進化論と創造論についての掲示板ログ216

2004年05月17日〜2004年05月20日
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(無題)  投稿者:com 投稿日: 2004年05月20日12時10分

この世は仮の世さん、コンチハ。
5月20日7:27のsciへのレスで、

>私はあなたのレスからあなたがダーウィン進化論を「仮説にすぎない」とは全然思ってないという感触を得ます。そして学校で『「ダーウィン進化論は仮説にすぎない」と前置きされると困る』という心理が心の奥で働いていられるようにさえ見受けられます。

と言っておられますが、大きな誤解です。他の方の書き込みをキチンと読んでいますか?
「科学的に正しい」とは、「現在ある仮説の中で、一番精度の高い仮説」であり、今後いくらでも覆る可能性のあることです。ご自身でもニュートンを引き合いに出しておられたので理解されているかと思ったのですが。
多分、このことを書き込むのは2度目となるでしょうが、ここの板で書き込みする方は、進化論が科学的に否定されたら、それを拒むことはしないでしょう。ただし、納得するまで議論が続くでしょうが。
むしろ、この世は仮の世さんこそ、「進化論を否定したい」という色眼鏡でモノを見て/聞いて/話してませんか?

>>>ここのサイトにも「進化論は今の時点で正しいとされる仮説にすぎない」という人がいます。

>>進化論に限らず、科学理論は全部「今の時点で正しいとされる仮説」です。

>仮説というのは論理の飛躍と思いますが・・・仮説なら仮説だという証拠を示さねばいけません。

僕はこの書き込みから、この世は仮の世さんは他の方の書き込みを読んでいない、と判断せざろうえません。「進化論が正しいと思われる仮説」の文献を皆さんが提示しています(ドーキンスの著書etc.)。それをお読みなったらいかがですか?むしろ、「なぜ正しくない『仮説』といえる」のかを実証する義務はこの世は仮の世さんにありますよ?


ツリー式へ  投稿者:Kosuke 投稿日: 2004年05月20日12時04分

無事書き込みテストもできたようですし、ショバを変えましょう。
(すでに1週間ほどの前の記事が200件を超えて消えてますなぁ)


歴史的経緯が間違っています  投稿者:PDX. 投稿日: 2004年05月20日11時51分

>社会ダーウィニズムも優生学も白人優位主義も進化論を原因として第三者によって生まれました。

 微妙に違います。
 これらは、以前から人々が抱いていた偏見や差別を正当化するために、進化論や自然淘汰説を誤用したものです。
 そして、彼らの進化論や自然淘汰説に対する理解は表面的なものでしかなく、都合のいいようにゆがめた上で誤用しています。

 彼らの表面的な理解や誤解を是正できなかったことは、当時の科学者達が責任の一部を負うべきものかもしれません。
 しかし、彼らにはもともと『そうしたかった』という願望があることの原因を、後から出てきた進化論や自然淘汰説にこじつけるのは不適当でしょう。


それがどうした以前の問題  投稿者:JA50 投稿日: 2004年05月20日10時35分

この世さんの「〜である」ということ自体が間違っているのだから、「それがどうした」ということ以前の問題じゃないですか。
「白人優位主義」は進化論が原因になって唱えられた、だから進化論は悪だとでも主張しているつもりなんだろうけど、白人優位主義なんて進化論が唱えられる以前からあったことじゃないの。

(社会ダーウィニズムと優生学についてはその詳しいことはわかりませんが)って言っているところを見るとこの2つについては何も言うつもりはないんだろうが、「白人優位主義」はそう言ってないところを見ると、これについては詳しい知識があるつもりなんだろう。
いったいどこからこういう頓珍漢な知識を仕入れてくるんだろうね、ほんま。

まぁ、幸福の科学の信者らしいトンデモさではある。
教祖様といい信者といい、あれだわなぁ、、、sigh

この人、黒人は人とすべきかどうかという神学論争がキリスト教であったということを知っているんだろうか?
人を奴隷として売買することがいったいいつからなされているのかというのを知っているんだろうか?


それがどうした  投稿者:カマンベール 投稿日: 2004年05月20日 8時49分

この世は仮の世様
科学が導く結論、というのは「〜である」で終了です。

一方、倫理や宗教は「〜である、だから・・・すべきである、しなさい」という結論を述べることがあるわけですが、こういったことは科学の役割を大きく逸脱しています。

進化論は現実に存在する証拠を今のところ矛盾なく説明する科学的仮説にすぎないので、どれほどその「結論」が、この世は仮の世様にとって残酷なことを述べているように見えても、「だから、人間が残酷な振る舞いをしてもかまわない、そう振る舞うべきである」ということにはなりません。

進化論の結論に対する正しい態度は「それがどうした」(by オリビエ・ポプラン)です。だって、少なくとも人間は完全に遺伝子のいいなりにはならずにいられるでしょ?


sci98様へ終わり  投稿者:この世は仮の世 投稿日: 2004年05月20日 7時31分

>>白人優位主義は進化論の悪用の結果生まれたのではないと思います。

>もしかして、進化論から白人優位説が論理的に導けると思っていますか?
だとすると、かなりのオオバカモノですよ。

社会ダーウィニズムも優生学も白人優位主義も進化論を原因として第三者によって生まれました。(社会ダーウィニズムと優生学についてはその詳しいことはわかりませんが)大川隆法先生は善因善果悪因悪果とといています。よい原因にはよい結果、悪い原因には悪い結果が起きます。社会ダーウィニズムとか優生学とか白人優位説とか悪い結果が出たのならその原因となったダーウィン進化論は悪い原因なのです。ソ連も中国も北朝鮮もマルクス本人でなく第三者によってたてられた国ですが、3国の失敗の原因はマルクス主義の思想の間違いの責任にされてます。それと同じことです。あなたがダーウィン進化論を弁護するのはマルクス主義者が未だにマルクス主義を弁護するときの論法ににています。マルクス主義からソ連の建国を論理的に導くことはできないといっているようです。マルクス主義批判者はマルクス主義を専門に研究する人ほどにはマルクス主義を理解してないかもしれませんが、マルクス主義が間違ってることは歴史上明白です。


sci98様へ  投稿者:この世は仮の世 投稿日: 2004年05月20日 7時27分

>>ダーウィン進化論の論理的帰結を私なりに素直に考えるならそうだとしか結論できませんが?

>どこが飛躍しているかといいますとね、「なぜ『同じカテゴリに属すものはまったく同じように扱ってよい』のか」という説明が、すっぽり抜けているからです。
人間は、他の動物と同じく「動物」というカテゴリに属しています(人間も動物の一種)。が、それだけでは「人間も他の動物と同じように扱ってよい」という理由にはなりません。同じカテゴリに属していても、扱いを異にする特別な理由があれば、扱いをかえるのは当たり前の話です。
人間社会にとって、人間と他の動物は、「同じ人間社会を構成する集団の一人かそうでないか」という特別な違いがあります。この違いだけでも、「人間は他の動物と同様に扱ってはいけない」理由になります

鋭い指摘ですね。現時点では私には答えることができません。これについてはあとで答えられるかもしれませんが・・・
>>ここのサイトにも「進化論は今の時点で正しいとされる仮説にすぎない」という人がいます。

>進化論に限らず、科学理論は全部「今の時点で正しいとされる仮説」です。

仮説というのは論理の飛躍と思いますが・・・仮説なら仮説だという証拠を示さねばいけません。
>>仮説にすぎないならそれを学校で教える際にも「これは今のところ仮説にすぎない」と前置きするべきだと思いませんか?

>思いません。
そんなことするぐらいなら、科学に対する一般論として
 科学とは、正しいとは限らない前提から、
 科学とは、正しいとは限らない推論を用いて、
 科学とは、正しいとは限らない結論を導くものである。
と教えるべきでしょう。

この文章の趣旨がまず理解できませんが、もう少しかみ砕いて説明してくれませんか?
私はあなたのレスからあなたがダーウィン進化論を「仮説にすぎない」とは全然思ってないという感触を得ます。そして学校で『「ダーウィン進化論は仮説にすぎない」と前置きされると困る』という心理が心の奥で働いていられるようにさえ見受けられます。
>>そして創世記の記述、創造論の主張も教えるべきです。そうでないと不公平です。どちらをとるかは各人の判断問題です。

>地動説と天動説、両方教えるのが公平ですか?
>オウム真理教と幸福の科学、両方教えるのが公平ですか

天動説についてはこれが正しいという根拠とこの理論の矛盾を教えるべきでしょうね。オウム真理教は問題外です。これを持ち出すのは無意味です。進化論と創世記を両方教えるべきという私の主張はこれらの問題とは無関係です。進化論はダーウィンが本の中で示しているように問題のある説です。いくら科学が証拠を示しても未だ仮説の域を出ていません。万有引力の法則や相対論と一緒にしてほしくないです。仮説というのは検証不十分なためにまだ発表する段にない理論のことです。ダーウィン進化論でまだ仮説の域を出てない理論は人間と猿には共通の祖先がいてこれが自然選択によって進化したという考えです。この理論の部分がまだ検証不十分のように思われます。人間と猿の共通の祖先の化石が必要だし、人間と猿とが分岐する前とあとの化石も必要でしょう。現在アウストラロピテクスとか北京原人とかの化石証拠がありますが、これらが進化の証拠だという証拠が必要です。
>>私が進化論を科学的事実だと受け入れるならそういう動物的生き方にならざるを得ないでしょう。

