進化論と創造論についてのツリー式掲示板

ダーウィンの進化論、聖書による創造科学(科学的創造論)について、または科学と疑似科学について、なんでもご意見、ご感想、ご質問をどうぞ。進化論を否定するための主張も別に書き込みを禁止していません。


[900] Re:適応度など
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 10時34分
少子化は自然淘汰説の反証か(3)の適応度と人の行動と遺伝子を参照してください。

それと、前にも書きましたが、数十年前から見られる少子化という現象に遺伝的影響が0だとしたら「進化と人間行動」というような学問の価値が大きく減ることになると思います。

[901] Re: 生物の定義
投稿者  : あき

投稿日時: 2000年6月28日 10時34分
はじめまして。(舞い戻った)通りすがりの者さん。

RNAウイルスの本体はRNAでありRNAは物質です。それならば、全ての生物は
物質で構成されているのでやはり物質であるといえます。
こう考えると生物の本質は「現象」といえるでしょう。
現象が非科学的でしたら、物質の物理的あるいは化学的変化と言い換えても
いいかもしれません。

>それはともかく、自分のイメージとしては、複製という場合にも、
>その主体が、自己にあるのか他にあるのかに、こだわってしまい
>ます。

主体とはどういう意味でしょうか?ウイルスが増殖する原因はウイルスに起因
しています。設備がないためホストのものを利用しているだけです。

[902] Re:少子化が遺伝的要因0だとしたら、、、
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 10時38分
>私は目に見えるような大きさあるいは関係ではないと思うのですが、JA50さんは目に見えるような形での関与を主張なさる。その根拠が今いちよく分かりません。もう一度、説明していただけませんか?

少子化というのが適応度そのものを大きく減ずる形質だからです。
そういうものに遺伝的影響が0(あるいは0に近い)としたら、自然淘汰説自体の否定だと考えます。
自然淘汰説は、桶屋が儲かる式の説明をしばしばします。
そういうものでさえ通るのに、少子化というような適応度に直接関係する形質に自然淘汰説が無力だとしたら、自然淘汰説の価値はどこにあるのかと思うのです。

[903] Re:少子化傾向に遺伝子による影響が0だとしたら
投稿者  : NATROM

投稿日時: 2000年6月28日 10時41分
>少子化傾向は自然選択説の反証かどうかというだけじゃなく、動物行動学そのものの存在さえ疑問になってしまわないでしょうか。

ヒトは文化の影響を受けますので、動物行動学が疑問になるわけではなく、ヒトの行動がどこまで動物行動学で説明可能か、という問題になります。もし仮に、ヒトの行動がまったく遺伝的な影響を受けていなくても、それは単にヒトがきわめて特殊な動物であることを示すだけであり、動物行動学が疑問になるわけではありません。

現実的には、ヒトもまた進化の産物であり、進化を考慮した動物行動学で説明可能である部分もあるでしょう。ただし、説明可能でない部分も確かに存在します。自殺や実子殺しは少数であるが故の例外ともみなせますが、避妊手段はどうでしょうか。

自殺や実子殺しや避妊手段が実はダーウィン適応的である可能性もあります。が、その説明は「竹内久美子」的なトンデモになるでしょう。実をいうのなら、少子化遺伝子が存在すると仮定しての私の説明(かつて少子化遺伝子が適応的であった環境にヒトはささらされたのだ)も「竹内久美子」的トンデモなのです。本来なら、適応の話をする前に、少子化が確かに遺伝的な背景があることを示さなければなりません。いろんな検証手段が考えられますが、多分少子化の遺伝的背景を示すことは困難でしょう。

[904] Re:将来のことは自然淘汰は盲目
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 10時43分
>少子化遺伝子が存在すると仮定して話を進めます。

少子化という現象に遺伝的影響が0だとしたら、これも自然淘汰説には致命的じゃないでしょうか。
この問題についてNATROMさんはどう思われますか?

>確かに、ここ十数年における現代社会では「3人程度産み育てる対立遺伝子」が明らかに適応的でしょう。しかし、自然選択は「将来適応的になるから」という理由で選択を行いません。自然選択を問題にするのであれば、現代日本ではなく、かつてヒトがさらされてきた環境を問題にすべきです。

言われるとおりです。
自然淘汰は過去しか見ていない。そしてそれを今に適用している。
将来には盲目です。

少子化という現象を説明するのに、将来、このままでは環境が劣悪になるだろうから、今子供を産むのを控えているのだというのは説明にならない。

じゃ、過去において、少子化という形質は適応的だったのだろうか、問題はこれだと思います。
少子化という形質が、どういう環境で適応的だったのか、それが現代の少子化現象を説明できるのかどうか。

[905] Re:孫
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 11時01分
>孫の生まれる確率まで考えましたか?
>優秀な子供は結婚できても、ぼんくらが育てば孫はできないかも知れないですよね?

これは当然、考えたようです。
「進化と人間行動」の私は引用した部分の後に、これについて書かれています。
(1)で引用した次から引用します。

P226
 自ら適応度を下げようとする動物はいないと考えられるので、このことには、別の意味があるのではないかと考えられてきました。その一つは、社会が複雑化し、高度な技術を要する仕事が増えてさまざまな分業が生じるようになると、子の数自体は少なくし、それぞれの子にたくさんの教育をほどこし、高度な技術をつけさせた方が、結局は繁殖成功度が上がるのではないかという考えです。
 そこで、それを検証するために、子に高度な教育を施し、専門的な技術を身につけさせた方が、そうでないときに比べて孫の数が増えるかどうかを調べてみました。その結果、そういうわけでもなかったのです。高度な教育と専門技術を身につけさせた子は、そうでない子よりも収入は上がりますが、そのことは、孫の数の上昇にはつながっていませんでした。現代の高度工業化社会に住んでいる人々が、生物学的な適応度の最大化を行っていないように見えることについて、それが進化的に意味のあることなのか、それとも、まったく新しい事態に対する不適応的な反応なのかについては、多くの議論が行われています(Borgerhoff Mulder,1998)。

[906] Re:孫
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月28日 11時22分

> 現代の高度工業化社会に住んでいる人々が、生物学的な適応度の最大化を行っていないように見えることについて、それが進化的に意味のあることなのか、それとも、まったく新しい事態に対する不適応的な反応なのかについては、多くの議論が行われています

これが全ての結論だと思うのですが?
議論中である。研究中である。ということですよね?

[907] Re:少子化が遺伝的要因0だとしたら、、、
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月28日 11時24分
>少子化というのが適応度そのものを大きく減ずる形質だからです。

結局ここなんですよ。議論の中心は。
JA50さんはそう断言なさいますが、私にはそうは思えない。
「少子化というのが適応度そのものを大きく減ずる形質」とは思えないのです。

[908] Re:適応度など
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月28日 11時30分
>「生存率×繁殖率」という値は純増加率であり、それぞれのタイプについてこれを計算し、集団全体の値で相対化したものを適応度と呼びます。

この後半の部分を無視していないですか?この問題は人類全体で考える必要がないですか?
また、出生率=繁殖率かどうかについては、どこかに説明がありましたでしょうか?

細菌だって、限られた環境では増殖しなくなります。
それは少子化遺伝子の形質が発現したからですか?



[909] Re:人は特殊である、避妊など
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 11時37分
>それは単にヒトがきわめて特殊な動物であることを示すだけであり、動物行動学が疑問になるわけではありません。

ヒトも進化の産物だ。
そう言っておりながら、ヒトは特殊な例であり理論の例外だという修正を行うのはアド・ホックなやり方だと思います。
ポパーに言わせると、仮説の修正は、それが反証可能性を増大させるときだけに許すべきだそうです。ヒトは特殊であり、例外だという修正は、反証可能性を増大させません。

>自殺や実子殺しは少数であるが故の例外ともみなせますが、
>避妊手段はどうでしょうか。

自殺は、その多くが例外とするしかないと思います。
中には、包括適応度を上げるための自殺もあるでしょうが、多くが例外、つまり本来適応的な行動が異常に出たというものだと思います。
実子殺しも同じでしょう。
同じ環境下では実子殺しよりも継子殺しの方が多いはずだという仮説は検証されているみたいだし。

避妊は、K淘汰だということで説明可能じゃないでしょうか。
繁殖率を下げても少数の子を確実に成長させることで、適応度を最大化しているのだと。

問題は、繁殖率が2以下の時です。
0とか1とかのときは、成長率が100%でも、確実に自分の遺伝子はその集団中より減ることになります。

動物行動学で研究されている動物行動の遺伝子が確認されているのは希です。
多くが、たぶん遺伝的背景があるはずだということで自然選択による仮説をあれこれ立て検証されている。
もし、「遺伝的な背景があることを示さないといけない」という前提が必要なものなら、動物行動学の手足を縛ることになると思いますが。

[910] Re:適応度など
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 11時44分
>この後半の部分を無視していないですか?この問題は人類全体で考える必要がないですか?

かっこ内を見てください。
相対値にするかどうかですので、同じことだと思うのですが。

>また、出生率=繁殖率かどうかについては、どこかに説明がありましたでしょうか?

「進化と人間行動」の本にはなかったと思います。
人間においては出生率と言うようですが、牛や馬など動物の繁殖率と同じことだと思います。

>細菌だって、限られた環境では増殖しなくなります。
>それは少子化遺伝子の形質が発現したからですか?

最近は無性生殖ですので、有性生殖の場合の2以下とは1以下ということになります。

それと、現代の日本社会の環境が、細菌が繁殖できないという過酷な環境に当たるでしょうか。
まだまだ繁殖できるのにしようとしていない、これが問題なんです。
細菌が繁殖できる環境にいるのに繁殖しないとしたら、おかしいのじゃありませんか。
今の少子化現象はそういう現象じゃないのかということなんですが。

[911] Re: 生物の定義
投稿者  : へち

投稿日時: 2000年6月28日 12時40分
>>自分だけでは複製できない微生物もここから外れてしまう。
>
>これは何のことですか?

舌足らずで申し訳ありません。
Aという種とBという種を別々に培養すると増殖しないが、両者を混ぜて培養することによって初めて増殖をはじめる、といった例があります。

[912] Re:適応度
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 13時16分
>結局ここなんですよ。議論の中心は。
>JA50さんはそう断言なさいますが、私にはそうは思えない。
>「少子化というのが適応度そのものを大きく減ずる形質」とは思えないのです。

適応度=繁殖率×成長率
この定義による適応度は増加率と同じです。
このように適応度とはどれほど多く増加するかというのを数値化してだけです。
そして少子化とは、減少しているという現象です。
つまり、少子化とは適応度そのものに直接的に関係している。

メスをうまく獲得できるか、早く走れるか、首が長いかなどというような間接的に適応度に影響する形質じゃなく、直接的に適応度に関係している形質です。

[913] Re:将来のことは自然淘汰は盲目
投稿者  : NATROM

投稿日時: 2000年6月28日 13時52分
>>少子化遺伝子が存在すると仮定して話を進めます。
>
>少子化という現象に遺伝的影響が0だとしたら、これも自然淘汰説には致命的じゃないでしょうか。
>この問題についてNATROMさんはどう思われますか?

かりに少子化という現象に遺伝的影響が0だとしても、自然淘汰説に致命的であるとは思いません。自殺という現象に遺伝的影響が0だとしても、自然淘汰説に致命的ではないのと同様です。

>少子化という現象を説明するのに、将来、このままでは環境が劣悪になるだろうから、今子供を産むのを控えているのだというのは説明にならない。

少子化遺伝子があるとしたら、「将来、このままでは環境が劣悪になるだろうから」子をつくるのを控えているのではないでしょう。「今現在、環境が劣悪だから」子をつくるのを控えているのです。将来育てうる子どもの数を最大化するために「ちょうどよい子供の数」が2以下になる環境はないのでしょうか。

「ちょうどよい子供の数」が2以下である状況は(理論上は)ありえるだろう、というのが私の考えです。ただし、ありえるとあるは違うものです。かつて、「ちょうどよい子供の数が2以下である」環境にヒトがさらされてきたと示唆する証拠がもしあれば、現代社会の少子化も遺伝的な影響を強く受けていると私は考えたでしょう。しかし、実際はそのような証拠はないから、現代社会の少子化は環境要因が強いと結論しました。


[914] Re:将来のことは自然淘汰は盲目
投稿者  : NATROM

投稿日時: 2000年6月28日 13時53分
>じゃ、過去において、少子化という形質は適応的だったのだろうか、問題はこれだと思います。
>少子化という形質が、どういう環境で適応的だったのか、それが現代の少子化現象を説明できるのかどうか。

少子化という形質が適応的だった環境は理論上はありえるが、現実のヒト集団は進化の過程でそのような環境にはおそらくさらされなかった。過去においても(そして現在でも)、少子化は適応的ではありえない。よって、ダーウィン淘汰では現代の少子化現象は説明できない。

将来もし少子化の遺伝的関与が強いことが証明されれば、「かつてヒトは少子化が有利だった環境にはさらされていなかった」という説、あるいは単に自然選択説の反証になるでしょう。

[915] Re:人は特殊である、避妊など
投稿者  : NATROM

投稿日時: 2000年6月28日 14時15分
>ヒトも進化の産物だ。
>そう言っておりながら、ヒトは特殊な例であり理論の例外だという修正を行うのはアド・ホックなやり方だと思います。

