口からでまかせを、得意げに語るな・・・。
>いつもそうだったはずだ。数学がわからなかったのに、わかった気になって進んできたんだろう。
>物事を何一つ「理解」せずに、ずっと生きてきたんだろう?


どこかで聞いたことのあるような話と思うのは私だけではあるまい。

[1413] ミーム
投稿者名: くわいん
投稿日時: 2000年12月27日 22時39分
こんばんは、はじめまして。

いきなりですが、皆さん「ミーム」ってご存知ですか?
模倣によって人から人へ伝わるもの(例えば物語、歌、自然科学などなど)。
これらは自己複製子として淘汰されながら進化する。
「遺伝子」と「ミーム」は全く独立に、あるいは時に手を携え、時に反目しつつ進化する。

皆さんはどう思われますか?
僕は非常に説得力があるなぁ、と思いつつ読んでいます。

詳しくは2000/1の日経サイエンスまたは「ミームマシンとしての私」(S.ブラックモア)参照。

それでは。

[1414] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: クハ72 (ホームページ)
投稿日時: 2000年12月27日 23時50分
 事故や災害で「運良く」助かったクリスチャンは「神様が守って下さった」と言うことがあります。しかしこれは亡くなった人の遺族の前では言えないでしょう。僕も間一髪でクルマに轢かれずに済んだことが何度かありますが、交通事故で子供を失った親御さんの前で「神様が守って下さった」とは口が裂けても言えません。
 どんな不幸も「神様のご計画のうち」というのがキリスト教信仰でもありますからね。

[1415] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: 遠藤
投稿日時: 2000年12月28日 19時12分
>私はたまには麻雀などを楽しむのですが、麻雀友達の中で、いわゆる「流れ」があると信じている人は結構多い。「流れ」が自分にあるときには、不利な待ちでもツモれるし、危険な牌でも通りやすいそうです。はっきり言って「流れ」なんてあるわけなく、オカルトに過ぎません。

麻雀界は、数多くのオカルトが存在しています。「ヒキが強い」「ツキ待ちだ」「ダマであがって流れをつくる」「カンチャンつもって絶好の待ち、あがれるはずだ」。こうした人間が陥りやすい心理をたしなめ、流れなんていうのはなく、次のツモは不明であることをアマチュアに悟らせなければならない筈のプロが、麻雀ではお粗末なレベルです。小島プロとか安藤プロとか、本当かどうか知らないけど二十年無敗の雀士とか。
 
天野晴夫さんという雀荘経営者が書いた「リーチ麻雀論改革派」(南雲堂)は、お粗末なプロを完膚無きまでに斬った痛快な本で、麻雀愛好家に推薦します。

氏が近代麻雀オリジナルで「麻雀クイズゼミナール」という問題を出題していたとき、私は常連解答者でした。賞金総額は7〜8万円になったはずです(^^)。これも単行本になっています。

[1416] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: T8848
投稿日時: 2000年12月29日 03時06分
麻雀だけじゃなくってパチンコにもいっぱいありますね。
ちゃんと統計的に勝ち方を解説してある本もあるけど。
その辺のパチンカーの話を聞いてるとおもしろいのなんのって。

[1417] Re: ミーム
投稿者名: taroumaru_oo
投稿日時: 2000年12月29日 20時03分
ミームを知ってか知らずか、たぶん知らないのでしょうが。文化の伝承まで、遺伝と考えて現代の進化論を否定する奴がいる。また、人の行動をすべて進化的決定論にすり替える奴にも、教えたいね。

[1418] Re: ミーム
投稿者名: クハ72 (ホームページ)
投稿日時: 2001年1月2日 23時43分
> いきなりですが、皆さん「ミーム」ってご存知ですか?
> 模倣によって人から人へ伝わるもの(例えば物語、歌、自然科学などなど)。
> これらは自己複製子として淘汰されながら進化する。

この場合の進化というのは進歩や発展、向上という意味になるのでしょうか。
だとするとこれはダーウィニズムよりもラマルキズムに近いですね。

ブラックモアの文章は読んでませんがなかなか面白そうですね。

[1419] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: wadja
投稿日時: 2001年1月3日 22時48分
明けましておめでとうございます。

チェスみたく、コンピューターのプログラムと名人が対戦してみると面白いかも。
名前は、「ディープ・グリーン」かな?しかし、将棋以上にプログラム化するのが難しいかもしれないですね。

株式相場なんて、実はもっとオカルトですよ。テレビのビジネスニュースを見てください。心理学として捕らえると結構面白い研究対象かもしれませんが、生活かけて相場の「流れ」を読もうとする人が、世界には沢山いるんだから。

[1420] Re: ミーム
投稿者名: くわいん
投稿日時: 2001年1月4日 20時02分
> この場合の進化というのは進歩や発展、向上という意味になるのでしょうか。
> だとするとこれはダーウィニズムよりもラマルキズムに近いですね。

 いや、それは違うんです。
 目的論的に見れば、例えば天体学について
 
 天動説−地動説−ニュートン力学−相対性理論

 という理論の変遷が、相対性理論を目指して発達してきたように見ることが出来ますが、ミーム学ではこのような見方は取りません。あくまでもミームの変異はランダムであり、環境(人間の脳とその時代にあるほかのミーム)に適応したものが生き残る、と考えます。

 生物学に例えると、
 
 魚類−両生類−爬虫類−ほ乳類

 という進化を目的論的に捕らえる見方も可能であるが、ダーウィニズムではそのような目的論を取らず、ランダムな変異によって環境(生物と無生物からなる)に適応した生物が生き残った結果である、と考えるのと同じです。

 こんな例でおわかりになります?

 なお、ある理論体系(というミーム)にかかる選択圧の1つに、「系の論理整合性」があると個人的に考えています(僕の説です)。  

[1421] 追加です
投稿者名: くわいん
投稿日時: 2001年1月4日 20時58分
 おそらく自然科学理論(というミーム)にかかる選択圧として最も強いのは、「様々な現象をどれだけうまく説明するか」ということでしょうね。

 ではまた。

[1422] 天皇は自分で働いて生活しろ! 税金も払え!
投稿者名: 名前はまだ無い
投稿日時: 2001年1月21日 00時19分
 私は一応、高校で理科を教えています。 公立学校では宗教教育は法で禁止されている一方で、宗教には寛容であれとされています。 しかし、せっかくの匿名投稿なので本音を書き逃げさせてもらいます! まず、私は全ての宗教が大嫌いです。 あんなの全部嘘です。 現代人は何百年、何千年も前の人が考えたような原始的思想に頼らなくても、何が正しくて何が間違っているのかをしっかりと自分の頭で考える事で、ちゃんと生きていけます。 宗教など無ければ戦争など起こらないのにと思います。 右翼系の天皇教や、自分の信仰の為に殺人に抵抗が無いイスラム教が特に大嫌いです。
 学校には私が嫌いな創価学会やエホバなどに騙されている生徒はちょくちょくいますが、私は遠回しにそれらを否定し、物事の原因や結果を正しく理解しようとする、言わば、「科学的なものの見方・考え方」を身に着けさせようとしています。 まあ、火葬や墓参りくらいの文化的、伝統的な風習は拒否しませんが。

> 左がかった教師なのか、求める(文句を言う)親なのか、どちらが首謀者か知りませんが、運動会の徒競走で手を繋いで一緒にゴールインするようなのは(そういう教育は)勘弁してもらいたいものです。

 ↑これは運動の苦手な子の親が言い出したものでしょうね。確かに一部のオボッチャン学校ではあるそうです。 それにしても、この人が言う「左」って何なんでしょうか? 左って? もしかして共産党系って事かな? 私は共産主義は悪いとは思いません。 例えば震災などで国や自治体が被災者にお金を出す。これは共産主義と思っています。 それに対して、そんなの抜きの完全な資本主義では、競争力の無い人は生きていけなくなるように思います。 ただ、共産圏とか言われる国は、たいてい独裁者が好き勝手してます。 私は独裁者と共産主義は分けて考えてます。 したがって手をつないでゴールインとは何も結びつかないと思います。 ちなみに私は社会的な話は専門外ですので...

> 僕はアメリカかぶれじゃないですが、やはり競争の在るほうがまだマシのような気がします。
> もしかしたら日本じゃなく韓国か台湾に「帰る」カモ知れない・・・

 ↑たんなる、資本主義vs共産主義=米vs露って事ですか? そんな事より、まず、宗教なんかに騙されない、正しい判断力を持った国民がどんどん増えて、尚且つ政治家の権力を取上げて、決め事は国民や県民、市民投票をインターネットなりを使って実現すれば、あんなアホな総理をはじめとする勘違い政治家が出てこなくなるのでは? そうするかどうかもアホ政治家が決めるのなら、無理かもしれないでしょうね。

[1423] 色々とありますよ、世界は
投稿者名: ヘルメス☆
投稿日時: 2001年1月21日 06時54分
こんにちは。
まぁ、書き逃げなどとおっしゃらずに楽しく(?)議論をしましょう!
共産主義に関してですが、自分も少しは齧ったことがあります。思想的には理想社会を目指したものですが、その実現には大きく問題があると思います。
また、すべての人間は同等の権利を保障されるべきですが、現在の、そして冷戦構造下のいわゆる共産主義国家は各個人の能力や才能の差を認めない一種の共産信仰とも言える統制を行っていたのでは無いでしょうか。

宗教に関してですが、自分は宗教が真実であるかどうかは意味が無いと思います。社会基盤である倫理や道徳などを科学で導くのは不可能ですし、逆に不自然です。
倫理や道徳は科学の範疇ではありません。
例えば、犯罪を犯してはならない、という決まりを説明するのに、科学的に説明しても(社会学や人類学なのかな?)理解はできても納得は難しいと思います。
また、現在の倫理や道徳は元々宗教的な観点から派生したものが少なくなく、宗教は信仰心の薄いとされる日本人にも実は多大な心理的、文化的な影響を与えていると指摘する文化人類学者は少なくありません。
そして、
>まあ、火葬や墓参りくらいの文化的、伝統的な風習は拒否しませんが。
とありますが、火葬も墓参りも立派な宗教的行動です。
我々の文化、常識にはもう十分に宗教的要素が十分に浸透していて、それは既に当たり前の物となっています。

また、「自分の信仰のために殺人に抵抗が無いイスラム教」、とのご指摘ですが、実際に聖戦を主張してテロ行為などに荷担するムスリム(イスラム教徒)は極小数です。自分には何人かイスラム教徒の友人がいますが、彼らは至って普通の学生であり社会人です。
また、自分の信仰のために殺人を行うのはイスラム教だけでなく、キリスト教もユダヤ教も、その他の多くの宗教、思想に存在する普遍的な問題です。
現にアメリカでは中絶に反対する一部の極右的なキリスト教信者が中絶を行っている医者を射殺したり、病院を爆破したりしています。
そして、多くの信仰者達はそのような過激な行動を取る一部の人間を非難しています。
宗教を非難するのであれば、正しい情報を身につけて深い理解を得てからの方がよろしいかと思います。

私の考える「左」というのは、基本的に共産主義、社会主義を程度の差はあれ信奉し、その思想を絶対化しがちな人間と考えています。
>例えば震災などで国や自治体が被災者にお金を出す。これは共産主義と思っています。 それに対して、そんなの抜きの完全な資本主義では、競争力の無い人は生きていけなくなるように思います。
え〜と、かなり資本主義という物を誤解されているとこの文からは感じますが、資本主義の原則はあくまでも市場の動向に関してです。
また、国という一つの社会単位を持つ本来の目的はその所属する構成員(国民)の相互互助と安全保障にあります。
震災や災害などで国や自治体が被害者を救済するのは、共産主義特有のものではありません。なぜならば、資本主義経済は健全な市場とそれを支える消費者、供給者によって成り立ちます。
被災したことによりダメージを受けた人間をそのまま放っておくのは国のもつ本来の目的である相互互助と安全保障の根幹に関わりますから、国はそれを率先して解決する理由と責任、義務があります。また、企業にしても消費者が経済活動を行えない、労働者が会社で働くことができないのは好ましくありませんから、早急に彼らの生活を復元することにメリットがあります。
(もっとも、殆どの人間は「困ったときはお互い様」で情緒的に助けたいでしょうね。自分もそうですし)
そして、これらの理由は共産主義でも同じです。

> ↑たんなる、資本主義vs共産主義=米vs露って事ですか? そんな事より、まず、宗教なんかに騙されない、正しい判断力を持った国民がどんどん増えて、尚且つ政治家の権力を取上げて、決め事は国民や県民、市民投票をインターネットなりを使って実現すれば、あんなアホな総理をはじめとする勘違い政治家が出てこなくなるのでは? そうするかどうかもアホ政治家が決めるのなら、無理かもしれないでしょうね。

違いますね。
資本主義も共産主義もそれぞれに利点はあります。
ですが、資本主義の方が現時点では現実に対して理にかなった社会システムだと考えています。
また、政治家は国家運営の視点からは必須の存在だと考えます。(逆に政治屋ほど要らないものはない)
また、正しい判断力を持った国民とはいえ、全体的な視点でものを考えられる人間は少ないと思います。
これは逆に「全員が正しい政治的判断力を持った存在でなければならない」という全体主義に振れかねない考え方にもなりかねません。
政治は常に局地的なものと対極的なものに別れます。
例えば、沖縄の米軍基地の問題ですが、一般市民が世界戦略を考えて政治的な判断を行えるでしょうか?
また、その判断をするには高度な軍事的機密情報や国家戦略を十分に知る必要があります。それは国家の安全保障という意味では好ましいものではありませんし、政治を行うプロフェッショナルに託す方が責任を背負わなくても良いというメリットがあります。
決断には必ず義務と責任が派生し、特に経済的にも技術的にも大きな影響力を持つ日本という国家を運営するには日本の国民は力不足と言わざるを得ませんし、またそのような巨大な責任と義務を背負いながら日常生活を送ることは不可能に等しいでしょう。
今の日本人に必要なのは、確実に責任を果たせる真の政治家を現在の政治屋に変わって選出できる能力と、それらの人材を成長させることのできる社会的な基盤、教育、そして支援と思います。
その為にこそ、真の競争社会と能力主義による本物の人材を成長させられる教師の登場を願います。

もし、機会があれば海外などに出かけられた上で、現地の人間や他の国から来た留学生、社会人との交流を行ってみると非常に勉強になると思います。
自分自身、まさかフィリピンからの留学生に「もし、中国がフィリピンを侵略したら、第二次世界大戦のときのように、また日本が助けてくれるんでしょう?」などと質問されるとは思わなかったです。
日本にいてはわからない本当の日本を知ることから、我々の真の教育が始まるのかもしれませんね。

長いレス、失礼しました。

[1424] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: kakuri99
投稿日時: 2001年1月21日 08時26分
こちらでははじめまして.Yahoo!の掲示板ではレスありがとうございます.kakuri99と申します.

麻雀の流れですが,あると信じて打つほうが気は楽です.「ここは流れがいいからイケイケだ」「ここは流れが悪いからじっくり守って」戦略が立てやすいんでしょうね.ここで大事なことは,「流れ」があるかないかが大きな問題ではないことです.「流れはある」という仮定のもとに戦略をたてているということです.まあでももっと上級者はそんなこと考えずに同じフォームで打ちつづけるんでしょうけどね.


流れとは異なりますが,対子場,順子場はあるのかもしれません.これは単に卓を囲んでいる人の好む役と,最初の方で出来てしまった手に左右されるんじゃないかと.それから最後に手づみだと十分にかき回すことが出来ず前の局のできている手がそのまま崩されずに一箇所に入ってしまうからそう思われるのではないかと.いずれにせよ「どちらかというと」と頭につける必要はあるでしょうね.「どちらかというと対子場」「どちらかというと順子場」.


麻雀は伏せられている部分が多いため,どうしても読みに頼らざるを得ないので「流れ」「場」というものが使われるのだと思います.ただ「流れ」「場」というものを信じている人は大抵麻雀歴が長く,相手の捨牌とかを良く見ているので平均的な打ち手よりは上手かったりしますね.


なんか全然まとまっていないですね.最後に整理してみます.
\鑪として「流れがある」と仮定して打つと,麻雀が打ちやすい.
打ち手の好む役,手つみのむらから「どちらかというと」程度であるが「場」といえるものはあるかもしれない.
「流れ」や「場」を信じている人はそれなりに経験豊かなので,平均的な打ち手よりは強い傾向にある.

こんなとこでしょうか.