>それは単に、あなたがそういうくだらない生き物だというだけです。
「自分のくだらない物差しで他人を計ってはいけない」という良識を教えていないのだとすれば、幸福の科学もたいしたことはないようですね。

あなたは進化論の影響を他人事のように考えてるんですね。酒鬼薔薇聖斗の起こした殺人事件と彼の発言と大学生たちによる輪姦事件は他人事ではないんですよ。あなたも自分の先祖が人間以外の動物ととらえているなら(そういう意味で人は動物の一種ととらえているなら)その思想的影響を当然受けているんですよ。もし人が青春期に進化論しか教育されずに大人になったらどうなるかその思想的影響を考えてください。私がやった簡単な思考実験です。オオカミに育てられた少女を知ってますね。彼女の運命がいい例です。
>>大川隆法先生に対しそのようにいうのはやめてください。
>>先生が慢性の妄想性障害だという根拠をあなたは示さねばなりません。

>他人の思想・信条・信仰をあっさり侮辱した人の発言とは思えません。

侮辱のつもりでいったのではありません。今日子さんが紹介したサイトをちょっと見た限りですが、それを見たあとでの率直な感想です。


(ば)様、大文字ナン様  投稿者:この世は仮の世 投稿日: 2004年05月20日 7時03分

ツリー式掲示板の使い方教えてくださってありがとうございます。


URLのミス  投稿者:(ぱ) 投稿日: 2004年05月20日 1時18分

やっぱりしくじってるし。

>以下のふたつのアドレスを「お気に入り」に入れる、
>というのが得策だと私は思っているんですが、どうでしょうか。
 通常表示: http://bbs9.otd.co.jp/915865/bbs_plain

 ツリー式: http://bbs9.otd.co.jp/915865/bbs_thread


ツリー式掲示板の使い方  投稿者:(ぱ) 投稿日: 2004年05月20日 1時13分

 私自身、ここのツリー式掲示板と同じOTDの掲示板をレンタルしている身ですが、正直、ありゃわかりにくいと思います。
 この世は〜さんが私と同じようなところではまっていると仮定すると、

(1)まず、
 http://bbs9.otd.co.jp/915865/bbs_plain
 を見てください。これなら、現在の(teacupの)掲示板と
 ほとんど同様の感覚で見ることができると思います。
(2)ただし、だれかの発言にレスを付けたいときには、
 そのページの上部の書き込み欄から直接書き込むのではなく、
 レスしたい発言の「返信」欄をクリックしてから書き込むように
 してください。そうすることで、どの発言がどの発言に対する
 返事なのかわかりやすくなります。
(3)「どの発言がどの発言に対する返事なのかわかりやす」い形式で
 見ようと思ったら、
 http://bbs9.otd.co.jp/915865/bbs_thread
 を見てください。
(4)この状態で発言を読みたいと思ったら、その発言の番号をクリックしてください。
 んで、その発言を読み終わったら、1レスごとに、ブラウザの
 「戻る」ボタンで戻るようにしてください。迷子になるようなら、
 http://bbs9.otd.co.jp/915865/bbs_thread
 をブックマーク(IEなら「お気に入り」) にでも入れておいてください。
 OTDの掲示板では、特定のレスを表示しているとき、
 a)TreeまたはThreadをクリックすると、そのレス以下のレスが、
 b)PlainまたはIndexをクリックすると、そのレスだけが、
 表示されます。これは仕様として支離滅裂だと思います。
 a)はともかくb)はそうする必然性がありません(SQLで一発では検索できない
 せいだと思うんだけどさ)。
 というわけで、各レスごとの「[Plain] - [Tree] - [Index] - [Thread]」の
 メニューはさっさとあきらめて、以下のふたつのアドレスを「お気に入り」に
 入れる、というのが得策だと私は思っているんですが、どうでしょうか。
 http://bbs9.otd.co.jp/915865/bbs_thread
 http://bbs9.otd.co.jp/915865/bbs_thread
 うちの掲示板
 http://bbs9.otd.co.jp/maebashi/bbs_plain
 では、この仕様を嫌って、Plain/Threadともに、最新からの表示しかできないようにしてあります。


何人の嘘つきを仮定すればよいのか  投稿者:(ぱ) 投稿日: 2004年05月20日 0時41分

>これはあくまで私の個人的な捉え方ですが、と前置きしておきますが、
>Dr.ダーウィンは、ブリーダーが犬の原種(狼)から様々な犬を品種改良して
>来たことをその地層や痕跡から見て、これは狼から犬に進化したと判断し、
>また金魚師がフナという原種から様々な種類の金魚を品種改良したことを
>その地層や痕跡から見て、フナから金魚に進化したと捉えたという経緯
>を辿ったとしても不思議ではないということです。地層にはそうなっていますので。。。

 これは、人為淘汰の話だと思ってよいのでしょうか?
 ダーウィンは、自説の根拠として人為淘汰の例を出してはいますが、人為淘汰の根拠として地層の話は出してないはずです。たかが1000〜2000年くらい前にできたらしい金魚の話を、化石を根拠にして話す必要はないし、そんなことはできないでしょう。
 「これはあくまで私の個人的な捉え方ですが」と書けば免罪符になると思ってるんですかね。この人は。

> こちらです http://www.rael.org/

 一通り読んだつもりですが、これ、「ラエルさんが異星人に会っていろいろなメッセージを受け取った」というのがウソだったら、根底からガラガラと崩れる話じゃないんですかね?
 ラエルさんが嘘つきだったら、ラエリアンの何ちゃらは根底から崩れます。
 大川センセイが嘘つきだったら、幸福の何ちゃらは根底から崩れます。
 ダーウィンが嘘つきだったら… 進化論は痛くも痒くもありません。ていうかダーウィンの主張には結構間違いもあったわけですし。
 私自身、一介の文系人間ですが、科学ってのはそういうもんだと思ってますよ。


訂正を求めた覚えはないです。  投稿者:(ぱ) 投稿日: 2004年05月20日 0時17分

>訂正を求められたので。

 どの発言についてかわかりませんが、少なくとも私は、訂正を求めた覚えはないですね。
 私は、「およそあらゆる表現は、人を不快にさせたり、怒らせたり、傷つけたりすることがある」と書いたのであって、「おまえの発言は中傷だから取り消せ!」とは言っていないです。その絶望を前提とした上で、どのような表現を取るのが得策(もっぱらギャラリーに対して)か、というところに検討の余地はありますけど。


ぼんそあーる  投稿者:RYU_TI_SYU(にせミラクル三井) 投稿日: 2004年05月19日22時07分

>聖書の御言葉は滅びに至る人々(外なる人々)には愚かであっても
>永遠の命を頂く私たち(内なる人々)には、神の賜物です。


で?


ツッコミその1  投稿者:PDX. 投稿日: 2004年05月19日21時23分

>すべての生物は単細胞生物から多細胞生物に進化し最終的には今の地球上にいる生物になったのだ!

 単細胞生物が絶滅したわけではないので「すべての生物」には該当しません。


どうぞご一読を  投稿者:kyouko 投稿日: 2004年05月19日21時21分

ご興味のある方はどうぞ「真実を告げる書」をお読み下さいネ!

ゆっくり丁寧にお読みいただけば、様々な疑問も解決し、ご理解いただけることと思います。

それと、楽しい映画やドラマの結末やストーリを必要以上にしゃべってしまっては、
折角の楽しみが半減してしまいますので、今日子はこれくらいでお口にチャックしますね。
ちょっとしゃべり過ぎてしまいましたので。。。

読みたいな〜と思った方に、読んでいただけたら幸いです。
それと、今日子の表現が下手で、不愉快にさせたことに対してはお詫びします。


Re:ツリー式掲示板  投稿者:大文字ナン 投稿日: 2004年05月19日21時07分

 この世は仮の世さん

 ツリー式掲示板の使い方ですが、すでにおずおずさんからもご指導?がありましたが、あらためて私から…

 1:発言を読む→発言No.の数字を、そのままクリックすれば良い。
 2:発言にレス(返信)を書く→発言を読む画面で、発言No.の隣にある「返信」をクリックする。すると、読んでいた発言が「>」記号付きで全引用された返信フォームが開く。
 3:基本事項→「発言」をクリックすると、新規発言になる。「返信」をクリックすると、レスになる。レス画面でも新規画面でも「送信」ボタンを押すことで、初めて掲示板に書き込まれる。


ドーキンス新作  投稿者:のづち 投稿日: 2004年05月19日20時46分

先日、ドーキンスの新作「悪魔に仕える牧師」を読了しました。
なかなかショッキングなタイトルですが、これは時にひどく無様だったり残酷だったりする自然を説明できるのは「悪魔に仕える牧師」だけである――つまり慈愛に満ちた無謬の神に出番はない――といった意味です。
基本的には雑多なエッセイ集ですが、サブタイトルは『なぜ科学は「神」を必要としないのか』と銘打っており、宗教をめぐる問題に多くのページを割いています。
子供に宛てて書いた懐疑主義の手ほどきや進化論と道徳の関係、政治的な問題(宗教関係者への不当な優遇・戦争の原因としての宗教etc.)等、扱われる題材は多岐に渡り、いずれも興味深いものばかりでした。
それにしてもドーキンスがライバルと目されていたグールドと共同して創造論者の策動を阻もうとしていたとは・・・。