「この地上で、唯一われわれだけが、利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できるのである」(利己的な遺伝子P321)

ドーキンスの言うようにヒトだけが唯一かどうかは(チンパンジーにだった文化はある!)不明ではありますが、ヒトがいかなる動物よりも強く文化的な影響を受けていることは間違いないと思います。人におけるどの現象にどのくらいの遺伝的あるいは文化的な影響を受けているのかを考慮することは、アドホックでしょうか?少子化という現象には遺伝的な影響はないか、あるいは非常に少ないはずだと考えるべき理由は説明しました。「人のあらゆる行動に遺伝的な影響があるはずだ」としてしまうと、「竹内久美子的トンデモ」におちいります。

>避妊は、K淘汰だということで説明可能じゃないでしょうか。
>繁殖率を下げても少数の子を確実に成長させることで、適応度を最大化しているのだと。

避妊が適応的な行動であるのなら、性交それ自体を止めればすむことです。性交にだってコストがかかりますから。

>問題は、繁殖率が2以下の時です。
>0とか1とかのときは、成長率が100%でも、確実に自分の遺伝子はその集団中より減ることになります。

違います。集団の大きさが不変であると仮定したときにのみ、その論法は成立します。子どもを1人しか産まない戦略は、集団全体の次世代の個体数が半分以下になる場合は、相対的に集団内の頻度を増やします。もちろん、「常に」子どもを1人しか産まない戦略は成功しませんが、「普段は産めるだけ産むが劣悪な環境下では多数の子どもを産むというリスクの高い戦略をとらずに少子化作戦をとる」という遺伝子は成功するでしょう。


[916] Re:人は特殊である、避妊など
投稿者  : NATROM

投稿日時: 2000年6月28日 14時27分
>動物行動学で研究されている動物行動の遺伝子が確認されているのは希です。
>多くが、たぶん遺伝的背景があるはずだということで自然選択による仮説をあれこれ立て検証されている。
>もし、「遺伝的な背景があることを示さないといけない」という前提が必要なものなら、動物行動学の手足を縛ることになると思いますが。

この件については、私の間違いです。JA50さんの方が正しい。

「本来なら、適応の話をする前に、少子化が確かに遺伝的な背景があることを示さなければなりません。」

というのは撤回します。



[917] Re:人は特殊である、避妊など
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 14時43分
>「この地上で、唯一われわれだけが、利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できるのである」(利己的な遺伝子P321)

ヒトだけが利己的遺伝子へ反逆できるというのはドーキンスというある一匹の裸のサルによる、裸のサルへのひいき目じゃないでしょうか、、、(^^)

>避妊が適応的な行動であるのなら、性交それ自体を止めればすむことです。性交にだってコストがかかりますから。

これを言い出すと、全ての行動について文句を言うことができます。
例えば、有性生殖それ自体止めて、単性生殖になればすむ。
しかし、そうならないのは、それ自体に適応的な意味があるからだというのが動物行動学なんじゃないですか。
なぜヒトは繁殖期以外にも性交するのか、これも動物行動学の大テーマじゃないですか。


>違います。集団の大きさが不変であると仮定したときにのみ、その論法は成立します。子どもを1人しか産まない戦略は、集団全体の次世代の個体数が半分以下になる場合は、相対的に集団内の頻度を増やします。もちろん、「常に」子どもを1人しか産まない戦略は成功しませんが、「普段は産めるだけ産むが劣悪な環境下では多数の子どもを産むというリスクの高い戦略をとらずに少子化作戦をとる」という遺伝子は成功するでしょう。

不適応的な形質が増えないのは、他の適応的な形質との競争に負けるからですよね?
少子化という形質は、3人とか4人とかの子を産む形質に負けるのじゃありませんか。
ですから、少子化という形質が集団中に多数を占めている状態は、進化的に不安定のはずです。
にもかかわらず現在そうなっているのは、反証となると思います。
これが反証にならないとしたら、いったい何が自然選択説の反証になり得るのかとさえ思います。

[918] Re:将来のことは自然淘汰は盲目
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 14時49分
>「今現在、環境が劣悪だから」子をつくるのを控えているのです。将来育てうる子どもの
>数を最大化するために「ちょうどよい子供の数」が2以下になる環境はないのでしょうか。

これには反論できます。
現在の日本やヨーロッパなど少子化している国々より、環境がより劣悪だと思われる東南アジア、南米などの方が人口増加率が高いのはなぜでしょう。

>かつて、「ちょうどよい子供の数が2以下である」環境にヒトがさらされて
>きたと示唆する証拠がもしあれば

これは私も最初から考えていました。
しかし、どうしてもそういう環境というのを思い浮かばないんです。
一時的に少子化するというのはいくらでもありますが、それが長期間(つまり個体の寿命を超える期間)続くというのが。

[919] Re: 生物の定義
投稿者  : 識

投稿日時: 2000年6月28日 15時08分
私は「ウイルスは生物ではない」方向で話をすすめます。

>>ちょっと生物の持つ重要な性質について整理してみました。
>>1.複製する
>>2.他の生物に頼らず複製できる
>>3.代謝をしている
>>4.膜によって外界と隔てられている
>>5.DNA(RNA)を持つ
>>こんなところでしょうか?他にありますか? 
>
>5は必須なんですか?宇宙生命体などで、核酸を持たないものも想像されていますし。

では、「(遺伝)情報を保持する構造を持つ」ではいかがでしょう。

>2は微妙ですね。ウイルスを除外するための定義のような印象ですが。
>動物は植物なしに生きることも繁殖することもできませんから、ここから外れるのでは?

こちらはまず、複製の定義をきめておきましょう。
複製とは、「複数の膜の内部に、同じ(近似の)情報を分配する」です。
その上で、2を「情報を膜の内部に留めたまま、複製を行う」とします。
ここまで厳密にすれば、細胞内で膜(殻)を脱ぐウイルスは除外できます。
#ただ、この定義ではミトコンドリアや葉緑体も生物になりますけど。


[920] Re:人は特殊である、避妊など
投稿者  : NATROM

投稿日時: 2000年6月28日 15時40分
>>避妊が適応的な行動であるのなら、性交それ自体を止めればすむことです。性交にだってコストがかかりますから。
>これを言い出すと、全ての行動について文句を言うことができます。

ですので、進化論的に説明できる行動がどこまでなのかを見極める必要があるのだと言ってます。自殺については、おそらく進化論的には説明できないという点では同意できました。避妊や少子化についても、進化論的には説明できない行動である可能性を考慮すべきです。


>不適応的な形質が増えないのは、他の適応的な形質との競争に負けるからですよね?

その通りです。

>少子化という形質は、3人とか4人とかの子を産む形質に負けるのじゃありませんか。

常に少子化という形質が多数の子を産む形質に負けるわけではない、と私は言いたいのです。劣悪な環境下であれば、少子化という形質が有利になることはありえます。なぜなら、最終的に育て上げられる子どもの数は、少子化戦略の方が多くなるからです。

「環境が劣悪なら産む子どもの数を減らせ!環境が良好なら産む子どもの数を増やせ」

という戦略は常に多数の子どもを産む戦略より有利ではないですか?劣悪な環境であれば最適な子供の数が2以下であることもありえます。

[921] Re:人は特殊である、避妊など
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 15時53分
>ですので、進化論的に説明できる行動がどこまでなのかを見極める必要があるのだと言ってます。

こういう修正を許すと、反論されると常にそれは自分の守備範囲ではないと言い逃れることができます。
なぜ守備範囲ではないのかという客観的な根拠を示す必要があると思います。
子供をいくら作るかというのは、自然選択上非常に重要な部分です。
それなのに、少子化という現象を自然選択の範囲ではないとする根拠は?

>常に少子化という形質が多数の子を産む形質に負けるわけではない、と私は言いたいのです。

これは分かっています。
その通りです。

>劣悪な環境下であれば、少子化という形質が有利になることはありえます。なぜなら、最終的に育て上げられる子どもの数は、少
>子化戦略の方が多くなるからです。

これが正しいとすると、日本やヨーロッパ諸国の環境が、人口増加率の高い東南アジアや中南米より劣悪だということになりますね。
どこが劣悪かを示さないといけないのじゃないでしょうか?

それと何度も言っていることですが、長期間、明らかに自分の遺伝的子孫が減少するように行動するという適応的意味とはいったい何でしょうか?
これが不思議でならないのです。
生物は適応度を最大化するように行動する、これは動物行動学の大原則です。
この原則が成り立たないとしたら、動物行動学がいままでなしてきた多数の主張は根本から崩れるのではないでしょうか。

話が変わりますが、面白くなってきましたね。
こうでなくっちゃ。

[922] Re:将来のことは自然淘汰は盲目
投稿者  : NATROM

投稿日時: 2000年6月28日 15時56分
>>「今現在、環境が劣悪だから」子をつくるのを控えているのです。将来育てうる子どもの
>>数を最大化するために「ちょうどよい子供の数」が2以下になる環境はないのでしょうか。
>
>これには反論できます。
>現在の日本やヨーロッパなど少子化している国々より、環境がより劣悪だと思われる東南アジア、南米などの方が人口増加率が高いのはなぜでしょう。

東南アジアの方が人口増加率が高いのは、現代日本での少子化が、適応的な行動でなく、ダーウィン適応での説明の外にあるからでしょう。もし、人口過密地域でさらに少子化が顕著であれば、私は「なるほど、現代日本での少子化もダーウィン適応の範囲内で説明可能化もしれない」と考えたでしょう。少子化遺伝子がかつて適応的であったために選択されたという可能性は「理論上」あったけれども、実はそうではないというだけです。


[923] Re:将来のことは自然淘汰は盲目
投稿者  : NATROM

投稿日時: 2000年6月28日 15時57分
>>かつて、「ちょうどよい子供の数が2以下である」環境にヒトがさらされて
>>きたと示唆する証拠
>どうしてもそういう環境というのを思い浮かばないんです。
>一時的に少子化するというのはいくらでもありますが、それが長期間(つまり個体の寿命を超える期間)続くというのが。

JA50さんの言う通りです。「ちょうどよい子供の数が2以下である」環境は(理論上はありえるけれども)考えにくいのです。よって、「現実には少子化遺伝子はヒト集団では選択されなかったであろう」→「現代日本の少子化は、遺伝的な要因では起こっていないだろう」というのが私の考えです。

JA50さんの混乱は、「現代日本の少子化に遺伝的な影響が存在する」という仮説が無条件に正しいとしたところです。むしろ、自然選択説にのっとれば、その仮定はおそらく誤りであろうと予測できます。困難ではありますが、この仮説は検証可能です。もしこの仮説が正しいことが将来検証されれば、自然選択説の反証になりえます(厳密にはヒトの祖先集団のいた環境について見直しをするのが先であろうが)。

[924] Re:ということは
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 16時21分
少子化とう現象が遺伝が関与しているかという問題にまたなってしまうんですが、これはまた他で、、、

>JA50さんの混乱は、「現代日本の少子化に遺伝的な影響が存在する」という仮説が無条件に正しいとしたところ
>です。むしろ、自然選択説にのっとれば、その仮定はおそらく誤りであろうと予測できます。困難ではあります
>が、この仮説は検証可能です。もしこの仮説が正しいことが将来検証されれば、自然選択説の反証になりえます

ということは、もし少子化という現象に遺伝が関与していると証明できたら、少子化という現象は、自然選択説の反証だということになりますね。

ある親が子をいくら産んだかという数と、その子が子をいくら産んだかというのが相関するかどうか、、、
(あ、これは孫の問題になるのかな、そうだとすると既に検証済だが、、、)
さらに、これに環境が関与しているかどうかを見るために、双子で調べるとか、いろいろ考えられますね。

誰かやってないかしら、、、

[925] Re:適応度など
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月28日 18時00分
>>この後半の部分を無視していないですか?この問題は人類全体で考える必要がないですか?
>
>かっこ内を見てください。
>相対値にするかどうかですので、同じことだと思うのですが。
あの本で述べるような問題では、あのように簡略化しても良い、という意味だと思うのですが。
別の問題を論じる場合は、基本に戻るべきでしょう。
>
>>また、出生率=繁殖率かどうかについては、どこかに説明がありましたでしょうか?
>
>「進化と人間行動」の本にはなかったと思います。
>人間においては出生率と言うようですが、牛や馬など動物の繁殖率と同じことだと思います。
違うんじゃないですか?