[1425] Re: 麻雀に流れなんてないよ/プログラムに麻雀をさせる
投稿者名: NATROM
投稿日時: 2001年1月22日 10時06分
「流れ」を信じていても、明らかに私よりうまい人はいくらでもいます。私も口では「流れなんてない」とか言っていますが、実際打つときはかなり影響されています。うまくいかないときは気弱になってしまうんですねえ。

自分は弱くても、「もっとも強い麻雀のアルゴリズムとはいったいどういう性質を持つか」ということをよく考えます。囲碁や将棋ではすでにありますが、麻雀を打つプログラムのコンテストを行ったらどうなるか。参加プログラムはそれぞれ相手を変えて、半荘10000回ぐらい打たせるのです。プログラマと情報処理の性能の限界はありますが、こういうコンテストを1000年ぐらい続けていれば「最強」に近似的なプログラムができます。

さて、「最強アルゴリズム」は流れを計算に入れるか?入れないでしょう。また、最終的にこのコンテストに参加するプログラムは互いに似通ってくるでしょう。麻雀漫画では、それぞれ特徴(相手をねらい撃ちするだの、鳴けば鳴くほど牌が輝くだの)をもったキャラクターが魅力的な闘牌を演じますが、現実的には最善の一手を追求すればするほど没個性になると思われます。

最善の一手と言っても、ある局面に対して常に最善の手があるわけではなく、確率的な手あるだけと予想します。例えば、悪い待ちのテンパイになったとき、最善の一手はリーチをかけるかかけないかのニ者択一ではなく、「この局面では30%はリーチをかける」という手段であろうと思います。麻雀では相手に手を読まれないのも要素の一つであるので、常に決まったやり方で打っていては相手に読まれやすいでしょう。逆に、相手の手を読むときも同様のことを予想する必要があるでしょう。

現在のプログラムのレベルは、チェスは名人レベル、将棋はうまい素人レベル、囲碁はど素人に毛が生えたレベルですが、麻雀は技術者が本気をだせばどのくらいのレベルなんでしょうか。

[1426] Re: どこへ行く!「みんなの進化論」
投稿者名: 遠藤
投稿日時: 2001年1月23日 20時58分
>いよいよ始まりましたね、tanvoolさん。「皆で創る進化論」の再スタートです。

>今までの議論を踏まえ、より深化した議論にしていきましょう。そして、新たな“仮説”を創り上げましょう。

>皆さんも、tannvoolさんの意見をたたき台に、先ずは“生命の定義”から始めましょう。(kohnomineさん msg4684)

4600件以上もたって、再スタートとなったようです。taroumaru ooさんは大丈夫でしょうか?

[1427] Re: どこへ行く!「みんなの進化論」
投稿者名: taroumaru_oo
投稿日時: 2001年1月24日 10時18分
> 4600件以上もたって、再スタートとなったようです。taroumaru ooさんは大丈夫でしょうか?

再スタートするしかないのですよ。みんな専門家の書いた本をそれなりに読んで知識を増やした結果、やり直す必要を感じているのだと思います。専門家バッシングも殆どなくなったしね。
JA50さんも最近はトンデモウオッチャーとしてつまらなくなったと言ってますし。内容に踏み込んだ自分の主張をまともに展開するようになっている。
まだまだ、紆余曲折はあると思うが、結構楽しくやってます。

[1428] 麻雀プログラム
投稿者名: wadja
投稿日時: 2001年1月25日 22時18分
> 現在のプログラムのレベルは、チェスは名人レベル、将棋はうまい素人レベル、囲碁はど素人に毛が生えたレベルですが、麻雀は技術者が本気をだせばどのくらいのレベルなんでしょうか。

別に麻雀ゲームの仕組みも知らないし、プログラムを自分で作るわけではないので、あくまで推測ですが。

チェスの世界チャンピオンを負かした「ディープブルー」にしても、起こりうる全ての打ち手を並べて、勝率を計算する仕組みにはなっていないそうです。絶対に打たない手をいかに計算から排除するのかが、プログラマーの腕の見せ所なのだと何かで読みました。将棋に至っては取った相手の駒を再利用できる為、チェスと比べて打ち手が飛躍的に増大するため、スーパーコンピューターを前提にしても、プロの棋士に歯が立つようなプログラムはまだ出来ないそうです。麻雀は、さらに難しいでしょうね。

麻雀ゲームについては、多分配牌はランダムでは無くコントロールされてるんじゃないのかな(詳しい人、興味があるんで教えてください)?

[1429] パイのはなし
投稿者名: やも
投稿日時: 2001年1月28日 17時05分
>ただ、現実には「数学ではなくて、計算術をおしえている」というのも
> 本当なんだと思います。本当に科学教育が心配です。

 この話に関連して、小学校ではパイは3で教えるということが世間ではどうやら誤解されているような気がします。
 パイってなにって事の根本は直径のだいたい3倍ということを焦点にして教えればそのあとの面積やもちろん円周も考えさせて教えるにはとても都合がよいことで、考える授業のためにはだいたい3倍のほうがやりやすいと思います。かつて自分が習ったからという常識に振り回されて、教育要領が何を目指そうとしているかについてしろうともしない態度はまさに、自分で調べて考え様としない態度の典型だと思うのですが。
 しかし、考える授業・というのはかなり、才能のある、面白さを知る先生にしかできないし、また、教科書が薄くなるのと反比例するように、先生の授業づくりは多忙になっていくわけで、自由とは使い方を知らない人にはただの、怠惰としかならない危険性を知らずにやることが怖い。
 自分で授業つくれる先生ってどれくらいいるのだろう。積みこみ式で詰まらん授業作る先生なんか時間与えたって面白いの作れるようになるのか?
 積めこみの予備校のほうがおもろいのに

[1430] Re: 色々とありますよ、世界は
投稿者名: 名無し
投稿日時: 2001年1月31日 11時46分
> 共産主義に関してですが、自分も少しは齧ったことがあります。思想的には理想社会を目指したものですが、その実現には大きく問題があると思います。
> また、すべての人間は同等の権利を保障されるべきですが、現在の、そして冷戦構造下のいわゆる共産主義国家は各個人の能力や才能の差を認めない一種の共産信仰とも言える統制を行っていたのでは無いでしょうか。
>
★だからそれは特定の政党や個人の独裁政治が原因ではないかと書いたのですが。
 

> 宗教に関してですが、自分は宗教が真実であるかどうかは意味が無いと思います。社会基盤である倫理や道徳などを科学で導くのは不可能ですし、逆に不自然です。
> 倫理や道徳は科学の範疇ではありません。
> 例えば、犯罪を犯してはならない、という決まりを説明するのに、科学的に説明しても(社会学や人類学なのかな?)理解はできても納得は難しいと思います。

★あなたはかなり思い込みが強いですね。深く物事を考えないところは宗教にはまる人共通の要素です。 自分が書いた文章を読み直して、そう書いた理由を1つずつ考えてみてください。 例えばなぜ「宗教が真実であるかどうかは意味が無いと思います」か? 妄想を信じさせられて選挙で投票してみたりお金を貢いだり人を殺したりするのは悪くない事ですか?


> また、現在の倫理や道徳は元々宗教的な観点から派生したものが少なくなく、宗教は信仰心の薄いとされる日本人にも実は多大な心理的、文化的な影響を与えていると指摘する文化人類学者は少なくありません。

★あなたは現総理大臣と同レベルです。 ちなみに公立学校では、いかなる宗教教育も禁止です。


> そして、
> >まあ、火葬や墓参りくらいの文化的、伝統的な風習は拒否しませんが。
> とありますが、火葬も墓参りも立派な宗教的行動です。
> 我々の文化、常識にはもう十分に宗教的要素が十分に浸透していて、それは既に当たり前の物となっています。

★だからそう書いたのですが。前後の文脈を考えてくださいね。


>
> また、「自分の信仰のために殺人に抵抗が無いイスラム教」、とのご指摘ですが、実際に聖戦を主張してテロ行為などに荷担するムスリム(イスラム教徒)は極小数です。自分には何人かイスラム教徒の友人がいますが、彼らは至って普通の学生であり社会人です。

★では、よくTVで放送される狂信的に「適をやっつけろ」と叫んでいるイスラム圏の大衆はほんの一部ですか? 実際にテロ行為をするのは一部でも、かなりの数の人間がテロを支持しているようにしか見えませんが。 国家元首を含めて。


> また、自分の信仰のために殺人を行うのはイスラム教だけでなく、キリスト教もユダヤ教も、その他の多くの宗教、思想に存在する普遍的な問題です。
> 現にアメリカでは中絶に反対する一部の極右的なキリスト教信者が中絶を行っている医者を射殺したり、病院を爆破したりしています。

★そんな事あなたしか知らないとでも思っているのですか? ご親切にどうも。

> そして、多くの信仰者達はそのような過激な行動を取る一部の人間を非難しています。

★宗教がなければ、あなたが言う「一部の人」の動機は無いかもしれないとは考えた事ないのですか? 一部の人は暴力的で、他の大多数騙されちゃってる人ですね。 そしてトップは騙す人。


> 宗教を非難するのであれば、正しい情報を身につけて深い理解を得てからの方がよろしいかと思います。

★ようするにあなたは神を信じてるのですかね? 見た事あるのですか? 仮定の存在ですか? 空想の上に空想を重ねてるうちに本当のような気がしてくる... お前が犯人だと警官に言われ続けてるうちに自分がやったような気がしてくる。というのは実際あるらしいですが、似てますね。
 ま、あなたが正しい情報と思っている事は一般に知られているレベルで、それ以上はしる必要も無いし、実態は空想の塊ではないですか? 

>
> 私の考える「左」というのは、基本的に共産主義、社会主義を程度の差はあれ信奉し、その思想を絶対化しがちな人間と考えています。

★私は「真ん中」のつもりですが、右よりは左が好きですね。 天皇の奴隷よりはマシ。 ちなみに日本の共産党は学者の集合ですよ。 少なくとも金儲けが目的では共産党じゃなく自民党に行くでしょう。 二世議員でなければその他の政党でしょうか?
 あなたの言う「絶対化する」は宗教を盲信する人の特徴ですね。 正しい判断力を持っていればそうはならないと私は言っているのですが、おわかりですか?


> >例えば震災などで国や自治体が被災者にお金を出す。これは共産主義と思っています。 それに対して、そんなの抜きの完全な資本主義では、競争力の無い人は生きていけなくなるように思います。
> え〜と、かなり資本主義という物を誤解されているとこの文からは感じますが、資本主義の原則はあくまでも市場の動向に関してです。
> また、国という一つの社会単位を持つ本来の目的はその所属する構成員(国民)の相互互助と安全保障にあります。
> 震災や災害などで国や自治体が被害者を救済するのは、共産主義特有のものではありません。なぜならば、資本主義経済は健全な市場とそれを支える消費者、供給者によって成り立ちます。
> 被災したことによりダメージを受けた人間をそのまま放っておくのは国のもつ本来の目的である相互互助と安全保障の根幹に関わりますから、国はそれを率先して解決する理由と責任、義務があります。また、企業にしても消費者が経済活動を行えない、労働者が会社で働くことができないのは好ましくありませんから、早急に彼らの生活を復元することにメリットがあります。
> (もっとも、殆どの人間は「困ったときはお互い様」で情緒的に助けたいでしょうね。自分もそうですし)
> そして、これらの理由は共産主義でも同じです。
>

★今の日本の現状はあなたが思っているようなものですか? 企業が政治献金で政治家を動かし、利益を誘導して政治家はおこぼれをもらう。 これが現状ですね。 これは市場だけの問題だと思いますか? 政治献金(賄賂)を払えない人=競争力の無い人は生活出来なくなる方向にあります。 でも死んでいなくなれば税収が減るから国は被災者を「生かさず殺さず」助けるという考えですか? あなたは冷酷な独裁者タイプですね。
 日本では健常者と隔離されていますが、先天的、後天的に競争力の乏しい障害者も大勢いるのを知ってますよね? 私は競争力の少ない人達に対しては共産主義的な策を取るべきだと思います。


> たんなる、資本主義vs共産主義=米vs露って事ですか? そんな事より、まず、宗教なんかに騙されない、正しい判断力を持った国民がどんどん増えて、尚且つ政治家の権力を取上げて、決め事は国民や県民、市民投票をインターネットなりを使って実現すれば、あんなアホな総理をはじめとする勘違い政治家が出てこなくなるのでは? そうするかどうかもアホ政治家が決めるのなら、無理かもしれないでしょうね。
>
> 違いますね。
> 資本主義も共産主義もそれぞれに利点はあります。
> ですが、資本主義の方が現時点では現実に対して理にかなった社会システムだと考えています。

★私は日本をあなたが想像する共産国家にするべきだとは思いません。 まず、理屈と現実をよく勉強してごらんなさい。 

> また、政治家は国家運営の視点からは必須の存在だと考えます。(逆に政治屋ほど要らないものはない)

★司会者の役目だけで十分。

> また、正しい判断力を持った国民とはいえ、全体的な視点でものを考えられる人間は少ないと思います。

★あなたは自分が正しい判断力を持っているかのような文を書きますね。

> これは逆に「全員が正しい政治的判断力を持った存在でなければならない」という全体主義に振れかねない考え方にもなりかねません。

★答えは1つという事ですか? あなたは「ナントカ主義」という言い方が好きですね。 言葉遊びで終わらない事を願います。

> 政治は常に局地的なものと対極的なものに別れます。
> 例えば、沖縄の米軍基地の問題ですが、一般市民が世界戦略を考えて政治的な判断を行えるでしょうか?
> また、その判断をするには高度な軍事的機密情報や国家戦略を十分に知る必要があります。それは国家の安全保障という意味では好ましいものではありませんし、政治を行うプロフェッショナルに託す方が責任を背負わなくても良いというメリットがあります。

★そんな事だから国民が知らないうちに税金がアホみたいにつぎ込まれて借金大国になったり、ナントカ室長が馬を買うのでしょう。 昨年、自衛隊のエリートがロシアのスパイに国家機密をばらした時に、家庭問題の「泣き落とし」みたいな手口でやられました。 そんなもんですな。  で、あなたが思うような「ぷろふぇっしょなる」ってどこの誰ですか? まさかあの総理大臣ですか?


> 決断には必ず義務と責任が派生し、特に経済的にも技術的にも大きな影響力を持つ日本という国家を運営するには日本の国民は力不足と言わざるを得ませんし、またそのような巨大な責任と義務を背負いながら日常生活を送ることは不可能に等しいでしょう。
> 今の日本人に必要なのは、確実に責任を果たせる真の政治家を現在の政治屋に変わって選出できる能力と、それらの人材を成長させることのできる社会的な基盤、教育、そして支援と思います。
> その為にこそ、真の競争社会と能力主義に

[1431] ニュートンは「科学者」か「創造論者」か
投稿者名: はっとべっと
投稿日時: 2001年1月31日 16時38分
 安賀須若人さんにすすめられて掲示板からこちらに移すことにしました。

 発端は、創造論者の方が「ニュートンも創造論者だ」とかかれたことでした。

 私は、ニュートンの科学も現在の科学も、科学的方法論は同じである、その意味ではニュートンも立派な科学者だという立場をとります。

 皆さんはどうお考えですか。

 

[1432] Re: 色々とありますよ、世界は
投稿者名: ヘルメス☆
投稿日時: 2001年1月31日 17時25分
私は最近、こういった系の話が多いなぁ。

>だからそれは特定の政党や個人の独裁政治が原因ではないかと書いたのですが。
実現の問題がある、と書きましたが?
何も私は「共産主義自体の問題だ」とは書いていませんが。
ただ、そういった要素を容易く生み出しやすい、という傾向が見れませんか?
現に共産主義を名乗る国の殆どが独裁国家なのは、政治的なチェック機構が共産主義の社会システム実現に無いからでは?

>あなたはかなり思い込みが強いですね。深く物事を考えないところは宗教にはまる人共通の要素です。 自分が書いた文章を読み直して、そう書いた理由を1つずつ考えてみてください。 例えばなぜ「宗教が真実であるかどうかは意味が無いと思います」か? 妄想を信じさせられて選挙で投票してみたりお金を貢いだり人を殺したりするのは悪くない事ですか?

鰯の頭も信心から、ではありませんが、金をどのように使おうが、行動をどう行おうが、それは個人の自由であり、責任による決断です。
宗教を信じる判断をしたのも彼らですし、それによって金を貢いだり、投票する判断をするのも個人の自由です。
人を殺すのは各々のモラルの問題であり、最終的には個々の責任に帰結しませんか? 拒否するという最終の決断を行うのは個々人ですし、従うのも個々人の判断です。

>あなたは現総理大臣と同レベルです。 ちなみに公立学校では、いかなる宗教教育も禁止です。

私は「学校で宗教教育をしろ」と書いていますか?
書いていないことで非難されるのはまっぴらですが。
ちなみに、これは私の意見ではなく他の学者による研究結果ですし、民俗学などの文献をあたれば出てくると思いますが。
(日本語を正しく理解できます?)

