進化論と創造論についての掲示板ログ359

2006年06月07日〜2006年06月15日
このファイルは、掲示板巡回ソフトのログファイルを元に再構成したものであり、投稿時の状態(フォントサイズ、文字の色、リンク等)をすべて反映しているわけではありません。いくつかの書名にアマゾンのアソシエイトのリンクを張らせてもらいました。
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おどろいた  投稿者:ギャラリー@勉強中 投稿日: 2006年06月15日22時34分

ダーウィンの進化論と今の進化論の内容の違いを知らないんですか?


出入り禁止だったか?  投稿者:Temporal 投稿日: 2006年06月15日22時19分

相変わらずでおますな〜。

態度に問題があると言えば・・・
>「進化論」は哲学的なもの。実証できるのが「進化学」・・・
>http://www.athome.co.jp/academy/genetic/gen01.html
・・・と云った五條堀博士の言は、本音と建前があるということをあき氏がメールで確認してくれましたんで、
五條堀博士の上記の言が仲間内と部外者で異なるのであれば、ダブスタであるということになりまッか?
まあ、ダブスタが悪いというわけではオマヘンがね。
態度としてはド〜でッかね?

セッソーが、確か最初に結論付けたのは・・・
「進化論は科学ではなく、いわば普遍的真理のようなものであり、事実固定されている。」
・・・と云うような結論であったと思いまんが、進化学の専門家はセッソーと同じよーな意見であるヨ〜でおます。

*********引用ここから*********
生物学は生物進化の原因と結果を明らかにする学問であると言われるように,丸ごとが「進化学」そのものである.
しかし,必ずしもこのことがよく理解されてはいないように思われる.
その表れの1つは,「進化論」という言葉が未だに少なからず使われることである.
進化論と言えば,それは1つの考え方ということになる.
しかし,進化は単なる考え方や思想ではなく厳然たる事実である.
・・・・・以下略

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/006921+/top.html
*********引用ここまで*********
引用はこれで間違ってまへンかね?

「進化論」が一つの考え方ならば、「創造論」も一つの考え方。
つまり、両者は等価でおます。
それら自身が科学でない以上、どちらも科学をもってきて説明を試みても問題オマヘンわね。
然るに、考え方の正しさの証明を科学にしてもらうことは、必ずしも出来ンでッしゃろ。
つまり、それらは単なる事実に対する「解釈」でしかオマヘンのでッからね。

また、>進化は単なる考え方や思想ではなく厳然たる事実である.・・・・
のであれば、「進化」自体は「実効反証可能性」を持ちえまへン。
つまり、「厳然たる事実」であれば「進化」は「仮説」ではなく、「反証不能」である・・・と云うことでおます。
(@⌒◇⌒@)y─┛~~


正法無常宗祖師 転法(/\)南無一切無常絶対超越真理


確認  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2006年06月15日21時51分

僕も、以下の質問が ようクンが答えるべき最もプライオリティの高い質問だと認識していますにゃ。
この問いに正面から答えにゃー限り、何の相手もする必要はにゃーと僕も考える。
そもそも、進化論は帰納的に立論されてにゃーと言いながら、帰納的に立論されたカガク理論とは何かとの問いに答えにゃーなどと、お話になりようがにゃーわけだ。また、人格批判だのと騒ぎながら、自分が人格批判をしているダブスタぶり(ま、他にもこの馬鹿のダブスタはいくらでもあるけどさ)も、やはりお話にならにゃーわけ。

どうお話にならにゃーかというと「論理的」にお話にならにゃーのさ。


>要点  投稿者:NATROM 投稿日: 2006年05月20日20時00分

>長々と書くとようさんが答えにくいと思いますので、要点を二点だけに絞ります。以下の二つの点について、ようさんの返事を期待しています。

>・「愚かで陰湿で偏狭だ」ってのは人格批判じゃないんですか?

>・進化論以外の科学理論で、「帰納法」で立論されたものの具体例をあげてください


餌が欲しけりゃ、ちっとは芸をしてみろよ>ようくん


ようさんへ  投稿者:ギャラリー@勉強中 投稿日: 2006年06月15日21時20分

進化は「一般原理化」されているわけではないし、ましてや、今、進化論が認められている理由が、西洋人の「エトス」だなんてとんでもありません。人の理性に照らして、進化論が地球上の生命の有りようをより良く説明しているというだけです。
最初からボタン掛け間違ってません?


訂正  投稿者:AH1 投稿日: 2006年06月15日20時02分

誤 とりあえずwadjaさんじゃないけど

正 とりあえずゆんさんじゃないけど

失礼しました >お二方


それから、よう さん、あなた色々言ってますが、本当に自分の態度に問題ないと思ってます?


プライオリティですか  投稿者:AH1 投稿日: 2006年06月15日19時55分

とりあえずwadjaさんじゃないけど、

・(少なくとも現在知られている)全ての生物の祖先が同じである
・進化は「適応と変化」が大きく関わっているので、両者はニアリーイコールである。ただし、イコールではない。(成長過程で環境に応じて生ずる個体差なども「適応」「変化」と言えるが、集団の遺伝子構成を変化させないから進化ではない)

この2点は別に矛盾なく同居できると考えますが?


で、
「私は『あなたの主張する帰納法』というのが理解できない。よって実例を見せてほしい。」
「『聖書は説明原理として採用できる』理由が全く説明されないのでそもそも論点が理解不能である」
「『出版された聖書は正しいとは限らない』と言うが、出版された聖書以外にどうやって聖書を知るのか」
ははっきり言えばあなたの主張の根幹を為す部分なんですが。


それに近いです  投稿者:ゆん 投稿日: 2006年06月15日19時33分

> ゆんさんはなんの権威をもってそう仰るのか。お仲間へのご忠告でしょうか。「相手になどするな」と言う事か・・・。

意図としては近いです。「こんな不誠実な人まともに議論する価値ないよ。放置すれば?」という一種の呼びかけですね。

もちろん、私がそう考えたところで読んだ人が同様の判断を下す保障など無く、私に人の行動を拘束する権限など無いのですから、別にこれは何の権威を持った発言でもありません。ええ、単なる「お願い」の類に近いです。

もとよりようさんより期待している答えが返ってくるなど期待しておりませんから、どうぞ無視してくださってけっこうです。

ではでは。


ゆんさん  投稿者:よう 投稿日: 2006年06月15日19時19分

ゆんさんはなんの権威をもってそう仰るのか。お仲間へのご忠告でしょうか。「相手になどするな」と言う事か・・・。
ここの書き込みのルールも定かではないし、当人同士の裁量にかかっていると言う判断をしています。蒸し返しますか?私はそのような責任も感じていないし、エネルギーもありません。