みなさま  投稿者:この世は仮の世 投稿日: 2004年05月19日20時12分

トトロ様予言についての話は少しお待ちください。現在大文字ナン様、sci98様へのレスがたまってますので・・・・
大文字ナン様現在ツリー式掲示板の研究をしてる最中ですので少々お待ちください。
他の方、もし私と議論するつもりがないなら「この世は仮の世のレス不要」と断ってくださると助かります。
地下に眠るMさんは私と議論するつもりは内容に見受けられるのでレスは必要最小限にとどめます。
現在、母にPCの使用制限をされてるので一日に一つレスをすればいい方だという状態です。議論をいくらご所望でも私との議論は気が遠くなるものとなりますのでそのことはご了承ください。
今日子さん、これは私の私見にすぎないのですが・・・もちろんあなたの活動を邪魔するつもりもないのですが・・・もしラエルなる人物が本当に地球人の創造主を名乗る異星人と接触したのなら、異星人の高度な科学理論と異星人が地球人を創造したという理論と物証を出せるのではないかと思うのですが、どうでしょうか?


聖書を否定する!  投稿者:ルシファー 投稿日: 2004年05月19日20時00分

ダーウィンの進化論は否定できない!すべての生物は単細胞生物から多細胞生物に進化
し最終的には今の地球上にいる生物になったのだ!聖書で言う神などは人間が造った
共同幻想にすぎない!


訂正  投稿者:kyouko 投稿日: 2004年05月19日19時23分

私ばかり書いてごめんなさい。

訂正を求められたので。

姿形のない、白い髭のはえた「神さま」を信じるのは個人の自由です。

ただ、今日子にはイメージ出来ませんでしたの。。。失礼しました。

私たちの姿かたちにそっくりというイメージにも遠く当てはまらなかったので。

そういう存在を信じるのは、その方の「自由」です。


補足  投稿者:PDX. 投稿日: 2004年05月19日19時18分

>こういう評価『も』あります。

 と書いたとおり、そういう意見も存在する、という記述ですので。
 それ以外の意見もあることは誤解なきよう。

 NETで見つけた記述によると、あの映画の監督はカトリックの人だそうで。当然解釈はカトリック的なんでしょうね。
 プロテスタントやその他の宗派の人だと違和感を覚える部分もあったりするんじゃないかとも思います。


確かに  投稿者:kyouko 投稿日: 2004年05月19日19時17分

そうね。聖書の引用に留めるべきだったわ。

映画の話題がタイムリーだったので引用したんだけど。。

ご指摘ありがとう。


しまった(汗)  投稿者:PDX. 投稿日: 2004年05月19日19時01分

 途中で送信してしまいました。

 映画「パッション」の脚本や演出が、聖書に対してどの程度忠実か、また、数々ある聖書解釈のどれに準拠するかという問題と、聖書に書かれた内容の真偽とは別問題であると考えるべきだと思います。


映画「パッション」について  投稿者:PDX. 投稿日: 2004年05月19日18時57分

 こういう評価もあります。

ttp://www.eiga-kawaraban.com/04/04040801.html

 


イエス  投稿者:kyouko 投稿日: 2004年05月19日18時50分

聖書の真実性についてひとこと言わせて下さい。
勿論、今日子は科学には疎いので、科学的な証明という意味で紹介しているのではありませんが、
心情的な面で、今日子の正直な感想を述べさせていただきます。

それは、イエスのお姿です。(この際、イエスという人は存在しなっかたという論議は一先ず
横に置いておいて下さい)
今、映画「パッション」という映画が上映されています。
表現がリアル過ぎて、ちょっと見ていられないという批評はあるみたいですが、(今日子もまだ
勇気がないので観ていませんが。でも観ていないなら語るなと言わないで下さいね。)
この映画は、イエスの最後の12時間を描いた作品です。この映画の表現にもありますし、
聖書にも書かれている事ですが、イエスは最後まで父からの愛は真実であると訴えていました。
(科学的証拠があるかどうかは別として。。。)
もし、今日子だったら1発ムチ打たれたら、ゴメンナサイと言ってしまいます。
もし、我慢強い詐欺師がいたとしても、10発もムチに打たれたら、正直に白状するでしょう。
勿論、イエスは尊敬されるべきお方ですし、絶対に詐欺師などではありません。
この地上に愛と平和と赦し、そして父からの愛と創造の真実性を広めにこの地上に存在
したのです。そして、絶命するまでその信念を貫きました。もの凄い精神力だと思います。
今日子には全く真似の出来ないことです。
また、イエスに従った人々もライオンの檻に投げ込まれました。酷い迫害ばかりでした。
それでも、信念は変えませんでしたね。今日子も見習いたいと思います。

もし、聖書やイエスの存在を詐欺とか偽りと心に思う人がいたら、どうぞ映画「パッション」
をご覧になってみて下さい。そうすれば、この方が嘘偽りを身体を張ってつき通したなどと
思わないことでしょう。

ただし、聖書やイエスの存在そのものを疑ってかかっている人には今日子は何も言いません。
それはそれでその人がそう考えるのは自由です。それ以上、私は何も言いません。
そして、科学的な証明のみに頼っている内は、イエスの心は伝わって来ませんから。
※イエス様と書くと誤解する人がいるので、あえて敬称は省略させていただきました。

科学はとても大切です。科学的な証拠も勿論大切です。
でも、単なる偽りの書物と詐欺師という表現方法だけでは、世界中にこれだけ聖書
や西暦(AD)、イエスの愛やイエス教えは広まらなかったと思います。

科学的な証明は、今日子は専門家ではないので、その分野の専門家にお任せします。
今日子が余計な説明を加えて、イエスの存在に傷をつけてはいけませんので。。。


神の賜物  投稿者:斉藤正郎 投稿日: 2004年05月19日17時08分

聖書の御言葉は滅びに至る人々(外なる人々)には愚かであっても
永遠の命を頂く私たち(内なる人々)には、神の賜物です。


蛇足  投稿者:PDX. 投稿日: 2004年05月19日12時06分

To kyoukoさん

 水炊きの件は、単にここの掲示板の常連さんの一部がオフライン・ミーティングをして、その時に水炊きを食べたというだけのことです。
 いきなりわいて出た話題に驚かれたのかもしれませんけどね。
 ここのサイトには掲示板が2つあるので、一方でしか語られていない話題があったり、交互に関係していたりもします。


自己フォロー  投稿者:Kosuke 投稿日: 2004年05月19日10時17分

【 】内が抜けてました。

>次に、あらゆる検証の結果、その手紙は確かに貴方の【父親】の言葉を伝える物である事が確かめられたとして


父からの手紙  投稿者:Kosuke 投稿日: 2004年05月19日10時13分

> 聖書の中には、私はあなたの父親(創造者)です!と書かれている訳ですから。
> もし、あなたの父親が遠い昔にあなたの父であるという手紙をあなたの机の引出しに入れておいて、
> 数十年後にそれを見つけたあなたが、数十年振りに現れた父親を前にして、
> あなたは私の父親ではない。手紙など証拠にならない。という風に言われたら、
> その父親はどんなに悲しむでしょうか?

 おそらく、聖書に日常的に触れている人にとってはありふれた表現なのでしょうが、「父からの手紙」ってなかなか良い表現だなあ。きっと慈愛に満ち溢れた暖かい内容なんでしょうね。

 但し、感動的な再会を喜ぶ前にいくつかの点について確かめる必要はあるのでしょうね。もちろんその場の状況によって大きく左右されるのですが。
 常識的な考え方に立てば、実の父親が何故何十年も貴方の前に姿を現さなかったのは何故か、そしてその人が突然今現れたのか。もちろん父親にも複雑な事情があったのでしょう。しかし、現実に生きている生身の人間としてはあらゆる可能性を検討する必要はあるでしょう。我々はファンタジーの世界で生きているわけではないのだから。詐欺師に騙されないように眉に唾をしなければいけない状況も、残念ながらありえるわけです。

 まず、その手紙が本当に貴方の父親が書いた物なのかどうか、赤の他人が貴方を騙す為に書いた可能性は無いのか、という事がまず1点。「だますだなんて神聖な手紙を冒涜するのか!」と怒ってはいけません。一応あらゆる可能性を頭の中で検証する必要があるという事。偽物の手紙を神聖な物と崇め奉っては愚かな事だし、第一本物の手紙(がもし有ったとして)に対して失礼でしょ?