>>>まあ、火葬や墓参りくらいの文化的、伝統的な風習は拒否しませんが。
>> とありますが、火葬も墓参りも立派な宗教的行動です。
>> 我々の文化、常識にはもう十分に宗教的要素が十分に浸透していて、それは既に当たり前の物となっています。

>だからそう書いたのですが。前後の文脈を考えてくださいね。

ではどうしてこのような事実を見ながら「宗教を認めない」のでしょう?
ちなみにチンパンジーやゴリラのグループにもある種の原始的な宗教行動が見られるそうです。仲間の死を悲しんだり、それに対する特殊な行動を儀式的に行う例もあるそうです。

>では、よくTVで放送される狂信的に「適をやっつけろ」と叫んでいるイスラム圏の大衆はほんの一部ですか? 実際にテロ行為をするのは一部でも、かなりの数の人間がテロを支持しているようにしか見えませんが。 国家元首を含めて。

私の友人によると、基本的に「熱狂している一部」だそうです。
お尋ねしますが、現実にイスラム教徒やイスラム圏の国から来た人と直接話をしたことがありますか?
友人や、彼の友人、仲間等百人近くのアラブ人と話していますが、彼らは「敵をやっつけろ」などとは叫びませんよ。
むしろ、TV等で映される映像は一部の目立つ人間だけだと言っています。(それにTVに出る人間の数を数えて、分母と比較してみましたか?)
テロを支持しているかどうかも、ご自分の目で、「本物」を見てから判断していますか?
実際に現地の人間や、もし機会があるなら現地に出かけて見てはどうでしょう。

>そんな事あなたしか知らないとでも思っているのですか? ご親切にどうも。

あの書き方では貴方はご存じないと思っていましたが。

>宗教がなければ、あなたが言う「一部の人」の動機は無いかもしれないとは考えた事ないのですか? 一部の人は暴力的で、他の大多数騙されちゃってる人ですね。 そしてトップは騙す人。

宗教があってもなくても、「一部の人」は何処にでもいます。
日本を騒がせている少年達は、宗教に騙されての行動ですか?
それに、テロを行う人間は宗教関係者だけではありませんし、麻薬ビジネス関連や犯罪組織の人間はあまり宗教的な理由で行動を行うとは思えませんが?

>ようするにあなたは神を信じてるのですかね? 見た事あるのですか? 仮定の存在ですか? 空想の上に空想を重ねてるうちに本当のような気がしてくる... お前が犯人だと警官に言われ続けてるうちに自分がやったような気がしてくる。というのは実際あるらしいですが、似てますね。
 ま、あなたが正しい情報と思っている事は一般に知られているレベルで、それ以上はしる必要も無いし、実態は空想の塊ではないですか? 

神に関しては興味も関心も無い、というのが本音ですね。ですから、宗教や信仰に関する心理学や哲学を齧ったことがありますが、これは自分の専門分野と関連のある情報認知工学の関連知識と一般教養のカリキュラムとして勉強しただけです。

>私は「真ん中」のつもりですが、右よりは左が好きですね。 天皇の奴隷よりはマシ。 ちなみに日本の共産党は学者の集合ですよ。 少なくとも金儲けが目的では共産党じゃなく自民党に行くでしょう。 二世議員でなければその他の政党でしょうか?
 あなたの言う「絶対化する」は宗教を盲信する人の特徴ですね。 正しい判断力を持っていればそうはならないと私は言っているのですが、おわかりですか?

私の目から見ると、共産党の学者はかなり力不足だと思います。それか、国際政治学や経済学のプロではない。
説明すると本が一冊書けるので、端折ります。

>今の日本の現状はあなたが思っているようなものですか? 企業が政治献金で政治家を動かし、利益を誘導して政治家はおこぼれをもらう。 これが現状ですね。 これは市場だけの問題だと思いますか? 政治献金(賄賂)を払えない人=競争力の無い人は生活出来なくなる方向にあります。 でも死んでいなくなれば税収が減るから国は被災者を「生かさず殺さず」助けるという考えですか? あなたは冷酷な独裁者タイプですね。
 日本では健常者と隔離されていますが、先天的、後天的に競争力の乏しい障害者も大勢いるのを知ってますよね? 私は競争力の少ない人達に対しては共産主義的な策を取るべきだと思います。

だ〜か〜ら、誰が「今の日本がこうだ」と書きましたか?
それと、今の社会は政治屋を動かすだけで利益が上がるほど楽な競争ではありませんよ。現実の社会で、会社勤めをしました?
私は社会人として働いた経験もありますし、多少は現実を見たつもりでいますが。
あと、経済学と政治学には感情の働く余地はありません。
そこにあるのは冷徹な数字として現れている「現実」だけです。
そもそも、共産主義でも資本主義でも社会主義でも、どの政治形態を取ってみたところで、最終的には感情で判断しきれないスケールに到達します。
国家的な規模での組織の運営や、その戦略を考えるときはむしろ、感情で判断するよりは冷静な判断をしませんか?
それに、現実的に考えても企業は奉仕組織ではありません。
また、国を運営する存在が人間である以上、ハンディキャップを持つ人間を援助したい、という運営を行えます。
(ちなみに、厚生省もAIDS騒動を引き起こした人だけでなく、まともな仕事をしている人の方が多い事を知っていますか?)

>私は日本をあなたが想像する共産国家にするべきだとは思いません。 まず、理屈と現実をよく勉強してごらんなさい。 

お言葉を返すようですが、どの程度「現実」をご存知ですか?
先程の宗教関係、そして社会と企業についての意見を見た限りでは、学校を卒業されてから、そのまま教員として仕事をされているように思えるのですが?

>司会者の役目だけで十分。

なぜ?

>あなたは自分が正しい判断力を持っているかのような文を書きますね。

誰が、どのような基準で「正しい判断力を持っている」と判断するのですか?

>答えは1つという事ですか? あなたは「ナントカ主義」という言い方が好きですね。 言葉遊びで終わらない事を願います。

で、きちんと日本語を理解できますか?
私は「○○○になり兼ねない」と書いただけで、「○○○になる」と断定してはいませんが。現代国語を勉強し直した方がよろしいかとおもいますよ。

>そんな事だから国民が知らないうちに税金がアホみたいにつぎ込まれて借金大国になったり、ナントカ室長が馬を買うのでしょう。 昨年、自衛隊のエリートがロシアのスパイに国家機密をばらした時に、家庭問題の「泣き落とし」みたいな手口でやられました。 そんなもんですな。  で、あなたが思うような「ぷろふぇっしょなる」ってどこの誰ですか? まさかあの総理大臣ですか?

・・・書き疲れましたが、いったい何処の誰が「今の日本が模範的な民主主義国家だ」と書きました?
プロフェッショナルとはいえ人間です。また、政治に携わる人間が全てプロではないでしょうし、また、その必要も無いでしょう。
そんな理想国家を望んでも実現はしないのが当たり前です。
妄想といってもいい。

私はプロのシステムエンジニアでしたが、その「プロ」の中にもピンから錐までいました。政治のプロを育てなかったのは国民の「判断」ですし(選ばなかった、という「判断」を下したから)、国家機密を担う人間を養成しきれなかったもの国民の責任では?
少なくとも、日本国憲法下では「主権在民」である以上、その結果に対する「責任」も付随することをお忘れなく。

あ〜、疲れた。

[1433] Re: 反論すればいいってもんじゃない。
投稿者名: Hue
投稿日時: 2001年1月31日 18時48分
> ★だからそれは特定の政党や個人の独裁政治が原因ではないかと書いたのですが。

「ただ、共産圏とか言われる国は、たいてい独裁者が好き勝手してます」と書いて
いますが、じゃあなぜそうなってしまうのかを書かないとダメなんじゃないですか。
つまり独裁的になってしまうのは共産主義に原因があるという推測も成り立つので
はないでしょうか?

> ★あなたはかなり思い込みが強いですね。深く物事を考えないところは宗教にはまる人共通の要素です。 自分が書いた文章を読み直して、そう書いた理由を1つずつ考えてみてください。 例えばなぜ「宗教が真実であるかどうかは意味が無いと思います」か? 妄想を信じさせられて選挙で投票してみたりお金を貢いだり人を殺したりするのは悪くない事ですか?

勿論科学的に明らかに誤っていること(事実ではないこと)を判断材料とした宗教、
倫理観などはあやうい可能性がありますが(たとえば空中浮揚など)、科学的にみ
て言っていることが事実かどうかということと、その宗教が是か否かというのはま
た別の問題でしょう。そういう意味で「宗教が真実であるかどうかは意味が無いと
思います」というのはとくに無理がなく、「かなり思い込みが強い」とは思えなか
ったのですが。

> ★あなたは現総理大臣と同レベルです。

どういう意味で「同レベル」なのでしょう? それから「ちなみに公立学校では、
いかなる宗教教育も禁止です。」というのもなぜそれと繋がるのかまったくわかり
ません。

> ★では、よくTVで放送される狂信的に「適をやっつけろ」と叫んでいるイスラム圏の大衆はほんの一部ですか? 実際にテロ行為をするのは一部でも、かなりの数の人間がテロを支持しているようにしか見えませんが。 国家元首を含めて。

TVの報道は恣意的なことも有り得るわけですから。

> > 宗教を非難するのであれば、正しい情報を身につけて深い理解を得てからの方がよろしいかと思います。
>
> ★ようするにあなたは神を信じてるのですかね? 見た事あるのですか? 仮定の存在ですか? 空想の上に空想を重ねてるうちに本当のような気がしてくる... お前が犯人だと警官に言われ続けてるうちに自分がやったような気がしてくる。というのは実際あるらしいですが、似てますね。
>  ま、あなたが正しい情報と思っている事は一般に知られているレベルで、それ以上はしる必要も無いし、実態は空想の塊ではないですか? 

最初は問いかけているつもりが、最後には「あなたは神を信じている人」というこ
とにしているし。「空想の上に空想を重ねてるうちに本当のような気がしてくる.
..」というのはあなた自身の文章の中にあらわれていますよ。

>  あなたの言う「絶対化する」は宗教を盲信する人の特徴ですね。 正しい判断力を持っていればそうはならないと私は言っているのですが、おわかりですか?

あれ、そうだったんですか。「正しい判断力を持っていれば」宗教なんて必要ない、
ということだと思っていましたが。

> ★今の日本の現状はあなたが思っているようなものですか? 企業が政治献金で政治家を動かし、利益を誘導して政治家はおこぼれをもらう。 これが現状ですね。 これは市場だけの問題だと思いますか? 政治献金(賄賂)を払えない人=競争力の無い人は生活出来なくなる方向にあります。 でも死んでいなくなれば税収が減るから国は被災者を「生かさず殺さず」助けるという考えですか? あなたは冷酷な独裁者タイプですね。
>  日本では健常者と隔離されていますが、先天的、後天的に競争力の乏しい障害者も大勢いるのを知ってますよね? 私は競争力の少ない人達に対しては共産主義的な策を取るべきだと思います。

やれやれ、足を無理やり掴んでドラゴンスクリューですね。「相手はこんな悪いヤ
ツ。ボクはだからいい奴なんだよ」的な構図を作り上げたいんでしょうか。

> ★あなたは自分が正しい判断力を持っているかのような文を書きますね。

自分でも間違っていると思うようなことをあたかも正しいかのように書く方がよっぽ
ど不誠実でしょう。
判断力が「正しい」かどうかに関わらず、現時点で自分が正しいと考えていることを
書くのは当たり前のことです。それが間違っているのなら指摘すればいい。

> 言葉遊びで終わらない事を願います。

あえてこう書きますが、くだらないディベートごっこがそんなに楽しいですか?
投稿が尻切れトンボになってるけど、反論が全然かみ合ってないし、有効な視点を示
しているわけでもなし。宗教が嫌いって言うのは分かりましたけどね。

[1434] Re: ニュートンは「科学者」か「創造論者」か
投稿者名: 安賀須若人
投稿日時: 2001年1月31日 19時44分
まず、お断りしておきますが
科学哲学に関しては私はプロじゃないけれど素人ともいえない人間ですが
科学史についてはそんなに詳しいわけではありません。

>  発端は、創造論者の方が「ニュートンも創造論者だ」とかかれたことでした。
>
>  私は、ニュートンの科学も現在の科学も、科学的方法論は同じである、その意味ではニュートンも立派な科学者だという立場をとります。

まず、当たり前すぎる話ですがニュートン(1643−1727)は
進化論者ではありえません。
科学的な進化論(進化生物学?)は
ダーウィン(1809−1882)から始まりますし、
せいぜいラマルク(1744-1829)まで遡るのが限界でしょう。
また、思弁的進化論者として有名なエラズマス・ダーウィン(1731−1802)でも
ニュートンよりも後の世の人間です。
従ってニュートンが生物種の由来について
進化論的な立場をとっていたわけではないでしょう。

次に、今日の根本主義的クリスチャンが考えているような意味で
ニュートンが創造論者であったかどうかを確かめずに
「ニュートンは創造論者だ」といってもナンセンスと思います。
むしろ、ニュートンのの錬金術への没頭ぶりを考慮すると
「聖書根本主義」とは全く相容れない立場と考える方が妥当でしょう。
根本主義者がクリスチャンと認めないカソリックの方が
ヘルメス主義的自然観を受け容れているニュートンよりも
まだ根本主義者に近いのではないでしょうか。

ということで、焦点はニュートンの方法論が今日の科学と同一か否か、
あるいはニュートンを今日的な「科学者」と見なして良いかどうか
ということに絞れるのではないかと思います。

残念ながら私も十分な時間が割ける状態ではないので
ゆっくりと議論させていただければ幸いです。

取り急ぎ、ご返事まで。

[1435] Re: ニュートンは「科学者」か「創造論者」か
投稿者名: 櫻井美佐子 (ホームページ)
投稿日時: 2001年2月1日 09時16分
おもしろい議論なので参加させていただきます。
あたしも科学哲学が専門ではありませんが、
ニュートンが創造論者か否かという二者択一を迫られれば、創造論者だと答えます。
ただし長谷川さんたちのような、
聞き分けのない「逐語霊感的創造論者ではなかった」ことは事実です。
あたしと同じで「宇宙は神がつくった」とアバウトに信じている創造論者です。

ニュートンは人格的には結構嫌な奴だったことは周知のことです。(陰険な性格)
その性格故、なんでもイチャモンをつけて論争していたようですが、
その論争の中の1つにデカルトとのものがあります。
この論争をみると、ニュートンも創造論者であることが分かります。

デカルトは、神は創造の時だけ全面的に働いただけで、
そのあとは自然界は最初の設計図通りに動いているだけだ、という考えです。
かたやニュートンは、神の力は今も時々刻々働いており、
最初の創造のときだけに限定されない、としています。

科学哲学では、デカルトは静的創造論、ニュートンは動的創造論だといわれています。
ニュートンはデカルトの静的創造論に対し、
「デカルトはできることなら神なしで済ませたかったに違いない」と、激しく攻撃してます。

もう1つ、ニュートンの錬金術ですが、いわゆる「金をつくり出す」というのとは違います。
日本語訳がちょっとうまくないと思います。言語はalchemyです。
alはアラビア語の冠詞ですからそれを取り除いて、chemyはchemistry(化学)と同じです。
つまり「金をつくり出す」という意味ではなくではなく、
いろいろな物質を加えたり熱したり蒸留したりするような操作や技法を総合的に呼ぶ言葉でした。
まぁ、平たく言えば物理学者から化学者に転身したということだと思います。

[1436] Re: ニュートンは「科学者」か「創造論者」か
投稿者名: はっとべっと
投稿日時: 2001年2月1日 15時51分
> まず、当たり前すぎる話ですがニュートン(1643−1727)は
> 進化論者ではありえません。

 その通りで、この場合の「創造論者」は「聖書の記述は絶対正しいとする人」のことです。

> 次に、今日の根本主義的クリスチャンが考えているような意味で
> ニュートンが創造論者であったかどうかを確かめずに
> 「ニュートンは創造論者だ」といってもナンセンスと思います。

 で、私もその通りだと思います。(なんだ、基本的な考え方は同じじゃないですか。)
 
 現在の創造論者(特に「創造科学」を信じてる人)は、「ニュートンだってパスカルだって、あの時代の人はみんな神を信じていて創造論者だったんだ、創造論は疑似科学というのは間違いで、創造論は非常に科学的である」という旨の主張をされます。

 しかし、前にも述べたとおり、世の中に広く横たわる現象を還元的に見る方法は、現在の科学と何ら変わることはないと思います。

> むしろ、ニュートンのの錬金術への没頭ぶりを考慮すると
> 「聖書根本主義」とは全く相容れない立場と考える方が妥当でしょう。

 私もそうだと思います。

 で、よく
「ニュートンは錬金術などの疑似科学にはまってたから、ふつうの科学者とは違う」
というのもよく見るのですが、これも違うと思います。
 現在でこそ、錬金術は間違っているというのは常識なのですが、ニュートンの時代も常識だったのでしょうか。むしろ、卑金属から貴金属ができるのではないか、という科学的興味に基づいて、実験的に証明しようとしたのではないでしょうか。そうであれば、とても科学的な態度だと思います。

> 科学哲学に関しては私はプロじゃないけれど素人ともいえない人間ですが
> 科学史についてはそんなに詳しいわけではありません。

 私も専門家でもなければ詳しくもありません。むしろ無知な方なのかもしれません。でも、こういうことを知ることはとても重要だと思っています。興味のある人なら知識がある人もない人も、専門家でもそうでない人でも、カムカム・エブリバディーです。ぜひ皆さんの知識と知恵をお借りしたいと思います。

> 根本主義者がクリスチャンと認めないカソリックの方が
> ヘルメス主義的自然観を受け容れているニュートンよりも
> まだ根本主義者に近いのではないでしょうか。

 で、実は「ヘルメス思想的自然観」というのが、調べてみたんですが今ひとつ理解できないのです。ぜひ解説していただけませんか?

