進化論と創造論についての掲示板ログ51

2001年3月12日〜2001年3月17日
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科学のもたらした虚無の罪 投稿者:T8848  投稿日: 3月17日(土)00時40分01秒

JA50さん

もし科学が人間に虚無をもたらしたのだったら、「科学のもたらした虚無の不幸」と言った方が適切ではないかと思います。

科学が虚無をもたらしたと言うこと(及びそれゆえ科学に否定的なこと)と、神がいなかったら虚しいということは違います。

別にキリスト教に限らず、また神に限らず、完全な唯物論で全て(感情や意志も)が説明できるのだったら、人生は虚しいと言う人は多いんじゃないですか。
もし科学的に何でも説明できるようになったら、私にはそれはそれで大変楽しみなことなんですが、同時につまらなくなると思いますね。ある意味決定論だから。


さむーい考え方 投稿者:T8848  投稿日: 3月17日(土)00時39分13秒

やもさん

>>科学のもたらした虚無の罪ってなんでしょうか。

>先週ぐらいにマルクスさんというひとが、書きこんでったような、ああいうやつです。

マルクスさんの書込み内容は間違っていないと思いますよ。賛成はしないけど。
人間なんて所詮は飯を糞にする機械だ、くらいの開き直りは時には必要かもしれません。

で、虚無と言うのはわかりますが、なぜ虚無の「罪」なのでしょうか。
そういうさむーい考え方を導くから?
刃物に傷害罪を負わせることはできないと思いますし、本当に怪我をするのかどうかもチト怪しいところがある。(←人間についてね)

「心」は解明できるのかと言うと、現状は脳(の特定部位)が活動していることはわかっても心がわかったと言うには程遠いですし、まぁ少なくとも自分が単なる機械であることを知らされる前に私はその機械である体を失っていることでしょう。

でも科学の源は物事を知ろうとする人間の欲求ですからね。この人間らしさを支持したいものです。

さむーい考え方と言えば、運命論(予言や占も)なんかもそれが本当なら相当さむいものです。
#パンドラの箱にたった一つ残った不幸は「未来を知る力」(希望ではなく)。



ちょっと思考実験:ゾンビ考
もし物を状態も含めて完璧に複製できるとして、生きている人間をコピーしたらそのコピーは生きているか。



>やっぱ科学は、唯物論になってしまうのね。すると、唯物論ではないものは科学の中では棄却されていっていまの科学ができたというかんがえは違ってくるのかな?

いえ、その通りだと思います。哲学の中から唯物論で取扱えるものだけが科学として独立したのでしょう。

くさい喩え話はよくわかりませんが、「心」を語るのは、科学よりも哲学や宗教や文学の方が相応しいでしょう。
科学は客観的であることが必要ですが、「心」を客観的に取扱うことは(今のところ)できませんから。


追記 投稿者:櫻井美佐子  投稿日: 3月17日(土)00時10分56秒

入れ違い投稿だったので。

wadjaさん
>心や精神が物質の影響を受けるという仮説を、櫻木さんという主観はどう判断されるのか、
>聞かせて頂けるとありがたいですね。

そういう話まで行く前でいろろあったのでね…。
あたしも物質(脳)が心と無関係だとは思わない。
両者は独立している実在だけど、密接な相互作用をしていると考えてます。。
とりいそぎ。


おもに寂しい地質学者さんへ 投稿者:櫻井美佐子  投稿日: 3月17日(土)00時04分27秒

>とりいそぎ
Hue(さん)。
>なにしろ当時は「幽霊はタキオンで出来てる」なんていう珍説をぶちあげてた人ですから。

?????(・。・) 意味不明ね…。なんか勘違いしてるんじゃないの?
こういう思い込みが激しい人って、お話にもならないわね。妄想ムッシュムラムラさせすぎじゃない?


>はじめまして。
チェキさん。
>もし、この世で一番小さい存在が法則をもっていなくて勝手気ままに動作してるのなら
>わかりますが、そんなこともないと思うので・・・

そんなことあるわよ。不確定性原理っていうのがある。極微の存在の位置と運動は確率でしか決まらない。


>人間の主観による存在って?
寂しい地質学者さん。どうして「寂しい」の?

それはともかく、やっとマトモなレスが出て来て一安心よ。

>我々人が作り出したものが”科学”であるわけですが、
>この場合の”科学”を貴女は”自然科学”のみに限定されていませんか?

いいえ、限定しておりません。最初にたとえとして提出したものが、たまたま「窒素、酸素」であったから、
自然科学系の話の展開になっただけです。

>”社会科学”という分野もやはり”科学”として現実に存在していることを
>あえて無視しているように見えるのは私だけでしょうか?

ですから別に無視しておりません。
そういう分野において話を展開することもできますよ。今はしていないだけです。

>そして、我々が”科学”なるものを作り出せたのも、
>人が”言葉”という非常に効率のよい道具を作り出せたからに他ありません。
>この点にかんして同意いただけるでしょうか?

同意しまぁ〜す・

>そして”科学”は事象の分類・整理を行うことによって
>事象内に含まれる様々な法則なり何なり明らかにしてきました。
>多分、この点についてもご同意いただけると思います。

いいえ、これには同意しません。「そのように思い込んで来た」と、あたしは思います。
そして、実際にはそうではなく、科学者(広義の)個人の価値観や常識(思想、信条、信仰など)、
はたまたそういう科学者が属する科学者共同体の価値観や常識、
はたまたそういう科学者共同体が属する国家、世界の価値観や常識…、
こういったものが原点となって生み出された「科学理論以前の概念」を前提として法則なり何なりを演繹し、
その法則なり何なりを前提として事象を分類・整理することによって、
その法則なり何なりが「あたかも事象の分類・整理から帰納されたかのごとく思い込んで来た」と、
あたしは考えてます。ですからあなたがご指摘の1、2にも同意しません。

>すなわち、人の主観が先では無く、まず何かわけのわからないものがあり、
>それに人が名前をつけたに過ぎないのでは無いでしょうか?

これは何度も言っているように、「何かわけのわからないもの」が「ある」と認識する「以前」には、
人間にとっては「ない」に等しい、と考えます。
「何かわけがわからない」と認識した時点で、すでにその存在に気付いているのであって、
その気付きの裏付けとなる理論(以前の概念)があると言えます。
「何かわけがわからない」と認識していない時点では、まだ理論(以前の概念)すらないのです。


>櫻井さん、詭弁はやめようよ
舞さん、お話にもなりません。あたしの文体にまどわされて、文章の真意を見抜けない浅はかさ。
お互い時間の無駄なので、会話はやめましょう。 (^0^)/~


>桜井さんって、物理やさん?
JA50さん。物理やでもあるわよ。いろいろやってる。なんで?


>誰がために地獄の鐘は鳴る
安賀須若人さん。

>ゲーデルの不完全性定理からいえば「自然数論を含むような無矛盾な体系は、
>その体系の中でその体系の無矛盾性の証明は構成できない」(第2不完全性定理)わけですから、
>櫻井美佐子さんの書き込みには用語上の混乱があると見ています。

なにが混乱してるかしら? 教えて下さい。


まとめて週末レス 投稿者:wadja  投稿日: 3月16日(金)23時54分08秒

井上さん、ご丁寧なレスありがとうございます。

wadjaが言いたかったのはの、井上さんの書かれた、

>ヒトの精子とサルの卵子をかけあわせても染色体数が異なるために受精が成立しないの
>はあたりまえのことです。

に対して、必ずしも同じ染色体数を持つことが、受精の必要条件では無いことを示したかったので質問してみただけです。管理人であるNATROMさんも、種内での染色体数の多型を挙げておられますが、wadjaには染色体数そのもが、種の区別や進化を説明する上で重要だとは思えません。

>私の返答に対する反論も大歓迎です。そのかわり私が実名・身分を明らかにして投稿し
>ているように反論者は正々堂々と自分の本名・身分・職業を明示していただきたいもの
>です。自分の意見に関する責任をとっていただきたいからです。他人の意見を批判する
>場合の最低限のルール・礼儀だと思うのです。

失礼だと感じられたのなら、謝ります。ごめんなさい。そうであれば、今後井上さんに対してレスはいたしません。ネットの掲示板では一般に匿名であることが許され、井上さんもそれを理解した上で参加されているものと誤解しておりました。匿名だからといって、非礼や暴言が許されると言うつもりはありませんが、匿名性の破棄を強制するようなことはネットでのルール違反に当たります。第一身分の真性を問うことは、ネット上ほとんど無意味ですしね。

櫻木さんへ、

>そうね、お互いさま。鎮静剤の方が説得力があるっていうのも、結局あなたの主観なの
>よね。

突き詰めると、全ての観察や結論は主観に帰結するでしょうね。でも私は、「お酒を飲んだことのある人になら」と書いたはず。T8848さんがいみじくも指摘してくださいましたが、お酒を飲んだことがある不特定多数の主観の集合、すなわちwadjaから見た客観、に対して、どちらが説得力を持つかを問うているつもりです。心や精神が100%物質現象だと結論するつもりはありませんが、心や精神が物質の影響を受けるという仮説を、櫻木さんという主観はどう判断されるのか、聞かせて頂けるとありがたいですね。

進化学説は、おっしゃる通り45億年の地球の歴史をそのまんま再現はできないので、どこまで行っても仮説に過ぎないという言い方はできます。進化の仕組みに対してもさまざまな学説が論争を繰り広げているし、解き明かされていない謎も無数に存在する。だから、現在の種の多様性・地理的分布・化石の時系列のオーダー等を、より良く説明できる仮説が登場するなら、wadjaは迷うことなく乗り換えます。それを「創造論と同じ信仰に過ぎないわ」とおっしゃるのなら、「ああ、信仰の定義がちがうのですね」でおしまい。

やもさん

>まえからいってるけれど。科学のもたらした虚無の罪に気がつかないで、創造論者のヒ
>トをけなしても、無駄だとおもうぞ。

虚無の罪は科学がもたらしたものだと、wadjaには思えません。進化論を知って「そうか、私の遺伝子は、原始の生命から、途切れることなく受け継がれてきたものなんだ」と感激するwadjaみたいな馬鹿もいれば、「それでは、人の命に価値なんて無くなる」と感じ、進化論は自殺や無差別殺人の原因だとする人もいる。考えてください。「過去に何が起きたか」を知ったところで、「いかに、生きていくべきか」という結論は、人によってまるで異なります。多様な結論は、多様な哲学や価値観(含む信仰)が主体的に下すもの。「過去に何が起きたか」を少しでも良く知ろうとするための手段に過ぎない科学に、原因はあるのでしょうか?「科学のもたらした虚無の罪」という表現は、哲学や価値観という犯人の責任を、科学という道具に全て押し付けようとする責任転嫁に思えます。殺人罪を裁く法廷で、犯人を差し置いて凶器のナイフが告訴されているようなものです。

#ふ〜


もうちょっと追加です 投稿者:かくり  投稿日: 3月16日(金)22時35分19秒

レスありがとうございました.LucifeR  さん.

もうちょっと情報追加します.
@コルヒチン……実は天然物質だったりします.イヌサフランから取れるはずです.きちんと確認できたらまた報告します.

AAABBDからは,
 AB+1〜7本のD染色体からなる配偶子が出来ます.
 Dゲノムの染色体はAやBと異なり相方がいないので,減数分裂の時に
 ランダムに両方向に分かれていくのですね.
 従いまして,7本とも一つの配偶子に入る確率は理論では2項定理から導き
 出せます(結構低い数値です).
 しかしながら,1954年に出された実験の結果(木原ら 小麦の研究 養賢堂)では
 大体1〜2%が2n=42本(AABBDD)となったようです.
 ちなみに1本少ない,あるいは2本少ない2n=41,40まで含めると約10%の出現率です.
 (以上グラフからの推定値です)

 >でも…動物、特に真猿の類縁でも起こる現象を示さないと、誰かを説得する役には立たないと
いうのもたしかですよねぇ

私が随分昔に大学で勉強していたのが「植物」でしたので,情報はどうしても植物中心となってしまいますよねえ.ただ扱いやすいため植物のほうが細胞生物学的研究が進んでいると思われます.そこからの情報を得ながら動物の細胞生物学を研究するとまた面白い発見があるのではないでしょうか.


五感 投稿者:セピア色    投稿日: 3月16日(金)22時29分29秒

君は聞こえない。
君は見えない。
君は感じない。

何をもって、世界を認識しているのか。


なんかなー 投稿者:セピア色  投稿日: 3月16日(金)21時54分34秒

私もある分野じゃ、専門家ですよ。
でもね、なんかなー 今の議論はつまらない。
専門用語だとしてどうするの。あほらしい。だったら、学会で袋叩きにあって、反論せんかい。
いいかい、生命は創造されたのか。誰が作ったのかい、創造論者よ。


Re: 交雑のみではないにしろ 投稿者:LucifeR  投稿日: 3月16日(金)21時48分01秒

"交雑のみではないにしろ" かくり wrote:

> 私が考えていたのは,元々「AとBの雑種が元となって新種が出来たことはない」という意見があって
>(だいぶ前にあったかと思います),その反論として「きっかけとして交雑があった新種を紹介すれば
>よい」というものでした.

私のほうこそ、これは

> 【タイトル】>井上さんへ
> 【 名前 】NATROM
> 【 日付 】2001/03/15 16:45:41

へのresと思いこみ、また、拙速が過ぎて言葉にまだ角がありました。すみません。でも、

> これは不稔ですので,アルカロイドの一種コルヒチンを用いて染色体数を倍化してやります.

みたいな、生命素信仰者(根拠もなく「天然」とか「自然」とかが安全でエラいと思ってるヤツ)
あたりには「化学薬品で無視やり作った畸形」とか云われちゃいそうな手法が開発される前、
古代人の「品種改良」って「どうするのか」はともかく(都合のいいものだけ選択してまた植えて
それにてきとーな原種の花粉かかったとかしてたにきまっている)ナニが起って結果的にうまく
いってたのかが常々疑問に思っていたので、

> このままでは不稔なのですが,減数分裂時に起こる異常により非還元配偶子というものが
>低い割合ですが形成され

>これにマカロニ小麦の花粉がかかると

> となり次世代の何%かは

> 2n=42,AABBDDとなるわけです(これがパン小麦です).

という説明は大変勉強になりました。25%ですよね?

 でも…動物、特に真猿の類縁でも起こる現象を示さないと、誰かを説得する役には立たないと
いうのもたしかですよねぇ。


交雑のみではないにしろ 投稿者:かくり  投稿日: 3月16日(金)17時55分24秒

LucifeR さん,レスありがとうございます.

私が考えていたのは,元々「AとBの雑種が元となって新種が出来たことはない」という意見があって(だいぶ前にあったかと思います),その反論として「きっかけとして交雑があった新種を紹介すればよい」というものでした.これは勘違いしていたのかもしれませんね.失礼しました.
全く1回目の交雑のみ(F1雑種)で後は何もせずという例は確かにないと思われます.

ライコムギについて補足させてもらいますと,
元々4倍体のマカロニ小麦(ゲノムはAABB.2n=28)
と二倍体のライ麦(ゲノムはRR.2n=14)

を交配し,

AABB  ×  RR
      ↓
     ABR

ABR(n=21)という3倍体を作ります(F1雑種です).

これは不稔ですので,アルカロイドの一種コルヒチンを用いて染色体数を倍化してやります.