ゆんさんの引用したNATROMさんの私へのレスの内容は、私の質問に対する質問返しであり、対話が成立しなかったという事です。感情的でもあったでしょうし。
優先順位、というものがあると思います。個人の感情や思いを後回しにしてでも、議論が大事なのであって、それ以外のことはあまり重要とは考えません。

はっきり言えば、プライオリティの低い質問には答えないのです。>AH1さん

さて、ゆんさんの進化論では「全ての生物の祖先は同じ」と言う事ですが、wadjaさんのお考えは”変化と適応≒進化”と仰います。なぜ同じ「進化論」とくくれますか?ぜひお答えいただきたい。ゆんさんが答えたくなければ他の方でも結構です。肝腎なのは「論点」であって、パーソナリティではないはず。

*私のゆんさん批判は、人格についてではありません。「言動」のあり様に対してのものです。
もう一つの帰納法の科学理論、との事ですが・・・。経済学では人間を「合理的で最大利益を追求する者」と仮定していますし、J・ロックやホッブズは人間社会の本来的姿を「自由」や「反目」などと言うように仮定しているわけです。(少々乱暴な言い方ですが)
自然科学においてはそちらの皆さんの方がお得意でしょう。なぜ私にそのような質問をされるのかが判りません。


いいかげんにしようね  投稿者:AH1 投稿日: 2006年06月15日17時39分

>”≒”ですか・・・。それは少々ずるい(笑)。

質問からは逃げ回り、何食わぬ顔で同じ話を壊れたレコードみたいに繰り返すあんたの方がよほどずるい。

あんたの言う「帰納法で立論」てのは何があるのさ。
「聖書だから」絶対正しい理由を誰かに納得させてごらんよ。

それから、前にどなたか突っ込んでたけど、出版されてもいない「正しい聖書」をあなたはどうやって知ったの?読み得る唯一の資料は間違っている可能性があるのに、そのもとの姿は絶対正しいとどうやって理解するのさ?


wadjaさん  投稿者:よう 投稿日: 2006年06月15日17時27分

>wadjaにとっては、「変化と適応」≒「進化」なんですけど。

”≒”ですか・・・。それは少々ずるい(笑)。進化することなく変化と適応は出来ますしね。進化は一般原理化されているんですよ、今すでに。特に日本においてはね。キリスト教徒が少ない、と言う理由でしょうけれど。極めて非論理的な現象です。明治時代は進化論支持の学者が意志を持って、来日し教鞭を取っていますね。学者達は驚いたようです、西洋では当たり前の反論もおこらず抵抗なく受け入れられた事を。それゆえに日本の学界を進化論の本丸、牙城として考えたとも聞きました。(お話し)

変化と適応があり、生物種の多様性もあり分類整理された生物学体系を見て、【進化】したと言うアイディアが浮かんだ。ここまでは良いでしょう。
しかし、このアイディアを帰納法で立論する事を怠った。今の人類には見当もつかないのかもしれません。

産業革命の前後のそれぞれの社会の有様を見て、まさにそれは「眼を見張る」ようであったのだ、と思います。ヘレニズム文化を含めた大いなる過去を完全に凌駕した、と感じた事でしょう。
「歴史」とはそもそも聖書に書かれて在るように「どこからどこへ」と言う事から始まっています。故に進化論も産業革命を真っ先に迎えた西洋人の「エトス」でもあり、人間は神に背くと言うのは繰り返し聖書に記述されているエトス(人間の業と言うべきか)でもある訳です。

科学哲学の特に目立った専門用語などはありませんでしたよ。私の主張、帰納法・演繹法について確認したに過ぎません。


(無題)  投稿者:とんからりん 投稿日: 2006年06月15日12時22分

進化論で言うところの進化と日常使われる進化(=進歩)との区別がなんかなくなってきているような。

>かく言う私自身も日々進化を続けております。昨日よりは今日、今日よりは明日と、・・・もっとも自分でそう思っているだけですが、こう言う考え方って前向きで良いと思いませんか?

これは進化論で言うところの進化ではないですよね?
話が混乱するから使い分けてはいかがですか?


その話知ってるよ!  投稿者:ミニヨン 投稿日: 2006年06月15日11時22分

鏡の国のアリスの話ですよね!相対性原理を突いている数学者ルイス・キャロルさんの一本勝ち。。
ちなみにキャロルさんは 元祖ロリコンおやじなんですってさ♪

(*^ω^*)萌え

お帰りなさいませ、御主人様☆☆☆


赤の女王  投稿者:JA50 投稿日: 2006年06月15日 9時21分

立ち止まるためには走る続けないといけない、てのもある、、、(^^)


退化も進化のうち  投稿者:JA50 投稿日: 2006年06月15日 9時19分

ですから、あなたも、もちろん進化していて当然です。
前向きだろうが後向きだろうが、そんなことはどっちでもいいんです、進化にとっては。


ようさんへ  投稿者:wadja 投稿日: 2006年06月15日 0時40分

一応さん付けに戻してくれたみたいなんでw、レスはしておきます。

>あれから科学哲学も勉強してみましたが、やはり「立論」されていないんですよ、進化論は。

第3掲示板の方で、学んだ一般的な科学哲学の用語を使って、何故「立論」されていないのか理由を教えていただけると助かります。

>変化と適応、ですよ。

wadjaにとっては、「変化と適応」≒「進化」なんですけど。

>ノンクリさんのご発言に絡んで申し上げますと、(ry

見れば分かる通り、ノンクリさんの発言はwadjaより後です。別にノンクリさんの発言(ネタ)に出てくる「進化」を予想して、「進化を見た人はごまんといます」と言った訳じゃないです。世代交代の早い単純な生物を使用した実験で進化を観察することは可能ですし、環状種等の観察結果からも、進化を「見る」ことが可能だと言いたかったのです。

既にミケサン他、ようさんに対し多くの回答や、質問が寄せられています。それらの方々へのレスが終わったら、喜んでようさんと議論させてもらいますよ。


『私の意図』  投稿者:ゆん 投稿日: 2006年06月14日23時21分

他人の書き込みを単にコピペするだけってのも行儀悪いので、ちゃんと「私の意図」を説明しておきます。

5/20前後、この板ではようさんと掲示板常連の激しいやりとりがありました。ようさんが常連の方々の質問を無視して姿を消したことで、そのときのやり取り自体は立ち消えになったのですが、私はようさんが一定の「回答」をするまでは、ようさんの事をまともな議論の相手として扱う価値はないと考えています。