[1437] Re: ニュートンは「科学者」か「創造論者」か
投稿者名: はっとべっと
投稿日時: 2001年2月2日 12時08分
 桜井さんこんにちは。デカルトとニュートンの話し、大変興味深いです。ありがとうございました。

> ニュートンが創造論者か否かという二者択一を迫られれば、創造論者だと答えます。
> ただし長谷川さんたちのような、
> 聞き分けのない「逐語霊感的創造論者ではなかった」ことは事実です。
> あたしと同じで「宇宙は神がつくった」とアバウトに信じている創造論者です。

 その通りだと思います。問題は、この2通りの意味の言葉をキリスト教原理主義者は都合よく混在させることにあります。

 「ニュートンは創造論者だった」と現代の創造論者がいうときは、
「ニュートンは神の存在を信じていたので、創造論者と言える。我々も、神の存在を信じていて、それだからこそ聖書は絶対正しいと考えているので、ニュートンと同じである。ニュートンが科学的といえるのならば、我々も科学的である」
という主張なわけです。ここでは明らかに途中で「創造論」の定義が変わっています。

 桜井さんや安賀須さんのおっしゃるとおり、ニュートンは錬金術にはまったことなどからも、聖書の記述が完全に真実であるなんて思ってなかったと思います。従って、現在の創造論者が「ニュートンも自分たちと同じ創造論者だった」というのは、明らかに誤りであると思います。

> デカルトは、神は創造の時だけ全面的に働いただけで、
> そのあとは自然界は最初の設計図通りに動いているだけだ、という考えです。
> かたやニュートンは、神の力は今も時々刻々働いており、
> 最初の創造のときだけに限定されない、としています。

 このニュートンの考え方は、とても科学的ですね。全ての自然現象に共通の規則性があるはずだという、還元主義に基づくものだと思います。

> 科学哲学では、デカルトは静的創造論、ニュートンは動的創造論だといわれています。

 きっと原理主義者はこのような記述の「創造論」というところだけに反応して、「おお、ニュートンもおれたちと同じ創造論者だったんだ」と勘違いしてしまうのでしょうね。

>もう1つ、ニュートンの錬金術ですが、(中略)
> まぁ、平たく言えば物理学者から化学者に転身したということだと思います。

 そんな感じですね。直前の投稿にも書きましたが、錬金術が現在間違いだとわかっていても、少なくともその姿勢は(魔術的なものを除くと)大変科学的なものだったわけです。自然の摂理を追求するという態度が、ニュートンを錬金術に向かわせたのではないのかと思います。

 ですから、錬金術にはまったという理由だけで「ニュートンは科学者ではない」と結論づけるのは、暴論だと思います。

 ところで、ヘルメス思想、わかりました。
「鮮血魔術の思想」より
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/piroki/BMagic1.html
>ヘルメス学は、「創造主が万物を創造する以前に、すべてのものが創造主の内に
>あったからには、すべては一であり、また、その一はすべてである」という「単一
>性」の思想をその中心に持っていました。それによれば、この世の現象は一見する
>と混沌として多彩なように見えますが、それらは究極的には天地創造の「一」へと
>帰ります。それゆえ、あらゆる差異の背後にある同一性を発見することが可能なの
>であり、その「一」の探求こそが、錬金術においては究極の完全なる物質「賢者の
>石」の探求となり、占星術においては大宇宙と小宇宙(人体)を統べる「天体の法
>則」、魔術においては天地創造によって生み出された「自然の法則」の探求になっ
>たのです。

 まさに、これは現代科学の還元主義的な姿勢に通じるものがありますね。安賀須さん、ありがとうございました。

[1438] ニュートンが創造論者であることについて
投稿者名: 安賀須若人
投稿日時: 2001年2月2日 12時54分
>  「ニュートンは創造論者だった」と現代の創造論者がいうときは、
> 「ニュートンは神の存在を信じていたので、創造論者と言える。我々も、神の存在を信じていて、それだからこそ聖書は絶対正しいと考えているので、ニュートンと同じである。ニュートンが科学的といえるのならば、我々も科学的である」
> という主張なわけです。ここでは明らかに途中で「創造論」の定義が変わっています。

このあたりの指摘は概ね同意します。
創造論といったときの異なる意味をごっちゃにしているのは
分かっていて意図的にごまかしをやっているケースもあるでしょうし、
分かってないために混乱しているケースもあるでしょう。

> > デカルトは、神は創造の時だけ全面的に働いただけで、
> > そのあとは自然界は最初の設計図通りに動いているだけだ、という考えです。
> > かたやニュートンは、神の力は今も時々刻々働いており、
> > 最初の創造のときだけに限定されない、としています。
>
>  このニュートンの考え方は、とても科学的ですね。全ての自然現象に共通の規則性があるはずだという、還元主義に基づくものだと思います。

この辺では、必ずしも同意できません。
デカルトの考え方であっても
「創造の時」を除いた自然現象に共通の規則性があるはずと言えます。
むしろキリスト教的人格神を想定した場合には、
デカルトの考え方の方が「神の自由意志」による介入を除外できる点で
キリスト教的伝統と自然科学を両立させる上で有効な考え方のように思います。

それと「還元主義」は科学の世界では通常、
「生命現象はDNAと蛋白質の化学現象で説明できる」とする式の
ある現象をより根元的とされる(より下位のレベルの)現象や法則で
説明しようとするような考え方のことでしょう。
先の文脈では、どのような点が還元主義なのでしょう?

[1439] ヘルメス主義
投稿者名: 安賀須若人
投稿日時: 2001年2月2日 17時33分
科学史は専門でないので、少々怪しい知識ですが、
(詳しい方のフォローをお願いします)

>  ところで、ヘルメス思想、わかりました。
> 「鮮血魔術の思想」より
> http://web.kyoto-inet.or.jp/people/piroki/BMagic1.html
> >ヘルメス学は、「創造主が万物を創造する以前に、すべてのものが創造主の内に
> >あったからには、すべては一であり、また、その一はすべてである」という「単一
> >性」の思想をその中心に持っていました。それによれば、この世の現象は一見する
> >と混沌として多彩なように見えますが、それらは究極的には天地創造の「一」へと
> >帰ります。それゆえ、あらゆる差異の背後にある同一性を発見することが可能なの
> >であり、その「一」の探求こそが、錬金術においては究極の完全なる物質「賢者の
> >石」の探求となり、占星術においては大宇宙と小宇宙(人体)を統べる「天体の法
> >則」、魔術においては天地創造によって生み出された「自然の法則」の探求になっ
> >たのです。
>
>  まさに、これは現代科学の還元主義的な姿勢に通じるものがありますね。安賀須さん、ありがとうございました。


ルネッサンス以降の錬金術を思想的に支えたとされるヘルメス主義は
ヘルメス・トリスメギストスによって記されたとする
紀元後3世紀くらいまでにアレキサンドリアあたりで成立した
一群のヘルメス文書(「ポイマンドレス」とかそんなのがあったような、、、)
に記されている内容を「古代の叡智」の伝承と考えて
古代の叡智の再現を目指す思想だそうです。
(手許に適当な参考文献がないので記憶に頼っていますので間違いなどご容赦)
ヘルメス主義の伝統の中では
卑金属が金になるような物質的完成に関する叡智を得ることで
人間も霊的に完全になるというような宗教思想が含まれていたそうです。
万物照応とか生殖的生成による世界の成立を原理とする思想で
(聖なる太陽(男性原理)と聖なる月(女性原理)の結婚といった類)
今日の目からすると疑似科学と言うよりはむしろオカルトに近いと思います。

私の問題意識から言うと
ニュートンは機械論的伝統に属するとともに
錬金術の内容に沿った思考もしていたようですから、
ニュートンに性急に近代的な「還元主義」を読み込むことは
現代の創造論者が「ニュートンも創造論者」と早合点するのと同じ様な
誤解をしている可能性があると懸念しているのです。
もちろんニュートンの科学的業績は現代に通じる物でしょうけれど、
ニュートンぐらいまでは魔術的・オカルト的なものと科学は
一つのものであったが、それ以降の歴史の中で
科学はオカルト的なものと分岐してきたと考えた方が
無難ではないかと考えています。

[1440] ニュートンは創造論者
投稿者名: 安賀須若人
投稿日時: 2001年2月2日 17時59分
櫻井美佐子さん、こんにちは

> おもしろい議論なので参加させていただきます。

論理的でクールな議論をお願いいたします。

> ニュートンはデカルトの静的創造論に対し、
> 「デカルトはできることなら神なしで済ませたかったに違いない」と、激しく攻撃してます。

ニュートンが唯物論的な人物ではないことは確かですね。

> もう1つ、ニュートンの錬金術ですが、いわゆる「金をつくり出す」というのとは違います。
> 日本語訳がちょっとうまくないと思います。言語はalchemyです。
> alはアラビア語の冠詞ですからそれを取り除いて、chemyはchemistry(化学)と同じです。
> つまり「金をつくり出す」という意味ではなくではなく、
> いろいろな物質を加えたり熱したり蒸留したりするような操作や技法を総合的に呼ぶ言葉でした。
> まぁ、平たく言えば物理学者から化学者に転身したということだと思います。

確かに「錬金術」という訳語は、かなり偏ったイメージを与えますので問題有りですが、定着しているので仕方がないかなと思います。東洋における錬金術に対応する存在である「練丹術」とは釣り合いがとれているので「錬金術」という訳語にも弁護の余地があるようにも思います。

[1441] Re: ニュートンは「科学者」か「創造論者」か
投稿者名: 寂しい地質学者
投稿日時: 2001年2月2日 19時12分
寂しい地質学者です。
この議論の前提条件として、「科学」とはなにか、を定義してやることが必要なのでは無いでしょうか?
多分、他者の介入による生物の発生を信じておいでになられる方々は、自ら定義した「科学」に則って科学者か否かを判断される(若しくはされている)様な気がします。
私自身が定義している「科学」とは(誤解を恐れずにかくのなら)、”道具”でしかありません。この”道具”は、人が(精神的にも物質的にも)よりよく生きて行くために用いられる道具であるということです。
社会にせよ自然にせよ、「科学」とは実質そのようなものであると言えるのでは無いでしょうか? 私の専門である”地質学”にしても、”土木工学”に応用され、道具として利用されています。他の「科学」についても同様の状況でしょう。
その意味で考えると、ニュートンは間違いなく科学者であり、創造論者では無いでしょう、

                                   以上

[1442] Re: 天皇は自分で働いて生活しろ! 税金も払え!
投稿者名: クハ72 (ホームページ)
投稿日時: 2001年2月2日 20時38分
 クリスチャンである僕は(創造論者に言わせると違うようだが)右も左も嫌いですが……。
 件名からしてちょっと違うような気もします。天皇には憲法で規定された国事行為があります。それ以外にも皇室の私的行事や公的行為と呼ばれるものがあり、実際に皇族はかなり忙しいようです。もし天皇制を批判されるなら皇位の世襲や職業選択の自由、思想信条の自由に関して述べられる方が議論のしようがあります。
 税金云々に関しては皇室財産は国庫に属しているので天引きと同じ状態だと思いますが(消費税は払ってるでしょうけど(笑))。

> しかし、せっかくの匿名投稿なので本音を書き逃げさせてもらいます!

 これはご自分の発言に責任を持たないという意思表示でしょうか。教育者(に限ったことではないが)として正しい態度だとは言えません。

> 現代人は何百年、何千年も前の人が考えたような原始的思想に頼らなくても、何が正しくて何が間違っているのかをしっかりと自分の頭で考える事で、ちゃんと生きていけます。

 同感といえば同感ですが、宗教に頼るしかない人だって中にはいます。僕は神を信じたくなったので信じましたし、人間が神を信じるようになったのも進化の段階で生存に有利だったからだと思います。

> 宗教など無ければ戦争など起こらないのにと思います。
> 右翼系の天皇教や、自分の信仰の為に殺人に抵抗が無いイスラム教が特に大嫌いです。

 宗教などなくとも戦争は起こります。共に唯物論を国是とする中国と旧ソ連はしばしば国境紛争を繰り返してましたし、戦争の大半は民族がらみなんですよね。宗教はそれに付随するだけ。
 イスラムにもジハードはありますが、少なくとも侵略戦争はしないでしょう。イスラム国による植民地支配は少なくとも僕は聞いたことがありません。まあ、コーラン読んだことのない僕にはこれ以上の議論は無理ですが。
参照:小杉 泰『イスラームとは何か』講談社現代新書

> 学校には私が嫌いな創価学会やエホバなどに騙されている生徒はちょくちょくいますが、私は遠回しにそれらを否定し、物事の原因や結果を正しく理解しようとする、言わば、「科学的なものの見方・考え方」を身に着けさせようとしています。

 僕も教師だったらそうするでしょうが、それよりも宗教に対して何の免疫もない生徒を社会に出す方が「科学的なものの見方・考え方」が身に着かないでしょう。

> ただ、共産圏とか言われる国は、たいてい独裁者が好き勝手してます。
> 私は独裁者と共産主義は分けて考えてます。

 僕は『資本論』を読んだことがないのでわかりませんが、共産主義には独裁になりやすい傾向はあるようですね。もっともそれは他の思想や宗教についても言えることですが。
 独裁者といってもヒトラーとスターリンとでは全く違うでしょう。ヒトラーは民主的な選挙で選ばれドイツ国民の大多数が指示していましたが、スターリンは大半の旧ソ連国民にとって憎悪の対象でしかなかった。旧ソ連の場合国民が望まない思想を強制したのが間違いだったと思います。

> そんな事より、まず、宗教なんかに騙されない、正しい判断力を持った国民がどんどん増えて、尚且つ政治家の権力を取上げて、決め事は国民や県民、市民投票をインターネットなりを使って実現すれば、あんなアホな総理をはじめとする勘違い政治家が出てこなくなるのでは?

 今の日本国民が必ずしも宗教に騙されているとは思えません。まあ、日本人なら神社参拝するのは当然という考えには賛同しかねますが。
 国民が正しい判断力を持ってるかどうかは誰が判断するのでしょう。森総理の「神の国」発言でさえ(少なくとも当時の新聞の投書では)判断は真っ二つでした。それよりも宗教=嘘と一方的に判断している方が正しい判断だとは思えません。

[1443] Re: 天皇は自分で働いて生活しろ! 税金も払え!
投稿者名: Kosuke
投稿日時: 2001年2月3日 21時56分
貴方の投稿の内容については細かくコメントはしませんが。

1. 匿名だからと本音を書き逃げしようとする投稿の姿勢
2. レスポンスに対する感情的な反応
3. 現実を知らずに借り物の意見を述べるところ
4. 宗教に対して好き嫌いだけで対応しようとしているところ
(このサイトの主旨は、科学の領域を侵そうとする宗教側の過ちを冷静に論理的に正そうとするものでは?)
etc...

学齢期の4人の子供を持つ親として、教育の現場にこのような人間的に未成熟な教師がいることは恐怖です。

貴方がどんな意見を持っていても一向に構いませんから、
お願いですから他の職業を選んで下さいませんか。

[1444] Re: 天皇は自分で働いて生活しろ! 税金も払え!(自己レス)
投稿者名: Kosuke
投稿日時: 2001年2月3日 22時05分
訂正です。

> 4. 宗教に対して好き嫌いだけで対応しようとしているところ

→4. 宗教に対して好き嫌いで対応しようとしているところ

[1445] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: くまのぷうこでぷう (ホームページ)
投稿日時: 2001年2月5日 23時06分
>麻雀に流れなんてないよ・・・というのは爆牌を操るあの人の言葉ですね?