>それと、現代の日本社会の環境が、細菌が繁殖できないという過酷な環境に当たるでしょうか。
当たるんじゃないですか?これ以上繁殖したら環境は崩壊するでしょうから。
細菌には知性がありませんが、人は知性でその危険を察知しているとも言える。
>まだまだ繁殖できるのにしようとしていない、これが問題なんです。
>細菌が繁殖できる環境にいるのに繁殖しないとしたら、おかしいのじゃありませんか。
>今の少子化現象はそういう現象じゃないのかということなんですが。
ということで、私はおかしくないと思いますが。

[926] Re:ということは
投稿者  : へち

投稿日時: 2000年6月28日 18時20分
>>JA50さんの混乱は、「現代日本の少子化に遺伝的な影響が存在する」という仮説が無条件に正しいとしたところ
>>です。むしろ、自然選択説にのっとれば、その仮定はおそらく誤りであろうと予測できます。困難ではあります
>>が、この仮説は検証可能です。もしこの仮説が正しいことが将来検証されれば、自然選択説の反証になりえます
>
>ということは、もし少子化という現象に遺伝が関与していると証明できたら、少子化という現象は、自然選択説の反証だということになりますね。

ならないと思います。
一度自然選択の定義[862]に戻ってみましょう。
「・・・生存や繁殖に有利な変異が集団の中にだんだんと広まっていく」
とあります。ここで注目したいのは「広まっていく」ということです。
仮に少子化という現象に遺伝が関与していたとしても、少子化遺伝子が集団中に広まっていくことが証明されないと自然選択説の反証にはならないでしょう。
一応言っておきますが、少子化遺伝子が減少しても環境の変動で少子化が進むことはあります。

[927] Re:ということは
投稿者  : NATROM

投稿日時: 2000年6月28日 18時37分
>ということは、もし少子化という現象に遺伝が関与していると証明できたら、少子化という現象は、自然選択説の反証だということになりますね。
>
>ある親が子をいくら産んだかという数と、その子が子をいくら産んだかというのが相関するかどうか、、、
>(あ、これは孫の問題になるのかな、そうだとすると既に検証済だが、、、)
>さらに、これに環境が関与しているかどうかを見るために、双子で調べるとか、いろいろ考えられますね。
>
>誰かやってないかしら、、、

より正確には、もし少子化という現象に遺伝が関与していると証明できたら、「かつて少子化遺伝子が適応的であった環境にヒトの集団はさらされていた」という仮説を受け入れるか、「少子化遺伝子は自然選択説の例外である」とするかどちらかでしょう。前者はアドホックな感じもしますが。

親の子を産んだ数とその子が孫を産んだ数の相関では、環境因子を排除できていないので、それだけでは少子化に遺伝が関与することの証明にはならんでしょう。例えば、高学歴という環境因子が少子化に影響していたときに、高学歴の親をもつ子どもが高学歴になりやすいのならば、少子化に遺伝が関与しなくても親の子を産んだ数とその子が孫を産んだ数の相関が生じます。


[928] Re:集団中に広まったから特殊合計出産率が2を切っている
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 18時43分
少子化という形質(この形質の一部は遺伝するという前提をしています、そうでないと動物行動学の範疇に入らない)が集団中に優勢となったから、少子化という現象が統計上でも見られるのじゃないですか。

少子化遺伝子という具体的な遺伝子があるかどうかは分かりません。
そういう具体的遺伝子があるとかないとかを前提に話しているのではないのです。
ここのところを分かってください。

美人顔を判定する遺伝子など実際にはない可能性が強い。
しかし、動物行動学では、美人とは平均顔であり、なぜ平均顔を美しいと感じるのかは、平均顔が健康のシンボルだからだそれを選ぶのが適応的なためだ云々というような研究があります。
こういう検証手段を動物行動学からとれば、動物行動学自体の価値は大きく下がるでしょう。

それから、環境によって行動が影響されるのは当然です。
しかし、一部それが遺伝による。
一部遺伝によるとしたら、それは自然淘汰説で説明できないといけない。
説明できないとしたら、それは反証になる。

[929] Re:出生率と繁殖率
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 18時47分
>違うんじゃないですか?

繁殖率とはその動物個体が一生涯にどれほど子を産むかです。
それをその動物の平均と比較するか、それとも絶対値するかは、数学的な操作に過ぎず、言っていることは同じです。

私は、出生率とはヒトが一生涯にどれほど子を産むかだと思いますが、クリスさんは出生率をどのように定義しているのでしょう。

[930] Re:仮説
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 18時53分
>「かつて少子化遺伝子が適応的で
>あった環境にヒトの集団はさらされていた」という仮説を受け入れるか、「少子化遺伝子は自然選択説の例外で
>ある」とするかどちらかでしょう。前者はアドホックな感じもしますが。

私は後者の方こそアドホックだと思います。だって、例外という言い訳はこの場合でしか成り立たない仮説だもの。
例外だと言うときには、なぜ例外なのかという原則を示さないといけない。そしてその原則が反証可能性を増大させるものでないといけない。
これはかなりきついですよ。

問題は前者で、以前、少子化遺伝子が適応的であったという環境とはいったいどのようなものでしょう?
私が少子化という問題があることに気づいてから、これが不思議で不思議で、、、

[931] Re:人は特殊である、避妊など
投稿者  : NATROM

投稿日時: 2000年6月28日 19時04分
>こういう修正を許すと、反論されると常にそれは自分の守備範囲ではないと言い逃れることができます。
>なぜ守備範囲ではないのかという客観的な根拠を示す必要があると思います。

少子化がダーウィン淘汰とは関係ないと考える理由は、

1)かつてヒト集団がおかれた環境について特殊な仮定が必要になる
2)東南アジア等で少子化が起きていない理由を説明できない

です。加えて人の社会行動で適応的でないものなどゴマンとあるからです。「生命の起源を進化の問題に含めない」というのは言い逃れではなく、進化の守備範囲を把握した結果です。「現代社会における少子化をダーウィン淘汰の問題に含めない」というのも同様です。「人の行動のすべてをダーウィン淘汰で説明することはできない」のは同意してくださると思います。「では人の行動のいったいどこまでがダーウィン淘汰で説明可能なのか?」という問いは妥当であり、言い逃れではありません。

>子供をいくら作るかというのは、自然選択上非常に重要な部分です。
>それなのに、少子化という現象を自然選択の範囲ではないとする根拠は?

上記しました。避妊も一見自然選択上重要な部分に見えます。かつて避妊手段がなかったころに性欲が進化したので、人は適応的でなくても避妊行動をとるのです。避妊行動がK淘汰によって選択されたと主張するのであれば、かつて避妊行動を行う個体は、避妊行動を行わないライバルの個体より成功したと考えなくてはなりません。妥当な仮説でしょうか?


[932] Re:人は特殊である、避妊など
投稿者  : NATROM

投稿日時: 2000年6月28日 19時07分
>これが正しいとすると、日本やヨーロッパ諸国の環境が、人口増加率の高い東南アジアや中南米より劣悪だということになりますね。
>どこが劣悪かを示さないといけないのじゃないでしょうか?

もし「ヒトの歴史上で劣悪な環境があり、そのときに少子化遺伝子が選択された」という説が正しいとすると、「日本の環境が、東南アジアより劣悪だということになります」。実際は、日本の環境は東南アジアよりも劣悪とは思えません。よって、「少子化遺伝子が選択された」という仮説は間違っていると思います(理論上は正しい可能性はあったが)。よって、「少子化が遺伝的な影響下でおこる」という仮説も、ダーウィニストであれば、疑問に思います。

>それと何度も言っていることですが、長期間、明らかに自分の遺伝的子孫が減少するように行動するという適応的意味とはいったい何でしょうか?
>これが不思議でならないのです。

ここでいう「子孫が減少するような行動」が現代日本の少子化のことを指しているのであれば、その行動には適応的意味はありません。通常は、自殺に適応的な意味がないように。

「子孫が減少するような行動」が現代日本の少子化のことではなく、「劣悪な環境下で最適の子どもの数を育てる」ことであれば適応的です。数を減らしても、ライバルの戦略はもっと数を減らすでしょうから。

>話が変わりますが、面白くなってきましたね。
>こうでなくっちゃ。

まったく。H氏やY氏との不毛な論争よりもずっとよい。

[933] 少子化遺伝子が適応的であったという環境
投稿者  : NATROM

投稿日時: 2000年6月28日 19時14分
>問題は前者で、以前、少子化遺伝子が適応的であったという環境とはいったいどのようなものでしょう?

子を1人しか産まなかったときに比べて、子を2人以上産むと最終的に成人する子の数が
少なくなるような環境です。人口が増えすぎて食料が不足しているときなどが考えられます。

[934] Re:出生率と繁殖率
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月28日 19時21分
>>違うんじゃないですか?
>
>繁殖率とはその動物個体が一生涯にどれほど子を産むかです。
>それをその動物の平均と比較するか、それとも絶対値するかは、数学的な操作に過ぎず、言っていることは同じです。
>
>私は、出生率とはヒトが一生涯にどれほど子を産むかだと思いますが、クリスさんは出生率をどのように定義しているのでしょう。

出生率はそれでいいと思います。繁殖率が違うんじゃないかと想像します。
孫子の代までのことを計算に入れないのか?とか。
同じことは別のスレッドでも言いました。

[935] Re:適応度
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月28日 19時24分
>>結局ここなんですよ。議論の中心は。
>>JA50さんはそう断言なさいますが、私にはそうは思えない。
>>「少子化というのが適応度そのものを大きく減ずる形質」とは思えないのです。
>
>適応度=繁殖率×成長率
>この定義による適応度は増加率と同じです。
>このように適応度とはどれほど多く増加するかというのを数値化してだけです。
>そして少子化とは、減少しているという現象です。
>つまり、少子化とは適応度そのものに直接的に関係している。
>
>メスをうまく獲得できるか、早く走れるか、首が長いかなどというような間接的に適応度に影響する形質じゃなく、直接的に適応度に関係している形質です。

よく分かりませんが、少子化というのは現象であって、形質ではないのでは?
結局、少子化という現象は、何かの結果であって原因ではないように感じます。

[936] Re:出生率と繁殖率
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月28日 20時39分
>適応度「生存率×繁殖率」という値は純増加率であり、それぞれのタイプについてこれを計算し、集団全体の値で相対化したものを適応度と呼びます。

ですよね?
この、適応度=「生存率×繁殖率」という式は動物のものですよね?
しかも作者独自の定義である?

すると、まず作者の定義が間違っている可能性があります。
次に、動物の定義を「避妊や堕胎という知識がある人間に」そのまま適応できるか?
ということも疑問です。

結局、先進国ではこのまま子供が増え続けたらとんでもないことになるぞ、
と気づいてしまって、それが少子化の原因になっている。
発展途上国では国民がそれに気づいていないか、気づいてはいても避妊具を買うことができないか、ということもできるのでは?

[937] Re:出生率と繁殖率
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月28日 21時00分
動物の繁殖率というのは
やりたくなった→近くにやれる異性がいれば、とにかくやる→子供ができる
でしょうけれど、人の出生率というのは
第1ステップからして、そう単純にはいきませんし、
第2ステップにも避妊という選択肢がある。

動物の繁殖率と人の出生率を同等に扱うのは、どう考えても無理でしょう。

[938] Re:全て個体についてのこと
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 21時29分
>出生率はそれでいいと思います。繁殖率が違うんじゃないかと想像します。
>孫子の代までのことを計算に入れないのか?とか。

全て個体について適応度がどうと判定するんで、これが種とかグループを対象に話をし出すと、自然選択説を否定することになります。
拡張するにしてもセルフィッシュジーンまでだと思います。
ですから適応度というのは個体のそれです。個体についての統計的値がどうのと調べているわけです。

繁殖率というのは個体が生涯にどれほど子をなすかであり、ヒトについて同じ理論を適用するつもりなら、ヒトが生涯にどれほど子をなすかということにしないといけない。
ヒトの場合には特別にそれを出生率と言っているだけのことじゃないですか。
事実、あの特殊合計出産率は、ヒト(の女性)が一生涯でどれほど子をなすかの統計値です。

それから次のメッセージなどは、ヒトは動物とは違う、だから自然選択説は適用できないと主張されているのでしょうか?

[939] Re:例外を認める原則が必要
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 21時38分
>「人の行動のすべてをダーウィン淘汰で説明することはできない」のは同意してくださると思います。

当然です。

>「では人の行動のいったいどこまでがダーウィン淘汰で説明可能なのか?」という問いは妥当であり、言い逃れではありません。

問題はこれです。

ヒトの行動をダーウィン淘汰で説明しようとする学問が動物行動学のはずです。
にもかかわず恣意的にこの行動はダーウィン淘汰では説明できない、例外だ、ということを認めると、動物行動学がアドホックな仮説で埋め尽くされることになります。
この行動は説明できない、ダーウィン淘汰の範疇外のものだという原理原則を示さないといけないと思います。
その原理原則に照らして少子化とう現象がそれに入ると言わないと。

なお、避妊と少子化というのを同一に論じられないと私が思うのは、避妊はそれだけで適応的な理由がたくさんあるが、長期間にわたる(個体の一生涯程度を想定)少子化というのが適応的な理由があり得るのか疑問だからです。
NATROMさんがよく言われている、環境が劣悪な時には一時的に子を産むのを控えるというのは適応的です。
しかし、環境がいかに劣悪でも、その個体が一生涯子を作らないとしたら、適応的もくそもないことになる。
これを避けるには、血縁淘汰を持ってきて説明するしかないと思うのですが、これでも説明可能かどうか、、、

[940] Re:自殺と少子化
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 21時49分
>ここでいう「子孫が減少するような行動」が現代日本の少子化のことを指しているのであれば、その行動には適
>応的意味はありません。通常は、自殺に適応的な意味がないように。

自殺というのは、その個体にとって適応的ではないのは当然です。
しかし、少子化と違うのは、自殺という行動をする個体が少数だという点です。
統計上、平均して日本女性が一生涯どれほど子をなすかという数値が2を切り1.5くらいになっている。
これは少子化という形質を持つ個体が多数を占めているからそうなっている。
非適応的な形質が多数を占める可能性があるとしたら、自然淘汰説はなりたたないのじゃありませんか。

>「子孫が減少するような行動」が現代日本の少子化のことではなく、「劣悪な環境下で最適の子どもの数を育て
>る」ことであれば適応的です。数を減らしても、ライバルの戦略はもっと数を減らすでしょうから。

現代日本やヨーロッパにおける少子化を論じています。
そういう現象が自然選択説の反証じゃないかと言っているのです。
前にも書きましたが、現代日本やヨーロッパで、生涯に3人の子をなすというライバルなら、2人以下しか子をなさない個体より数が増えるのは確実です。

現代日本社会の環境がそれほど劣悪なんでしょうか?

