ブラインドテストの必要性

化学物質過敏症に関する覚え書きに戻る

アレルギー症状の発症に心理的な要因が関与しうることは広く知られています。有名な例では、1886年に耳鼻科医のマッケンジーは、バラの花粉にアレルギーがあると思い込んでいる32歳の女性の症例を報告しています。

マッケンジーはその女性が真にバラ花粉にアレルギーがあるかどうかを調べるために、人工的に作った清潔なバラの造花を用意しました。そして診察の最中に、造花であるとは知らせず、その造花を女性に見せたところ、鼻腔や口腔の発赤や鼻汁の分泌が見られました。バラの花粉なしでも、アレルギー症状を引きおこすことができたのです。マッケンジーは、この女性に、バラが本物ではないことを知らせました。彼女は驚きましたが、数日のうちに、本物のバラをアレルギー症状なしに嗅げるようになったそうです。

この話はたいへん示唆的なので、今後、このページでは何度も登場します。このバラアレルギーであると思い込んでいた女性を仮にミズ・ローズと呼ぶことにします。さて、ミズ・ローズが本当にバラに対して感受性を持っていたか、それとも心理的な要因でアレルギー症状が出ていたのに過ぎないのか、どうやったら判断できるでしょう?ミズ・ローズに本物のバラをかがせて、症状が出るかどうかを見るだけでは不十分であることは明らかです。なぜなら、心理的な要因でアレルギー症状が出ていたとしても、本物のバラで症状が生じることは疑いないからです。

ドクター・マッケンジーが実際に行なったように、ミズ・ローズに偽物であることを知らせずに、造花を見せることは有効でしょう。もし心理的な要因が全くなく、バラ花粉のみがアレルギー症状の原因であれば、造花には反応しないはずだからです。マッケンジーが行なったことを、ブラインドテスト(盲検法)と言います。被験者、この場合ミズ・ローズにバラが本物か否か、知らされていないからです。実はマッケンジーが行なったブラインドテストは不十分です。造花に対して反応があったことから、アレルギー症状に心理的な要因が関与していることがわかっても、本物のバラに対してアレルギーがないとは断言できないからです。もしかしたら、ミズ・ローズは、本物のバラにも、造花にも、両方に反応したかもしれなかったのです。ミズ・ローズにこっそり本物のバラの花粉を与える試験を行なえば、より適切だったでしょう。もしこの試験に反応しなかったら、ミズ・ローズの症状はほぼ心理的な要因によるものであり、実際にはバラアレルギーはないことがわかります。

より厳密に言えば、被験者のみならず、試験者(この場合ドクター・マッケンジー)にも、そのバラが本物か造花か知らされないほうが望ましいのです。なぜなら、試験者がバラが本物か否かを知っていると、被験者に表情を読み取られたり、被験者にアレルギー反応が起こったかどうかの判定に偏りが出たりするかもしれないからです。ドクター・マッケンジー(試験者)とミズ・ローズ(被験者)以外の第三者が造花と本物のバラを用意し、試験者も被験者も本物かどうか知らない条件でテストを行なって、本物のバラにのみ反応すれば、ミズ・ローズのバラアレルギーが証明できます。こうしたテストを、ダブル・ブラインドテスト(二重盲検法)と言います。

さて、臨床環境医学では、微量の「化学物質」に過敏性を獲得したり、その他の多くの化学物質に対しても症状が生じたりすると主張されます。実際に、「化学物質」に暴露されることによって、さまざまな症状を起こす人はいます。ミズ・ローズのような例があることを知っているならば、それらの症状は、本当に「化学物質」で引き起こされたものなのか?と問うことができるでしょう。そのことに答えるには、「化学物質」を与えてみて反応が起こるかを見るだけでは不十分であることはお分かりですね。たとえ、最新の機械で、瞳孔反応や眼球追従運動を見たとしても不十分です。ブラインドテストを行なう必要があるのです。

1993年にスターデンマイヤーは、"多種類化学物質過敏症"の患者に対して、ダブルブラインドテストを行ないましたが、結果は、ミズ・ローズと同じように、患者は「化学物質」に対して有意な反応を起こしませんでした。環境省においても、"多種類化学物質過敏症"の患者8名に対して、原因物質と想定されたガスをブラインド条件下で負荷しましたが、プラセボ(原因物質が含まれていないガス)よりもガス暴露により自覚症状が悪化又はその傾向がみられた症例が4例、プラセボの方がガス暴露よりも症状悪化又は同程度であった症例が4例みられたそうです。つまり、半々ですね。もし症状悪化が化学物質の暴露と無関係に起こるのであれば、まさしく半々になると予測できます。

この患者さん達は、外ではごく微量の「化学物質」にさらされただけで具合が悪くなるとされています。しかし、本人達にそうと知らせなければ、化学物質にさらされても症状が出るとは限らないのです。ドクター・マッケンジーがミズ・ローズの発作の原因がバラ花粉ではないかもしれないと疑ったように、"多種類化学物質過敏症"の症状悪化が「化学物質」以外の原因によっておこる可能性も疑うのが、患者さんの利益につながるのではないでしょうか。

ミズ・ローズが現代に生きていて、ドクター・マッケンジーではなく臨床環境医にかかっていたらどうだったでしょう。「バラに対する過敏症」と診断され、ミズ・ローズは一生バラの匂いを嗅げなかったでしょう。「さまざまな化学物質に対して過敏性が拡大することもある」などと吹き込まれれば、本当にそうなってしまったかもしれません。科学的に根拠のない学説で、むやみと不安を煽るのは、かえって患者さんの不利益になると私は考えます。


参考文献

MCS: Mis-Concern Serious by Dr. Stephen Barrett http://www.acsh.org/publications/priorities/1101/mcs.html
柳沢幸雄・石川哲・宮田幹夫 化学物質過敏症 文春新書
Staudenmayer H. Selner JC. Buhr MP. Double-blind provocation chamber challengesin 20 patients presenting with "multiple chemical sensitivity". Regulatory Toxicology & Pharmacology. 18(1):44-53, 1993
平成12年度 本態性多種化学物質過敏状態の調査研究報告書 http://www.env.go.jp/press/press.php3?serial=2804

ご意見、ご感想のある方は掲示板にどうぞ。
作成者:NATROM/電子メール:natrom@yahoo.co.jp(化学物質過敏症についてのメールは、件名に「化学物質過敏症」を含めると早く返事がもらえます)


化学物質過敏症に関する覚え書きに戻る
2002/06/06
2002/11/15最終改訂