どうも、

事情があって昨日からこのHPを少し読んでいます。
みんなが知っていて、ワザと無視していることを持ち出すようで、なんだか気が引けるのですが・・・麻雀には明らかに流れがあります。
人間がやっているんですから。
『流れなんてない、好調不調、幸運不運に対して人間の側が勝手に反応しているだけだ』というのは正論ではあるのですが、将棋ならともかく相手が3人いる麻雀では、「ボクは流れなんか信じないぞ」という人があつまっても、4人の思惑や感情が作り出す流れが必ず生じます。
麻雀をやっていて普段勝ち組の人なら自分が場をコントロールしているという感覚を持ったことがあると思います。あれが麻雀で言う流れでしょう。
あのHP(「流れ」が存在しないことの証明
http://www.interq.or.jp/snake/totugeki/SLtotu11.htm)に関して言えば、トンプウソウを使っているので、人間関係が希薄だし、金がかかっていないから人間の感情に乱れがあまり生じない→流れが生じにくいのではないでしょうか? 
濃密な何回もやったことのある人間同士で痛いくらいの金をかけてやれば流れは必ず生じると思いますがね。
あのHPのwebmasterには、是非フィールドワークをしていただきたいものです。
雀荘でやるのとコンピューターでやるのは別物ですから(wmもその点は気がついているらしく前もって牽制してましたが)

トイツ場に関しては非科学でもなんでもなくて、当たり前の事態だと思いますぞ。たとえば誰かが4万と7万を5枚もっていたら、他の3人はマンヅのしゅんつを成立させるのは難しくなる。同じ事がソウヅやピンヅでもおこったら、早めに見切ったか、たまたまトイツ系の役を目指したものがあがりやすい。これは対して珍しい事態ではないでしょう。

[1446] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: くまのぷうこでぷう
投稿日時: 2001年2月6日 10時30分
> あのHPのwebmasterには、是非フィールドワークをしていただきたいものです。
> 雀荘でやるのとコンピューターでやるのは別物ですから(wmもその点は気がついているらしく前もって牽制してましたが)

付け加えて言うと、儂の分野ではin vivoとin vitroを分けて考えるのは、基本といっていいか、常識といっていいか。東風荘はvitro環境のようなものだとナマモノをいじっている人間が考えるのは、至極当然のことだと付け加えておきましょう。

[1447] Re: ニュートンは「科学者」か「創造論者」か
投稿者名: 安賀須若人
投稿日時: 2001年2月6日 20時06分
寂しい地質学者さん、こんにちは。

> この議論の前提条件として、「科学」とはなにか、を定義してやることが必要なのでは無いでしょうか?
> 多分、他者の介入による生物の発生を信じておいでになられる方々は、自ら定義した「科学」に則って科学者か否かを判断される(若しくはされている)様な気がします。
> 私自身が定義している「科学」とは(誤解を恐れずにかくのなら)、”道具”でしかありません。この”道具”は、人が(精神的にも物質的にも)よりよく生きて行くために用いられる道具であるということです。
> 社会にせよ自然にせよ、「科学」とは実質そのようなものであると言えるのでは無いでしょうか? 私の専門である”地質学”にしても、”土木工学”に応用され、道具として利用されています。他の「科学」についても同様の状況でしょう。
> その意味で考えると、ニュートンは間違いなく科学者であり、創造論者では無いでしょう、

科学とは何かということを問題にし始めると結構難しいと思います。
物理学や化学は誰しも科学と認めるので良いのですが、
進化生物学は科学じゃないとかいう人が(特に創造論者に)結構多いですし、
近年急速な発達を遂げつつある認知科学は科学であるのかとか、
土木工学のような応用科学は技術なのか科学なのかでも意見が割れるでしょう。
それに科学理論の身分を巡っては
実在論(理論は実在を正しく記述しているので法則が真であるとする立場)と
反実在論(理論は予測のための道具であるとする道具主義を含む)との間の
哲学論争もあります(私自身は道具主義やプラグマティズムを支持します)。
そこで、科学とは何かという問題には、
余り深入りしないで議論を進めていきたいと思うのです。
ニュートンを「科学者」と呼ぶことはとりあえず差し支えないのですが、
ニュートンと現代の創造論者との同質性と差異について確認すると共に
ニュートンの進化生物学者との間の同質性と差異についても確認することで
ニュートンは現代の創造論者よりも「科学者」に近いとすべきではないでしょうか?
というのは、進化生物学と物理学の方法論が同一でないということを理由に
進化生物学を疑似科学呼ばわりするという議論が
一部の創造論者に見られることを考慮すると
方法論的同一性もしくは連続性に関してこれをきちんと整理していくことが
「創造科学」に対処していく上で必要ではないかと考えているからなのです。
私はニュートンは現代の創造論者よりも進化生物学者に近いと考えていますが、
はっとべっとさんのこれまでの論証は残念ながら不十分ではないかと思います。

[1448] Re: ニュートンは「科学者」か「創造論者」か
投稿者名: くまのぷうこでぷう
投稿日時: 2001年2月7日 00時56分
>  安賀須若人さんにすすめられて掲示板からこちらに移すことにしました。
>
>  発端は、創造論者の方が「ニュートンも創造論者だ」とかかれたことでした。
>
>  私は、ニュートンの科学も現在の科学も、科学的方法論は同じである、その意味ではニュートンも立派な科学者だという立場をとります。
>
>  皆さんはどうお考えですか。
>

まずよくわからないのですが、科学者は科学をもっぱらの職業とする人ですよね?
創造論者は、キリスト教の神による天地創造を信じている人ですよね?
とすれば、科学をもっぱらとしていて、創造論を信じている人がいてもまるっきりかまわないと思うのですが、実際そういう人もいるようですし。(そりゃ理論物理学や考古学の人ならまずいと思うが)

清純派のアダルトビデオ女優がいる時代だから、創造論者の科学者がいてもぜ〜んぜんこまらないでぷう〜。

[1449] ツモの引きとかはどうでしょう
投稿者名: wadja
投稿日時: 2001年2月18日 17時53分
このスレッド、まだ続いていたんだ...

> あのHPのwebmasterには、是非フィールドワークをしていただきたいものです。

フィールドワークというと、雀荘に出かけてさすらいのギャンブラーしてみるとか(古い)。あのHPにも、同じメンバーで何回か打った統計はありましたよね。あれはあれで、面白い考察だと思ったんですけど。

あのHPの作者は、人の心理の流れはある程度容認していたんじゃなかったでしたっけ。それよりも、麻雀で流といえば、引牌の強さとかそういった意味で使う人が多い。

> 付け加えて言うと、儂の分野ではin vivoとin vitroを分けて考えるのは、基本といっていいか、常識といっていいか。東風荘はvitro環境のようなものだとナマモノをいじっている人間が考えるのは、至極当然のことだと付け加えておきましょう。

in vivo, in vitro 辞書ひいただけなんで、おっしゃりたいことが分かった自信は無いのですが、麻雀の場合in vitro(プレーヤー以外の外的要因)が、統計や確率で説明できないほど偏ることがあるかどうかが問題のような気がします。問題は、麻雀で統計論や確率論が有意になるには、気の遠くなる程の試行が必要な点。

[1450] 地球と言う言葉は地球が球体だった前は日本では何て呼ばれてたのですか?
投稿者名: babamen
投稿日時: 2001年2月20日 17時30分
地球と呼ばれる前はこの星はなんて呼ばれてたのですか?

[1451] Re: 地球と言う言葉は地球が球体だった前は日本では何て呼ばれてたのですか?
投稿者名: wadja
投稿日時: 2001年2月20日 23時40分
日本語と中国語では「地」(本当か?)

英語ではearth。もともとは、「土」の意味。globeはラテン語の「円・球体」の意味が入ってくるので、地球が惑星であることを、意識して使い出したのかも。

#適当に言ってるなー>自分

[1452] Re: ツモの引きとかはどうでしょう
投稿者名: くまのぷうこでぷう〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年2月22日 00時20分
> このスレッド、まだ続いていたんだ...

というか、儂が書き込んだ後あまりにも新しい書き込みがないので、この掲示板まだ続いていたんだ。。。という感じです

> フィールドワークというと、雀荘に出かけてさすらいのギャンブラーしてみるとか(古い)。あのHPにも、同じメンバーで何回か打った統計はありましたよね。あれはあれで、面白い考察だと思ったんですけど。
>
> あのHPの作者は、人の心理の流れはある程度容認していたんじゃなかったでしたっけ。それよりも、麻雀で流といえば、引牌の強さとかそういった意味で使う人が多い。


あのHPの検証は、東風荘で半荘を2回続けた人の順位を1回目と2回目で比べた結果を利用していたわけで、あの結果をもって麻雀に流れはないと結論づけるのなら、人の心理を含めて流れはないと結論づけるべきです。あの例証をそのまま解釈したら、いかなる要因(心理であれ、非線形確率論的ツキであれ)が作用しているにせよしてないにせよ、次の半荘の順位に前の半荘の順位は関係ないという結論が出てくるべきです。
その結果を元に話を組み立てているのに、そういう解釈ができずに、『心理は関係があるかもしれない』(それが如何に適当な解釈でも)などと考えるのは、自己矛盾です。『心理は関係があるかもしれない』のなら、『つもに与える影響だって否定できない』(そんなことは儂は信じませんが)と判断すべきです。
もっとも彼が『心理は関係があるかもしれない』と書いていたかどうか儂は覚えていませんが・・・

調子によって引きが変わってくるかどうかに関しては、特定の局面で何が有効つもか判定できる麻雀力と次の自模でくるくる変わる有効不要の組み合わせを解析できる高度な統計知識が必要でしょうから、儂の及ぶところではありません。
おそらく、引きなんてもの自体が調子で影響を受けるとは儂も思いませんが、あのHPのやり方で証明できるとは思えません。

> in vivo, in vitro 辞書ひいただけなんで、おっしゃりたいことが分かった自信は無いのですが、麻雀の場合in vitro(プレーヤー以外の外的要因)が、統計や確率で説明できないほど偏ることがあるかどうかが問題のような気がします。問題は、麻雀で統計論や確率論が有意になるには、気の遠くなる程の試行が必要な点。

in vitroというのは、一般に『試験管内』、in vivoは『生体内』です。試験管の中では極力不測の要因を取り除いてbiologicalな実験が行えますが、in vivoでは様々な他の要因の複雑な組み合わせがあるため、in vitroの結果から予測される結果が出るとは限りません。
この場合儂は、金もかからず・人間関係が希薄な東風荘をin vitro、金がかかっていて、人間関係が濃密で、同じ人と何回も打つoffの麻雀をin vivoにたとえています。

ということでぷう〜

[1453] Re: ツモの引きとかはどうでしょう
投稿者名: wadja
投稿日時: 2001年2月22日 01時04分
>次の半荘の順位に前の半荘の順位は関係ないという結論が出てくるべきです。

腕に差が有る場合は、いかがでしょう?統計を取れば多少の波はあるにせよ、腕により誤差の範囲内で順位は決まる。麻雀で散々むしりとられたwadjaの経験には合致します。(笑)

> もっとも彼が『心理は関係があるかもしれない』と書いていたかどうか儂は覚えて
>いませんが・・・

そこまではっきり書いてませんでしたけど、「流がある」と主張する人は、確率がツキによって変動することを主張していたはずなのに、いつのまにか打ち手の心理的な波に論点をすり替えがちだという記述があったのでは。解釈によっては、そちらのほうが合理的に聞こえることを、暗黙のうちに認めたような印象を受けます。

> 調子によって引きが変わってくるかどうかに関しては、特定の局面で何が有効つも
>か判定できる麻雀力と次の自模でくるくる変わる有効不要の組み合わせを解析できる>高度な統計知識が必要でしょうから、儂の及ぶところではありません。

wadjaは文系人間ですから、当然歯が立ちません。でも、麻雀のゲームの組み合わせが、チェスや将棋に比べ数が多いことは容易に想像が付きます。人間の一生に打てる半荘の回数では、きれいな分布は認識できないのかもしれないー>人は麻雀に流れがあると思いがち。

因果関係は、統計で証明しきれない芸術だと習った記憶がありますので、あのHPの試行で何かが証明できている訳では無い点は同意いたします。その当たりは、人が何を合理的と解釈するかによりますね。

[1454] Re: ツモの引きとかはどうでしょう
投稿者名: くまのぷうこでぷう〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年2月22日 10時58分
> >次の半荘の順位に前の半荘の順位は関係ないという結論が出てくるべきです。
>
> 腕に差が有る場合は、いかがでしょう?統計を取れば多少の波はあるにせよ、
>腕により誤差の範囲内で順位は決まる。麻雀で散々むしりとられたwadjaの経験には
>合致します。(笑)

これは失敗。
あの解析は多数の人を対象に行っていたと思うので、腕の良い悪いも平均されて結果として、『次の半荘の順位に前の半荘の順位は関係ない』という事になるのでしょうが、個人個人に関して言えば、、『前の半荘の順位は次の半荘の順位の”変動”に関係ない』となるんでしょうな。
儂に関して言えば去年は一度トップを取るとズ〜ッととり続けるために、麻雀大魔王と呼ばれて疎まれていました

[1455] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年2月22日 19時44分
> >麻雀に流れなんてないよ・・・というのは爆牌を操るあの人の言葉ですね?> 事情があって昨日からこのHPを少し読んでいます。> みんなが知っていて、ワザと無視していることを持ち出すようで、なんだか気が引けるのですが・・・麻雀には明らかに流れがあります。うーん。あのページの作者の人は、まず「流れ」というのを自分の言葉で明確に定義してその定義の範囲内では「流れは存在しない」と示したに過ぎないと思うのですが。件の文書はそういう意味では論理的には一貫していると思います。> あのHPのwebmasterには、是非フィールドワークをしていただきたいものです。彼の人が言うのとは違う意味での「流れ」が存在する事を示したいのであればそれを定義して証明する義務はくまのぷうこでぷうさんの方にあるのだと思いますがいかがでしょう?

[1456] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年2月23日 00時20分
なんか崩れてしまったのでもう一度投稿します。

> >麻雀に流れなんてないよ・・・というのは爆牌を操るあの人の言葉ですね?
> 事情があって昨日からこのHPを少し読んでいます。
> みんなが知っていて、ワザと無視していることを持ち出すようで、なんだか気が引けるのですが・・・麻雀には明らかに流れがあります。

うーん。あのページの作者の人は、まず「流れ」というのを自分の言葉で
明確に定義してその定義の範囲内では「流れは存在しない」と示したに
過ぎないと思うのですが。

件の文書はそういう意味では論理的には一貫していると思います。

> あのHPのwebmasterには、是非フィールドワークをしていただきたいものです。

彼の人が言うのとは違う意味での「流れ」が存在する事を示したいので
あればそれを定義して証明する義務はくまのぷうこでぷうさんの方にある
のだと思いますがいかがでしょう?

[1457] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: くまのぷうこでぷう〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年2月23日 09時27分
> 彼の人が言うのとは違う意味での「流れ」が存在する事を示したいので
> あればそれを定義して証明する義務はくまのぷうこでぷうさんの方にある
> のだと思いますがいかがでしょう?

『流れ』があることを証明することにも、否定することにも。
そんな事に興味はありませんし、閑もありません。

儂は流れがあるかどうかなんてどうでもいい。『流れ』を利用する事に興味がある。
というわけで義務があるとは思いませんな

『メンツがくるくる変わって、インターネット上で、金も名誉もかかってない、一度へこんでもその晩のうちにどうしても回復しなきゃならないなんて事もない、いつでも始めれていつでも終われる。』
そんな麻雀は儂にとっては現実ではない。そこで何か証明してもファンタジーですな。(前回はもっとお上品な言葉としてin vitroとしたんだが)

ファンタジーの中で誰かが『ドラゴンの存在』を自分の定義で証明したからといって、儂には『それは面白い』か『そりゃちょっと問題がある』かどちらかしか言えん。ましてや儂の定義のドラゴンの存在とか不在とかを証明しようとする気にはなりません。

麻雀に大事なのは科学的かどうかじゃなくて、強いか弱いか。
みんながドラゴンの存在を信じていたら、儂はドラゴンのお守りを売る。それが科学的に正しかろうがどうだろうが。
同じように、儂は流れがあるかどうかなんてどうでもいい。『流れ』を利用する事に興味がある。
人間が4人でやっていて、そのうちの何人かが『流れ』を信じていたら、結果には『流れ』が影響するのは当たり前。ドラゴンのお守りが売れる。
もう一度いうと、ドラゴンのお守りが売れる以上、ドラゴンに対する恐れは実在します。流れを作られることを恐れる打ち手がいる以上、流れは実在します。その恐れ自身が流れですから。

貴方も今晩勝つつもりなら、ぷうこ印の『ドラゴンのお守り』を一つ買っておいた方がいいでぷう〜

[1458] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年2月23日 10時28分
> > 彼の人が言うのとは違う意味での「流れ」が存在する事を示したいので
> > あればそれを定義して証明する義務はくまのぷうこでぷうさんの方にある
> > のだと思いますがいかがでしょう?
>
> 『流れ』があることを証明することにも、否定することにも。
> そんな事に興味はありませんし、閑もありません。

それだったら最初から件のページは無視してればよろしいのはでは無いでしょうか?

[1459] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年2月23日 11時00分
> > > 彼の人が言うのとは違う意味での「流れ」が存在する事を示したいので
> > > あればそれを定義して証明する義務はくまのぷうこでぷうさんの方にある
> > > のだと思いますがいかがでしょう?
> >
> > 『流れ』があることを証明することにも、否定することにも。
> > そんな事に興味はありませんし、閑もありません。
>
> それだったら最初から件のページは無視してればよろしいのはでは無いでしょうか?