そうするとAABBRR(2n=42)という6倍体の新種ができるということになります.
もちろん染色体がしっかり倍化されているか,倍化した植物体に稔実があるか人間が観察して選別してやる必要がありますが,最初に異なったゲノムを持つ種間の交配がスタートとなって出来た新種だったため紹介したものです. 

自然に起こった似たケースがパン小麦であり,
マカロニ小麦(2n=28 AABB) × タルホ小麦(2n=14 DD)
             ↓
         F1 (n=21 ABD)
このままでは不稔なのですが,減数分裂時に起こる異常により非還元配偶子というものが低い割合ですが形成され(低いとはいっても植物体が沢山作る花のうちのいくつかでは起こります),

♀ ABD が出来ます.
これにマカロニ小麦の花粉がかかると,

F2 n=35 AABBD

となり次世代の何%かは

2n=42,AABBDDとなるわけです(これがパン小麦です).

なお植物は場合によっては種子を作らずとも栄養体で増えていくものもありますので,
F1を作ってしまえば「新品種」となるものもあります.
ニラとネギの雑種が商品として売られておりますが(名前は申し訳ありませんが忘れました),これは種が出来ないので「ぶんげつ(tillers)」で個体数を増やしているそうです.

以上.参考までに.


誰がために地獄の鐘は鳴る 投稿者:安賀須若人  投稿日: 3月16日(金)14時01分27秒

マルチレスです。

To:ユリイカさん

お返事遅れまして申し訳ありません。お名前からE・A・ポーのファンの方かなと勝手に想像しておりました(笑)。仰るように「学問」なんて古人の知識の集積でしかないのかもしれませんが、巨人の肩の上に立たないと見えない風景というのもありますから、自分の頭で考えて判断するにしても先人の業績を顧みないと損と思いますよ。また、「そんな考え方ではつまんないじゃないですか」との仰せですが、舞さんとのやり取りでは「心」を科学的に議論することに主眼がありますので、「面白い−つまらない」の次元で論じてもあまり意味がないように思います。それから、この季節だと花粉症でクシャミを繰り返す人を見掛けますが、個体としてはしなくてもよいアレルギー反応を引き起こす免疫細胞に「心」があるとしたら、「この人でなしの免疫細胞どもめ」とののしらないといけないように思いますので、私はそのような立場はとりません。


To:Hueさん

お返事いただきまして、安心いたしました。櫻井美佐子さんの「理論が事実をつくるのよ(クーンなどの科学哲学)」という書き込みに対して「チノギマン」と応酬されたので、第3者が「クーンなどの科学哲学は知の欺瞞なのか」と受け取るのではないかと心配したので、余計なお世話かと思いましたが、あのような書き込みをさせていただきました。それからソーカルらの著作は特にフランス辺りの現代思想家(ラカンとかドゥルーズとか)を標的にしているので、ああいう連中とオーソドックスな科学哲学とがごっちゃにされてしまうと、日本科学哲学会(Philosophy of Science Society, Japan)の正会員である私としてはいたたまれない思いがしたので、ついつい科学哲学を弁護してしまったところがあります。春は年度末と学会シーズンが重なってお忙しいと思いますので、手が空いて気が向いたときにお返事下されば結構です(Hueさんには、これから立ち上がろうとしている別のPSSJでお目に掛かるかもしれませんね)。
それから、進化論に限らず自然科学においては方程式があろうとなかろうと数学で言うところの「証明」はできないわけですし、ゲーデルの不完全性定理からいえば「自然数論を含むような無矛盾な体系は、その体系の中でその体系の無矛盾性の証明は構成できない」(第2不完全性定理)わけですから、櫻井美佐子さんの書き込みには用語上の混乱があると見ています。


To:皆様

どうでもいいことですが、ダーウィン(1809−1882)とメンデル(1822−1884)が同時代人であったことは皆様周知の事実と思いますが、パスツール(1822−1895)も同時代人なであることに最近気が付きました(<私ってにぶい奴ですね、苦笑)。19世紀に近代生物学は自立的な学問として離陸したわけですね。この時代に模範となる古典的業績が生まれ、クーンの意味での近代生物学のパラダイムが出現したのかと思うと、何となく感銘してしまいました。


Re: LucifeRさんへの返答 2 投稿者:LucifeR  投稿日: 3月16日(金)10時50分01秒


"LucifeRさんへの返答" 井上 透 wrote:
> もしも..交叉現象の失敗を繰り返すことで染色体数が増えていくのが進化…
> ここでは誰もその様な提唱はしていません。お納めください。
> 『(返答)これは私の同様の質問に対して京都大学医学研究科の白川教授
>(最先端の遺伝子研究をしておられます)が提唱されました。…
>私の名前を出しても結構ですからどうぞ直接に白川教授に御質問ください。』

 私は、別にその白川教授が失言をなさっててもいっこうに構わないのですが、
「交叉現象の失敗を繰り返すことで染色体数が増えていくの『は』進化…」
とか『も』とかだと何処もおかしくありませんね。録音テープでも残ってないと
泥仕合になるだけですけど。

"Re: 進化論と染色体数" LucifeR wrote:
> > また先天的な染色体異常に伴う遺伝疾患の発病様式を究めても、 染色体数変化の
> >異常をきたしたままで次世代への継承のヒントは見出せません。もちろんこの染色体数
> >変化を進化と結びつける場合に、病的変化という観点で考えること自体に無理があり
> >生命の正常な営みとして論を展開しなければ不自然だとも感じました。
>
>  ということは、不自然なのは先生の染色体変化に対する認識ということで
> 単に自己解決してはいませんか? ですのでこれも蛇足かとおもいます。

"LucifeRさんへの返答" 井上 透 wrote:
> 『(返答)種が変わって進化するのであれば、染色体数変化は必ず証明しなければ
>いけない関門です。これを見て見ぬ振りをするのは現実を直視できない誤った科学観です。
>決して蛇足ではありません。』

 遡って引用しましたが、ご覧のとおり話が繋がってるように思えません。

>致命的な反証とは、進化論の前提となる種の変化にあたって染色体数の変化の実証となる理論も
>現象の発見も全くなされていないということです。

 たとえば。先生のお詳しい染色体も顕微鏡と染色法が開発されるまで知られませんでしたが、
それまで存在しなかったわけではないですよね? ですから「未発見」は「欠陥」とは
看做されても「『反』証された」とは申しません。精々「『未』証である」、で、
「反証」と呼ばれる局面があっても相当に消極的なものとみなされます。
 基本的に「反証」とは「あるべきものがない」ことではなく「その理論上あっては困る
もの(事)が確かにここにある(発生した)」ことを申します。
 
> > 進化論と結びつけての検証が欠落していたのではないでしょうか。
> 進化論とリンクするのを惰った分野がどれだか判りませんので保留とさせて頂きます。
> 『(返答)進化論による種の変化と染色体数を結びつけた研究報告は皆無です。』

 ああなるほど。つまり、サボってるのは進化論に反対しないくせに結果出さない
染色体研究者さん達ですね?

>最後に私の返答に対する反論も大歓迎です。そのかわり私が実名・身分を明らかにして
>投稿しているように反論者は正々堂々と自分の本名・身分・職業を明示していただきたい
>ものです。自分の意見に関する責任をとっていただきたいからです。他人の意見を批判
>する場合の最低限のルール・礼儀だと思うのです。

 僕はすでにルールの出来上った、しかも他人の主催する場に上り込んできて勝手な
自説を振回す方のほうがルールや礼儀にもとると思いますが、ま、いいでしょ。
 私の名は上木正暁、有機化学でオナサケの修士号もらって企業に就職して、現在は
熱硬化性樹脂材料のエンジニアやってます。
 で、これが偽証でない確認はどのようになさいます? ここで私がかつての同級生や
同僚の名を騙っても判らないと思います。この点において意味のある要求とは
思えないんですが。


Re: LucifeRさんへの返答 1 投稿者:LucifeR  投稿日: 3月16日(金)10時48分09秒


>井上先生

 まずですね。先生の文章の独特の表記法は読解に難渋します。最初のものには「段落」という概念が
見当りませんでしたし、こんどのものは、さらに本文が二重鉤でくくってある、という非常にわかりずらい、
非常識といってもよい体裁です。現実に、考える前に一度整形してからでないと文意が掴めません。
 少なくともコミュニケーションをいうものを留意頂けるなら、基本的に小学校の国語で習った
「作文のかきかた」に準拠していただけませんか? その場合、二重鉤の一般的使用法は
 1.会話内会話
 2.引用内引用
 3.強い引用符
 4.独特の語法に注意を促す為の強い強調符
のどれかになるはずかと思いますが。

"LucifeRさんへの返答" 井上 透 wrote:

> > ...先生、過度の省略などなさってません?
> 『(返答)この引用は「生命誌の世界」870円、中村桂子著、NHK出版、のp83です。

 判りました。もともと論理飛躍かつ文体不揃いな悪文が、引用されたままの形で出版されて
いるのですね? 進化論者も母数が多いぶん困った人も沢山いますから不思議なことではありませんが…
これは本題と余り関係ないので、これ以上追求いたしません。

> > 「要約:塵は積っても山にはならない」でよろしいですか?
> 『(返答)誤解しては困ります。塵を積もらせてもダイヤモンドの山にはならないという意味です。』

 わかりにくいレトリックですね。いや、実際どう解釈していいか判りません。ご説明願えますか?
 私の方は、「種」の範疇に納まっている微細が変化はいくら累積しても「種」を逸脱するような
大きな差違にはならない、というお考えに対して、それは発想として不自然だろうと念を押したのです。
 種は「そこそこの差違」に過ぎなくて、「もっと大きい差違」は認められない「種」の集合として
「類」を形成するのではないでしょうか。(これは古典的な字義で、正式の分類学で「綱」「門」「属」
「科」「目」とかに混じったときにこれらの語が何処に位置するかは存じませんが、食違っちゃうなら、
今のスケールの「県」や「郡」を置いた明治の役人同様、生物学者に漢籍の教養がなかったって
ことでしょうね)。 

> 互いに欠けがあり課題を残していると認められるのならばやはり進化論は仮説に
> 留めておくべきでしょう。現代の生命科学でわかっている材料からは進化論を仮説から
> 真説までもっていくのはあまりにも飛躍すぎて妄信・狂信に近いものを感じます。
> 分析的理論を展開する科学者の姿勢ではありません。』

 科学に「新説」はあっても「真説」などというものはありません。何もかもが「仮説」であり、
いつ棄却、あるいは拡充補正されるか知れたものではないのです。そのことを弁えておられないかの
ような言動には大変な違和感を覚えざるをえません。

 また、根拠なく支持される説はなく、根拠なく棄却される説もありません。つまり、進化論は
先生がご存じないか無視なさっている方面で相当な検証に耐えてきた、あるいは、それに対抗できる
異説がまだ1つもないので、藁でもなんでも捨てるわけにはいかない、と考えるのが妥当では
ないでしょうか?

> > 考えてみれば哺乳類の他の種も...現象が成立する確率は限りなく0に近いと感じるのです。
>  決め手は「確率」ではなく「確率と試行回数の積」ではないでしょうか。
> 『(返答)確率が0ならば試行回数がどんなに大きな数であろうと、その積算は0です。
>さらには試行の中身を教えていただきたいものです。試行といわれるからには、
>それをなさしめておられる神仏の業を認めておられるようですね。』

 複製ミスの確率はいつのまに0まで下がったのでしょう? 持掛けた数字をこっそり
変更するのは不誠実ですよ。ちなみに「試行の中身」とは勿論細胞分裂(生殖細胞の
減数分裂に限定して結構)です。ヒト男性だと一個体で数兆回は超えますよね? 一世代15年、
個体数一万、(ものすごく控え目、ですよね)として一千万年かけた場合、それでも絶対
何も起こらないほど異変の発生する確率って低いのでしょうか? 一万個体のグループを
2つに分けて一千万年隔離した場合、一千万年後にもこれらはそれぞれまったく同じよう
でしょうか?

 それから。私こんなところにまでライナスの毛布のようにカミサマを「ひきずって」
こないと不安になるほどは不信仰ではないつもりです。


Re: 人工的に作られた新種 投稿者:LucifeR  投稿日: 3月16日(金)10時38分11秒

"人工的に作られた新種" かくり wrote:
> ライコムギってご存知ですか?アメリカのシリアルとかの原材料のところにtriticaleって書いているもので
す.
>
> これは,ライ麦とマカロニ小麦を人工的に交配して(その後色々努力していますが)作り出された完全なる
新種です.
>
> ということで交雑で新種は誕生します.

 品種改良の手順をよく眺めると、「交配」と「隔離(或は選別)」を必ず同時に行なっています。
よって、品種改良のどの成功例も、F1フネンをどうにかした例とは受取れても、交雑「のみ」で
新種が発生した例としては用いることはできないはずです。


人工的に作られた新種 投稿者:かくり  投稿日: 3月16日(金)10時29分21秒

ライコムギってご存知ですか?アメリカのシリアルとかの原材料のところにtriticaleって書いているものです.

これは,ライ麦とマカロニ小麦を人工的に交配して(その後色々努力していますが)作り出された完全なる新種です.

ということで交雑で新種は誕生します.

ちなみにパン小麦はマカロニ小麦とタル穂小麦の交雑から出来ました.高校の生物の教科書あるいは参考書にも載っていると思います.
植物は多倍数体の種が沢山あるので(多倍数体=ゲノムを3つ以上持っているもの.人間のように
2つの場合は2倍体),捜せばそんな例うじゃうじゃあります.


桜井さんって、物理やさん? 投稿者:JA50  投稿日: 3月16日(金)09時33分09秒

>やもさん

>桜井さんは物理やさんらしく

本当にそうなんですか?


>NATROMさん

>交雑の結果によって新種が誕生することはありません。

新種は、交雑だけで誕生はしないでしょうけど、交雑で誕生することもあったのじゃ?
植物でそういう実例が報告されていたように記憶しているんですが、、、


>T8848さん

>科学のもたらした虚無の罪

ホーリネスだったか、以前、ちょっと話したことのあるキリスト教徒ですが、同じ様なことを言っていた。神がいなかったら虚しいてなことを。

どういう心性なのだろう、キリスト教徒でない者には了解不能としか言いようがない。
そして、キリスト教徒って皆こうなのかと最初は思っていたのですが、どうもそうでもないような。


日本教文社 投稿者:  投稿日: 3月16日(金)03時56分02秒

西原克成著
追いつめられた進化論
実験進化学の最前線
進化論には、科学的な根拠がなかった!
150年以上、世界を席巻してきた進化論のキーワードは、「突然変異」……。しかし「進化論は、科学的根拠のない空論だ」と主張する著者が、進化論を徹底的に追いつめていく衝撃の生命論。

【目次より】
序論 進化論を追いつめる
第1章 追いつめられた進化論
第2章 進化のレジェンド
第3章 なぜ進化は起きるのか
第4章 顔の探求から生命体のしくみへ
第5章 口腔科の復興を夢見て

【著者紹介】 西原克成(にしはら・かつなり)
昭和15年、神奈川県生まれ。東京医科歯科大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。医学博士。現在、東京大学医学部口腔外科教室講師・病棟医長。このほか、科学技術庁研究官、順天堂大学・北海道大学・九州大学・広島大学の非常勤講師も務める。生命進化の法則を実験によって検証。同時に臨床に応用し、免疫病の治療に成果を上げている。また人工骨髄と人工歯根の開発でも世界的に有名。著書に、『顔の科学』 『「赤ちゃん」の進化学』(日本教文社)『生物は重力が進化させた』(講談社)『免疫病は怖くない』(同朋舎・角川書店)など多数。

http://www.ssfk.or.jp/nkydata/books/ISBN4-531-06355-4.html


櫻井さん、詭弁はやめようよ 投稿者:  投稿日: 3月16日(金)02時37分50秒

>しかし進化論を証明するには、方程式がないとだめでしょ?
>方程式で示すということは、ようは再現性があるということ、つまり実験ができるということよ。
>実験で確かめられないものは証明できないじゃん。

進化論を例えに出さないでくださいな。まあ、それは良いとして
方程式が必要な理由を説明するのに、なんで1行目の記述が
出てくるわけ? 理由を説明するために、結論を述べてどうし
ようって言うの?