もちろん、将来のことを考えたら、この狭い日本の国土に1億以上の人間がおれるはずがない。
しかし、自然淘汰というのは盲目の時計師であり、将来を見据えて産む子の数を減らしたりはいない。
今、どれほど子をなせるかを見ているはずです。

[941] Re: 少子化遺伝子が適応的であったという環境
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月28日 21時54分
>子を1人しか産まなかったときに比べて、子を2人以上産むと最終的に成人する子の数が
>少なくなるような環境です。人口が増えすぎて食料が不足しているときなどが考えられます。

なるほど、自分の遺伝子が半分しか残らなくても、0よりはましと、、、

なるほど、、、、、これは考えてみないといけない。

そういう過去における適応的な遺伝子が、現代社会で発現しているとする。
何をトチ狂っているんだと。

でも、国家社会として見たら、少子化というのは適応的である可能性が強いですよね。
中国における一人っ子政策は、国家という立場で見たら適応的だと思います。

[942] Re:全て個体についてのこと
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月28日 23時11分

>それから次のメッセージなどは、ヒトは動物とは違う、だから自然選択説は適用できないと主張されているのでしょうか?

避妊という選択肢がある以上、単純な比較や自然選択説への適応は無理だろうと思います。避妊が適応的でない、というのは認めるのでしょう?であれば、その避妊という非適応的行為によって少子化という非適応的結果があらわれるのは当然のこと。

[943] Re:集団中に広まったから特殊合計出産率が2を切っている
投稿者  : PepperMyst

投稿日時: 2000年6月29日 06時51分
> 少子化という形質(この形質の一部は遺伝するという前提をしています、そうでないと動物行動学の範疇に入らない)が集団中に優勢となったから、少子化という現象が統計上でも見られるのじゃないですか。
恣意的な前提がなければ成立しない結論は反証にはなり得ません。
Aが起きればBが起こる、ということは、Bの原因がAであることを保証しません。
#少子化は形統計上の値の変化なのだから、JA50さんが少子化と呼んでるのは「少子」と呼ぶべきでしょう。
#「少子化」が遺伝するのなら、子供の数がコンスタントに減りつづけることになる。

> 少子化遺伝子という具体的な遺伝子があるかどうかは分かりません。
> そういう具体的遺伝子があるとかないとかを前提に話しているのではないのです。
具体的な遺伝子が無いとJA50さんの主張(自然選択説の反証)は成り立ちませんが。

> 美人顔を判定する遺伝子など実際にはない可能性が強い。
> しかし、動物行動学では、美人とは平均顔であり、なぜ平均顔を美しいと感じるのかは、平均顔が健康のシンボルだからだそれを選ぶのが適応的なためだ云々というような研究があります。
> こういう検証手段を動物行動学からとれば、動物行動学自体の価値は大きく下がるでしょう。
ある行動が適応的かどうかという議論は遺伝子の有無に関わらず有効です。

[944] Re:集団中に広まったから特殊合計出産率が2を切っている
投稿者  : PepperMyst

投稿日時: 2000年6月29日 06時55分
> 一部遺伝によるとしたら、それは自然淘汰説で説明できないといけない。
> 説明できないとしたら、それは反証になる。
遺伝するから適応的とは限りません。血の色は遺伝するが、それは色が適応的だからではなく、
適応的な機構の副産物だからです。鎌状赤血球貧血症もこの形質だけから想定されるよりも
マラリアに対する抵抗性のせいで多くなっています。

自分の子供を減らさず、他人の子供を減らす少子化遺伝子というのもありえます。

[945] Re:集団中に広まったから特殊合計出産率が2を切っている
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月29日 09時41分
>少子化という形質(この形質の一部は遺伝するという前提をしています、そうでないと動物行動学の範疇に入らない)が集団中に優勢となったから、少子化という現象が統計上でも見られるのじゃないですか。

少子化は現象ではあるが、形質ではないと思います。
そもそも、上の文章は循環論法ではないですか?

>少子化遺伝子という具体的な遺伝子があるかどうかは分かりません。
>そういう具体的遺伝子があるとかないとかを前提に話しているのではないのです。
>ここのところを分かってください。
この文と次の文は矛盾しています。
遺伝があるなら遺伝子が無ければいけませんから。
今までのJA50さんの文章のほとんどが少子化遺伝子の存在を前提にしていると思いますが。
>それから、環境によって行動が影響されるのは当然です。
>しかし、一部それが遺伝による。
>一部遺伝によるとしたら、それは自然淘汰説で説明できないといけない。
そんなことはないのでは?
人はほっておくと怠ける傾向がある。それは当然、一部は遺伝子の影響があるでしょう。
それを自然淘汰説で説明できないといけない?
>説明できないとしたら、それは反証になる。
自然淘汰説で説明できない人間の行動など例を挙げていけば幾らでもあるのでは?

[946] Re:避妊そのものは非適応的とは限りません
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月29日 10時13分
避妊して、少ない子どもを確実に成長させるならば、適応度が上がることがあります。
適応度=成長率×繁殖率という式を思い出して下さい。

私が問題にしているのは、避妊などの手段をとって(他にセックス自体をしないというのもあり得る)、少子化するのかということです。


[947] Re:具体的な遺伝子
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月29日 10時28分
>遺伝があるなら遺伝子が無ければいけませんから。
>今までのJA50さんの文章のほとんどが少子化遺伝子の存在を前提にしていると思いますが。

(3)の人の行動と遺伝子の話の繰り返しになりますが、、、

私は少子化遺伝子というある一つの塩基の並びが人のゲノム中に存在している必要はないと言っているのです。
美人顔を好きなるある一つの具体的な遺伝子などあるとは思えません。しかし、なぜ人は美人を好きになるのか、その適応的な意味は何なのかなどなど、動物行動学で研究されています。
そして、対象を単純化して言うのに、美人顔遺伝子がなぜ増えたのかというような言い方をするんです。
少子化遺伝子も同じです。
少子化するという行動には、多数の因子が関わっていると思います。
それらの総合として少子化という現象が今現れているんでしょう。
そして、その多数の因子に、遺伝的影響というのが一部あるはずです。
ないとしたら、それは動物行動学の対象にはなり得ない。自然選択説の範囲対象じゃない。

しかし、動物行動学というのは、こういう人間の行動を扱う学問なんです。
ですから、少子化というのに、遺伝的影響がない、それは自然選択説の対象じゃないとしたら、それは動物行動学という学問自体の否定です。

すみませんが、クリスさんとPepperMystさんには、せめて「進化と人間行動」だけでも読んで下さい。
私の下手な説明よりよほど分かりやすいと思います。
こういう段階の話をこれ以上してもあまり意味がないと思います。

[948] Re:避妊そのものは非適応的とは限りません
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月29日 10時32分
>避妊して、少ない子どもを確実に成長させるならば、適応度が上がることがあります。
ですから「必ず」かどうかではなく、そういう場合もあるという意味です。
>適応度=成長率×繁殖率という式を思い出して下さい。
この式自体がどこまで正しいのか、極めて疑問です。
しかも人間にまで応用できるとはとても考えられません。
何度もそう言っています。根拠も何度も申し上げました。
(人は避妊法を知っている、繁殖したくなったからといって、即、繁殖行動を起こすわけではないなどの特殊性がある)
>私が問題にしているのは、避妊などの手段をとって(他にセックス自体をしないというのもあり得る)、少子化するのかということです。
ちょっと意味が分かりませんが?
自然に少子化が進んでいるのかどうかを問題にしてる、ということですか?
それでしたら今までとは別の議論になるでしょう。

[949] Re:具体的な遺伝子
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月29日 11時03分
>私は少子化遺伝子というある一つの塩基の並びが人のゲノム中に存在している必要はないと言っているのです。
おっしゃることは分かります。
>少子化遺伝子も同じです。
>少子化するという行動には、多数の因子が関わっていると思います。
多因子遺伝ですね。そういう遺伝形式を想定してるでしょう、という意味です。
>それらの総合として少子化という現象が今現れているんでしょう。
そうではない可能性もあるということは考慮されているのですか?
>そして、その多数の因子に、遺伝的影響というのが一部あるはずです。
多因子遺伝というのはそういうものですから。
>ないとしたら、それは動物行動学の対象にはなり得ない。自然選択説の範囲対象じゃない。
その可能性もあるでしょう。別にそれでも良いのでは?

>しかし、動物行動学というのは、こういう人間の行動を扱う学問なんです。
>ですから、少子化というのに、遺伝的影響がない、それは自然選択説の対象じゃないとしたら、それは動物行動学という学問自体の否定です。
そんな馬鹿な。人間行動の全てが、遺伝の影響と自然選択説で説明できなければならない。
そうでなければ動物行動学という学問自体が否定されるというのですね?
そりゃあ、動物行動学を過大評価しすぎでしょう。

>すみませんが、クリスさんとPepperMystさんには、せめて「進化と人間行動」だけでも読んで下さい。
>私の下手な説明よりよほど分かりやすいと思います。
>こういう段階の話をこれ以上してもあまり意味がないと思います。
まあ、それほどおっしゃるなら。。。
出版社と著者を教えていただけますか?

[950] Re:具体的な遺伝子
投稿者  : 識

投稿日時: 2000年6月29日 11時35分
>私は少子化遺伝子というある一つの塩基の並びが人のゲノム中に存在している必要はないと言っているのです。
>少子化するという行動には、多数の因子が関わっていると思います。

その多数の因子すべてが、小子化のためだけに存在するわけでも有りませんよね?
遺伝子産物が、複数の機能を環境によって使い分けるのは珍しいことでは有りません。
となれば、本来の機能を維持しつつ、環境要因によって小子化も起こしていると云うのは考えられませんか?
本来の機能が個体の生存に必要か優位であれば、自然選択によって失われることは有りませんよね。
この説であれば、小子化は遺伝子の異常な発現様式を伴う「疾病」となりますが。
この疾病が長引けば人間も絶滅していった生物と同様、淘汰されるだけでしょう。

#個人的には、小子化に導く遺伝子群の作用様式が全く見当がつきませんので、
#社会的、文化的要因がほとんど全てだと考えますが。

[951] Re: 少子化遺伝子が適応的であったという環境
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月29日 11時42分
どういう環境か寝ながら考えてみました。
まず、何人かかたが既に出されている飢餓。

でも、これは当てはまらない。
日本やヨーロッパが飢餓状態とは思えませんから。
飽食の人たちが少子化しているんですから、反対です。

私が今回考えたのが、女性の社会進出説。
フェミニストから反発されそうですが、そんな話じゃない。
人の社会は数百万年間、狩猟採集をやっていた。
メスは多くは周辺の植物性の食物の採集をやっていたと思いますが、食糧事情が悪化したときにはオスと一緒に遠出もやったのではないか。
それも何日もかけて食物や獲物を探す旅に出た。
また、周辺に植物性の食料が無くなったり、獲物となる動物がいなくなれば移動しないといけない。
こういう旅や移動の途中で、妊娠することは非常な危険が伴います。
で、こういう環境下では子どもを作るのを忌避するようになったと。

メスがいつもいる住居より外に出、オスと一緒に食料を探したり狩猟したりしないといけないときは、食料が欠乏しているときであり、妊娠、子育てなどする余裕はない。
そういう時には、子どもを作らないように働く遺伝子は適応的だと。

それが、現代においての住居より外に出オスたちと一緒に稼ぐという状態も、狩猟採集民時の食糧危機と認識しているのではないかと。

どうでしょうか?

この仮説が正しいとすると、自宅で仕事をしている女性には少子化が少ないはずだという結論になります。
だれか研究してくれないかしら、、、

[952] Re:自殺と少子化
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月29日 11時53分
>自殺というのは、その個体にとって適応的ではないのは当然です。
>しかし、少子化と違うのは、自殺という行動をする個体が少数だという点です。
>統計上、平均して日本女性が一生涯どれほど子をなすかという数値が2を切り1.5くらいになっている。
どうもJA50さんご自身が個体と集団を混同して話を進めていませんか?

>これは少子化という形質を持つ個体が多数を占めているからそうなっている。
何度目の質問になるか忘れましたが、少子化というのは形質なんですか?
>非適応的な形質が多数を占める可能性があるとしたら、自然淘汰説はなりたたないのじゃありませんか。
人類は滅びつつある、という説明も可能では?

