血小板MAO活性と血液型について


血液型は簡易な遺伝マーカーとして頻繁に使用されてきたため、血液型と疾患との相関の報告にはタイプ1エラーが多く、胃腸管に関するいくつかの形質を除いては再現性がないのが通例であるとされている。また、連鎖解析でもABO血液型遺伝子座と血小板MAO活性には連鎖は認められず、血小板MAO活性低下とO型血液型の関係は信頼できない。血小板MAO活性と血液型の相関は、医学上の定説ではない。血液型と性格は関係がある、というきちんとした医学的な根拠はない。血液型とタイプA性格の相関は再現性よく示されていない。
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遺伝子型と形質の関係を調べるには、遺伝マーカーが必要です。現在は、ヒトゲノム上に数万個を超える遺伝マーカーを設計することも可能ですが、以前はきわめて限られた遺伝マーカーしかありませんでした。その限られた遺伝マーカーのうち、もっとも古くから使用可能であったのが血液型です。また、血液型は比較的簡便・安価にタイピングができます。そのため、さまざまな形質について、血液型との相関が調べられました。

もしあなたが、1980年前後の時代の医学者だったと想像してみてください。診療と同時に、研究を行うことも重要な仕事です。あなたは、限られた予算で論文を書くことを義務づけられています。ある日、疾患と血液型に関する論文を目にします。これと同じことはできないか・・・。血液型の判定や統計処理に特別な技術は必要ありません。多くの場合、新たに血液型を調べる必要すらありません。入院患者全例に血液型を調べている病院は珍しくありません。

あなたが例えば循環器の医者であれば、過去5年間のカルテを引っ張り出してきて、心筋梗塞、不整脈、弁膜症などなど、疾患別に血液型の分布に偏りがないか調べることは造作もありません。疾患に限らず、カルテにはさまざまな形質についての記録が残っています。有意差がなければ、患者をグループ分けして再び検定しましょう。例えば、心筋梗塞の症例に血液型の偏りがなければ、若い心筋梗塞の症例のみを対象に再検定を行ないましょう。血液型別だけでなくA型+O型、B型+O型といった組み合わせに関しても検定を行いましょう。こうして有意差を発見したら、論文にして発表します。重要なことは、循環器の医者で、血液型の分布について調べた医学者は、おそらくはあなただけではないということです。血液型と循環器関係の形質に実はまったく関係がないとしても、多重検定によって有意差ありの報告が多数雑誌に掲載されても不思議はありません。実際に、こうした血液型と疾患の相関の報告のほとんどは、再現性がなかったことが知られています(Risch, 2000)。現在、ABO式血液型を用いた相関解析は、胃腸管に関するいくつかの形質との間に弱い相関関係が認められること以外は、信頼に値するとは考えられていません

血液型性格判断を支持すると主張される医学論文の具体例を挙げましょう。ABO FANというサイトにおいて、「血液型と性格は関係がある、というきちんとした医学的な根拠がある」という主張がなされていますので、以下、引用しましょう。

 実は、血液型と性格は関係がある、というきちんとした医学的な根拠があるのです!

 え〜、ウッソー!と驚いたあなたは正常な感覚の持ち主です(笑)。私もそうでした(大笑)。もっと早くわかってれば苦労しなかったのにぃ。

 まず最初にお断りしておきますが、私は心理学も統計学も医学も専門外です。だから、なるべく多くのデータを集めようします。その中で、複数のデータが一致すれば正しい(のだろう)と判断することにしています。そのため、少々論証がくどいと感じる人もいるかもしれませんが、悪しからずご了承ください。

 では始めましょう。

 医学的な根拠といってもいろいろとあるのですが、ここでは一番手持ちのデータが多いO型を取り上げます。

 ズバリ言いましょう。O型男性は、スリルと冒険を求める傾向が強く、外向性で、攻撃行動・喫煙傾向が高いのです!

#ちなみに、O型女性にはそんな傾向は認められていないようです…。

 医学的にはこのO型男性に多い傾向を「タイプA行動」と言っています。「タイプA行動」は、直訳すると「A型行動」となるのですが、日本では血液型の方がポピュラーということで、血液型との混同を避けるためにざわざ「タイプA行動」と言って区別しているようです(笑)。

 最初のデータは能見正比古さんが死去した直後の昭和58年(1983年)に発表されています。元の論文を紹介してもいいのですが、ダダモさんの本の解説がわかりやすいので、そちらを紹介することにしましょう。

Blood Type O and MAO

MAO levels show some variability according to blood type, and again the consequences seem much more significant for Type Os. A 1983 study of seventy healthy young males showed that the platelet MAO activity of Type O subjects was substantially lower than that of other blood types-having the effect of making the control of catecholamines more difficult for Type Os.