>「核で、遺伝子DNAからhnRNAが転写されて、
>スプライスされて、ポリAが付いて、細胞質に移動して、、、

これは、再現性のある実験で、証明されています。方程式
が必要ならあなたが立ててください。どうせ、立てられやし
ないでしょ? そういう事は、生命科学の範疇ではない。私
は最初からそれを言っているのよ。

>っていうことよ。つまり進化論も創造論も、科学ではない。
>個人の気分や、社会の雰囲気で、どちらを支持するか変わる。流行みたいなもんね。
>今の日本じゃ、進化論が信じられる雰囲気であるだけで、
>いつでも創造論に移行することがありうるのよ。科学じゃないから。

全く関係ないことを引き合いに出して、いったい何が言いた
いの? 物理学以外は科学じゃないって、言いたいの?

>ところがあたしはソーじゃない、って言ってるのよ、わかるかしら?
>事実をつくってるのは、実は人間の主観の方であって、
>人間の主観によって生み出された理論という色眼鏡で事実を見ているのが我々だ、ということよ。

「我々」じゃなくてそれは「櫻井美佐子」だよ。別に誰も事実を作ってな
いよ。我々は事実を我々の言葉で記述しようとしているだけだよ。
方程式という色眼鏡で事実を見ているのは櫻井美佐子だ、というだけのこ
とよ。


人間の主観による存在って? 投稿者:寂しい地質学者  投稿日: 3月15日(木)23時48分41秒

 年度末に至り、少々の地獄をかいま見ている寂しい地質学者です。
 まずは櫻井さんはじめまして。私は名称を見ていただいてわかるとおり地質学を専攻とするものです。
 さて、貴女の発言の中に

>よぁ〜く考えてね。
>   科学も人間が考え出したもの、
>   科学が窒素の存在を理論付けした、
>   つまり窒素は人間の主観によって「事実たる資格」を得た、
>   というわけでしょ?

と書き込まれていますが、私は若干異なる見方をします。
 我々人が作り出したものが”科学”であるわけですが、この場合の”科学”を貴女は”自然科学”のみに限定されていませんか? ”社会科学”という分野もやはり”科学”として現実に存在していることをあえて無視しているように見えるのは私だけでしょうか?
 そして、我々が”科学”なるものを作り出せたのも、人が”言葉”という非常に効率のよい道具を作り出せたからに他ありません。この点にかんして同意いただけるでしょうか?
 そして”科学”は事象の分類・整理を行うことによって事象内に含まれる様々な法則なり何なり明らかにしてきました。多分、この点についてもご同意いただけると思います。
 従って、”科学”が行い得るのは1次的には分類・整理であり、2次的にはその内部にある規則性を明らかにすることでしかありません。
 言葉を換えれば、”言葉”という道具によって作られた道具であると言えるかと思います。
 さて、貴女が書き込まれた[窒素]に関する主張(なのかな?)は上の観点で見ると、

1.観察・分類の結果、分類するに足る特徴を持った気体が分離可能である事がわかった。
2.このような特徴を持つ気体を[窒素]と名付ける事とする。

に過ぎません。
 すなわち、人の主観が先では無く、まず何かわけのわからないものがあり、それに人が名前をつけたに過ぎないのでは無いでしょうか?
 これは私の専門分野で言うと、化石や鉱物の命名と同じであると言うことができます。
 無論、この後(鉱物の場合)その成因や内部構造を解明するという手順が続くわけですが、その段階で人の主観が入り込む余地は貴女が仰有るとおり十分あります(これはモデル化の段階で人の主観が入り込むという意味で、今あるものに対する主観が入り込む余地があるということではありません)。
 さらに、一般の人が使う”科学”という言葉は、前述の分類・整理の段階を飛ばしている事が多いことは貴女も十分経験されている事かと思います。
 


はじめまして。 投稿者:チェキ  投稿日: 3月15日(木)23時02分06秒

みなさん凄い理論的な話しをしていますね。
私は、科学関係の職とは全く無縁なドシロートなんですが
昔から不思議に思っていることがあります。
それは、「運命」は自分で変えられるとよく言いますが
本当なんでしょうか?
いきなりわけのわからないこと言ってすいませんが・・・

もし、本当に学校で習ったようにこの世界がある法則に従って動作する原子
でできているのなら、それらの集合によって作られた我々が自ら勝手に行動を
するなどということは物理的に有り得ないと考えるのですが・・・・・・
もし、この世で一番小さい存在が法則をもっていなくて勝手気ままに動作してるのなら
わかりますが、そんなこともないと思うので・・・


そくレス 投稿者:やも  投稿日: 3月15日(木)22時03分13秒

科学のもたらした虚無の罪ってなんでしょうか。

 先週ぐらいにマルクスさんというひとが、書きこんでったような、ああいうやつです。自分が最終的にゾンビにでもおもえてきそうなさむーい考え方のこと。

>科学は唯物論だもの。
唯物論の是非を言うならともかく、唯物論に唯物論だと言って何の意味があるの。
唯物論や人間主義を批判しながら、まさにそのものの科学の衣を着けようとするからおかしなことになってるんじゃないのかな。

そうか、やっぱ科学は、唯物論になってしまうのね。すると、唯物論ではないものは科学の中では棄却されていっていまの科学ができた

 というかんがえは違ってくるのかな?


 >>”それ”に心がないと思ったら、思ったヒトにとって”それ”に心はない

 >思った人にとってしかない(orある)ものなら、どうしてない(orある)と言えるのだろう。

 こっぱずかしい話でたとえて、

・・・心を唯物論で語る・・・

 太郎君は花子さんが好きで、次郎君は雪子さんが好き。

 でも、恋愛論議はできる。ケンケンガクガクの論議が続くとき

 そこで、突如、両親が乱入して、性教育の”正しい”ビデオを見せる。
 
 脳の電気のスパークが心とする論議(唯物論から心を捉えようとする試み)はそういった、どっちちらけ

 を克服しないかぎりありえない。

 とおもいます。個人と対象の関係の中に、心の問題が浮かび上がってくるわけで、この点、自分というものを魂としてそれと、モノや事実との関わりをいつも考える宗教は心を得意とするわけです。

 ある種の”えこひいき”を拒絶しまくる科学は心をかたるに一番不得意とする

 ということで、わかっていただけました?



とりいそぎ 投稿者:Hue  投稿日: 3月15日(木)20時05分49秒

安賀須若人さん、どうもです。

> Hueさんの書きぶりには勢い余って哲学的議論が全て「ファッショナブル・
> ナンセンス」と受け取られているのではないかと疑わせるようなものがあ
> ります。

いえいえ、そんなことはありませんよ(^ ^;;;。
単に区別を曖昧にしてもいいことないじゃん、と言うことなんですから。
危惧されるのは分かりますが、科学哲学全てを対象にしているわけではあり
ません。私は一介の実験屋ですから、哲学の議論に立ち入るだけの知識も何
も持っていませんし。

あと、「櫻井」さんが言っていることからも分かると思いますが、彼(彼女
?? まあ、どっちでもいいんですが)とはこの掲示板がはじめてではなく、
その時にも似たようなことを言っていたことを記憶しているというところが
背景にあることをご理解ください。

なにしろ当時は「幽霊はタキオンで出来てる」なんていう珍説をぶちあげて
た人ですから。

私には、「櫻井」さんがやっていることって、こういった「トンデモ仮説」
に粉飾を施しているとしか見えないんですよね。

ソーカルらは一部の科学哲学者が行った科学用語の濫用を批判したわけです
が、「櫻井」さんは「哲学用語」も「科学用語」も都合のいいように組み合
わせているわけですから、同様(以上)の批判を受けて仕方ないものだと思
います。

それから安賀須若人さん、たいへんたいへん申し訳ないんですが、これへの
反論は二週間ほど待っていただけませんか。舞さんあたりならぴんと来るか
も知れませんが、ちょっとばかりいそがしくなるので。


訂正 投稿者:安賀須若人  投稿日: 3月15日(木)18時28分49秒

Hueさん、ごめんなさい訂正です。

「過去を不復元する」(誤)
「過去を復元する」(正)

です。失礼いたしました。


認識論が存在論を規定します 投稿者:櫻井美佐子  投稿日: 3月15日(木)18時27分00秒

Hueさん。
>だれが認識の話をしたんでしょう??
>そもそも「かくかくしかじかの反応がある」という挙動を示すものは初めから
>あったわけで、「これを窒素としようぜ」というのはそのあとの話。

あなたも進歩ないわね。この発言、あたしの言うことを分かろうともしてない証拠よ。
認識と事実を切り離すこと自体、大間違いなのよ。
だってあなた、自然を超越した神さまではないのよ。
自然を知ろうとしたら、必ず認識しなければならないのよ。
認識して始めて、窒素があったかどうかが分かるのよ。

>「あったと言えるかどうか」と「あったかどうか」をごっちゃにしては
>いけませんぜ、ダンナ。

だから、ごっちゃもクソもないのよ。
「あったと言えるかどうか」と「あったかどうか」は、人間にとっては一緒なんだから。
だってあなた、神さまじゃないんだからさ、観測しなきゃあ、あったかどうか分からないのよ。
観測しなくても、そこに窒素があるわけ? マジでそう考えてる? ぷうッ。

よぁ〜く考えてね。
科学も人間が考え出したもの、
科学が窒素の存在を理論付けした、
つまり窒素は人間の主観によって「事実たる資格」を得た、
というわけでしょ?

あなた、量子論は知ってるの?
特に小さなものが対象の場合にはね、
つまり人間の肉眼では(顕微鏡でも)見ることができないものが対象の場合にはね、
理論に頼るしかないのよ。
そうすると結局、認識論がからんでくるのよ。だから不確定性原理がうまれたでしょう?
不確定性原理はなんて言った? 結局、粒子もないし、波もない。
あるのは「粒子性」という性質、「波動性」という性質だけ。

人間の主観、認識を離れては「事実は語れない」のよ。これ、科学の常識。
だから「あったと言えるかどうか」と「あったかどうか」をごっちゃにしてはいけませんぜ、ダンナ
じゃなくて、
一緒に考えなきゃいけないのよ。どう、分かった?

*レディーにダンナは失礼よね。自分の主観でも「こいつネカマ」と妄想ムッシュムラムラさせるのも程々に。
*まぁ、そういう思考パターンだから、進歩ないんだろうけど。


知の欺瞞? 投稿者:安賀須若人  投稿日: 3月15日(木)18時25分03秒

Hueさん、こんにちは

ソーカル&ブリクモンの「知の欺瞞」がお気に召されているように拝見しますが、勇み足には気を付けて下さいますようお願いします。「知の欺瞞」はポスト・モダンの連中の科学に関する頓珍漢な権威主義引用を暴いた痛快な本であるとは思いますし、行きすぎた「科学の社会構成主義」に対する批判は良いのですが、Hueさんの書きぶりには勢い余って哲学的議論が全て「ファッショナブル・ナンセンス」と受け取られているのではないかと疑わせるようなものがあります。クーンの科学哲学(特に共約不可能性あたり)は社会構成主義者に悪用されていますが、コイレやバターフィールドらの科学史の議論を下敷きにしたものですから、丁寧に読めばそんなに妙なことはないです(哲学的議論として粗っぽいとは思いますが、、、)。クーンの著作でも「本質的緊張」などを読んでいただければ印象変わるのではないでしょうか。また村上陽一郎等の一部の学者の不適切な言説で評判が下がっている科学哲学ですが、決してナンセンスでないことを理解していただくためにはE・ソーバーの「過去を不復元する」とかに目を通していただければとも思います。科学哲学の(非常に末端ですが)関係者の一人としてお願い申しあげます。


チノギマン 投稿者:Hue  投稿日: 3月15日(木)17時47分27秒

ネカマちゃんに覚えてもらっててもうれしくないなあ。

> 存在するとかしないとか、言えないでしょう?
> 物理屋が定義してはじめて、一般庶民もその存在を認識するのであって、
> 物理屋が、「かくかくしかじかの反応があるこれを窒素としようぜ、
> 分子記号はこうしようぜ」と決めなきゃ、誰も窒素を認識しようがないじゃん。

だれが認識の話をしたんでしょう??
そもそも「かくかくしかじかの反応がある」という挙動を示すものは初めから
あったわけで、「これを窒素としようぜ」というのはそのあとの話。

「あったと言えるかどうか」と「あったかどうか」をごっちゃにしては
いけませんぜ、ダンナ。

> 事実をつくってるのは、実は人間の主観の方であって、
> 人間の主観によって生み出された理論という色眼鏡で事実を見ているのが我々だ、
> ということよ。

これもそう。我々が事実を「どう見ているか」と「事実かどうか」の区別を曖昧に
しているだけ。何かを言っている気になってるだけだね。


虚無的世界観? 投稿者:T8848  投稿日: 3月15日(木)17時08分56秒


科学のもたらした虚無の罪ってなんでしょうか。

>ともかく、現在の論議の流れでは
 山野さんが以前のべていた、
 科学とは唯物論的世界観を前提に考えたものである
というものにグーの声もいえなくなるとおもうが。

グーもなにも、科学は唯物論だもの。
唯物論の是非を言うならともかく、唯物論に唯物論だと言って何の意味があるの。
唯物論や人間主義を批判しながら、まさにそのものの科学の衣を着けようとするからおかしなことになってるんじゃないのかな。


>”それ”に心がないと思ったら、思ったヒトにとって”それ”に心はない

思った人にとってしかない(orある)ものなら、どうしてない(orある)と言えるのだろう。
とは言え、動物や機械に心の存在を認めるかどうかと言う時には、そう思った人にとって在る(無い)という事になるだろうけど。


>井上さんへ 投稿者:NATROM  投稿日: 3月15日(木)16時45分41秒

>交雑の結果、新種が誕生されなければ進化論を示唆する根拠には全くなりません。

交雑の結果によって新種が誕生することはありません。隔離によって誕生します。北イタリアのマウスの例は、まさに新種が誕生している過渡期にあります。


>種分化しての新種誕生の報告は今のところ1例もないのが現実です。

例の北イタリアのマウスの例ですが、場所によってはもはや交雑不能になった個体群もあります。一般的な「種」の定義によれば、新種が誕生したことになります。「新種誕生の報告は今のところ1例もない」という井上さんの主張の根拠は何でしょうか?

ところで、井上さんは、イヌがダックスフントやチワワやセントバーナードに変化することはお認めになりますか?ホモ・エレクトゥスがヒトになることは?