 次に、あらゆる検証の結果、その手紙は確かに貴方の言葉を伝える物である事が確かめられたとして、まだ問題が残っています。その手紙では実に詩的な表現が駆使されており、またかなり長い年月を経て書かれた物のようで相当な長文でありました。所々重複や内容の齟齬も散見されるようであります。その文章の意図するところを理解するのはなかなか難解です。また、どうも父が直に書いた物ではなく、父に託された複数の親戚・知人が書いた物だという事も判りました。

 親戚の親切な叔父さんは「書かれてある事は全部真実なんだから、その通りそのまま信じれば良いんじゃ!」と大声を上げているようですが、真面目な貴方は、読めば読むほど書き間違いや矛盾が無視できないわけです。しかし、大切な父からの手紙であるし、たとえいくつかの書き間違いや誤りが書かれていたとしても、父の大いなる愛情が溢れんばかりに表現されて貴方に伝わってくる事は間違いが有りません。そして貴方の心を温かく包み、父の不在を大いに慰める手紙です。

 書かれた事を一字一句そのまま鵜呑みにするのではなく、誤記は誤記としてしっかりと検証した上で、そこに込められた父の愛情を正しく理解して受け止めようと貴方は考えました。

 (聖書に対する深い知識も文学的素養も欠けている私ですので、これの例えは実に陳腐でつまらない内容になっています。その点はどうぞ御容赦下さい)

 簡単にまとめれば、感動的なエピソードに涙する前にいろいろ「カガク的に」検証しなければいけない事柄がこの世には実に多く、そしてそれはなかなか容易じゃないという事です。Achaさんが御紹介下さった佐倉哲さんのサイト「聖書の間違い」で行われているのはそういう作業です。聖書の「記述」には確かに間違いがある。しかしその事は決して聖書の「価値」を貶めるものではない。それどころか正しく聖書を理解するための第1歩なのだ、と主張されているのだと思います。


書いてあるかどうかは問題じゃない。  投稿者:大文字ナン 投稿日: 2004年05月19日 8時29分

 はじめましてkyoukoさん、大文字ナンと申します。
 スルーのつもりだったのですが、話し合いを却下されたわけではなさそうなので、私からも一言、二言ほど。

>聖書の中には、私はあなたの父親(創造者)です!と書かれている訳ですから。

 聖書に限ったことではありませんが、科学的論文だろうと、古文書だろうと、異星から送られたであろうなんらかの文書であろうと、そのメッセージに書いてあることを「検証すること」が大事なのです。人々が「神聖化」しているものに書いてあるのだから、事実なのだろうという「類推」はまったくアテになりません。

 ダーウィン以来、進化論は度重なる検証(それも激しい論争や批判や、反証だとされる証拠を提示されながら)を経て、それでもなお「やはりダーウィン進化論は正しいらしい」という結論を得て、さらに進化論が導く「科学的予測」の通りに変異や淘汰が起きていることを「確かめてきた」からこそ、科学のスタンダードなのです。

 この場は、批判を受け付けない閉鎖的な「進化論信者」の集まりではありません。単に、進化論が正しいらしいという数多くの証拠を知っていて、進化論がもたらした具体的な成果を知っているから、この説の重要さ、有効さ、精度の高さを受け入れ、時に利用し、知的好奇心と探究心を満たす興奮や楽しさを知っている方々が集まっているだけです。
 kyoukoさんの主張が受け入れられないのは、あなたの主張が論理性に欠け、科学的根拠をまったく提示できないからです。もしもこれらが揃うのなら、議論(会話)の方向性は別のものになるでしょう。
 


何が「中傷」か  投稿者:(ぱ) 投稿日: 2004年05月19日 8時21分

私は神様を信じてるほうの人じゃないですが。
>でも、今時神様を信じている人はいませんね。科学的ではありません。
>これでは空想の世界です。実態のない神様なんて。。。

 こういうことを書くのはいいんですかね?
 「およそあらゆる表現は、人を不快にさせたり、怒らせたり、傷つけたりすることがある」という絶望を持つことが、独善に陥らないためには重要だと思っとります。

# Cをそこそこちゃんと使える人間にとっては、「憂鬱な〜」はムチャクチャむかつく本でした。
# わかる人にしかわからん話ですみません (^^;


ROMの人。  投稿者:Acha 投稿日: 2004年05月19日 7時51分

kyoukoさん初めまして、あちゃと申します。
普段はROMなのですがちょっとお聞きしたい事がありましたので。

>聖書は科学的ではない、デタラメな書物だ!などと未だかつて立証されたことはありませんし、
>立派な歴史書であるという再評価もありますので
失礼ですが、「聖書学」という分野をご存じでしょうか?
詳しくはこちらに載っていますので、一回でもこのページの内容を読み込んでから、聖書を再読してみると色々と新しい発見があるかもしれません。
聖書が一読に値する文書であると言う点は賛同します。一文字一文字に拘らず読み解けば
様々な比喩がこめられた道徳的なお話ですので。


一応私は"自らの良心"と言う非常に定義が曖昧でなおかつ気まぐれな神の信奉者であります。
ですが書物や生きている特定の個人を信仰し、行動を委ねると言う行為はリスクが高そうなので
さすがに出来ずにおります。これからも無いと思いますけどね。


本題の疑問は、個人的な疑問で恐縮ですが、ラエルでは「異星人の創造主」について
どうお考えでしょうか?
矢張り異星人はこれまた別の異星人がお創りになられたんでしょうか?


補足  投稿者:kyouko 投稿日: 2004年05月19日 4時47分

それと、ダーウィン博士に対する表現も謝っておきます。
「おっちゃん」はちょっと言い過ぎました。

それとtemaさんの最後の質問に答えていなかったので、temaさんが丁寧な書き方をしたので、
お答えしないと失礼に感じたので、その部分だけお答えします。
これはあくまで私の個人的な捉え方ですが、と前置きしておきますが、Dr.ダーウィンは、
ブリーダーが犬の原種(狼)から様々な犬を品種改良して来たことをその地層や痕跡から見て、
これは狼から犬に進化したと判断し、また金魚師がフナという原種から様々な種類の金魚を
品種改良したことをその地層や痕跡から見て、フナから金魚に進化したと捉えたという経緯
を辿ったとしても不思議ではないということです。地層にはそうなっていますので。。。
ここで「そういう地層からの発見からダーウィン博士がそういう結論を辿った」と断定的に
言うと、この場では語弊がありますので、説明を少し濁しますが、そういう可能性も否定
できないということを含め、その現場(科学的創造、または進化の過程の現場)に立ち会って
いなかった私たちとしては、真摯な態度で受け止めて、様々な考え方があるということを範疇
の中に受け入れて欲しいと思います。
勿論、自分がどちらを正しいかと判断するのは、その人の自由です。
ただ、ブリーダーが犬を品種改良した可能性など全くありえない!空想の話だ!と決め付ける
必要もないと思います。聖書の中には、私はあなたの父親(創造者)です!と書かれている訳
ですから。もし、あなたの父親が遠い昔にあなたの父であるという手紙をあなたの机の引出しに
入れておいて、数十年後にそれを見つけたあなたが、数十年振りに現れた父親を前にして、
あなたは私の父親ではない。手紙など証拠にならない。という風に言われたら、その父親は
どんなに悲しむでしょうか?
聖書は科学的ではない、デタラメな書物だ!などと未だかつて立証されたことはありませんし、
立派な歴史書であるという再評価もありますので、そういった意味でも、この父からの手紙を
どう受け止めるかは、私たちの心次第です。心次第というと、また科学的でないとお叱りを
受けるかもしれませんが。。。
そういう意味でも、単に科学的かどうかという証明によるのではなく、文章の意味する重要性
を噛み締めて、聖書を読み直して欲しいと思います。
あえて謙虚な表現をさせてもらえば、全く読む価値のない書物ではありませんから。。。


誤解  投稿者:kyouko 投稿日: 2004年05月19日 2時57分

今日子は、「水炊きした!」を「今日子を料理した!」
という風に受け止めました。
そうでないなら、今日子の誤解でした。失礼しました。
あまりに中傷(抽象)的な文章が多いもので。。。


????????????  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2004年05月19日 2時48分

>また、手柄を立てたように、水炊きをしたなどと表現するのは、品位を
>欠いた、科学を語る資格のない、人格に対する侮辱に他なりません。
>女性蔑視、人間蔑視、哲学への侮辱的行為です。

えー、このお方にレスをいれるつもりはなかったのですけどにゃ

水炊きすると「女性蔑視、人間蔑視、哲学への侮辱的行為」となる回路があまりにも斬新で、レスをつけずにいられませんでしたにゃー
こりゃつまり、ラエル聖下によれば、博多は「女性蔑視、人間蔑視、哲学への侮辱的行為」の町ちゅうことになるのかにゃ?

(鶏食っちゃいけにゃーのだろうか・・・・?)