MAO(モノアミン酸化酵素)のレベルは血液型によりいくらかの変動を示し、O型により顕著に影響が現れる。1983年に行われた、70人の健康な若い男性に対する研究により、O型は他の血液型よりも血小板MAOの活動が大幅に低いことが示された。O型は、カテコールアミンのコントロールが他の血液型よりも困難なのである。

 元の論文はこちらです。

Arato, M., G. Bagdy, Z. Rihmer, Z. Kulcsar. "Reduced platelet MAO activity in healthy male students with blood group O." Acta Psychiatr Scand, February 1983; 67(2): pp. 130-34.

 この論文によると、血小板MAOの測定値は、O型9.1に対して他の血液型(A+AB+B)は11.6です。t-検定の結果では、O型はA型に対して危険率5%で低く、他の血液型(A+AB+B)に対しては危険率2%で低いと されています。
 血小板MAOについては、別の論文で追試もされているので、O型男性は他の血液型より少ないことは、医学界ではどうやら定説になっているようです。

 では、血小板MAOが少ないとどんな性格になるのか? 心理学でも認知されているという証拠に、一般向けの心理学事典の1つから引用しておきます(南博編著『読みこなし 使いこなし 自由自在 心理学がわかる事典』 日本実業出版社 H6.2 126ページ)。

■血液型で何がわかるか

 最近、血液中にある血小板MAO(モノアミン酸化酵素)の活性が、脳の神経伝達物質の活動に影響を与え、それによって行動や性格に影響してくることが知られるようになってきました。MAOが低値の人は、アルコール依存性にかかりやすく、スリルと冒険を求める傾向が強く、外向性で、攻撃行動・喫煙傾向が高いそうです。

 念のために書いておくと、「MAOが低値の人は、アルコール依存性にかかりやすく、スリルと冒険を求める傾向が強く、外向性で、攻撃行動・喫煙傾向が高い」というようなことは、ダダモさんの本にも紹介されています。元々の文献については、"Live Right for Your Type"にリストアップされているので、興味がある人はぜひ読んでみてくださいね。(^^)

 ただし、この事典には「しかし脳MAOと血小板MAOの間には複雑な関係が存在し、同一に論じられるものではありません」とも書いてあります。しかし、原典に当たってみると、O型男性は血小板MAOが少ないことは明らかですし、血小板MAOが少ない人は「スリルと冒険を求める傾向が強く、外向性で、攻撃行動・喫煙傾向が高い」のですから、脳MAOがどうだろうが医学的に血液型(O型)と性格には明らかに関係があることになります。 (ABO FAN, http://www2.justnet.ne.jp/~shozo_owada/uso.htm, 引用者により一部タグを改変)

注意深い方は、ABO FANが引用している論文の結論が正しいとしても、「医学的に血液型(O型)と性格には明らかに関係がある」という結論が導かれないことにお気づきでしょう。ABO FANの論理は、

(1) O型の人は血小板MAO活性が低い。
(2) 血小板MAO活性が低い人はスリルと冒険を求める傾向が強く、外向性で、攻撃行動・喫煙傾向が高い。
(3) よって、O型の人はスリルと冒険を求める傾向が強く、外向性で、攻撃行動・喫煙傾向が高い。

というものです。しかし、(1)(2)が正しいとしても、必ずしも(3)が正しいとは限りません(補論を参照のこと)。なぜなら、O型血液型以外の因子が、血小板MAO活性の低下およびタイプA行動をもたらしているかもしれないからです。血小板MAOの活性低下はさまざまな要因で起こり得ます。「医学的に血液型(O型)と性格には明らかに関係がある」ことを示すためには、(3)を直接示したスタディが必要です。ABO FANの論理には大きな穴があるようです。

私がMedlineで調べてみた限りでは、健常人男性において、O型血液型とタイプA行動の相関を示したスタディはありません。心筋梗塞の若い患者において、O型血液型患者はA型血液型と比較して、高いタイプA行動スケールをとったという報告(A型22人B型6人O型25人)ならありましたが(Neumann et al.1991)、再現性の報告は見つかりません。中国語の論文で詳細は不明ですが、ABO血液型とタイプA行動パターンとの有意な相関は見つからなかったという論文(Mao et al. 1991)もあります。医学的に血液型(O型)と性格には明らかに関係があるとはとても言えません。

ABO FANを見ていて、タイプA的な性格とO型の関係を論じているところがありました。いわば、(3)を直接示しているわけですね。

 まず大村政男さんの論文からです。男性だけ計算してみると、確かにO型がタイプA的な性格であることがわかります。見事に当てはまっているようですね。念のために、χ2値を計算してみましょう。これは5.76という値が得られるので、2%以下で有意となります。つまり、確かにO型はタイプA的な性格であることが証明できたことになります。やった!