>地球上にこれだけ多数の動物種が存在しているにもかかわらず進化の過渡期(?)にあるかもしれない交雑種・新種が容易に発見できない事自体が不思議です。これも進化論の矛盾点です。動物の進化はもう止まってしまったのでしょうか?

進化は止まっていません。すべての生物が進化の過渡期にあると考えられています。マウスで不十分というのなら、冠状種などはどうでしょうか?あるいは、ダーウィンフィンチの観察もよく知られています。「フィンチの嘴」という本を読まれてはどうでしょう。


>減数分裂から交叉現象を伴う受精までの機序を詳しく説明してもらいたいものです

染色体の進化は専門外なのでよく知りませんが、成書なり論文なりに詳しく解説してあるものがあると思います。日本語では、蛋白核酸酵素 39(15):2480-9, 1994を私は参考にしました。ちなみに減数分裂、交叉、受精どれも個体発生に伴う現象であって進化とは直接関係はありませんよ。


>46本・47本・48本の個体がいた中でどうして47本の種は全くいなくなり、46本の種が集団として固定したのでしょうか?

ですので、そのような中途半端な数の染色体をもつ種も実際にいることを示しました。ヒトでは46本に固定したというだけです。


>47本のヒトとチンパンジーの中間種とも言える集団が現存しないのはおかしいでしょう。

なぜ?種は永遠ではなく、絶滅もするのに?ヒトと近縁の種は数種現存しています。化石種を含めるとさらに増えます。


>もしも進化論が塵も積もれば山となるという機序で緩慢にゆっくりおこるのであれば地球上の数多くの生命体には同種内で様々の多型染色体を有するものばかりのはずです。ところが現実にはそのような種の生命体はほとんどいません。どうしてなのでしょうか?

動物において染色体数に多型がある種が少ないのは、ひとつには染色体数の変化が稀であるからではないでしょうか。「進化論がもし正しければXXだろう。しかし現実にはXXではない。だから進化論は間違いだ」という主張が多いようですが、進化論についてよく知らない人がそのような仮定をしても間違いのもとです。井上さんの論法は「もし地球が丸ければ、地球の裏側いる人は下に落ちてしまうだろう。だから地球が丸いという説は間違いだ」と言っているようなものです。


>ハエや線虫の2倍弱の3万程度という結果だったので、多くの科学者を驚愕させました。この情報は御存知ですか?NATROM さんが多くの科学者を御存知ないのを露呈しています

知っています。ヒトはヒトが思いたがるほど、特別な存在ではなかったようです。ある人たちは、人間は神に似せて作られた傑作だと思い込んでいますが、進化論者はそのような傲慢な考え方はしません。ヒトもショウジョウバエも酵母も祖先を共有しています。ヒトとショウジョウバエが人間が思いたがるほど異なっていないからといって、進化に不利な証拠にはなりません。


>人間の遺伝子が全部コード化されてわかったのは

ちなみに「人間の遺伝子が全部コード化」されたのではなく、「ヒトのゲノムの塩基配列が決定された」ではないですか。

>テーマ論文があれば提示してもらいたいものです。

chromosomeとevolutionでひっかければ、井上さんに必要な論文はたくさんひっかかってきますよ。


>私が実名・身分を明らかにして投稿しているように反論者は正々堂々と自分の本名・身分・職業を明示していただきたいものです

匿名の反論者に再反論したくないのであれば、自由にそうしてください。誰もあなたに実名を明らかにするよう強制していません。ただし、他人に強制しないように。実名で責任のある議論がお望みなのであれば、学会あるいは学術雑誌でご自分のお考えを発表されることをお勧めします。


誰か相手にしてくれい 投稿者:やも  投稿日: 3月15日(木)16時36分30秒

 桜井さんは物理やさんらしく、方程式の存在をずいぶん重要に思うみたいですね、つまり、数字になれば、科学という素朴な考えをおもちのようですが、
方程式はつまるところ、 expression(数学の表現法)であるわけで、科学とはなにか、というと、科学的手法にそった思考法があれば科学とみなせると思うのですが?
 生物学の論文でもとにかく、数字はでてるけれどちっとも科学的解釈によらない飛躍に満ちた非科学的論文もあるわけです。
 良くいう、物理やさんのほうが生物学者よりもロマンチストということなのかな。

 さて、

 いくら、意識が電気のスパークの組み合わせだということが、科学的な知識で、例えば怒りの方程式として示されても、結局、そこに自分というものをどう考え、乗せていくかという問題が無視されるのなら、科学とはただたんに、虚無的世界観でしかないと思うけど、どうでしょうか?
 まえからいってるけれど。科学のもたらした虚無の罪に気がつかないで、創造論者のヒトをけなしても、無駄だとおもうぞ。
 ともかく、現在の論議の流れでは
 山野さんが以前のべていた、
 科学とは唯物論的世界観を前提に考えたものである
というものにグーの声もいえなくなるとおもうが。


結局

心の問題を考えるには、

 モノと個々の自分

 という関係を一人一人が探りなおすという、ある種の、詩的操作なしには考えられないと思います。

 ”それ”に心がないと思ったら、思ったヒトにとって”それ”に心はない

 という単純なことなのにね。みんな頭良すぎるのかな?

 まずは、そこから初めないと。


安賀須若人さん、こんにちは。 投稿者:ユリイカ  投稿日: 3月15日(木)16時08分59秒

安賀須若人さんがおっしゃること、よくわかります。ご親切なお返し、誠にありがとうございます。
さて、安賀須若人さんの……
『「〜〜したいから××した」式の心理的説明自体は、アメーバのような単細胞生物にも適用できるでしょうけれど、アメーバに「心」があるとすると多細胞生物について個体の「心」以外に各細胞の「心」(白血球の「心」とか)を認めなければならない羽目になるので、単細胞生物に「心」があるとしない立場の方が健全かと思います。それから植物については、心理的説明よりも単純な「刺激−応答」式の説明で十分説明できるので、「心」を考えなくても良いように思います。動物でも免疫応答(アレルギー反応も含む)なんかは、「心」を考えなくても済む典型的ケースと思います。』
とのご指摘により、前回わざわざ言わなかった私の言いたい点を前もって記述していただいたきましたこと、厚く御礼申し上げます。その返答は後ほどさせていただくとして、まずは私の簡単な自己紹介から……
安賀須若人さんも解っていただけてると思いますが、私は名前の通りの独断論者でして、何かの判断をする場合「誰々の理論」や「何々の本」を引き合いに、また頼りに、答えを出すことをあまり欲しません。もちろん、何かの判断を下す場合広い視野と深い思索はとうぜん必要となりますので、参考とするため様々な資料は手に取ります。が、やはりそれの多くは「参考」の枠をはみだしませんね。それならよほど「自然」をじっくり見るほうがなにかと勉強になると思っております。湯川秀樹も「紙と鉛筆さえあれば物理学者になれる」なんて言ってますけど、まさにその通りだと思います。「学問」なんてやはり古人の知識の集積でしかないのですから、自分が何かの答えを出す場合、やはり自分の頭で考えなきゃ、と思いますよ。で、もしそれが間違っていたのなら、修正すればいいし、修正不可能な状態にまで過ちが進行していたらそれは「能力が無かった」と諦めるしかしょうがないことですしね。
と、こうした思考癖をもつ私としましては、現時点では前回に書いたような概念を抱いておりますので、安賀須若人さんに言われました上記の指摘は、それなりの知識としては持ってはおりましたが、『≪それが今の通念』なのだけれけども……』との思いでしかなく、前回好き勝手に書かせてもらった次第です。
安賀須若人さんの『単細胞生物に「心」があるとしない立場の方が健全かと思います。』について……私は「心が無い」と考えるほうがよっぽど不健全だと思いますよ。安賀須若人さんがおっしゃるよう、現在の通念ではまだまだ「心」を認めようとしない認識が主ですが、それをつきつめると、誰かを好きになるのも嫌いになるのも、また言ってみれば喜怒哀楽すべて「反射」によるものだと簡単に言い切れちゃうことになりますし……。なんか、こんな言い方するのもなんですけど、そんな考え方ではつまんないじゃないですか。
あと付け加えておきますが、「反射」の行為に「心」があると考える私の根拠……
たとえば熱いお湯にふいに手をつけると、反射的に手を引っ込めますね。これは「熱いから逃げたい」との思いがあるから逃げるんですよ。もしそうした思いが脳でも手でも細胞でもどこにも、また微かにも無ければ、まさか逃げるわけないでしょうしね。

※『』は、他の文章と区別するための『』です。


ちょっとちがうぜ 投稿者:分類学者  投稿日: 3月15日(木)15時13分14秒

井上さん

『(返答)種が変わって進化するのであれば、染色体数変化は必ず証明しなければいけない関門です。これを見て見ぬ振りをするのは現実を直視で
    きない誤った科学観です。決して蛇足ではありません。』

昆虫なんかぜんぜん染色体数関係ないよ!


wadjaさんへの返答 投稿者:井上 透  投稿日: 3月15日(木)15時09分59秒

ロバと馬の例はどうでしょう。ラバには繁殖能力はありませんが、染色体の数の違う同士の交雑の可能性はあることを示しているのではないでしょうか。耳学問にすぎず恐縮ですが、こと受精可能性については、染色体の数よりも受容体の相似の方が重要だと聞きましたが、まちがいでしょうか?
『(返答)ロバと馬の交雑と同様にイノシシと豚の相の子であるイノブタもいます。これは同種でありながら別属に分類される生物同士の受精は当然ありえる事の証明です。しかしその交雑の結果、馬種以外の新種が誕生したという報告はまったくありません。これは人間に例えれば「ヒトとサルの間での受精は成立しない。」という意見に対して「白人と黒人の間でも受精が成立し混血児が産まれますよ。」と反論しているのに等しい質問です。混血児の中からヒトを超えた進化した種が誕生するのでしょうか?』
私の返答に対する反論も大歓迎です。そのかわり私が実名・身分を明らかにして投稿しているように反論者は正々堂々と自分の本名・身分・職業を明示していただきたいものです。自分の意見に関する責任をとっていただきたいからです。他人の意見を批判する場合の最低限のルール・礼儀だと思うのです。ブリヂストン産業医、医学博士、井上 透


NATROMさんへの返答 投稿者:井上 透  投稿日: 3月15日(木)15時08分50秒

井上透さんのお考えは誤りです。同種内で染色体の数に多型が見られる種は実際に存在しており、染色体の異なる個体が仮に生じたとしても次世代に子孫を残すことは可能です。
『(返答)同種内に染色体の異なる個体が生じても、それが進化の引き金となり、別種に変わっていったという発見は全くありません。報告があれば教えていただきたいものです。北イタリアのマウスが38本、40本染色体数での交雑がおきているのは同一種内に起きている現象でしょう。マウスは交雑をどんなに長く続けていったとしてもマウスという種はそのままで変わりません。その交雑マウス群から羽が生えて鳥になったとか、リスやネコになったという兆候が観察されたのでしょうか?交雑の結果、新種が誕生されなければ進化論を示唆する根拠には全くなりません。種分化しての新種誕生の報告は今のところ1例もないのが現実です。そう言えば類人猿だと騒がれたオリバー君も結局は猿だと判明したのですね。地球上にこれだけ多数の動物種が存在しているにもかかわらず進化の過渡期(?)にあるかもしれない交雑種・新種が容易に発見できない事自体が不思議です。これも進化論の矛盾点です。動物の進化はもう止まってしまったのでしょうか?』
染色体数変化の機序はおおまかに(?)説明できるので、広くダーウィンの説が信じられています。
『(返答)減数分裂から交叉現象を伴う受精までの機序を詳しく説明してもらいたいものです。ガリレオが地動説を唱えた時、天動説が広く信じられていました。広く信じられているというのは集団的妄信かもしれません。』
例えば、チンパンジーやゴリラは48本24対の染色体を持っているのに対し、...48本の染色体を持つ個体もいれば、47本の染色体を持つ個体もいれば、46本の染色体を持つ個体もいたのでしょう。おそらくはランダムドリフトによって46本23対の染色体のセットが集団に固定したのでしょう。
『(返答)融合した染色体を持った個体が生じ、46本・47本・48本の個体がいた中でどうして47本の種は全くいなくなり、46本の種が集団として固定したのでしょうか?47本のヒトとチンパンジーの中間種とも言える集団が現存しないのはおかしいでしょう。もしもこのような種が過去にいたとした場合、自然淘汰される必然性はまったくありません。ヒトの中にも46本・47本・48本の3通りの染色体数の者達が混在しないかぎり、ランダムドリフトという見方は幻想的推定であると思います。科学者の見方ではありません。もしも進化論が塵も積もれば山となるという機序で緩慢にゆっくりおこるのであれば地球上の数多くの生命体には同種内で様々の多型染色体を有するものばかりのはずです。ところが現実にはそのような種の生命体はほとんどいません。どうしてなのでしょうか?進化論がすべての生物にあてはまる普遍的現象だと認めるのであれば、地球上の生命体の中で同種内で多型染色体を有する生物が極めてまれであるという現実が進化論の矛盾を浮きぼりにしていると考えます。』
>...染色体の長さや数は生命体の高次レベルとは関係ありません。
関係あると思っている科学者はいないと思います。通常の進化論者は、ヒトがサメ・カエル・イモリより高次レベルなどとは考えませんのでなおさらです。
『(返答)最近のニュースによると、人間の遺伝子が全部コード化されてわかったのは、人間の遺伝子の数は、なんとショウジョウバエの遺伝子の数の2倍もないということです。単純な生物が次第に分子科学的試行錯誤の果てに複雑な生物になったというのなら、人間の遺伝子の数はショウジョウバエのなどより圧倒的に多いとある学者は10万から15万と数を予想していましたが、蓋を空けてみると、ハエや線虫の2倍弱の3万程度という結果だったので、多くの科学者を驚愕させました。この情報は御存知ですか?NATROM さんが多くの科学者を御存知ないのを露呈しています。』
「細胞学の研究は染色体の発見までに留まって研究者達から置き去りにされた」...「検証が欠落していたのではないか」と言う前に、...
『(返答)私の言っている意味が御理解できていないようで残念です。進化論の唱える種の変化を細胞分裂や受精システムと結び付けての研究・検証が欠落しているというのです。そのようなテーマ論文があれば提示してもらいたいものです。』
最後に私の返答に対する反論も大歓迎です。そのかわり私が実名・身分を明らかにして投稿しているように反論者は正々堂々と自分の本名・身分・職業を明示していただきたいものです。自分の意見に関する責任をとっていただきたいからです。他人の意見を批判する場合の最低限のルール・礼儀だと思うのです。ブリヂストン産業医、医学博士、井上 透