続き  投稿者:kyouko 投稿日: 2004年05月19日 1時47分

 それと、クリック博士のお話しを出したのは、クリック博士
の主張のなかで、DNAは複雑な作りであり、これは自然発生した
というよりは、高度な科学力を持った異星人がそれを創造し、
原始の地球に送り込んだというユニークな説が、進化論や
自然発生説が主流の中で、とても進歩した考え方ということで
今日子が勝手に引用しただけです。
 確かにクリック博士がその後は進化論に基づく発達をした
という内容を主張しているということは知っていましたが、
DNAが複雑構造をしているので、クリック博士は、DNAを異星人が
創造したという飛躍的発想をしているという意味でとても素晴らしい
発想なので引用したのですが、確かにこのことがラエル聖下の
説を裏付けるということはありませんし、ラエル聖下の教えとは
何ら関係ありません。このことを引き合いに出したのは今日子
の独断で行ったことなので、その点は少し反省しています。
 
 また、今までラエルさんという呼び方をしていましたが、
ラエル聖下は、イエス、モーゼ、マホメットといった歴代の
預言者と同列の存在であり、安易に「さん」づけで呼ぶのは
不適切と考え、ラエル聖下とキチンとした相応しい称号で
呼ばせていただきます。
 
 また、このことを直ぐに宗教とか、信者だという風に捕らえる
方もお有りかと思いますが、そもそも宗教=「religion」の意味は
ラテン語の「religio」(結びつける)という意味から来ています
ので、創造者と被創造物である人間を結びつけるという意味では
religionという言葉は純粋にその意味を捉えていると思います。
 つまり、そのことが進化論者や信仰心のない人々から侮蔑的に
用いられる謂れは全くありません。
 それに、私たちは他の宗教法人のような、宗教的な儀式を行う
ことは一切ありません(一部の儀礼的な部分を除き)ので、
そう云った意味でも宗教に関する侮辱的な指摘は当たりません。
 
 また、こちらのホームページの「起源をめぐるいろいろな考え方」
の中にも、ラエル聖下の教えがキチンと紹介されていませんでしたので、
私は正しくその考え方を知ってもらおうと思い、ラエル聖下のお話しと
ホームページをご紹介したまでです。
 別段、布教活動とか、宣伝に使った訳ではありません。
 勿論、そのことをどう捉えるかは、ご覧になっている方々がご判断
されることですが、進化か?創造か?の討論をする場に、ラエル聖下の
お話しが存在することを紹介することは、決して非難を受けることでは
ないと今日子は考えてます。

 まだ、ご存知ない方に知って戴いて、その上で、公平に正しい判断と、
選択をして欲しいと思います。
 まだ、内容を紹介する前に、間違っているか、デタラメだと決め付ける
手法の方が大変失礼な態度だと思います。
 
 また、手柄を立てたように、水炊きをしたなどと表現するのは、品位を
欠いた、科学を語る資格のない、人格に対する侮辱に他なりません。
 女性蔑視、人間蔑視、哲学への侮辱的行為です。
 
 まあ、今日子の苦情はこの辺にしておきましょう。大変憤慨している気持ち
は変わりませんが、他の方々にもご迷惑になるといけませんので、これくらいで
失礼することにします。
 こういう状況が改善されない限り、今日子はここのHPでまともに対話しようとは
思っていませんので、あしからずです。
 
 最初にも述べましたが、私は科学者ではありませんし、理科系の出身ではありません
ので、私からの説明で、折角のラエル聖下と地球の生命を創造されたエロヒムに
申し訳ありませんし、誤解を与えてはいけませんので、詳しくはラエル聖下の
お話しが詳しく掲載されているホームページ、またはその著書「真実を告げる書」
をご覧下さい。
 こちらです http://www.rael.org/

 科学者、大学教授、医師、哲学者等々の方々からもご賛同戴けるような内容となって
おります。
 今日子のお奨めですので、是非ご覧になって下さい。
 また、否定派のみなさんも、一度お読みになられてから、どの部分が不明確かを
ご指摘下さいませ。
 
 ということで、科学の専門家ではない今日子がこれ以上説明をするのも相応しく
ないので、ラエル聖下の教えをキチンとお伝え出来たことを感謝し、この場を
借りて開設者にも感謝します。ただ、ちょっと交通整理が下手だな〜と個人的には
思いましたが。。。開設者が公平なレフェリーであることを願っています。
 
 長くなってしまって申し訳ありませんが、今後のやり取りに関しては、今日子
は科学に疎いので、私たちの立場を正しくお伝えすることが保証出来かねるので、
今日子から個別の質問に答えるのは控えさせていただきます。


お世話になりました!  投稿者:kyouko 投稿日: 2004年05月19日 1時46分

temaさん、丁寧なレスありがとう。

今日子は、逃げたのではなく、この場所が「進化か?創造か?」
という内容を純粋に話し合う場所と思って、googleで探して
訪れることにしましたが、ちょっと雰囲気が違って、その
どちらの説が正しいか?という論理的な討論の場というより、
宗教やそれに関わる信仰、また教祖や信者に対する誹謗中傷
や人間性への攻撃が酷く、そういうアウェーでの外野の煩い
状態で冷静に話し合える環境にないと思って、私は対話を
STOPしたのです。科学を愛し、生命の神秘に探究心を持つこと
はとても素晴らしいことです。それは、お互い同士尊重される
べきであり、野次や謂れのない中傷にさらされることは不快
以外の何物でもありません。その点は、そういう発言をした
方々に深く反省して欲しいと思います。
 誰かが「信仰心」を持つことは「憲法」で保障されていますので、
その信仰心や信仰する人の人格を攻撃する態度、控えるべきです。
 
 もし、その人の主張が科学的に正当性がない場合にのみ、
指摘し、平和的に対話すればよろしいのでは?と思います。
 それが、知性のある人間としての正しい有りかただと今日子
は思います。


 投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2004年05月18日23時11分

僕としては、フリートウッドマックにゃんね<噂
ニキビヅラできいとったにゃ。

とはいえ、ブルーズをやっていたころのフリートウッドマックを後に聞いたときにはぶっ飛びましたにゃー
ピーター・グリーンは、個にゃん的には白人最強のブルーズ・ギタリストですにゃ。

ピーター・グリーンが90年代に出したロバートジョンソンのトリビュートに感涙でしたにゃ


プログラムにおける突然変異  投稿者:tema 投稿日: 2004年05月18日22時15分

 引き続き、今日子さんに対するレスとなります。
 もうROMしてないかも知れないのに書き込むtemaは、ひょっとして永瀬正敏?(違)

>それに、進化進化というけれど、進化は突然変異でしょう?
>突然変異は一種のバグよね。コンピューターのプログラムも
>バグばかり起こしていると壊れるわよ!

 確かに、現在作成されているコンピュータ・プログラムの多くは、データ・コードが少し変わってもバグとして問題が発生します。これは、多くのプログラムがその目的に向けた動作をあらかじめ定めた作りとなっているためです。
 上記のようなプログラムは、目的に至る方法が判明している場合には、非常に有効なプログラムです。一方、目的に至る方法が判明していない場合にはプログラムが組めない、という欠点があります。
 目的に至る方法が判明していない場合、対応策の一つとして「遺伝的アルゴリズム」があります。

ttp://ipr20.cs.ehime-u.ac.jp/column/ga/ ←頭に"h"を追加してください

 「遺伝的アルゴリズム」は、進化しながら目的を達成する方法を探していく、という手法です。遺伝子は「遺伝的アルゴリズム」で組まれているため、進化(突然変異&自然選択)が有効に働くのだと考えています。逆に、何者かが遺伝子を「遺伝的アルゴリズム」で組んだのであれば、進化させることを前提に組んだのだとtemaは思います。

注)
 実は上記はフェアな書き方ではありません。アンフェアな部分を以下に示します。
a.遺伝子が「遺伝的アルゴリズム」で組まれているか否か、(少なくともtemaは)判っていません
b.「遺伝的アルゴリズム」において、突然変異が許されるのはプログラムの一部分だけです


ラエルさんの教えは科学/宗教?  投稿者:tema 投稿日: 2004年05月18日22時14分

 今日子さん、こんにちは。早速のレス、ありがとうございます。
 temaがノタノタ文章を考えている内に、去られてしまったのでしょうか? でも、まだROMしているかも知れないと思い、記述します。

>(前略)科学的な
> 意味で、遥か昔に地球を訪れて、地球の生命を科学的に創造された異星人
> という存在を理解して欲しいという内容なんです。

 「異星人が地球の生命を創造した」「異星人が遺伝子に手を加えて進化を発生させた」という点については、科学的に正しいとも誤っているとも言えません。正しい可能性はあります。これが、今日子さんの言われる「理解」ならば、理解致しました。
 ただし、「異星人が地球の生命を創造した」ことの立証手段は、科学の方法論に沿ってはいないと考えます。

>旧約聖書はその何倍も昔の数千年前に書かれたものなんですから。
>そこには、“天空から飛来した人々”が全ての生命を創造
>した。と書かれているのですから。

 今日子さんが記述された内、「異星人が地球の生命を創造した」ことの根拠は、上記の内容だけと認識してます。
 科学の方法論において立証に使えるのは、事実だけです。たとえ神様自身が記述したものであっても、書物は立証に使えません(その書物が事実を基に立証されているなら別です)。ラエルさんの教えは、「旧約聖書の記述が事実である」ということに基づいているのではないでしょうか? もし、科学の方法論に従うのであれば、「旧約聖書の記述が事実である」ということを立証する必要があります。
 もし、「旧約聖書の記述が事実である」ということを信仰により立証しているのであれば、ラエルさんの教えは信仰である、とtemaは思うのです。


Rumorって〜と  投稿者:大文字ナン 投稿日: 2004年05月18日21時14分

●「Rumors in the air」(Nightranger)
 とか思い出しちまうんだなぁ、これが>私。
 印象的なヴァイオリン・トーンのギターで始まるでやんすけど、PVによると「右手小指でヴォリュゥム・ノブをくりくりやる」トラディショナルな奏法だったのが思い出深いであります。で、ブラッド・ギルスだったか、ジェフ・ワトソンだったか覚えてない(笑。
 
 「うわさ・流言」をタイトルにした曲って他にもイロイロありますねぇ。スティービーワンダーの「迷信(Superstition)」に出てくるクラビのパラディデドル奏法とか忘れられんし。あ〜、あとWHAMの「Careless whisper」も「噂を題材」にしてるかにゃ。(不注意な一言って感じか…)ってか、メチャ関係ない???