>>「子孫が減少するような行動」が現代日本の少子化のことではなく、「劣悪な環境下で最適の子どもの数を育て
>>る」ことであれば適応的です。数を減らしても、ライバルの戦略はもっと数を減らすでしょうから。
そうはならないでしょう。減らせば減らすほど有利かどうかは不明ですから。

>現代日本やヨーロッパにおける少子化を論じています。
>そういう現象が自然選択説の反証じゃないかと言っているのです。
>前にも書きましたが、現代日本やヨーロッパで、生涯に3人の子をなすというライバルなら、2人以下しか子をなさない個体より数が増えるのは確実です。
それは単純過ぎませんか?孫がどうなるかは分からない。

>しかし、自然淘汰というのは盲目の時計師であり、将来を見据えて産む子の数を減らしたりはいない。
>今、どれほど子をなせるかを見ているはずです。
現在人類は単純な自然淘汰に従うような生物ではなくなった、とも考えられますね?
産児制限などはまさにそういうものですから。

[953] Re:進化と人間行動
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月29日 11時55分
進化と人間行動という本は、このサイトの参考文献にあります。

>>ないとしたら、それは動物行動学の対象にはなり得ない。自然選択説の範囲対象じゃない。
>その可能性もあるでしょう。別にそれでも良いのでは?

NATROMさんとのやりとりでも話題になったのですが、この行動は、自然選択説の例外だ、動物行動学では説明できない対象外なのだと言うだけではアドホックな修正になります。
この行動は例外だとする原則を示し、さらにその原則が反証可能性を高めるものでないといけません。
文化の関与がありえるとか環境因子の影響があると考えられるものと言うのであれば、動物行動学が対象にしているほとんどのものがそうなります。

[954] Re:進化と人間行動
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月29日 12時55分
>進化と人間行動という本は、このサイトの参考文献にあります。
あ、そうでしたか。
>
>>>ないとしたら、それは動物行動学の対象にはなり得ない。自然選択説の範囲対象じゃない。
>>その可能性もあるでしょう。別にそれでも良いのでは?
>
>NATROMさんとのやりとりでも話題になったのですが、この行動は、自然選択説の例外だ、動物行動学では説明できない対象外なのだと言うだけではアドホックな修正になります。
>この行動は例外だとする原則を示し、さらにその原則が反証可能性を高めるものでないといけません。
>文化の関与がありえるとか環境因子の影響があると考えられるものと言うのであれば、動物行動学が対象にしているほとんどのものがそうなります。

1.自然選択説の範囲対象でない可能性。
2.自然選択説の範囲対象であり、かつ適応的でない可能性。
 =人類という種が滅びつつあるという可能性。
3.自然選択説の範囲対象であり、かつ適応的である可能性。
の3つがあるでしょう。

[955] Re:進化と人間行動
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月29日 12時56分
>進化と人間行動という本は、このサイトの参考文献にあります。
あ、そうでしたか。
>
>>>ないとしたら、それは動物行動学の対象にはなり得ない。自然選択説の範囲対象じゃない。
>>その可能性もあるでしょう。別にそれでも良いのでは?
>
>NATROMさんとのやりとりでも話題になったのですが、この行動は、自然選択説の例外だ、動物行動学では説明できない対象外なのだと言うだけではアドホックな修正になります。
>この行動は例外だとする原則を示し、さらにその原則が反証可能性を高めるものでないといけません。
>文化の関与がありえるとか環境因子の影響があると考えられるものと言うのであれば、動物行動学が対象にしているほとんどのものがそうなります。

1.自然選択説の範囲対象でない可能性。
2.自然選択説の範囲対象であり、かつ適応的でない可能性。
 =人類という種が滅びつつあるという可能性。
3.自然選択説の範囲対象であり、かつ適応的である可能性。
の3つがあるでしょう。

[956] Re:集団中に広まったから特殊合計出産率が2を切っている
投稿者  : へち

投稿日時: 2000年6月29日 13時11分
>> 少子化という形質(この形質の一部は遺伝するという前提をしています、そうでないと動物行動学の範疇に入らない)が集団中に優勢となったから、少子化という現象が統計上でも見られるのじゃないですか。
>恣意的な前提がなければ成立しない結論は反証にはなり得ません。
>Aが起きればBが起こる、ということは、Bの原因がAであることを保証しません。

そうそう。A以外の原因でBが起こった、ということもあり得ますから。
具体的には、少子化遺伝子が以前は少子化を促すものではなかった可能性があります。
適応的だった遺伝子が環境が変化することによって非適応的になる例はいくらでもあります。

[957] Re: 生物の定義
投稿者  : (舞い戻った)通りすがりの者

投稿日時: 2000年6月30日 01時39分
>はじめまして。(舞い戻った)通りすがりの者さん。

こんばんは

>主体とはどういう意味でしょうか?ウイルスが増殖する原因はウイルスに起因
>しています。設備がないためホストのものを利用しているだけです。

まさに、ここのことです。
微生物、例えばバクテリアならば、自己「が」自己を複製すると
言いきれる(と思います)。
ウイルスの場合、細胞「が」ウイルスを複製する、と私は捉えて
います(あるいは、細胞「が」ウイルスを「作る」とも言えるかも
しれません)。
あきさんの場合、ウイルス「が」(細胞を利用して)自己を複製す
る、と捉えているのでしょうか。ここらへんの考え方が、人によって
違うという意味です。





[958] ウィルスは生物か
投稿者  : 安賀須若人

投稿日時: 2000年6月30日 10時05分
ウィルスを生物に含めるかかどうかについては
人によって違うし、それで困っているわけでもないというのが実態ではないでしょうか。
狭義の(厳密な)定義を考えれば
ウィルス粒子中では代謝が行われていませんから
「生物ではない」ということになるでしょう。
ただ、ウィルス学では他の生物と似たような分類体系が適応され
系統樹作成なども行われているようですから
大部分の人は「完全な意味では生物と呼びがたいが似たようなもの」として
扱っているというところではないでしょうか。
ウィルス粒子中に自分に必要な酵素(RNA依存性RNA合成酵素等)を持っているものなどは、
901のあきさんが仰った「設備がないのでホストのを借りている」という表現を借りれば
一部設備(装備)は自分のものを持ち込んでいるわけで、
全面的にホストの設備を借りているわけではありませんし、
自己増殖能を欠いてヘルパーウィルスの存在が増殖に必要なサテライトウィルスでは
「ホストとヘルパーの設備を借りている」という感じです。
ウィルスはゲノム中に蛋白質の情報をもっていますが
ウィロイドにいたっては蛋白質の情報すらないわけですから
さらに生物と呼ぶのは難しいと思います。
そんなこんなで私は生物と無生物の境界は連続的で、ウィルスは境界線上にあると考えています。
ただ、ウィルスが生物学の研究対象の範囲に入るかどうかとうい設問なら
ほとんどの人は「生物学の研究対象に入る」と答えるのではないでしょうか。

[959] Re:仮説 少子化の遺伝的理由
投稿者  : 横レスします

投稿日時: 2000年6月30日 11時37分
失礼ながら、横レスさせて頂きます。こんな仮説はどうでしょうか。
人間の脳には、様々な快感を感じる能力と、それによって行動を強化する能力が遺伝的に備わっています。
で、二つの快感、子供を産み育てる快感と(A)、その他(食欲、性欲など)の快感(B)があるとします。
この二つは両方とも人間の適応に必要であり、かつてはAとBの快感を感じる程度のバランスがとれていました。
しかし現在になり環境が変化し、Bの快感を与える物が急激に増加しているのに、脳、従って遺伝子は昔のままです。(タイムラグ)
人間の脳、従って遺伝子は、快感を最大化しようとするので、現在の環境においては手っ取り早くBの快感を得ようとします。
その結果、Aを求める行動が強化されず、少子化につながっているわけです。
#まあ、現代人はほかにやりたいことが多いから子供を産まないのだという常識的発言を言い換えただけですが。
もし、何世代もの間今のような環境が続いたら、自然淘汰により子供を産み育てることが本能的に強化されるようになるでしょう。

[960] Re:仮説 少子化の遺伝的理由
投稿者  : 横レスします

投稿日時: 2000年6月30日 11時41分
失礼ながら、横レスさせて頂きます。こんな仮説はどうでしょうか。
人間の脳には、様々な快感を感じる能力と、それによって行動を強化する能力が遺伝的に備わっています。
で、二つの快感、子供を産み育てる快感と(A)、その他(食欲、性欲など)の快感(B)があるとします。
この二つは両方とも人間の適応に必要であり、かつてはAとBの快感を感じる程度のバランスがとれていました。
しかし現在になり環境が変化し、Bの快感を与える物が急激に増加しているのに、脳、従って遺伝子は昔のままです。(タイムラグ)
人間の脳、従って遺伝子は、快感を最大化しようとするので、現在の環境においては手っ取り早くBの快感を得ようとします。
その結果、Aを求める行動が強化されず、少子化につながっているわけです。
#まあ、現代人はほかにやりたいことが多いから子供を産まないのだという常識的発言を言い換えただけですが。
もし、何世代もの間今のような環境が続いたら、自然淘汰により子供を産み育てることが本能的に強化されるようになるでしょう。

[961] Re:適応度について
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月30日 14時52分
参考までに「生物進化を考える」から関連部分を引用します。
数学的厳密さには欠けますが、適応度ということの考え方としては「適応度=繁殖率×成長率」でいいと思います。

P137
 現代的な言葉を用いると、集団内に異なった遺伝子型をもった個体が存在し、それらの間に生存力や妊性(一般には適応度)に差がある時、自然淘汰が働くという。ここで、個体の「適応度」(fitness)というのは、個体が次世代の子をどれだけ残せるか(次代を作るのにどれだけ寄与できるか)を表す量である。集団遺伝学では特定の遺伝子型をもつ個体のグループについて、一個体あたりの次代に残す子供の平均値をもって、その遺伝子型の適応度と定義するのが普通である。もちろん、子供の数といっても単に生まれる総数でなく、成熟に達するものの数である。また、適応度をはかる場合、大切なことは、親を数えたと同じ発育時期に子を数えるということである。
(引用終わり)

そして、数学的予測などをするときには厳密な定義をするようですが(各年齢における生存率や繁殖率を表す関数を用い、めんどうな計算が必要である)、「ヒトでは普通は母親あたりの成長した娘の数で適応度の概略を推定することができる」とあります。

[962] Re:仮説 少子化の遺伝的理由
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月30日 14時53分
私の仮説にも言えるのですが、科学的というにはその仮説で何か検証できる予測ができないといけません。そうでないと、単なるおもしろ話、竹内久美子で終わってしまう(これも私は好きではありますが)。
そして、実際に観察や実験により、確かにそうだとなれば、その仮説は正しいかもしれないし、もしその結果が違うとなれば、最初の仮説は破棄されることになる。

私の社会進出説からは、外に出て働いている女性よりも自宅で仕事をしている女性の方が子を多く産むだろう(もちろん統計的上の話です)という予測ができます。
そして、これは検証できる。
ですから、私の仮説は、真偽は別にして(たぶん偽の方でしょうが)、少なくとも科学的な仮説ではある。

[963] Re:仮説 少子化の遺伝的理由
投稿者  : 横レスしました

投稿日時: 2000年6月30日 16時05分
>科学的というにはその仮説で何か検証できる予測ができないといけません
予測というのとは違いますが、この説の傍証の一つとして、先進国でこそ少子化が激しいという点があげられます。
先進国の方が、環境に快楽をもたらすものが多いからです。
また、先進国の中でも、社会的地位が高く、かつ知的であるので多くのことに興味を持つ人こそ、子供を持ちたがらないと言うことも言えるでしょう。
これは、今までの環境悪化が出生数を減らすという仮説よりも、有利な点ではないでしょうか。
また、社会進出説との違いを言えば(共通点は多いと思いますが)、仮に女性の社会進出が進んでも、
子供を産むことによる他の快楽へのデメリットが緩和される(たとえば北欧のような地域)ではむしろ、出生率が改善される可能性があります。
二つの快楽の二兎を追う事ができるからです。
予測としては、子供を産みたいと思う気持を持つ人の割合が増えていくのではないでしょうか。
検証には長時間かかりそうですが

[964] Re:仮説 少子化の遺伝的理由
投稿者  : 横レスしました

投稿日時: 2000年6月30日 16時20分
また、過去において現代人と同じくらい快楽に囲まれた生活をしていた人々(たとえば王公貴族)を調べてみる手もあるでしょう。
多趣味な人ほど子供が少ないのではないでしょうか。
しかし、何と言っても実際に脳の構造を調べるのが一番いいのではないでしょうか。
私の考えは、遺伝子は行動報酬の計算法を定め、実際の行動はそれによって学習したパターンによって柔軟に決定されるというものです。
(ニューラルネットワークのようなものを思い浮かべています。)
だから、少子化のような行動が遺伝されるのではなくて、それをもたらす様々な感情=行動報酬が遺伝による支配を受けているのではと考えたわけです。

[965] Re:仮説>多趣味な人ほど子供が少ない
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年6月30日 18時50分
>また、過去において現代人と同じくらい快楽に囲まれた生活をしていた人々(たとえば王公貴族)を調べてみる手もあるでしょう。
>多趣味な人ほど子供が少ないのではないでしょうか。

多趣味な人ほど子供が少ないはずだというのは検証可能な感じですね。
ただ、、、

王侯貴族どうしで子供の数を比較するんでしょうか。
それとも、一般庶民との比較?