LucifeRさんへの返答 投稿者:井上 透  投稿日: 3月15日(木)15時07分29秒

「断言する生命科学者」のいう「これ」はダーウィンのいう「変異」ですよね? ...先生、過度の省略などなさってません?『(返答)この引用は「生命誌の世界」870円、中村桂子著、NHK出版、のp83です。おっしゃる通りに「これ」はダーウィンのいう「変異」として説明してあります。今回と同様の質問を「生命誌研究館のホームページ」(URL:http://www.jtnet.ad.jp/BRH)へ発信していますが、全く返答がありません。LucifeRさんの方からどうぞお問い合わせ下さい。』> たしかに外部ストレス...種の進化・変異ではないように思います。
「要約:塵は積っても山にはならない」でよろしいですか?『(返答)誤解しては困ります。塵を積もらせてもダイヤモンドの山にはならないという意味です。』
> よくある「DNAからみた霊長類の..とうてい信じられないのです。
 総論に各論からの異議が提出されるのは当然ですが、....他の説の提出を求められます。
『(返答)種の変化とともに染色体数変化の機序が説明できないかぎり、まだ未知なる領域として進化論はただの仮説として保留しておくべきです。おっしゃる通りゲノム組成が98%一致の現象を説明する理論は私にもまだ見いだせません。さらにはその2%の違いがどのような機序で成立したかも説明できません。互いに欠けがあり課題を残していると認められるのならばやはり進化論は仮説に留めておくべきでしょう。現代の生命科学でわかっている材料からは進化論を仮説から真説までもっていくのはあまりにも飛躍すぎて妄信・狂信に近いものを感じます。分析的理論を展開する科学者の姿勢ではありません。』
> 考えてみれば哺乳類の他の種も...現象が成立する確率は限りなく0に近いと感じるのです。
 決め手は「確率」ではなく「確率と試行回数の積」ではないでしょうか。
『(返答)確率が0ならば試行回数がどんなに大きな数であろうと、その積算は0です。さらには試行の中身を教えていただきたいものです。試行といわれるからには、それをなさしめておられる神仏の業を認めておられるようですね。』
> もしも..交叉現象の失敗を繰り返すことで染色体数が増えていくのが進化だと...
ここでは誰もその様な提唱はしていません。お納めください。
『(返答)これは私の同様の質問に対して京都大学医学研究科の白川教授(最先端の遺伝子研究をしておられます)が提唱されました。その場の即答だったので、この仮説は教授の思いつきだと推測します。私の名前を出しても結構ですからどうぞ直接に白川教授に御質問ください。』
>先天的な染色体異常に伴う遺伝疾患の...不自然だとも感じました。
ということは、不自然なのは...ですのでこれも蛇足かとおもいます。
『(返答)種が変わって進化するのであれば、染色体数変化は必ず証明しなければいけない関門です。これを見て見ぬ振りをするのは現実を直視できない誤った科学観です。決して蛇足ではありません。』
>遺伝子の一部突然変異は...染色体数変化の異常はそれだけではおこりえないと思います。
問題提起の要件は満たしていますが、「の異常」は恣意的のような気がします。
『(返答)御指摘のようにこの「の異常」は病的変化と結びつけて示した表現で確かに誤解を与えた所があります。ごめんなさい。削除します。』
> 進化論はダーウインが提唱した仮説ですが、...真摯な真理を探求する姿勢だと思うのです。
 これははっきり逆です。...「観測と完璧に不一致」なものが省かれていくのです。
『(返答)この記述からLucifeRさんが「進化論は単なる仮説である」のを認めてある事がわかりました。致命的な反証とは、進化論の前提となる種の変化にあたって染色体数の変化の実証となる理論も現象の発見も全くなされていないということです。他の質問者に対する「北イタリアのマウス」「馬とロバ」の反論を御参照ください。』
> 進化論と結びつけての検証が欠落していたのではないでしょうか。
進化論とリンクするのを惰った分野がどれだか判りませんので保留とさせて頂きます。
『(返答)進化論による種の変化と染色体数を結びつけた研究報告は皆無です。』最後に私の返答に対する反論も大歓迎です。そのかわり私が実名・身分を明らかにして投稿しているように反論者は正々堂々と自分の本名・身分・職業を明示していただきたいものです。自分の意見に関する責任をとっていただきたいからです。他人の意見を批判する場合の最低限のルール・礼儀だと思うのです。ブリヂストン産業医、医学博士、井上 透


うーむ 投稿者:ゆん  投稿日: 3月15日(木)12時15分41秒

>> 櫻井さんの「不完全性定理が人工知能の不可能性を証明した」って
>> ネタ元はペンローズでよろしいのでしょうか?
> ペンローズも同じことを言ってるのは認めるけど、そこがネタもとではないわ。
> 第一彼は、心は物理学で(まだ未発見の量子重力理論で)解明できるという約束唯物論者よ。
> あたしとスタンス違うわ。
> あたしは、純粋にゲーデルの論文、すなわち、
> 「プリンピキピア・マテマティカおよび関連する諸体系における形式的に決定不可能な
> 諸命題について1」
> を勉強して、そう理解したわけ。言うなら、これがネタもとよ。

あー、そうなんですか…それだとちょっと面倒そうだなあ…

ペンローズの主張に関してはそれなりにまとまった批判があるので
基本的にそれを引用する方向でまとめる事が出来るんですけど、
櫻井さん流の櫻井理論を批判する場合にはその方法が当てはまらない
可能性がある(あらそれは私の場合は違うわよって言われちゃえば
それまで)ですよね。ちゃんと批判を加えるにはまず櫻井理論を
きっちり詳細を説明してもらってそれに対して批判を加える方向で
ないと意味がない。ちょっとここ(掲示板)でやるには手に余る議論
かなぁ。

ちなみにこの前言ってた批判の文章ようやく見つけました。

http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/a0027.html#a19981110193207

ただ、ここでは批判の詳細までは踏み込んで書かれていないので、あくまで
「現役の数理論理学者でこういう事を言っている人がいる」っていう紹介に
留めときます。これを以って櫻井さんへの直接の批判とはしません。

# 御本人に連絡をとって「元の書き込み」と言うのが fj のどこかへの書き込み
# だというところまでは確認して過去アーカイブを漁ったのですが残念ながら該当
# する記事を発見できませんでした。


ユリイカさんへ 投稿者:安賀須若人  投稿日: 3月15日(木)11時54分24秒

ユリイカさん、初めまして。

舞さんとのやり取りで、私の書き込みをたたき台にしていただいたのは一向に構わないのですが、ちょっと補足を述べさせていただきます。

まず釈明ですが、舞さんは分子生物学の研究者ですから、生物学的な知識についてはいちいち確認をしなくても話が通じるところがあるので、暗黙の前提として省略してしまったところがあります。例えば、『ヒト以外に「心」があるとして良いのは進化の隣人である類人猿を始めとしてイヌ、ネコを含む哺乳動物の範囲内になりそうだと予測します(爬虫類等は境界線上かなと思います)。』という文章では、大脳における新皮質の有無を下敷きにした判断です。私は「新皮質を持った哺乳類なら「心」があるとして良いと思うが、新皮質のない爬虫類では判断は微妙と思う」というメッセージが伝わるものと思って書き込んでいます。

それから「心」を前提としない行動についてですが、欧米の心理学者のかなりの部分は、動物に「心」を認めていません。人間にも意志と関係ない運動(脚気の検査でやる膝蓋腱反射なんか有名ですよね)があるのはユリイカさんもご存知かと思いますが、動物に「心」を認めない立場では、動物の行動を「意志→行動」のようなスキームで捉えるのではなく、反射や条件反射(=条件付け行動)のような意志を前提にしない「刺激−応答」と見なすのです。また、生物学者の多くは性急な擬人化は出きる限り避けようとしますので、動物の「心」に消極的な人が多いのです。それに対して、動物行動学者の一部(コウモリのエコーロケーションに関する研究で著名なD・グリフィンなどが有名)から、動物に「心」があるとしても良いのではないかとの主張がなされています。このような背景を踏まえて、私は舞さんに「動物の行動について、心理的説明が他の説明よりもうまく行くなら、動物に「心」を認めても良いのではないか」という提案をしたのです。

また、「〜〜したいから××した」式の心理的説明自体は、アメーバのような単細胞生物にも適用できるでしょうけれど、アメーバに「心」があるとすると多細胞生物について個体の「心」以外に各細胞の「心」(白血球の「心」とか)を認めなければならない羽目になるので、単細胞生物に「心」があるとしない立場の方が健全かと思います。それから植物については、心理的説明よりも単純な「刺激−応答」式の説明で十分説明できるので、「心」を考えなくても良いように思います。動物でも免疫応答(アレルギー反応も含む)なんかは、「心」を考えなくてむ済む典型的ケースと思います。

※ところで、ユリイカさんの書き込みでは私は何故『』付きなんでしょう?


DEAR 櫻井さん 投稿者:ユリイカ  投稿日: 3月15日(木)11時27分27秒

『理論が事実をつくるのよ(クーンなどの科学哲学)』で櫻井さんが……
>一般的に心とは知性、感情、意志の総称なので、酵母に心はないわね。
>酵母がチューリングテストで感情があるとは認定されないでしょう。
と、またまたチューリングテストをもとに「心」をはかろうとしてましたが、それこそ主観も主観、なんか科学っぽく理屈つけてるだけのように思えちゃうんですけど。
あと、『理論が事実をつくる』のではなく、『理論で事実を認識する』ぐらいにしといたほうが良くないかと思いますよ。


う〜ん、不毛か 投稿者:T8848  投稿日: 3月15日(木)11時01分13秒

説得力
鎮痛剤の方が説得力があるというのは、wajdaさんの主観だけなのか?
理性的により多くの人に説明できることを言ってるんじゃないか。
論理に矛盾がないか、飛躍がないか、確認できるかということでね。
>あなたも「説得力がある」なんて言えないでしょう。
それね、何でも説明して何にも説明しないわけですね。最後は古典的な「我思う…」に行き着くか?(その先は?)

方程式
窒素が物理屋の示す方程式によって認識された?
順序が逆じゃないかな。物や現象があってそれを説明するために方程式が示される。(更にそこから物や現象が発見される・・・以下繰り返し)
ところで物理屋の方程式に拘るなら、素粒子物理学にまで遡らないと何も意味ある記述はできないとでも言うのかな。
脳・神経系の物理的・化学的反応が知能(感情でも精神でもいいや)である、というに止まらず、単に塩を水に溶かすのさえ否定されてしまうんだな。

知能、精神、イデア界
辞書に載ってる定義だけじゃ不充分だから確認してるんだけどな。どうも定義の範囲が違うようだし。

科学とはなんぞや?
「フツーの人の理解」でどこが違うのかな。
>人間の主観によって生み出された理論という色眼鏡で事実を見ているのが我々だ、ということよ。
だから?それと「フツーの人の(科学)理解」とどこが矛盾するの?
ものの見方が主観(趣味、支持する理論、知識)などで違ってくるのは当然でしょ。

酵母の心
>一般的に心とは知性、感情、意志の総称なので、酵母に心はないわね。
全然説明になってないんですけど。
酵母には知性も感情も意志もないことが(櫻井さんには)わかっていて、だから心がないと言うの?
どうしてそんなことがわかるのかな。
鎮痛剤の効果は主観なんでしょう?

歴史の科学
実験ができなければ再現性がなく、「方程式」で示されず、証明もされないのか。
そして方程式で記述できなければ科学じゃないと。
そいつは知らなかったなぁ。
ということは、証明されたものも科学も何も無いんだねぇ。
(まずはその方程式と科学の定義、適用範囲をはっきりしてもらわなきゃ)


意識も同じじゃ? 投稿者:JA50  投稿日: 3月15日(木)09時57分24秒

>物理屋が、「かくかくしかじかの反応があるこれを窒素としようぜ、分子記号はこうしようぜ」と決めなきゃ、
誰も窒素を認識しようがないじゃん。

科学が対象とする意識もこれと同じじゃないですか?

かくかくしかじかの反応があれば、意識があるとしよう、その程度はこうしようぜと決めて、いろいろああだのこうだの言うしかない。
心も意志も同じでしょうし、窒素でも地球でも、はては宇宙でも同じじゃないですか。
これらを科学の対象とするかぎり、こうやるしかない。


理論が事実をつくるのよ(クーンなどの科学哲学) 投稿者:櫻井美佐子  投稿日: 3月15日(木)08時50分45秒

わおぉ〜ッ。盛り上がってるじゃん。

wadjaさん
>じゃあ、死んだ人の意識がとまってないことを、証明してみてください。
>多分鎮静剤のほうが説得力がありますね。
>ほとんど言葉遊びの世界ですね、ここまでいけば。

そうね、お互いさま。鎮静剤の方が説得力があるっていうのも、結局あなたの主観なのよね。
死んだ人の意識がとまっていないというのも、結局あたしの主観なのよね。
だから、あなたも「説得力がある」なんて言えないでしょう。
しいて言うなら、あなたの常識がそう言わせてるってことね。

>大体櫻井さん、「心」、「精神」にしても、EzoWolfさんと議論のすれ違っている「イデア界」にしても
>きちんと定義なさってないですよね(私が見落としたのか?)

礼儀もなにも、そんなの国語辞書でもみれば出てるでしょう? その程度は常識よ。

あたしがこういう問題提起をしたのは、つまるところ進化論と創造論は、
どちらも証明不能なものだということへの布石ですわ。
どちらも科学を装っているが、実は科学ではない。
もっというと「科学とはなんぞや」の問題提起なのよ。



Hueさん。あ〜ら、お久しぶり。こたつじじいは元気ぃ〜?
>問題点をすり替えてますね。じゃあ物理屋が定義をあたえなかったら窒素は存在しなかったのかな。

存在するとかしないとか、言えないでしょう?
物理屋が定義してはじめて、一般庶民もその存在を認識するのであって、
物理屋が、「かくかくしかじかの反応があるこれを窒素としようぜ、分子記号はこうしようぜ」と決めなきゃ、
誰も窒素を認識しようがないじゃん。

科学とはなんぞや? 
事実を客観的に記述するもの、
帰納と演繹を繰り返して法則を見いだすもの、
発見した法則がデータ(事実)を物語るか検証するもの、
などなどというのがフツーの人の理解じゃないの?

ところがあたしはソーじゃない、って言ってるのよ、わかるかしら?
事実をつくってるのは、実は人間の主観の方であって、
人間の主観によって生み出された理論という色眼鏡で事実を見ているのが我々だ、ということよ。

そういう人間主観の見方なしに「客観的事実がある」などというのであれば、
それはイデア界を認めているようなものよ。
(ちなみにあたしはイデア界を認めてるから、客観的事実はあるとも認めてるのよ)

>おやじなんじゃないの? センスがそうだし。

あなたも主観的観念論者ね。ぷひ。

>そして酵母のどこに心が宿るのか。

一般的に心とは知性、感情、意志の総称なので、酵母に心はないわね。
酵母がチューリングテストで感情があるとは認定されないでしょう。



>都合の悪いことはさらっと無視する櫻井さん 投稿者:舞 さん

別に都合悪いことないけど?

>これらをなぜ方程式で表さないと、事実と証明されないのか説明してくださいな。

何度も言ってるんだけどね…、読解力ないわね。じゃぁ、こういうたとえはどう。
化石の発掘が進んで行くと、生物が進化しているように見える。
しかし、それは年代ごとの地層に生物の化石が発見された、ということのみが事実であって、
進化が説明されたわけではない。
しかし「進化があった」を信ずるのは、進化論と言う理論があるからなのね。

しかし進化論を証明するには、方程式がないとだめでしょ?
方程式で示すということは、ようは再現性があるということ、つまり実験ができるということよ。
実験で確かめられないものは証明できないじゃん。

だから創造論も廃れないのよ。化石の発見事実はそのままにしても、
神は何億年もかかけて段階的に生物を創造した、と言える。
もちろんこれを証明するにも方程式が必要よ。

っていうことよ。つまり進化論も創造論も、科学ではない。
個人の気分や、社会の雰囲気で、どちらを支持するか変わる。流行みたいなもんね。
今の日本じゃ、進化論が信じられる雰囲気であるだけで、
いつでも創造論に移行することがありうるのよ。科学じゃないから。


都合の悪いことはさらっと無視する櫻井さん 投稿者:  投稿日: 3月15日(木)01時34分31秒

>科学者が、それが窒素だと説明してくれたからでしょ?