これだと単なる皮肉にしかなってないので捕捉をば。

私は最初は、くまのぷぅこでぷうさんの書き込みは、件のページに対する反証
(反論?)を意図した物だと思っていました。件のページに対する反証としては
ちょっとロジックに不備が多いな、と思ったので私の最初の書き込みになった
わけです。

ですが、その私の書き込みへのリプライを見るとそういう意図では無いらしい。

反証(反論?)の意図は無く、あのページを見て「あらゆる意味に於いて麻雀には
れなんて無いんだ!」と勘違いする人間が出るのを危惧して警鐘を鳴らした、と
いう事なら、ここの常連さんでそんな低レベルの語読をする人もあんまおらん
だろうと思うのです。

あのページのデータからわかるのは「東風荘のとつ氏の戦績からは、前回の順位が
次回の順位に対して相関関係を持っていると言う優位な結論は得られなかった」と
いう事実で、それ以上でもそれ以下でもありません。が、実験データの積み重ねと
しては意味のある行為だと思えます。

とつ氏の他のページなんかを見てると、あれは、「流れはある」「いやない」という
印象ベースの平行線な議論(にすらなってない物)にうんざりしての「こうして方法論
まで教えてやってるんだから少しはまともな議論をしてみろ」という強烈な挑発なん
ではないかという印象を受けました。あくまで私感ですが。

[1460] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年2月23日 11時02分
> 次回の順位に対して相関関係を持っていると言う優位な結論は得られなかった」と
有意

[1461] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: くまのぷうこでぷう〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年2月23日 11時41分
> > 次回の順位に対して相関関係を持っていると言う優位な結論は得られなかった」と
> 有意

儂はあのページの最後の『流れなんてないんだ、がたがた文句を言ってくるな、アホはどうせ理解できないんだから』という言葉に感動しました(引用をさけるために短縮)。素晴らしい。儂は本来本人のいないところでなんか書いてもしょうがないと思うんだけど、そういうふうにかかれたら陰で書くしかない。

誤解を招かないように二つ
1)彼は、流れを二つ定義して、自分の持ち出した実験の結果は両方とも否定している。

2)儂は自分で流れがあるなしの証明をする閑はないし意欲もないが、書かれたものを読むくらいの興味はある。・・・peer reviewの重要さはこのHPの開設者に聞いてくれ

ファンタジーに基づいた理論が麻雀の実像をゆがめるのはあまり面白くない・・・のでぷう〜

お守り買う気になったかな?

[1462] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年2月23日 12時13分
> 儂はあのページの最後の『流れなんてないんだ、がたがた文句を言ってくるな、
> アホはどうせ理解できないんだから』という言葉に感動しました(引用をさけるために短縮)。

結局のところ、結論の部分の読み取り方の差ですかね。
私はそういう風には読み取れませんでした。
# 読み取れなかったのは『流れなんてないんだ』の部分。
# 私は『俺が今回定義した意味での流れは無い(という事例が存在する)』と読みました。
# そしてそれは全然意味が違うと思う。

で、それはそれとして、

4人の人間の高度な心理の彩を「流れ」と呼ぶとして、それが本当に存在するのか、
存在するとして、それを意図的にコントロールして勝利に結びつけられるのか?
という件に関しては私の態度は「あるかも知れないし無いかも知れないね」と
いったところです。中立。

直感的には何かありそうな気がするけど、データの蓄積が無い以上、あるとも無い
とも言えない。何かの存在を云々する時に人間の内観(あったと思う事)があんまり
あてにならないのは有名な話です。これは別にくまのぷぅこでぷぅさん(他人)の体
験談だからというわけでは無く、自分自身の体験に対しても同じような態度をとり
ます。

事実、自分で麻雀をやってて、上記の定義での「流れ」を感じた事は一度や二度で
はありません。でも、そういう人間の感覚があんまりあてにならない事も知ってい
るのでそれを判断の根拠にはしないようにしています。

上記の定義の「流れ」が存在する事をちゃんと証明するには牌譜を取るのと同時に
一手毎の打ち手の心理を自己申告でもいいから記録してらって、後から詳細な分析
を行う必要があるでしょう。
# 一手毎だと解釈の入り込む余地が大き過ぎるかなぁ。
# 統計的に処理するには一局を単位にするのが妥当そうだけど、そうすると今度は
# 心理の微妙な彩と言うには網の目が荒過ぎる。いずれにせよ面倒そうだなぁ。

> お守り買う気になったかな?

そんな理由で、あんまりお守りを買う気にはなりませんでした。

[1463] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: くまのぷうこでぷう〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年2月23日 13時48分
なにをおっさいますら

心理に特定する必要なんかないよ。
高度な心理もまた必要ない。

『開局一番、役満が出た』
『今日は財布の中に一万円札が入ってない』
『今日は半荘2回しかできないけど絶対3万円は勝ちたいなあ』

などなど、簡単に流れは出来ます。
人間が4人いて流れが出来ないわけがない。(特に麻雀は欲との二人連れだから最初から負けている気分で始めるやつもいる)

麻雀に限らず、野球だって、初回に大量点が入ったらその後の展開は変わるでしょ?とった方はそれを守ろうとするし、とられた方がこつこつ攻めるのを捨てて大量点ねらいになる。ペナントレース終盤になったら首位のチームは連敗をさける戦いかた、下位のチームは連勝目的の戦い方、阪神タイガースは来年に向けた戦い方、になる。
ほれ、流れが出来た。

それを否定するなら否定するなりの理由がいるはずです。
PS版熱闘ペナントレースが実際のペナントレースと違うのは当たり前。そんなを解析して『野球は実際にはこうだ!』といったらアホでしょ?

そんなことを判断するのにデータの積み重ねがなけりゃ判断できないんじゃあ、生きていけないよ。
やっぱりお守りをもっていたほうがいいでぷう〜

(東風荘を使って麻雀の何かを証明なんか出来ないって事は認めるよねえ?)

[1464] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: くまのぷうこでぷう〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年2月24日 17時11分
> 私は最初は、くまのぷぅこでぷうさんの書き込みは、件のページに対する反証
> (反論?)を意図した物だと思っていました。件のページに対する反証としては
> ちょっとロジックに不備が多いな、と思ったので私の最初の書き込みになった
> わけです。
(最初にPS:多い不備のうちのいくつかを指摘してもらえたら後学の為になるのですが?)

今日暇ができてあのページを読み直してみました。久しぶりに(うろ覚えでやってたもんで)

とつという人は、流れの定義を
1)オカルト的な次にくる牌が都合のいい牌になる
2)心理的なもので調子がよくなる(意訳)
の二つの定義を上げて、どちらとも否定してます。(やっぱり、前に読んだとおりだった)

それで(1)の方があり得ないのは当たり前だとして、(2)の方が妥当かどうか試すために、東風荘の3000回くらいの結果を解析して、(1)も(2)もあり得ない・・・という論理展開です。

この結果は東風荘だけでなく全ての麻雀に当てはまるという示唆がなされております。(しょうがないので2つだけ引用します:『データも出さず「東風と実戦は違う」とかそれ系かな?』『「流れ的現象」は一般には存在しない。』ともに、東風荘の結果の敷延化が無謀に行われています)
因みに、東風荘の結果が現実の麻雀と関係が薄いのではないかという疑問を想定して、罵倒を浴びせるという説得力のある大技で巧妙(か?)に避けています。

それで、『反論は言って来るな、どうせアホには理解できないんだから』という結論に至っています(やっぱり、前に読んだとおりだった)。
これまではいいですね?どうも貴方の文章を読んでいると、貴方はとつさんの文章を読んでいるんではなくて、自分の頭の中に翻訳した『貴方の中のとつさんの文章』を読んでいるのではないかと思えてくるのです。

>あのページの作者の人は、まず「流れ」というのを自分の言葉で
>明確に定義してその定義の範囲内では「流れは存在しない」と示したに
>過ぎないと思うのですが。

流れを自分の言葉で定義して、その中で流れは存在しない」と示したあと、無様なまでにその定義を拡張したにすぎないと考えるのが妥当と思われますな、儂には。

>件の文書はそういう意味では論理的には一貫していると思います。

論理の意味によるでしょう。自己都合の中では一貫しているようです。

兎も角、薬を売りたければ、試験管内で効き目を証明して、動物実験をして、人で二重盲検試験をして、それからやっと認可が下りる。流れがないことを証明したかったら、東風荘(in vitro)までは頑張ったんだから、罵倒を使う前に次の段階に移ってさらに努力を続けるべきでしょう。それができなかったら(というか、普通の人にはそんなことをしているひまはないわいな)、罵倒ではなく有り体にin vitroの実験結果として書くのが道理です。

・・・しかし長々と書いて最後にひっくり返しておくと、自分のHPで自分の論理で自分の結論を自分の言葉で語るのを、他人が非難する筋合いはないのも確かですな。
しかし、この掲示板は違うでしょ?科学と疑似科学を考えるんでしょ?
それなら、疑似科学的方法には厳しくないとね。ちょろっと読んで定義(1)のオカルトを否定している”科学的”な文章だと誤解してしまうのは、かなりいただけない。

>反証(反論?)の意図は無く、あのページを見て「あらゆる意味に於いて麻雀には
>れなんて無いんだ!」と勘違いする人間が出るのを危惧して警鐘を鳴らした、と
>いう事なら、ここの常連さんでそんな低レベルの語読をする人もあんまおらん
>だろうと思うのです

というわけで謹んでこのパラグラフにはダウトをつけさせていただきたいと思います。

やはりドラゴンのお守りを買ったほうがいいでぷう〜

[1465] Re: 地球と言う言葉は地球が球体だった前は日本では何て呼ばれてたのですか?
投稿者名: LucifeR
投稿日時: 2001年2月24日 20時41分
> 日本語と中国語では「地」(本当か?)

 私もそれでいいと思う。対立概念とセットで考えると答えが
出やすいんじゃないかな。つまり、「天・地」か「陸・海・空」
でしょう。「宇宙・地球」になるころには、地面は球体でした
からね。あとあるとすれば、「天津神・国津神」というのから
「国」というのもその意味を含んでたかもしれない、ってことかも。

[1466] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年2月24日 23時50分
> > 私は最初は、くまのぷぅこでぷうさんの書き込みは、件のページに対する反証
> > (反論?)を意図した物だと思っていました。件のページに対する反証としては
> > ちょっとロジックに不備が多いな、と思ったので私の最初の書き込みになった
> > わけです。
> (最初にPS:多い不備のうちのいくつかを指摘してもらえたら後学の為になるのですが?)

別の書き込みでも書いたように、私にはとつ氏のあのページが
「あらゆる意味で麻雀に流れなんて存在しない」と主張しているようには
読み取れなかったので、くまのぷぅこでぷぅさんが相手の言ってもいない
事に対して反論しているように見えて、それをロジックの不備と表現しました。

でもこれは「ロジックの不備」とか表現すべき物では無いですね。
素直に「相手の言ってもいない事に反論してませんか?」と書くべきところ。
私の日本語が変です。
すいません。

で、なんで私がそういう読み取りをしたかの説明ですけど、その前に一点
間違いの指摘を。

> これは失敗。
> あの解析は多数の人を対象に行っていたと思うので、腕の良い悪いも平均されて結果として、
> 『次の半荘の順位に前の半荘の順位は関係ない』という事になるのでしょうが、個人個人に関
> して言えば、、『前の半荘の順位は次の半荘の順位の”変動”に関係ない』となるんでしょう
> な。

とつ氏の件のページで解析に使われているのは、とつ氏の対戦成績のみです。

とつ> とつの2000年1月1日〜12月5日までの3026試合の対戦成績を用いて、
とつ> 「トップだった次の試合」「ラスだった次の試合」の平均順位を算出し、
とつ> それらが「普段より良い・悪い」かを判断することによって、「流れ」
とつ> 的現象が存在するかどうかを検証しよう。

私がとつ氏がそこまで一般的な主張をしていないと判断したのは
主にこの点に依拠しています。

自分の個人の成績を解析して、その上で

とつ> おれが示したのは、「現象」としての「流れ」は、「確率の偏り」として
とつ> も、また「個人的な打牌の偏り」としても上級者には存在しないというこ
とつ> と(正確には、通用しない程度の水準の人間が存在し、かつ彼はR2000を
とつ> 超える上級者だったということ)だ。

と言うセリフがある事からも、この解析結果を一般に拡張する意図が
あるとは思えなかったのですが。

また、

とつ> 数字にも表れない程度の、心理的な意味での「流れ」に翻弄されている段階
とつ> というのは、単に弱いだけであって、「流れを読む」などと得意げに言える
とつ> 段階では断じてない。

とか、

とつ> 「ドヘタには存在する」ような「個人的な打牌の偏り」であるとすれば、そ
とつ> れはドヘタがチョンボをするのと同様の意味でしかなく、「流れ」が「一般
とつ> 的な現象」として存在することにはならない──「流れ」が「一般的な現象」
とつ> でないなら、それは単に個人の打ち方の差でしかなく、「流れ」と呼ばれる
とつ> べきではない

とかいう主張をしている事から、心理的な要因から打牌に偏りが出る事自体は否定
していなくて、それを自分と言う例外を元に、俺にはそんな傾向は無い = 一般的な
事象では無い、よってそんな「流れ」による「読み」は俺に対しては通用しない、
という論理展開だと読みました。

つまり

とつ> 「流れ的現象」は一般には存在しない。

を『「流れ的現象」が一般に存在するとは言えない』と読んだんですが。

読み取り方おかしいですか?

まあ、それはそれとして言われてみれば
『「流れ」が存在しないことの証明』つー見出しは誇大広告気味だとは思います。

[1467] Re: 麻雀に流れなんてないよ
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年2月24日 23時53分
> とつ> 「流れ的現象」は一般には存在しない。
>
> を『「流れ的現象」が一般に存在するとは言えない』と読んだんですが。

『「流れ的現象」が一般に存在する、とは言えない』

[1468] Re: 文章に流れなんてないよ
投稿者名: くまのぷうこでぷう〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年2月25日 00時53分
> 読み取り方おかしいですか?

おかしいと思いますよ。
やっぱり貴方は、とつさんの文章ではなくて、自分の解釈の方を読んでいたんですよ。よく読み直してください。少々論理に何がある文章を好意的に読んでいるとき、文章の意味が通るように解釈を足しすぎることがよくあります。
彼は自己の一例から導き出した頼りない結論を一般現象まで拡大するという無理・無駄・無茶を犯しています。(加えて言うと典型的な疑似科学的手法の一つです)

ところで、考えられないことがあると、つい読み間違えるのはよくあることです。今確認したら確かに『とつの2000年1月1日〜12月5日までの3026試合の対戦成績を用いて・・・』と書いてある。恐ろしい事じゃ。儂もお守りを買わなきゃ

とつさんのデータを多数の人ではなくて、自分の成績だけの解析だったとすれば、元々問題のある論理展開がさらに問題を生みますな。
統計的処理の必要な何かの命題の結論を出すのにサンプルの数がひっつとつだけなんて儂の常識からは考えられん。サイエンスとしては幼稚園です。(個人のHPがサイエンスである必要は必ずしもありませんが)

因みにR1900って偉いの?

[1469] Re: 文章に流れなんてないよ
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年2月25日 02時18分
> > 読み取り方おかしいですか?
>
> おかしいと思いますよ。
> やっぱり貴方は、とつさんの文章ではなくて、自分の解釈の方を読んでいたんですよ。
> よく読み直してください。少々論理に何がある文章を好意的に読んでいるとき、
> 文章の意味が通るように解釈を足しすぎることがよくあります。

確かに、好意的に読んでいるせいでバイアスがかかってる部分はあります。

でも、それを言うならくまのぷうこでぷう〜さんも最初の誤読から導いた結論に
引きずられて必要以上に否定的に読む方向にバイアスがかかってませんか? と
指摘したくなります。

これ以上続けても不毛な解釈論にしかならないのは目に見えてるので私はこの
話はここで降りさせていただきます。

こっちから振った話なのにすいません。

あ、ちなみにこれは「くまのぷぅこでぷう〜さんの発言を自分の発言と相対化
することで無化してしまおう」という姑息な試みでは無くて、単にバイアスが
入ってる私の脳味噌ではすでに何度読み直してもそういう「意図」を読み取れ
なさそうなので、話を続けてもループするだけになりそう。一旦ちょっと間を
置いて再度読んでみよう、という事です。

まあ、あのページから実際に言えるのはごく限定した結論でしか無いっていう
見解自体に異議はありません。

[1470] Re: 疑似科学的手法でも自分に受け入れやすい結果なら簡単に『OK』をだしてしまう例として面白いと思うんですがね
投稿者名: くまのぷうこでぷう〜 (ホームページ)
投稿日時: 2001年2月25日 09時49分
> あ、ちなみにこれは「くまのぷぅこでぷう〜さんの発言を自分の発言と相対化
> することで無化してしまおう」という姑息な試みでは無くて、単にバイアスが
> 入ってる私の脳味噌ではすでに何度読み直してもそういう「意図」を読み取れ
> なさそうなので、話を続けてもループするだけになりそう。一旦ちょっと間を
> 置いて再度読んでみよう、という事です。

それは良い考えです。

> でも、それを言うならくまのぷうこでぷう〜さんも最初の誤読から導いた結論に
> 引きずられて必要以上に否定的に読む方向にバイアスがかかってませんか? と
> 指摘したくなります。

でも、儂の誤読の部分『とつの2000年1月1日〜12月5日までの3026試合の対戦成績を用いて・・・』にかんしては、好意的解釈を加えてしまったためであるということを、読み直すときにお忘れなく。

>
> これ以上続けても不毛な解釈論にしかならないのは目に見えてるので私はこの
> 話はここで降りさせていただきます。

どうぞどうぞ、儂も既に不毛な領域に入っていると感じていました。
疑似科学的手法でも自分に受け入れやすい結果なら簡単に『OK』をだしてしまう例として面白いとは思うんですがね。

[1471] Re: 疑似科学的手法でも自分に受け入れやすい結果なら簡単に『OK』をだしてしまう例として面白いと思うんですがね
投稿者名: ゆん
投稿日時: 2001年2月25日 14時54分
> > なさそうなので、話を続けてもループするだけになりそう。一旦ちょっと間を
> > 置いて再度読んでみよう、という事です。
>
> それは良い考えです。

ちょっと煮詰まって来てましたしね。

でも、これは単にちょっと仕切り直してみようと思っただけで
くまのぷうこでぷぅ〜さんの意見に納得する気になったというわけでは
(現時点ではまだ)全然無いので、

> > これ以上続けても不毛な解釈論にしかならないのは目に見えてるので私はこの
> > 話はここで降りさせていただきます。
>
> どうぞどうぞ、儂も既に不毛な領域に入っていると感じていました。
> 疑似科学的手法でも自分に受け入れやすい結果なら簡単に『OK』を
> だしてしまう例として面白いとは思うんですがね。

という勝利宣言ぽい結論には、
「え〜!?」とだけ声は上げさせてといてもらいます(笑)。
別に議論は勝ち負けじゃありませんけど、まだ自分的に結論出してませんので。
納得がいかない内は「例」としてさらし者になるのはちょっと面白くないです。
# 結論自体に納得いったらさらし者にされる分に異論は無いんですけど。

[1472] きりん
投稿者名: はなぶさ
投稿日時: 2001年3月3日 13時57分
私の長年の疑問なんですけど、一般的(私が学校で習った)には、きりん の首が長いのは高い所にある草を食べる為。ということになっていますが、しかい、進化にその種族若しくは個体の意思が反映されるのでしょうか?また、自然選択説だとすると、首の長い動物がもっといてもいいような気がするんですが・・・。私は創造論者ではないので科学的な考えをお持ちの方、考えをお聞かせください。

[1473] Re: きりん
投稿者名: クハ72 (ホームページ)
投稿日時: 2001年3月4日 01時49分
 はなぶささんはじめまして。

> 進化にその種族若しくは個体の意思が反映されるのでしょうか?