もし王侯貴族同士での比較なら、多趣味かどうかというのをどう判定するかが問題じゃないでしょうか。

[966] Re:適応度について
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年6月30日 21時30分
>参考までに「生物進化を考える」から関連部分を引用します。
>数学的厳密さには欠けますが、適応度ということの考え方としては「適応度=繁殖率×成長率」でいいと思います。

私は「適応度=繁殖率×成長率」というのは必要条件ではあるが、十分条件ではないと考えます。

> 個体の「適応度」(fitness)というのは、個体が次世代の子をどれだけ残せるか(次代を作るのにどれだけ寄与できるか)を表す量である。
これはあくまで「個体」の適応度であって、単純に集団に応用してもよいという保証はあるのですか?

> 集団遺伝学では特定の遺伝子型をもつ個体のグループについて、一個体あたりの次代に残す子供の平均値をもって、その遺伝子型の適応度と定義するのが普通である。

これもそうですね。「日本人に少子化が起きている」として、「日本人」はここでいう「特定の遺伝子型をもつ個体のグループ」といってよいのですか?では、その特定の遺伝子型とは何なのですか?

[967] Re:仮説 少子化の遺伝的理由
投稿者  : (舞い戻った)通りすがりの者

投稿日時: 2000年7月1日 02時54分
>私の考えは、遺伝子は行動報酬の計算法を定め、実際の行動はそれによって学習したパターンによって柔軟に決定されるというものです。
>(ニューラルネットワークのようなものを思い浮かべています。)
>だから、少子化のような行動が遺伝されるのではなくて、それをもたらす様々な感情=行動報酬が遺伝による支配を受けているのではと考えたわけです。

こんにちは。あまりにおもしろいので質問させてください。
私のイメージでは、遺伝子による支配は、神経細胞の数と、ネットワークの
質・量・およびできやすさ(つまりハードウエア)、どういう事柄にどこの
神経細胞が働くか(つまり脳の機能分担、例えで言えばOSのようなものか)
までで、行動報酬の計算法(例えで言えばアプリケーションか)などは、
すべて生後の学習で決まってくるような気がしているのですが、その辺はい
かがでしょうか? (括弧内はあまり適切な例えじゃないかもしれません)

[968] Re:具体的な遺伝子
投稿者  : PepperMyst

投稿日時: 2000年7月1日 03時28分
> 少子化するという行動には、多数の因子が関わっていると思います。
> それらの総合として少子化という現象が今現れているんでしょう。
> そして、その多数の因子に、遺伝的影響というのが一部あるはずです。
> ないとしたら、それは動物行動学の対象にはなり得ない。自然選択説の範囲対象じゃない。
遺伝的影響があるという事は、一つではないにしろ遺伝子があるということです。
遺伝以外の影響があるという事は、少子化の原因が遺伝子の変化とは限らないことと、
少子遺伝子があっても統計的産子数が一定以下になる保証など無いということです。
#JA50さんの少子化遺伝子は、ある文脈では常に存在していて少子化を起こしつづけるもので、
#他の文脈では日本人の中で増えることによって少子化を引き起こして
#持っている限り産子数を2以下に押さえているように見えますが、どっちが正しいんでしょう?

>
> しかし、動物行動学というのは、こういう人間の行動を扱う学問なんです。
「少子化」を扱ってるんですか?

> ですから、少子化というのに、遺伝的影響がない、それは自然選択説の対象じゃないとしたら、それは動物行動学という学問自体の否定です。

動物行動学は、行動に遺伝的影響があることを前提にもしていないし、結論にもしていないと思います。
その上で、行動を遺伝的影響で説明できるかどうかを論じているので、
行動が遺伝によるものなのかどうかを判断する傍証になると理解しています。
#ついでに言うと、学問の前提を否定しても学問の否定にはなりません。
#学問以前に対立があるので受け入れないというだけです。

[969] Re:具体的な遺伝子
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年7月1日 10時26分
>その多数の因子すべてが、小子化のためだけに存在するわけでも有りませんよね?

そうだと思います。

>遺伝子産物が、複数の機能を環境によって使い分けるのは珍しいことでは有りません。
>となれば、本来の機能を維持しつつ、環境要因によって小子化も起こしていると云うのは考えられませんか?
>本来の機能が個体の生存に必要か優位であれば、自然選択によって失われることは有りませんよね。

本来の機能にしろ、副次的な機能にしろ、その遺伝子による形質(?、表原型というのかしら)が、その個体の適応度を下げるものなら、自然選択によってその集団より失われるはず。
そして、少子化という変異(形質という表現はクリスさんに指摘されましたが、不適当)は、適応度に直接関係します。
繁殖率そのものが小さいということなんですから。
私が疑問なのは、そういう変異がどんな環境においても適応的なんてことがあり得るのかということだったんですが、これもNATROMさんの指摘でそうでもないかと思い始めています。
過去において適応的なものだった可能性はあり得る。
適応度が1(繁殖率×成長率で言っています、相対値ではない)でも、0よりはましな環境はありえるだろうと。

>#個人的には、小子化に導く遺伝子群の作用様式が全く見当がつきませんので、
>#社会的、文化的要因がほとんど全てだと考えますが。

社会的、文化的要因は、個体のどの部分に影響して、個体の多数を少子化させているのでしょうか?
この「どの部分」というにも遺伝的影響があり得ないのでしょうか。
私の「仮説」で言えば、定住場所より遠出している場合には、妊娠を控えよという心理的行動です。
これは過去においては適応的だっただろうし、それは一部遺伝子による結果の変異(表原型?)だと思うのです。

[970] Re:仮説>多趣味な人ほど子供が少ない
投稿者  : 横レスしました

投稿日時: 2000年7月1日 10時54分
>王侯貴族どうしで子供の数を比較するんでしょうか。
>それとも、一般庶民との比較?
>もし王侯貴族同士での比較なら、多趣味かどうかというのをどう判定するかが問題じゃないでしょうか。
たしかに問題ですね。
一般庶民について言えば昔は環境が悪すぎたので(乳幼児死亡率が高いなど)、適切な比較対象とは言えないでしょう。
私が見込みがあると思うのは、ローマ貴族の研究です。
彼らについては家系図などが詳しく研究されているようですし、その行状もわりと記録に残っているようです。
それに、日本などと違って家督相続しなければ、などの社会的圧力も小さいので、現代人と似た状況と言えるのではないでしょうか。
といっても行動ではなく感情を何世代にわたって調べあげるというのは相当難しそうです。
何だか実質的に検証不可能な領域に逃げ込んでいるような気もしてきました(笑)。
まあ、簡単にできることなら既にだれかがやっているでしょうし。

[971] Re:具体的な遺伝子
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年7月1日 11時01分
>遺伝的影響があるという事は、一つではないにしろ遺伝子があるということです。

そうです。

>遺伝以外の影響があるという事は、少子化の原因が遺伝子の変化とは限らないことと、

そうです。

>少子遺伝子があっても統計的産子数が一定以下になる保証など無いということです。

これは違うと思います。
環境が同じで、成長率も変わらないなら、少子遺伝子を持つ個体の方が、多産遺伝子を持つ個体より減少します。
適応度の高い個体の方が、適応度の小さい個体よりその集団中に増加するはずです。

>#JA50さんの少子化遺伝子は、ある文脈では常に存在していて少子化を起こしつづけるもので、
>#他の文脈では日本人の中で増えることによって少子化を引き起こして
>#持っている限り産子数を2以下に押さえているように見えますが、どっちが正しいんでしょう?

少子化遺伝子を持っていたら、その個体は必ず出生率を2以下にするなどとは想定していません。
その遺伝子をもっておれば、0とか1、中には4とか5という個体もいるはずです。
しかし、統計上、平均すれば、2以下になる、そういう遺伝的因子を想定しています。
その遺伝的因子が一個とは限らないし、さらに少子化という行動は、その遺伝子の副次的な結果である可能性もあるでしょう。

>動物行動学は、行動に遺伝的影響があることを前提にもしていないし、結論にもしていないと思います。

一部の変異が遺伝することというのが自然選択説の前提ですから。
そして、自然選択説が成り立たないと動物行動学というか社会生物学とか進化心理学、進化生態学などという学問の今までの成果のほとんどは無価値なものになってします。
行動の成り立ち、特に適応的意味を研究するのが動物行動学じゃないですか。

[972] Re:ローマ貴族の研究
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年7月1日 11時07分
>私が見込みがあると思うのは、ローマ貴族の研究です。
>彼らについては家系図などが詳しく研究されているようですし、その行状もわりと記録に残っているようです。
>それに、日本などと違って家督相続しなければ、などの社会的圧力も小さいので、現代人と似た状況と言えるのではないでしょうか。

これ面白いかもしれない。

ローマ貴族における出生率はどうだったんでしょうか。
次第に少子化していってローマ帝国自体の活力がなくなったとしたら、これは現代日本にそのまま当てはまるかも。

[973] 矛盾って・・・?
投稿者  : Chinese Italian

投稿日時: 2000年7月1日 11時11分
>聖書は断片的です。生物や地球の細部まで記述されてはいません。
>地球が丸いのか平らなのかも記述がありません。
>菌類や微生物についても記述がありません。
>聖書はそんなものを書いたものではないからです。
>イスラエルの歴史としては充分でしょうが、科学的知識の書物としては断片的です。

ああ、そういうことで?<断片的

>聖書には一字一句たどると数々の矛盾があります。例えば、
>創世記の一章と二章。
>福音書の復活の場面の記述。

一字一句ってのがみそなんでしょうけど、その「矛盾」って・・・?
確か、聖書解釈には矛盾があってはならないはずでは・・・?

[974] Re:仮説 少子化の遺伝的理由
投稿者  : 横レスしました

投稿日時: 2000年7月1日 11時26分
>括弧内はあまり適切な例えじゃないかもしれません
いや、私のした例えも適切じゃないですし、脳を研究している人には怒られるかも知れませんが、現状ではうまい例えをつくるのはまだ無理だと思います。
ただ、行動報酬という言葉で表したかったのは、今のコンピュータが人間に与えられる目的に従って動いているのに対し、人間は自ら動機付けして動く一方、
人間の脳が基本的にコンピュータと同じであると見なせば、その動機付けは遺伝子から来ざるを得ないと思ったからです。
不適切(笑)な例えを使えば、計算法がワイヤードロジックのような形で脳に仕組まれているのではないかという事です。
(基本的にタンパク質をコードしている遺伝子が、どうやって「ワイヤードロジック」をつくるのか、見当もつきませんが)
まあ、感情にも何段階もの階層構造があって、遺伝子で決まる”根本的”感情から学習によって、”二次的”感情が生まれてくるのかもしれません。
根本部分では人間もは虫類と変わらない種類の感情しか持っていないかも知れません。
(何だか、動機付け=行動報酬計算法=感情と勝手に前提にしてしまっているような)

進化の話とはかけ離れてきたようですね。(苦笑)

[975] Re: そんなことないんじゃないですか?(2)
投稿者  : Chinese Italian

投稿日時: 2000年7月1日 11時37分
>証言されていないことまで調書に書いているというのは創造科学のことです。
>その通り、創造科学はうそつきだと私は思っています。

聖書の記述が事実としても、ですか・・・

>ですが、「地球を取り巻く超低温超伝導の水の層」などは書いてありません。
>洪水によって地殻変動が起こったことも書いてありません。

もちろん、これは「仮説」だと思うんですが。(直接聞いた訳じゃないけど)
例えば長谷川さんの説明をよく見てください。
オイラが見た限りでは、はっきりしていることと自分の仮説とでは言い方を変えています。
〜です、などと断定しているものと、〜だと思います、〜と考えていますのような表現。
実際の聖書の記述や科学で既に明らかになったものには断定し、少しでもグレーな部分
があれば「〜と考えられます」等の表現をしているのにお気づきでしょうか?
これは「創造科学」としての人間の立場からの「創造の事実」への探求に過ぎない
からでしょう。少なくともオイラ的には、「科学」は創造主が定めた法則を
人間が追求する形ですので必ずしも完全ではない、と考えています。実際、創造論者も
創造主>科学 というように言っているみたいなので、それが「創造」科学でも
間違えることはあるんです。だから断定できるものとそうでないものの区別をしている
んじゃないでしょうか?
例えば靴(サンダル?)の足跡と思われた化石が実はそういうパターンの土だった
らしいということになって、訂正とお詫びを明記してたりすることもあるんですね。
(たしか、創造科学研究会発行の季刊誌「創造」だったかな?)