>結局、物理屋の御墨付きが必要なのよ。

あはは、そうです。化学屋さんのお墨付きをいただいております。
それで、初めて見てるものが窒素だとわかるわけです。

ただ、あなたは素人相手に、「式を出せ、出せないならあなたは
間違っている」という詭弁を弄しているだけですよ。私はずーっと
それを言っている。まあ、意図的に無視しているのだろうけど。

>「核で、遺伝子DNAからhnRNAが転写されて、
>スプライスされて、ポリAが付いて、細胞質に移動して、、、

これは、こうしている間にも、櫻井さんの40年以上生きてきた細
胞内で、絶え間無く起こっている現象です。
これらをなぜ方程式で表さないと、事実と証明されないのか説
明してくださいな。ちなみに、これらについて、あなたはどう
いう方程式を立てて証明するのですか?

ただし、繰り返すけど、これらの現象が全て化学・物理法則に
従っているのは自明の理です(あなたが、それを証明しろと言
っているのなら、それこそますます生命科学の範疇ではない。
あなたたちの範疇よ)そういう意味では、生命科学は化学・物理
屋さんたちがすでに出している、使い古されたお墨付きの範囲内
でしか成り立っていないし、私たちもその範囲内で行動している
だけなのです(あまりにあたりまえ)。







なお、「心」の進化論的解釈については、少し考える時間をください。


やれやれ、不毛だね。 投稿者:Hue  投稿日: 3月15日(木)01時07分11秒

>結局、物理屋の御墨付きが必要なのよ。
>そして物理屋のコミュニティーでは、方程式なしでは御墨付きが出ない。

問題点をすり替えてますね。じゃあ物理屋が定義をあたえなかったら窒素は存在しなかったのかな。

たわむれにこんなものでも引用してみよう。
http://www.ntticc.or.jp/pub/ic_mag/ic017/books50/44.html より;

 「ゲーデルの不完全性定理」は,今世紀において極めて強力な哲学的隠喩であり続けてきた
 (例えばラカン).前著『GEB』もまた,ともすれば,バッハもエッシャーもゲーデルの変
 奏に過ぎず,人間の知性の秘密はすべて不完全性定理の中にこそあるといった主張の本とし
 て理解される傾向がある.しかし,そのような過度の抽象化は思考を停止させる.他方,ホ
 フスタッターの意図は全く逆だ.彼はむしろ,世界の多様性に目を開くことの重要性を訴え
 る.認識には様々な層が関与しており,人間の知性はそれら複数の層を同時に処理すること
 ができる.ゲーデル問題は,その複数性を忘却し単一レヴェルに形式化したときにのみ現わ
 れるに過ぎない.それゆえ,ホフスタッターは文字について考え続けるし,人工知能の研究
 を諦めることもない.ゲーデル問題により人工知能の破産を宣告するような議論は,単に,
 人間を単純化・神秘化しているだけだ.

> 櫻井さんって、きっとかわいい人なんでしょうけど、

おやじなんじゃないの? センスがそうだし。

> 果たして「心」の伴わない「行動」などあるのですか?

酵母って、知ってます? (文字通りの意味で)単細胞の真核生物。
実はこれにも性別があって(男、女とはまた違うのですが)、違う性別のヤツにであうと、そっち
の方にのびて接合しようとします。

これのメカニズムはよく分かっていて、違う性別のヤツが出してるフェロモンをリセプター蛋白質
が感知するところから始まります。このリセプター蛋白質は三量体G蛋白質と呼ばれるものの一種
で、フェロモンが結合すると活性化して、リン酸化を介した情報伝達系を通して細胞内の蛋白質を
活性化(不活性化)したり、ある遺伝子(群)を転写促進(抑制)したりします。

こういった一連のことが「行動」に反映されているわけですが、こういった場合でも「心」を伴っ
ていると考えますか? もしそうお考えなら、一体「心」とは何なのでしょうか? そして酵母の
どこに心が宿るのか。

> 哲学と信仰と科学をわざとごっちゃにして、人を煙に巻こうとしているように見えてきた。

確信犯かどうかは分かりませんが、言っていることが混乱していることは事実ですね。

# だから「トンデモウオッチャーしか興味を示さないシロモノだ」って言ったのに。


なんだかなー(って誰かもいってたな) 投稿者:wadja  投稿日: 3月15日(木)00時19分50秒

>>櫻井さんの深遠な思考も、激しい情動も、鎮静剤一本で、
>>ドローンとレベルが下がり、ついには止まります。

>あたしの自意識が止まったとどうして言える? あなたにあたしの自意識が見えますかいな?
>なんだかなぁ〜。ぷひ。

じゃあ、死んだ人の意識がとまってないことを、証明してみてください。多分鎮静剤のほうが説得力がありますね。少なくとも、お酒を飲んだことのある人には。

ほとんど言葉遊びの世界ですね、ここまでいけば。見えないものは一切証明できないとするなら、科学なんて無意味に近い。

大体櫻井さん、「心」、「精神」にしても、EzoWolfさんと議論のすれ違っている「イデア界」にしても、きちんと定義なさってないですよね(私が見落としたのか?)。相手が定義に関して勘違いしてると思うのなら、たとえ「イデアの定義は〜」とまでは掲示板で書けないにしても、「だれそれのイデア界の定義が一番近いから、読んでみて」位は言ってあげるのが真面目に議論している人に対する礼儀じゃないですか?

哲学と信仰と科学をわざとごっちゃにして、人を煙に巻こうとしているように見えてきた。


植物の思想? 投稿者:Kosuke  投稿日: 3月14日(水)23時41分01秒

> どんな生き物、もちろん植物にだってこんな思想はありますよ。
どうやってそれを確かめたのですか?


心=意識=意志、としとく。 投稿者:ユリイカ  投稿日: 3月14日(水)21時22分19秒

舞さん、はじめまして。ユリイカです。櫻井さんとのやり取り、見てましたよ。
さて、舞さんの――
【「心」というのは、人間だけにあるのかな?
とすると、どういう「進化」のメカニズムで獲得された
のかしらん?
それとも動物にもあるのかな?】
について、ちょっと……
さっそく『安賀須若人』さんが意見を述べられてましたね。私もそれに見習い、舞いさんの質問だけに対し真摯にお答えしようと思いましたが、ここではちょっと『安賀須若人』さんの意見をタタキ台にあげながら(ごめんなさい)、意見しようと思います。
『科学の議論として「心」の問題を考えるならば、私は「行動に関する心理的説明の適用範囲」について考えます。すなわち、ある動物のある行動について認識や情動等の心理に関する用語を使った説明が有効であるかどうかについて考えます。そして、心理的説明が心理学的用語を一切使わないその行動に関する別の説明、例えば条件付け行動の組み合わせに還元する等よりも説明としてうまく行く(判断は多少主観的ですが能率的であるなど)ならその行動について心理的説明で首尾良くカバーできるとして良いと考えます。
そしてある動物についてその行動全体あるいそのほとんどを心理的説明で首尾良くカバーすることができるならばその動物に「心」があると見なすことは合理的であると考えます。』
――はい、『安賀須若人』さんは「心」を科学的に考えるならば『行動に関する心理的説明の適用範囲』との見地を持たねばならないとお考えのようですね。しかしそれだけの説明では、どうも私は不満ですね。お聞きしますが、果たして「心」の伴わない「行動」などあるのですか? あるとすれば、その行動はなにをもとに行動しているのですか? 
小指一本動かすのにも、動かそうとする意志が必要です。なにかを食べたいから食べるとの行動も、食べたいとの強い意志がその源でしょう。どんな小さな虫でも、天敵に捕まるのを避けるのは、死にたくない、食べられたくないとの強い強い意志によるものでしょう。『安賀須若人』さんは意見の総括として――『ヒト以外に「心」があるとして良いのは進化の隣人である類人猿を始めとしてイヌ、ネコを含む哺乳動物の範囲内になりそうだと予測します(爬虫類等は境界線上かなと思います)』――と記されていましたが、私が思うに「心」とは、その範囲ではどうも収まりつかない、もっともっと広く「心の所有」を認めるべきものだ、と思いますね。
たとえば「もっと良く、生きたい」とか「現状に満足がいかず悩む」なんて思ったこと無い人ってまずいないと思うんですけど、これって人間様、ひいてはこの地球上限られた少数の生き物の特権的思想なんですかね。どんな生き物、もちろん植物にだってこんな思想はありますよ。
「生と死」というものを、もっと見詰める必要があると思うんですけど。


文学的の”的”が気になるぞ 投稿者:やも  投稿日: 3月14日(水)20時09分31秒

1.人工ってなに?

 こう言う言葉って、全員が理解できるけれど、それゆえ、定義しにくい言葉なんでむずかしいんだよねー。
 ”感情的アホ”さんが言うように”人工”がヒトが作ったものっていうのなら、試験管ベイビーは人工かな?きっかけはヒトが作ったけど、あまりに巨大な自然の介在が存在するわけで、人工とは言えない気がします。だいたい、コンピュータだってシリコンつう石じゃんもともと。
 結局、人工つう言葉は
 
 ある種のヒト族の縄張り意識じゃないのだろうか? 友(同種のひと)による検査済みのハンコが押されているものにつける接頭語。

 で、もっと下世話にいうと、犬にとって、電柱にかかる犬のおしっこ。

2.心について

 私が考える(唯物論的)心っていうものは、コンピュータでいう基本のOSだと思う。神経系の発達を考えるとごく初期からあるもので、そこのところはすべての動物類で共有されているものだと考えたほうがよっぽど自然。どうして高等生物だけにあらわれるとみなは思うのだ?その根拠は?爬虫類にだって心があって何がわるいのだ?確かに、爬虫類とか魚は、表情が変わらないし、瞬きをしないようなものも多いけど、感情表現と感情は別じゃないでしょうか?魚が、えさ見つけてときめく気持ちはないわけないのではなかろうか?女のコ(メスの魚)見つけて(うおー)と思う気持ちがあれば、心があるとすることができるのじゃないだろうか?その、ウオーと思う気持ちは魚にはありそうだけどなー、自然に考えると。
 知能と呼ばれる部分は発生的に後からくっついてくることをかんがえて、知能と心というのはまったく次元が違ってくるのではないのだろうか?

 ただ、心に関していえることは、

 まったくヒトとされる凶悪犯人のことを「心がない」と感じる私たちの心のことなどを良く考えると心がもっとみえてくる。種やカラダは当然関係ないのだよね。

 心とは

 1)シンパシイ を感じて良いものにのみ与えられる。
 2)ある出来事にたいして当然の反応ができるものにあたえられる。
 3)自分に関係がある。

 というような用件を満たしている。

 とかんがえたけど、ちょっとわかりづらいかのう。ごめんよう、文学”的”なやつで。


>ソフトウェアはイデア界に(4)  投稿者:櫻井美佐子  投稿日: 3月14日(水)12時50分59秒

>プログラマーの「考え」に忠実でないソフトウェア(バグ付きのソフト)は一体何なの。

プログラマー自身が、考えた通りにプログラムしなかっただけじゃないの。

>笑い事ではないよ。半自動生成されたり、限定的な進化をするプログラムなら既に存在するしね。

笑い事よ。それは単なる自己組織化。思考とは異なる。


ソフトウェアはイデア界に(4) 投稿者:EzoWolf  投稿日: 3月14日(水)12時46分34秒


>>「コンピューターはあなたが思ったようには動かない。あなたが書いたように動く。」
>   あはぁ〜、当たり前。でも、あなたが書く前に、考えるのよね。考える。それは
>イデア界にあるでしょ?

プログラマーの「考え」に忠実でないソフトウェア(バグ付きのソフト)は一体何なの。

>考えるのも、PC?ぷ。

笑い事ではないよ。半自動生成されたり、限定的な進化をするプログラムなら
既に存在するしね。


>そして物理屋のコミュニティーでは、方程式なしでは御墨付きが出ない。

イデア界を表す櫻井方程式を期待してよろしいかな。


動物の心 投稿者:安賀須若人  投稿日: 3月14日(水)12時24分36秒

舞さん、こんにちは

>「心」というのは、人間だけにあるのかな?
>とすると、どういう「進化」のメカニズムで獲得された
>のかしらん?
>それとも動物にもあるのかな?
>進化論陣営の方々、答えはいかに? (創造論者の答えは
>要りません)

科学の議論として「心」の問題を考えるならば、私は「行動に関する心理的説明の適用範囲」について考えます。すなわち、ある動物のある行動について認識や情動等の心理に関する用語を使った説明が有効であるかどうかについて考えます。そして、心理的説明が心理学的用語を一切使わないその行動に関する別の説明、例えば条件付け行動の組み合わせに還元する等よりも説明としてうまく行く(判断は多少主観的ですが能率的であるなど)ならその行動について心理的説明で首尾良くカバーできるとして良いと考えます。
そしてある動物についてその行動全体あるいそのほとんどを心理的説明で首尾良くカバーすることができるならばその動物に「心」があると見なすことは合理的であると考えます。

例えば、あるイヌの個体(ポチとしましょう)がヒトの個体に対してとる行動の違い(正直爺さんと意地悪爺さんへの対応の違い)を当該イヌ個体の心理(ポチは正直爺さんは好きだが、意地悪爺さんは嫌いだから云々)に基づいて説明することがうまく行くと見て良いでしょう。少なくともヒトであれば、このタイプの説明は合理的なものとして受け容れられます。(例えば私の舞さんと櫻井さんへの対応の違いを好悪の感情で説明することetc.)従って、ヒトには「心」があるとして良いでしょう。

ヒト以外に「心」があるとして良いのは進化の隣人である類人猿を始めとしてイヌ、ネコを含む哺乳動物の範囲内になりそうだと予測します(爬虫類等は境界線上かなと思います)。
「心」の起源は進化的なプロセスで獲得したものでしょう。
ただ一回限りの出来事であったかどうかは疑問ですし、節足動物や軟体動物(タコとか)については解答するにたる知見を持ち合わせていません。

なお、ヒトについても言えることですが、ある行動について心理に言及せずとも説明することが可能であることそのものは、その行動についての心理的説明が成立することと両立します。



ちょっとだけ言い訳ですが、
D・デネットは認知科学や進化論について十分踏まえた議論をしているのでかびの生えた不毛な哲学議論とはだいぶ雰囲気が違うので紹介したんですが、哲学的議論がお嫌いなら申し訳ありませんでした。お詫びします。


舞さん、変よ。 投稿者:櫻井美佐子  投稿日: 3月14日(水)10時00分58秒

>私は毎日のように
>(でもないけど)窒素を「目で見て」「手に触って」「ときには
>そのせいで凍傷になったり」しています。方程式などとは関係なく
>実在は証明されていると考えます。

なぜそれがあたなには窒素だと分かるの?
科学者が、それが窒素だと説明してくれたからでしょ?
あんたそれとも窒素みえるのぉ〜? ぷはぁ〜。幽霊みえるって人と一緒よ、それじゃぁ。