Type A行動と血液型との関連(肯定率の平均%・男性)

O型
183人

A型
227人

B型
153人

AB型
65人

46.6

43.3

43.0

41.6

(ABO FAN, http://www2.justnet.ne.jp/~shozo_owada/dadamo.htm, 引用者により一部タグを改変)
とありますが、いったいどういう計算でχ2値5.76という値を得たのか、私にはよくわかりません。それほど強い有意差があるようには見えないんですけれども。O型の46.6%というのは14個の質問の肯定回答の平均なんですけれども、まさか、14×0.466×183人といった計算をしているのでしょうか。ある個人の14個の質問の回答はそれぞれ独立とは限らないので、χ2検定はできません。どのようにχ2値5.76という値を得たのかABO FANに問い合わせ中です。([2003.2.19追記]返事がありました。)

そもそも、「(1)O型の人は血小板MAO活性が低い」ことがどのくらい信頼できるのかを検討する必要があります。「血小板MAOについては、別の論文で追試もされているので、O型男性は他の血液型より少ないことは、医学界ではどうやら定説になっているようです」というのは本当なのでしょうか。私は一応は医学界の一員ですが、そんな「定説」は聞いたことはありません。ちなみに遺伝学界では、ABO式血液型を遺伝マーカーにした相関解析は、胃腸管に関するいくつかの形質に弱い相関がある以外には、再現性がほとんどなく信頼できないというのが定説です。(血小板MAOについて追試している別の論文についてはABO FANに問い合わせ中です。)([2003.2.19追記]返事がありました。)

血小板MAO活性とABO式血液型に強い相関はないことを示唆する別の証拠もあります。血小板MAO活性の遺伝的背景を探る目的で、罹患同胞対法によるゲノムワイドな連鎖解析が行なわれました(Saccone et al. 1999)。もし相関解析でn=70で検出できるほど強くABO式血液型の遺伝子が血小板MAO活性に影響を与えている(Arato, 1983)のであれば、9番染色体上のABO式血液型の遺伝子座の近傍にあるマーカーが陽性を示すことが期待できますが、結果は陰性でした。これは、ABO式血液型は血小板MAO活性に関係していないか、関係していたとしても弱い関係しかないことを示唆しています。ちなみに、この連鎖解析の論文では「O型男性は血小板MAO活性が低い」という論文は引用されていませんでした。ABO血液型についての言及すらありませんでした。医学界で定説になっているのであれば当然言及されるものですが、著者も編集者も査読者も、ABO血液型と血小板MAO活性の関係など、眼中になかったのですね。

医学的に血液型(O型)と性格には明らかに関係があるとは言えませんし、そもそも、血小板MAOと血液型の関係すら信頼できませんし、ましてや定説になっているというのは間違いです。専門外であっても、本当に多数のデータを集めさえすれば、さほど間違った結論には至らないと私は考えます。しかし、自説に都合の偏ったデータのみを多数集めてしまうという危険性について、常に認識している必要があるようです。


(注)Saccone et al. 1999の全ゲノム連鎖解析の結果は、計13個のマーカーでP<0.05を示し、そのうち、三つのマーカー、D6S1018 (p = 0.0004), D2S1328 (p = 0.008), D2S408 (p = 0.003)で、P<0.01を示した。低いP値に感銘を受ける方もいるかもしれないが、全部で291個のマーカーを使用したことを考慮すると、さほど驚くべき数字ではない。各々のマーカーはそれぞれ独立ではないので正確な計算ではないが、大雑把には偶然だけで有意な連鎖を示すマーカーがどの位現れるか計算できる。291個×0.05=14.55で、血小板MAO活性に遺伝的要因が全くなかったとしても、14.55個程度のマーカーはP<0.05を示すことが期待できる。実際には、13個のマーカーがP<0.05を示した。291個×0.01=2.91で、実際にP<0.01を示したマーカーは3個である。D6S1018 (p = 0.0004)がやや有望そうだと言えないことはないが、多重検定の問題を念頭におけば、さほど驚くべき数字ではないことがわかるだろう。特に、multipoint analysisでは、偶然以上の結果は出ていない。

このデータをもって、「マーカーD6S1018の近くに血小板MAO活性に影響を与える遺伝子が存在する」と主張する遺伝学者はいない。再現性がない限り信用しないのが常識である。むしろ、「血小板MAO活性に関しては、全体的な遺伝要因の寄与が小さいか、あるいは小さな影響を与える多数の遺伝子が寄与しているのであって、ある一遺伝子が血小板MAO活性に強い影響を与えているということはなさそうだ」と読むのが普通である。なお、9番染色体上のマーカーD9S302が弱い連鎖(P=0.05)を示しているが、9番染色体上のABO血液型遺伝子座とは距離が離れており、D9S302の示した連鎖が仮に真であっても、血小板MAO活性とABO血液型遺伝子座に連鎖があるとは言えない。