僕の誤読  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2004年05月18日20時51分

単純に僕の誤読ですにゃー。

ケンカ売るときはちゃんと読むんだけど、ネタのときは読み流しで反射レスをしちゃうのよ、ごめーん


あ(笑)  投稿者:PDX. 投稿日: 2004年05月18日19時59分

 つられて私まで「何か」なんて書いてるし(笑)
 最初から「何々が起こる」とか書いておけば誤解を招かなかったかもしれませんね。


おいおい(^_^;  投稿者:PDX. 投稿日: 2004年05月18日19時54分

To 地下に眠るM

「何か」ってのは、もちろん具体的な事件がかかれていたんですよ(^_^;
 だから、例えば、

>酷いものになると、80年代前半に「89年に第三次世界大戦が起こる!」と書いていた著者が、90年代に出した著書では「95年に第三次世界大戦が起こる!」なんて具合で、過去に外した予言を再度登場させているという安易さ。(それすら外れているんだからダメダメじゃん……)

 こんな感じです。


あ、ごめん  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2004年05月18日19時47分

「何かが起こる」ではなくて「何が起こる」でしたにゃ
お呼びじゃありませんでしたにゃー


はずれてにゃーぞ  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2004年05月18日19時45分

>酷いものになると、80年代前半に「89年に何が起こる!」と書いていた著者が、90年代に出した著書では「95年に何が起こる!」なんて具合で、過去に外した予言を再度登場させているという安易さ。(それすら外れているんだからダメダメじゃん……)

はずれてにゃーぞ>ぱらどくす
95年には僕の友達がタイでオカマに騙されてるにゃ。
89年には僕がある♀にふられて泣いてたし。

「何かが起こる」という予言は外れようがにゃーもんな


R〜i×a×1/c  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2004年05月18日19時38分

批判能力の持ち合わせのにゃーお歴々(c=0)にとっては、流言の流通量Rは無限大になっちまうわけだにゃ、にゃっはっはっは。
しかも、進化論はあくまでも仮説でありつづけるので(カガクなのでしかたにゃーよな)、aはゼロにはならにゃーし。

よって、この手のお歴々にとっては、「すべてが流言」となる。
つまーり、この手のお歴々にとっては、カガク仮説などはすべて流言でしかにゃーことになる。

「うんうん、絶対に確かとはいえないわけね。んじゃ予言と同じじゃーん
 じゃー、判断基準は善悪(という名目の心地よさ)だよねー。
 ってことは、進化論まちがいじゃーん」

こんな感じだと思うにゃ


予言とか  投稿者:PDX. 投稿日: 2004年05月18日19時29分

 疑似科学批判本などを見ると、過去に有名な予言者や占い師がマスコミに発表した予言が当たったかどうかを検証している記事があったりしますよね。
 結局のところ、日時が明確に指定されている予言はほとんどが外れており、曖昧なものはどうにでもごまかしが効くことと、日付を指定していない場合はいつまでも外れることがないという程度のものでしかない、というオチでしたが。

 後になってから「私は○○を予言していた!」と言って来るパターンも、例えば阪神大震災にしても曖昧すぎる予言でしかありませんし。
(というか地震大国日本の場合「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」というのが事実。何度も何度も言っていればいつか当たる。その代わり外れも多くなるから、的中率は悲惨なことに)

 面白かったのは、と学会の本の中でノストラダムスに関係する予言解説本を集めて、解説者が「○年△月に何が起こる」と書いていることを片っ端から年表にしたページでした。
 1999年にかけて、第二次中東戦争が何度も勃発したり、ヨハネ・パウロ二世は10回近く暗殺されて死んでいたり(汗)
(ファティマの予言とやらの関係で、ヨハネ・パウロ二世にとっとと死んでもらわないと、予言解説本の著者にはマズかった模様です)
 ことほど左様に予言というのは当たらないんだなぁと、ゲラゲラ笑わせていただいた次第。
 酷いものになると、80年代前半に「89年に何が起こる!」と書いていた著者が、90年代に出した著書では「95年に何が起こる!」なんて具合で、過去に外した予言を再度登場させているという安易さ。(それすら外れているんだからダメダメじゃん……)


流言の方程式  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2004年05月18日19時26分

以下は、日本大百科「流言」の項目から全文引用。
長いので引用者が適時段落変え。おもちろいよ。

**************************************************
rumor 英語
Gercht ドイツ語
rumeur フランス語
一般に口づてに人から人へと非公式に伝えられる、いまだ真偽のさだかでない情報やメッセージのことをいう。流言飛(蜚(ひ))語ともいう。厳しい言論弾圧とか、自然災害時や戦争にかかわる混乱や不安の高まりなど、いわゆる危機的状況のもとで発生しやすい。うわさ、デマ、流言は、相互に入り組んだコミュニケーション現象であり、明確な概念的区別は困難である。

 関東大震災時(1923年=大正12年9月1日)に「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れている」という流言が引き起こした悲惨な朝鮮人虐殺事件をはじめ、1973年(昭和48)の第一次石油ショックのときに発生した「トイレットペーパーがなくなる」という流言に端を発した買いだめ騒ぎや、同年の「豊信(豊川信用金庫)が危ない」という風聞をきっかけに発生した取り付け騒動などがよく知られている。こうした事例にみられるように、民衆の深層心理にくすぶる偏見・差別・憎悪・敵意・茫漠(ぼうばく)とした不安などが流言の温床になりやすい。

 しばしば引用されるG・W・オールポートとポストマンLeo Joseph Postman(1918― )の有名な定式(R〜i×a)によると、「流言の流布量(R)は、当事者にとっての主題の重要さ(i)と、問題の主題にかかわる証拠のあいまいさ(a)との積に比例する」。したがって、重要さかあいまいさか、そのいずれかがゼロならば、流言は発生しない。コーラスA. Chorusはさらに批判的能力(c)というもう一つの変数を考え、その逆数をオールポートとポストマンの定式に導入した(R〜i×a×1/c)。すなわち、他の諸条件が同じであるならば、批判的能力の高い人々の間では、流言の流布量は低下し、逆に批判的能力の低い人々の間では、流言の流布量は増大するというわけである。
 流言は伝達過程において、しばしばゆがみを生じる。オールポートとポストマンは実験研究に基づき、平準化leveling、強調化sharpening、同化assimilationの三つの心理過程を抽出している。平準化とは、流言が受け継がれていく過程で、しだいに短くなり、より簡潔になり、平易になっていく傾向をいい、強調化とは「多くの文脈からある限られた数の要素を選んで受け取り、記憶し、報告する」選択的な傾向のことで、平準化とは裏腹の現象である。同化の過程は平準化と強調化とを含む心理過程であって、流言が聞き手の関心や期待と一致するように整合的に方向づけられてしまう傾向にほかならない。

 流言の連鎖的伝達過程におけるゆがみに主要な関心を向ける心理学的研究とは異なって、流言の社会学的研究は、流言を新しい社会環境への集合的再適応過程の意味づけの局面として把握し、「あいまいな状況にともに巻き込まれた人々がお互いに知的資源を出し合って、その状況に関する有意義な解釈をつくりあげようと試みる反復的なコミュニケーション形態」(タモツ・シブタニTamotsu Shibutani、1920― )と定義づける。この限り、流言は新しい社会状況における集合的課題解決行動の一形態といってよい。「流言はけっして病理的ではなく、社会過程の必要欠くべからざる部分であり、社会生活の変動に対応する人々の絶えざる努力の重要な側面である」と考えるシブタニの立場は、流言研究の注目すべき方向を示唆している。
[岡田直之]
****************************************************


予言と預言  投稿者:地下に眠るM 投稿日: 2004年05月18日19時22分

水炊きおいしかったにゃー、また遊ぼうね>なとろむ かまんべーる りゅうちしゅう

さて、日本大百科より「預言」の項目を全文引用。
*******************************************
prophecy 英語
prophtie フランス語
Prophetie ドイツ語
「予言」が、ただ未来のことをまえもって語るだけであるのに対して、宗教的な「預言」では、きたるべき世界の内容とその意味、それを前にして人々のとるべき態度、行動を指し示すことをいう。預言を語るのは職業的な祭司、神官、僧侶(そうりょ)ではなく、神によって特別の超人間的な力(カリスマcharisma)を授けられた個人であるところにも、大きな特徴がある。
 預言が、文字どおり神のことばを預かり、神にかわって語られるものとなるためには、それにふさわしい強烈な神体験、召命体験が要求される。また、シャーマニズムにみられるような、非日常的な心理の高揚状態であるエクスタシーや、意識の低下状態(トランス)も、ときには伴う。
 マックス・ウェーバーは、預言を倫理預言ethische Prophetieと模範預言exemplarische Prophetieとの二つの型に分けている。「倫理預言」は、古代イスラエルの預言者に代表されるように、超越的な神の命を受けて、それを人々に伝える道具として自己を自覚した場合であり、他方「模範預言」は、釈迦(しゃか)で代表されるように、自己を救済の模範として示すものである。
 いずれにせよ、預言は、単なる「予言」や予兆などとは異なり、倫理性をともなったある特定の新しい宗教的世界を提示することによって、既成の世界に対し、緊張的な作用をすることが多い。
[鈴木範久]
***************************************************