結局、物理屋の御墨付きが必要なのよ。
そして物理屋のコミュニティーでは、方程式なしでは御墨付きが出ない。

つまりい、あなたが窒素があるけど式は関係ない、っていったところで、
そんなの全然反論になってないのよ。よく読んでね。


んじゃあ、ここらで進化論 投稿者:  投稿日: 3月14日(水)02時26分42秒

「心」というのは、人間だけにあるのかな?
とすると、どういう「進化」のメカニズムで獲得された
のかしらん?
それとも動物にもあるのかな?
進化論陣営の方々、答えはいかに? (創造論者の答えは
要りません)

追記 

櫻井さんって、きっとかわいい人なんでしょうけど、
「ぷっ」「おおわら」のような、侮蔑的な表現→あおり
のような事は、この掲示板ではやらないで下さい。
お願いします。


・・・ 投稿者:感情的なあほ  投稿日: 3月14日(水)02時05分46秒

ほんとにあほねはちょっとおもしろかったよ・・・
櫻井さんは、どうも躁の傾向が見られるので
妙な自信とテンションにはきおつけて下さい。
って言っても無駄でしょうが・・・

もちろん進化のBBSで喧嘩をうるつもりはありません。
気分を悪くされた方、申し訳ない。


な〜の続き。 投稿者:  投稿日: 3月14日(水)01時53分59秒

>ちがうわね。
>あなたは「酸素」があることを信じるでしょう?
>なぜ信じるかといえば、様々な方程式で表現される酸化還元理論があるからです。
>酸素は決して目に見えない。しかし誰もが、ちゃんと勉強しさえすれば理解可能な「方程式」>で示せるから、
>誰もが酸素の存在を疑わないのです。

こんな独り善がりの説出したってだめですよ。私は毎日のように
(でもないけど)窒素を「目で見て」「手に触って」「ときには
そのせいで凍傷になったり」しています。方程式などとは関係なく
実在は証明されていると考えます。

>ニューロン発火によって心が生み出されているという場合も同じです。
>ニューロン発火と「櫻井が殺したいほど憎い」という感情を方程式で示せなくちゃ、
>証明できたと言えない。だって、心は見えないんだからね。

だから、それは物理屋さんの考えだって。ま、そのうちMRI方面の
方々がやってくれることに期待しましょう。

>上でもちょっと触れたけど、もしそれが示せないなら、
>我々と全く同じ身体構造で、話し掛ければ全く人間のように応対するが「心がない人間」、
>すなわちゾンビの存在を否定できなくなります。

ゾンビなんて架空の存在でしょうに。少なくとも生命科学の
対象ではありません。あなたのしているのは哲学的(乃至は
文学的)議論ですよ。
(ただし、精神疾患でそれに似た症状になることはあるかもし
れない。それならば、まぎれもなく生命科学の対象)
私は生命科学の見地から「精神活動」について述べているの
です。


追記 投稿者:櫻井美佐子  投稿日: 3月14日(水)01時48分55秒

>「コンピューターはあなたが思ったようには動かない。あなたが書いたように動く。」

あはぁ〜、当たり前。でも、あなたが書く前に、考えるのよね。考える。それはイデア界にあるでしょ?
考えるのも、PC?ぷ。

>櫻井さんの深遠な思考も、激しい情動も、鎮静剤一本で、
>ドローンとレベルが下がり、ついには止まります。

あたしの自意識が止まったとどうして言える? あなたにあたしの自意識が見えますかいな?
なんだかなぁ〜。ぷひ。


>核で、遺伝子DNAからhnRNAが転写されて、
スプライスされて、ポリAが付いて、細胞質に移動して、、、
云々と現象が記述できればそれで良いのです。これでも十分
生命の営みを説明(証明)しているでしょ。

そんなこと許したら、長谷川なにがしの創造論もオッケーじゃん。ぷひ。おおわら


あしたも子供の弁当つくるから5時起きよ。 投稿者:櫻井美佐子  投稿日: 3月14日(水)01時42分38秒

ああ、寝ようと思ったのに、覗いちゃったわ。

ユリイカさん。
>できましたら、私以外の皆様も興味あることと思いますし、
>櫻井さんの「創造論」をわかりやすくご指南いただけませんでしょうか?

了解しました。近いうちに。(小学生でも分かるようにね)
ただ、あたしも主婦兼学者だから忙しいの。気長に待っててね。

>私は「物理とは何か」との命題に対し――即ち「モノの在りかたを定義するもの」と捉えております。
>そして、私が思うにビッグバンから始まった全宇宙空間は(中略)「絶対的存在」ではなく、
>それ自体が現象として存在している私たちを含みに含んだ究極の「絶対存在」として定義されなくてはならず、
>そのビッグバンにより縦横無尽に広がった物質が空間を形づくったものだと理解しております。
>しかるに空間とは「モノの広がり」を意味しており、この「広がり」を意味するだけの空間の中では
>当然空間の「ねじれ」などもありえません。

おっしゃりたいことは良く分かりました。
しかし、いろいろ不備な点があります。

「物理とは」、「モノの在りかたを定義するもの」。これはいいです。

「ビッグバンから始まった全宇宙空間」。これはちょっとダメ。
ビッグバンがあったかどうかは、結論が出ていません。ビッグバンに不利な観測結果も多々あります。

あと、空間の定義ですが…、どうですかね?
それでは哲学的すぎて、物理的ではないと思います。
空間と言うモノのあり方を定義しなくてはいけないと思います。
まず「モノの広がり」と言うのは、何で測れるのでしょうか? ‥という問題からスタートです。
点Aと点Bの間に空間がある、つまり距離がある、ということは、
物理的に見れば、そこの2点を通過するのに時間を要するということではないでしょうか?
時間を要しなければ、その点は1点であって、距離がありません。つまり空間はありませんね。

つまり、物理では、時間と空間はセットでなくてはなりません。これは分かるでしょうか?
あなたがいみじくも言った「モノの在りかたを定義する」限り、こうなります。

これを受け入れれば、ニュートンが設定した絶対空間(ユリイカさんもこれと同じですね)と絶対時間は、
成り立たなくなります。ニュートンはセットで考えなかった。別々の指標として考えた。
セット、すなわち連動すると捉えれば、結局アインシュタインの理論に落ち着くので、
(アインシュタインの相対論は知ってるかしら?)、リーマン幾何学を使わざるを得ません。


感情的なあほ さん。
ほんとにアホね。ぷふ〜ッ。

ゆんさん。
>櫻井さんの「不完全性定理が人工知能の不可能性を証明した」って
>ネタ元はペンローズでよろしいのでしょうか?

ペンローズも同じことを言ってるのは認めるけど、そこがネタもとではないわ。
第一彼は、心は物理学で(まだ未発見の量子重力理論で)解明できるという約束唯物論者よ。
あたしとスタンス違うわ。

あたしは、純粋にゲーデルの論文、すなわち、
「プリンピキピア・マテマティカおよび関連する諸体系における形式的に決定不可能な諸命題について1」
を勉強して、そう理解したわけ。言うなら、これがネタもとよ。
原論文読みたければ「ゲーデルの世界」(海鳴社)の巻末に載ってるわよ。
この本なら詳しく勉強できるし、あたしからはこれがお薦め。じゃぁね。

http://www61.tcup.com/6120/pipubufupe.html


 投稿者:なんだかな〜  投稿日: 3月14日(水)01時29分26秒

肝心なとこ無視されてるな〜。

下でいろいろな方によって述べられている、心(の働き?)
とやらは、ニューロトランスミッターをブロック(すなわち
ニューロンの活動をブロック)すれば、全て止めることが可
能です。
この事実を認めたくない方は、反証を出してください。具体
的に。
櫻井さんの深遠な思考も、激しい情動も、鎮静剤一本で、
ドローンとレベルが下がり、ついには止まります。も
ちろん、薬の種類や量により、作用の様子は違うでしょ
うけど(この方面、確か、クリスさんがご専門だった
のでは?)。

あと、櫻井さんは、脳内の機能局在をご存知ないのかな?

ちなみに、哲学的・文学的な意味での、「心」について
私は言及していません → 安賀須さん、その他の方々

ま、これ以上これを話す意味を感じませんね。

生命科学は、知識体系ですから、方程式は必ずしも要りま
せん。「核で、遺伝子DNAからhnRNAが転写されて、
スプライスされて、ポリAが付いて、細胞質に移動して、、、
云々と現象が記述できればそれで良いのです。これでも十分
生命の営みを説明(証明)しているでしょ。そして、これ
らの生命現象が全て物理・化学法則に従って(別な言葉で言
えば、支配されて)営まれているのも自明の理なのです。
これらの事に式を付けたければ、付けるのはあなたがたの仕事
です→櫻井さん


ソフトウェアはイデア界に(3) 投稿者:EzoWolf  投稿日: 3月14日(水)01時24分05秒

 あなたが正しいのなら、子供達にイデア界のソフトウェアの使い方を教えて
やってくれ。そうすればメディアを買わずにプレステやゲームボーイで遊べるから。

 PCは「ただの物質の配列」で情報処理を行うんだよ。この業界では次のように
言われている。「コンピューターはあなたが思ったようには動かない。
あなたが書いたように動く。」


うーんうーん 投稿者:ゆん  投稿日: 3月14日(水)00時03分01秒

> なんか、あたしが荒らしているみたいで、ごめんさいね。
> つまらなければ、いつでもカキコやめますので。

私は別に荒らしてるともつまらないとも思ってないんですけど
全然進化論とも関係無い話題なんでこれ以上続けるならツリーの
方にでも移った方がいいかも知れませんね。

で、

> とりあえず、あたしが分かっていることを、みなさんは理解していないんだなぁ、
> って分かりました。(嫌味でなく)

とのことですが、

> だから「知能、感情、自意識」といった人間特有のものが「ある」としちゃうぜ…、

って、それって結局私の言ってた「定義」のお話になりません?
「あるとしちゃう」と「ある」は激しく異なるような。
って私、同じ事の繰り返しですな。

櫻井さんの「不完全性定理が人工知能の不可能性を証明した」って
ネタ元はペンローズでよろしいのでしょうか? それだったら一度
原著に当たった方が議論がスムーズに行きそうな気がするので
それだけ御回答よろしくお願いします。


はじめまして 投稿者:感情的なあほ  投稿日: 3月13日(火)23時51分50秒

一通り書き込みの内容を読ませてもらいましたが、櫻井美佐子さんのメッセージ
はどれもすばらしいですね・・・アインショタインをある意味上回っています。
っていうかイデア界とはなんでしょうか?
ソフトウェアは物質ではなくイデア界だと言ってましたがわけがわかりません。
ハードが物質でソフトがイデア??すごいですね・・・
ハードを物質というなら、ソフトもそれ自体は物質でしょう。それ自体は。
それ自体はね。
あなたはたぶん、ソフトはその物質が起こす反応が人間に理解(イデア界?(笑))
できるものをもっているが、ハードが起こす反応は人間に理解できる
ものをもっていないためにそう区別してしまったんでしょう・・・(爆笑
そうなると、あなたがいうイデア界とはそれによって人間のみ、人間どうしのみ
が理解できる広い意味での意識的反応、共感のことですね?
っていうかそれらの意識反応はやはり脳の物質的構造によって起きているものでは
ないんでしょうか?
その根拠は、脳の構造の異なる人間以外の動物ではソフトなどは
共感をもつにあたいしないものだからです。ということは誰かのようにソフトだけは
物質ではなくイデアだと主張したりすることはないのね。
注・・・・・矛盾してるが主張できたとすると。
よってあなたがいうイデア界という謎の世界は
自己中心的でなにやら宗教的なものを
感じるだけでなんの説得力もありません。
そんなもんで、他人をバカにすんな!!!

あと人工知能が実現不可能と断言してるけど根拠は何?
確かに不可能な程難しいのはわかるけど、物理的に不可能ではないでしょう?
だって僕らがいるじゃん。現実に。

あとコンピュータが知能をもったら、それは「人工」という接頭語はいらんと
書いてらっしゃいましたが、「人工」とは人が作ったものを示す言葉よ・・・
ただ・・・
関係ないような・・・


いま、どの議論もすごくおもしろいですね2 投稿者:ユリイカ  投稿日: 3月13日(火)23時46分30秒

つづき……
櫻井さんがどう思われるかわかりませんが、私は「物理とは何か」との命題に対し――即ち「モノの在りかたを定義するもの」と捉えております。そして、私が思うにビッグバンから始まった全宇宙空間は(櫻井さんに誤植されてしまった)「絶対的存在」ではなく、それ自体が現象として存在している私たちを含みに含んだ究極の「絶対存在」として定義されなくてはならず、そのビッグバンにより縦横無尽に広がった物質が空間を形づくったものだと理解しております。しかるに空間とは「モノの広がり」を意味しており、この「広がり」を意味するだけの空間の中では当然空間の「ねじれ」などもありえません。ただ、当然重力の存在は認めますので、「曲がっている」として受け止められやすい現象があることは認めます。しかしながらやはりこれも、単なる重力による現象でしょう。光もやはり他の素粒子などの物質と同様重力によって引き寄せられ、曲がっているのでしょう。『モノには重さがある』これは自明なことだと思います。「ある物質」には重さが無い、との前提ではじまった理論は、いつか取り返しのつかない破綻をきたすと思われます。確かに相対性理論など現代の物理学は多くの事象を解明してはくれましたが、それ以上に多くの事象を闇に追いやってしまったとも思われます。私はニュートンのサバケタ基礎理論を好みます。そこに付け加える作業や、更に美しい理論が現れた際席を譲ることはこれから絶対必要でも、自然に無い数を根拠にしたり、物質に重さが無いなどの定義をその土台として抱く理論はいただけません。現代物理学が信奉する「非ユークリッド幾何学」にしてもそうです。もし宇宙空間を考察するに当たり、非ユークリッド幾何学で捉えなければならないのなら、ここ地球上でも同様でしょう。即ち今私のいるこの場所は、空間そのものが曲率的にプラスにねじれ、マイナスにねじれ、ねじれにねじれた「いびつな空間」となりますね。で、そうであるとして、それでいてこの空間の「ねじれ」をひとたびはかろうとすれば、どうしたことか、必ず重力の考察が必要になるんでしょ。ならばそんな二次的発想である理論など捨てるべきです。自然は複雑です。しかしその根源はシンプルです。物理然り、哲学然り、その根源を考えるべき学問はそのシンプルさを凝視しつづける力が必要であると私は思います。