参考文献

Risch NJ. Searching for genetic determinants in the new millennium. Nature. 405(6788):847-56, 2000
Arato M. G. Bagdy Z. Rihmer Z. Kulcsar. Reduced platelet MAO activity in healthy male students with blood group O. Acta Psychiatrica Scandinavica. 67(2):130-34, 1983
Neumann JK. Chi DS. Arbogast BW. Kostrzewa RM. Harvill LM. Relationship between blood groups and behavior patterns in men who have had myocardial infarction. Southern Medical Journal. 84(2):214-8, 1991
Mao X. Xu M. Mu S. Ma Y. He M. [Study on relationship between human ABO blood groups and type A behavior pattern]. [Chinese] (abstract)Hua-Hsi i Ko Ta Hsueh Hsueh Pao [Journal of West China University of Medical Sciences]. 22(1):93-6, 1991
Saccone NL. Rice JP. Rochberg N. Goate A. Reich T. Shears S. Wu W. Nurnberger JI Jr. Foroud T. Edenberg HJ. Li TK. Genome screen for platelet monoamine oxidase (MAO) activity. American Journal of Medical Genetics. 88(5):517-21, 1999
ABO FAN http://www2.justnet.ne.jp/~shozo_owada/
National Center for Biotechnology Information (NCBI) http://www.ncbi.nlm.nih.gov/

[2003.2.19追記]
ABO FANへの問い合わせの返事がきました。まず、「ある個人の14個の質問の回答はそれぞれ独立とは限らないので、χ2検定はできません」という指摘に対する返事です。

(2)については、延回答数に対してχ2検定を実施したのですが、この場合にχ2値を計算することが妥当かどうかは微妙なところです。なお、必ずしも「複数の質問項目がある場合は、χ2検定は直接適用できない」ということはないようです。
(ABO FAN, http://www2.justnet.ne.jp/~shozo_owada/email14.htm)

うっかりミスではなく、そもそも、「ある個人の14個の質問の回答はそれぞれ独立とは限らないので、χ2検定はできない」ということを、ABO FAN氏は理解していないようです。必ずしも「複数の質問項目がある場合は、χ2検定は直接適用できない」ということはない、と主張するにあたって、ABO FAN氏はなにも根拠を示していません。次に「血小板MAOについては、別の論文で追試もされているので、O型男性は他の血液型より少ないことは、医学界ではどうやら定説になっているようです。」との記述の妥当性についてですが、

 (1)については、心理学事典からの引用です(南博編著『読みこなし 使いこなし 自由自在 心理学がわかる事典』 126ページ 日本実業出版社 H6.2)。
最近、血液中にある血小板MAO(モノアミン酸化酵素)の活性が、脳の神経伝達物質の活動に影響を与え、それによって行動や性格に影響してくることが知られるようになってきました。MAOが低値の人は、アルコール依存性にかかりやすく、スリルと冒険を求める傾向が強く、外向性で、攻撃行動・喫煙傾向が高いそうです。
 確かに、ダダモさんの著作、そしてこの心理学事典しか確認はしていません。血液型と性格の関係について否定的な心理学事典でさえそう書いてあるのだから信用してしまいました。心理学事典には間違いが多いのかもしれませんね。失礼しました。
(ABO FAN, http://www2.justnet.ne.jp/~shozo_owada/email14.htm)

心理学事典の引用部分には、「血小板MAO活性と性格の関係」は示されていますが、「血小板MAO活性と血液型の関係」は示されていません。上記引用部分で明らかなように、「別の論文で追試もされている」とは、「血小板MAOがO型男性では他の血液型より少ないこと」が別の論文で追試されているとしか解釈できません。ABO FAN氏は、「血小板MAOがO型男性では他の血液型より少ないこと」が別の論文で追試されているように書き、その根拠を尋ねられると、「血小板MAO活性と性格の関係」と「血小板MAO活性と血液型の関係」をすりかえた上、心理学事典の信頼性を貶めるような解答をしたのです。要点をまとめます。

もしかしたらABO FAN氏は勘違いしただけで、血液型と血小板MAO活性に関する追試論文をご存知なのかもしれません。現在、問い合わせ中です。「私の知っているのは、ダダモさんの本に紹介されているものだけです」というお答えをいただきました。つまり、「血小板MAOについては、別の論文で追試もされている」というのはウソだったということです。別の論文など存在しなかったのです。当然、「医学界ではどうやら定説になっているようです」 というのもウソです。いまだにこの記述については訂正されていません。(2004.2.10)

ご意見、ご要望がございましたら、掲示板か、 e-mail:natrom@yahoo.co.jpへどうぞ。


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2002/10/16
最終改訂 2005/11/12