下記で私がコピペしたNATROMさんの引用は、5/20頃のやりとりの要約として、非常に簡潔によくまとまっていると私は考えています。他の人がどうするかは知らないけど、少なくとも私は、ようさんが下記の書き込みへの回答を行うまで、ようさんをまともな論客として扱おうとは思いません。


はいはい、わろすわろす  投稿者:ゆん 投稿日: 2006年06月14日20時47分

>要点  投稿者:NATROM 投稿日: 2006年05月20日20時00分

>長々と書くとようさんが答えにくいと思いますので、要点を二点だけに絞ります。以下の二つの点について、ようさんの返事を期待しています。

>・「愚かで陰湿で偏狭だ」ってのは人格批判じゃないんですか?

>・進化論以外の科学理論で、「帰納法」で立論されたものの具体例をあげてください


進化したのは、、  投稿者:JA50 投稿日: 2006年06月14日19時34分

ヒトじゃなく化粧法。

なぜヒトではメスの方が性的魅力を振りまこうとするのか?
これって進化、いや、自然選択説でこじつけられないか。
なんか面白い説をでっちあげられそうな気もするんだけど、、、


wadjaさん  投稿者:よう 投稿日: 2006年06月14日19時18分

>なんら自然科学的な検証に耐える証拠無しに進化論を信じていることを証明しないとだめです。

「検証」と言うのはある理論通りなのかどうかを実験してその通りである事を証明する、と言う事ですよ。あれから科学哲学も勉強してみましたが、やはり「立論」されていないんですよ、進化論は。
でも長く、多くの科学者が進化論を支持してきた、と言う事は「信仰」と言っても言いと思いますよ。

>あと、残念ながら進化の全てを見た人はいませんが、進化は直接に観察することは可能ですし、進化を見た人はごまんといます。

変化と適応、ですよ。
ノンクリさんのご発言に絡んで申し上げますと、発育期に動物性脂肪を多く摂取すれば、身体は大きくなると聞いています。
因みに哺乳類の中で母乳に含まれる動物性脂肪の比率が一番高いのが鯨、と聞いております。「お話し」ですがね。


追加  投稿者:ミニヨン 投稿日: 2006年06月14日17時55分

そりゃそうよ
毎日毎日浜崎あゆみの陶器のような、シミもクスミもない肌の美人が美しい綺麗素敵な格好していたら、あたしだって何よ!ってマスメディアの嘘に踊ろされるのは、ギャルばかりか、子育ても先ずは卒業された団塊の奥様まで、
萌えって感じも
皆んな同じ顔になっております。

資生堂じゃなくて
あれはコーセーだったみたいでした訂正です!

ソース一覧です。

http://ocnspecial.blogzine.jp/weekly/2006/04/__6ce7.html

http://hccweb5.bai.ne.jp/bupposo/bijyo.htm

http://www.meti.go.jp/press/past/c60924d1.html

http://mblog.excite.co.jp/user/ricobeauty/entry/detail/?id=2560687

ホンジャね〜♪

ちなみにあたしはチビブスです!

ANGIE A アンギャ


ノンクリさん違うデー  投稿者:ミニヨン 投稿日: 2006年06月14日16時51分

進化やあらへんがな

脚のリーチが長くなったのは認める、例外もたくさんいるけど、それは基本的に戦後の栄養や諸々の条件がバランス良く成果をあげただけダョ。
顔形についても髪型化粧服装のトリッキーな部分が相当で 進化じゃないです!現に資生堂の研究所での日本人女性について詳しい結果では 基本的に明治大正昭和平成の女性の顔形は顎の筋肉が衰えている以外は変化無しってでていますよんだ。
あと美人は目立つしね。インナーイメージで潜在意識の変化で美的センスが良くなったかもしれないし、テレビがネットのお陰で美に対する憧れが美しい女性を磨きあげるのかもね〜でも、生物進化とはチャウチャウデー

(^ω^;)v


それは進化じゃない  投稿者:JA50 投稿日: 2006年06月14日10時03分

って、ジョークに反論してもナンセンスかな、、、

なお、100万年もしたら、人類は滅んでいなくなっていると、私は予言しておく。


29° さんへ  投稿者:wadja 投稿日: 2006年06月14日 0時04分

初めまして、wadjaと言います。

>進化を見た人もいませんし、結局のところ信仰の問題では??

まず、進化論を信仰することも可能だと認めておきます。しかし、「結局のところ信仰の問題」と結論付けるには、例えば進化論を支えている進化生物学の専門家達が、なんら自然科学的な検証に耐える証拠無しに進化論を信じていることを証明しないとだめです。できると思いますか?

あと、残念ながら進化の全てを見た人はいませんが、進化は直接に観察することは可能ですし、進化を見た人はごまんといます。

あと、

>聖書の記述と矛盾するあらゆる宗教が間違いで、キリスト教のみが正しいと客観的に証明できなければならないですね。

等という人も大きな勘違いをしているように思います。宗教に、客観的な証明が必要だなんて、誰が言ったんでしょ?


ハートに近いというなら、、  投稿者:JA50 投稿日: 2006年06月13日10時15分

胸骨の方がより近いと思うぞ。
(心マッサージは胸骨を真下に押す、肋骨を押そうとすると、、、骨折り損のくたびれもうけ)
それに、骨髄も多いし、、、(^^)


お久しぶりです  投稿者:この世は仮の世・仏性 投稿日: 2006年06月13日 8時20分

新規にブログ開設しました

http://blog.livedoor.jp/loveearth2/?blog_id=1764598


聞く耳を持たぬ者  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2006年06月13日 2時17分

発言内容以前の問題として、聞く耳を持たにゃーのは誰なのか?


それはそうと

>キリスト教のみが正しいと客観的に証明できなければならないですね。
>事実ならできるはずですね。

この記述はお笑い。
事実なら証明できるって?(げらげら


作法も論理もまるでなってにゃーな>鶏のクソ


それはわかったから  投稿者:NATROM 投稿日: 2006年06月13日 0時39分

鶏糞さんへ。「>抜粋<」とあったから、かろうじて剽窃じゃなくて無断転載ということにしといてあげるけど、何か言い訳とか謝罪とかはないんですか。


Re:(無題)  投稿者:29° 投稿日: 2006年06月13日 0時37分

進化を見た人もいませんし、結局のところ信仰の問題では??