別に予言に関する本を百冊読まなくても百科事典の記述で十分だよにゃ。
さて、この記述をふまえていえば
・予言 当たったかどうか
・預言 世の中を変えたかどうか
で判断できるわけだにゃ。

大川センセイのは流言飛語だにゃ


場違いでは?  投稿者:PDX. 投稿日: 2004年05月18日19時20分

To 斉藤正郎さん

 進化論や創造論に関する議論ならともかく、単なる布教活動的は発言は場違いではないでしょうか?
 まぁそういう発言も禁じられてはいないかもしれませんが、いい印象を持たれるとは思えませんし、布教活動という目的から見ればむしろマイナスの効果があるのではと思われます。


予言がはずれることはあり得ない  投稿者:JA50 投稿日: 2004年05月18日18時39分

>予言の解説ができるのは予言者本人だけです。

予言がはずれることはあり得ないという根拠の一つに、これも加えることにします、、、(^^)

妄想とか宗教的信念を相手に議論はナンセンスです。
トトロさんも、事実の提示で終わりにすべきでしょう。それで私らには十分。
それ以上のこと、この世はさんを納得させようなどという望みは捨てないと。こんなことは神ならぬ私ら人間ごときには不可能なことです。


日曜日には教会へ  投稿者:斉藤正郎 投稿日: 2004年05月18日17時21分

教会に行ってみましょう。賛美歌を歌ってみましょう。
教会員と交わってみましょう。
牧師先生に話しかけてみましょう。
教会はいつも貴方に開かれています。


予言についてのDualレス  投稿者:トトロ 投稿日: 2004年05月18日17時00分

この世は仮の世様

貴方の主張は、あの予言(と言われるもの)は、可能性の1つであり、努力により外すことができる。そして幸福の科学の信者の努力でそれは外れた。
従って、予言は外れたがそれはそうなるべくしたもの(あるいはそれでよかった)であった。

と言いたい様に読み取れましたが如何でしょうか?

JA50さま

> Wikipediaの定義より、私の定義の方が、実際に使われている意味によっぽど近いと思うのですが、どうでしょう?

完全に同意します。で、Wikipediaのには

予言は疑似科学に分類されており、いまだ完全な予言をした予言者はいない。

とも書かれています。でも、定義だからね。


予言は外れることはない!  投稿者:JA50 投稿日: 2004年05月18日14時02分

>もし、予言がJA50さまの定義に従ったものであれば、「予言が当たった」とか「予言が外れた」とか言う言葉に矛盾が生じます。

私の定義と言われてもあれなんですが(一般的に使われている用法をまとめればこういう意味になるのではないかということで)、あの定義で行けば、予言は外れることはあり得ません。

>”中には具体的な言葉で語っているものもあるけど、遠い将来の話で検証不可能だったり”という点については、「黄金の法」自体が著者の予測を超えて改版発行され続けたという誤算はあったかも知れませんが、2000千年というすぐ来る未来にターゲットを合わせています。

数年先というのが近いか遠いというのはなかなかむつかしい。
たとえば、天国はすぐ来るという予言がキリスト教でなされているけど、確か、まだ来てませんよね(キョロキョロ、、、)?
2000年先というのは、「すぐ」という近さではないということになる。
これから見れば、数年先なんて、、、

抽象的な言い回し、どうとでも取れるような言葉で言うのは、ノストラダムスの予言に典型だし、未来がいつかというのも、後でどうとでも変えれるのはキリスト教以外にもいくらでも例を挙げられる。

Wikipediaの定義より、私の定義の方が、実際に使われている意味によっぽど近いと思うのですが、どうでしょう?


トトロ様  投稿者:この世は仮の世 投稿日: 2004年05月18日13時09分

私の予言についてのコメント全く理解していただけなかったようで残念です。予言についてはいうことはほとんどないのですが、またいうことがあれば書きます。ここにいる皆さん私も含めて全員予言というものはできないはずです。だから予言の当たりはずれで予言をどうこう言う資格はないはずです。予言の解説ができるのは予言者本人だけです。予言の勉強といってもノストラダムスやエドガーケイシーの予言を研究するくらいしかできないと思いますが、最低100冊も予言関係の本を読めばそれなりの見識がもてると思いますが?


おずおず様  投稿者:この世は仮の世 投稿日: 2004年05月18日12時56分

ありがとうございます。ツリー式掲示板に再挑戦します。


ツリー掲示板にスレ作成しました。  投稿者:com 投稿日: 2004年05月18日12時41分

皆さん、議論?はまだ続けられますよね?ツリー掲示板にスレを新設しましたので、移りましょう。

ところで、今日子さん。ラエルがどうのこうの申してましたが、トレーディングカードゲームのことですか?


http://bbs9.otd.co.jp/915865/bbs_plain?base=4837&range=1


予言の定義!!  投稿者:トトロ 投稿日: 2004年05月18日12時24分

こんにちは。JA50さま

もし、予言がJA50さまの定義に従ったものであれば、「予言が当たった」とか「予言が外れた」とか言う言葉に矛盾が生じます。
それに、本書込みで対象としている大川氏の予言は比較的具体的な言葉で行っており(だから外れが明白)、”事後に事実に合わせた解釈”が出来ないか酷いこじつけになっています。

”中には具体的な言葉で語っているものもあるけど、遠い将来の話で検証不可能だったり”という点については、「黄金の法」自体が著者の予測を超えて改版発行され続けたという誤算はあったかも知れませんが、2000千年というすぐ来る未来にターゲットを合わせています。

つまりJA50さまの定義に従えば、あの予言は予言といえないという結論になります(笑)。

あの「予言」が「予言」でなかったと言う結論はこの世は仮の世様の本意とは思えません(勝手な推測)ので、やはり、Wikipediaの定義は正しい・・・と考えるのですが如何でしょうか?


試してみてください>この世は仮の世さま  投稿者:おずおず 投稿日: 2004年05月18日12時17分

向こうの掲示板ではまず、下のようなツリーが表れると思います。
>4829 新着 返信 DNAのスープ 谷庵 2004/05/17 18:46

んで、この、番号(この場合は青で表示されてる4829)をクリックすると、下のように文章が表示されます。
>4829 返信 DNAのスープ 谷庵  2004/05/17 18:46
>新着 
> >私のいう進化論とは進化論の発展の結果主張されるようになった「生命はDNAのスープから>誕生した」という主張も含めていってます。

>こんなこと誰か言った?

上記文章のタイトルの欄
>4829 返信 DNAのスープ 谷庵  2004/05/17 18:46
の、「返信」をクリックすると返信するためのフォームが現れます。

いちど、たった一言、「テスト」とだけ書いて投稿してみてください...。


Re.進化論は悪魔の仮説です  投稿者:トトロ 投稿日: 2004年05月18日11時45分

To この世は仮の世様

> クリスチャンの斉藤さんはもう来ないようですので今更弁護しても始まらないのですが、斉藤さんの書き込みはクリスチャンとして当然の行為です。

もう来ないというのは私にとって最も悲しい結末です。

> トトロ様が斉藤さんの投稿を進化論に対する冒涜ととったかどうかはわかりません。トトロ様が悪魔の存在を実体験として実感してるわけではないと思うので・・・

悪魔の存在に拘わらす科学に対して「冒涜」という行為は成立しないと私は考えています。強いて「冒涜」的行為を挙げるなら、論拠の無い主張を行って、議論を行わないことでしょう。

> トトロ様にとってキリストも麻原彰晃も同じ罪人という認識でしかないそうだし・・・

私にとって麻原彰晃は日本刑法で裁かれている人という認識しかありません。未だ有罪が確定した訳ではないので罪人という認識はありません。そもそも、罪人かどうかはその時の社会が判定するもので、時代や社会構造が変化するとその判定も変化します。
従って、私はキリストも麻原彰晃も同じ罪人という認識は持っていません。また、オウム真理教という教団が引き起こした事態は現在の法に於いて裁かれるべきであるとの意見を持っていますが、その教義に対して、善悪の区別をつけることはできないと考えています。

> 斉藤さんの発言を本気にとったわけでははないでしょう。

そう受け取っていただけると幸いです。


>予言  投稿者:JA50 投稿日: 2004年05月18日11時12分

Wikipediaの定義が間違っているんじゃないでしょうか。
予言って、「抽象的な言葉を事前に語り、事後に事実に合わせた解釈をできるようにしておくこと、またすること」という意味で、ほとんど使われているじゃないですか。中には具体的な言葉で語っているものもあるけど、遠い将来の話で検証不可能だったり、後で知らんぷりをしたりするのが予言というものです(断言!)。