 キリンは高い所の草を食べたいが為に自らの努力で首を数センチくらいなら伸ばせるでしょう。しかし生殖細胞のDNAをそのとおりに変異させることが出来るわけでもなく、生まれつき長い首にするには突然変異を待つしかありません。したがって進化に意思が反映されることはないでしょう。

> また、自然選択説だとすると、首の長い動物がもっといてもいいような気がするんですが・・・。

 キリンだけが何らかの理由で首を長くせざるを得なかったのでしょう。同じ地域に生息する他の動物によって低いところの草が独占されていたとかね。
 また、首が長いのは高い所の草を食べるためだけでもないと思います。外敵を発見し易くしてそれから逃れるのに有利に働きます。もちろんあまり長すぎると逆に外敵から発見され易くもなるのでギリギリの妥協点で進化はストップするでしょう。
 キリンの首が長いのは必ずしもメリットとは限りません。水を飲むのに不利に働きます。しかしそれを差し引いても首を長くする方が有利だったということです。

[1474] 誤解を招き易い比喩
投稿者名: wadja
投稿日時: 2001年3月8日 00時46分
> しかし、進化にその種族若しくは個体の意思が反映されるのでしょうか?

ドーキンスが、「利己的な遺伝子」で何度も断りを入れていますが、進化生物学の方言みたい。

「突然変異で偶然首の長い個体が発生し、高いところの草を食べられるという有利さから正の淘汰圧が働き、種の中で多数を占めるに至った」と書くのは面倒なので、「高いところの草を食べるために、長い首を獲得した」と書いてしまう傾向があるようです。

今西論は、ある種の「変わるべくして変わる」意思のようなものを、想定している気がしますが。

[1475] 中心小体は「生命体」である?
投稿者名: NATROM
投稿日時: 2001年3月8日 18時13分
>投稿者:竹内 美継さん  投稿日: 3月 5日(月)23時36分12秒
>中心小体が「生命体」であることを証明する実験はすでになされている

>お願いがあります。 投稿者:竹内美継さん  投稿日: 3月 6日(火)20時33分42秒
>私が「中心小体は高電位空間から現出する」といっても誰も信じ
>てくれないようだからです。この事は生物学の本に書いてありました。

>私も 投稿者:竹内 美継さん  投稿日: 3月 7日(水)20時19分26秒
>ジェラルド・カープ 著 原書第2版 「細胞生物学 下」 664頁等で見られます。

などなど、竹内美継さんをはじめとして中心小体の話題が通常掲示板で盛り上がっています。専門的な話になりそうなので、ツリー式に移行しましょう。ジェラルド・カープ著、原書第2版 細胞生物学(下)、東京大学出版会、1987年、(原書は1984年)をうちのオンボロ図書館で発見しました。

p663より引用

典型的な動物細胞の紡錘体形式の第一段階は,中心体各対の囲りに微小管が日輪系に現れること,すなわち星状体である.星状体微小管を詳しく調べた結果,それらが中心体微小管と直接接触しておらず,またこれら2つの構造の微小管の間にはなんの地理的関係もないことがわかった。星状体微小管は,囲中心小体雲として知られる中心体周辺領域にある無定形物質の高電子密度層から現れるようである.この高密度物質が微小管形成開始の中核として働くものとして思われる.


竹内美継さんは「中心小体は高電位空間から現出する」とおっしゃいましたが、少なくともカープ細胞生物学では、「高電子密度層から現れる」とあります。高電位空間と高電子密度層って同じものなのでしょうか?私は、カープ細胞生物学の記述を、「電子顕微鏡で濃く見える場所から星状体微小管が現れる」と読みました。いずれにせよ、この観察からでは「中心小体が生命体である」とは言えないと思います。「中心小体が生命体である」ことを証明する実験とはいったいどういうものであるか、興味があるのは私だけではないでしょう。

[1476] Re: 中心小体は「生命体」である?
投稿者名: wadja
投稿日時: 2001年3月8日 23時31分
>高電位空間と高電子密度層って同じものなのでしょうか?

「単位電荷(電子のもつ電荷)当たりの電気的位置エネルギー自体を「電位」と呼ぶ。」らしいので、高電位を高電子密度と呼んでも、差し障りないのでしょう。NATROMさんの推測される、電子顕微鏡による影のイメージのような気がしますね。

でも、それが中心小体が生命であることの証とも思えません。細胞の中で起きる、不思議な現象かも知れませんが。

[1477] 早めに訂正しとくと
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年3月9日 01時47分
> >高電位空間と高電子密度層って同じものなのでしょうか?
>
> 「単位電荷(電子のもつ電荷)当たりの電気的位置エネルギー自体を「電位」と呼ぶ。」らしいので、高電位を高電子密度と呼んでも、差し障りないのでしょう。NATROMさんの推測される、電子顕微鏡による影のイメージのような気がしますね。

違います。原文上げて欲しいですが、多分、彼は「electron dense space」
かなんかを「高電位空間」と誤読したのでしょう。それだと、ニュアンスが
全く違ってますが。

電子顕微鏡で、通常のポジティブ染色をすると、電子密度が高い部分(分子が
密に存在している場合 etc etc)が黒っぽく見えるのです。そういう部分
を指して、electron dense というんです。生命科学では、かなり基本的な
term ですが、Natrom さん?

高電位=高電子密度 が正しいかどうかは、物理屋さんか化学屋さんにおま
かせします。

[1478] Re: 早めに訂正しとくと
投稿者名: LucifeR
投稿日時: 2001年3月9日 08時40分
> 高電位=高電子密度 が正しいかどうかは、物理屋さんか化学屋さんにおま
> かせします。

そら高いエネルギー(電位)というのとそんな事は不問にうじゃうじゃ(密度)
てのは全然違いますね。えと、化学屋ですが?

 すみません、で、こっちからもバカな質問があるんですが、この分野のこの方面で
つかう電子顕微鏡ってどーゆー種類で(反射電子とか二次電子とか…電子密度が
高いところが暗いってことは透過電子?)、どういうサンプル(樹脂封止して
ミクロトームで削ぐのかな? それとも凍結系? まさかwet?)にどんな処理
する(××基に吸着する○○という薬剤で「染色」するとか…「ネガティブ」
てことは「ポジティブ」もあるのかな)んですか? サンプルは真空で乾いたり
ビームで焼けたりしないの? 

[1479] 電位と密度
投稿者名: LucifeR
投稿日時: 2001年3月9日 09時11分
>
> そら高いエネルギー(電位)というのとそんな事は不問にうじゃうじゃ(密度)
> てのは全然違いますね。えと、化学屋ですが?

 読み直したらはしょりすぎて不親切と思ったんで補足。

 電位てのは、乱暴には電圧と読替えてもいい言葉ですから、高電位、
ってことはそこに電子「だけ」アンバランスにいっぱいある状態なんかが
相当します(逆に足りなくてもいいわけですが)。

 高電子密度なら、電子さえ寄集まってればいいのですから、そこに
ナニカの原子核が存在して領域としてニュートラルでもいい、というか
電子同士の斥力があるから密度上げようとしたら陽電荷なしでは無理
なんじゃないですかね。つまり、これは相対的に原子番号の大きい原子が
集っていると上がるんじゃないですか?

[1480] Re: 電位と密度
投稿者名: NATROM
投稿日時: 2001年3月9日 12時53分
舞さん>原文上げて欲しいですが、多分、彼は「electron dense space」
舞さん>かなんかを「高電位空間」と誤読したのでしょう。それだと、ニュアンスが
舞さん>全く違ってますが。

竹内美継さんの挙げた文献は訳本なので、竹内美継さんは原文を読んでいない可能性があります。原書第2版とあるので原書かと思ったら、「原書第2版 細胞生物学」というタイトルの訳本でした。まぎらわしいです。

高電位空間と高電子密度層って多分違うものだろうって思っていましたが、自信ないので疑問文にしていました。LucifeRさんの説明で納得しました。この点について、竹内美継さん自身の解説が聞きたいですね。

[1481] Re: 電位と密度
投稿者名: wadja
投稿日時: 2001年3月10日 00時33分
>  高電子密度なら、電子さえ寄集まってればいいのですから、そこに
> ナニカの原子核が存在して領域としてニュートラルでもいい、というか
> 電子同士の斥力があるから密度上げようとしたら陽電荷なしでは無理
> なんじゃないですかね。

そうですね、原子核の存在なんてすっかり無視してました。「電子の偏った状態」=「電位の高い状態」と単純に解釈してました。やっぱ、素人ですね。

でも、電子の密度の偏りに限界があるとしても、静電気にみられるように、電位差は非常に大きくなることがあります(そのくせ電流=移動する電子の数はしれたもの)。この電位差って、電子顕微鏡の映像には少なからず影響があるものではないのですか?

[1482] 電顕が専門じゃないので
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年3月10日 01時32分
「生命科学の常識」程度しかお答えできませんが、

> つかう電子顕微鏡ってどーゆー種類で(反射電子とか二次電子とか…電子密度が
> 高いところが暗いってことは透過電子?)、どういうサンプル(樹脂封止して
> ミクロトームで削ぐのかな? それとも凍結系? まさかwet?)にどんな処理
> する(××基に吸着する○○という薬剤で「染色」するとか…「ネガティブ」
> てことは「ポジティブ」もあるのかな)んですか? サンプルは真空で乾いたり
> ビームで焼けたりしないの?

この場合は、透過型電顕の画像が議論されています。

サンプルは、通常グルタールアルデヒドのような架橋剤および四酸化オスミ
ニウム(だったかな)で固定し、原子番号の大きな元素(例えばウラニウム)
を吸着させて染色します(というかやったことないですが、、、)。
あとは、乾燥して樹脂に抱埋します。染色と抱埋の順序が逆かもしれません。
ビーム→当然焼けないようなエネルギーでやるのでしょう。

あと、生物系では、電位と言った場合、酸化還元電位について言っている
ことも多いです。

Luciferって、ゲーム関係のBBSで同じ名前の人を見ますが、同一
人物ですか?


 

[1483] Re: 電顕が専門じゃないので
投稿者名: LucifeR (ホームページ)
投稿日時: 2001年3月10日 12時24分
> この場合は、透過型電顕の画像が議論されています。


はい、イメージつかむには十分な情報でした。感謝します。
>四酸化オスミニウム(だったかな)で固定
のプロセスがまだ判んないんですが、これは調べられそうです。

 で、もう一つ確認させてください。説明して頂いたプロセスを経た
サンプルをTEMで眺めていたとすると、「高電子密度」な領域ってつまり

 ウラン染色剤等を吸着しやすいナニカがあった部位

で、細胞が生きているときに特に「高電子密度」だったとは限らないわけ
ですね?

> あと、生物系では、電位と言った場合、酸化還元電位について言っている
> ことも多いです。

 はあ、なるほど。さらにほじくるとすると、あと残りの可能性は泳動とか
でしょうか?

> Luciferって、ゲーム関係のBBSで同じ名前の人を見ますが、同一
> 人物ですか?

 末尾小文字や全大文字や2バイト字使用なら別人です。KAZUさんやTAKEさん
並の頻度で重複するので末尾大文字という小細工をしています。モバイル・PDA
とか宗教とかの話題でみかけたなら、まず私です。

[1484] Re: 電位と密度
投稿者名: LucifeR (ホームページ)
投稿日時: 2001年3月10日 12時31分
>
> でも、電子の密度の偏りに限界があるとしても、静電気にみられるように、電位差は非常に大きくなることがあります(そのくせ電流=移動する電子の数はしれたもの)。この電位差って、電子顕微鏡の映像には少なからず影響があるものではないのですか?

 はいはい、オオアリです。へたくそな奴が使うと、顕微鏡の電子線そのもので
サンプルが帯電して、ぴかぴかひかった像というか白くトんだ像になってしまい
ます。走査電顕(SEM)には、わざとそうすることで金属部を光らせるという
邪道技もあったりしますが。

[1485] Re: 電位と密度
投稿者名: セピア色
投稿日時: 2001年3月10日 21時03分
あなたの講釈はどうでも良いんだけど。
中心小体の話をやろう。
私、勘違いしていましたが、中心小体ってのは生物学で言われているのですね。ここは、謝罪します。
ところで、中心小体と創造論の関係が分からないのですが。

[1486] Re: 電顕が専門じゃないので
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年3月11日 01時20分
>  で、もう一つ確認させてください。説明して頂いたプロセスを経た
> サンプルをTEMで眺めていたとすると、「高電子密度」な領域ってつまり
>
>  ウラン染色剤等を吸着しやすいナニカがあった部位
>
> で、細胞が生きているときに特に「高電子密度」だったとは限らないわけ
> ですね?