ヒューマニスト宣言を信じる人か、創造主を信じる人か??


(無題)  投稿者:鶏糞 投稿日: 2006年06月13日 0時18分

聖書の宇宙観や、人間の創造などの記述が、絶対に正しいというなら、聖書の記述と矛盾するあらゆる宗教が間違いで、キリスト教のみが正しいと客観的に証明できなければならないですね。
事実ならできるはずですね。
信者が、「自分の所の宗教は正しい」と主張しても、主観だけでは証明になりませんよ。


もう  投稿者:ミニヨンぴょん 投稿日: 2006年06月12日22時32分

スルーしていいって言ったのに〜
親切な殿方たちに感謝いたします。ありがとう。

充分納得です!

サンキュ(*^_^*)


引用の手本  投稿者:NATROM 投稿日: 2006年06月12日21時32分

鶏糞さんは、引用するときのルールについて勉強しなおしてくださいな。鶏糞さんが引用したというか無断転載した文章は、「聖書とは逆に発生学的には哺乳類は女性が基本である」という趣旨です。引用元(というか転載元)にあたれば、別に創造論に反対するような文脈ではなく、ちょっとしたためになる(?)お話にすぎません。アダムとイブの性染色体の話についてですが、創造論者であるところの久保有政氏は、「創造論の世界」(徳間書店)で、このように書いています。

>…だからもし、女から男を造ろうとしたなら、新たにY染色体を創造しなくてはならない。しかし男から女を造るなら、XYの染色体からXだけを取り出して、それを単に二倍すればよかった。染色体のコピーをつくることは、今日もすべての生物の細胞分裂の際になされていることだから、簡単なことだった。だから、X染色体を二倍にすることは、きわめて容易だった。細胞学的に見ると、このように男の中に、女の基本的性質がすでに含まれている。それで神は、男から女を造られたのである。(P304)

この論理もちょっとどうかと思いますが、少なくとも発生学的な話からは久保センセイの主張は否定できないと思います。仮の話として、たまたま哺乳類において雄が発生学的に基本的な性だったとしても、久保センセイが正しいことにはなりませんしね。

ちなみに、「何で肋骨なの?」という疑問には、久保センセイは、

>骨髄細胞は、[盛んに細胞分裂をするので]細胞培養にきわめて適したものなのである。男の体の一部から女を造る際に、「あばら骨」は、きわめて適切だった。(P303、[ ]内は引用者によって補足)

と書いています。勉強になりますね(棒読み)。「アダムの肋骨取ったらまた 生えてくるの?」という疑問には、

>アダムのわき腹から、エバを造るために「あばら骨」の一部が取られた。とすれば、アダムはその後死ぬまで、あばら骨の一部が欠けたままだったろう。しかしこれは後天的なものだったので、あばら骨の欠損が、子孫に遺伝することはなかった。(P302)

これは、「男性の肋骨は女性と比べて1本少ない。これは聖書の創造が正しいことの証拠だ!」とかマジで言っちゃう阿呆な創造論者(実際やふー掲示板で遭遇したことがある)がいたから、わざわざこう書いたのでしょう。でも、これに類する言動を久保センセイはしちゃっているんですけどね。


ありゃりゃ  投稿者:RYU_TI_SYU 投稿日: 2006年06月12日20時58分

ドロボウ(・A・)イクナイ


(無題)  投稿者:なまけもの 投稿日: 2006年06月12日19時28分

鶏糞氏の投稿で最も重大な問題は、出典を示さず、しかも丸ごと全部引用(というよりも剽窃)だという点にあると思います。

http://agri.mine.utsunomiya-u.ac.jp/hpj/deptj/anij/animal/TOPICS/!CHOTTOH2.html


ねぇねぇ教えて  投稿者:ミニヨンぴょん 投稿日: 2006年06月12日18時52分

アダムの肋骨取ったらまた 生えてくるの?
肋骨をベースに細胞分裂やら、何やらで可愛い女の娘が本当に出来るのかな?再現実験は無理だとしても、その可能性 っていうか全能者オールマイティゴッドなら、出来るわよね。

なら何で肋骨なの?
尾底骨や恥骨、頚骨は死んじゃうか!

肋骨ってハートに近いから、象徴的な詩 なら何んて素敵なお話しですね♪

わたし何言いたいんだろう?スルーしていいからね。テヘ
(*^_^*)


多分  投稿者:匿名希・望 投稿日: 2006年06月12日17時29分

「生まれた」と「作った」は違うと主張したいと思われ。
まあ確かに男が先か女が先かに比べたらこっちの方が重大な違いだから鶏糞氏のツッコミは二重の意味でピント外れだと思うけど。


あれ?  投稿者:たまごどん 投稿日: 2006年06月12日16時09分

ノンクリピョンは「(聖書には)そんなことを書いてないよ」と主張しているのらかな?だとするとたまごどんの「解説すると」は大間違いだったピョン。ごめんなのら。

ほんで、ネットで引用するとこれなんだけんど
http://www.is.seisen-u.ac.jp/~zkohta/bible/old_t/1/gen.html#gen02

GEN02:21 主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。
GEN02:22 そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。主なる神が彼女を人のところへ連れて来られると、
GEN02:23 人は言った。 「ついに、これこそ わたしの骨の骨 わたしの肉の肉。 これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう まさに、男(イシュ)から取られたものだから。」

「アダムの肋骨からイブが生まれた」と解釈して、何か問題があるピョンかな?


解説すると  投稿者:たまごどん 投稿日: 2006年06月12日13時20分

ミニヨンピョンは勘違いしているピョン。ノンクリピョンは、

>神の言葉は永遠の真理なので更新など不要。あと人間の科学なんて超越している。

と(仮の立場で)主張したのら。それに対し鶏糞ピョンは

>聖書では、アダムの肋骨からイブが生まれたということですが、実は、生物学的には、この逆と言えます。

と反論したつもりなのら。でもこれって「人間の科学は聖書の記述よりも正しい」という立場なのらな。だからノンクリピョンは「(オレは)そんなことを書いてないよ。よく読んで」と注意を促したんだピョン。ミニヨンピョンはここんとこを「(聖書には)そんなことを書いてないよ」と読み違えたんだあ。ちゅうことでOK牧場?ちょいノンクリピョンの書き方が不親切なんで、ミニヨンピョンの勘違いも仕方ないと思うピョン。


あにょ〜  投稿者:ミニヨン 投稿日: 2006年06月12日11時03分

ノンクリさん

横レス失礼参上つかまつります。

聖書には 書いてありますよ?