いま、どの議論もすごくおもしろいですね。 投稿者:ユリイカ  投稿日: 3月13日(火)23時45分21秒

櫻井さん、お元気ですか。いや、とてもとてもお元気そうでなによりです。ただいまそちらでは「知能とは何か」、「心とは何か」とのたいへん議論し甲斐のある話題で盛り上がってますね。頑張ってください。のちのち私も参加させてもらおうと思ってますけど。
さて、前回櫻井さんにせっかく物理学のお勉強をご教授いただいたのですが、私なりにちょっと意見がありますので記載させていただきます。その際、「てっぺん」さんが私にされたご指摘にも同時にお答えすることもできると思いますので「てっぺん」さんもよければご覧いただけたらと思います。
まずもともとの論議のテーマであった進化論か創造論かとの問題ですが、これは前回櫻井さんの書かれた『まあ、進化論も創造論も、結局証明できないものなので、どっちもどっちなんだけどね。』――との一言で、おおよそカタがついたと思います。櫻井さんの言う「創造論」はいまいち理解できませんが、やはり神がいるかいないかとの議論と同じで、どっちを信じたいかとの「好みの問題」なのかもしれません……。【できましたら、私以外の皆様も興味あることと思いますし、櫻井さんの「創造論」をわかりやすくご指南いただけませんでしょうか? その際、申し訳ないのですが、誰々の理論がどうだからとか、他の理論に過ちがあるから消去法でこれが正しいだとかの理論ではなく、櫻井さん的に「創造論」の正しさをポジティブに、それでいてできましたら(私のために)小学生でもわかるように易しくお教えいただければありがたいです。】
では次の議題、
『虚数を用いることで2次方程式の解から始まり、電気回路の計算や、量子力学の波動関数など、あなたのいう「絶対的存在」である宇宙空間の物理法則を説明するのに役立ってるんだから、理解できなくても認めなくちゃ。』
『ユークリッド幾何学は曲率ゼロの平面上での幾何学であって、非ユークリッド幾何学は曲率がプラスもしくはマイナスの平面上での幾何学なのよ。前提条件が違うの。平行線が交わらないのは、ユークリッド幾何学だけ。言葉の遊びなんかじゃない。事実よ。あなたのいう「絶対的存在」である宇宙空間をあらわすには、非ユークリッド幾何学でないとダメなの。これが一般相対性理論の帰着。当初、数学者の「遊び」と思われていたものが、実際の物理現象を解明するのに役立っている。つまり数学者には霊感みたいなものがあるのかしらね?そうでないとしたら、ペンローズも認めているように、イデア界があって、数学者の心がそれに接触して、数学的発見がなされるということよね。』
――櫻井さん、現代物理学の基礎的教養を解りやすくご指摘いただき誠にありがとうございます。こうして20世紀の幕開けとともに大きく変貌を遂げた物理学ですが、ここでちょっと一休み、もう一度「物理とは何か」について再考してみませんか? おそらく学者により人により、言葉の定義の解釈が皆まちまちだと思います。また今そちらでも「知能とは何か」との議論でも大いに食い違いが出ている次第でもありますし……。で、ちょっとまずここでは『言葉の定義』を取り上げることからはじめることにしてみます。
つづく……


ごめんなさいね 投稿者:櫻井美佐子  投稿日: 3月13日(火)23時41分19秒

なんか、あたしが荒らしているみたいで、ごめんさいね。つまらなければ、いつでもカキコやめますので。
とりあえず、あたしが分かっていることを、みなさんは理解していないんだなぁ、
って分かりました。(嫌味でなく)

で、とりあえず、チューリングテストと自意識について、少しだけ。
つまり、自分とは別のもの(人間でも機械でも)に、自意識があるかどうかは、外からは分からない。
(テレパシーでもあれば別だけど)
たとえば櫻井美佐子には自意識がないかもしれない。外から見ても分からない。


だから客観的に外から分かる手段としてチューリングテストが代案されたのよ。
つまり、そいつに自意識があるかどうかは分からないが、
人間と全く変わらぬ受け答えをするなら、そいつには知能があることにしよう、ってこと。

ここでミソなのは「人間と全く変わらぬ受け答え」ということ。
だから当然、「おまえ、こんな程度の絵しか描けないんかッ、ヘタッピだなぁ、クソでも食って寝てろ」とか、
「そんなんじゃぁ、女に持てないぜ」とか
「うわぁ、ワキガがくせぁ〜」
とか言われたら、悲しんだり、キレたりするのよね。

つまり、はた目には感情があるように見える。
実際に感情があるかどうか、自意識があるかどうかは、分からない。
だけど、はた目にはそれらがあるように見える…、
だから「知能、感情、自意識」といった人間特有のものが「ある」としちゃうぜ…、
これがチューリングテストのミソです。


ふむ 投稿者:セピア色  投稿日: 3月13日(火)23時16分29秒

ここは掲示板だった。
そんなに難しいこと言う必要あるのか?
脳から目を通して世界を見ている。五感てっのがあるが、色んな測定器を通じてそれ以外の世界を覗いているではないか。
不思議だ、知覚できない世界が存在すると、科学畑でも認めるわけだ。ちょっと待ってください。科学は、批判を受け入れる。ポパーじゃないよ。
信仰は、違うんだよ。信じるんだよ。創造科学なんてありえない。
人工だろうが意思があるなら生命と呼んで言いと思いま〜す。


心の旅(ふ、古い) 投稿者:wadja  投稿日: 3月13日(火)23時01分16秒

To:舞さん

>皆さんの指してる(神秘的な?)「心」とか「心の世界」っ
>てのが、何かってのがよくわからないです。

wadjaにも説明できません(きっぱり)。自意識で存在することが感じられる範囲のもの、「きっとあるのだろう心の世界」程度の確信。心の動きに伴って脳のなかでおきる、物質現象の仕組みがある程度解明されてきても、それで心の物質性を解明できたというのはかなり性急(だと思う)。でも、心が物質的基盤に多かれ少なかれ依存することには同意します。だって、おなかが減ってると、同じインプットでも明らかに怒りっぽくなるから(笑)

To:櫻井さん

だからって、

>随伴現象説には、説明困難な問題がある→他の代案としては脳と心の二元論しかない。

も少々乱暴かなと思った次第です。べつに他の代案だせやしないけど。

>>(精神に関して)唯物論が正しいのか、そうでないのかは「科学的には」未解決ということな
>>のでは?

>大賛成。その通りよ。

だとすると、(唯物論も二元論も)どちらも信仰の域を出てないってことでよろしいのでしょうか?

#最初「ゾンビ問題」って良く分からなかったので検索してみたら、サバイバルゲーム関連のHPが
#わんさか。弾に当たっても死なないプレーヤーを、「ゾンビ問題」として真剣に議論しておられ
#ました(wara)


ペンローズ関連 投稿者:ゆん  投稿日: 3月13日(火)17時40分55秒

ペンローズ関連の議論ではこちらの本も参考になりそうです。
http://www.moriyama.com/sciencebook.97.6.htm#sci.97.6.10
http://www.moriyama.com/sciencebook.97.6.htm#sci.97.6.11

これも暇見て読んでみることにしよう。


人工知能と命 投稿者:やも  投稿日: 3月13日(火)17時34分25秒

 人工知能のなかに人々が、ある種の生命を感じるには、人々の心をキックしするものを備えて、人工知能が生命と認められるとおもいます。(かわいいとか、壊れてもらいたくないという気持ち)
 で、そういうものが社会的なムーブメントとなって初めて人工知能が生命になると思います。
 木や鉄の塊が、仏像と呼ばれるものになる過程に重なる道筋をとおると思います。

 そのいみで、いくら人工知能が頭良いものになったとしてもそれは
 命
 にはなりません。

 ちょっと、はずかしながら、星の王子さまを引き合いにだしてみると、

 たくさんのバラの花 から 自分の命をかけて良いたった一本のバラのはなになる。

 ような事が、人々すべての心の中に起こって、人工知能に命を認めることがなんでもなくなるのだとおもいます。
 
 


あっと 投稿者:ゆん  投稿日: 3月13日(火)17時01分36秒

http://telestar.or.jp/~yokoyas/index2/yokoya.html

こちらの紹介を見て納得。

そもそも大元のペンローズの著書「皇帝と新しい心」で
ゲーデルの不完全性定理とチューリングマシンを絡めた議論が
展開されているわけなのですね。

私が紹介しようとしてたのはそのペンローズの主張に対して
「奴はゲーデルの不完全定理を曲解してトンデモない議論を
展開しておる」という数学畑の研究者から痛烈な批判が出て
いるよというお話でした。

とりあえず暇を見てペンローズの著書を読んで見る事にします。


物心二元論について 投稿者:安賀須若人  投稿日: 3月13日(火)15時47分04秒

皆様こんにちは

ちょっとご無沙汰している内に、櫻井美佐子さんを中心に物心二元論を巡る議論が盛んなのでびっくりしました。私自身は人工知能や「他者の心」の存在に関する哲学的議論(J・サールの「中国語の部屋」(櫻井美佐子さんのゾンビ問題に似た議論)とか)について聞いたことはありますが、議論を展開するのに十分な材料を持ち合わせていませんし、自分自身の考えをきちんとまとめようとする時間も余裕も気力もありませんので、この掲示板における論戦に参加するのは遠慮させていただきます。しかし、皆様の議論に資するような参考書の心当たりがありますので紹介させていただきます。それは、現代における認知科学の哲学、心の哲学の第一人者であるダニエル・デネットの著作で、
 「解明される意識」(山口泰司訳、青土社)
です。デネットは進化論についてはドーキンス寄りの自然淘汰万能論に近い立場であり、こちらの方面でも評判をとった
 「ダーウィンの危険な思想」(山口泰司監訳、青土社)
という著作もあります。私自身は両書とも購入済みながら、まだきちんと読んでいませんけれど、紹介に値するとの確信を持っています。
全く自分の立場を表明しないのも卑怯と思われても癪なので、一応ちょっとだけ意見を書いておきますが、私は心は脳の活動に還元されるとする心脳同一説には賛成していませんが、心的活動と脳との間に何らかの対応(決して一対一対応とは思わない)は成り立っているのだろうと考えています。
いろいろ書きましたが、本格的な論戦は哲学系の学会等ですれば良いと考えていますので、もし自分の考えをまとめるようなことがあれば、そういうところに出しますし、この掲示板ではこのぐらいで勘弁していただきたいと思います。


進化について 投稿者:匿名希望  投稿日: 3月13日(火)15時02分35秒

>PDXさん
つまり、生物は進化しないのでは、
何世代も前と比べても全く変化していないのではないか、
ということです。


知能の定義 投稿者:ゆん  投稿日: 3月13日(火)14時23分59秒

定義1:
 チューリングテストを通過した物を「知能」と呼ぶ

定義2:
 自意識を持っている物を「知能」と呼ぶ

定義1は数学的に定式化されています。

でも定義2は現在まだ数学的に定式化はできていません。
どういうアプローチで研究したらいいかコンピュータ科学や
脳科学や心理学の研究者が色々試行錯誤している領域です。

結果的に定義1と定義2が違う物を指すようになる可能性は十分にあります。

どうでっしゃろ?


人工知能ふがほげ 投稿者:ゆん  投稿日: 3月13日(火)14時13分12秒

> 合っています。チューリングテストは、人間がコンピュータを会話しているとき、
> 相手がコンピュータか人間か判断できなくなったとき、
> そのコンピュータは知能をもったとみなそう、というものですからね。
> つまりそれは知能そのものです。「人工」という接頭語もいらない。

了解です。
でもチューリングテストって「知能」の定義の1つに過ぎないですから
「意識がイデア界に属する世界で、チューリングテストを通過しつつも
自意識は持たない(=本当の意味での知能を持たない)機械」という物を
想定する事は思考実験としては可能でしょう。ここでの「本当の知能を
持たない」ってのは「イデア界に属していない」という事と同義です。
この場合チューリングテストが知能の定義としては不完全だったとい
う事になります。
# 私は別にイデア界の存在を信じてはいません。念の為。

私の以前の

> これは「人工知能」をどう定義するかによるかと。

という書き込みはそういった考えを前提としています。

仮に本当にイデア界が存在するとしてもチューリングテストを通過する
機械が存在する事はできるでしょう。だってチューリングテストは自意識の
有無を判定するテストじゃありませんから。

つっか現在の科学の言葉だと自意識とは何かというのを定式化して述べる事も
出来てないわけですから、テストするも糞も無いわけですが。

不完全性定理云々についてはもう少しお待ちください。
書いてあると思った本に書いてなかったんでちと別口当たってます。


??? 投稿者:PDX.  投稿日: 3月13日(火)13時25分25秒

To 匿名希望さん

「DNAは変わらない」ってどういうことでしょうか?


(無題) 投稿者:匿名希望  投稿日: 3月13日(火)10時34分21秒

ちょっと論題から外れてしまいますが、
最近はヒトゲノムなどで言われているように、遺伝について明らかになってきています。
DNAは変わらないので生物は進化しないんじゃないでしょうか?
確かダーウィンも進化するのではなくてその環境に適応した人が繁栄すると
いうようなことを言っていたと思いましたが。


不完全性定理 投稿者:JA50  投稿日: 3月13日(火)09時38分59秒

>・人間の思考はゲーデルの不完全性定理を超越した機構を持つ。

これって真なる命題なんですか?

単に、人間の思考はしばしば間違う(つまり矛盾を含む)というだけの話じゃ?


え〜と、 投稿者:T8848  投稿日: 3月13日(火)08時41分02秒

1.櫻井さんの言うイデア界って何?
2.人工知能(チューリングテスト合格)=(人間の)知能と言えるのか、
 その知能=心と言えるのか。
 言えたとして、それが心身二元論になるのはなぜか(一元論以上の根拠は)。


レス 投稿者:櫻井美佐子  投稿日: 3月13日(火)06時10分50秒

EzoWolfさん。
>ソフトウェアはメディア(物質)に刻まれたパターンとして存在してるんじゃないの。
>遺伝情報も DNA のパターンとして存在するのではなく、イデア界に存在するのかな。

イデア界でしょう? パターンって、ただの物質の配列にすぎないんじゃないの?
あなたが考えに考えたソフトウエアを、パソコンの言語で打ち込んで、PCを動かしているんでしょ?
その「あなたが考えに考えたソフトウエア」はイデア界でしょう。

ゆんさん。
>櫻井さんは命題1の「人工知能」と命題2の「知能」はイコールで結ぶべき物だと
>認識されているように受け取れたのですが、そのような解釈で合ってますでしょうか?

合っています。チューリングテストは、人間がコンピュータを会話しているとき、
相手がコンピュータか人間か判断できなくなったとき、
そのコンピュータは知能をもったとみなそう、というものですからね。
つまりそれは知能そのものです。「人工」という接頭語もいらない。


Re: 待ってるわ 投稿者:ゆん  投稿日: 3月12日(月)22時45分11秒

>> 自意識の話ならともかくチューリングテストを通過する人工知能の実現可能性の話に
>> なんでゲーデルの不完全性定理が絡んでくるのか正直よくわかりません。
> ははぁ…。(^^;)
> まぁ、ちょっとずつお勉強してね。ぷふ。

いやー。
つーか単に櫻井さんのロジックがわからないだけなんですけど。

・チューリングテストを通過した物を「人工知能」と定義する(命題1)
・人間の思考はゲーデルの不完全性定理を超越した機構を持つ。
よって単なる機械でありゲーデルの不完全性定理に縛られた
機械には「知能」を持ち得ない(命題2)

という2つの命題はその真偽は別として命題としては成立して
いますが、第3の命題

・ゲーデルの不完全性定理により人工知能の実現は不可能である(命題3)

を成立させる為には命題1と命題2の「人工知能」と「知能」を
イコールで結ばなければなりません。よね?

わたしは一応、この2つは単純にはイコールで結べないよねーという
議論を展開したつもりだったのですが読み取れなかったでしょうか?
そうでしたら申し訳ありません。

櫻井さんは命題1の「人工知能」と命題2の「知能」はイコールで結ぶ
べき物だと認識されているように受け取れたのですが、そのような解釈
で合ってますでしょうか? そこのところだけ御返答お願いします。


ご意見、ご要望がございましたら、掲示板か、e-mail:natrom@yahoo.co.jpへどうぞ。


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