[976] Re: そんなことないんじゃないですか?(2)つづき
投稿者  : Chinese Italian

投稿日時: 2000年7月1日 12時18分
>全能の神がこの世界を、人間を創造された。
>このことを私はむしろ肯定しています。
>ただし、創造論の方が科学的だと言うことはできません。

そうですか。でも進化論を肯定していたら聖書は矛盾だらけではないでしょうか?
例えばべヒモスやレビヤタンのような巨大な「獣」が恐竜だったかどうかは別として
人間であるヨブがそれを知っていたことは進化論でどう説明します?
もしくは洪水以後にそれらの獣がしばらく存在したとしなければ明らかに矛盾です。
まあ、もっともオイラが以前ここで恐竜が絶滅したのは産業革命以降の環境破壊
によるものだと言いましたが、そんなこと本気で言ってた訳じゃなくて
聖書にはそのような「獣」が人間と一緒の時代に生きていた、という設定が書かれて
いることが事実だと言いたかっただけです。
オイラたちは聖書信仰と進化論は相反するものだと信じています。

>近代になってから、科学という言葉が生まれてから現れた創造科学なるものは、自分達の聖書解釈こそ正しく他の伝統的読み方をする人々は本当のクリスチャンではないなどと言います。私こんなものは認められません。

この言い方は前玉睦子さんにそっくり。なんか自分たちの信仰だけが伝統的と思って
らっしゃるような・・・それに、いつ「創造論者」が創造論を信じないクリスチャン
は本当のクリスチャンじゃないなんて言いましたっけ?
オイラは育ちが悪いので(?)イヤミっぽくなってしまったかもしれませんがご勘弁を。

[977] Re: 創造主は第三者?
投稿者  : Chinese Italian

投稿日時: 2000年7月1日 12時38分
> 創造論とは創造主の言葉を根拠に現実の事象を説明しようとする理論体系ですので、創造論と進化論を含む科学のどちらかが現在観測される事実を上手く説明できるかという議論では、創造主の言葉は中立ではないので証拠にならないと申しているのです。
> 創造論が聖書の教えとは全く別個に発展して、かつ進化論やその他の科学と同程度に現実の事象を上手く説明できる理論ならば、創造主の言葉が証拠となりうるかもしれませんが、そうではないはずです。

おっしゃる通り、創造論は創造主の言葉を根拠に現実の事象を説明しようとするもの
でしょうね。しかし、創造主が造った世界を人間の側から法則性を見出すという点では
他の科学と同じと言えないでしょうか?
少なくとも日本人には創造論は一般的じゃない、とすれば進化論贔屓になって当然?
ただ、「観測される事実」がどうなのかっていうのがポイントなんでしょうね。

[978] Re:ローマ貴族の研究
投稿者  : 横レスしました

投稿日時: 2000年7月1日 12時40分
>ローマ貴族における出生率はどうだったんでしょうか。
>次第に少子化していってローマ帝国自体の活力がなくなったとしたら、これは現代日本にそのまま当てはまるかも。
ローマ貴族の間で少子化が広まっていたことは確かです。元老院の構成員の家系を調べれば分かります。(昔どこかで読んだ文献より、調べてみます)
問題なのは、その原因に、今の日本の少子化同様、それこそ無数の理由が思い付くことでしょう。
今まで言われてきただけでも
「皇帝に殺されまくった」、「哲学にかぶれた」、「ワインの中の鉛中毒」、「キリスト教」、「公共事業のし過ぎで破産した]など、いろいろあります。
その理由を突き詰めるには、個々の構成員の特徴とその出生率を詳しく対応させる必要があります。
やっぱり難しい(苦)。
#上の理由を日本に当てはめると、
#「リストラで自殺が増えた]、「自分探し」、「環境ホルモン」、「人権思想」、「公共事業のし過ぎで(国が)破産した」
#まあ不穏当な意見が多いこと(笑)。私の意見が一番「政治的に正しい(笑)」

[979] Re: 詐欺師は気づかれないからこそ詐欺師足り得るのです
投稿者  : Chinese Italian

投稿日時: 2000年7月1日 12時51分
へちさんはじめまして。ユニ〜クなHNですね。どんな意味が?

>すぐわからないからこそ詐欺師足り得るのです。
>じゃなかったら商売成り立たないでしょ?
>それに、「すぐわかる」といっている人ほど騙されやすいモノなのです。
>凄腕の詐欺師から見たらいいカモでしょう。
>悪いことは言わないので、「すぐわかる」などとは考えない方がいいです。

ご忠告ありがとうです。「すぐわかる」というのは言い過ぎでしたね。
最近はあまり騙されなくなってきたので慢心してたかも。
これまでは騙されっぱなしだったので少しは学習しました。
でも難しいのは人から騙されることじゃなくて、もっと別なものじゃないかと思ってます。
キャッチセールスや新興宗教なんかよりもっと大物詐欺師が・・・

>もちろん、その「いい人」の創造論者が詐欺師だと言っているわけではないです。

わかりました。それなら安心、安心。

[980] Re: 矛盾って・・・?/聖書の間違い
投稿者  : NATROM

投稿日時: 2000年7月1日 14時12分
>>聖書には一字一句たどると数々の矛盾があります。例えば、
>>創世記の一章と二章。
>>福音書の復活の場面の記述。
>
>一字一句ってのがみそなんでしょうけど、その「矛盾」って・・・?
>確か、聖書解釈には矛盾があってはならないはずでは・・・?

聖書に多数の矛盾が含まれることは有名な話かと思っていました。下記サイトがこの問題について詳しいです。

聖書の間違い
http://www.j-world.com/usr/sakura/bible/errors.html

私見としては、仮に聖書に矛盾が含まれていたとしても、その価値を減弱するものではないと考えます。矛盾を隠したり、矛盾を解消しようとして無理のある聖書解釈を行うほうがみっともないと思います。

[981] Re: 創造主は第三者?
投稿者  : NATROM

投稿日時: 2000年7月1日 14時17分
>少なくとも日本人には創造論は一般的じゃない、とすれば進化論贔屓になって当然?

先進国で、公立学校で進化論を教えるべきかどうか問題になっている国はアメリカ合衆国のみです。ほかの国では進化論は普通に科学の時間に教えられています。キリスト教圏の国では創造論になじみがあるかもしれませんが、それにもかかわらず、創造論は科学であるとはみなされていません。「日本のみが進化論贔屓の教育をしている」とときどき言われますが、間違いです。

>ただ、「観測される事実」がどうなのかっていうのがポイントなんでしょうね。

「観測される事実」は圧倒的に進化論を支持しています。それでも創造論を信じる自由はあります。創造論は科学だと主張するならば、その圧倒的な証拠の山と対決しなければなりません。


[982] 創造論VS進化論では創造主の言葉は証拠となりえない
投稿者  : GOA

投稿日時: 2000年7月1日 15時11分
>おっしゃる通り、創造論は創造主の言葉を根拠に現実の事象を説明しようとするもの
>でしょうね。しかし、創造主が造った世界を人間の側から法則性を見出すという点では
>他の科学と同じと言えないでしょうか?

 「(キリスト教の)創造主が造った世界を人間の側から法則性を見出す」のが科学の動機でないことは、仏教徒などの異教徒や無神論者も科学することや1万年以下の創造を否定する科学理論があることから明らかでしょう。また、科学の法則や理論を証明するときに聖書の教えを引用する(一般に認知されている)“他の科学”を私は知りません。
聖書の教えを信じる人には当然なことだとは理解しますが、客観性がないことは指摘しておきます。
そして客観性がないからこそ、聖書の教えは第三者的立場にないし、証拠にもなりえないと申しているのです。
ただ、これは創造論や聖書の教えが正しくないと言っているのではなく、「身内の証言は証拠にならない」というだけに過ぎません。

[983] Re:ローマ貴族の研究
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年7月1日 15時30分
>ローマ貴族の間で少子化が広まっていたことは確かです。元老院の構成員の家系を調べれば分かります。(昔どこかで読んだ文献より、調べてみます)

お、そうなんですか、これは面白い!

2000年近い時間差、民族の違いなどなどがあるのに、同じ様な少子化現象が見られるとしたら、そこの共通点を捜せば何か重要な示唆が見つかるかもしれない。

皇帝に殺されまくったというのは少子化というより成長率の低下になるのでは?
それとも、産んでも殺されるから産まなかったという意味でしょうか?
それと「公共事業のし過ぎで破産した」というのは国家、それとも貴族という個人?

[984] Re:かけ離れていない
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年7月1日 15時39分
>進化の話とはかけ離れてきたようですね。(苦笑)

いや、かけ離れて行ってないですよ。

生物をモデル化して仮説を立て検証するのはよくやられていることですし。
特に認知心理学なんてこればっか。

そして、進化心理学ってのもそうじゃないでしょうか(こちらのことはあまり知りませんが)。

[985] 少子遺伝子ではないのか?
投稿者  : PepperMyst

投稿日時: 2000年7月1日 15時54分
> >遺伝以外の影響があるという事は、
> >少子遺伝子があっても統計的産子数が一定以下になる保証など無いということです。
>
> これは違うと思います。
> 環境が同じで、成長率も変わらないなら、少子遺伝子を持つ個体の方が、多産遺伝子を持つ個体より減少します。
> 適応度の高い個体の方が、適応度の小さい個体よりその集団中に増加するはずです。
絶対的な限界(二人以下)など無いといっているのに、相対的な話をされても反論になりませんが。
#成長率?生存率のことでしょうか?

> 少子化遺伝子を持っていたら、その個体は必ず出生率を2以下にするなどとは想定していません。
> その遺伝子をもっておれば、0とか1、中には4とか5という個体もいるはずです。
> しかし、統計上、平均すれば、2以下になる、そういう遺伝的因子を想定しています。
> その遺伝的因子が一個とは限らないし、さらに少子化という行動は、その遺伝子の副次的な結果である可能性もあるでしょう。
確率的な遺伝子ということですね。分かりました。
しかし、この遺伝子が実在しないかもしれないという事は納得されてるんですか?
それと、これはやはり、少子化遺伝子ではなく少子遺伝子と呼ぶべきでしょう。
少子"化"は「子供の数が少なくなった」ということですから。
で、この遺伝子が頻度を増やすことによってのみ少子化が起こるとすると、
丙午(ひのえうま)の年には何が起こったのでしょうか?(この年は特殊合計出産率が一時的に低くなった)
#出生率は確か、新生児数÷人口だったと思います。

[986] 訂正します
投稿者  : PepperMyst

投稿日時: 2000年7月1日 15時56分
> >動物行動学は、行動に遺伝的影響があることを前提にもしていないし、結論にもしていないと思います。
ここ訂正します:「動物行動学は、"すべての"行動に〜」
>
> 一部の変異が遺伝することというのが自然選択説の前提ですから。
遺伝しない変異もあるということです。・・・少子化は、時系列上での比較であり、
個体間の比較ではないのだから、自然選択をそのまま適用するわけにはいきませんが。

[987] うううう・・・なんか話がかみ合わない(涙)
投稿者  : Chinese Italian

投稿日時: 2000年7月2日 08時28分
> 「(キリスト教の)創造主が造った世界を人間の側から法則性を見出す」のが科学の動機でないことは、仏教徒などの異教徒や無神論者も科学することや1万年以下の創造を否定する科学理論があることから明らかでしょう。また、科学の法則や理論を証明するときに聖書の教えを引用する(一般に認知されている)“他の科学”を私は知りません。

ですからー。「創造主が〜見出す」というのはもちろん創造論の立場をとる全ての科学者
の動機ですが、人間の側からの探求です。またそうでない科学者も創造主を知らなくても
結局は創造された世界の法則性を人間の側から探求している、と言った訳でして、なにも
彼らもまた聖書の引用をしているとは言ってません。
もー。オイラの説明が悪いんですかね?

>聖書の教えを信じる人には当然なことだとは理解しますが、客観性がないことは指摘しておきます。
>そして客観性がないからこそ、聖書の教えは第三者的立場にないし、証拠にもなりえないと申しているのです。

客観性については別ネタで話し合いましょう。

>ただ、これは創造論や聖書の教えが正しくないと言っているのではなく、「身内の証言は証拠にならない」というだけに過ぎません。

身内、ですか。でも当事者だったらもっと信憑性が高いはずでは?

[988] Re: 少子遺伝子ではないのか?
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年7月2日 09時33分
>絶対的な限界(二人以下)など無いといっているのに、相対的な話をされても反論になりませんが。

意味が理解できません。

>#成長率?生存率のことでしょうか?

生存率とは少し違うと思います。
産んだ子の中で次の繁殖年齢にどれだけの割合で達するまで成長できたかという値だと思います。
適応度を見るときには、成長段階が同じところで計るべしというのがあるそうですから。

>しかし、この遺伝子が実在しないかもしれないという事は納得されてるんですか?