確かに…

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%A0%E3%81%A8%E3%82%A4%E3%83%B4


(無題)  投稿者:鶏糞 投稿日: 2006年06月12日 2時17分

>抜粋<

聖書では、アダムの肋骨からイブが生まれたということですが、実は、生物学的には、この逆と言えます。哺乳動物では、雄と雌の性の違いは、それぞれが持っている性染色体によって決まり、雌はXX、雄はXYです。性の分化、すなわち雄になるか雌になるかということは、子供がお母さんの体内にあるうちに決まる訳ですが、それは、その子、胎児が雄になる遺伝子を持っているかいないかで決まります。この遺伝子はSRYと呼ばれる遺伝子で、Y染色体という雄に特異的な染色体に位置しています。この遺伝子があれば、胎児は雄になるのですが、なければすべて雌になります。胚発生の初めには、雌雄どちらにもなりうる生殖器の原始的器官が備わっています。このままですと雌へと発生するのですが、そこにSRY遺伝子が存在しますと、生殖器は雄へと分化していきます。このことを指して、アダムとイブの話しは、生物学的には聖書と反対だといったのです。哺乳動物では、雌の生殖細胞、卵子はどれも皆同じにX染色体を持っていますが、雄の生殖細胞は、X染色体を持つ精子とY染色体を持つ精子の2型があります。このため、哺乳動物では性の決定は、受精した時にX染色体を持つ精子が受精したかY染色体を持つ精子が受精したかで決まります。すなわち、Y染色体を持つ精子が卵子内に入ると雄になり、X染色体を持つ精子が卵子と受精すると雌になります。これを遺伝的性と呼んでいます。その後、胎児が発生していく段階で、生殖巣が遺伝的性にあったように、すなわち雄でしたら精巣、雌でしたら卵巣へと発生し、さらに生殖巣に合った内部生殖器および外部生殖器が形作られます。これを生殖器の性と呼びます。また、脳も性的に雄のタイプもしくは雌のタイプへと分かれていき、雌は、哺乳動物の雌に特有の性周期、発情期を繰り返すようになり、さらに、雄は雄らしい、雌は雌らしい行動をとるようになります。さらに、成長して、性成熟期(思春期)を迎えますと、外部生殖器をはじめ、外貌的にも雄は雄らしく、雌は雌らしくと性に特有の特徴、第2次性徴を示すようになります。


端的に言えば  投稿者:ゆん 投稿日: 2006年06月11日11時49分

「反証可能性」は、対象が科学であるかどうかをチェックする有力なリトマス試験紙のひとつですが、反証可能性を満たすからと言ってその対象が科学であるとは限りません。

・「反証可能性を満たさない → 科学ではない」は、おおむね成立しますが、
・「反証可能性を満たす → 科学である」は、成立しません。

進化論は「反証可能性を満たすから科学である」わけではなく、証拠の積み重ねと検証という標準的な科学のプロセスに拠っており、そこに決定的な矛盾が見つかっていないがゆえに、科学とみなされているのです。

進化論は間違いなく反証可能であるのですが、その事実は進化論が科学であるとみなされている多くの理由のひとつに過ぎない、というわけです。

(進化論が反証可能であることを示す実例については、ご希望があれば解説します)。


要するに  投稿者:メビウス 投稿日: 2006年06月11日 4時54分

証拠が存在しないことがゴルゴ13の仕業だという何よりもの証拠なんです!!


悪魔の証明/Wikipidia  投稿者:メビウス 投稿日: 2006年06月11日 4時52分

「あることの証明」は、特定の「あること」を一例でも提示すれば済む。しかし、全称命題を対象にする「ないことの証明」は、全ての存在・可能性について「ないこと」を示さねばならない。すなわち、「ないことの証明」は「あることの証明」に比べ、困難である場合が多い(検証と反証の非対称性)。

このため、議論においては、「ある」と主張する側が、「ある」を証明すべきであると言われることがあり、このようなルールにも、一定の合理性があると言える。もちろん、現実の論争の場で、これは絶対的なルールではない。何故なら状況証拠・間接証拠を収集して、推論を導き出す事は有効であると社会的に認められているからである。

科学における証明は「ある」と主張する肯定側が負うべきとされている。したがって、「ある」が証明されなければ「ない」と見なされる。証明抜きで無限に発せられる荒唐無稽な主張に対して、否定する側が全ての可能性を反証しなければならないというのは不合理だからである。

ただし、「ある」と主張する側が適切な理由を提示できる場合は、「可能性が極めて低いが完全には否定できない」「存在の可能性を考慮しても良い」などとされる場合もある。また、「ある」と主張する側が議論を確定させるほど証明力のある証拠を提示しないとしても、『「ない」ことの証明』にはならないということにも留意すべきである。

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対象
悪魔の証明という言葉は、主に次のような形の主張への攻撃または批判の道具として使われる。

「月の裏側にウサギがいないという証拠は無い」→「だから月の裏側にウサギはいるだろう」
つまり「○○が存在しない、という証拠はない」から、一気に飛躍して「だから○○は存在する」と変化するタイプの主張である。 しかしこのような主張を認めると、ほぼどんな物でも存在すると言えてしまう。ここで例として「ウィキネコ」という仮想の生物を今から考えてみよう。ウィキネコは歯が100本あるとしよう。また色はピンク、そして全長はたったの5cm、性格はかなり臆病で、人間には全く近寄らない、主に土中深くに穴を掘って暮らしている、としてみよう。そうするとやはり「ウィキネコが存在しない」という証拠はまったくないのだ。そしてここから「ウィキネコは存在する」という結論を導いてみれば、上のような月ウサギの議論が如何に馬鹿げているかは分かるだろう。このような「存在しない証拠はない」→「だから存在する」という形の主張は擬似科学でも非常に多く見受けられる。より一般的には存在の問題だけでなく、あらゆるタイプの主張がこのような形をとる。それらは一般化すると、「○○という説が間違いである、とは誰も言えない」から一気に飛躍して「だから○○という説は正しい」と変化する形の主張、として括る事が出来る。