Re.予言  投稿者:トトロ 投稿日: 2004年05月18日10時54分

>    〜中略〜
> 善因善果悪因悪果の法則により未来はいい方に変わったんです。予言ははずれても不都合がないどころかはずれてよかったんです。


フリー百科事典Wikipediaによると「予言」とは

# 予言(よげん)とは、合理的には知ることのできない未来のことを語り、事前に具体的なことがらを特定し検証可能なものを言う。従って、抽象的な言葉を事前に語り、事後に事実に合わせた解釈をすることは予言ではない。

というわけで、大川氏の予言は上記の定義からみて「予言」ではありません。後から詭弁を弄するのであればこれは「妄言」(不合理なことば、でまかせのことば:集英社刊 広辞苑)というべきでしょう。

> 私がもってる「新・黄金の法」には旧版と違って「予言は的中した」と加筆してあります。これはなぜかというと「新・黄金の法」が出された時点はまだ西暦2000年前でありまだまだ予言としての有効性があったからだと思います。

西暦2000年の予言を2000年以前に”「予言は的中した」”と主張し出版するのは通常の常識から見て不誠実です。”予言としての有効性”というのは、未だ来ぬ未来に対して発生する事象を記していることであり、有効性があるのであれば予言は的中していないことになります(外れるかは未定だが)。

> 2000年を過ぎたあとに出された「黄金の法」で予言が削除されたの理由は予言が予言でなくなったから、予言の価値がなくなったからだと思います。

これは私の所感ですが、2000年を過ぎてしまえば、あの予言は誰が見ても外れていることが明白であり、外れた予言を載せると、その外の内容まで信憑性を失うと判断したからではないでしょうか?

> 予言についてろくろく研究もしないで予言がはずれたことをもって「虚言屑」などというのは物理の勉強もろくろくしないで相対性理論は間違ってるというようなものです。佐倉哲にもトトロ様にも地下に眠るMさんにも予言について勉強してから予言の批判をしてほしいと思います。

貴方に理解できるかどうかわからないのですが、上記の「予言」の定義に従えば、予言した内容が的中するか否かは予言の刻限が過ぎてしまえば明白になります。従って、予言の勉強(どんな?)をするしないに拘わらず、その結果の批判はだれにでも出来、外れたことに言及することもできます。

たとえ話をするならば、当たる馬券を買うためには様々な研究が必要でしょうが、買った馬券が当たったか外れたかの判断は研究しなくとも可能です。

私は相対性理論については詳しくは無いですが、もし、私が、相対性理論に明らかに反する現象(例えば極めて高速で運動する素粒子の寿命が静止時と同じだった場合)を観測し、それを第三者が追試験して確認できたら、相対性理論について詳しくなくても”相対性理論は間違ってる”と主張してもそれが認められるでしょう。

> ただ予言がはずれたことは今後同じ批判が予想されるので幸福の科学の今後の課題だと思います。以上私の予言に関する私見ですが納得されるでしょうか?不足でしょうか?

例えば、「今年は大雪が降る」とか「ダイエーホークスが優勝する」とかいう類の「予言」であれば、当たり外れがそれほど深刻な問題にはなりません(ですよね?)が、黄金の法の予言(と称する物)は、明らかに読者を恫喝しています。このような予言が外れることは、黄金の法の内容が誤りであると考える要因になります。
故に、幸福の科学は、この予言が外れていることを認めないのであり、詭弁や記述の削除という姑息な手段で対処しています。でもこの処方は、自らの教祖の信頼性を低下させています。

教団側としては、外れた予言は削除して誤魔化してしまいたいのでしょうが、残念(?)なことに旧版の黄金の法などはBook Offの100円均一セールなどのコーナーに大量に存在しますので、なかなか「無かったこと」にはできないでしょう。


訂正  投稿者:この世は仮の世 投稿日: 2004年05月18日 9時55分

仮の動物Aが自然選択によって猿と人間になったということでした。


tema様へ  投稿者:この世は仮の世 投稿日: 2004年05月18日 9時52分

大変レスが遅れましたが・・・
仮の動物Aが自然選択によって様々に分岐変化して現在の多種多様な動物たちになり、その中で人間が生まれた。というのはtema様がおっしゃっていたことでしたね。


聖書は悪魔の仮説に対するお詫び  投稿者:トトロ 投稿日: 2004年05月18日 9時36分

私、トトロの 5月13日(木)10時27分35秒の書込み”Re.聖書は悪魔の仮説です。”につきまして、これをご覧になられて気分を害された方々にお詫びを申し上げます。
トトロは、キリスト経及び聖書を信仰するものではありませんが、聖書を冒涜する意図は御座いませんでした。私の軽率な書込みがご不快を与えたであろうことを深く反省いたします。


おひさしぶりです。トトロです。
14日の午後から、風邪の為に休んでいました。本日、やっと復帰しましたが、随分、議論が進んでいます。
とりあえず、私の書込みに対してご批判をいただいていますので、その点について書込みさせていただきます。

首記の私の書込みは斉藤正郎氏の書込みに対応したものですが、この書込みの意図は、「進化論を冒涜されたから」ではありません。”進化論は悪魔の仮説です。”のような書込みをなさる方は往々にしてその主張を行うだけで議論を進めることをされません。私は私の書込みに対して斉藤氏が意見を記していただけるようにあのような書込みを行いました。

本来、冷静にかつ論理的に進めるべき議論の場であのような感情に訴える書込みを行ったことを恥ずかしく思います。また、地下に眠るM氏の”トトロがワリイ(笑”には、改めて科学的とはどういうことなのかを考えさせられました。

私の謝罪は、この掲示板で、科学的議論を行うように発言している立場でありながら信仰の対象である聖書に対して冒涜的書込みを行ったことに対してです。科学は宗教には立ち入らないという原則に反してしまいました。ただし、私は

私の投稿をご覧になられて、気分を害されたことに対するものです。特にこの世は仮の世氏には誤解無きように明記します。私は”聖書に対する冒涜”を”とんでもないこと”とは考えていません。科学は信仰には立ち入りませんし、何を持って冒涜とするかは状況によって変化すると考えますが、全ての思想や信仰については批判することは問題ないと考えています。


アドレスは知ってます  投稿者:この世は仮の世 投稿日: 2004年05月18日 9時20分

私がわからないのは投稿の仕方です。以前うだうださんが「うだうだいわせろ掲示板」というのを紹介されたことがあったんですが、ここもツリー式掲示板でした。レスしようとして書き込みまではしたんですが、いざ送信ボタンを押したら送信できませんでした。そういうことがあって以来ツリー式掲示板への投稿はしてません。この手の物は利用しにくいです。


こちら  投稿者:Kosuke 投稿日: 2004年05月18日 9時05分

http://bbs9.otd.co.jp/915865/bbs_thread


一ROM様へ  投稿者:この世は仮の世 投稿日: 2004年05月18日 8時10分

長文を連続投稿するのはやめますが、ここでの投稿は続けます。そうなると私のレスもさらに超ゆっくりペースになります。なぜならツリー式掲示板の方は投稿の仕方がわからないので投稿できないからです。レスできません。教えてくだされば別ですが・・・


引用部分がわかりにくくなっちゃって済みません  投稿者:なまけもの 投稿日: 2004年05月17日23時49分

最初の段落と二番目の段落の間に仕切を入れたつもりだったのですが、消えちゃってますね。最初の段落だけが、西原氏からの引用です。申し訳ありません。


『追いつめられた進化論:実験進化学の最前線』(西原克成、日本教文社、平成13年)より  投稿者:なまけもの 投稿日: 2004年05月17日23時45分

『ダーウィンの時代―科学と宗教』(松永俊男著)によると、ダーウィンが、 一八五九年に「自然選択、あるいは生存競争における有利な品種の保存による種の起源」いわゆ る『種の起源』を出版してから、一〇〇年が経った一九五九年を境に、ダーウィン研究の質と量が 各段に発展し、それらの研究結果から、ダーウィンの進化論は自然神学に立脚している観念論 であり、サイエンスではなかったという結論に達している。
数年前から断続的にROMしておりますが、はじめて投稿します(ツリーのほうにはさっきちょと書き込みましたが)。
以前からこちらをご覧の方は、上記の文章に覚えがおありでしょう。過去ログ80にあるUさんという書き逃げさんが、松永さんの著書からの引用であるかのように書き込んだものとほぼ同じです。しかし実は、かの重力に魂を引かれた人による『追いつめられた進化論:実験進化学の最前線』(メインタイトルとサブタイトルの取り合わせがなかなか素敵)の「序論〜ダーウニズムを追いつめる」からの引用でした。これは松永氏に対しても西成氏に対してもかなり失礼なことです。何を考えていたんでしょうね。
松永氏の著書には、19世紀前半まで、自然神学を仲立ちに、神学と科学の整合を図ろうとするのが普通であったこと、ダーウィンもはじめは自然神学の影響下にあったがやがて決別したことなどが書いてありますが、最近の研究で「自然神学に立脚している観念論 であり、サイエンスではなかったという結論に達している」というような記述は見あたりませんでした。


ご意見、ご要望がございましたら、掲示板か、 e-mail:natrom@yahoo.co.jpへどうぞ。


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