遺伝的要因が0なら自然選択説は成り立ちません。
いくら子を産むかという形質には、遺伝的要因がいくらか関与しているはずだと思っています。
しかし、何度も言っていますが、それに特定のある具体的な遺伝子があるなどとは思っていません。

飢餓という環境下で、それでも何人も子を産もうと行動する人もおれば、産むのを控えようと行動する人もいる。
飽食という環境下でも、子供を産まない行動をとる人もおれば、これを機会にと10人も子を産む行動をとる人もいるでしょう。
どの戦略をとるかという部分に一部遺伝要因が関与しているはずだということです。

自分の子をどれほど強く欲するかというのに、遺伝的要因が全く関与していないというのはちょっと考えられない。

>それと、これはやはり、少子化遺伝子ではなく少子遺伝子と呼ぶべきでしょう。

お好きなようにとするしかありません。


>で、この遺伝子が頻度を増やすことによってのみ少子化が起こるとすると、
>丙午(ひのえうま)の年には何が起こったのでしょうか?(この年は特殊合計出産率が一時的に低くなった)
>#出生率は確か、新生児数÷人口だったと思います。

丙午の問題は面白いと思いますので、別のメッセージで、、、

[989] Re:丙午現象
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年7月2日 09時55分
丙午の年に子を産むのを控えるかどうかという行動をするかどうか、全く考慮しない人、少しはする人、非常に影響されて絶対に産まないという人、程度の差がいろいろあると思います。これが変異で、この変異に一部遺伝要因が関与しているかどうかが、それが動物行動学で扱えるかどうかを決定します。

社会のルールというか文化というか、そういうものに非常に敏感かどうか、これは社会的動物であるヒトでは、成長や繁殖の上で重要な要素です。それには一部どういう親に育てられたか、どういう社会に育ったかという獲得形質的な部分もあるでしょうが、全部がそうじゃなく一部親から受け継いだ遺伝的部分もあるはずです。

一部遺伝要因が関与しておれば、それは自然選択説の研究範囲に入る。
そういう行動をする適応的な意味は何かとか、どういう進化を経てきた行動なのかなどなど、動物行動学でいろいろ検討できる。

以上のことはそっくり少子化という問題についても言えます。

一方、丙午行動(丙午の年に子供を産まないようにしようとする行動)と少子(化)行動(一生涯に産む子の数を減らそうとする行動)の違いの最大のものは、その適応度の大きさという量的な違いです。
丙午行動は少子化行動ほどその個体の適応度に影響を与えません。はるかに小さい。
丙午は1年です。影響される個体でも、産むのを1年遅らせばすむことですから。一生に産む子の数は、影響されない個体とそれほど差がないと予想されます。
一方、少子化というのは、一生の間に産む子の数を問題にしています。これは適応度に大きく、それも直接的に関係します。

[990] Re:丙午現象
投稿者  : PepperMyst

投稿日時: 2000年7月2日 12時29分
論点がずれている上に結論が出てません。
JA50さんの主張の最大の根拠は特殊合計出産率が2を切っていることであり、
その原因は日本人の遺伝子構成が変わったことしか考えられないという論法だったのでは?
これに対し、丙午の年の前後は特殊合計出産率はほぼ2だったのに、
丙午の年は1.58と大きく下がっています。
JA50さんの論法が正しければ、「少子化遺伝子」が
その割合を1年だけ一時的に大きく増やしたことになるはずです。

逆にいえば、1年間の特殊合計出産率の減少が自然選択説の反証で無いならば、
30年間の特殊合計出産率の減少も自然選択説の反証では無いってことです。

[991] Re: 少子遺伝子ではないのか?
投稿者  : PepperMyst

投稿日時: 2000年7月2日 12時30分
> >#成長率?生存率のことでしょうか?
>
> 生存率とは少し違うと思います。
> 産んだ子の中で次の繁殖年齢にどれだけの割合で達するまで成長できたかという値だと思います。
> 適応度を見るときには、成長段階が同じところで計るべしというのがあるそうですから。
「産んだ子の中で次の繁殖年齢に達するまで成長できた割合」なら、繁殖成長率と呼ぶのが良いでしょう。
あらかじめ断っておけば生存率と呼んでもいいと思いますが、
「成長率」だとどうしても成長速度という印象を受けてしまいます。
#金融関係でそういう使われかたをしていたような・・・5年成長率とか?

> 遺伝的要因が0なら自然選択説は成り立ちません。
そんなことはありません。そのケースに適用できないだけです。

> いくら子を産むかという形質には、遺伝的要因がいくらか関与しているはずだと思っています。
だからといって、産んだ子供の数の違いの原因が必ず遺伝的な違いであるとは限りません。

> しかし、何度も言っていますが、それに特定のある具体的な遺伝子があるなどとは思っていません。
だったら、「必ず特殊合計出産率が2以下になる」とはいえないし、
「遺伝子が増えるはずが無い」ともいえないはずです。

[992] 訂正です
投稿者  : PepperMyst

投稿日時: 2000年7月2日 12時39分
> 「産んだ子の中で次の繁殖年齢に達するまで成長できた割合」なら、繁殖成長率と呼ぶのが良いでしょう。
繁殖成長率では無く、繁殖成功率です。

[993] 適応度
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年7月2日 12時55分
長谷川真理子氏「進化とはなんだろうか」によると、
「適応度とは、様々な遺伝的なタイプについて、次の世代にどれほどその複製が作られるかを数値で表現したもの」とあります。
つまり適応度とは種全体の生存確率というより(それでもよい場合はあるだろうが)、特定の遺伝子についての定義であり、計算方法のようです。
そして多くの場合、複数の遺伝タイプの競争による生き残り確率として例示されています。

この考え方で行くと「日本人の少子化が進んでいる」というのは、「少子化遺伝子が適応度を上げて広まった」のではなく、「日本人という遺伝タイプの適応度が下がった」としなければなりません。
そこがJA50さんの読み間違いではないでしょうか?

[994] 目撃証言には客観性が不可欠です
投稿者  : GОA

投稿日時: 2000年7月2日 14時01分
>ですからー。「創造主が〜見出す」というのはもちろん創造論の立場をとる全ての科学者
>の動機ですが、人間の側からの探求です。またそうでない科学者も創造主を知らなくても
>結局は創造された世界の法則性を人間の側から探求している、と言った訳でして、なにも
>彼らもまた聖書の引用をしているとは言ってません。
>もー。オイラの説明が悪いんですかね?

 単純に言いますと、「それは創造論者の主張に過ぎない」ということです。

>客観性については別ネタで話し合いましょう。

 そもそも、「創造論では状況証拠を創造の目撃者である創造主のことば=聖書と照らし合わせることが出来る。」ことを根拠に創造論はより科学的であるという主張について議論しているので、聖書の教えが客観性を持つ(聖書の教えを信じない人にも事実として受け入れられる)かどうかを抜きにするわけにはいきません。
目撃証言が証拠として採用されるのは、そこに客観性があるからです。

>身内、ですか。でも当事者だったらもっと信憑性が高いはずでは?

 当事者だったらなおさら信憑性が低いでしょう。相手の主張を否定しない限り自分が否定されることになるのですから。

[995] Re:繁殖成長率
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年7月3日 09時11分
>繁殖成長率では無く、繁殖成功率です。

繁殖成長率というのは、成長率×繁殖率になりませんか?
それなら、適応度そのものですが、、、

[996] Re: 少子遺伝子ではないのか?
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年7月3日 09時59分
>だからといって、産んだ子供の数の違いの原因が必ず遺伝的な違いであるとは限りません。

産んだ子供の数の違いが、必ず遺伝的な違いによる、などとは言っていませんが。
産んだ子供の数に遺伝的影響が一部あれば、産んだ子供数というのは自然選択説の対象になり得ると言っています。

>だったら、「必ず特殊合計出産率が2以下になる」とはいえないし、
>「遺伝子が増えるはずが無い」ともいえないはずです。

そういうことは言っていないはずです。

どうも少子化遺伝子と最初に言ったのが間違いだったのか、、、
まさか、ここで少子化させるような具体的なある特定の遺伝子があると思っていると誤解されるとは思わなかったもので。

言い換えてみます。
子供を少なく産む、あるいは産まないという変異が、過去において適応的であったならそういう行動をする個体がその集団中に増加するでしょう。
現在、日本人という集団においては、合計特殊出産率が2を切っているということは、子供を少なく産もうとする個体が沢山いる、優勢であるという結果です。
なぜ、そうなっているのかというのを自然選択説ではどう説明できるのか。

私は、少子化、それも一生涯に産む子供数を0とか1にするというのは非適応的な行動で、そういう行動が増えるはずがないと思っていました。
しかし、これはNATROMさんの指摘でそうじゃないと分かりました。
残る問題は、現在、それが適応的な行動でないとしたら、過去のどういう環境に少子化という行動が適応的だったのかです。

[997] Re:丙午現象
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年7月3日 10時20分
>JA50さんの主張の最大の根拠は特殊合計出産率が2を切っていることであり、
>その原因は日本人の遺伝子構成が変わったことしか考えられないという論法だったのでは?

数十年で遺伝子構成が変わるはずがありません。
なんでこういう誤解をされるのか、私の書き方が悪かったのか、、、

あえて遺伝子という用語を使って説明すれば、環境が変わって、それまで発現しなかった少子化遺伝子が働きだしたのです。
しかし、そういう環境に多くの人が少子化しているのは、その少子化遺伝子を日本人の多くが持っているとしか考えられません。
それはなぜかと問うているのです。
その適応的な意味を。

丙午遺伝子についても同じです。
丙午の時に子供を産むのを控える行動をとった人が何%か何十%かいた。
また、無関心であった人もいた。
それらは変異です。
文化なり迷信なりにどれほど影響されやすいかというような心理的、性格的な部分も一部遺伝的影響下にあるはずです。
それが子供を何人産むかということに関係してくれば、適応度に差が出ることになり、ひいては進化につながるが、問題は丙午現象というのは1年限りであることです。
ここが少子化現象とは違う。

とにかく「その割合を1年だけ一時的に大きく増やしたことになるはずです。」などとは考えてもいません。

[998] Re:具体的な遺伝子
投稿者  : 識

投稿日時: 2000年7月3日 10時20分
>本来の機能にしろ、副次的な機能にしろ、その遺伝子による形質(?、表原型というのかしら)が、その個体の適応度を下げるものなら、自然選択によってその集団より失われるはず。

小子化が進んでいる現在と、小子化が傾向として表われていなかった頃の環境は違うはずです。
現在の環境においてのみトリガーが引かれて、小子化を引き起こしているのかも知れません。
(過剰の放射線によってp53が修復ではなくアポトーシスを引き起こすように)

>私が疑問なのは、そういう変異がどんな環境においても適応的なんてことがあり得るのかということだったんですが、これもNATROMさんの指摘でそうでもないかと思い始めています。

もちろん、そう云った可能性を否定しません。
しかし、現在疾病的な発現をしている方が妥当だと感じます。

>社会的、文化的要因は、個体のどの部分に影響して、個体の多数を少子化させているのでしょうか?
>この「どの部分」というにも遺伝的影響があり得ないのでしょうか。

あくまで、個人的ですから論拠は有りません(笑)。無視して下さっても良いです。
「子供を産み、育てる」という行為は非常に複雑ですから、社会的な要因がほとんどだろうという「憶測」です。
全く無いと云うのは、断言できませんから、「ほとんど全て」なのです。
遺伝子にそこまで期待できないと云うのが個人的な心境です。

>私の「仮説」で言えば、定住場所より遠出している場合には、妊娠を控えよという心理的行動です。

その「産み控え」は心理的行動でもあり、打算的、理知的な行動では?
遠出して、厳しい環境で妊娠を避けるのは知能を持っているなら、当然では?
ヒト以外の動物で、同様の行為が見られるなら、遺伝的な基盤を考えてもいいかも知れません。
(もちろん、ヒト特有の遺伝子である可能性も否定はしません)

[999] Re:丙午現象
投稿者  : クリス

投稿日時: 2000年7月3日 10時49分
>あえて遺伝子という用語を使って説明すれば、環境が変わって、それまで発現しなかった少子化遺伝子が働きだしたのです。

それは一つの可能性に過ぎません。例えばJA50説というべきです。
それを「働きだしたのです」というように断定的に(学会の定説であるように)書くから、周囲が混乱するのです。
もし「これが定説だ」と主張なさるなら、文献なり、専門家にメールで問い合わせるなりして、根拠を示して下さい。
もし、そうではなくただの個人的意見(一つの説)であるなら、それが伝わるような文章にすべきです。「と思うのです」とすれば十分ですから。

>しかし、そういう環境に多くの人が少子化しているのは、その少子化遺伝子を日本人の多くが持っているとしか考えられません。

これも同じです。「としか考えられません」と言われても、幾らでも別の可能性は想定できます。
生存競争に敗れて衰退して行った生物は、みな少子化遺伝子が発現したのですか?
適応度という用語は、本来、特定の遺伝タイプと他の遺伝タイプとの競争力を比較するための用語だと理解ました。
適応度が低い遺伝タイプは多数派には成れないが消滅してしまうとは限らない。というのが私の理解です。

JA50さんは適応度を種の生き残り確率のような意味で使ってらっしゃる。
適応度の低い(特に1以下の)種は滅んでしまうように考えていませんか?


[1000] Re:具体的な遺伝子
投稿者  : JA50

投稿日時: 2000年7月3日 12時33分
>しかし、現在疾病的な発現をしている方が妥当だと感じます。

どういう疾病を想定されているのでしょう?

>「子供を産み、育てる」という行為は非常に複雑ですから、社会的な要因がほとんどだろうという「憶測」です。
>全く無いと云うのは、断言できませんから、「ほとんど全て」なのです。

ほとんど全てと全てとは違うのじゃないでしょうか。
自然選択説は、変異の一部が遺伝によるものなら、ということですから。
同じ淘汰圧にかかっている変異でも、その変異がどれほど遺伝の影響下にあるかで、遺伝子頻度の変化に差があるのじゃないでしょうか。
ここらになると、集団遺伝学の範疇でしょうし、その数学は私の理解の範囲を越えています。

>その「産み控え」は心理的行動でもあり、打算的、理知的な行動では?
>遠出して、厳しい環境で妊娠を避けるのは知能を持っているなら、当然では?

もちろん、当然です。
そして、打算や理知的な行動、知能なども一部遺伝子に影響されているはずです。
もしそうなら、それは自然選択される。

>ヒト以外の動物で、同様の行為が見られるなら、遺伝的な基盤を考えてもいいかも知れません。
>(もちろん、ヒト特有の遺伝子である可能性も否定はしません)

私はヒト特有ではないと思います。
ヒト以外でも、子供をどれほど産み育ているかというのはやっているのじゃないですか。
特にK淘汰の動物はその傾向がよく見られるのじゃないでしょうか。
毎年子供を産むか、複数にするか、しても皆育てようとするかなどなど、いろいろ。

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