横から/Wikipidiaより  投稿者:メビウス 投稿日: 2006年06月11日 4時40分

キッドさん、こんにちは。

概要
科学理論とは、反証可能性を備えつつ未だ反証されていない理論のみ生き残る「暫定的仮説」の性格を持ち、厳しいテストに耐え抜いた仮説ほど、より信頼性が高いと見なされる。潜在的な反証例をより多く持つ仮説がより反証可能性が高い仮説である。従って、実際に必ず反証されることとは異なる。この思想を方法論的反証主義と呼ぶ。科学哲学者カール・ポパーが科学と科学でないもの(疑似科学、宗教)とを区別する境界設定の基準として提唱しはじめた。例えば、ポパーはフロイトの精神分析やマルクス主義は反証可能でないため、科学的でないとした。

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反証主義に対する批判
ポパーによる反証主義は初期に提出されたものであり、その重要性が評価されるとともに、様々な批判に晒されもした。ラカトシュは、理論の前提となる重要な仮説(hard core)の周りに補助仮説群(protective belt、初期値を始め前提となる条件・重要なものと無視できるものの区別・その他)があり、反証例が現れたとき、補助仮説を追加変更(修正)することで、重要な仮説が守られうるという「research program」の概念を提唱した。これは、反証主義をポパーのように原子論的な枠組(仮説とそれに対応する観察の一対一の関係、観察が仮説をすぐに肯定ないし否定する)によって規定せず、全体論的な構造を科学に当てはめるものである。

これは「デュエム−クワイン・テーゼ」とも相即する。クワインによれば、全体論的な構造では、修正は全体のどこにでも等しくなされうる。観察とその背景理論を検討してもよいし。そして、それによってある理論の成否を左右する「決定実験」は存在しないこととなる。補助仮説群の修正によって反証可能性が高まり新事実が予言できるようになる理論が、前進している理論である。

反証主義の台頭によって、立証責任を果たさなかったり、アドホックな仮説を立てた反証逃れによって常に擁護されている反証可能性のない理論は、基本的に科学の領域では取り扱わない、と科学者は信じる傾向にある。しかし、現実の科学の営みでしばしばそれらが見出されることが、ノーウッド・R・ハンソン、トーマス・クーン、ファイアアーベント、ブロア、リン等によってたびたび指摘されている。


(無題)  投稿者:キッド 投稿日: 2006年06月11日 3時37分

diamonds8888xさん 助言のほどありがとうございました&遅レス申し訳ございません。

つまり、「先カンブリア紀の地層から大量の石器が発見」されるという証拠(これが進化論の反証になると仮定すれば)を得る可能性があるため進化論は科学の対象である、ということでよろしいでしょうか?
あと、もしよろしければ、後学のためにも「反証可能性の正しい定義」を教えていただけないでしょうか?


鶏糞さんへ  投稿者:NATROM 投稿日: 2006年06月10日 0時47分

聞く耳を持つ者のいるところで発言することをお勧めします。


(無題)  投稿者:鶏糞 投稿日: 2006年06月10日 0時33分

聖書には科学の事は何も書かれていない。
精神面の事のみ記述されている。
宗教本だから。
独特の宇宙観にしても、実際の物理現象ではない。
ゆえに、進化論という科学的仮説には何の関わりもない。

>神の言葉は永遠の真理なので

どの神かな?
あらゆる宗教が同じ事を言ってますが。


ありがとう  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2006年06月09日18時16分

さんきゅー>エロイカクレクマノミ

状況に応じて、ある種の遺伝子が「発現する」というのなら実に腑に落ちますにゃ。
それと、遺伝子が増減するというのはまるで異なる次元の話にシロウトの僕には思えたので質問してみましたにゃ。

なんちゅうか、遺伝子の増減、とかいわれるとラマルキズムっぽく理解してしまうニンゲンがいるだろうし、この記述ではそうした誤解もやむをえにゃーように思いますにゃー。


代弁します  投稿者:ノンクリ 投稿日: 2006年06月09日13時00分

>何百年以上も更新されない書物の記述が一言一句科学的に正しいなんてありえないw
進歩が無いじゃん。

神の言葉は永遠の真理なので更新など不要。あと人間の科学なんて超越している。


(無題)  投稿者:鶏糞 投稿日: 2006年06月09日 0時00分

>どなたに向かって発言しておられるんじゃろうか?


聞く耳を持つ者。


鶏糞殿へ  投稿者:RYU_TI_SYU 投稿日: 2006年06月08日21時19分

前々から伺おうとおもっとたんじゃが・・・

どなたに向かって発言しておられるんじゃろうか?


(無題)  投稿者:鶏糞 投稿日: 2006年06月08日20時33分

科学の世界では、定期・不定期的に更新される情報の方が精度が増しているわけだけどね。

何百年以上も更新されない書物の記述が一言一句科学的に正しいなんてありえないw
進歩が無いじゃん。


多分mRNA?  投稿者:カクレクマノミ 投稿日: 2006年06月08日20時25分

>働いている遺伝子の数を調べた結果
>記憶力を抑える遺伝子「CREB2」が平均約300個存在していたのに対し、記憶力を高める遺伝子「CREB1」は数個しかなかった。

このあたりを読む限り、多分mRNAの量を調べたんじゃないかと。
mRNAが多いということは、多く転写・翻訳されている=多く発現していることの指標になります。
普段はどうでもいいことまで記憶するのは無駄なので、抑制遺伝子が多く発現している。学習が必要な状況になると、抑制遺伝子の発現が減って記憶が形成される。まあ、納得できる結果ではあります。

ただ、
>記憶を妨げる遺伝子の数は記憶を高める遺伝子より数十倍多く
というのは意味があるんですかね?(mRNAのことだとして)
発現量が少なくても、たんぱく質1つあたりの効果が強ければ同じなわけで。
同じ遺伝子がで、部位や時期、環境によって発現量が違うというのには意味がありますけど、違う遺伝子で発現量を比べても…


科学関連の記事を書く新聞記者なら、セントラルドグマぐらい知っとけよと小一時間。


遺伝子がふえたりへったり?  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2006年06月08日12時02分

<記憶>妨害遺伝子、「学習」で減少 貝で研究
(毎日新聞 - 06月07日 16:10)
 記憶を妨げる遺伝子の数は記憶を高める遺伝子より数十倍多く、学習で半減することが伊藤悦朗・北海道大客員研究員(神経生物学)らの貝を使った実験で分かった。これら2種類の遺伝子はヒトを含め多くの動物に存在しており、記憶力の向上に役立つ薬剤開発につなげたい考えだ。