そうでしょうね。ただ、そのナニカというのは、殆どネタが割れて
いるわけですね(脂質膜、核酸、たんぱくの凝集体、リボゾームの
ような密な構造物 etc)。まあ、白黒はかなり相対的なものだと
思います。


>  末尾小文字や全大文字や2バイト字使用なら別人です。KAZUさんやTAKEさん
> 並の頻度で重複するので末尾大文字という小細工をしています。モバイル・PDA
> とか宗教とかの話題でみかけたなら、まず私です。

なるほど。結構多く使われるハンドルだったんですね。

[1487] Re: 電位と密度
投稿者名: セヒア色
投稿日時: 2001年3月14日 01時28分
:ところで、中心小体と創造論の関係が分からないのですが。
返事がありませんね。
ま いいっか・・・

[1488] ネットTV
投稿者名: もしもし (ホームページ)
投稿日時: 2001年3月14日 17時54分
昨日たまたま見たページで
インターネトライヴをやっていました
まんだらけの番組で、意外と面白いでしたよ
今日は、書き込みをしてみます
でわホイナ・・・

[1489] 顔の科学(西原克成)より抜粋1
投稿者名: T8848
投稿日時: 2001年3月17日 00時32分
もう一つの掲示板に紹介されていた「追いつめられた進化論」の著者の著作が手許にありましたので、抜粋を紹介します。

顔の科学
第一部 顔の誕生
第3章 生物学の黎明期
●生物学の黎明期
前章で、脊椎動物の「五億年の旅」を見てきたが、この旅を、今後の生命科学の発展につなげ
る必要がある。そこで、あらためて生物学の歴史を振り返ってみたい。
なぜ、ラマルクやヘッケル、ルーなどの説いた正統な生物学が、ダーウィニズムというイデオ
ロギーに淘汰されたのか、どのようにして二〇世紀の生物学が暗黒の中世のようになってしまっ
たのかを考えてみたけれぱならない。
最初の蹟きは、ウォーレス(A.R.Wallace/1823-1913)が、マルサスの人口論から生存競争を進化
の原因として導入したことにある。つまりダーウィニズムは、はじめから杜会科学の発想にもと
づいていたのである。ラマルクの「用不用説」(八二頁参照)のように詳細な〃観察〃にもとづく
経験的法則性の体系、つまり自然科学の手法を執っていなかったのである。
それゆえにこの観念論は、マルクスのイデオロギーと同様に二〇世紀の人類を圧倒し、学間的
真実を伝えようとした者を抹殺したのである。この思想は、医学においては、原因療法から対症
療法への変換を余儀なくさせ、予防法を無視させ、限りなく疾患を増加させ、治療を著しく困難
にしたのである。
ダーウィニズムは、人類はこの地上で限りなく適応した者(適者)だと誤解したのである。「適
者生存」というのは、大いなる誤解だったのである。生存している動物を、人間の価値観で見て、
これは適者であると思い違いしたのである。
力学対応の末にたどりついた構造欠陥の多い人体を、地球環境に最も適応しているものだと誤
解すれば、スポーツをしすぎて病気になったり、休養中に口呼吸しながら眠るだけで、無呼吸か
ら免疫病にいたる障害を発症しても、医者のみならず生物学者までもが、その原因を理解するこ
とができなくなってしまうのである。
ニ一世紀の正しい生命科学の発展のためには、迷路に踏み込んで、観念論にしびれてしまった
人類の叡智を再び呼び醒まし、取り急ぎ正道に戻さたけれぽならない。二一世紀までにはわずか
に五年しか残っていない。この五年問に、約一〇〇年前まで正統に歩んできた、脊椎動物に関す
る生物学の叡智を取り戻す必要がある。
そのためには、埋もれてしまった正統な生物学の系譜を復活させることが急務である。

[1490] 顔の科学(西原克成)より抜粋2
投稿者名: T8848
投稿日時: 2001年3月17日 00時33分
第二部 進化論から進化学へ
第1章 形態変容の法則性
●ダーウィンの出現
ラマルクとキュヴィエは同時代人である。ダーウィンとウォーレスもまた同時代人であり、ヘ
ッケルが若い研究官として彼らに続く。
ダーウィンは、当初、ラマルクの「用不用説」を取り入れていた。いわばラマルクの直系だっ
たのである。一方、ヘッケルはゲーテとダーウィンに絶大な影響を受けている。
しかしダーウィンは前述のように、のちにウォーレスの説を借りて生物学界の表舞台に躍りで
て、それまで信奉していたラマルク=ゲーテ流の進化学を排して、「適者生存」と「自然淘汰」の
゛概念"をうちだすことになる。
さらに、ラマルキストには追い打ちをかけるように、"遺伝学"が確立されると、「突然変異」
による偶然による選択の考えが、ダーウインの説に加えられ、ネオ・ダーウイニズムが確立され
る。これによって、ヘッケルの考えさえも駆逐されることになったのである。
ところで、ダーウィニズムというのは巨大な"バベルの塔"と見ることができる。
かつてのマルキシズム(唯物論)がそうであったように、一種の゛宗教"のごとき様相を呈し
ている。宗教という言葉が適切でないのなら、それは゛イデオロギー"と呼ばれるものである。
ダーウィニズムは、人間中心主義の思想であり、人間を中心とした価値観を色濃く備えた用語が
多用されている。それは、目的論と予定調和説が巧みに科学の衣を装ったイデオロギーと見られ
る。
これには、ダーウィンが医者になるのを嫌って神学校で学んだことが、彼の思想形成に大きく
影響していると思われる。マルキシズムの優等生のスターリンが、貧しかった小児期に神学校で
学び、のちに自身を人格神として祀らせたイデオロギーによく似ているように思われる。
またそれは強固な゛価値観"であり、その価値観にもとづく゛権威"でもある。
今日でも生物学の世界において、ダーウィニズムに対する゛疑間"や゛異なる見解"をもとう
ものなら、学者の世界から抹殺される、という空気がある。
ダーウィニズムによってもたらされた「適者生存」「自然淘汰」「生存競争」という用語は、人
間中心主義の価値観と主観に満ちている。そこには、キリスト教社会から伝統を引きずっている
人間が設定した「目的論」が色濃く反映しているのである。つまり彼らの価値観にもとづく「善
・悪の判断」である。
自然は、こうした人間の都合に合わせて、みずからを構成しているわけではないのである。
生物は、前述のように外界に依存するものであるから、生存の条件を越えた環境では容易に滅ん
でしまうのである。しかし力学対応で、なんとか生き残ることもある。ここに自然淘汰がかか
るのであるが、この時に力学対応で生活様式が変わるため、生命の形も変化することになる。こ
れを進化と呼んでいるのである。
結論として、同じ遺伝子をもっていても、対応する術がわからなければ死滅するのである。そ
して゛生き残ったもの"のみを、人間の価値観で「適者」と見ることになる。またこの時に、生
き残って「形」が変わっても、基本的遺伝子は短期的には変化しないのである。従って、「適者
生存」は、生存できたもののみを、後の世の人間がそう定義したもので、たあいのない誤解にも
とずくものであったということになるのである。

[1491] 顔の科学(西原克成)より抜粋3
投稿者名: T8848
投稿日時: 2001年3月17日 00時34分
第二部 進化論から進化学へ
第4章 科学イデオロギーとの闘い
●ダーウィンの幻想
ダーウィンは、突然変異による自然淘汰ということを述べている。
実際の自然選択は、遺伝子発現の「時問差発現Heterochrony」の発現の際にかかってくるとい
うことであろう(Alberch)。
脊椎動物や昆虫では、遺伝子の塩基配列に起こる突然変異は、「奇形」と「分子病」のみが"表
現形"として生じ、あとは形質に現れずにマスクされてしまうことが多い。
もちろん人間においては、奇形は治療によって、標準型に近づけて育てられるし、分子病も遺
伝子治療によって、一部のものは不足部分を補うことができる。しかし人類以外の動物は、ここ
に自然選択がかかり死滅するのである。
この遺伝子発現の「時問差発現Heterochrony」というのは、酸素や水、栄養物質をはじめ、光
や重力など、エネルギーといわれるものすべてを含めた、広義の生体力学作用によって起こるも
ので、体細胞のある特定の遺伝子の゛発現の引き金"が引かれる時期に、゛時間的なズレ"が生
じ、このことが形態と機能に重大な影響を及ぼすことをいうものである。
このことからいうと、個体発生の時期と力学刺激の加わる時というのが極めてたいせつであ
る。刺激として、外界からの力学が作用する対象となる物質の゛物性"例えば軟骨・骨・筋肉組
織等も同じようにたいせつである。

[1492] 顔の科学(西原克成)より抜粋4
投稿者名: T8848
投稿日時: 2001年3月17日 00時35分
第二部 進化論から進化学へ
第4章 科学イデオロギーとの闘い
●適者生存という誤解
水棲のものが陸に上がれば、鰓呼吸は肺呼吸に移り、造血巣は腸管を離れて骨髄へ移る。そし
てこの一連の変化が遺伝現象に取り込まれる。水の中でオタマジャクシを産むサンシヨウウオ
も、水がなくなればオタマジャクシは胎内で過ごし、外鰓のない仔を産むことになるが、これも
細胞レベルにおける遺伝子発現による、タソパク質・核酸・酵素の産生の時期が、生体力学によ
る引き金の時間差で変化する(Heterochrony)ためである。
こうしてみると、前述のように実に単純なことが一〇〇年間かかっても解らなかったことにた
るのだが、なぜこのようなことが科学の世界で起こったのであろうか?
その答えは、ダーウィニズムにある。
「適者生存」によって生物は地球上に繁栄しているとするダーウィニズムでは、現在生存してい
る生き物を、勝手に「適者」だと思い込んでしまったのである。この人間の価値観の入っている
用語を、冷静に学問的に検討することなく用いて一五〇年が経過してしまったためである。この
考えは、生物・自然界を人間の価値観によって適当・不適当なものという考えから見るものであ
る。人間は全知全能ではないから、適者か不適者かは簡単にはわからない。この手の考え方で進
化を見ると「何のための適応であろうか?」という疑問がしぱしぱ生ずる。
進化は、適応という人間の価値観に従って起こっているのではないからである。力学対応のみ
で起こる現象を「適応」として誤解すれぱ、この尺度に合わない形態の変容はいたるところに出
てくる。つまり「大いなる誤解」を生ずるような、学問の世界では禁忌の用語から、成立してい
るのがネオ・ダーウィニズムの進化論なのである。
自然界には一部の食物連鎖を除いて、生存競争というのはほとんどないのである。多様な生物
種は巧みに「棲み分け」をしているからである。
このように西欧の人間中心主義にもとづく安易な目的論が、いまだに生命科学に横行している
のである。
生命現象はそのような目的論に従属することなく、自由な現象系として存在する。
生命現象は、物質の界面と界面で生ずる電気現象の自己創発的な反応系と考えることができる。
これはまた時間と空間とエネルギーとを一定期間、私的に占有する゛現象系"でもある。
こういうことを考えると、共産主義思想などは、生命存立の基本概念に低触するものであり、
このようた誤ったユートピア思想では、生命感の躍動する社会はとうてい望めそうにもない。
偏見の目をもって生命体を眺めることが、じつは生命の真の姿を隠してしまうことになる。生
命現象を、初心にかえってあるがままに観察することを、科学者はもう一度始める時にきている
ようだ。

[1493] Re: 中心小体は「生命体」である?
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年3月17日 20時34分
NATROM さん と wadja さんへ
しばらくお休みしていましたが今日から復帰いたしますので宜しくお願いいたします
「中心小体は生命体である」という実験について<3月7日00時46分にT8848さんから>質問がありましたが、私としては3月7日20時57分の「実験について」でお答えしたと思っておりました。故に、私も「高電位空間から中心小体が現出する」という現象が『中心小体が「生命体」であることを証明する実験』だとは思っておりません。重要な注目すべき現象だと考えております。

[1494] Re: 電位と密度
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年3月17日 21時40分
wadjaさん と 皆様へ

高電位空間、高電子密度についてはLucifeRさんの説明で皆様は納得されたようですので、それでいいかと思います。
「高電位空間」については未だ詳しいことは分かっていません。私が重要視しているのは「中心小体が現出する」という事実です。この「現出」がなされるためには情報があり、且つ、その情報がコントロールされなくてはならない。何故なら、中心小体には「形」があり、現出の「時期」があるからです。

[1495] Re: 電顕が専門じゃないので
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年3月17日 22時11分
<そうでしょうね。ただ、そのナニカというのは、殆どネタが割れて
いるわけですね(脂質膜、核酸、たんぱくの凝集体、リボゾームの
ような密な構造物 etc)。まあ、白黒はかなり相対的なものだと
思います。>

上記の舞さんの感想の「ネタ」についてですが、私は「割れていないネタ」=「記憶に関わる物質」と考えております。そして、この「物質」の存在を認識しております。

[1496] Re: 電位と密度
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年3月17日 22時58分
セピア色さんへ
「中心小体と創造論の関係が分からないのですが」との質問の返事が遅くなり申し訳ありません。貴方のこの質問にきっちりと答えなければならないと思いますがこの説明はとても長くなりそうなので、今回は以下の説明で了承してください。
1)「進化」は「簡単から複雑へ」という方向性がある。
2)あらゆる生命体は「細胞」からなる。
3)「細胞」は「原核細胞」と「真核細胞」に分けられている。
私は上記の三つの認識をしております。そして、これらの認識に基づき「進化」を考えると「中心小体」だけが残ったのです。

[1497] Re: 電位と密度
投稿者名: セピア色
投稿日時: 2001年3月18日 21時57分
> セピア色さんへ
> 「中心小体と創造論の関係が分からないのですが」との質問の返事が遅くなり申し訳ありません。貴方のこの質問にきっちりと答えなければならないと思いますがこの説明はとても長くなりそうなので、今回は以下の説明で了承してください。
> 1)「進化」は「簡単から複雑へ」という方向性がある。
> 2)あらゆる生命体は「細胞」からなる。
> 3)「細胞」は「原核細胞」と「真核細胞」に分けられている。
> 私は上記の三つの認識をしております。そして、これらの認識に基づき「進化」を考えると「中心小体」だけが残ったのです。


時間がかかること了承。さっき返信したつもりが、載ってないので、再度、お待ちしていますよっと。
やりましょうや。ここでお願い。自分の領域ばかりの主張は極力やめようねっと。やってもいいんだよ。でも、それだと私もわけわかめをアップせにゃならにゅ。

[1498] 中心小体と創造論との関係
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年3月19日 23時41分
セピア色さんへ
「生命は簡単から複雑へ進化した」という事を了承していただけたようですね。
少し乱暴ですが複雑から簡単へを下記に示します。
人間(複雑)=多細胞(真核細胞)生命体→単細胞(真核細胞)→原始真核細胞→
中心小体(類)→蛋白粒 (38億年前の原始の海にて誕生)
以上のような進化の流れを考えております。この表現で貴方に納得して頂けるとは
思いませんが貴方の意見も聞かせて下さい。その意見に対する反論、説明を通じて
納得して頂きたいと思っております。

[1499] 私の心脳同一論
投稿者名: 舞
投稿日時: 2001年3月20日 02時41分
最初に定義いたしますと、
「人間の心」は「人間の脳のニューロンの働き」に基く。とでもい
たします。あくまで、「人間の」心について、「物質か非物質か」、
という観点に限定することにいたします。その観点から言いますと、
機能論はこの際、関係ないと思われます。(ちなみに私も機能論
肯定派、ということになりますね)

>全く類比的な意味で「〜〜という心理状態(例えば怒り)は
>○○以下一連の神経の興奮状態である」を主張するというこ
>とになります。

現在の脳科学の立場から言いますと、精神活動の「素過程」のよ
うなものがありまして、それについては言い当てていると考えられ
ます。以下関連します。

>抽象的概念を含むような思考(例えば「三角形の内角の和は180度
>である」とか「メンデルの法則」とか)を対象にすると、どの個体
>でも全く同一のニューロンの発火パターンが対応しているかどうか
>は非常に疑問です。

ここには、非常に重要な論点が二つあります。

まず簡単な方から行きますと、例えば、血管の走行や、神経の走行は
おおむね人類共通ですが、一方で個人で variation がありまして、
必ず人によって少しずつ異なっています。当然、脳のニューロンのミ
クロ的に見た構築と分担している機能の関係というのも必ず個人差が
あるはずです。
それから、例えば、同じ数学の問題を解くのでも、人によって解き方
が違えば、当然関与するニューロンも異なるはずです。つまり、人に
より情報処理法が異なり、アウトプットは同じでも関与するニューロ
ンが異なるということは当然あり得ると思います。

「三角形の、、、」は大変興味深い問題です。例えば、三角形をイメ
ージするだけでも、さまざまな「素過程」がありまして、図形をイメ
ージするなら視覚野ならびに視覚連合野は最低関与すると思われます。
この中には、視覚記憶の retrieve や照合など、さまざまな「素過程」
があるでしょう。また、同時に「三角形ってどんなものだっけ?」とい
うようなことが想起されると、それこそ「内角の和は180度」という
ような「記憶」までも引き出されるかもしれません。とすると、側頭連
合野や前頭葉までも関与してくるでしょう。
今のところ、MRIやMEGの時間ならびに空間分解能では、これらの
ことを完全に解明するところまでは行ってませんが、それらを高めてい
くことにより、脳内の情報処理の「素過程」ならびに「それに対応する
ニューロンの活動」の仕組みはだんだん明らかになっていくと思います。

上記のことは仮説の部分もあります。
それから、ご承知のように「脳科学」は私の専門ではないので、一般の
生命科学屋の持つ常識程度のもの、という風に考えていただければ幸い
です。

[1500] Re: 私の心脳同一論
投稿者名: 竹内  美継
投稿日時: 2001年3月20日 11時46分
私の感想を述べさせていただきます。
確かに貴方の述べられている事は生命科学屋さんの常識ですね。
読後、同じ生命科学屋の養老猛司さんを思いだしました。

貴方の意見の基になっている「生物学」の解釈と私のそれとが異なっています。

>「人間の心」は「人間の脳のニューロンの働き」に基く。とでもいたします。

私は「心」の成立基盤は「記憶に関わる物質」であり、「人間の心」は「生命体の階層性」と関係があると考えております。

>、「人間の」心について、「物質か非物質か」、という観点に限定することにいたします。その観点から言いますと、機能論はこの際、関係ないと思われます。(ちなみに私も機能論肯定派、ということになりますね)

私は「物質」から生命が誕生したとかんがえております。そして、この「生命」を
結果として創造し、進化させた「物質」の属性に機能があると考えています。

>脳内の情報処理の「素過程」ならびに「それに対応する
ニューロンの活動」の仕組みはだんだん明らかになっていくと思います。

「素過程」という言葉を使われておられますが、現在の「生物学・物理学」程度の
物質観で「心」の情報処理の過程など明らかになるとは思いません。

貴方は「ニューロン」と言う言葉を使われておられますが「細胞が生命の最小基本単位」と考えておられるのですか?

舞さんにお願いがあります。
以前舞さんは「哲学的議論はしない」というような事を書かれていましたが、
この言葉は撤回してください。
「真実とは何か」「人間とは、自分とは何か」「人はどのようにして生きるべきか」を考えるだけで人は哲学者なのですから。

掲示板開発&提供:ネオシティ (ツリー掲示板レンタルサービス)