 ヨーロッパモノアラガイという貝を使って調べた。この貝の脳は構造が単純で、細胞数もヒトの1%以下の数十万個と少ないため、どの細胞が記憶にかかわっているのか調べやすい。

 実験では、貝が好む砂糖水と、苦味のある塩化カリウムを15秒間隔で10回、交互に与えた。貝は砂糖水の次に塩化カリウムが来ると学習し、砂糖水が与えられてから15秒後には口を動かさなくなった。

 学習前後で反応の仕方が変化した細胞を特定し、働いている遺伝子の数を調べた結果、記憶力を抑える遺伝子「CREB2」が平均約300個存在していたのに対し、記憶力を高める遺伝子「CREB1」は数個しかなかった。CREB2は学習で約150個に半減したが、CREB1の数に変化はなかった。

 CREB1、2が記憶にかかわることは知られているが、それぞれの遺伝子の働きが学習によってどう変化するかは解明されていなかった。

 砂糖水を与えられた後に誤って口を動かす回数は、目覚め直後の午前中に訓練した方が午後に比べ半分に減り、朝型の学習効率が高いことをうかがわせた。伊藤さんは「どのような刺激が2種類の遺伝子の働きを左右するのかを分析し、効果的な学習方法の提案や記憶障害の解決につなげたい」と話す。【田中泰義】
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以上、ミキシにあった記事なんだけど学習で遺伝子の数がかわるってなんのこと?
例によって毎日の不正確な記述なのかにゃ?
おしえてエロイひと!


時が経てば  投稿者:diamonds8888x 投稿日: 2006年06月08日 5時49分

>しかし一方進化論は19世紀になって考えられ始めたものである。

 ここがポイントだということみたいです。じゃあ、あと2千年ほど待てばいいんじゃない。時が経てば「帰納法的立論」は不用になるということなんでしょうから。


(無題)  投稿者:鶏糞 投稿日: 2006年06月08日 0時29分

それから、聖書の宇宙観だけが正しくて、他の宗教の宇宙観が間違いである事の、客観的・科学的根拠を説明して欲しいね。

科学国への海外遠征(進化論の否定)の前に宗教国国内統一(他の宗教が間違いで、聖書だけが正しい事の証明)が先でしょう。


(無題)  投稿者:鶏糞 投稿日: 2006年06月08日 0時22分

>創造論は聖書の記述を正しいものとして演繹法で検証作業を行う

検証する前に「正しいもの」と決め付けるのは科学的手法ではない。

第一、創造論者は聖書の検証などしていない。
創造論者にとって「聖書の内容を疑ってはならない」は絶対条件なのだから。


よう さんへ。  投稿者:ミケ 投稿日: 2006年06月07日23時36分

5月24日(水)00時03分10秒の投稿のコピペです。
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>種を超えて、異なる種が「共通の祖先を持つ」としなければ何の意味も無いのだ。時間の浪費は止めたまえ。

・『種を越える変化』というものを想定するのは本来はナンセンス。なぜなら、『これくらい違っていれば別種、これくらいまでなら同種』という線引きが厳密にはできないから。

・とはいえ、広く使われている種の定義(生物学的種概念)を適用する場合、『種を越える変化』は実際に観察されている。


上記二点、どちらの視点から考えても、
>異なる種が「共通の祖先を持つ」としなければ何の意味も無いのだ。
という批判は何の意味もありません。

なお、質問してくだされば
・『種を越える変化』なんて言葉が幻想だと言い切れるくらい、種の境界が曖昧である例
・異なる種になった例
どちらについても第三掲示板に提示いたします。
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さて、↓まあ同じこと言ってるんだけどこちらもご覧ください。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/5329/1143897717/484
『生物の中には共通祖先から分かれたものがある。』を証明された公理として扱ってよいかな?


目と体色の退化  投稿者:ミケ 投稿日: 2006年06月07日23時31分

単に相手の言い分を認めるだけでは癪なので
ウェルチ博士の論文でも探してみようと思ったんですが、
論文検索では見つかりませんでした。ちぇっ。。。

まあアレだ、負け惜しみ(?)ですが
そもそもは「ほんのちょっとだろうと有利なら累積する」ってのに対して、
「いや、ちょっとだけ待って」というのがミケの主旨だったわけですから、
『目の退化についてはかなり強い選択圧がかかっているらしい』ってことは認めて、
そこから話題を広げてったほうがミケ的にはカッコがついたわけですなぁ。
体色は浮動っぽいわけだから。

半端な自説にこだわるべきところではなかった、、、ってとこですね。
まあでも気になるもんは気になるんで引き続き探してみます〜。


うひゃひゃ  投稿者:大文字ナン 投稿日: 2006年06月07日20時04分

ようくん、ひさしぶり。

つぎ、は、いつ、くる、の、かなぁ、と、おもって、いました、よ。
それ、ぢゃぁ、また、ね。


やれやれ  投稿者:AH1 投稿日: 2006年06月07日19時56分

何食わぬ顔してフリダシか。

で、聖書は科学的に無謬であると仮定できる理由を(何度も尋ねたにも関わらず) よう氏は全く答えておらず、結果として誰一人として説得できていない。
ということは、以前 よう氏の書いた「科学は説得の技術だ、技術が低くて説得できないのはトンデモだ」という内容から演繹して、
よう氏の意見はトンデモである。論理的に。


あきらめたら?  投稿者:NATROM 投稿日: 2006年06月07日19時51分

試合終了です


ようさん  投稿者:クハ72 投稿日: 2006年06月07日19時49分

もう「自分は進化論を理解することはできません」と正直に認めたら楽になれるんじゃない?

ところで「『創造論vs進化論』という看板」なんて一体どこにあるのだろう?


これ貼っとけば十分かなと思った  投稿者:ゆん 投稿日: 2006年06月07日19時42分

>要点  投稿者:NATROM 投稿日: 2006年05月20日20時00分

>長々と書くとようさんが答えにくいと思いますので、要点を二点だけに絞ります。以下の二つの点について、ようさんの返事を期待しています。

>・「愚かで陰湿で偏狭だ」ってのは人格批判じゃないんですか?

>・進化論以外の科学理論で、「帰納法」で立論されたものの具体例をあげてください


進化論は、、、  投稿者:JA50 投稿日: 2006年06月07日19時08分

創造論は創造があったものとして演繹法で検証作業を行う。論理的に問題ない。
進化論は進化があったものとして演繹法で検証作業を行う。論理的に問題ない。

あれ?

相変わらず、無茶苦茶だなぁ、、、
用語の使い方からして無茶苦茶だから論理云々以前なんだよねぇ、、、


進化論は反証不可能である。  投稿者:よう 投稿日: 2006年06月07日18時49分

何故なら、立論されていないのだ。論理的に。

進化論にも数学が使用されていると仰っているが、「数学オペレーション」と数学的論理的に立論されているかどうかは別問題である。

キッドさんの発言は科学哲学的な見地からの物言いである、と思われる。科学であるかどうかの彼岸は「反証可能性」であり、その対象ではないのだ。

もういい加減に「創造論vs進化論」という看板は取り下げた方が良い。意味が無い。議論にならないのだ。

創造論は聖書の記述を正しいものとして演繹法で検証作業を行う。論理的に問題無い。
しかし一方進化論は19世紀になって考えられ始めたものである。よってまず「帰納法的立論」が為されなければならない。しかし現状はこの作業をすっ飛ばして、進化はあったものとして演繹的に検証作業が行われている。
進化と言うものを150年間「合理化・抽象化」出来ないのはなにゆえであるのか、そこにこそ進化論者は考えをいたすべきである。


微妙  投稿者:大文字ナン 投稿日: 2006年06月07日15時09分

>それでは「種の起源」以来150年間ちっとも新しい知見はありえないじゃないですか。

論点がどんどん変わってませんか?

私は「メビウスさんの指摘した生物間相互作用は例外ではないだろう」と示唆しつつ、よしんばそれが例外であったとしても、生物のように複雑な事象を扱うサンプリングにおいて、それはあって然るべきだろう、また、そうした事例があるからこそ、生物界には多様さが生まれたのではないか、と述べています。

また、上記が「150年間新しい知見はありえない」ことになる、とは到底思えません。
例外があるのならば、その例外のシステムを調べれば良い、例外が例外とは云えないほど多数集まるのならば、それは学説の誤りを指摘しています。しかしメビウスさんは暗に「後者のケース」を念頭にしていませんか?つまり、「例外があっても良い」と云うことは、こんなに例外があるのに、それは想定範囲などというのは、学説の誤りを認めようとしない権威主義ではないか、というバイアスです。

例外があるからこそ、科学はより広範囲で汎用性の高い理論を求めるのであり、もともとの理論に対する修正や補強、再構築を行うのではないですか?


(無題)  投稿者:鶏糞 投稿日: 2006年06月07日13時49分

進化論否定派には2種あり。

・進化論の内容を熟知した上で、疑問に辿り着いた者。

・進化論を全く理解していないが、聖書と矛盾する感じだからという理由で否定する者。


創造論者は後者。


やっぱり例外は  投稿者:メビウス 投稿日: 2006年06月07日 9時38分

例外のない規則はないと言いますしね。科学の学説にも例外はありえます。あるいは間違いが含まれていることさえあるでしょう。

>メビウスさんの指摘が、仮に「例外」であったとしても、そこにどれだけの重みがあるだろう。うん、例外かもね、で終わりじゃないのかな。>>

それでは「種の起源」以来150年間ちっとも新しい知見はありえないじゃないですか。
 私は何もダーウィンが現役で研究活動しているときに主張したことをそのままの形で受け入れているのではなく、その後の研究者たちが議論に議論を重ねて定着してきたものを、美称でネオダーウィニズムと呼び、それより遅れて木村資正の進化説を2代学説だと受け止めています


反証可能性  投稿者:diamonds8888x 投稿日: 2006年06月07日 5時20分

キッドさん、初めまして。

 たぶんキッドさんの感覚は正しい。ただ、「反証可能性」の正しい定義を知らないために、その人にごまかされているようです。

>もし上の理屈が正しいとすると「この宇宙上には宇宙人なるものが存在している」の様な科学っぽい理論があったときに「未だ人類はこの宇宙上でその反証となる証拠を発見していないからこの理論は科学である」という理屈も正しいことになります。

 正しくは、「宇宙上でその反証となる証拠を発見する可能性があるから、この理論は科学の対象である」です。ただし、科学の対象であると言うことは、正しいか間違いかについては何も言っていません。正しいか間違いかを証拠に基づいて判断することが可能である、というのが「反証可能性がある」ということの意味です。


何か誤解していませんか  投稿者:谷庵 投稿日: 2006年06月07日 3時53分

キッドさん、初めまして。
「進化論が反証不可能ではないこと」が「未だにその反証となる証拠が発見されていないから」だと、誰か言ったのでしょうか。
(そう言うことを言ったバカがいたことは否定しない)
「進化論は反証可能だが、未だに反証されていない」と言う言い方なら良く聞きますが。
せっかくだから、どういう事が起これば進化論が反証されるか考えてみたらいかがでしょう。

それから、コンピュータでシミュレーション(よく間違えますが、こちらが正しい)をするような個別の理論を扱うときに、単に「進化論」と言うのは無理があると思います。
遺伝学なんて、まさに数学だと思いますよ。
個別の例では、性比におけるフィッシャーの法則 Cm*M=Cf*F なんて言うのもあります。
(Cm:オスを育てるコスト M:オスの数 Cf:メスを育てるコスト F:メスの数)

進化に関わる分野で数学が使われていないなんて、大変な誤解です。


失礼致します  投稿者:キッド 投稿日: 2006年06月07日 2時50分

「進化論が反証不可能ではないこと」が「未だにその反証となる証拠が発見されていないから」ではまずいのではないでしょうか?

もし上の理屈が正しいとすると「この宇宙上には宇宙人なるものが存在している」の様な科学っぽい理論があったときに「未だ人類はこの宇宙上でその反証となる証拠を発見していないからこの理論は科学である」という理屈も正しいことになります。

疑似科学も科学もある理論からある事象を予言するという意味では同じだと思います。
ただ、科学にできて疑似科学にできないことがあります。
それは反証が可能であるということです。
つまり、ある理論からある事象を予言し(この時、どの程度の精度であるかも述べる必要がある)、コンピューターでシュミレーションを行うとする。そのとき、初めにインプットする初期条件の精度がどの程度であればその予言が(その精度)で成功するのかをあらかじめ、算出(説明)することができる、ということです。

私は寡聞にして、進化論に関するそのような文をよんだことがありません。ぜひとも、お教えいただきたく存じます。


ご意見、ご要望がございましたら、掲示板か、 e-mail:natrom@yahoo.co.jpへどうぞ。


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